対人・社会不安が見られた芸術領域活動者の事例研究 [ PDF
4
0
0
全文
(2) 芸術家の創造活動については,フロイト Freud,S.. りに研究が行われている。しかし,今現在芸術活動を行. が(1908)「遊ぶこと」を提示しており,詩人は遊ぶ子. う Cl.の精神世界を直接対象として焦点付け,力動的に. どもと全く同じことをすると述べている。そして「遊ぶ. 分析していくという訳ではない。. こと(playing) 」については,ウィニコット Winnicott,. これらから,これまで主として知見が得られてきた一. D.W.(1971)が,本能昇華の概念の補足として,そ. 者心理学的な視点による昇華や創造性,自我の柔軟性と. れ自体が主題となって研究される必要性があることを述. いった概念だけでは捉えきれない,環境との相互関係に. べている。彼は遊びの重要性について言及しており,遊. よっても生ずる彼らの葛藤が具体的には見えてこず,彼. びが「創造的に生きること」に発展し,人間の文化的生. らとのカウンセリング場面での関りというところでは不. 活全体に発展すると述べている。ウィニコット. 十分さを感じる。. Winnicott,D.W.によると, 「遊びこそが普遍的」で. そこで,これらの事例と筆者が心理検査で関った事例. あり, 「健康に属し」 , 「健康を増進する」 ものなのである。. を加えて, これまであまり焦点が当てられてこなかった,. そして遊ぶことは集団関係をも導く。. 神経症圏であり,なおかつ芸術領域で活動を行う Cl.の. ここで一旦ウィニコット Winnicott,D.W.が述べ. 心の有り様や,彼らを取り巻く現実社会の中で彼らがど. た「遊び(play) 」と,日本語の「遊び」とを区別しなけ. のようなことを考え,苦しんでいるのかといったことに. ればならない。ウィニコット Winnicott,D.W.の述. ついて,主に社会で創造的に生きることと自己愛の関係. べる「遊び」には, 「発見,主体性,自由,創造,自己実. から事例を通して考察していくことを試みた。. 現」などの多義性が含まれており,日本語の「遊び」に はこのような「劇的創造」との結びつきを示す多義性は. Ⅱ 方法. ない(1985,北山) 。遊びの楽しさの裏側にはクライン Klein,M.の言うような「笑いごと」でない世界があり,. 研究は以下の方法で行った。. その外部にはフロイト Freud,S.の言うような「現実. ① カウンセリング場面における 2 つの事例を考察する. 原則」の痛みが可能性として孕まれた上でのことなので. ② 心理検査を行った事例を考察する. ある(1985,北山) 。. ③ 総合考察. 3. 研究の課題 このように精神分析学的研究において大筋では従来, 創造性を伴う芸術活動は昇華や社会適応などのプラスの. Ⅲ 結果と考察 事例について報告し,個々の事例ごとに考察を加えた。 なおプライバシー保護のため, この章の概要は割愛する。. 側面や一者心理学的な視点に主として焦点が当てられて きたところがある。. Ⅳ 総合考察. しかし,神経症圏でありながらも芸術領域で活動する Cl.の精神世界を,直接の対象として研究したものは散在. カウンセリング 2 事例に心理検査事例を加えて,神経. する程度である。また,統合失調症圏や癲癇精神病の範. 症圏でありながらも芸術領域での活動を行う Cl.の心の. 疇であると診断されているヴァン・ゴッホ(1990,徳田). 有り様を,主に社会で創造的に生きることと自己愛の関. の例のように,精神疾患を患っていながらも芸術的価値. 係から事例を通して具体的,力動的に検討した。. 評価を受けた芸術家たちは存在する。 精神医学や心理学領域の芸術に関する研究では,古く. ◆ 対人・社会不安と自己愛の傷つき. から病跡学や表現病理学などの分野において数多くの研 究が積み重ねられてきているのだが,病跡学では歴史的. 症状に程度の差はあるが,芸術領域で創造活動を行う. な存在としての「天才」と呼ばれる人間(既に死亡して. 彼らにおいて対人・社会不安,または自己愛の傷つきと. いる傑作人が主) を対象として研究が行われているため,. い観点から考察を行った。. 身近な臨床との接点という点ではどうしても遠くなる印 象を拭えない。表現病理学の分野においては,芸術家の 狂気と創造性に関して,生み出された芸術作品を手掛か. ◆ 「脱錯覚しきれない」ことの葛藤.
(3) ウィニコット Winnicott,D.W.の「錯覚と脱錯覚」. また,本研究で扱った事例は,創作活動における芸術. という概念を援用して,芸術領域での活動に特徴として. 領域での活動者であった。桜林・八木(1984)は,芸術. 見られた「脱錯覚しきれなさ」について考察を行った。. の専攻によって美大生のパーソナリティーには差異が見 られるとされる報告をしており,美大生を美術や作曲を. ◆ 芸術領域活動の両義性―苦悩と昇華―. 専攻する「創作活動型」と演奏を専攻する「演奏活動型」 に分類している。このため,今後は大きくは芸術分野で. 芸術領域での活動を,苦悩と昇華の機制を併せ持った 両義的な活動として概念化し,考察を行った。. の各々の違いによる比較検討をも視野に入れた上で,本 事例と演奏活動を行う芸術家との比較検討を行っていく 必要がある。また,本研究の事例は神経症圏の Cl.を対. ◆ カウンセリングの意義 セラピスト(以下 Th.と略す)は彼らが芸術領域の活. 象としたため,今後は他の症状間での差異についても検 討する必要がある。. 動で成功するか否かという観点からでなく,彼らが社会. 最後に,芸術領域での活動を趣味として続けている対. で創造的に生き続けようとすることの楽しみや苦しみに. 人・社会不安を抱える神経症圏の Cl.は多数いるので,. 寄り添い,抱える環境としてあり続けた。また,Th.は. 彼らとの比較検討を行うことで,芸術領域での活動で収. 彼らを特別視することなく,中立的態度を取り続けた。. 入を得ることを意識することがどのような意味を持つこ. これらの Th.との関係が両者の芸術領域での活動の支え. とになるのか更に考察を深めたい。. となったり, 「Th.にも分かって貰えない」ことがあるこ とを体験しながら対象を意識して現実との折り合いを考. Ⅶ 主要参考文献. えていく役割を担えたりしたところもあったと考える。 ・ Freud,S. (1908) :Dichter und Das Phantasieren. Ⅴ 臨床的意義と留意点. 高橋義孝訳(1969):詩人と空想すること.フロイ ト著作集,第3巻,文化・芸術論,81-89.人文書院.. 本研究では,芸術に関してこれまで主として言われて. ・ Freud,S. (1910) :Eine Kindheitserinnerung das. きた一者心理学的な視点だけでなく,環境との関係を含. Leonardo da Vinchi.高橋義孝訳(1969) :レオナ. めた二者心理学的な視点からの検討を行った。また,こ. ルド・ダ・ヴィンチの幼年期のある思い出.フロイ. れまで主として芸術に関して言われてきているプラスの. ト著作集,第3巻,文化・芸術論,90―147.人文書. 側面では捉えられない,社会で創造的に生きることにお. 院.. ける彼らの苦悩や葛藤を検討し明らかにした。この点に. ・ Freud,S. (1914) :Der Mose des Michelangelo.. おいて本研究は彼らの理解を深めるためのものとなり,. 高橋義孝訳(1969):ミケランジェロのモーゼ像.. そして彼らにとってはよりよい援助を受けるための一助. フロイト著作集,第3巻,文化・芸術論,292―313.. になったと考える。. 人文書院.. ここで,今回の研究だけで,神経症圏でありながらも. ・ Freud,S. (1917) :Vorlesungen zur Einführung in. 芸術領域で活動を行う Cl.の精神・心理を包括して論じ. die Psychoanalyse.懸田克躬・高橋義孝訳(1971) :. ることはできないということは問題として考えなければ. 精神分析入門.フロイト著作集,第 1 巻.人文書院.. ならない。しかし,これらの事例を質的に研究したこと. ・ 北山修(1985):錯覚と脱錯覚―ウィニコットの臨. は,実験的・統計的研究では扱いきれない具体的で臨床. 床感覚.岩崎学術出版社.. に身近な結果を導き出すことが可能となり,彼らにより. ・ Winnicott,D.W. (1971) :Playing and Reality,. よい援助を行うにあたって重要な臨床的意義があったと. London : Tavistock Publication . 橋 本 雅 雄 訳. 考える。. (1979) :遊ぶことと現実.岩崎学術出版社. ・ Winnicott,D.W. (1987) :Selected Letters of D. Ⅵ 今後の課題. W . Winnicott . Cambridge , Massachusetts . Harvard University Press.成田義弘・根元真弓訳. 今後も事例を重ねて,仮説と検証を精緻化していく必 要がある。. (1993) :赤ん坊と母親.ウィニコット著作集,第 1 巻.岩崎学術出版社..
(4) ・ Segal,H. (1991) :Dream,Phantasy and Art, London:Routledge. 新宮一成他訳(1994) :夢・ 幻想・芸術. 金剛出版. ・ Segal,H. (1981) :The Work of Hanna Segal,A Kleinian Approach to Clinical Practice . Jason Aronson.松木邦裕訳(1988) :クライン派の臨床― ハンナ・スィーガル論文集. 岩崎学術出版社. ・ 福島章・中谷陽二編(2000):パトグラフィーへの 招待.金剛出版..
(5)
関連したドキュメント
自分は超能力を持っていて他人の行動を左右で きると信じている。そして、例えば、たまたま
)から我が国に移入されたものといえる。 von Gierke, Das deutsche Genossenschaftsrecht,
ただし、このBGHの基準には、たとえば、 「[判例がいう : 筆者補足]事実的
三洋電機株式会社 住友電気工業株式会社 ソニー株式会社 株式会社東芝 日本電気株式会社 パナソニック株式会社 株式会社日立製作所
夫婦間のこれらの関係の破綻状態とに比例したかたちで分担額
今日のセミナーは、人生の最終ステージまで芸術の力 でイキイキと生き抜くことができる社会をどのようにつ
3月 がつ を迎え むか 、昨年 さくねん の 4月 がつ 頃 ころ に比べる くら と食べる た 量 りょう も増え ふ 、心 こころ も体 からだ も大きく おお 成長 せいちょう
私たちは、2014 年 9 月の総会で選出された役員として、この 1 年間精一杯務めてまいり