• 検索結果がありません。

パーリ学仏教文化学 (31) - 002林 隆嗣「上座部大寺派とアバヤギリ派における頭陀支の解釈」

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "パーリ学仏教文化学 (31) - 002林 隆嗣「上座部大寺派とアバヤギリ派における頭陀支の解釈」"

Copied!
20
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

[論文]

上座部大寺派とアバヤギリ派における頭陀支の解釈

──『解脱道論』の所属部派に関連して──

林   隆 嗣

Interpretations of the Ascetic Practice (dhutaṅga) According to

the Mavāvihāravāsins and the Abhayagirivihāravāsins:

On the School Affiliation of the Vimuttimagga (

解脱道論

)

Hayashi, Takatsugu

Buddhaghosa introduces unorthodox views of anonymous ones in his

Visuddhimagga (Vism) and other Pāli commentaries, while Dhammapāla in his

sub-commentaries sometimes identifies them as the Abhayagirivihāravāsins’. It has been pointed that some of the views are found in the Vimuttimagga (Vim), and consequently the Vim has been considered to be the work of this school. Nevertheless, some scholars threw doubts about the relevance of the coincidence of the three facts, that is, the anonymous ones’ views known to Buddhaghosa, the Dhammapāla’s identification and the doctine in the Vim. It seems, however, not fair if we, reputing that a theory is not enough proven, attempt to make an alternative explanation besed on a pile of hypotheses without verification and further investigation, while there is no rebuttal. It has to be more carefully weighed that if a sigle dhamma as a constituent element is different, it affects the basis of the elaborate system of the Theravāda Abhidhamma philosophy. In this sense, a placement of dhutaṅga (ascetic practice) in the Abhidhamma categories can be of great significance as one of the criteria to characterize the Abhayagirivihāravāsins.

Taking that into account, I reexamined the controversy over the definition of dhutaṅga in the Vism and the Vim, and then considered how and why the Mahāvihāravāsins and the Abhayagirivihāravāsins classified it into a different

(2)

category. Overviewing the references in the Vism and the Vim and especially looking closely the passage in the Vim: “[Dhutaṅga] should not be stated to be wholesome, unwholesome or indeterminate,” one may challenge their concordance. However, there is a further crucial evidence to link the Vim to the Abhayagirivihāravāsins, that in the Vim dhutaṅga is explicitly mentioned in the list of concept (paññatti) which has been unknown to the scholars.

Looking into the Pāli canon, we often meet ascetic practitioners who are of evil wishes, pursue a reputation, and so on. There are philosophical gaps between the Vism and Pāli commentaries, too, regarding the understanding of

dhutaṅga. Furthermore, we notice that the definition of dhutaṅga in the Vism

was not given by Buddhaghosa, but was quoted from “Aṭṭhakathā” as an old commentary. It seems reasonable to suppose that discussions as to dhutaṅga arose in the Sīhaḷa-sources of Pāli commentaries and bhāṇakas (reciters), and that these two schools built their definitions of dhutaṅga, receiving the preceding discussions and trying to refuse the view that it can be unwholesome.

キーワード: パーリ註釈文献,ブッダゴーサ,Visuddhimagga,アッタカター, 概念(仮法)  Visuddhimagga(Vism)をはじめとするブッダゴーサの著作では,しばし ば大寺派の正統説に反する匿名の異説が取り上げられ,批判や反論が加えら れる。さらに,ダンマパーラの復註においてそれらが「アバヤギリ派(サー ラサマーサの諸師,北寺住者)」の説と明かされる場合がある。[森 1984: 559‒689]は,それらを収集して29の事例を検討した。また,[Cousins 2012: 99‒113]は,復註でアバヤギリ派の説とされる事例が46以上(多くは経の 註釈)あるとし,教義上の問題で批判される15例を紹介した。[Bapat 1937: xxxviii‒xlii]や[水野 1939/1996: 149‒151]の指摘以来,こうした事例のい くつかについては Vimuttimagga の漢訳『解脱道論』(T1648, vol. 32)(Vim) に類似関連した記述が見られることから,Vim はアバヤギリ派所属の文献と みなされてきた。

 ところが,K. R. Norman や Kate Crosby はこの見方に疑問を呈する([Norman 1983: 113],[Norman 1991/1993: 43‒44],[Crosby 1999: 521‒528])。つまり,

(3)

彼らによると,たとえ Vism での異説が Vim の説と一致しても,前者では匿 名であって,復註でも「アバヤギリ派の Vimuttimagga」と表記しておらず, 復註自体の信頼性を疑うことも可能なので,Vism の異説と Vim の説と復註 の指摘との三点を直接結びつける必要はない。[Anālayo 2009a: 624‒625](= [Anālayo 2009b: 5‒6])も,復註でアバヤギリ派とされる説と Vim の説が部 分的に overlap するという事実があるとだけ言えるという抑制的な立場をと る。しかし,これら3点が何度も合致するなかで,それぞれを懐疑的に訝し み,「証拠不十分」と退ける一方で,具体的検証を行って矛盾や反例を提示 することもなく,文献的事実を覆す状況を想定した仮説を重ねるだけでは学 問的批判にはなりえない。  上座部のアビダンマと註釈は,世界の構成要素(ダンマ)を緻密に分析・ 統合し,種々の分類法と関係性に従って組み分けを重ねたうえで独自の教理 体系を構想しているため,一法の有無がシステム全体に影響を与える。この 状況で,もし教理の最根幹にあるダンマとそのカテゴリが同一部派内で異な ると,長老(論師)たちの共通基盤が崩れ,議論が成り立たなくなる。そ の意味で,睡眠(middha)を心所法と色法のどちらに位置づけるかという問 題と頭陀支(dhutaṅga)の解釈に関する相違は,Vim の所属部派を特徴づけ る重要な指標になりうる。Vim をアバヤギリ派所属文献と認める[Cousins 2012: 87]もまた,Norman と Crosby の疑念に応じるかたちで,この二つの 事例を指摘した。筆者はすでに[林 2010]において,睡眠に関する上座部 の教理形成過程を明らかにしながら Vim の所属部派を考察している(Cf. [Gethin 2017: 147])。本稿では,もう一つの論点である頭陀支の解釈をめ ぐって,Vism やダンマパーラの復註が批判するアバヤギリ派の見解の根拠 を Vim に求め,上座部の思想史的位置づけを再検討してみたい。

1.『清浄道論』の頭陀支概念説批判と復註による部派の特定

 頭陀(dhuta)は,僧院施設での共同生活とは異なる苛酷な自然環境に身 を置いて煩悩の除去を目指す,古風で厳格な生活修行の諸形態である。上座

(4)

部ではこうした様々な修行形態がパーリ聖典の比較的遅い段階で衣食住に関 する13項目に整理され,頭陀支(-aṅga)や頭陀徳目(-guṇa)という名称が 与えられた。Vism では,頭陀支を「受持する意思(samādānacetanā)」と定 義(ii.12, Ee 61)したうえで,善(有学と凡夫)と無記(漏尽者)の頭陀支 のみを認める(ii.78, Ee 79‒80)。ブッダゴーサは,さらに不善の頭陀支を加 える者や,ダンマとしての存在を否定する人々の存在も知っていた。後者に ついては次のように紹介して,批判を加える。

Vism ii.79 (Ee 80): yesam pi kusalattikavinimuttaṃ dhutaṅgaṃ, tesaṃ atthato dhutaṅgam eva n’atthi; asantaṃ kassa dhunanato dhutaṅgaṃ nāma bhavissati? “dhutaguṇe samādāya vattatī” (Vin iii.15) ti vacanavirodho pi ca nesaṃ āpajjati. tasmā taṃ na gahetabban ti.(下線部は復註が引用解説する箇所)

  さらにまた,頭陀支は善三法を離れたものであるとする人々にとって, 意味からすれば他ならぬ頭陀支は存在しない。〔しかし〕存在しないも のが,何を振り払っている(dhunana)から頭陀支と名づけられるもの になるのだろうか。さらに,「〔彼は〕頭陀徳目どもを受持し続ける」 (Vin iii.15)という〔聖典の〕言葉との矛盾もまた,彼らに起きる。そ れゆえ,それは採用されるべきではない。  ダンマパーラの復註は,以下のように,この主張者を「アバヤギリ派」 と特定したうえで,頭陀支は実法として存在しない「概念(仮法,施設)」 (paññatti)であると彼らが理解していたと解説する。さらに,彼らを「概念 〔論者〕側」(paññattipakkha)と呼び,自身(大寺派)を「意思〔論者〕側」 (cetanāpakkha)として対立点を明確にしている。

Vism-mhṭ Ne I.180: yesaṃ ti Abhayagirivāsike sandhāyāha. te hi dhutaṅgaṃ

nāma paññattī ti vadanti. tathā sati tassa paramatthato avijjamānattā kilesānaṃ

(5)

dassetuṃ “kusalattikavinimuttaṃ” ti ādi vuttaṃ. tasmā ti yassa paññattipakkhe ete dosā dunnivārā, tasmā taṃ tesaṃ vacanaṃ na gahetabbaṃ. vuttanayo cetanāpakkho yeva gahetabbo ti attho.

  人々にとってとは,アバヤギリ住者たちに関して言った。つまり,彼ら は「頭陀支というのは概念である」と説く。〔しかし〕もしそのようで あるなら,第一義からすると,それが存在していないことだから,諸煩 悩を振り払うという意味もなくなってしまうだろうし,そして受持され るべきこと[でもなくなってしまうだろう],というわけで,彼らの言 葉は聖典に反するということを示すために,「善三法を離れたもの」な どと述べられている。それゆえとは,概念〔論者〕側におけるこのよう な過失どもは安住し難いから。それゆえ,それ〔つまり〕彼らの言葉は 採用されるべきではない。上に述べた道理をもつ意思[論者]側こそが 採用されるべきであるという意味である。

2.『解脱道論』における「不應説善不善無記」と頭陀支概念説

 下に示すように,Vim 第三章「頭陀品」における頭陀支の解釈は,Vism が掲げる上座部大寺派の正統説(善・無記の意思)と明らかに異なってい る。それは,従来多くの研究者が指摘してきたとおり,ブッダゴーサが批判 的に紹介した「頭陀支は善三法を離れたもので,存在しない」という異端説 に対応すると考えられる(1) Vim 406b18‒21(2): 答有十三頭陀。是佛所説。佛所制戒。此謂頭陀分。此不應 説善不善無記。何以故。不善人與惡欲同故。不除惡欲。共起非法貪樂利養。 是故不善頭陀。   答う,十三頭陀有り。是れ,佛の説く所なり,佛の制戒(3)する所なり。 此れ,頭陀分と謂い,此れ,應に善・不善・無記と説くべからず。何を 以ての故に。不善の人は悪欲と同じなるが故に悪欲を除かざれば,共に 非法を起こして利養を貪樂す。是の故に不善の頭陀あるべし。

(6)

 頭陀支が善や無記ではなく,概念(仮法)であれば,それはアビダンマの 体系のなかで関連する諸定義・諸分類に細部にわたって影響を与え,結果的 に Vim は大寺派の教義から大きく逸れたものとなる(Cf. Vism-mhṭ Ne I.180)。 しかし,ここで,上記の Vim の「不應説善不善無記」は,正確に「善三法 を離れた概念」を意味していると言えるのかという疑念が起こるかもしれな い。  「不應説」はパーリ語の na vattabba- の訳語と考えられるが,この表現 は Vim の中でも多様な意味で用いられる。例えば,「或有爲或無爲不應説」 (450c26)では,「(内容や存在を否定して)そうではない,(分類カテゴリか ら外れているために,あるいは縁起や空の立場から)どれでもない」を意味 する(Cf. [林 2010: 201‒203])。上記の語句もおそらくこの意味で解するの が自然だろう。しかし,「説明してはならない,話してはならない」という 意味で用いられる場合もある(409a18)。さらに,「五行處不應説分別事實事 (五行處は,應に分別事・實事と説くべからず)」(411b19, cf. 411b23)の場 合,三十八業処のうち五業処は,現実にあるものを対象とする(實事)か, 心中で描いた相を対象とする(分別事)かといえば,どちらもありうるか ら「確定的に言うことはできない(一概に言うべきでない)」という意味に なる。また,「又,二十六行處,不應説三世事」(411c19‒20)(「設」を「説」 に訂正)でも,どれも対象になりうるので「言うことはできない」という意 味になる。こうした解釈の幅を根拠にして,Vism に示された異端説が Vim の説と必ずしも一致しないと評することは可能だろう。さらに,ダンマパー ラが指摘した「概念(paññatti)」がここで明記されているわけではない。そ のためか,[Bapat 1937: xxxviii, 24]や[Cousins 2012: 100]は,この箇所に おける両者の一致を抑制的に(“seems to” という表現で)指摘している。  ところが,ダンマパーラが指摘した「頭陀支=概念」というアバヤギリ派 の思想的立場は,実は Vim にも確認することができる。以下の一文は,第 三章「頭陀品」ではなく,第十一章「五方便品」に存在する。

(7)

Vim 449a29‒449b1: 十一種制名者。所謂衆生方時犯罪。頭陀一切相。無所有 入定事滅禪定。實思惟不實思惟。(句点は大正大蔵経に従う)

  十一種の制名は,いわゆる,衆生・方・時・犯罪・頭陀・一切相・無所 有入定事・滅禪定・實思惟・不實思惟なり。

 [Bapat 1937: 101]では,この箇所の解説が省略されており,英訳の[Ehara, Soma and Kheminda 1995: 255]は,「制名」が paññatti の訳語と気づかず,し かも途中で翻訳を断念している。[干潟 1933: 227]と[浪花 2001: 264]は, この箇所で「頭陀の一切相」と書き下している。しかし,チベット訳『有 為無為決択』における対応箇所(デルゲ版:東北 No. 3897, Ha 184a3‒4; 北 京版:No. 5865, Vol. 146 Ño 97a8‒97b2)によって,漢訳の「頭陀一切相」は 「頭陀支と遍の相」(sbyangs pa’i yan lag dang / zad par mtshan ma dang)である ことがわかる(Cf. [林 2008: 180‒181, 202, n.85, 86])。また,このチベット 訳から「頭陀」の原語が dhutaṅga であることも判明する。  従来の研究者は,アバヤギリ派の「頭陀支概念説」を裏づけるこの決定的 事実を見過ごしたまま,Vim の所属部派を議論してきたが,改めてこの記述 を合わせて考えると,ブッダゴーサとダンマパーラの指摘と完全に一致する ことになり,Vim が頭陀支を概念(制名)と定め,善などを離れたものと主 張していたことに対して疑う余地はなくなる。  もし,それでもなお,「頭陀支概念説」が上座部大寺派内部の一つの別解 釈にすぎないのだとしたら,「正統説」を一顧だにせず「別解釈」ばかり唱 え続ける Vim はあまりに異様である。また,それが古来の上座部の解釈(旧 説)であって後に思想的大転換が起きたのだとしたら,逆に,「新説」を掲 げる Vism が何の弁明もしないのはかえって不自然である。このように,頭 陀支の解釈を含めて多くの状況証拠があるなかで,「大寺派内の異説」とい う想定は説得力がない。現存の文献から得られる事実に基づいて「真実」を 証明することには限界があるが,あらゆる可能性を想定しつつも,文献的事 実を照合して帰納的に導けば,Vim をアバヤギリ派所属文献とみなすことが

(8)

現時点で最も合理的な結論と言わざるをえない。

3.頭陀概念説の根拠と不善の頭陀支

 しかし,アバヤギリ派はなぜ頭陀支を概念と考えたのだろうか。この論点 を検討した[浪花 1985/1987]は,Abhidhammattha-vibhāvinī に説かれる禅支 (jhānaṅga)と禅定(jhāna)の関係に注目し,アバヤギリ派の理論的根拠に ついて解説を試みる。つまり,尋・伺などの禅支は実法(心所法)だが,そ れらで構成された禅定は仮法(概念)とみなされる,という論理を用いて, 浪花宣明氏は,「頭陀支とは受持の思やこのような心所法の集合するところ に生ずる作用の集まり,或いはそのような作用の集まりによって遂行される 煩悩除遣の作用の上に設けられた名前,即ち施設である」と述べている([浪 花 1985/1987: 89])。  しかし,たとえ保守的で教義的発展に乏しいと評される上座部であって も,『摂阿毘達磨義論』(Abhidhammatthasaṅgaha)に対する12世紀の復註文 献に基づいてブッダゴーサ以前の思想的立場を理解することが適当とは思わ れない(4)。しかも,dhutaṅga と dhuta とは,構成要素とそれらの総体という 関係ではない(5)。大寺派の立場でも,頭陀支(意思)と付随要素(parivārakā) たる頭陀法(少欲等五法)とは明確に区別されている(Vism ii.83, Ee 81)。 一方,Vim において,頭陀支は概念であり,頭陀法(無貪・無癡)は実法で ある。そのため,アバヤギリ派が,実法の集合体という意味で,頭陀支概念 説を主張していたとは考えがたい。  しかし,アバヤギリ派の頭陀支解釈は「不善の頭陀支」という見解をめ ぐって発生したという浪花氏の指摘は重要である。Vim では,本稿第2節で 引用した文章のなかで自説の根拠を説明している。それを要約すると,もし 頭陀支を概念とみなさず,修行者の心の状態を基準にして頭陀支の性質を判 断するなら,修行者が悪い欲望を除去できていない場合には,「不善の頭陀 〔支〕」が存在することになってしまう,ということである。  頭陀支は煩悩の除去を目指した理想的な生活実践であるはずだが,経や律

(9)

の記述をみると,こうした修行者が,必ずしも優れた人々ばかりでなかった ことが窺える。例えば,『増支部経典』の「荒野の章(Araññavagga)」(AN III.219ff.)では,荒野に住む者(araññaka),糞染衣を着る者(paṃsukūlika), 樹の根元で過ごす者(rukkhamūlika)など十種(6)の修行者が列挙され,そ れぞれ動機や意識の違いによって五種のタイプに分類される。そのうちの 四つは,愚鈍で迷妄した精神状態の故に(mandā mohūhattā),悪い欲を有 し,欲を本性とする者として(pāpiccho icchāpakato),狂酔と心の乱れの故 に(ummādā cittakkhepā),そしてブッダたちやブッダの声聞弟子たちに称賛 されているということで(vaṇṇitaṃ buddhehi buddhasāvakehi)こうした修行 に取り組むという。これらは明示的に「不善(頭陀)」に分類されてはいな いが,少なくとも好ましくない修行者たちとして挙げられていることは確か である(7)  『律蔵』(Vin III.100‒101)には,人々からの敬服を期待して荒野に住んだ り托鉢行を行ったりする比丘が登場し,それらが悪作罪に認定されている。 また,第二僧残法(摩触女人戒)の因縁譚(Vin III.119‒120)では,バラモ ン夫婦が,荒野に住むウダーイン長老の壮麗な精舎を見学に来た際,長老が 婦人に欲情して体に触れたことが発覚し,抗議を受け世尊に叱責されたとい うエピソードが語られている(8)  『中部経典』「無垢経」(MN I.30‒31)によると,「荒野に住む者」,「托鉢行 者」,「次第訪問者」,「糞染衣を着る者」が悪・不善(pāpakā akusalā)なら, 同僚の禁欲行者から尊敬されない。また,「グリッサーニ経」(MN I.469ff.) では,荒野に住みながら品行面に破れ目のある(āraññako padarasamācāro) 比丘にちなんで,荒野住者が僧院に入って生活する時の注意点が18項目挙 げられいる。このなかで,荒野住者は僧院生活者を軽視したり,悪態をつい たり,食事量に不満を漏らしたりしないよう戒めており,高慢で粗野な行者 の存在や実情が垣間見える(9)。また,『増支部経典』(AN III.391‒392)にも, 「荒野に住む者」,「托鉢行者」,「食事を招待される者(nemantanika)」,「糞 染衣を着る者」の比丘がおごり高ぶって騒々しいなどの事例が考察されてい

(10)

る。荒野に赴いたり(araññagato),樹の根元に赴いたり(rukkhamūlagato), 空き家に赴いたり(suññāgāragato)して,無常を観じて修行に励む模範的な 頭陀行者が語られる場合(AN V.109)もあるが,その一方で,未調教の馬 (assakhaḷuṅka)のような人間が同じく荒野や樹の根元や空き家に赴くと,情 欲や嫌悪感にとらわれて過ごすことになるという(AN V.323)。  初期蔵外文献の『ミリンダパンハ』(Mil)においては,[阿部 1980/2001: 156, cf. 服部 2003: 69]の指摘のとおり,頭陀徳目(dhutaguṇa)と頭陀支 (dhutaṅga)が併用されていて,用語が統一されていない。頭陀をめぐって 本書で議論される内容をみると,清浄を求める(visuddhikāma)出家修行者 が頭陀行を実践すれば,多くの功徳や利益がもたらされたり,浄化されると いう考えが見られる。しかし,その一方で,清浄にならない修行者の場合 も考察されている。例えば,Mil 353では,頭陀徳目によって清浄にならな い者たちには真理の通暁(法現観)がないと述べられる。そして,「悪い欲 を有する人(puggalo pāpiccho)で,欲を本性とし,邪悪,貪欲,暴食,利 を欲し,名声を欲し,賞賛を欲し,〔修行者として〕適さず,適応せず,順 応せず,相応せず,適当せずに,頭陀支を受持する(dhutaṅgaṃ samādiyati) 者は,二種の罰にいたり,すべての功徳の破壊にいたる」(Mil 357)とされ, 現世では軽蔑,非難,罵声,嘲笑,追放などを受け,来世では地獄の責め苦 を経験すると警告されている。これに関してアビダンマに基づいた分析はな いが,行法としての頭陀支(頭陀徳目)と修行者の内面とを区別して説明し ていることがわかる。  このような修行者の姿は,釈尊当時から人々にとって身近な現実だったの だろう。単独で危険な自然に身を置き,ぼろ布を身にまとった頭陀生活は, 言い換えれば,僧院内で相互監視を受けず,共同体組織で求められる些細な 生活規則からある程度解放された環境にあるために,ともすると大胆で無作 法な行者を生むこともあった。アビダンマの教義が確立される以前や教義と の照合がなされない場面では,頭陀修行が称揚される一方で,素行が悪く欲望 がおさまらない頭陀行者には繰り返し注意が与えられていたことがわかる。

(11)

4.大寺派は不善の頭陀修行者をどう解釈するか

 不善頭陀支の存在を主張する者は,こうした実態を背景としていると考え

られるが,彼らも上座部固有と思われる経典(10)の記述「悪い欲を有し,欲

を本性とする者が荒野に住む者になる(pāpiccho icchāpakato āraññiko hoti)」 (AN iii.219)を根拠にしている(Vism ii.78, Ee 80)ことから,上座部内で生

じた見解の可能性がある。しかし,ブッダゴーサは,dhutaṅga の語義解釈 (煩悩を振り払った者の原因)に反するという理由で,この考えを却下する。

さらに,悪い欲望を有したままであれば単なる「荒野住者」(āraññika)にす ぎず,頭陀支(dhutaṅga),つまり「荒野住者の原因」(āraññikaṅga)ではな い,という解釈を示す。

 ところが,Vism が明言したこの āraññika 㱠 dhutaṅga(āraññikaṅga)という 画期的な論理はニカーヤの註釈書には見られない。そもそも,聖典に登場す る種々の頭陀行者に関して,註釈は Vism の議論に触れず,不善頭陀支の問

題に関心も示さない(11)。さらに,興味深いことに,MN III.40でも,不正な

人間(asappuriso)が荒野に住む者などになると述べるが,それに対するパー リ註釈(Ps IV.99)では,以下に示すように āraññika をはっきりと āraññika-dhutaṅga と言い換え,その他についても āraññika-dhutaṅga という表現を使っている。 Ps IV.99: āraññako ti samādinna-āraññikadhutaṅgo. sesadhutaṅgesu pi es’ eva nayo. imasmiṃ sutte Pāḷiyaṃ nav’ eva (Ee の na v’ eva を訂正) dhutaṅgāni āgatāni, vitthārena pan’ etāni terasa honti, tesu yaṃ vattabbaṃ taṃ sabbaṃ sabbākārena Visuddhimagge Dhutaṅganiddese vuttam eva.

  「荒野に住む者」とは,荒野に住むことに関する頭陀支を受持している 者。残りの頭陀支についてもこれと全く同じ道理である。この経典にお ける聖典本文では9つの頭陀支だけが伝承されている。しかし,詳説す れば,これらは13となる。それらについて述べられるべきことのすべ ては,あらゆる仕方で『清浄道論』「頭陀支の説示」においてすでに述

(12)

べられている。  Ps は,最後に Vism に解釈をゆだねているにもかかわらず,ブッダゴー サ自身が Vism で構築した論理と批判の肝をまったく理解していない。Vism に従えば,不正な者が行う場合は「頭陀支」と呼ばれるものではないの で,Ps の解説は誤りである。加えて,ここにある samādinna- という表現自 体も問題である。「受持」の観念は,頭陀支の定義(samādāna-cetanā)に 伴い,Vism では不善頭陀支を排除するためのキーワードとなる(tena tena samādānena dhutakilesattā)。そのため,この点でも Ps の記述は受け入れがた い(上記 Mil 357‒358における不善者の dhutaṅgaṃ samādiyati も同様)。この Vism と Ps の間の思想的ギャップは,古註釈(MN に対するシーハラ・アッ

タカター)に起因する問題と考えられる(12)

5.大寺派の古註釈と経典暗誦者(バーナカ)

 ここで注意すべきは,そもそも Vism が示した頭陀支の定義自体が古註釈 (Aṭṭhakathā)に由来するという点である。

Vism ii.12 (Ee 61): sabbān’eva p’etāni samādānacetanālakkhaṇāni. vuttam pi c’ etaṃ [Aṭṭhakathāyaṃ]: yo samādiyati, so puggalo. yena samādiyati, cittacetasikā ete dhammā. yā samādānacetanā, taṃ dhutaṅgaṃ. yaṃ paṭikkhipati, taṃ vatthū ti.   これらまったくすべて〔の頭陀支〕は受持する意思を特徴とする。そ して,次のことがアッタカターにおいて述べられてもいる。「受持する 者は,人である。およそそれをもって受持するところのものは,諸々 の心・心所法である。受持する意思であるもの,これが頭陀支である。 〔彼が〕拒否するものは,事物(対象物)である」と。  vittam pi c’etaṃ(そして,次のことが述べられてもいる)は,パーリ註

(13)

釈 文 献 で 引 用 文 を 導 入 す る た め の フ レ ー ズ で あ り(Cf. [Hayashi 2011], [Kieffer-Pülz 2014]), こ の 句 を 伴 っ て 提 示 さ れ る 解 釈 は 源 泉 資 料( こ

こ で は Aṭṭhakathā(13)) の も の で あ る。 頭 陀 支 の 受 持 が そ れ ぞ れ「 私 は paṃsukūlikaṅga を受持します」(Vism ii.14, Ee 62)などの言葉を発して成立 すると規定されていることを重視した古註釈は,世尊や優れた師や先輩な どの許で宣言して個別の修行生活を受持していこうとする意思(samādāna-cetanā)を頭陀支の本質とみなしたのである。  頭陀支をこのように定義し,不善頭陀支を認めない大寺派の姿勢は,彼 らの戒の解釈と重なる(Cf. [Anālayo 2009a: 625, 2009b: 6‒8])。戒を意思や 遠離(virati)とする『無礙解道』(Paṭis I.44)の定義は,Vim 400c4‒6にも Vism i.17 (Ee 6‒7) にも継承される。但し,「善戒・不善戒・無記戒」の三種 を挙げる Paṭis の説を,Vim はそのまま踏襲するが,Vism i.38 (Ee 14) は,戒 の特徴である「受持」と「安定的持続」(patiṭṭhāna)と合致しないなどの理 由で不善戒を除外する。つまり,それらを誓って保持し悪を防止する働きが 機能しているからこそ,戒(よき生活習慣)であり,その時の意思や遠離が 戒の本質なのである。そのため,不正な持戒者は語法として撞着する。おそ らくこれと同じ理屈で,頭陀支の受持者が不善であるという事態は承認され ないのだろう。  古註釈による頭陀支の定義以外にも,ブッダゴーサ以前から頭陀支につい て多様な解釈や議論が生じていたことは確かである。例えば,樹下住支の破 壊(Vism ii.57, Ee 74),露地住支の破壊(Vism ii.61, Ee 76),塚間住支の時間

帯(Vism ii.66, Ee 77)に関して,『増支部経典』の暗誦者(Aṅguttarabhāṇaka)

たちの説が紹介されている(14)。彼らは,13の頭陀支全体かどうかはおくと しても,ある程度総合的な解説を行っていたと思われる(15)。BC 2c∼1c 頃 から AD 2c 頃には bhāṇaka が盛んに活躍していたとされる(Cf. [塚本 1980: 394‒404],[森 1984: 274‒282])が,[森 1984: 280]の指摘の通り,もとも と聖典の暗誦を務めとしていた bhāṇaka が次第に教義的解釈を行うようにな り独自見解を表明するようになったことがこれらの事例からもわかる。

(14)

 その他,Vism ii.8 (Ee 61) には「時後不食支(khalupacchābhattikaṅga)」に ついて Aṭṭhakathā による語義解釈が引用されている(上記と同じ古註釈か)。 さらに,Vism ii.50 (Ee 72) では,荒野の空間定義に関して,Vinayaṭṭhakathā (pl.) と Majjhimaṭṭhakathā という2系統の古註釈による異なる解説が紹介され ている(16)

6.まとめ

 世俗を捨てて出家した人々のなかには,僧院からも距離を置き,最低限の 物資だけで孤独に修行生活を続ける者たちがいた。彼らは心の平安を得るた めに自分の欲望と真摯に向き合い,瞑想などに専念することが期待された。 貪りや愚かさを抱えた者でも,欲望の対象などに煩わされない環境で,葛藤 しながら少欲知足や倹約を習慣化させ,あるいは無常などを深く理解して, 無貪・無癡の状態に至っていく。ところが,実際の現場では,不純な動機で 頭陀生活を営む者がいたり,努力せず気ままで怠惰な生活に澱んだり,煩悩 を捨てきれず,かえってうぬぼれや粗野な態度を身につけたり,僧院を訪れ てトラブルを起こしたりする者も現れて,彼らに対する非難や誡め,意識喚 起,啓発などもなされた(Cf. Th 101, 109, 114および[早島 1964: 56])。  アビダンマ時代の産物(Cf. [水野 1964: 81])である善・不善・無記の「三 性門」など様々な分類法を用いて,論師たちはあらゆる事象を議論の俎上に 挙げ,自己と世界の解体と再構築を進めていった。理想化された修行理念と 現実の姿との間に矛盾を自覚して頭陀(支)を分析的に議論し始めたのも, アビダンマの知識を背景として聖典解釈する者たちが登場してからのことで あろう。  スリランカの上座部では,聖典伝承者たちが独自見解を表明し,学識と権 威を有する長老たちもまた自身の解釈を披歴し議論を交わしていた。こうし た思想状況のなかで,聖典の記述を教理的に位置づけるさまざまな試みを反 映した古註釈がいくつも執筆された。やがて,諸法の定義や条件などが次第 に整備されていくとともに,教理体系の基礎部分では異説を許容できないほ

(15)

ど厳密に規定されていった。睡眠の気だるさやものうさを肉体感覚でとらえ るか精神現象として扱うか,というアバヤギリ派と大寺派の論争も同様だ が,このように日常の事象を理念的形而上的世界観と照らし合わせていくな かで,上座部の論師や註釈家たちは「不善の頭陀支」という課題を自らで提 起して,解決を迫られるようになっていったと考えられる。これが教理的に 撞着するとみなされたとき,アバヤギリ派は,おそらく頭陀支を特定環境で 生活する衣食住の形式や実践法と解釈して,善悪を離れた概念と規定した。 つまり,頭陀支自体に善悪はなく,荒野や樹下で暮らすうちに心が無貪・無 癡を伴ったものになれば,彼の心心所は善であり,不満や欲求が高まれば, 修行者の心が不善となるだけである。一方,ブッダゴーサは,頭陀支を意 思と定義した古註釈の見解を継承し,先行する Vim の議論を見据えながら, 大寺派としての頭陀支説を完成させた。表現上の区別がなかった頭陀,頭陀 支(頭陀功徳),頭陀法といった概念についても,彼は古註釈の頃から定義 され整理されてきた内容を引き継いで,厳密な術語として確立したと考え られる。このように,まず Vim が不善頭陀支説を批判して概念説を主張し, それを知っていたブッダゴーサは,アバヤギリ派と同様に不善頭陀支説を排 除しつつ,新たな論理を用いて頭陀支を善と無記に限定してアバヤギリ派に 対峙する,というのが議論の流れである。  頭陀支概念論者に対して,大寺派は,「存在しないものが煩悩を除くこと はありえない」と批判する。ところが,Vim では,ブッダゴーサと同様に, 頭陀〔支〕において生じた頭陀法(無貪と無癡)が煩悩を除くと説いてい る。一方,大寺派のように頭陀支を修行者の意思と定めても,破壊(頭陀支 不成立)の議論では,悪欲の有無などの心理面ではなく,それぞれの生活規 定違反(第四衣の受用,時刻や量の超過など)が判定基準となっており,彼 らも形式的外面的な点しか考慮していないとも言えよう。現実にはアバヤギ リ派からの再反論は文書として存在しないが,頭陀支をめぐる解釈論争は, このように双方に議論の余地を残しているため,部派間で決着のつかなかっ た課題であったと考えられる。

(16)

注 ⑴ この箇所は,Vim がアバヤギリ派所属論書であることの根拠として多くの研究者 に注目されてきた。[Bapat 1937: xxxviii‒xxxix, pp. 23‒24],[水野 1939/1996: 149], [阿部 1978/2001: 167‒175],[Abe 1981: xxvii‒xxix],[森 1984: 567‒571],[浪花 1985/1987: 87‒93],[Cousins 2012: 100]など参照。 ⑵ チベット訳 Vimukutimārga-dhutaguṇanirdeśa では,「頭陀の徳目(dhutaguṇa)は何 かといえば,善と言われるべきである」(Bapat 1964: 76, cf. Sasaki 1958: 58)とあり, 大寺派とも合わない。本書は漢訳 Vim とおおむね一致するが,削除や改変があり, 訳語も安定しない。訳出の際に訳者や教団の見解に合わせて意図的な内容改変が行 なわれたのではないかと考えられている。 ⑶ 「制戒」の語は戒の制定を意味する paññāpeti の派生語と考えられることから, 漢訳者が原文の paññatti を誤解したのかもしれない。ただし,「制戒」は,Vim 401b14では二種類の戒を説明する際の cāritta/vāritta(性戒・制戒)の後者の訳語と して先に使われている。

⑷ 確かに Vism iv.107 (Ee 146) でも,禅は五禅支そのものであって,禅支を離れて独 立の禅というものが存在するわけではないと述べる。しかしこの論法で禅を仮法 と主張すると,アバヤギリ派を批判した同じ理屈での反論が予想される。つまり, 「五蓋を燃焼するがゆえに禅 jhāna なり」(Vism iv.119, Ee 150)と言うが,仮法なら

ばどうやって五蓋を燃焼するのか,と。 ⑸ 大寺派は dhuta を慣用表現(vohāra)と認めている(不善頭陀批判第2)が,そ れは,無我の基本的立場から,動詞 dhū の過去分詞 dhuta(煩悩を振り払っている 人(dhutakileso [vā] puggalo))で表現される行為者(頭陀行者)の存在否定であっ て,論理が異なる。 ⑹ 数を十とするか十一とするか,また順序の問題については,[阿部 2001/1980: 115‒117]参照。 ⑺ この経は,Vism で「不善頭陀支」論者の根拠として引用される。比較すべき関 連問題として Vism i.33 (Ee 13) の戒の議論で,名誉を望んで受持したり自惚れと他 者の毀損に染まったものは劣悪な戒(hīnaṃ [sīlaṃ])とみなされるが,後述するよ うに Vism では「不善戒」を認めない。そのため,何らかの解釈が必要である。 ⑻ この事例から,荒野に住んでいても,頭陀修行として Vism ii.54 (Ee 73) に示され

る「不適切な視覚対象(色)などが心をかき乱さない」(asappāyarūpādayo cittaṃ na vikkhipanti)といった簡素な暮らしをしているとは限らないことがわかる。諸律に おけるアランヤ比丘の事例については,[佐々木 2003]に詳しい。

(17)

ハーラッキタ長老を例に挙げている。[森 1984: 386‒387]参照(p. 391, n.54の「MA II-666」は要修正)。

⑽ 漢訳四阿含に対応経典がなく,安世高訳『七處三觀經』(T no.150 [21], vol.2, 879a10‒17)に対応するとされるが,五法のうちに不善は含まず,内容はまったく 異なる。管見の及ぶ限り,他にパラレルが見られない。

⑾ MN に対する註釈(Ps I.149, Ps III.183‒185)および AN III.219に対する註釈(Mp iii.306‒307), お よ び AN III.391‒392に 対 す る Mp iii.400,AN V.323に 対 す る Mp V.80,Vin III.100‒101に対する Sp II.502‒503,Vin III.119‒120に対する Sp III.532参 照。 ⑿ 古註釈の段階では,まだ不善頭陀支の可否について問題化,論争化していなかっ たか,あるいはニカーヤ註の性質上,経文解説を越える議論の場とは考えられてい なかったという可能性も考えられる。Vism との思想的矛盾や教義解釈的相違は他 のニカーヤ註にも散見されるため,もしもこれらの点を単純に作者問題と関連づけ て排除していくと,ブッダゴーサの真作は Vism のみという結論に陥ることになる だろう(Cf. [Hayashi 1999])。 ⒀ 典拠についてはテキストによって相違がある(底本では空白だが,PTS 版では Aṭṭhakathā,Ce (SHB版) の 脚 注 で は Mahā-aṭṭhakathā) が, 別 箇 所(Vism ii.89 (Ee 82))で,これが『アッタカター』からの引用であると明記されている。 ⒁ [Endo 2003/2013: 58‒61]は,この3か所について註釈文献と Vim の記述を検討 し,この暗誦者たちはインド由来の AN および古註釈の伝承者とは異なること,さ らに彼らの説はスリランカで形成された新たな伝統説の可能性を示唆している。ま た,ニカーヤの現存パーリ註釈書とそのニカーヤの暗誦者の伝統が別系統であるこ とを指摘している。 ⒂ 彼らは AN のどの箇所でこのような見解を語ったのか。Vism 第2章には AN の 引用がいくつかある。そのうち,四依を説いた AN II.26(Vism 64, 67, 74)やアラ ンニャ住を称賛する AN III.343, IV.344(Vism 73)は頭陀支をまとめた内容ではな いし,現存パーリ註釈書におけるそれぞれの註釈箇所 Mp III.43, III.367, IV.159でも 議論がない。一方,現存 AN で頭陀行の教説があるのは,AN III.219ff. の「荒野の 章」だけである。ここでは②三衣,④次第訪問,⑤一坐食以外の十種類がそろって いる。註釈書 Mp iii.306‒307では簡単な解説しかないが,増支部暗誦者が頭陀の総 合的解説をするとしたら,この箇所においてしか考えられない。 ⒃ [森 1984: 176‒177, 187]参照。また,[佐々木 2004]は,律文献と説一切有部の アビダルマ文献に基づいて,村(gāma)に対比されるアランニャの範囲を検討し ている。

(18)

参考文献

使用テクストは Pali Text Society 版(Ee)を基本とする。『清浄道論』は Visuddhimagga

of Buddhaghosācariya. Ed. by Henry Clarke Warren, revised by Dharmananda Kosambi,

Harvard 1950を底本とし,Ee の対応ページ番号を付す。Vism の復註は

Buddha-ghosācariya’s Visuddhimaggo with Paramatthamañjūsāṭīkā of Bhadantācariya Dhamma-pāla. Vol. II. Ed. and revised by Rewatadhamma, Varanasi 1969を用いた。

阿部慈園1978/2001 「Buddhaghosa, Dhammapāla の Abhayagiri 派批判── dhutaṅga を めぐって」『頭陀の研究──パーリ仏教を中心として』東京:春秋社,pp. 167‒175. (=『印仏研』27‒1, 1978) 阿部1980/2001a 「Milindapañhā における頭陀説」『頭陀の研究──パーリ仏教を中心 として』東京:春秋社,pp. 153‒156.(=『宗教研究』242, 1980) 阿部1980/2001b 「Pāli Vinaya における頭陀説」『頭陀の研究──パーリ仏教を中心と して』東京:春秋社,pp. 109‒120.(=『印仏研』28‒2, 1980) 佐々木閑2003 「アランヤにおける比丘の生活」『印仏研』51‒2, pp. 812‒806 (221‒227). 佐々木閑2004 「アランヤの空間定義」『神子上恵生教授頌寿記念論集 インド哲学仏 教思想論集』京都:永田文昌堂,pp. 127‒146. 塚本敬祥1980 『改訂・増補初期仏教教団史の研究─部派の形成に関する文化史的考 察─』東京:山喜房佛書林,727p. 浪花宣明1985/1987 「頭陀支の仮実をめぐる論争」『在家仏教の研究』京都:法蔵館, 87‒93.(=『印仏研』34‒1, 1985) 浪花宣明2001 『解脱道論』(新国訳大蔵経 論集部5)東京:大蔵出版,432p. 服部育郎2003 「Milindapañha における修行法─頭陀説を中心として」『仏教の修行法 ─阿部慈園博士追悼論集』東京:春秋社,pp. 67‒87. 林隆嗣2010 「アバヤギリ派の色法と睡眠色」『佛教學』52, pp. 19‒41. 早島鏡正1964 『初期仏教と社会生活』東京:岩波書店,734p. 干潟龍祥1933 『國譯一切經』(論集部七 解脱道論)東京:大東出版社,283p. 水野弘元1939/1996 「『解脱道論と清浄道論の比較研究』── P. V. Bapat,

Vimutti-magga and Visuddhi-Vimutti-magga, a Comparative Study」『水野弘元著作集第一巻 仏教文献研

究』東京:春秋社,pp. 143‒170.(=『仏教研究』(旧誌)3‒2, 1939)

水野弘元1960/1997 「施設について」『水野弘元著作集第二巻 仏教教理研究』東京: 春秋社,pp. 425‒442.(=『中野教授古稀記念論文集』高野山:中野教授古稀記念 会,1978)

(19)

森祖道1984 『パーリ仏教註釈文献の研究─アッタカターの上座部的様相─』東京: 山喜房佛書林,718p.

Abe, Jion 1981 Saṅkhepatthajotanī Visuddhimaggacullaṭīkā Sīla-Dhutaṅga: A Study of the

First and Second Chapters of the Visuddhimagga and its Commentaries, Poona: Bhandarkar

Oriental Research Institute. 152p.

Anālayo 2009a “Vimuttimagga”, in Encyclopaedia of Buddhism. Volume VIII, Fascicle 3. Editor-in-Chief W.G. Weeraratne. The Government of Sri Lanka, Colombo: 622‒632. Anālayo 2009b “The Treatise on the Path to Liberation (解脱道論) and the Visudhimagga”,

Fuyan Buddhist Studies (福嚴佛學研究) 4: 1‒15.

Bapat, P. V. 1937 Vimuttimagga and Visuddhimagga: A Comparative Study, Poona: Fergusson College. 171p.

Bapat P. V. 1964 Vimuktimārga Dhutaguṇa-Nirdeśa: A Tibetan Text Critically Edited and

Translated into English, Bombay: Asia Publishing House. 123p.

Ehara, N.R.M., Soma Thera and Kheminda Thera 1995 The Path of Freedom (Vimuttimagga)

by the Arahant Upatissa, Kandy: Buddhist Publication Society (originally Colombo 1961).

363p.

Endo, Toshiichi 2003/2013 “Views Attributed to Different Bhāṇakā (Reciters) in the Pāli Commentaries”, Studies in Pāli Commentarial Literature: Sources, Controversies and

Insights, Hong Kong: The University of Hong Kong, 2013: 47‒81. (= Buddhist Studies (仏

教研究) 31, 2003: 1‒42)

Cousins, L. 2012 “The Teachings of the Abhayagiri School”, How Theravada is Theravada?

Exploring Buddhist Identities, Chiang Mai: Silkworm Books: 67‒127.

Crosby, Kate 1999 “History Versus Modern Myth: The Abhayagirivihāra, the Vimuttimagga and Yogāvacara Meditation”, Journal of Indian Philosophy 27, 6: 503‒550.

Gethin, Rupert 2017 “Body, Mind and Sleepiness: On the Abhidharma understanding of

styāna and middha”, Journal of the International College for Postgraduate Buddhist Studies

(国際仏教学大学院大学研究紀要) 21: 123‒161.

Hayashi, Takatsugu 1999 “On the Authorship of the Aṭṭhasālinī”, Buddhist Studies (仏教研究) 28: 31‒71.

Hayashi, Takatsugu 2011 “On “Sopākapañhavyākaraṇa” in the Visuddhimagga”, Buddhist

Studies (仏教研究) 39: 1‒18.

Kieffer-Pülz, Petra 2015 “Quotatives Indicating Quotations in Pāli Commentarial Literature, I

Iti/ti and Quotatives with Vuttaṃ”, Journal of Indian Philosophy 43, 4‒5: 427‒452.

Norman, K.R. 1983 Pali Literature, Wiesbaden: Otto Harrassowitz. 210p.

(20)

Professor Hajime Nakamura Felicitation Volume, Delhi: Sri Satguru Publications: 41‒50. (= Collected Papers IV, Oxford: The Pali Text Society, 1993: 202‒217).

Sasaki, Genjun H. 1958 Vimuktimārga Dhutanganirdeśa: Tibetan Text with Japanese

Translation and Notes (解脱道論:頭陀品チベット校訂本本文並びに譯註). Kyoto:

参照

関連したドキュメント

わからない その他 がん検診を受けても見落としがあると思っているから がん検診そのものを知らないから

これらの定義でも分かるように, Impairment に関しては解剖学的または生理学的な異常 としてほぼ続一されているが, disability と

(2011)

ハンブルク大学の Harunaga Isaacson 教授も,ポスドク研究員としてオックスフォード

巣造りから雛が生まれるころの大事な時 期は、深い雪に被われて人が入っていけ

単に,南北を指す磁石くらいはあったのではないかと思

自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から

 学年進行による差異については「全てに出席」および「出席重視派」は数ポイント以内の変動で