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表象説の再検討

古賀聖人(Masato KOGA 慶應義塾大学大学院文学研究科

意識に生じる色や味などの現象的性質を哲学者は感覚質と呼んできた.この感覚質 の存在は心の自然化にとっての障害とみなされており,感覚質の自然化が心の哲学に おけるひとつの重要な問題と考えられている.

こ の 問 題 に 対 す る 有 望 な 考 え の ひ と つ に ,Herman(1990) Dretske(1995) Tye(1995, 2000)によって提案された表象説(representationalism)がある.われわれが 知覚経験をするということは,われわれが何かを表象(志向)することに他ならない.表 象説は,知覚経験における感覚質を,知覚表象の表象内容(志向対象)に帰属する性質と 考える立場である.そして表象説は,表象内容の外在主義の立場をとることにより,

感覚質とは知覚対象に帰属する性質であると主張する.

近年では,感覚質一般についての議論とは別に,色に的を絞った議論が活発になさ れている.この議論の文脈では,色を知覚対象に帰属する物理的性質とみなす立場は

「色の実在主義(color realism)」あるいは「色の客観主義(color objectivism)」と呼ば れており,それに対して様々な反論が提出されている.この色についての論争を手が かりに表象説を再検討し,表象説の考え方から,知覚経験における感覚質についての これまでとは違った見解を提案することが本発表の目的である.

色を外的な知覚対象に帰属する物理的性質とする見方に対して,いくつかの立場か ら 反 論 が な さ れ て い る . そ の な か で も と く に 活 発 な 議 論 を 展 開 し て い る の が

Hardin(1993)に代表される立場である.この立場は色彩科学や神経科学の知見を基に,

色が知覚対象に帰属する物理的性質であることを否定し,色を脳の神経過程に帰属す る 性 質 と 論 じ る 議 論 を 行 っ て い る こ と か ら ,「 科 学 に 動 機 づ け ら れ た 主 観 主 義 (scientifically motivated subjectivism: SMS)」と呼ばれている(Ross 2001)SMS 戦略は,メタメリズムや色感覚の知覚者相対性などの事例を挙げることによって,色 とそれに対応する物理的性質が異なる性質を有することを示し,色を特定の物理的性 質と同定することができないことを示すというものである.

これらの批判は明らかに,色は対象に帰属する性質であるという命題が,特定の色 と特定の物理的性質のあいだの同一性を含意することを前提としている.しかしなが ら,表象説のように知覚経験される色の感覚質を知覚対象に帰属する性質とする考え 方は,特定の色の質感と特定の物理的性質のあいだにこのような必然的同一性が成り 立つことを含意するのだろうか.

この問題を考えるために,情報概念を用いて表象説の捉え直しを図ることが本発表 の試みである.Dretske(1981)は表象説を主張するのに先立って,表象関係を情報概念 によって捉えることを提案した.Dretske によれば,知覚するということは環境から

(2)

の 情 報 を 取 得 す る と い う こ と で あ り , 知 覚 や 知 識 の 形 成 は 情 報 の 流 れ(flow of

information)として捉えることができる.この考え方を用いて表象説を捉え直すと,

ある対象を知覚的に表象するということは,その対象についての情報を取得するとい うことだということができる.そして,その知覚経験における感覚質を知覚対象に帰 属する性質とみなすことは,その感覚質を情報源である対象に帰属する性質だとみな すことである.

このような見方をとることによって,以下のことを受け入れることが可能となる.

われわれは対象を知覚するときにその対象についての情報を取得するが,決して完全 な情報を取得してはいないということである.人間を含めた感覚を有する生物は,そ の感覚器官の機構や外的な条件によって受信可能な信号についての制約を常に受けて いる.さらに重要なことに,生物は限られた短い時間のなかで情報を取得し,かつそ れを即座を利用して与えられた状況に対応しなければならないという時間的制約を受 けている.われわれは外的環境やそこに存在する対象についての不完全な情報しか取 得していない.しかしながら,このことは知覚経験される色などの性質が知覚対象に 帰属する性質であることを決して否定するものではない.たとえ篩にかけられた部分 的な情報しか取得していないとしても,その情報はあくまでも対象についての情報だ からである.ある対象についての不完全情報を取得するということは,その対象を粗 視化するということであり,その対象の性質とは異なる性質を知覚することではない.

以上を踏まえて本発表では以下のことを主張する.(1)その中心的な主張を変えるこ となく,表象説を情報概念によって捉え直すことができる.(2)しかし,この表象説が 含意するのは,ある感覚質をある特定の物理的性質として特定するという物理的実在 主義ではなく,不完全情報に基づいた,実在主義への部分的コミットメントである.

(3)この実在主義への部分的コミットメントは「不完全な情報」,「粗視化」という概念 をキーとして,知覚情報の利用という観点から理解することができる.

参考文献

Dretske, F. (1981)

Knowledge and the Flow of Information

, MIT Press.

(1995)

Naturalizing the Mind

, MIT Press.

Herman, G. (1990) “The Intrinsic Quality of Experience”, in Tomberlin, J. (ed.),

Philosophical Perspectives 4: Action Theory and Philosophy of Mind

, Ridgeview.

Hardin, C. L. (1993)

Color for Philosophers: Unweaving the Rainbow

(expanded edition), Hackett.

Ross, P. W. (2001) “The Location Problem for Color Subjectivism”,

Consciousness and Cognition

10: 42-58.

Tye, M. (1995)

Ten Problems of Consciousness

, MIT Press.

(2000)

Consciousness, Color and Content

, MIT Press.

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