匸
論
文 ]台 湾
の南伝 仏 教寺
院
とそ
の様
態
奥 村 浩 基
On
the
Theravada
−temples
in
Thaiwan
andTheir
Aspects
Okumura
,Hiroki
In
thls article , the authorinvestigated
the
Theravada
−templesin
Thiwan
,clarified the total number of 血 e temples ,
the
time when temples wereconstructed , and
the
characteristic ofthe
temple
activity and so on .
As
a result,
the
authorfbund
.that
there
arel
3
temples
in
Taiwam
now ,Two
−thirds
belong
to the temples which were administeredby
fbreigner
monks ,One
−thirds
belongs
to the temples which was administeredby
Taiwanese
monks .These
temples are erected after1985
,
increased
a 貴erl
990
in
particular
,T
.
he
increase
fb1
薹owsthe
progress
ofTaiwallese
democratization
.The
temples which were administeredby
貴)reigner monksgroup
into
血 ee classes −
Bu
ese ,Thai
, 跏d
Sri
L
細kan
temple .Because
皿 ost of thebelievers
ofBumese
temples andThai
temples areMyanmar
−Chinese
andThai
people
wholive
in
Taiwan
,These
temple
mainlyhold
relig 童ous activitiessimila エto what
is
done
in
their
mother countries , certainly , afew
are spreadingTheravada
−Buddhism
for
Taiwanese
,
but
they
don
’t
have
not the resuityet
.Sri
Lankan
temple
don
’t
have
Sinhalese
believers
.All
believers
are
Taiwanese
Mah5ydna
Buddhists
.Therefbre
using chants and styles ofChinese
Buddhism
are spreadingTheravada
−Buddhism
fbr
T
漬iwanese
.
Taiwanese
Theravada
−temples
teach
meditationto
Taiwanese
Mahayana
Buddhists
andpublish
Chinese
books
aboutTheravada
−Buddhi
srn, theydon
’thold
religious activities at al1.キーワー ド :台湾 南伝仏教
動の特 色
50 パ ーリ学 仏 教 文 化学 は
じ
め に台
湾
の 仏 教 界は,1987
年
の 戒 厳 令解 除
以 降, 国 際 化 と多 様 化 が 急 激 に進 み, 上 座 仏 教や チベ ッ ト仏 教 等 とい っ た外 来の 仏 教 伝 統 と も頻繁
に接
触す る よ うにな っ た。 その 結果
こ れ らの 外来
仏 教 は, 今や在来
の 漢 伝 仏 教 と共に新
しい台湾 仏 教
の 生活 方 式
を展
現 しつ つ あ る。中
で も 上座 仏教
は , 「南伝仏
教」 と呼
ば れω , その止 観 法は,漢 伝 仏教
僧 俗 の 中に広 く浸透
し, そ れ を専 門に修 行す る漢 伝 仏 教 寺 院 さ え も出 現 して い る 。 ま た漢 伝仏
教 寺 院 と タ イ の仏
教 系 大 学が合 弁で 「浄覚僧 伽
大 学」 を開 設 す るなど(3), 漢伝
仏 教 側 に よ る積 極 的 な 南 伝 仏 教の 受 容 と共生 が 進ん で い る。 こ れ に対 して , 南 伝 仏 教 側 も南伝仏
教寺 院 (
以下,南伝 寺院
と簡称
す る)
を建立 す るな ど して ,台湾
で の弘
法 の展 開
を進
めて い る。 こ う し た台湾
の南 伝仏 教
にっ い て は, すで に研
究
の重要 性
が提
起さ れ て い る もの の(4),基礎
的研 究
は おろ か,南伝寺 院
の実
数
や現 状 に関
す る基礎
的な デ ー タの収集
さ えも手つ かず
の 状 況で あっ た。 そ こ で,筆 者
は,基
礎的
な デ ータ の収集
を 目的に台湾
に存 在
す る南伝寺 院
の全
て に対 し て フ ィ ール ドワ ー ク調 査 を行っ た(5)。 本稿 で は,先 ず 基 礎 的な作 業 として 南 伝 寺 院の 成 立 時 期 と動機
, そ れ に寺 院 活 動の 特 色 につ い て指摘
した い 。 こ れ に よっ て , 台湾の 南 伝寺
院 にお け る様 態の 一端を窺 い 知 るこ とがで き る と考 える。1
.南
伝 寺 院
の成
立 と その動 機
台 湾で は, ミャ ン マ ーや タ イの 南 伝 寺
院
で 受 戒して 出 家者
とな るもの が少 な くない 。 その 多 くは, 帰 国後その ま ま漢 伝 法 師に衣 替 え して 活動
して い る が,中
に は,帰 国 後 も南伝
比丘 と して修行
に励ん でい る者 もい る。 そ の 数は 数 十人規 模 で存在 す る 。 こ う した 台湾人南 伝 比丘 の 大 半は ,寺を 開か ずに親族
や信者
の寄 進
に頼
っ て自修
を行
っ て い る。 ま た外 国 人の 南伝 比丘 も流 動 的で は あ る が, 相当
数 在留
してい る。 しか し, そ う し た南伝 比
丘 や南 伝寺 院
に 関す る公 式 的な デー タが 存 在 し ない た め, その 実 態は不明 で あ る ω 。 僅か台 湾の 南 伝 仏 教 寺 院とその様 態 51 に 国 内の
南
伝寺
院が発 行し た 『亜洲原始 佛
教 道 場指南
』 に8
ヶ寺
の南伝 寺 院
が収 録 されてい るに過ぎ
ない (8)。 とこ ろが, そこで記 載 されて い る南伝 寺 院
の う ち,緬華佛
教精舎
, 台北
県 中緬
南伝
佛 教協
会, 中華 民 國 原 始 佛 法三摩 地 学 会, 法 雨 道 場, 正覺 学 会
は, 現在
も在在
して い る もの の , 今 回の 調 査で は,台北 市文
山区
の漢 伝寺 院
・妙
空寺 内
に置
か れ て い た華 泰 仏
法中
心(
Wat
Phra
Samakedham
)
,高 雄 市のネパ ール 人 南 伝 比丘 アー ナ ン ダ師が 開い た台 湾 原 始 仏 教 中心, 同市
の イ ン ド人南伝
比丘 ボ ーデ ィ師
の掲諦精 舎
は, す で に廃
寺 と なっ て い る こ と が判
明 し た(
2009 年 7
月時
点)
。 ま た現存
す る5
ヶ寺
に 加 えて, さ らに8
つ の南伝寺 院
が存在
してい る こ と も明 らか にな っ た(
2009
年 12
月時点 )
。 な お,本 稿
で指
す 「南 伝寺 院
」 とは,南
伝 比丘 が自
ら運 営 す る施 設 を南 伝 寺 院で あ る と表 明 し た宗 教 施 設を指 す。 よ っ て, 南 伝 寺 院で あ る と回答
の な か っ た 比丘個
人の居
住 施設
や瞑
想セ ン タ ー等
は含
ま れて い な い 。現存
す る13
の南伝 寺院
を示
せ ば,次
の通 りで あ る。緬華 佛教精 舎 (
台北 県中
和市 )
台
北
県中緬 南伝 佛 教協 会 (
台北 県 中和 市, 旧 称 :中緬佛
教 弘 法 会, 以下,
中
緬協会
と簡
称す る。)
中華 民 国南 伝 佛 教 協 会 (桃園県 新 屋
郷
旧称 :台 湾 佛 法 中心 , 以下, 南伝佛 教協 会
と簡称
す る。)
佛 泰精舎 (
桃
園 県中
櫪市 〉
佛 泰禅 寺 (
桃 園 県 大 園郷)
法
身
中 心 台 湾中
心(
台北
県板橋
市)
法 身 中 心桃 園分 院 (桃 園 県 桃 園 市 )法 身 中心 台 中分 院
(
台 中県 台 中 市)
中華 民 国 原 始 佛 法三 摩 地 学 会
(
台 北 県 台 北 市, 以下, 三摩 地 学 会 と簡 称する
)
法 雨 道 場(
議 県 中埔 郷,Dhammavass5rama
)
正
覺
学会 (
高
雄 県高
雄市 )
上
座部
佛教 学院 (
台 南 県帰
仁 郷)
52
パ ーリ学 仏 教 文 化 学諦 観世
界一Gu
頭rama −(
桃
園 県 大 園 郷)
これ らの
寺院
(9)の う ち,か ら
まで は外 国 人 比丘 が 運
営
す る寺 院で ,寺
院
を主管
す る比 丘 の受
戒国 に よっ て ミャ ン マ ー系 寺 院, タイ系寺
院, ス リ ラ ン カ系寺 院
に分類
す る こ と がで き る。 ま たか ら
の
4
ヶ寺
は,台湾
人比
丘 に よっ て運 営さ れ て い る。 殊 に台湾 人 比丘 に よる寺 院の存 在 は,南 伝 仏 教が台湾
社 会で 定着
しつ つ あ る こ とを示す もの とい っ て よい だ ろ う。台
湾
の仏
教研
究者
で あ る藍吉富 [1999]
に よ れ ば, 台湾
に お け る南伝 仏
教伝 播
の ポイ ン トは, 教義
と修行
法の弘揚
に あ り, 決 して 道 場の 建 立 に あ るの で は な い と指摘
して い る 。 し か し、 現存
す る13
ヶ寺
の成
立年
を調査
し た 結 果,次の よ うな こ とが分か る。 先 ず ミャ ン マ ー 系 寺 院の 緬 華 佛 教 精 舎 は ,1985
年
の成
立 で ,中
緬 協 会 は,1987
年に成立 し て い る。 タ イ 系 寺 院の 南伝
佛 教協 会
は1993 年
の 成 立,佛 泰 精舎
は2003 年
,佛 泰i禅 寺
は2008 年
, 法身 中
心 台湾 中
心 は1996
年, その分 院
は , そ れ ぞ れ2006 年 (
桃
園 分院)
と2007 年
(
台中分 院 )
に成
立 して い る。 ス リラ ン カ系寺 院
の三摩
地学会
は,1999 年
に成
立 し て い る。 ま た 台 湾 人 が運営
す る寺 院
を見 る と, 法 雨道
場 は2002
年, 正覺 学 会 は1997
年, 上座 部 佛 教 学 院 と諦 観 世 界 は共に2008
年に 成立 し て い る。 こ の た め, 藍吉 富
の論考
が 発表
さ れ た1999 年 当時
に は, す で に13
ヶ寺
中
,6
ヶ寺
の南
伝寺
院が建 立 さ れて い た こ とに な る。 よ っ て,台湾
で は,1980 年代
の半
ばに他
の南伝 寺 院
に先 駆 けて ミ ャ ン マ ー系
の 南伝 寺 院
が成
立 し,1990
年代
に な っ て タ イ系
, ス リ ラ ン カ系
, そ し て台
湾人 の南伝 寺 院
が そ れ ぞ れ出現 す る こ とにな る。2000 年
代 にな る と, タ イ系 寺 院 と台 湾人 比 丘 に よ る南
伝寺
院の成
立 が相次 い だ。 こ う した寺 院
の成立 は, ミャ ン マ ー系 寺 院 を除い て , その 全て が1987 年
の 戒厳令 解 除後
に成
立 し て い る。南 伝寺
院の 成立 は, 台湾 社 会の 完 全な 自 由化 ・民 毛化 と共に発 展 して き た とい っ て よい だ ろ う。寺
院
の成
立動 機 は寺 ご とに異な る もの の , 大 別 すれ ば, 次 の4
種 に分
類す る こ と が可
能で あ る。在 留
邦
人 の 発願
に よ る場合
。台 湾の 南 伝 仏 教 寺院と その 様 態
53
外
国 人南伝
比丘 の自発
的 な弘法 に よ る場 合。台 湾 人 南 伝 比丘 の 自発 的 な 弘 法に よ る場 合。
台 湾人
漢
伝 仏 教徒
の支援
に よる場 合。 で あ る。に 該
当
す る寺院
は, ミャ ン マ ー系
の2
ヶ寺
で , い ずれ も在 台ミ ャ ン マ ー系 中
国人 の発願
で護 持会
が成
立 し, その後
, ミャ ン マ ー本
国か ら比丘 が 招 聘 さ れて 寺 院が 建立 さ れ た。 に該 当す る寺 院は, タイ 系 寺 院で あ る。 南 伝佛
教 協 会 の場
合, 住職
が台湾仏 教
の視 察
で来
台し た際
多
くの タ イ 人が 台湾
に居 住 してい る こ と を知 り,台湾
で の寺院
建 立を決
意し た とい う。 法身
中
心台湾 中
心 は,本部
の海外伝道
計画
に基
づ い て 比丘 た ち を留 学の形で派 遣 し ,語学
習得
を さ せ た後, 寺 院 を開 設 して い る。 なお, こ の 寺 院で は, ほ ぼ 同 時 期に 日本で もそ うした形で 寺 院 を開い て い る。残 る佛 泰 精 舎 と佛 泰禅
寺 は,南 伝佛
教協
会か ら独立 して 弘 法 を開始
して い る。に
該 当
す る寺院
は,漢
人 比 丘が運営
す る寺 院
全 て で あ る。 これ らの比
丘は,自
らミャ ン マ ー や タ イ に渡
っ て出家受戒
し,台湾 帰 国後 に自
主 的に 弘法活動
を開 始 して い る。に
該 当
する寺 院
は, 三摩
地 学 会で ある。 こ の 寺の 住職
は,語
学 留 学 を 目 的に来
台して い た が, その 後, 台湾人漢 伝 仏 教 徒の 帰 依 と支 持を得 て 寺 院を建立 して い る。こ う し た
南伝 寺 院
13
ヶ寺
の分 布
地域
を 見 れ ば, その う ち,9
ヶ寺
は 台湾
北 部
の台 北 ・桃 園の両
県に集 中し て い る。 中で も最 も多
くの 寺 院が置か れて い る の は, 台北 県の南に接す る桃 園 県で, 県 下 に5
ヶ寺存
在す る。 桃 園 県は 県内
に桃 園 国 際空 港 を持つ 県で あ る。 また 台 北 県 域 に は4
ヶ 寺が あ る もの の , 台 湾 第一 の 都 市 ・台 北 市 に は, 僅か1
ヶ寺
しか な く, 中 和 市 に2
ヶ寺,板橋 市
に1
ヶ寺
あ る。 その他
,残
る4
ヶ寺
は, 台湾 中部
の台 中
と南部
の 三 県(
嘉 義 県,台 南 県,高雄 県)
に そ れ ぞ れ1
ヶ寺
ずっ 存 在 して お り,東
部 に は 全 く存 在 し ない 。寺 院が 台 北 ・桃 園両 県に集 中 して い る理 由は, 後 に も言 及 す る よ うに, その 寺 院を護 持 す る信 徒が こ の 地 域 に集 中 して居 住 して い る た めで あ る。 また東 部 に寺 院が存 在 し な い の は, 東 部は人口 が 少な く,外 国 人 居 住 者 も, 西 部 に比べ て 極め て 少ない ため で ある。54
パ ーリ学 仏 教 文 化 学2
.外 来
比 丘 寺
院
の寺 院 活動
と
そ の特
色
先 述の よ うに台湾 で は, ミャ ン マ ー系 ・ タイ系 ・ ス リラン カ系の外
来
比 丘 寺 院が あ る。 中で もス リ ラン カ系寺 院
は ,他の 外来 系寺
院 と は幾分様 相
を異
に して い るの で , こ こで は, そ れ ら と は分
けて指摘
す るこ とに し たい 。 そ れ で は,先 ず
ミャ ン マ ー系
とタイ系寺 院
に つ い て見て み る こ と にす る。(
1
)
ミャ ン マ ー系
と タイ系 寺院
ミャ ン マ ー
系
と タ イ系寺 院
の場 合,寺 院
を護 持
す る信徒
の ほぼ全 てが在 留邦
人 によ っ て占
め ら れて お り,台
湾 入の 信徒
は ほ とん どい な い 。 ミャ ン マ ー系寺 院
で あ れば, ミャ ン マ ー系華
僑 が主体で あ り, タ イ系寺 院
で あれ ば , 在 台 ・滞 台タイ 人 と タ イ系 華 僑が主 体 となっ てい る。 こ の ため, 寺 院の ほ とん どは, こ う した在 留邦
人 の コ ミュ ニ テ ィ ーが集 中
す る地域
に存在
して い る場
合
が顕著
で あ る。 た と えば, ミャ ン マ ー系の2
ヶ寺
は,共 に中
和 市 に存 在す る が, こ の市
は台湾
最 大 の ミャ ン マ ー系 華 僑 住 民が居 住す る都 市で あ る 。 いず
れ の寺院
も同 市の 「華新
街J(
通 称名
:緬 甸 街)
に隣接
する形で存
在 する。 こ の 近 辺 は, ミャ ン マ ー系 華 僑 ら が数 多 く居 住す る地 域で , ミャ ン マ ー ・タ ウ ン を形成
して い る。 タ イ系 寺 院
の集 中
す る桃 園県
も同様
で, こ の 県下
に は, い くつ もの 工業
地区
が存在
し, そ こ で数多
くの タ イ人が,出稼
ぎ労働者
と して就
労 して い る。 こ の た め , 毎年
,県 政 府が協
賛 して タイの 正 月を祝 う 「撥水 節
」 が盛
大 に開催
される ほ どである。 外 交 部に よる居 留 外華 僑 統 計(
2006 年 度 )
に よれ ば(11) ,在
台外
国 人総
数42
万8240
人の うち, タ イ 人 は9
万6647
人 で,東 南
ア ジ ア系
在台外
国人 申, ベ トナム 人(
10
万4807
人)
に次 ぐ多 さ とな っ て い る。中
で も同県
の居 住者 数
は,2
万7376
人で,台北
県 に 居 住 す る タイ人(
1
万3822
人)
の2 倍
に あ た る。ミャ ン マ ー系 , タ イ系 寺 院 にお け る寺 院 活 動 は, こ う し た支 持 基 盤 の宗 教 的 ・精 神 的ニ ー ズに応 じ た形で行 わ れて い る場
合
が 多い 。各 寺
で共
通す る活
動
は ,自
国で行わ れ る仏教
年 中行 事の 執 行, 宗教 的カ ウ ン セ リン グ,積善
行台 湾の南 伝 仏 教 寺 院 と その様態
55
為
を行
う場
の提
供 共修
会の開催
な どで ある。寺 院で行 わ れ る
年
中 行 事に は,仏
陀の誕
生,成
道,涅槃
を祝
うウェ ー サ カ祭
, 入安 居式
,解
安 居 式な ど各 国で共 通す る行 事の 他, 各 国 固 有の 仏 教 行 事 や 正月の祝
い の 行 事 も行われてい る。 そ れ らの 行 事は, い ずれ も比 丘へ の 供養
, 三帰
五戒
の 授 与, 読経
な どか ら成
り立っ て い る。 こ う した行事
に は,普
段, 寺 を訪 れ ない 在 留 邦 人 も や っ て 来 て功徳
を積む た め ,参 詣者
が100
人 を超
え る寺院
がほ と ん どで あ る。 但 し,集
団短 期 出家
式 を定 期 的に開 催 して い る寺 院は意 外 と少な く, 以前は,南 伝 佛 教 協 会 も過 去に数 回程 度 行っ て い た が , 現 在は法身 中
心 だ けとなっ て い る。 法身 中
心で は,毎夏
タ イ と台湾
で開
催
して い る。宗 教 的カ ウ ン セ リン グ は , どの
寺
で も多
か れ少
な か れ行わ れて お り,在
留 邦 人信 徒
か らの様
々 な悩
み事 や 相 談に 応 じて い る。 法 身 中 心で は , アル コ ー ル 中毒に あ るタイ人 労働 者
へ の カ ウ ン セ リン グ と慰問
も定 期 的に行
っ て お り, ま た佛 泰禅 寺で は,県警
か らの 依頼
で タ イ人 不 法就
労者
の 一時預
か り な ど も行
っ て い る。どの寺
院
も,信 徒 が積 善 行 為を行 う場 となっ て お り, 日々信 徒が寺 院を訪 れて 財 施 を通 して 功 徳 を積 んで い る。 こ の ため, 比丘 の食
事は, ほ とん どこ う し た信 徒
の供 養
に よっ て賄
わ れ てい る場合
が多
い 。 ま た財
施 に よる積 善
だ けでな く, 五戒
や 八齋
戒 を受
け たい信 徒
に は戒
が授
与さ れ, その 日を寺 院内
で過 ごせ る こ とがで き る よ うにな っ て い る。共 修 会は ,毎 日曜 日に開か れて い る。 そ こ で は , 三帰五 戒の 授 与, 読 経
瞑
想, 説 法な ど が行
わ れ てい る。 ミャ ン マ ー系の寺
で は,1
時
30
分
か ら2
時 間ほ ど行わ れ るが , タ イ系の 寺 院で は , 比丘 へ の 施食
供養
を含
めて 午 前 中 か ら始め る寺 も多い 。 どの 寺で も参 加 者 は多 くな く, 平 均10
人 程 度 で あ る 場 合が多
い 。こ うし た寺
院
活動
だ け を行
っ て い る寺院
が ほ と ん どで あ るが ,佛泰禅 寺
だ けは , これ らに加えて さ らに独自
の活 動 を展 開して い る。 そ れは, 民 間 信 仰 要素
の濃
厚な呪 術 的儀
礼の執 行で あ る。 他の南
伝寺 院
で は, こ う し た儀 礼
の
56
パ ーリ学 仏 教 文 化 学 執 行 を否定的
に見て い る た め行っ て い ない 。佛
泰 禪 寺で過 去 に行
われた儀 礼 に は , 仏像
と比丘 の頭
に 白糸
を巻 きつ けて開
運を祈 願
す る儀 礼 (
写真 1 )
, 護 身 用 の 刺 青 刺 し(
写 真2
)
, 蝋 燭 を使 っ た運 命 測 定 と開 運 儀 礼(
写 真3 )
, 刀剣を体 にか ざして悪 運 を断ち切 る儀
礼,仏 舎 利 頒布
式な どで ある。 こ れ ら の 儀 礼 は, 毎 同 それ を専 門に 行 う比丘 が タイ本 国か ら招請
されて執 行
され る。儀
礼 で は, パ リッ タ が読誦
さ れ るが 、儀 礼
内容は , い ずれ も仏 教 教 理 に基
づ か ない 民問信
仰 的な もの で あ る。 こ うし た儀礼
に参
与す る人数
は,毎
回150
名
を超え る在 留邦
人 が参集
す る。 中に は , 現世 利 益 を求め る台 湾人 も参 加 し て い る。こ の
寺
で は, こ う し た呪術儀礼
だ けで な く,観 音信 仰
も導
入 して い る。 こ の 信 仰は , 寺 院 開創 時に タ イ人 南伝 仏 教 比丘 で , 呪 術 僧 のP
師の 影響
に よっ もた ら て齎
さ れ た。 こ のP 師
は,自
ら住職
を務 め る カ ン チャ ナ ブリ ー の僧
院で も , 観 音 信 仰を広めてい る。佛
泰禅 寺で は,当 初 観 音 像 を奉 安す る だ けで, そ れ に 対す る具 体
的な崇
敬行 為
は行
われ て い な か っ た が ,2009
年始
め 頃か らタ 写 真1
台 湾の南伝 仏 教 寺院と その様態 57
写真
2
58
パ ーリ学 仏 教 文 化 学 イ 人信 徒
の 強い 要望
に よil
, 共 修 会で 「南無観
世音 菩
薩」 の 聖 号を称え るよ うに なっ て い る。 また法 会な どの ある 日に は, 堂 内で 梵 語 大 悲 呪の 音 楽CD
が か け られる よ うになっ た。同年
5
月
に は,観 音信仰
を広 め る宜蘭県
の漢 伝
寺 院
と も親 交
を持
ち , その寺
か ら仏舎
利や 巨大
な千
手 観音
坐像
の寄 進を受
け て い る。こ の 寺
院
が, 特に こ う した宗 教 活 動 を 許 容 し, 導 入 する背 景に は, タイ 系 の 寺 院が 同 県域 に集 中 して い る た め, 寺 院の差 別 化 を 図っ て信徒
の獲得
を 図 る必要
が あ る た めで あ る。他
の タ イ系寺 院
で は, すで に邦
人の階層
に応
じて信 徒
が固定化
す る傾 向
に ある。 た とえば,南伝佛教 協会
の信徒
は, 同 県の 工業
地 区で働
く労働
者 と商店
主 を中 心 と し,佛泰
精舎 で は,寺院
所 在 地 域 を中 心 に居 住 す るタ イ 人 婦 女 を 中心 として い る。 法 身中
心は , 商 業 を営
む華僑
を 中 心 と して い る。 こ のた め,最
も成
立が遅 く,信徒
も ほ とん ど固定化
してい ない佛泰禅 寺
と して は, 在 留邦
人 の大多数
を占
め る短 期出稼
ぎ労 働者
の 現 世利益 的
ニ ー ズ を満たす 形で寺 院
の 発 展 と維
持を図っ て い る。ミャ ン マ ー系 ・タ イ系 寺 院の うち, ミャ ン マ ー系 寺 院の 場 合 は ,台
湾
人 に 対 す る主導
的 な弘 法 に は消極
的 な 態度
に あ るが , タ イ系 寺院
は, いず
れ も強
い関
心 を持
っ て い る もの の , 言葉
の問題
な どが あ り, そ れ を実
践に移 して い る寺
院 は少な い 。 た だ佛泰 禅 寺
の よ うに, 台 湾 人 へ の 弘 法を姶め て い な い寺
で も,出家
を希 望
す る台湾
人に は広
く門 戸が 開かれて い る。 こ の 寺で は,2008
年 当 時,60
歳 代の 台 湾 人 男 性1
名が, 住 職の 紹 介 を受 けて タ イ で出家
受 戒 し, こ の寺
で生活 を 送 っ てい る。台
湾
人へ の 弘 法活
動 に積 極 的に取 り組んで い る寺
に は, 南伝
佛 教 協 会 と法身 中
心 が あ る。南
伝佛
教協
会は, 成立 当初
か ら在 留 邦 人だ けで な く, 台 湾 人 へ の 弘 法に も力を 入 れて い る。特
に文書
や メデ ィ アを使 っ た弘法 活 動 をい ち 早 く取 り入れ た南伝 寺 院
で も あ る。 こ れ まで にパ ー リ語
課 誦本
『南傳
課 誦 本』 や タ イ高僧
の 著作物
をシ リー ズ化
し た 『泰 僧
叢書
』 全5
巻
を施 本 出版 し て い る。 ま た解 安 居 式 を収 録 したVCD
『泰 國 解 安 居 功徳
衣 法会
』 な どの発行
も手が けて お り, 台湾 人 社 会へ の 南 伝 仏 教 の 普及
に努めて い る。 こ の他
に台 湾の 南 伝 仏 教 寺 院とその様 態
59
も, タ イ の 仏 教聖 地 巡 礼や短 期 集 団 出家 式 も開催 し, 在 留 邦 人を中心 に
多
くの
参加 者
を得
て い る。 また出家
を希望
す る台湾
人 に も門
戸が開
か れて お り,法
雨道
場 の住職
M
師
も, この 寺の 住 職 の 紹 介 を介 して タイ で 出家 受 戒 して いる。
タ イの ワ ッ ト ・ プラ ・ タン マ ガ ー イ
(
Wat
Phra
Thammakai )
の台湾寺 院
であ る法 身 中心 で は,
各
種 講座
の開
講, 短 期 出 家 式の開
催, テ レ ビ放 映, 施本
書 籍の 出 版, 灌 仏 会 の 開催 とい う多方面
か ら台 湾人へ の 弘 法活 動 を行 っ て い る。先 ず講座
で は,仏教
や タ ン マ ガ ー イの瞑想実
践 とい っ た仏 教
的内容
の講
座の他
に も ,初級
タ イ語
の クラ ス も開か れて い る。 短期 出家 式は, 毎 年夏
休 み の時
期に タ イ と台湾
で開
か れて い る。 その際
仏
教 雑 誌 『慈 雲 』 や仏 教 系 日刊 紙
『人聞福報
』 な どを通 して広
告し て い る た め, 一般
の 台湾
人 仏 教 徒の 参 加が 多い 。 参 加 者の 中か ら は, すで にその ま ま出 家を続 けて い る台 湾人 男性
(
30
歳 代)
も現 れて い る。 テ レ ビ放 映
は, タ ン マ カ ーヤ ・メ デ ィ ア セ ン ター(
DMC
)
が制作
した ジ ャ ー タ カの ア ニ メ と前 住職
に よ る 法話 を仏
教系
テ レ ビ局 「生 命 電視
台 」 に提
供 して放
映 して い る(12)。 施本
は , 『温暖
之家
』 『独一無二 』 『出家
人 之一生』 な どが出版
さ れて寺 院
で の み配布
して い る。 いず
れの 書 籍も , ワッ ト ・プラタ ン マ ガ ーイ の 比丘 が執 筆 した もの であ る。 こ の た め, 法 身 中心 の諸 活動
は, 南 伝 佛 教 協 会 とは異な り, あ くまで も 自分た ちの 仏 教 を弘 法 す る こ とに主 眼 を置い た活 動 となっ て い る。 「灌
仏 会」 とは, 日本で い う 「花 祭 り」 の こ とで , 台湾の 漢 伝 仏 教 寺 院で は, 旧暦の4
月8
日前 後
に各 寺
で 盛 大に催
され る仏 教 行事
で あ る。 ミャ ン マ ー や タ イ系寺 院
で は,唯
一 法身 中
心だ け が導
入 して い る 。南
伝佛
教 協 会 と法 身 中心 は, こ の よ うに 積極
的に 台湾人へ の 弘 法 活動
を進 め て い る もの の , 現 時 点で は, そ れ ほ ど成果
が 現れ て い な い の が実情
で あ る。ス リラ ン 力
系
寺 院次にス リラ ン カ
系
の寺 院
で あ る三摩
地学 会
に つ い て 見て み たい 。 こ の寺院
60 パ ーリ学 仏 教 文 化 学 写 真
4
は, ス リラ ン カ駐 台 仏 教代 表
処 を兼
ね ,住職
は そ の 代表
を務
めて い る南
伝寺
院で あ る。 と こ ろが , そ の 仏堂 を 見る と, 観音
菩 薩 と地蔵菩 薩
を脇 侍 に し た 「娑 婆三 聖」 と呼 ばれ る漢 伝仏教
の様式
で 釈 迦仏
を安 置 してい る だ けで な く,観 音菩 薩
や 地蔵 菩薩
を安
置 した小 祭 壇(
写 真4
)
も, 独 立 して併設
さ れ て い る。 こ の 寺 院の 仏 堂が示 して い る よ うに, 三摩
地学
会で は,南
伝 仏 教 の 伝 統や形 式だ けに と ら わ れず,積 極 的に漢 伝 仏 教 の形 式 を受け 入 れ な が ら寺
院
活動
を行 っ て い るの が特
色で あ る。 こ の た め ,寺
院が掲 げる活 動 の方 向性
(
「弘法
」 「文化
」 「教 育
」 「慈善
」)
も, 世 界 的 規 模で 弘法を展 開
して い る仏 光 山の実践 項 目を模 倣 した もの と なっ て い る (13)。こ の
寺 院
で は、文化 教 育活動
の 一 環 と して各
種の講
座が開
か れ て い るが , その中
に は中
国禅宗
の 重 要 な典 籍で ある 『六 祖 壇 経 』 の講
座も週
に一度
開か れて い る。仏 教行
事 も, ス リ ラ ン カの 仏 教 伝 統 に 由来す る行事
は全 く行わ れ て お ら ず, それに代
わ っ て漢伝仏 教
に由来
す る行
事が開か れて い る。現在
こ の寺院
台 湾の南 伝 仏 教 寺 院とそ の様 態
61
で行っ て い る法 会 は , 「浴 佛 慶 典」 「中
元 法 会」 「消 災 祈 福 法 会」 で あ る。 「浴
佛慶 典
」 は花 祭
りの こ とで,農暦
の4
月8
日前後
の 週末
に 行わ れ る。農暦
の7
月15
日前 後に行 わ れ る 「中 元 法 会」 は, 日本 の お盆に 当た り, 先 祖の 菩提
回 向が 行わ れ る。 「消 災祈 福
法 会 」 は, 基本
的に月
に 一度 開
か れ,現 世 利
益を祈 願
す る法 会で あ る。 かつ て は, こ の他
に も 「清
浄祈 福
法 会 」 や 「智 慧
光
明燈 会
」 と呼 ばれ る法会
や 「八関齋
戒」 な どが行わ れて い た。こ う した 法 会で は , 主 に パ ー リ語の経 文 が 読 経 され る が , 漢 伝 仏 教の
讃
佛 偈 (14>や 回 向 文 も唱え られ, 「浴佛 慶 典 」 で は, これ らに加 え て浴佛讃
(15} が 唱 え られ る。礼拝
の作 法
もス リ ラ ン カ の様 式
で は な く,台
湾で 行わ れ て い る礼 拝 作 法
が採 用
さ れて い る。 な お,各 種 法 会
で 唱え られ るパ ー リ語
経
典 を見 る と, 「浴佛 慶
典」 で は, vandanfi , tisaraOa,
buddhanussati
−bhavanE
,dharnrn
Enussati
−bh
百van …i
, saiiighEnussati −bhavan
亘,bodhi
−vandan 五一9
翫th
互,gandha
−paj
a
−karapa
−gath
E
,puppha
−pUj
a
−kararpa
−gatha
,bhesajja
−p
口」
百一kararpa
−gatha
,dipa
−plija
−karaqa
−g5tha
,p
礁hana
とい っ た経
や偈 頌が 唱 え られ,「
中
元 法 会」 や 「
消
災 祈 福
法会
」 で は,vandanE ,tisaral
ta,buddhfinussati
−bhavanE
,Chammanussati
−bhavana
, safightinussati−
bhavana
の 他 に metta −sutta な ど が 唱え られ る。 法 会 で 唱 え られ る
漢
伝 仏 教 の 偈頌
に は , 教 理 的に南 伝 仏 教 と全 く相
違す る内容
も見 られ るが (16), そ う した問題
は全 く意 識 されずに採
用 さ れて い る。こ の よ うに
南伝 寺 院
で あ りなが ら, 漢 伝 仏教
の形 式を積 極 的に受 容 し て い る背 景 に は,寺
を護持
す る信 徒が全て 台 湾 人で あ る こ とが大 き く関 係 して い る とい え る。 ミャ ン マ ー系や タ イ 系 寺 院の 寺 院で は, その 在 留 邦 人が 護 持 基 盤の 主体
とな っ て い た た め ,本 国
の仏教伝 統
行事
の執行
な ど が最
も重要
な宗
教活 動
と な っ て い た。 しか し, 台湾
に在 台す るス リラ ン カ 人 は留 学 生を 除 き, ほ と ん ど皆 無 とい っ て よ い 状 況に あ るの で , 在 留邦 人 に配 慮 した弘 法 活 動を意 識 し な くて もよ い 環 境 に ある。 ま た本 会の 副 会 長 (50
代 女 性)
に よ れば, 寺の 護持 会
に加
入して い る護 持 信 徒 も , 全 て が台 湾 人 大乗
仏 教徒
で, 自ら を南伝 仏 教 徒で あ る と認 識す る信 徒 は い ない とい う。 この た め,北 伝仏
教 との エ キ ュ メ ニ カ ル な 方 向性
を提
起 しつ つ ( 17) , 教理 的な差 異は 一 先 ず棚
62
パ ーリ学 仏教 文 化 学 上 げ して , 台湾 仏 教 の 方 式を積 極 的に活
用 しなが ら,南伝仏
教の精神
を台
湾 人大乗
仏 教徒
に伝え よ う と して い る。3
.台湾 人 南伝 寺
院
の活
動 と そ
の特
色
台湾
で は, 正990
年 代 半ば か ら台 湾 人 の漢伝 仏
教僧 俗
を中
心 に南 伝仏
教 の 止観
法 が実
践 さ れ る よ うに な り個 , 南 伝 仏 教 を 代表
す る止 観指
導者
の来
台も相 次 い で い る。 た と えば
こ れ まで に イ ン ド在 住 の ヴィ パ ッ サ ナ ー指 導者
ゴ エ ン カ氏 (
Goenka
,1995 年来 台)
, ミャ ン マ ーの ウ ・ ア ー チ ン ナ ・サ ヤ ドウ(
UAcippa
Sayadow
:一般
に は パ オ ー ・サ ヤ ド ウの名
で有名
,1998
年
来 台)
, 同 じ くミ ャ ン マ ー の ウ ・ ジ ャ ナ カ ウ ィ ワ ン サ ・サ ヤ ド ウ(
U
Janakavivarpsa
Sayadow
,2000 年
,2003
年,2005 年
来 台)
, ウ ・ ジ ャ テ ィ ラ ・ サ ヤ ドウ(
U
Jatila
Sayadow
,2002 年 来 台 )
, ウ ・パ ン ニ ャ サ ー ミ ・サヤ ドウ(
U
Pafifias
…i
Sayadow
,2005
年
,2006
年 来
台〉
, ウ ・パ ン デ ィ タ ・サ ヤ ド ウ(
UPandita
Sayadow
,2006
年来
台)
な どの 指導者
が来 台
し, 止観
を直 接 指導
して い る。 こ う した止観
法 の 受 容 と並 行 す る形 で, 台湾 人が 止観を学ぶ た め に ミ ャ ン マ ー や タ イ に渡
る よ うに な り,中
に は出
家 受 戒 する者 も現 れた。 南 伝 寺 院を運 営 す る台 湾 人 比丘 も こ うし た人た ちで, 止観
の修 習
を機 縁
に して南伝
の 比丘 に な っ た人た ちで あ る。 こ の た め ,彼 らの寺 院
で は,自
己 が 習得 し た止観
法の 教 授 と南 伝 仏 教 書 籍の 施本
出版
と その流通
(19)を中
心 に寺 院活
動
が行わ れて い る。 よっ て , 外 国人 比丘 の 寺 院 とは異な っ て , 共 修 会や仏 教 の年 中行事
な ど は特
に行
わ れ て お らず, 純 粋 に止観 を指 導す る道 場 と して機 能して い る 。 こ の ため , 寺 院 を護 持 す る信
徒は, 全て台 湾 人僧俗
で あ る。 こ の 場 合, 正覺 学 会 や上 座 部 佛 教 学 院な どの よ うに,護
持 会 を組織
して毎 月 定 額 の護持
会費
を納
め る信
徒が い る寺
で は,信 徒
数が比較
的固定 化す る傾
向 に あ る が, 法 雨道場
で は,寺 院
の 止観
道場
を利
用 した信徒
や 道場
の活
動 に賛
同 し た 人々 に よっ て維 持
さ れ て い る。諦観世
界 も 止観
指導
で結 縁
し た漢
伝 仏 教徒
か らの喜
捨に よっ て 運営
さ れ て い る。 どの 寺で も, 台 湾に居 留す る外 国 人南
伝 仏 教 徒の 往 来 は全 くない 。 よっ て, 弘 法の 対 象 は, あ く まで も 止観に台湾の南 伝 仏教寺 院と その様 態 63
関
心 を持
つ 台湾
人 を中
心 に した漢人 の 漢伝
仏 教僧
俗 とな っ て い る。こ う した寺で 教 え られ る止
観
法 を見
る と, 正覺 学
会 と上座部 佛 教学 院
の2
ヶ寺
は,パ オ ー ・サヤ ド ウの許
で出 家 受 戒 し , その 止観 法を学ん だ比丘 に よっ て運
営 さ れて い る ため, パ オ ー式
の 止 観 法が教え られて い る 。 法 雨 道 場 の 住職
は, タイで 出家 した 方で , 始 め は タ イ の ア ー チャ ン ・チ ャ ー や ミ ャ ン マ ーの マ ハ ー シ ・サヤ ドウの 止 観 法 を実践 修習 して い た が , パ オ ー式の 止観
法を学
ん だ後
は, パ オ ー式
を実
践 し, そ れ を教 授
して い る。諦 観
世 界 の住職
は, ウ ・パ ン デ ィ タ ・サヤ ド ウの許
で出 家 受 戒 し た後, ウ ・ジャ ナ カ ウィ ワ ン サ ・ サヤF
ウの 道 場で止観 法 を学んで い る 。 これ ら二 人 の サ ヤ ドウは, 共 にマ ハ ー シ式
の 止 観 法 を教 授す る高
僧で あ る 。 こ の た め, 台湾 人比丘 の 南 伝 寺 院 と して は, パ オ ー式を教 授す る寺が多 く , マ ハ ーシ 式の 止観
法を教 授す る寺
は1
ヶ寺
に過 ぎない 。 な お,台湾
で は,台湾
人在家者
な ど を中
心 に ゴ エ ン カ氏
の財 團 法人台湾内
観禅 修
基金 会や ロ ン ポ ー ・テ ィ エ ン 師の 中華 民 国正念
動中禅
学会
などの 会が組織 さ れ, さま ざ ま な南 伝の止観 法が 漢 伝 法 師や在 家 者 に よ っ て 教 授 されて い る。寺 院で 行わ れて い る 止観 会の 状況 を 見 る と, 正 覺 学 会で は ,週に二 回 止観
会
を開
くの みで,中
長期
の実修者
の受
け入れ は して い ない 。 し か し, 法雨
道 場で は ,週末
に 一 日禅 修
の コ ー ス と仏
法講座
を設
けて い る他
中長期
の実修
者の 受 け 入 れ も行わ れ て い る。 諦 観 世 界 は, 開 設さ れ て間 も な い こ と も あ り, 寺で の 止 観 会 は 一 度 行 わ れた だけで , 普 段は 住 職が 外 部 に出 か けて 止 観を教 授 して い る。 上 座 部 佛 教 学 院で は, 年 に数 回10
日間の 禅 修 課 程が 開 か れ てい る。調
査 訪問
時に は, 漢 伝 仏 教 法師
や在 家 者が12
名参
加 して い た。 ま た安 居 の初
め に受
戒 式が行わ れ, 短期 出家
が可 能 に な っ て い る。南 伝 仏 教で は ,
菜食 (
素食)
の 実践 を戒 律 化 して い な い が , ミャ ン マ ーや タ イ な どで は, [E
観 道 場を 中心 に それ を 実 践 し て い る寺 院 も あ る。 この た め, 台湾 人 比丘 全て の 寺 院で も,菜食
が実 践されて い る。 漢 伝 仏 教で は,菜
食 実 践が 極めて 重 視 さ れ て い るの で , 南 伝 寺院
に お ける菜食実
践は,台湾
の 仏 教 徒 に南 伝 仏 教 の 止観法 を広 め る上 で 有益 な 宗教実
践 の 一 つ と な っ て い46
0 る パーリ学 仏 教文化 学む
す
び
1985
年 に初
め て 出現 した南 伝 寺 院は , そ の後四 半 世 紀 の 間 に13
ヶ 寺 へ と増
加 した。 それ を多い と見 る か少 ない と見るかは別 と して, 台 湾 人 比 丘に よ る南 伝 寺 院も創 立さ れて い る とい う点で , 南伝 仏 教 は, 外 来 仏 教か ら現代の台湾 仏教
を構成
す る一要 素
に な りっ つ あ る とい っ て よい だ ろ う。 た だ ミャ ン マ ー系寺 院
と大半
の タ イ系寺 院
は, 主に在
留邦
人を対象
に活動
を行
っ てい る た め,現 状で は, 台湾 人に与え る影響
は極め て 小さい と書わ な けれ ば な らな い 。 しか し , すで に台湾 人 に弘 法 を始めて い る 一部 のタ イ 系 寺 院 やス リラ ン カ系寺 院
そ れに台
湾人系
の寺 院
に よる活 動
は,今後 新
た な進 展
を迎
える可
能性
を十分
に 秘めて い る。中
で も漢 伝仏
教の ス タ イ ル を導
入 して活 動を展 開
して い る ス リラ ン カ系寺 院
の存在
は,南伝 仏教
の本質
を どの よ うに台湾
人に 伝えて い くのか が今 後の 大 き な課 題 となるだ ろ う。 なお , 紙 面 の関 係 上, こ こ で は取 り上 げる ことが で き な か っ たが, 台湾 の 南伝 寺 院で も比丘 の 戒律
実 践 な どに関
して変化
が生ま れつ つ あ る。今後
は, シ ン ク レ テ ィ ズム の観
点 か ら南伝寺 院
の継続
的な観 察
と解
明 を深
めてい き たい と考
え る。 注 (1
) 台 湾で は,「上座 部 仏 教 」 や 厂上座 仏 教」 な ど と呼ばれ る こ と は ない 。 なお, 一 部の南伝 寺 院で は, 「原 始 仏 教 」,ま た は 「原姶仏法」 を使用 す る 寺 院 も ある。 台 湾 南 部の嘉 義 県に ある晧 月精 舎で は,数 名の尼 僧たちが 日々 『清浄 道 論 』 の所 説に 基づ い て止観を実践 し修行に 励 んで い る。 ま た伝 統 的な漢伝 仏教 寺 院に身を置 き な が ら, 南伝 仏 教の止観法を実 践 しつ つ , そ れ を台湾 人 僧俗に 指導して い る漢伝 仏教 法師も数多 く存在す る。 た と え ば, 台北 県 中不[1
市に ある古 刹 ・南 山寺で當 家を 務め る 男性 法 師も, そ う し た 出家 者の 一 人で ある。 (3
) こ の大学は,2003
年に高 雄 県 阿 蓮 郷の 光 徳 寺 内に 創 設さ れ た大 学で あ る。 中華 民 国政 府の教 育 部に よっ て 許認 可 を受け た 正規の 学 校で は ない もの の,タ イの マ ハ ーニ カーイ派の仏 教 大 学マ ハ ーチ ュ ラロ ン コ ーン大 学の 台湾 分 校 と して大学 部 と台湾の南 伝 仏 教 寺 院と その様 態
65
大学院修士課程が開 設さ れて い る。 卒 業式は,タ イのバ ン コ ッ ク に ある本 校で行 わ れ, 当 大 学の 学 位が 授 与される。 (4
) 台湾で最も 早 く に 国内の 南伝 仏教の 現 況 を簡述 し た もの に藍吉富 「臺灣佛教之 歴 史 發展 的宏 觀 式 考 察」, 『中華 佛學 學 報 』 第 12 期, 台北, 中華 佛 學 研 究所,1989
年 ,264
頁が ある が,初め て研 究の重 要 性 を提 起 し たの は, 台湾 人 社 会 学 者の陳 家 倫で あ る。 陳女史は,2007
年度台 湾 社 会 学 年 会で 「 南 傳 佛 教 在臺灣 的發 展一去地域 化 與在地化的影響」 を口頭 発表して い る。 し か し,論文は未だ公 刊 されて い ない 。 な お, 日本で は, これ まで に 南 伝 寺 院の一っ 法 雨 道 場が 報 告 されて い る (蓑 輪 顕量 「台湾の仏 教信仰 と道教信 仰 」,『愛知学院大学人聞 文 化研 究所紀要 人間 文化』 第 19 号,2004
年 ,30 −32 頁 )。 (5
) 本研 究は, フ ィ ール ドワーク ・聞き取 り調 査 を中 心に しつ つ , そ れに ア ンケ ー ト 調査 を加 えて行 っ た もの で あ る。 そ の 情報は, 主 に2008
年6
月か ら8
月に か けて 収 集 した もの で あ る。 (6
> 法 雨道 場の住 職M
比丘 に よれ ば, 現 在, 師を含 め て25
名の 台湾 人 南 伝 比丘が 存 在す る とい う。 なお, 情 報 提 供 者 のM
比丘 は,訪 問 調 査 後の2009
年5
月31
日に 遷 化 さ れ た。 享年57
歳。 (7
) 内政部民政 司に よっ て全 国の仏教寺院や道教系の寺廟を一覧に した データ (内政 部民 政 司編 『全國 寺 廟 名冊 』 第3
冊, 台 北 , 中華 民国 内 政部 ,2004
年)が 公 刊 さ れて い る が,その 中に は南伝寺院が 1 ヶ寺も収録さ れて い ない 。 (8
)明法 比丘 編 『亜洲原始 佛 教 道場 指 南 』, 嘉 義, 法 雨 道場,2007
年。 こ の 中で は, 南 伝 寺 院だ けで な く, 南伝 比丘が住 宿す る漢 伝 寺 院 ,南 伝の止観を教 授 実践 する漢 伝 寺 院, 止観セ ンタ ーや団体 , さ らに漢 訳 阿含経を研 究 する団体 や, そ れに基づい た止 観 法を教え る漢 伝 寺院な ど が,「原始 佛 教道場」 の 名の下に収 録され て い る。 (9
) 台 湾の南 伝 仏 教 は受 容の段 階に あ る ため, 寺 院の形 態は,その 多 く が アパ ー ト の一室 や 建売 家屋 を利 用 した もの と なっ て い る。 こ う し た状況 は,何 も 南伝 寺 院だ けに 限っ たこ とで は な く, 台湾の漢 伝 寺 院や チベ ッ ト仏教 寺 院で もご く一般 的に見 ら れる状況で ある。 この他に も, 工 場跡 地を利用した南伝寺 院 (南伝佛教協 会, 佛泰禅寺 )や漢 伝 仏 教 寺 院を再利 用 し た南 伝 寺 院 (法 雨道場, 上座 部 佛 教 学 院)も あ る。 但 し, その外 観は,漢 伝 仏 教寺 院を再 利 用 し た寺 院を含め て , 寺 院を示 す看 板 が ない 限 り, 寺 院で あ る と判 断で き ない もの と なっ て い る。 なお, こ う し た寺院 は,その規 模に関わ らず ,仏 像を安 置す る仏 堂 と出家者が 生活する僧 房を中心に成 り立 っ て お り,仏堂 を設 けて い ない 正覺 学 会は台 湾で 唯一例 外 的な形 態 とい っ て よ い 。 常 住す る出家 者につ い て も言 及す れ ば, 沙 彌が い る寺 院は存 在せ ず,そ の構成 員は全て 比丘 だ けで ある。 常住 比丘の 人 数はい ずれの寺 院も少人数で, 最多は 中緬 協 会の 5 名で ある。 そ れ 以外の寺院は, 2 名 以下で ある。 2名は, 南伝佛教協会,
66
パ ーリ学 仏 教 文 化 学 佛泰 禅寺,法身中心 台湾中心,上座部佛 數 学 院の各寺, 1名は, 緬華 佛教糟舎,佛 泰精舎,三摩地学会, 法雨 道 場 ,正覺学 会, 諦観世界 と なっ て い る。 南 伝佛 教 協会 と佛泰禅寺の 場合は , 客比丘の 往来が 頻繁で ある た め, 時期に よっ て は 10名を越 え る出 家者が滞在 して い る時も あ る。 藍 吉富前 掲 論 文,246
頁。 中華 民 国外 交 部か ら提 供を受 けた 「居 留外 華僑 統 計 」 フ ァ イ ル に基づ く。 幗2009
年末時 点で は, ジャ ータ カの ア ニ メだ け が平 日の朝 晩に放送さ れて い る 。 個 住職 c 師に よれ ぼ,ス リ ラン カ で も,寺 院や比丘 が 教育や慈 善活 動に積極的に関 わっ て い る こ と か ら, 世 界 的に 弘法 を展 開して い る仏 光 山の実 践項目は大い に学ぶ こ とが で きる とい う。9
蜀 天 上天 下 無如仏 十方世界亦無 比 世間所有我尽見 一 切 無有 如 仏者。 今 我灌沐諸如来 浄 智 荘 厳功徳海 五濁 衆生 離 塵 垢 同証如来浄 法 身。 た と え ぼ, 回向文に は , 「願 以 此 功徳 荘厳仏浄 土 上報四重 恩 下済三 塗苦 若有 見 聞者 悉 発 菩提心 尽此一報 身 同生極楽国」 と あっ て極楽 往 生を願 う もの となっ て い る。 働 寺 院が発 行 し て い る寺 院案 内のパ ン フ レ ッ ト に は,「不 分 大 小 乗 及 南 北伝 , 以仏 陀教 導為 宗, 修三摩 地, 行 慈 悲 喜捨, 依 教 奉 行, 弘揚 佛 法, 希望 正 法 能 鉤 久住, 南 北伝佛 法能鉤 融合 」 とい う記載が あ り,北伝仏教 とのエ キュ メニ カ ル な方向性を提 起 して い る。 た と え ば, 蓑輪 前 掲論 文 ,28
−29
頁に は,嘉 義 県の 香光 寺につ い て の報 告が ある。 仏 教 書の施 本 出版 と流 通に対す る活 動は, 台湾の仏 教界で はご く普 通に行わ れて い る弘 法 手段の一つ で あ る。こ の た め, 台湾で は, 施 本の 出版 と流通の活動を専門 に行 う仏 教徒の 団体が 数多 く存在す る。そ れ らは, ・般 に印 経 会 と呼ば れて い る。 団体の 規模は個 人 単 位か ら財 団法 人 化 した団体まで 多種 多様で あ る。 台湾 人 比丘の 南伝 寺 院が行 う施 本の出 版は,各 寺院 平 均 し て数 册 程 度で ある。 施 本 出版を最 も熱 心 に行っ て い るの は ,法 雨道場で ある。 こ の 寺 院で は,パ ー リ語の 文 法書や経典 , そ れ に ア ビダル マ 関 係の 書 籍な ど幅 広 く出版 して い る。その 数 は すで に20
種 を越 えて い る。 ま た 近年は,出 版物だ けで な く, 書 籍の PDF フ ァ イル を電 子 メール に 添 付 して 配 布する活 動も導入 して い る。 そ れ ぞ れの 寺院で は,他の 印経 会が出版し た南伝 仏 教 関 係の施 本 も一緒に配 布 して い る。 なお , 台湾で最大の 印経活動を行 う 財 団 法 人仏陀 教育基 金 会 で は,漢 伝 仏 教 や チベ ッ ト仏 教 の書 籍に加 えて,数 多 くの 南 伝 仏 教 書を出 版 し て い る。 その数はパ ーリ語の三 蔵を含めれ ぼ, 50 種を越える。 台 北県汐 lE市に あ る慈善 精 舎は, 漢伝 仏教 寺 院で あ りな が ら, 南伝 仏教 書だ けを専 門に施本 出 版 して い る。 こ の 寺 院で は,こ れ まで に 20種 を越 え る書籍を出版 して い る。 出版 物の 中に は,すで に他の寺 院な ど が施 本 出版 し た南 伝仏 教書 も重複 して台 湾の南 伝 仏 教 寺 院とその 様 態 67 い る。 上座 部 佛 教學 院で は, る。 ※本研 究は, す。 台湾 人南 伝 寺 院で 唯一, 入 安 居 式 と解 安 居 式が 行わ れて い 前田惠 學基 金の 助 成を得て行っ た もの で ある。 こ こ に感謝の意を表 しま 主 要参 考 文 献 [日本 語 文 献] 五十嵐 真 子