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質量分析データ集 Vol.2

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Academic year: 2021

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目 次

はじめに

1.質量校正物質

2.精密質量測定

3.LC/MSにおけるシリンジポンプの利用

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4.マリーゴールド,抹茶のにおい成分の HS/GC/MS

16

5.DEI による測定

19

6.PEG の FD 測定

22

7.だったんそば茶の LC/MS 測定

24

8.鳥羽離宮から出土した木胎の塗膜成分の評価

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はじめに

MS データ集に引き続き、弊社で蓄積した MS に関する測定データを“質量分析データ集 Vol.2 ” と し て ま と め ま し た 。 そ の 内 容 は 、 質 量 校 正 物 質 や 精 密 質 量 測 定 法 さ ら に は HS/GC/MS、だったんそば茶の LC/MS 分析、鳥羽離宮からの出土品の評価などの測定事 例です。 質量校正物質については PFK の EI スペクトルを帰属したり、FAB や ESI イオン化に適した 標準試薬について検討し負イオン検出まで記述するなど豊富な内容になっています。 HS/GC/MS 測定は水中の揮発性有機化合物の分析に多用されていますが、ここではマリー ゴールドの花びらやお茶などの素材に着目してそのにおい成分を評価しました。この手法を 用いると前処理が不要となり、目的とする材料表面の有機物分析に展開できると思います。

DEI(Desorption electron ionization)は白金線の先端に試料を塗布し、イオン化室に導入し、 白金線に1A ほどの電流を通し瞬間気化させ EI や化学イオン化(CI)を行う手法です。古くから 知られていますが分析例が乏しく、あまりなじみがありません。再度検討したところ非常に便 利な手法であることがわかりました。DEI と類似した FD(Field desorption)イオン化を取り上げ、 PEG の測定例を紹介しています。DEI や FD を取り上げた背景には ESI などの新しいイオン化 が出現していますが、これらのイオン化を用いても測定できない物質があります。このような 物質に注目し、フラーレン(C60)やポリエチレングリコール(PEG)について検討しました。

これらの測定事例が皆様の分析の指標になれば幸いです。

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1.質量校正物質

質量校正物質とは

質量分析装置の質量目盛りを校正する標準物質です。質量目盛りを校正するために はそのスペクトルの既知質量とその質量(イオン)を制御する電場あるいは磁場の強度の 対応付けが必要です。質量校正は信頼性のあるスペクトルを得るために重要な作業で す。

質 量 校 正 法 に は 外 部 校 正 (external mass calibration) と 内 部 校 正 (Internal mass calibration)があります。外部校正はあらかじめ質量校正を行い、この質量校正結果に基 づき質量を求めていきます。整数質量で取り扱われ、低分解能測定と呼ばれています。 スペクトルの質量計算はこの質量校正に基づいて処理されています。測定精度は 0.1u 程 度です。スペクトルは整数で処理されますので GC/MS で測定される成分の分析には十 分な精度です。正確な質量を得るためにその都度、質量校正を行う必要があります。 内部校正法は正確な質量を求めるために、質量校正物質を絶えず導入しながら測定 します。目的成分のところで質量校正を行い、正確な質量を演算します。小数点以下 3 桁 までの精度で処理することができますのでミリマス測定と呼ばれ、正確な質量決定や元 素分析に用いられています。校正物質と試料を混合して測定しますので、質量の重なり を防ぐために、高い質量分解能の条件下で測定します。そのため高分解能測定とも呼ば れることもあります。

質量校正物質の最適な条件とは

各イオン化法に適した質量校正物質の選択が必要です。 【EI 法】 ・気化性がある ・高質量まで等間隔でピークが出現する ・試料スペクトルと重ならない 【FAB/ESI】 ・マトリックスや(有機)溶媒に解け易い ・より高質量域にわたり等間隔にピークが出現する ・正/負イオンが検出できる ・試料のスペクトルと重ならない これらの条件を満たす質量校正物質として以下の物質が使用されています。

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3 EI 法では、PFK(Perfluorokerocene),PFTBA(Perfluorotributylamine) FAB 法では、ウルトラマーク 1621,ヨウ化セシウム(CsI),ポリエチレングリコール(PEG) ESI 法では、PEG,YOKUDELNA

EI 法

Electron ionization(電子イオン化)法の略。数十 eV に加速された熱電子を気体状の試 料分子に照射してイオンを生成させる方法です。感度が良く、主に GC/MS 測定に使用さ れています。10 万種を超えるライブラリースペクトルが完備されておりスペクトル解析に 便利です。

[PFK の EI スペクトル]

PFK は、Perfluorokerosene の略名で、その名前から炭化水素からなるケロセンの水素 基をフッ素で置換したものです。Perfluorocarbon とか Perfluoroalkane などと呼ばれてい ます。炭素数の異なる混合物で、構造は[CF3(CF2)nCF3]です。特性は生物学的に不活 性で、有機溶剤に対する溶解度は非常に低い。沸点が低く、MS の質量校正物質として は取り扱い易く広く使用されています。 PFK は通常リザーバーとよばれるタンクに貯えられています。リーク弁を通してイオン 源に導入します。図 1 に PFK の正イオンスペクトルを示します。スペクトル強度は質量が 高くなるほど低下していますが、それでも質量 1000 以上まで十分な強度で出現していま す。スペクトルを帰属すると最も強い基準ピークは、m/z69 です。この 69(CF3)から 50u 毎に CF基の違いで m/z119,169,219,269・・・と 1000 位まで出現します。更にそこから 12u 毎に炭素鎖を示すピークが出現します。例えば、m/z 119 から m/z 131,143,155, 167 というパターンです。m/z 51 は CF2H に相当し、末端が完全にフッ素で置換されてい ないものです。これらの既知質量をまとめ質量校正に用いています。 図 1.PFK の正イオン EI スペクトル 【測定条件】 イオン化電圧:70eV イオン化電流:300μA 加速電圧:10KV 測定質量範囲:m/z10~m/z1000

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FAB 法

FAB 法とは、Fast Atom Bombardment(高速原子衝撃)の略名で、数 KeV に加速した中 性原子(Xe,Ar など)を試料に衝突させることでイオンを生成させる方法です。通常は、マ トリックスと呼ばれる粘性の高いグリセリンのような物質に試料を混合した溶液を試料タ ーゲットに塗布します。そこに中性原子を高速で衝突させイオン化します。マトリックスは イオン化促進剤として作用しています。熱をかけないので、熱不安定物質など種々の物 質の測定に適しています。正イオンばかりでなく負イオンも出現します。正、負イオン測 定を行うことにより(M+H)+,(M-H)イオンの分子量関連イオンから分子量が確認で きます。特にカルボン酸やスルホン酸は負イオン検出で強い(M-H)イオンが出現します。 そのため質量校正物質としては正と負イオンが検出できるものが必要です。ウルトラマ ーク 1621(Perfluorophosphazenes)やヨウ化セシウム(CsI)水溶液が使用されています。 ここでは一例として CsI の正、負のスペクトルを示します。

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[CsI の FAB スペクトル]

CsI(ヨウ化セシウム)は、食塩と同様に無色で潮解性のある物質です。水、エタノールに 溶解します。CsI は 0.5%の水溶液として試料ターゲットに塗付して測定しました。図 2 に、 CsI の正イオンスペクトルを示します。質量 5000u 以上にわたって 260u(CsI)ごとに出現し、 高分子領域の質量校正に適しています。 図 2.CsI の正イオン FAB スペクトル 【測定条件】 導入法:直接導入法 加速電圧:5KV 測定質量範囲:m/z100~m/z5000 全質量範囲スキャン時間:10 sec

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6 図 3 に負イオンスペクトルを示します。 質量 127 は I(ヨウ素)を、m/z254 は I2を示して います。質量 127 を基点に 260(CsI)毎に十分な強度で m/z387,647,906,1166 ・・・と等 間隔に 5000 以上の高質量まで出現しています。 図 3.CsI 負イオン FAB スペクトル 【測定条件】 導入法:直接導入法 加速電圧:5KV 測定質量範囲:m/z100~m/z5000 全質量範囲スキャン時間:10 sec

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ESI 法

ESI 法は Electrospray Ionization の略名です。その原理は試料溶液を大気圧下の条件 下で窒素ガスとともに噴霧します。噴霧するプローブの先端に数 KV の高電圧を印加す ることにより、溶出液は帯電した液滴として飛散します。その液滴は噴霧の過程で乾燥し イオンが生成します。生成したイオンはオリフィス(細孔)を通して高真空の MS のイオン化 室へ吸引されます。非常なソフトイオン化を与え、プロトン化分子イオンや(M+nH)n+ 多価 イオンなどの分子関連イオンが出現します。 種々の物質について評価され、特にタンパ クなどの高分子化合物の構造評価や LC/MS 測定に多用されています。 ESI 法での最適な質量校正物質は少なく、分子量の異なる PEG 混合物や PPG(ポリプ ロピレングリコール)などが用いられています。 PEG の場合、44u ごとに出現します。平 均分子量の異なる PEG を適量混合して使用しています。これらの物質はイオン源にバッ クグラウンドとして残り易く、取り扱いには注意が必要です。また負イオンが出現せず、負 イオン測定には使用できません。 ESI の質量校正物質として最適な標準物質を紹介します。弊社で市販している YOKUDELNA です。利点は正・負イオンのスペクトルが得られ、メモリーが少ないことで す。また 4000 位のスペクトルでもモノアイソトピック質量が強く現れます。さらには C,H, O,N の元素から成る物質とのスペクトルの重なりが少なく便利な校正物質です。

[YOKUDELNA の ESI スペクトル]

図 4,5 に正・負イオンスペクトルを示します。正イオン検出では m/z159 を基点に 136u 毎に質量数 2000 以上にわたって出現します。4000 以上のスペクトルが確認できます。 負イオン検出では m/z113 を基点に 136u 毎に出現します。 図 4.YOKUDELNA の正イオン ESI スペクトル

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図 5.YOKUDELNA の負イオン ESI スペクトル

*) 日本電子データム(株)取り扱い品

ESI 用標準試薬 YOKUDELNA 10mL : パーツナンバー:780321090

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2.精密質量測定

小数点3桁以下の正確な質量を求める

内部質量校正法により測定します。小数点以下 3 桁までの精度で処理することができ ますのでミリマス測定や高分解能測定、精密質量測定(Exact mass measurement)と呼 ばれています。正確な質量決定や元素分析に用いられています。

構成元素の確認ができる

精密質量の結果から推定元素の質量、その個数、二重結合数を基に組成演算を行う ことができます。塩素、臭素などの高い同位体率を有する元素はスペクトルからその存 在を判定することができます。前もって低分解能測定結果から同位体スペクトルを評価 することは元素分析の手がかりを与えることがあります。さらに M+1/M,M+2/M の強 度比を正確に吟味すると、炭素数が予測できたり、ときには S や Si の存在が確認できま す。負イオンスペクトルを検討すると、79,80 のフラグメントイオンの存在はそれぞれ PO3 と SO3の存在を示唆しています。これにより P,S の元素の存在が明確になります。これ らのスペクトルの情報は精密質量演算のために役立ちます。

✰FAB の精密質量測定は PFK で質量校正

通常、FAB の精密質量測定では PEG を用いて精密質量校正を行っています。PEG は 44u の間隔でピークが出現し、隣りあった 2 本のピークにより校正を行います。そこで、 12u 毎にピークが出現する PFK で質量校正を行えばさらなる精度向上が期待できます。

[PFK を用いた FAB 測定]

PFK を質量校正物質としてレセルピンの精密質量を求めました。PFK は有機溶媒や FAB マトリックスに不溶であるため、試料と混合して測定をすることが出来ません。その ため、ターゲット(試料台)が反転できるデュアルターゲットを用いて検討してみました。試 料としてレセルピンの測定例です。デュアルターゲットの片面に PFK のみ、もう片面にレ セルピンとグリセリンの試料を塗布します。最初に 1 分ほど PFK を測定し、その後ターゲ ットを反転させ試料を測定します。データ処理でそれぞれのデータを加算して、レセルピ ンの精密質量を求めました。その結果、(M+H)として 609.2797 の値が得られました。組成 演算を行ったところ 1.5mu と良好な精度で目的の組成と一致しました。結果を図 6 に示し ます。

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10 この結果から元素組成式が確認できます。通常、FAB のミリマス測定では PEG が用 いられていますが、今回の結果から PFK を用いて良好な精度で十分使用できることが 分かりました。 実測値 誤差(ppm /mmu) m/z609.2797 -2.4/-1.5 M+H PFK レセルピン 【測定条件】 MH+ の組成式:C 33H41N2O9 標準試料:PFK スキャン法:加速(電場)スキャン法 測定質量範囲:m/z580~m/z650 全質量範囲スキャン時間:40 sec 設定分解能:R=3000 図 6.レセルピンの PFK によるミリマス結果

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3.LC/MS におけるシリンジポンプの利用

ESI と FRIT-FAB の簡易試料導入システム

シリンジポンプは LC/MS インターフェースへの試料導入に活用されています。特に ESI 測定やその性能評価に使われています。ESI は試料溶液を細管を通して窒素ガスで 噴霧し、溶液が噴霧の過程でイオン化される手法です。プロトン化分子イオンなどの分 子量関連イオンが出現し、非常にソフトなイオン化を与えます。タンパクなどの高分子化 合物や種々の物質の分子量評価に使用されています。 ESI はその原理から導入する流量が少なければ少ないほど感度は向上します。その ため 1μL/min オーダーの流量で制御するシリンジポンプは ESI 測定に適しています。 このポンプを用いると FAB や ESI 試料導入や精密質量測定に十分に使用でき便利です。 シリンジポンプを用いた試料導入システムの構築はタフコネクタ,ピーク管,ユニオンを 用い手締めで接続しており非常に簡単です。さらに使用溶媒量は 1mL 以下と非常に少 なく、効率のよいイオン化条件を与える移動相溶媒やマトリックス選択の最適化に利用 できます。

シリンジポンプの原理は

歯車の回転速度により流量を制御します。その操作は試料溶液をマイクロシリンジに 採り、マイクロシリンジのピストン先端を押すことにより、試料溶液は一定流量でシリンジ の針先に押し出されます。流量はシリンジポンプのストロークとマイクロシリンジの容量 で決まります。50μL用の小さいマイクロシリンジを用いると 1μL/min 以下の精度で流 量が制御できます。試料を例えば 10μL の溶媒に溶かすことにより、試料濃度は高くな ります。1μL/min の条件で設定すると 10 分間測定できます。この測定時間内で取得し た全スペクトルを処理することにより、いっそう S/N の良いスペクトルが得られます。この ような導入法をインヒュージョン法と呼んでいます。

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シリンジポンプを接続した LC/MS システム

シリンジポンプにレオダインインジェクタを取り付けてみました。そのシステムを図 7 に示 します。一定流量条件下で試料導入が可能になります。50μL/min の流量条件下でイン ジェクタから試料を導入すると 1 分ほどの短時間でスペクトルが得られます。この手法を フロー注入と呼び、インヒュージョン法と区別しています。フロー注入により測定すると、 クロマトグラムを描くことができます。試料が出現したクロマトグラムのピークトップと基線 のバックグラウンドを処理することにより、試料由来の明瞭なスペクトルを得ることができ ます。 図 7.JMS-700 にシリンジポンプを接続したシステム シリンジポンプ FRIT-FAB用イオン源 インジェクタ マイクロシリンジ

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[FRIT-FAB 測定]

FRIT-FAB 法にこのシステムを適用してみました。FRIT-FAB は FAB イオン化を利用し た LC/MS インターフェースのひとつです。0.2%のグリセリンメタノール溶液 1mL をマイク ロシリンジに採り、5μL/min の流量条件下で測定しました。図 8 は 10ppm のコルチコス テロン(MW:346)のメタノール溶液 1μL を導入したスペクトルです。マトリックス由来のグ リセリンピークはバックブラウンド処理され MH347 に明瞭なスペクトルを与えています。 図 8.コルチコステロンの FRIT-FAB スペクトル 115 のスペクトルは Na+のグリセリン付加ピークです。溶液中に微量のナトリウム塩が 混在しているのでしょう。 比較のために直接導入を試み、その結果を図 9 に示します。グリセリンのバックが強く 出現し 347 の MH イオンを判定するには難しいスペクトルです。このようにこのシステム は微量成分の FAB 測定に適しています。

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14 図 9.コルチコステロンの DI-FAB スペクトル

[ESI による精密質量測定]

試料としてレセルピン(MW:608)を選択し、精密質量測定を試みました。メタノール 1mL をマイクロシリンジに採り 50μL/min の流量条件で測定しました。レセルピンの ESI スペクトルは 609 に強い MH イオンを与えます。精密質量測定のためにその分子量の大 きさから質量校正物質としてポリエチレングリコール-600(PEG600)を選択しました。測定 は質量分解能 3000 に設定し、5ppm のレセルピンを導入しその出現を確認した後、 10ppm の PEG600 のメタノール溶液をインジェクタに注入しました。TICを基にスペクトル 処理を行い PEG600 の 569 と 613 の既知質量からレセルピンの MH609 を求めました。 その結果、609.2828 の質量が計算されました。組成演算を行ったところ 1.6mu の精度で 目的組成と一致しました。ESI 条件下でも元素分析が期待できます。 図 10.標準試料(PEG600)と試料(レセルピン)の TIC

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15 【測定条件】 装置:日本電子製 JMS-700 MH+ の組成式:C 33H41N2O9 加速電圧:5KV、 リング電圧:50V 溶媒:MeOH(50μL/min) 脱溶媒室温度:200℃ 図 11.ESI による精密質量結果 上段:標準試料(PEG)スペクトル 下段:試料(レセルピン)スペクトル

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4.マリーゴールド,抹茶のにおい成分の HS/GC/MS 分析

ヘッドスペース(HS)分析とは

HS/GC/MS分析は水中の揮発性有機物(VOC:Volatile organic compounds)の分析に 多用され、すでに水道水のトリハロメタンなどの分析法として確立されています。HS 分析で は水道水を 20ml と多く採取することにより希薄濃度試料(0.1ppb 以下)でも分析が可能にな ります。ヘッドスペース導入の簡単な方法は試料を入れた密閉されたバイアル瓶を適度な 温度で加熱し、発生した揮発性成分を注射器で採り、GC カラムに直接導入し分析します。 これをシステム化したものがヘッドスペース導入装置です。作業効率を高めるために連 続測定ができるようになっています。試料を採取した試料管を取り付け、一定温度に加温し、 振とうさせ効率よく有機成分を追い出し、ヘッドスペース部分を採り、ループに溜め、 GC/MS に導入するシステムです。 試料は液体、固形、粉末でも構いません。バイアル瓶に入れ、発生する有機物を分析し ます。これらの分析ではひとつの方法として溶媒抽出により試料を濃縮して測定していまし た。しかし溶媒抽出では低沸点成分の評価は溶媒と重なります。HS 装置を用いると試料 中の有機物がそのまま分析できます。 マリーゴールドの花と抹茶のにおい成分に注目して分析してみました。

[マリーゴールドの分析]

マリーゴールドの花ことばは、『やさしさと思いやり』です。企業のイメージ向上のために シンボルマークとして使われることもあります。その花の色のあざやかさ、手入れの簡単 さからガーデニングで楽しまれています。マリーゴールドは独特の臭いがあり虫が寄り付 かないため別名“除虫菊”といわれています。このにおい成分を HS/GC/MS を用いて検 討しました。22ml の試料容器にマリーゴールドの花びらと葉を採取しそれぞれ測定しまし た。測定条件を以下に示します。 *マリーゴールド* キク科タゲテス属の一年草の植物です。4 月下旬から 9 月上旬に かけて黄~オレンジ(主に)の花を咲かせます。 図 12,13 にマリーゴールドの花と葉の TIC を示します。マリーゴールドの花は 6 本のピ ークが強く出現し、葉は 4 本のピークが大きく出現しました。花と葉それぞれから得られた ピークのマススペクトルについてライブラリー検索を行い結果、ピネンやリモネンなどのモ ノテルペン成分からなることが判明しました。

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17 図 12.マリーゴールド(花びら)のトータルイオンクロマトグラム 図 13.マリーゴールド(葉)のトータルイオンクロマトグラム 【HS 条件】 HS:Tekmar7000 加熱温度:80℃ 加熱時間:10min サンプルループ:1ml 【GC 条件】 カラム:カドレックス(東京化成) 30m、0.25mmid、Film5μm オーブン:40℃(5min)-10℃/min-220℃(7min) 【MS 条件】 装置:日本電子製 GC メート イオン化電圧:70eV、 イオン化電流:300μA イオン源温度:220℃、 PM 電圧:400V 測定質量範囲:m/z35~m/z300/0.7sec

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[抹茶の分析]

市販の抹茶の臭い成分を HS/GC/MS を用いて検討しました。 22ml 容器に抹茶を採取し、HS(Tekmar7000)を用いて測定を行いました。測定条件は、以 下に示します。また、TIC を図 14 に示します。 *抹茶* お茶の葉を石臼で微粉末状に挽いたもの。お茶の葉に含まれている水に溶 けない成分(ビタミン A,繊維質など)も摂取できる。 検出されたマススペクトル解析を行い、またライブラリー検索結果から、以下の物質が 検出されました。 図 14.抹茶のトータルイオンクロマトグラム 1.アセトン 5.2-メチルブタナル 2.ジメチルサルファイド 6.シクロブタンメタノール 3.2-メチルプロパナル 7.ペンタナル 4.3-メチルブタナル 8.ドデカン 【HS 条件】 試料量:0.2g 加熱温度:80℃ サンプルループ:1ml 【GC 条件】 カラム:カドレックス(東京化成) 30m、0.25mmid、Film5μm オーブン:40℃(10min)-10℃/min-220℃ 【MS 条件】 装置:日本電子製 GC メート イオン化電圧:70eV、イオン化電流:300μA イオン源温度:220℃ 測定質量範囲:m/z35~m/z300/0.7sec

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5.DEI による測定

DEI とは

Desorption electron ionization(脱離 EI オン化)の略名です。試料塗布用プローブを急速 に加熱することで試料を気化(脱離)させ、熱電子を当てイオン化させる方法です。化学イ オン化を行うと DCI(Desorption chemical ionization)と呼ばれます。FD 電源を改造し、最大 2A 程度の電流が流れるようにしています。そのプローブの写真を図 15 に示します。 通常は白金線に試料を塗布し、そこに電流を流すことにより試料を気化させEIイオン化 を行います。従来の DI-EI(直接導入 EI)法と比べると、500℃以上(1.5A)の温度が掛けられ、よ り高沸点物質の測定に有効です。また、電流制御が容易であり1分ほどの短時間に結果が得 られます。 図 15.DEI プローブ先端部分 白金線

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[レセルピンとC60フラーレンの測定]

DEI プローブの白金線に試料溶液を塗布し、測定を行いました。測定条件は以下に 示します。図 16,17 にレセルピンと C60フラーレンの測定結果を示します。それぞれの 試料濃度は 500ng/μL と 100ng/μL です。1μL を塗布しました。 【MS 条件】 装置:日本電子製 JMS-700 イオン化電圧:70eV イオン化電流:300μA イオン化室温度:250℃ DEI プローブ温度:0A-1A/min-1.5A 図 16.レセルピンの測定結果 上段:TIC 下段:レセルピンの DEI スペクトル

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21 図 17.C60フラーレンの測定結果 上段:TIC 下段:C60の DEI スペクトル 【MS 条件】 装置:日本電子製 JMS-700 イオン化電圧:70eV イオン化電流:300μA イオン化室温度:250℃ DEI プローブ温度:0A-1A/min-1.5A

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6.PEG の FD 測定

FD

とは

FD(Field desorption)は電界脱離イオン化とも呼ばれています。タングステン線にカーボ ンのウイスカー(ひげ)を成長させたエミッターに試料を塗布し、そこに数 KV の電界をかけ 30mA 程度の電流で励起することによりイオン化が起こります。ソフトなイオン化を与え、分 子量を反映した M+や(M+Na) などの分子量関連イオンが出現します。 最近、FAB とか ESI などのイオン化の出現により、FD 法はあまり使用されなくなってきま した。しかし、このような新しいイオン化を駆使しても検出できない試料もあります。特に無 極性物質とか溶媒に不溶な物質です。今では石油のタイプ分析や工業材料などの評価で しか使用されていません。しかし、JMS-700 のような高性能の装置が出現し、FD 測定が容 易に利用できるようになりました。その良さを検討してみました。

[ポリエチレングリコール(PEG)の分析]

試料として PEG(ポリエチレングリコール)について評価しました。PEG は界面活性剤の原 料として使用されています。種々の分子量分布を持つものが入手できます。それらの平均 分子量を評価することは重要です。平均分子量の小さい PEG については FAB や ESI で既 に評価されていますが、FAB ではフラグメントイオンが強く出現し、平均分子量を反映した スペクトルを与えていません。ESI は 1 価,2 価,3 価イオンが出現し、スペクトルの帰属が 煩雑となります。また分子量が大きくなるとイオン化が起こりにくくなります。 図 18 に PEG#4000 の FD スペクトルを示します。 平均分子量は 2,700~3,400 と記されています。FAB では検出されません。ESI の可能性 を試みたところ、2,000 ぐらいまでしか出現せず、平均分子量を示すスペクトルは得られま せんでした。おそらく、分子量が大きくなると疎水性が高まり、イオン化が起こりにくくなると 思われます。 FD では加速電圧 6KV で測定し 4000 までの質量範囲で測定しました。質量 2880 を中心 に 44u ごとに出現し、推定された平均分子量と一致しています。スペクトルはプロファイル 型で測定しています。従来、スペクトルは棒グラフ(バーグラフ)で表示していましたが、プロ ファイルで測定することによりノイズの判定ができ信頼度が向上します。また 2 価イオンの 判定もできます。

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23 他の平均分子量の異なる PEG1000, 1540, 2000, #6000 を検討したところ、予測通りの分 子量分布を与えています。このような高分子ポリマーの分子量評価に期待できることがわ かりました。 【MS 条件】 装置:日本電子製 JMS-700 加速電圧:6KV 対向電圧:2KV エミッタ電流:1-4mA/min-50mA 質量範囲:m/z100~m/z4000 図 18.PEG#4000 の FD スペクトル

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7.だったんそば茶の LC/MS 測定

だったんそば茶の分析

そばには血圧降下剤として作用するルチンが多く含まれ、健康食品として注目されてい ます。だったんそば茶には、そばと比べ 100 倍以上のルチンが含まれると言われ、その効 用が記されています。確認のために LC/MS で測定してみました。イオン化は正イオン APCI を選択しました。通常、LC/MS 測定には ESI が多用されますが、APCI は 1mL/min の流量 条件で測定でき、フェノール性の構造を持つ成分のイオン化には適しているからです。そば 茶を飲めるほどに濾し、その上澄みを LC/MS にかけました。その結果を図 19 に示します。 図 19.だったんそば茶の LC/MS 測定結果(3 次元表示) 【MS 条件】 装置:日本電子製 JMS-700 加速電圧:5KV UV:280nm カラム:ODS10、4.6Φx10cmを 2 本接続 移動相:A 液 0.05%TFA B 液:アセトニトリル B を 10→30% 30 分間にグラジェント

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25 UV クロマトグラム(280nm)と 3D 表示です。UV は MS システムに入力し、マススペクトルと 合わせて処理することができます。X-軸が保持時間、Y-軸は質量、Z-軸はイオン強度です。 3D 表示は全測定データが一度に観測でき便利です。 それぞれの UV 成分あるいは 3D 表示から出現している成分のスペクトルを解析した結 果、4 成分が判明しました。図 20 に 4 成分のスペクトルを示します。 図 20.だったんそば茶で検出された成分のマススペクトル a:アデノシン(MH268), b:ルチンの糖付加体(MH773), c:ルチン(MH611), d:ルチンから水酸基1個はずれた成分(MH595)

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26 プロトン化分子イオン(M+H)+を与え、分子量が決定できます。その分子量から成分を予 測することができます。16 分に溶出し主成分がルチンです。(M+H)611 からその存在が判 明しました、さらに 303,465 のフラグメントイオンはルチノースの存在を示すフラグメントイ オンです。ルチンの存在をいっそう確証することができます。他の成分はアデノシン (MH268),ルチンの糖付加体(MH773),ルチンから水酸基が 1 個はずれた成分(MH595)で す。極性の大きい順に溶出する ODS の特性はこれらの成分の判断材料を与えます。

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8.鳥羽離宮から出土した木胎の塗膜成分の評価

パイロライザー(PY)分析とは

Py-GC/MS は熱分解装置で試料を加熱し、発生した熱分解成分をガスクロマトグラフ/ 質量分析計で分離分析する複合分析装置です。この装置の特長は試料の前処理が不必 要であり、しかも分析に必要な試料量が微量(0.01~1mg)であるため、短時間で貴重な試 料を浪費することなく分析できる点にあります。また、二段熱分解法を併用することによっ て、1 回の試料導入で試料中の揮発成分と基質ポリマーの熱分解成分を分析することが 可能になります。

[Py/GC/MS による漆膜の分析]

考古学の分野で発掘された出土品の有機塗膜を熱分解ガスクロマトグラフ/質量分析計 (Py-GC/MS)により検討しました。ここでは、鳥羽離宮遺跡(平安時代)から出土した木胎の 塗膜成分を評価しました。用いた試料量はわずか 0.5mg です。 <測定条件> 熱分解装置:フロンティアラボ社製 Py-2020 加熱炉温度:400℃と 500℃ (2 段階にわけて測定)

キャピラリーカラム:Ultra Alloy-1; 30m×0.25mm I.D. 膜厚 0.25μm 質量分析装置:AM-120

イオン化:電子イオン化法(EI) オン化電圧:70eV

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28 熱炉温度 400℃における熱分解分析結果 400℃の熱分解によって得られた TIC とマスクロマトグラム(m/z 60)を図 21 に示します。 図 21.遺跡から出土した塗膜の 400℃における熱分解分析結果(1) a) TIC b) マスクロマトグラム(m/z 60)

1: butanoic acid 2: pentanoic acid 3: hexanoic acid

4: heptanoic acid 5: octanoic acid 6: nonanoic acid 7: decanoic acid 8: undecanoic acid 9: dodecanoic acid 10: tridecanoic acid

11: tetradecanoic acid 12: pentadecanoic acid 13: hexadecanoic acid 14: heptadecanoic acid 15: octadecanoic acid

質量 60 は脂肪酸の末端のカルボキシル基を示すフラグメントイオンです。b)の質量 60 の マスクロマトグラムは脂肪酸の存在を示しています。各クロマトグラムピークのスペクトルを解 析した結果、butanoic acid(C4)から octadecanoic acid(C18)までの脂肪酸の存在が判明しまし た。これらのピークパターンはピーク 13(hexadecanoic acid)やピーク 15(octadecanoic acid) の相対強度が高くなっており、アマニ油などの乾性油膜における熱分解結果とよい一致を示 しました。

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29 次に、図 22 に TIC とマスクロマトグラム(m/z 318, 320)を示します。 図 22.遺跡から出土した塗膜の 400℃における熱分解分析結果(2) a) TIC b) マスクロマトグラム(m/z 318) 1: 3-pentadecenylcatechol (MW 318) c) マスクロマトグラム(m/z 320) 2: 3-pentadecylcatechol (MW 320) 質量 318,320 のマスクロマトグラムよりピーク 1,2 が検出され、それらのマススペクトルを 解析した結果、ウルシオールのモノエン成分である 3-pentadecenylcatechol とウルシオール の飽和成分である 3-pentadecylcatechol であることが判明しました。 加熱炉温度 500℃における熱分解分析結果 400℃の熱分解後、さらに 500℃で熱分解することによって得られた TIC とマスクロマトグラ ム(m/z 108)を図 23 に示します。各クロマトピーク成分のスペクトルを解析した結果、全ピー クについて帰属することができました。TIC 上に規則的に検出されたピークは C5~C19 のア ルケンやアルカンと同定しました。C14 のピーク強度が比較的高いことから、C5~C17 のアル ケン及び、アルカン成分はウルシオール側鎖の熱分解成分と推定されます。また、炭素数が 18 以上のアルケンやアルカンは、空気酸化によって生成したウルシオール側鎖間における C-C 結合ポリマーの熱分解生成物です。 次に、フェノール成分の存在を示す m/z 108 のマスクロマトグラムのスペクトルを解析した 結果、pentadecenylphenol, pentadecylphenol までの一連のアルケニルフェノールとアルキル フ ェ ノ ー ル が 検 出 さ れ ま し た 。 更 に こ れ ら の ピ ー ク の 内 ピ ー ク 7(2-heptenylphenol, 2-heptylphenol)の相対強度が比較的に高いことが確認されました。これらの成分はウルシオ ールポリマー骨格の熱分解生成物です。

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図 23.遺跡から出土した塗膜の 500℃における熱分解分析結果 a) TIC

C5: pentane C6: 1-hexene C7: heptane C8: 1-octene, octane

C9: 1-nonene, nonane C10: 1-decene, decane C11: 1-undecene, undecane C12: 1-dodecene, dodecane C13: 1-tridecene, tridecane

C14: 1-tetradecene, tetradecane C15: 1-pentadecene, pentadecane C16: 1-hexadecene, hexadecane C17: 1-heptadecene, heptadecane C18: 1-octadecene, octadecane C19: 1-nonadecene, nonadecane b)マスクロマトグラム(m/z 108)

① 3-methylphenol ② 3-ethenylphenol, 3-ethylphenol

③3-propenylphenol, 3-propylphenol ④ 3-butenylphenol, 3-butylphenol ⑤ 3-pentenylphenol, 3-pentylphenol ⑥ 3-hexenylphenol, 3-hexylphenol ⑦ 3-heptenylphenol, 3-heptylphenol ⑧ 3-octylphenol, 3-octenylphenol ⑨ 3-nonenylphenol, 3-nonylphenol ⑩ 3-decenylphenol, 3-decylphenol

⑪ 3-undecenylphenol, 3-undecylphenol ⑫ 3-dodecenylphenol, 3-dodecylphenol ⑬ 3-tridecenylphenol, 3-tridecylphenol

⑭ 3-tetradecenylphenol, 3-tetradecylphenol ⑮ 3-pentadecenylphenol, 3-pentadecylphenol

1: 2-methylphenol 2: 2-ethenylphenol, 2-ethylphenol 3: 2-propenylphenol, 2-propylphenol

4: 2-butenylphenol, 2-butylphenol 5: 2-pentenylphenol, 2-pentylphenol 6: 2-hexenylphenol, 2-hexylphenol 7: 2-heptenylphenol, 2-heptylphenol 8: 2-octenylphenol , 2-octylphenol 9: 2-nonenylphenol, 2-nonylphenol 10: 2-decenylphenol 2-decylphenol 11: 2-undecenylphenol,2-undecylphenol 12: 2-dodecenylphenol, 2-dodecylphenol

13: 2-tridecenylphenol, 2-tridecylphenol 14: 2-tetradecenylphenol, 2-tetradecylphenol 15: 2-pentadecenylphenol, 2-pentadecylphenol

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31 Py-GC/MS 分析によって乾性油膜の熱分解生成物、ウルシオール成分、およびウルシオ ールポリマーの熱分解生成物が検出されました。これらのことから鳥羽離宮遺跡から発掘さ れた木胎の塗膜には日本や中国、朝鮮に生育している Rhus vernicifera 漆にアマニ油などの 乾性油が混合された塗料が用いられたと推定されます。現在でも漆器を製造する時には、漆 の艶出しや乾燥性を調整するため、あるいは増量剤としてアマニ油などの乾性油が使われて おります。当時も漆器製造時に乾性油が使われたと考えられます。

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