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対人・社会不安が見られた芸術領域活動者の事例研究 [ PDF

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Academic year: 2021

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(1)対人・社会不安が見られた芸術領域活動者の事例研究 ―社会で創造的に生きることと自己愛の関係からの考察― キーワード:芸術,対人・社会不安,創造的に生きること,脱錯覚しきれなさ,自己愛 人間共生システム専攻 池 志保 Ⅰ 問題と目的. 文の中で彼は,白昼夢想者と詩人とを区別している。白 昼夢想者が満たされなかった願望を充足するために空想. 1. はじめに. するということに対して,詩人は「利己的な白昼夢の性 格を修正と隠蔽」とによって和らげたり,空想描写によ. 筆者はこれまで,クライエント(以下 Cl.と略す)が. って読者に美的快感を与えることで,白昼夢想者が聞く. 芸術領域での活動を自ら始めだすといった事例に何度か. 者に与える不快感を快感にすることができると論じてい. 出会った。彼らの内でも,芸術領域の活動を将来収入を. る。詩人の空想は社会に適応された形で表現されるのみ. 得られないものかと意識するようになった Cl.は,従来. ならず,読む者に「心のごく深いところにある源泉から. 精神分析で芸術活動のプラス側面として主として焦点付. きわめて大きな快感を汲み取ってくることを可能にす. けられている昇華や創造性,自我の柔軟性といった概念. る」ところの「前快感」を他者に提供することができる。. だけでは捉えきれないような,環境との相互関係によっ. クライン Klein,M.の芸術に関する論考をより発展. ても生ずる葛藤を抱えるようになった。このような葛藤. させたことで知られるシーガル Segal,H. (1991)も,. は,従来の精神分析学的研究のみでは捉えられるもので. 芸術家はある本質的な意味で現実から離れてはいないと. もないし,また病蹟学や表現病理学の視点からのみでも. いう点においてフロイト Freud,S.の論に賛成を示し. 捉えられるものでもない。. ている。シーガル Segal,H. (1981)は「真の芸術家」. そこで本研究では,これまであまり焦点が当てられて. と対比して,神経症者を並列して論じており,神経症者. こなかった,芸術領域で活動を行う神経症圏の Cl.につ. が芸術の素材を魔術的に扱うということに対して,真の. いて,社会で創造的に生きることと自己愛の関係から,. 芸術家は空想世界に引き篭もりながらも,不安や抑鬱に. 事例を通して考察していくことを試みた。. 耐える大きな能力をもっているという点において異なる と説明している。このことから,白昼夢想者は全能的な. 2. 芸術に関する精神分析学的研究. 願望充足の幻想と,外的並びに心的な現実の否認によっ て葛藤を避けるが,芸術家は自身の葛藤の位置を突き止. 精神分析において,フロイト Freud,S.が昇華とい う概念を発見したことは,心理学への最大の貢献の一つ. め,彼の創造の中でそれを解決することを求めるとシー ガル Segal,H.は論じている。. とされている(1991,Segal,H.)。彼は『精神分析入. フロイト Freud,S.の論を受ける形で,クリス Kris,. 門』や『レオナルド・ダ・ヴィンチの幼年期の一記憶』の. E. (1952)も「自我による自我のための一時的・部分. 中で昇華の機制を論述しており,芸術家が昇華の強力な. 的 退 行 ( temporally and partial regression in the. 能力を備えているということを論じている。昇華された. service of ego) 」という概念を用いて創造的な退行を評. リビドーは,社会的文化的に価値のある目標に向け変え. 価している。創造的な退行においては,現実原則は失わ. られ,芸術的な活動等を通して他者に評価され,再び自. ない自我の柔軟性と弾力性が強調される。この概念はべ. 己愛を満たす方向へむかうとされている。. ラック Bellak,L.によって自我の適応的退行(Adaptive. またフロイト Freud,S.は,芸術に関する分析を多. Regression in the Service of Ego;ARISE)と概念付け. 数試みていることでも知られている。ストレイチーが列. られ広く用いられるようになった。そして,シェーファ. 挙した,芸術や文化に直接的あるいは間接的に関連した. ーSchafer,R. (1954)が芸術家などの才能のある人物. フロイト Freud, S. の論文は 22 編もある (1991, Segal,. におけるこの退行と進展の力動過程を,創造的退行. H.)。その中でも『詩人と空想すること(1908)』の論. (creative regression)と唱えた。.

(2) 芸術家の創造活動については,フロイト Freud,S.. りに研究が行われている。しかし,今現在芸術活動を行. が(1908)「遊ぶこと」を提示しており,詩人は遊ぶ子. う Cl.の精神世界を直接対象として焦点付け,力動的に. どもと全く同じことをすると述べている。そして「遊ぶ. 分析していくという訳ではない。. こと(playing) 」については,ウィニコット Winnicott,. これらから,これまで主として知見が得られてきた一. D.W.(1971)が,本能昇華の概念の補足として,そ. 者心理学的な視点による昇華や創造性,自我の柔軟性と. れ自体が主題となって研究される必要性があることを述. いった概念だけでは捉えきれない,環境との相互関係に. べている。彼は遊びの重要性について言及しており,遊. よっても生ずる彼らの葛藤が具体的には見えてこず,彼. びが「創造的に生きること」に発展し,人間の文化的生. らとのカウンセリング場面での関りというところでは不. 活全体に発展すると述べている。ウィニコット. 十分さを感じる。. Winnicott,D.W.によると, 「遊びこそが普遍的」で. そこで,これらの事例と筆者が心理検査で関った事例. あり, 「健康に属し」 , 「健康を増進する」 ものなのである。. を加えて, これまであまり焦点が当てられてこなかった,. そして遊ぶことは集団関係をも導く。. 神経症圏であり,なおかつ芸術領域で活動を行う Cl.の. ここで一旦ウィニコット Winnicott,D.W.が述べ. 心の有り様や,彼らを取り巻く現実社会の中で彼らがど. た「遊び(play) 」と,日本語の「遊び」とを区別しなけ. のようなことを考え,苦しんでいるのかといったことに. ればならない。ウィニコット Winnicott,D.W.の述. ついて,主に社会で創造的に生きることと自己愛の関係. べる「遊び」には, 「発見,主体性,自由,創造,自己実. から事例を通して考察していくことを試みた。. 現」などの多義性が含まれており,日本語の「遊び」に はこのような「劇的創造」との結びつきを示す多義性は. Ⅱ 方法. ない(1985,北山) 。遊びの楽しさの裏側にはクライン Klein,M.の言うような「笑いごと」でない世界があり,. 研究は以下の方法で行った。. その外部にはフロイト Freud,S.の言うような「現実. ① カウンセリング場面における 2 つの事例を考察する. 原則」の痛みが可能性として孕まれた上でのことなので. ② 心理検査を行った事例を考察する. ある(1985,北山) 。. ③ 総合考察. 3. 研究の課題 このように精神分析学的研究において大筋では従来, 創造性を伴う芸術活動は昇華や社会適応などのプラスの. Ⅲ 結果と考察 事例について報告し,個々の事例ごとに考察を加えた。 なおプライバシー保護のため, この章の概要は割愛する。. 側面や一者心理学的な視点に主として焦点が当てられて きたところがある。. Ⅳ 総合考察. しかし,神経症圏でありながらも芸術領域で活動する Cl.の精神世界を,直接の対象として研究したものは散在. カウンセリング 2 事例に心理検査事例を加えて,神経. する程度である。また,統合失調症圏や癲癇精神病の範. 症圏でありながらも芸術領域での活動を行う Cl.の心の. 疇であると診断されているヴァン・ゴッホ(1990,徳田). 有り様を,主に社会で創造的に生きることと自己愛の関. の例のように,精神疾患を患っていながらも芸術的価値. 係から事例を通して具体的,力動的に検討した。. 評価を受けた芸術家たちは存在する。 精神医学や心理学領域の芸術に関する研究では,古く. ◆ 対人・社会不安と自己愛の傷つき. から病跡学や表現病理学などの分野において数多くの研 究が積み重ねられてきているのだが,病跡学では歴史的. 症状に程度の差はあるが,芸術領域で創造活動を行う. な存在としての「天才」と呼ばれる人間(既に死亡して. 彼らにおいて対人・社会不安,または自己愛の傷つきと. いる傑作人が主) を対象として研究が行われているため,. い観点から考察を行った。. 身近な臨床との接点という点ではどうしても遠くなる印 象を拭えない。表現病理学の分野においては,芸術家の 狂気と創造性に関して,生み出された芸術作品を手掛か. ◆ 「脱錯覚しきれない」ことの葛藤.

(3) ウィニコット Winnicott,D.W.の「錯覚と脱錯覚」. また,本研究で扱った事例は,創作活動における芸術. という概念を援用して,芸術領域での活動に特徴として. 領域での活動者であった。桜林・八木(1984)は,芸術. 見られた「脱錯覚しきれなさ」について考察を行った。. の専攻によって美大生のパーソナリティーには差異が見 られるとされる報告をしており,美大生を美術や作曲を. ◆ 芸術領域活動の両義性―苦悩と昇華―. 専攻する「創作活動型」と演奏を専攻する「演奏活動型」 に分類している。このため,今後は大きくは芸術分野で. 芸術領域での活動を,苦悩と昇華の機制を併せ持った 両義的な活動として概念化し,考察を行った。. の各々の違いによる比較検討をも視野に入れた上で,本 事例と演奏活動を行う芸術家との比較検討を行っていく 必要がある。また,本研究の事例は神経症圏の Cl.を対. ◆ カウンセリングの意義 セラピスト(以下 Th.と略す)は彼らが芸術領域の活. 象としたため,今後は他の症状間での差異についても検 討する必要がある。. 動で成功するか否かという観点からでなく,彼らが社会. 最後に,芸術領域での活動を趣味として続けている対. で創造的に生き続けようとすることの楽しみや苦しみに. 人・社会不安を抱える神経症圏の Cl.は多数いるので,. 寄り添い,抱える環境としてあり続けた。また,Th.は. 彼らとの比較検討を行うことで,芸術領域での活動で収. 彼らを特別視することなく,中立的態度を取り続けた。. 入を得ることを意識することがどのような意味を持つこ. これらの Th.との関係が両者の芸術領域での活動の支え. とになるのか更に考察を深めたい。. となったり, 「Th.にも分かって貰えない」ことがあるこ とを体験しながら対象を意識して現実との折り合いを考. Ⅶ 主要参考文献. えていく役割を担えたりしたところもあったと考える。 ・ Freud,S. (1908) :Dichter und Das Phantasieren. Ⅴ 臨床的意義と留意点. 高橋義孝訳(1969):詩人と空想すること.フロイ ト著作集,第3巻,文化・芸術論,81-89.人文書院.. 本研究では,芸術に関してこれまで主として言われて. ・ Freud,S. (1910) :Eine Kindheitserinnerung das. きた一者心理学的な視点だけでなく,環境との関係を含. Leonardo da Vinchi.高橋義孝訳(1969) :レオナ. めた二者心理学的な視点からの検討を行った。また,こ. ルド・ダ・ヴィンチの幼年期のある思い出.フロイ. れまで主として芸術に関して言われてきているプラスの. ト著作集,第3巻,文化・芸術論,90―147.人文書. 側面では捉えられない,社会で創造的に生きることにお. 院.. ける彼らの苦悩や葛藤を検討し明らかにした。この点に. ・ Freud,S. (1914) :Der Mose des Michelangelo.. おいて本研究は彼らの理解を深めるためのものとなり,. 高橋義孝訳(1969):ミケランジェロのモーゼ像.. そして彼らにとってはよりよい援助を受けるための一助. フロイト著作集,第3巻,文化・芸術論,292―313.. になったと考える。. 人文書院.. ここで,今回の研究だけで,神経症圏でありながらも. ・ Freud,S. (1917) :Vorlesungen zur Einführung in. 芸術領域で活動を行う Cl.の精神・心理を包括して論じ. die Psychoanalyse.懸田克躬・高橋義孝訳(1971) :. ることはできないということは問題として考えなければ. 精神分析入門.フロイト著作集,第 1 巻.人文書院.. ならない。しかし,これらの事例を質的に研究したこと. ・ 北山修(1985):錯覚と脱錯覚―ウィニコットの臨. は,実験的・統計的研究では扱いきれない具体的で臨床. 床感覚.岩崎学術出版社.. に身近な結果を導き出すことが可能となり,彼らにより. ・ Winnicott,D.W. (1971) :Playing and Reality,. よい援助を行うにあたって重要な臨床的意義があったと. London : Tavistock Publication . 橋 本 雅 雄 訳. 考える。. (1979) :遊ぶことと現実.岩崎学術出版社. ・ Winnicott,D.W. (1987) :Selected Letters of D. Ⅵ 今後の課題. W . Winnicott . Cambridge , Massachusetts . Harvard University Press.成田義弘・根元真弓訳. 今後も事例を重ねて,仮説と検証を精緻化していく必 要がある。. (1993) :赤ん坊と母親.ウィニコット著作集,第 1 巻.岩崎学術出版社..

(4) ・ Segal,H. (1991) :Dream,Phantasy and Art, London:Routledge. 新宮一成他訳(1994) :夢・ 幻想・芸術. 金剛出版. ・ Segal,H. (1981) :The Work of Hanna Segal,A Kleinian Approach to Clinical Practice . Jason Aronson.松木邦裕訳(1988) :クライン派の臨床― ハンナ・スィーガル論文集. 岩崎学術出版社. ・ 福島章・中谷陽二編(2000):パトグラフィーへの 招待.金剛出版..

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