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数学的構造主義における真理値実在論

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Academic year: 2021

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数学的構造主義における真理値実在論

那須 洋介(Yosuke Nasu) 名古屋大学

本発表では、数学の哲学における構造主義について検討する。構造主義は、伝統的 プラトニズムが抱える困難を克服すべく登場した見解である。しかし、構造主義の代 表的論者であるスチュワート・シャピロやジョフリー・ヘルマンの立場は、プラトニ ズムが持つ困難と本質的に同じ困難を孕んでいる。そのことを指摘するのが本発表の 目的である。

伝統的プラトニズムという見解は、数や集合のような数学的対象を、物理的対象と 同じように独立して存在する対象であると見なす。この見解は、ポール・ベナセラフ によって明瞭な形で提起された二つの議論によって困難を突きつけられる。一つは、

伝統的プラトニズムの根本を否定する「数は対象ではありえない」というテーゼであ る(Benacerraf [1965])。ベナセラフは、数の対象としての同一性を決定できないこと から、数は対象ではありえないと結論づける。もう一つの議論は、実在論的な真理観 と因果論的な認識論との間に葛藤があるという、いわゆるベナセラフのジレンマであ る(Benacerraf [1973])。数学的言明を日常的言明と同様に解釈し、数学的対象を独立 した存在物と見なす伝統的プラトニズムでは、われわれが数学的知識を獲得できる理 由を説明することが困難となる。

構造主義は、ベナセラフによる第一の議論、すなわち、数は対象ではありえないと いう議論の自然なオルタナティブとして発展した考え方である。その主な特徴は、数 学的探究の主題は個別的本性を持った対象ではなく、構造における対象相互の相対的 関係であると見なすところにある。これによって、個別的な存在物としての数学的対 象へのコミットメントを避け、ベナセラフの第一の議論を克服しようとするのである。

細かく見ると、構造主義にはいくつかの相異なるヴァージョンがある。本発表で扱 うのは、代表的な二つのヴァージョンであるシャピロのアンテ・レム構造主義(Shapiro [1997])とヘルマンの様相構造主義(Hellman [1989])である。シャピロのアンテ・レム 構造主義は、対象の個別的本性への関与を避けつつも、構造や構 造 に お け る 位 置 を真 正な対象として取り扱う。そのような構造、位置に関する存在論を、シャピロは公理 系の形で与えている。他方、ヘルマンの様相構造主義は、論理的様相の概念を用いる ことで、構造やそれにおける位置を存在論から消去する。つまり、数学的言明を、様 相論理の文に翻訳することで、現実の対象への指示や量化を回避するのである。

これら二つの立場は、数学的構造の存在論的取り扱いの点で異なっている。すなわ ち、シャピロはそれを存在物とみなし、ヘルマンは単なる論理的可能性として考えて いる。ところが、数学的真理の取り扱いという点では、両者とも共通した見解をとっ ている。彼らはともに、数学的言明の真理値が客観的に確定していると考えている。

この見解を、シャピロの用語法に倣って「真理値における実在論」、あるいは略して「真

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理値実在論」と呼ぶことにする。

本発表では、シャピロとヘルマンの構造主義を批判的に検討し、それらの立場が持 つ問題点を明らかにする。実のところ、その問題点というのは、構造主義が克服しよ うとした伝統的プラトニズムの問題、すなわち、ベナセラフの二つの議論によって提 起された問題と本質的に同じものなのである。シャピロやヘルマンの構造主義は、伝 統的プラトニズムと同様、ベナセラフのジレンマを克服できていない。それどころか、

構造主義の契機となった「数は対象ではありえない」という議論をある仕方で少し拡 張してやれば、シャピロやヘルマンへの批判にもなるのである。結局のところ、彼ら の構造主義は、伝統的プラトニズムを完全に乗り越えることができていない。

上述した構造主義の問題を精査してわかることは、困難の源泉が真理値実在論にあ るということである。したがって、真理値実在論を維持する限り、構造主義はその真 価を発揮することができないというのが本発表の結論である。

参考文献

Benacerraf, Paul [1965], “What Numbers could not be”, Philosophical Review 74, pp.47-73.

Benacerraf, Paul [1973], “Mathematical Truth”, Journal of Philosophy 70, pp.661-679.

Hellman, Geoffrey [1989], Mathematics without Numbers, Oxford.

Shapiro, Stewart [1997], Philosophy of Mathematics: Structure and Ontology, Oxford.

参照

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