Chapter 7
ループ整形設計手法
本章では,
H1制御問題の一つである ループ整形設計手法
(loop shaping design procedure:以下
LSDP)を紹介する。そして,本設 計法を柔軟ビーム振動制御系,倒立振子系それぞれに対して適用し た事例を示す。また,適切に自由パラメータを選定することにより,
解集合の中に低次元制御器が存在するための条件も示す。
7.1 基本問題
本章で対象とする設計モデル
P(s)の最小実現が
P(s) =2 4 A B
C 0
3
5 (7:1)
で与えられるとする
y。
これに関連して次の
Riccati方程式を導入する。
ATX+XAÄXBBTX+CTC = 0
AZ +ZAT ÄZCTCZ+BBT = 0 (7:2)
対
(A; B)の可制御性ならびに対
(C; A)の可観測性から,これらの方程式に対して,唯一正
定解
X; Zが存在し
(5章参照
),
F =ÄBTX; H =ÄZCT
で定義される行列
F; Hに対して
A+BF; A+HCが漸近安定となる。ここで,以降の記 号の関係で,本章では状態フィードバックゲイン用の記号として
Fを使用することと符号 に注意してほしい。
y文献[1]では直達行列Dも考慮した議論が行われているが,多くの制御対象においてD= 0であるの で,本章ではD= 0とする
{ 7.1 {
以上の準備の下で,基本問題を定義しよう
y。
P(s)
K(s)
図
7.1基本問題に対するフィードバック制御系 定義
7. 1 (基本問題
)図
7:1のフィードバック制御系に対して,次に示す
H1ノルム条件を満足する安定化制 御器
K(s)を求めよ。
çç çç çç 2 4 I
K
3
5(IÄP K)Ä1[P I]
çç çç çç
1
< ç (7:3)
前章で述べた混合感度問題は,設計モデルが不確かさをもつとした上で制御性能を改善 する目的で考えられたものである。それに対して上で定義された基本問題は,評価関数中 に
4つの閉ループ伝達行列を含む設計問題である。もし,制御対象が
1入出力系であるな らば,評価関数は
çç çç çç çç
1ÄPP K 1 1ÄP K 1ÄP KP K K
1ÄP K
çç çç çç çç
1
< ç
で与えられ,
6:3:1 ò 6:3:3節で述べた閉ループ伝達関数をすべて評価関数に含めた問題で あることがわかる。特に,
P=(1ÄP K)が含まれていることに注目してもらいたい。この 閉ループ伝達関数は,柔軟ビーム振動制御問題にとっては重要なものであるが,前章で示 したとおり,これ自身は
H1標準問題の仮定は満たさない。
前章と同様に,本問題に対する一般化制御対象
G(s)を求めると,
G11 =
2 4 P I
0 0
3
5; G12 =
2 4 P
I
3
5; G21 = [P I]; G22 =P
y本問題はM(s); N(s)を設計モデルP(s)の正規化左既約因子(normalized left coprime factor) (P(s) = M(s)Ä1N(s))としたとき,P~(s) = (M(s) + ÅM(s))Ä1(N(s) + ÅN(s))で表される不確かさをもつ対象P(s)~ に対して閉ループ系がロバスト安定となるように制御器K(s)を設計するロバスト安定化問題と等価である [1]。
となるので,その状態空間表現は次式で与えられる。
G(s) =
2 6666 64
A B 0 B C 0 I 0 0 0 0 I C 0 I 0
3 7777
75 (7:4)
この一般化制御対象が
H1標準問題に対する仮定
A1)òA3)をすべて満足することを容易 に示すことができる。特に,設計モデル
Pが虚軸上に極や零点を有する場合でも仮定が満 足されることに注意してほしい。
これに対して,前章の
H1設計アルゴリズムを適用してみよう。
D12ならびに
D21が仮 定
A4)を満たしていることから,アルゴリズムをそのまま適用することができる。
最初に,
D11に対する解の存在条件
(i)から
ç>1 (7:5)
が得られる。また,途中計算は省略するが,本問題に対する
Riccati方程式が
X1A+ATX1Äç2 Ä1ç2 X1BBTX1+ ç2
ç2Ä1CTC = 0
Y1AT +AY1ÄY1CTCY1+BBT = 0 (7:6)
で与えられるので,式
(7:2)と比較することで,
X1 = ç2 ç2Ä1X
Y1 = Z (7:7)
の関係を得る。
H1標準問題に対する解の存在条件
(ii)は,
X1 ï0; Y1 ï0; ïmax(X1Y1)îç2
で与えられるが,最初の
2つの条件は,
X; Zの正定性と式
(7:5)から満たされていること は明らかである。また,最後の条件は
ç2 ï1 +ïmax(XZ)
と変形できるが,このことは式
(7:3)の最小値
çminが次式で与えられることを意味して いる。
çmin2 = 1 +ïmax(XZ) (7:8)
すでに述べたように,一般の
H1制御問題では評価関数の最小値
çminを解析的に求め
ることはできないが,この基本問題の場合にはその最小値を
Riccati方程式の解
X; Zか
ら得ることができる。したがって,
ç> çmin =q1 +ïmax(XZ) (7:9)
を満足するように
çを選定すれば
H1制御器が必ず得られることが保証される。これが,
本問題の最大の特長の一つである。
式
(7:9)を満足するように選定された
çに対して前章の
H1設計アルゴリズムより
H1制御器は次式で与えられる。
K(s) =K11+K12U(IÄK22U)Ä1K21 (7:10)
ここで,
2
4 K11 K12 K21 K22
3 5=
2 664
A+BF +ç2WÄTZCTC Äç2WÄTZCT Äç2WÄTB
F 0 I
êC ÄêI 0
3 775
W =I + (XZÄç2I) ê= (ç2Ä1)1=2
であり,
U(s)は
H1ノルム条件
kU(s)k1 <1を満足する自由パラメータである。
次に,この基本問題の解のもつ構造を調べてみる。式
(7:10)の中央解
(U(s) = 0)が
Kc(s) =K11(s) =2
4 A+BF +ç2WÄTZCTC Äç2WÄTZCT
F 0
3 5
で与えられるが,簡単な式変形により次式を得る。
_
xk = Axk+Bu+ ^H(yÄCxk)
u = F xk (7:11)
ここで,
H^ =Äç2WÄTZCT上式は,基本問題に対する
H1制御器が状態フィードバック+全状態観測器の構造をもつこ とを意味している。一般の
H1制御器と同様にオブザーバゲイン中には
Riccati方程式の解
X; Zがともに含まれる。ここで,
ç! 1のとき
ç2WÄT ! ÄIとなるので,
H^ !ZCTとなることに注意してほしい。
ところで,上式における状態フィードバックゲインは
F =ÄBTXで与えられ,
Xは次
に示す
Riccati方程式の解であった。
ATX+XAÄXBBTX+CTC = 0
これと
5章で登場した
Riccati方程式を比較すると,状態フィードバックゲイン
Fが次式
の評価関数
Jに対する最適レギュレータの解と一致することがわかる。ここで,観測量
yならびに操作量
uに対する重みがいずれも単位行列であることに注意してもらいたい。
J =
Z 1
0 (xTCTCx+uTu)dt=
Z 1
0 (yTy+uTu)dt (7:12)
7.2 LSDP
7.2.1
設計アルゴリズム
不確かさをもつ設計モデルに対して制御性能を高めることを目的とした混合感度問題で は,感度関数
Sと相補感度関数
Tに関する周波数重み
WS; WTが設計上のトレードオフ を考える上で重要な役割を果たしていた。ところが,上述の基本問題では設計者が設定す べき周波数重みが評価関数中に含まれていない。そのため,このままでは実際的な立場か らは有効な設計法であるとはいえない。そこで,基本問題のもつ特長をなくすことなく周 波数重み
(伝達行列
)の導入を行うことを考える。
[
ループ整形設計アルゴリズム
](Step 1)
設計モデルを 図
7:2(a)に示すように,適切な周波数重み
W1; W2で 拡大する
(重みの選定法については後述する
)。
(Step 2)
この拡大したモデル
PS =W2P W1に対して,基本問題に対する設 計アルゴリズムを適用して,制御器
K1を求める。
(Step 3)
図
7:2(b)に示すように,
Step 1で使用した周波数重み
W1; W2を用 いて制御器
K =W1K1W2を計算する。
このようにして得られた制御器を
LSDP制御器と呼ぶ。以上の手順は,評価関数を
çççç çç 2 4 I
K1
3
5(IÄW2P W1K1)Ä1[W2P W1 I]
çç çç çç
1
=
çç çç çç 2 4 W2
W1Ä1K
3
5(IÄP K)Ä1[P W1 W2Ä1]
çç çç çç
1
(7:13)
としたことと等価となるので,この意味で評価関数中に周波数重み
W1; W2が導入された ことになる。ここで,評価関数中に含まれる
4つの閉ループ伝達行列に対して重みの与え 方が構造的に制約されていることに注意してほしい。たとえば,
çç çç çç 2 4 W1
W2K
3
5(I ÄP K)Ä1[P W3 W4]
çç çç çç
1
のように各閉ループ伝達行列に独立に重みを課すことも考えられるが,この場合,基本問
題のもつ特長が失われる。
W (s)1 P(s) W (s)2 Ps
K (s)∞
(a)
P(s)
W (s)1 W (s)2
(b)
K K (s)∞
図
7.2 LSDP7.2.2
重みの選定法
次に,設計アルゴリズム中の重みの選定法について述べる。
式
(7:13)の
H1ノルムが指定した値
ç未満となるように設計した制御器
K(s)に対して,
最大特異値の性質を利用すると次に示す不等式条件を得ることができる
[1]。
õ((IÄP K)Ä1) î çõ(M)c(W2)õ((IÄP K)Ä1P) î çõ(N) õ(W1)õ(W2) õ(K(IÄP K)Ä1P) î çõ(N)c(W1)
õ(K(IÄP K)Ä1) î çõ(M)õ(W1)õ(W2)
(7:14)
ここで,
õ(N) =
"
õ2(W2P W1) 1 +õ2(W2P W1)
#1=2
õ(M) =
"
1 +õ2(W1 2P W1)
#1=2
であり,
c(W) =õ(W)=õ(W)である。
ところで,混合感度問題のときにも述べたように,通常,性能を高めたい周波数帯域は 低周波数帯域であり,ロバスト安定性に関係した周波数帯域は高周波数帯域である。そこ で,上述の不等式を帯域を限定して見てみよう。
低周波数帯域で性能を高めるということは,この周波数帯域で
õ(W2P W1) ù 1の関係 を満たすことを意味する。この場合,
õ(M) = 1 õ(W2P W1) õ(N) = 1
の関係から,
õ((IÄP K)Ä1) î ç
õ(P)õ(W1)õ(W2) õ((IÄP K)Ä1P) î ç
õ(W1)õ(W2)
(7:15)
が得られる。一方,高周波数帯域でロバスト安定性を高めるということは,この周波数帯 域で
õ(W2P W1)ú 1の関係を満たすことを意味する。この場合,
õ(M) = 1
õ(N) = õ(W2P W1)
の関係より,
õ(K(IÄP K)Ä1) î çõ(W1)õ(W2)
õ(K(IÄP K)Ä1P) î çõ(P)õ(W1)õ(W2) (7:16)
を得る。これらの不等式は,いずれも閉ループ周波数特性の上限が設計モデル
Pと設計者 が定める重み
W1; W2の周波数特性で与えられることを意味している。このことを ループ
整形
(loop shaping)といい,
LSDPの名前の由来がここにある。また,上式は重みを選定
する際の重要な指針となる。
ここまでは,制御対象を一般的に多入出力系であると考えてきたが,もし
1入出力系で あるならば,上述の不等式をより簡単なものに変形できる。
1入出力系の場合,伝達関数の かけ算の順序は自由にかえられるので,
2つの重み
W1; W2をまとめて
Wとする。このと き,上述のノルム不等式は,
制御性能
(低周波数帯域
):jSj î ç jPjjWj jSPj î ç
jWj
(7:17)
ロバスト安定性
(高周波数帯域
):jKSj î çjWj
jTj î çjPjjWj (7:18)
で与えられる。したがって,対象としている閉ループ伝達関数に注目して,性能
(jSj;jP Sj)あるいはロバスト安定性
(jKSj;jTj)の観点から,上述のノルム条件を利用して重み
Wを 選定すればよい。
ところで,基本問題における
çminは,ループ整形の立場からは,整形の度合いを表す指 標と考えることができる。
H1制御は内部安定性が前提であり,本設計法の場合も同様であ る。そのため,無理な整形を行おうとしてもそれが安定性を損なうものであれば,整形は 行われない。このことは
çminの大きさに反映されるので,
çminが大きな値をとるようで あれば,整形という立場からは重みの与え方を再検討する必要がある。
7.3 柔軟ビームの振動制御
それでは,最初に柔軟ビームの振動制御の例を通して
LSDPの具体的な設計法やその 有効性を検討しよう
[2]。
1
章でも示したが,本書で例題として使用している柔軟ビーム実験装置に対して,スパ ン
1=4地点に設置した電磁石への入力電圧から同地点に設置した歪センサアンプの出力電 圧までの周波数特性を実験的に求めたのが 図
7:3中の実線である。
0 20 40 60 80 100
-60 -40 -20 0 20
Freq.[Hz]
1st 2nd
3rd 5th 6th 7th
設計用モデル Gain[dB]
図
7.3柔軟ビームの開ループ周波数
(ゲイン
)特性
ゲインの共振特性が柔軟ビームのもつ固有振動モードに対応している。
3章ならびに
5章で
も述べたように,本系ではアクチュエータとセンサの設置点の関係で,
4次振動モードが
不可制御・不可観測となる。そのため周波数特性には現れないことに注意してほしい。な
お,図中に示した点線が,設計モデルに対する周波数特性である。また,このときの加法
的不確かさは設計モデルで無視した
5次モード以降の振動モードとなる。
4次振動モード
を不可制御性・不可観測性を利用して積極的に議論から除外することにより,制振対象の
周波数帯域とロバスト安定性に関連する帯域を離すことが可能となる。これにより,設計
仕様を表す重みの選定が容易となる。
図
7:4は柔軟ビームに対してインパルス状の加振力を与えたときの時間応答を示したも のである。ここで縦軸は歪アンプからの出力電圧
[V]である。
(a)はスパン
1=2地点に加振 力を与えた場合であるが,
1次振動モードと
3次振動モードが支配的なモードとして現れ ていることがわかる。また,
(b)はスパン
1=4地点を加振した場合であるが,
2次振動モー ドが支配的である。この柔軟ビームは,粘性減衰力が比較的小さいため,いったん発生し た振動がすぐになくなることはない。
0 1 2 3 4
-5 0 5
Time[sec]
0 1 2 3 4
-5 0 5
Time[sec]
(a)
(b) Resp.[V]
Resp.[V]
図
7.4インパルス加振に対する開ループ時間応答 それでは,具体的な設計仕様を以下にまとめよう。
(1)
制振性能
振動を制御するということは周波数特性における共振ピークの高さを低減すること に等しいことはこれまで述べたとおりである。そこで,振動制御の対象としている
1ò3次振動モードに対して,開ループ特性のピーク値から
1
次モード
(約
2[Hz]) 5[dB] 2次モード
(約
9[Hz]) 10[dB] 3次モード
(約
18[Hz]) 10[dB](7:19)
低減することをめざす。
(2)
ロバスト安定性
5
次モード以上の振動モードに対してスピルオーバが発生しないように設計する。ちな みに,この帯域における
(加法的
)不確かさの大きさは,図
7:3から,おおよそ
Ä3[dB]未満であることがわかる。
次に,これらの設計要求に対応させて重み
Wの選定を行う。
(1)
制振仕様
制振性能に関連した閉ループ伝達関数は
SPなので,式
(7:17)から
1次モード
jSPj< ç=jWj<0[dB]2
次モード
jSPj< ç=jWj<0[dB]3
次モード
jSPj< ç=jWj<Ä5[dB]が得られる。ここで,各モードの周波数における
Wのゲイン特性を決めるときに
çの値の指定が必要となることに注意してほしい。この
çは
çminの値が定まらないと 決められないが,
çminの値は
Wを決めないと得られない。そのため,適当に
çの値 を与えておいて,その結果として得られる
çminにより必要に応じて補正するといっ た手順が必要となる。ここで対象とする柔軟ビームの場合,経験的に
çminが
2前後 の値となることがおおよそわかっているので,仮に
ç= 2とする。そうすると,上 式と
20 log10(2)'6[dB]より
1
次モード
(約
2[Hz]) jWj>6[dB]2
次モード
(約
9[Hz]) jWj>6[dB]3
次モード
(約
18[Hz]) jWj>11[dB](7:20)
で制振仕様が与えられる。
(2)
ロバスト安定性仕様 式
(7:18)から
5
次モード
(約
50[Hz]) jKSj< çjWj<3[dB]という条件が与えられるが,
(1)と同様に
ç= 2とすると,
5
次モード
(約
50[Hz]) jWj<Ä3[dB] (7:21)が得られる。
100 101 102 -30
-20 -10 0 10 20 30
Freq.[Hz]
W(s)
* * *
o
Gain[dB]
図
7.5重み
Wの選定条件
以上得られた重みに対する選定条件を図示したのが 図
7:5である。
次の作業は,図
7:5に示すゲイン条件を満足する,すなわち
0É0よりも高く
0o0よりも低 いゲインをもつように重み
Wを選定することであるが,
BODE線図に対する基本的知識 があればそれほど困難な作業ではない。選定の一例を次式に示す。なお,
LSDPのアルゴ リズムからも明らかなように,最終的に得られる制御器の次数は,
(設計モデルの次数
)+(重みの次数
)Ç 2となる。したがって,重みはできる限り低次に選定すべきである。
W = 31600
s2+ 25s+ 15800 (7:22)
このゲイン特性を 図
7:5中に実線で示した。
ここで,本設計法では,制御性能とロバスト安定性の保証をただ一つの重み
Wで与え ていることに注意してほしい。本節の例では,
4次振動モードは議論の対象外であるが,も し考慮しなければならないとすれば,図
7:5中の
0É0と
0o0がより接近することになる。そ のため,ゲイン条件を満足する重みはより高次に選定しなければならない。このように問 題の難しさが,重みの次数に反映される。
設計者が行わなければならない作業はここまでで,後は前述のアルゴリズムに従って計 算を行えばよい。式
(7:22)の重みに対して,具体的に計算を行ってみると
çmin = 1:751と なった。そこで,
ç= 2として制御器の設計を行った。最初に,閉ループ周波数特性のシ ミュレーション結果を図
7:6に示す。図中には開ループ周波数特性ならびに重み
çWÄ1を 描いているが,ゲイン特性が希望通りに整形されていることがわかる。
このときの制御器
K(s)のゲイン特性を図
7:7に示す。
次に,設計した制御器
K(s)を用いて得られた制御実験結果を 図
7:8に示す。図
7:4と
対応させて見ると,スピルオーバを発生することなく良好に制振が行われていることがわ
かる。また,図
7:9は閉ループ系の周波数特性を描いており,設計仕様を満足する制振性
10-1 100 101 102 -60
-40 -20 0 20
Freq.[Hz]
γ/|W|
|SP|
Gain[dB]
図
7.6閉ループ周波数特性:シミュレーション結果 能が得られていることがわかる。
ところで,ここまでは
1ò3次モードすべての制振を考えたが,実は特定のモードのみ を制御することも可能である
[3]。たとえば,次の重みに対して制御器の設計を行ってみた。
W = 552
3(s2+ 7s+ 552) (7:23)
閉ループ周波数応答のシミュレーション結果を図
7:10に示すが,
2次モードのみが制振さ れている様子がわかる。
柔軟ビームに発生した振動を制御する場合,アクチュエータの位置によってその効率が 違うことは明確である。直感的には,各モードの腹となる部分にアクチュエータを置くこ とが良い選択といえるだろう。本章で対象とした柔軟ビームの場合,
1次と
3次モードに対 しては中央にアクチュエータを置けばよい。この位置は,
2;4次モードにとっては節にあた るのでこれらのモードのことは全く気にする必要はない。一方,
2次モードに対しては,そ の腹であるスパン
1=4地点に置けばよい。しかし,この地点は,
1;3次モードの節に当たる 点ではないために,効率を高める意味でも制御器が
2次モードに集中できる様な設計にし たい。すでに述べたように,ループ整形設計法を利用すれば簡単に実現可能である。した がって,柔軟ビームに対して制振対象を
3次モードまでとすると,
2つのアクチュエータを 利用すれば効率の良い制御系が構成できそうである。ここでは,結果については省略する が,このことが正しいことはすでに示されている
[3]。
本節での議論は,設計モデルは正しい,すなわち
1ò3次振動モードまでは正確にモデ
ル化されていることが前提であった。しかし,実際にはこれらもある範囲で変動すること
が起こり得る。たとえば,柔軟ビーム上で質量が移動する場合などがこれに相当する。こ
の問題に対して,
2次安定性を考慮した検討が行われている
[4]。詳細については文献を参
照してもらいたい。
10-1
100 101 102
-40 -20 0 20
Freq.[Hz]
Gain[dB]
図
7.7制御器のゲイン特性
0 1 2 3 4
-5 0 5
Time[sec]
0 1 2 3 4
-5 0 5
Time[sec]
(a)
(b) Resp.[V]
Resp.[V]
図
7.8制御実験結果
:閉ループ時間応答
0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 -60
-40 -20 0 20
Freq.[Hz]
開ループ特性
閉ループ特性 Gain[dB]
図
7.9制御実験結果
:閉ループ周波数応答
10-1 100 10 102
-60 -40 -20 0 20 40
Freq.[Hz]
γ/|W|
|SP|
1 Gain[dB]
図
7.102次モードのみを制振
7.4 倒立振子系の安定化制御
5
章までで述べた設計法では,状態フィードバックゲイン
K(本章では
F)ならびにオブ ザーバゲイン
Hは何らかの指標に基づいて個別に設計が行われた。前者は,希望する制 御性能の達成という指針が比較的はっきりとしているが,後者は,明確な指針を与えにく い。この点が設計者に対して負担を強いることになる。一方,
LSDPを含む
H1制御理論 では,動的な制御器を直接得ることができ,この意味で設計者に対する負担は軽減される。
しかし,一般の
H1制御理論では,重みの選定次第で解が存在しないことも珍しくないた め,決して設計が容易であるとはいいにくい。ところが,
LSDPでは
çを
ç> çminと選 ぶことで解の存在性が必ず保証されるので,設計者にとっては安心できる設計法である。
本節では
LSDPを倒立振子系に対して適用した事例を紹介しよう。柔軟ビームの場合 には,制振要求とロバスト安定性の要求を閉ループゲイン特性上で素直に表現することが できた。そのため,重みの選定も合理的に行えた。しかし,倒立振子の場合には,系が不 安定であることもあって,どこにどれだけの不確かさをもつのかは明確に定めることは困 難である。ただし,本書の振子系では,センサとしてポテンショメータを使用しているた めに,観測ノイズの影響はぜひ低減したいところである。また,応答性の改善は,ゲイン 特性上でというよりは,時間応答に関連するパラメータ操作で与えることが直感的で好ま しいといえる。これらの点を考えて,
LSDPにおける重みを次のように選ぶことにする。
W1 :
重み
W1は観測ノイズ低減を目的として低次の遅れ系を採用する。もち ろん,
W2に対して低次の遅れ系を採用してもよいが,振子系は観測量 が
2つあるために,それぞれに重みをつけることになり,結果として得 られる制御器の次数が高くなってしまう恐れがある。
W2 :
重み
W2は正の実数を対角要素としてもつ対角行列
Qとする。この場 合,観測量
yが
Qyとなったことに相当するので,式
(7:12)は
J =
Z 1
0 (yTQ2y+uTu) dt
となる。したがって,この意味で時間応答に関連づけて重み
Qを調整す ることが可能となる。たとえば,振子系の場合,観測量は
y= [z í]Tで あるので,行列
Qの
(1;1)要素を大きく選定することによって,台車の 応答性を改善することが可能となる。
それでは,具体的に設計を行ってみよう。
まず,
W1であるが,ここでは観測ノイズとして電源ノイズを対象とし,次の
1次のロー パスフィルタを選定する。
W1 = 30 s+ 30
次に,重み
Qであるが,ひとまず単位行列に選んでおこう。
Q=I2
この設定の下で
LSDPにより設計した制御器を用いたときの初期値応答を図
7:11に示す。
なお,初期条件は
x(0) =
2 6666 64
z(0) í(0)
_ z(0) í_(0)
3 7777 75=
2 6666 64
0:1 0 0 0
3 7777 75
とした。また,制御器に対する初期条件は
0とした。
0 2 4 6 8 10
0 0.04 0.08 0.12
Time[sec]
振 子 の 回 転 角 θ
台 車 の 位 置 z[m]
[rad]
図
7.11初期値応答
(Q=diagf1;1g)時間応答を見る限りは,安定に制御は行われているものの,台車の応答が非常に緩やかで あることがわかる。経験上は,もう少し応答性が高くなければならない。そこで,台車の 応答を改善するために,行列
Qの
(1;1)要素を
10としてみた。これに対して制御器を設 計し,初期値応答を求めてみた。その結果を図
7:12に示す。図より応答性が改善されてい ることがわかる。
以上,倒立振子系に対する事例を紹介した。この方法は,本来の
LSDPの目的とは異 なる使用方法かもしれないが,倒立振子系を含むメカニカルシステムには有効な方法であ る。筆者の研究室では,同様の手法を二輪車系
[5]や直列
3重型倒立振子系
[6]に適用して 安定化制御実験に成功している。後者の場合,観測量
yが台車の位置と
3本の振子の相対 角度の計
4個となるので,定数重み
Qの選定が試行錯誤ではなかなか決めがたい。特に,
安定化制御が非常に困難な系であるので,重みの選定にはそれなりの合理性が要求される。
そこで,下記に示す制約条件の下で評価関数
Jを最小にするように重みの選定を行った。
0 2 4 6 8 10 -0.04
0 0.04 0.08 0.12
Time[sec]
台車の位置 z[m]
振子の回転角 θ[rad]
図
7.12初期値応答
(Q=diagf10;1g)制約条件:ある初期値応答に対する台車速度の最大値の制約
max(jz(t)_ j)<z_max
評価関数:一番上の振子の先端にインパルス状の外乱を加えたときの時間応 答
hi(t)の重み付き絶対面積の総和の最小化
J =
Z T
0 (eãtX
i
jhi(t)j)dt!min:
制約条件ならびに評価関数中の設計パラメータは,
z_max; ã; Tである。これらは試行錯誤 により決定する必要がある。数値シミュレーションならびに制御実験結果については脚注 の論文を参照してもらいたい。さらに直列
4重型についても数値シミュレーション上では すでに安定化に成功していることを付け加えておく
[7]。
7.5 低次元制御器
7.5.1
低次元化の必要性
LSDP
は優れた特長をもつ設計法の一つであるが,強いて問題点といえば,制御器の次
数が高くなりやすいことを挙げることができる。基本問題を解く際に,設計モデルを重み
で拡大して,さらにそれによって得られた制御器を重みで再度拡大するという手順を踏む
ために,制御器の次数は
(設計モデルの次数
)+(重み次数
)×
2となる。近年の計算機技術
の急速な発達により,
(たとえば
DSPなどを利用することで
)かなり次数の高い制御器を
実装することも可能であるが,同じ性能をもつ制御器であれば次数が低い方が好ましいの は疑いもないことである。
制御器の次数を低減する方法としては,ハンケルノルム近似法や平衡化打ち切り法など のように数値的に行う方法がよく知られている
[1]。柔軟ビーム振動制御問題に対して適用 した経験では,
LSDP制御器の場合,少なくとも重みの次数
1つ分は低次元化ができるよ うである
(ただし,理論的な根拠はない
)。その場合,制御器の次数は
(設計モデルの次数
)+(重み次数
)となる。しかし,この方法では,低次元化の度合いによっては閉ループ性能 が損なわれる可能性があるので,どこまで低次元化するのか
(できるのか
)は設計者の判断 にゆだねられる。
本節では,
LSDP制御器のもつ
(オブザーバ
)構造に注目した低次元制御器の設計につい て考えてみたい。前節までの設計例では,いわゆる
(全状態観測器の構造をもつ
)中央解と 呼ばれる制御器のみを対象としてきたが,
LSDPで得られる制御器は集合として与えられ る。したがって,自由パラメータ
U(s)を適切に選ぶことで,その集合の中に
(たとえば,
最小次元観測器や汎関数観測器の構造をもつ
)低次元制御器が含まれている可能性がある。
また,もし含まれているとすれば,その制御器は中央解と比べてより低次であるだけでは なく,中央解と同様のループ整形性能が保証される。
7.5.2
基本問題の解集合の中の低次元制御器
まず,式
(7:1)の設計モデル
P(s)に対して得られる基本問題の解
(7:10)において,
r次 の自由パラメータ
à(s)の状態空間実現を
à(s) =
2
4 Aà Bà Cà Dà
3 5
としたとき制御器
K(s)は次式で与えられる。ここで,以降で使用する記号の関係で自由 パラメータを
U(s)ではなく
à(s)としている点に注意してほしい。
K(s) =
2 664
A+BF ÄêW BDñ àC+ ñW ZCTC ÄW BCñ à êW BDñ àÄW ZCñ T
êBàC Aà ÄêBà
F +êDàC Cà ÄêDà
3
775 (7:24)
ここで,
Wñ=ç2W1ÄT = ((In+XZ)=ç2 ÄIn)ÄT (7:25)
である。
上式から,制御器の状態量を
xk,設計モデル
P(s)への入出力をそれぞれ
u; yとする
と,次式を得る。
_
xk = Akxk+Bku+Hky
u = Ckxk+Dky (7:26)
ここで,
Ak =
2
4 An 0 êBàC Aà
3
5 Bk=
2
4 ÄW Bñ 0
3
5 Hk =
2
4 ÄW ZCñ T ÄêBà
3 5
Ck =h F +êDàC Cà i Dk=ÄêDà
また
An =A+ (In+ ñW)BF + ñW ZCTC (7:27)
である。
これに対して,
Akのブロック行列の大きさに合わせて,次の正則行列
T T =2
4 In 0 ÄU Ir
3 5
を用いて正則変換
(ñxk =TÄ1xk)を施すことで次式を得る。
_ñ
xk = ñAkxñk+ ñBku+ ñHky
u = ñCkxñk+Dky (7:28)
ここで,
Añk=
2
4 An 0
UAn+êBàCÄAàU Aà
3
5 Bñk =
2
4 ÄW Bñ ÄUW Bñ
3 5
Cñk = [F +êDàCÄCàU Cà] Hñk =
2
4 ÄW ZCñ T ÄUW ZCñ T ÄêBà
3 5
上式から
UAn+êBàCÄAàU = 0
F +êDàCÄCàU = 0 (7:29)
が成立するならば,
Anが不可観測となるので,入出力特性を変えることなく消去できる。
このとき制御器は次式となる。
Kre(s) =
2
4 Are Bre
Cre Dre
3
5 (7:30)