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近世宇和島藩の蟻生産・流通と専売制の展開について

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Academic year: 2021

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近世宇和島藩の蟻生産・流通と専売制の展開について

教科・領域教育専攻 社会系コース

山崎正史

はじめに

これまでの研究では、近世宇和島藩の蝋専売 制の時代区分において、商業利潤による正貨獲 得、藩財政の困窮の打開策並びに、専売商品の 他所売り禁止から論じられるものであった。そ の際に、時系列に沿って論じることにより、専 売制に関わるそれぞれの組織を断片的にしか見 ることができないという問題がある。本稿では、

これらの問題に取り組み、蝋座の展開、櫨実買 取りの展開、大坂蔵屋敷の三つの局面から宇和 島藩の専売制による利益吸収並びに、専売制の 時代区分について考え直してみたい。

第 一 章 専 売 制 と 藩 財 政

第一節専売制の概念では、近世の専売制の定 義について概観した。専売制とは、財政の窮乏 を救済する一手段として、一定種類の商品の販 売を独占したものである。すなわち、藩が国産 振興と藩財政補強のために、商業利潤を目的に 物資の生産販売の独占した制度である。また、

それに関わってくる専売商品の獲得方法、販売 過程、専売機関などによって専売制は統制され ている。このようなことから、各藩の政策、藩 財政が大きく関わってくる。

第二節宇和島藩の財政状況では、専売制に関 わる時期の藩財政について考察した。宇和島藩 の藩財政は享保の大飢健から少しずつ破綻を見 せてきている。また、藩財政の破綻に伴い享保 から宝暦期、文政から天保期、安政期、慶応期 と様々な時期に藩政改革は実施された。藩財政

指 導 教 員 町 田 哲

の再建を行うことで始められた藩政改革と専売 制とは大きく関わってくることになる。

第 二 章 近 世 宇 和 島 藩 の 蝋 座 の 展 開

第一節近世宇和島藩の蝋座と専売制では、各 時期に以下のような蝋座の動向を窺うことがで きる。蝋座の誕生の時期の宝暦四年(一七五四) には、自鎮座は城下町にのみ存在していたが、安 永期になると農村にも蝋座は誕生していった。

文化五年(一八O八)になると新蝋座が認めら れ沢山の城下町、農村において沢山の蝋座が誕 生した。文政期の自民座では、櫨実主との直買が 行われるようになりそれぞれの利害が生まれて くる。天保期の蝋座は、以前は認められていな かった蝋燭の製造が許可された。しかし、禁止 とされていた蝋燭の他所売りが行われるなど違 反行為も行われた。安政期の蝋座は、多くの他 所商人が櫨実の買い取りを行っていたため、宇 和島藩の蝋座に不利益にならないように、買子 という櫨実主から櫨実を買い取ってくる者を雇 い、木本しを持たせて買い取らせていた。慶応期 の蟻座は、物産方が蝋座から製蝋をすべて買い 上げることとなった。また、櫨実の売買に関し てはすべて蝋座に任されることとなった。

以上の過程を通してみると、大きなポイント として、文政九年(一八二六)の蝋座を軸とす る流通体制の成立が大きな転換期となっている ことである。

第二節蝋座株(権利)についてでは、利益収 入において重要な蝋座株の動向について明確に

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することができた。特に、慶応元年(一八六五) 以降の大阪市場での蝋価格の上昇による利益の 増加においての新株の増加は、藩にとっても大 きな利益収入となったと考える。また、明治二 年(一八六九)には、大阪相場の下落に伴い、

蝋座は休業を余儀なくされた。これもまた、専 売制の廃止を早めたものである。

第三章蝋専売制の流通について

第一節櫨実の生産の変遷では、延享二年(一 七四五)唐櫨の植え付けが行われてから、国産 として櫨実の生産は次第に増加している。特に 文化期、安政期から明治期にかけては櫨実の生 産が増加している。この時期は、藩政改革によ って殖産興業が積極的に行われた時代でもある。

また、安政期から明治期にかけては、自鼠座が櫨 実主から直買を行っていた時期であり、蝋座と 櫨実主との関係が強くなっていると考えられる。

第二節櫨実の買取りについてでは、文化期ま たは文政期は、藩の買い上げによって櫨実主の 利益の保証があった。しかし、文政期以降にな ると櫨実の直買が行われ、櫨実主と蝋座との直 接的な売買へと変化していったのである。また、

このような櫨実主と蝋座との売買の中で様々な 利害関係が生まれた。櫨実を高く売りたい櫨実 主と櫨実を安く買い取りたい蛾座とのお互いの 利益獲得競争が各時期ともに表面化している。

第三節大坂蔵屋敷についてでは、機の専売制 より先に行われていた紙の専売制の時期から大 坂御蔵屋敷への流通は行われていた。この前例 を基にし、蝋の大坂御蔵屋敷への流通も行って いたものと考えられる。文化期以外は基本的に 大坂蔵屋敷に製蝋を送ることになっている。し かし、年々不正が行われるようになり、統制が 厳しくなっていくこととなった。

第四章蝋専売制における様々な対立

第一節蝋座と櫨実主との関係では、藩による 政策が蝋座と櫨実主との関係を悪化させている ことが分かる。その結果として、百姓一擦が起 こり、専売制の廃止へと繋がるものとなってし まった。また、このような蝋座と櫨実主との関 係の悪化に対して藩は、嘉永四年(一八五一) 十月に、「蛾座共心得J、「櫨実主心得Jを定める。

一見両者に対する平等な政策であると思われる が、蝋座側に有利なものとなっている。これは、

藩にとっても蝋座から出来る限り安く蝋を買い 取ることで、藩の利益の増加を狙っているため である。ここに、藩と蝋座の癒着を見ることが できると考える。

第二節藩と蹴座・櫨実主との関係では、慶応 期に蝋を生産してそれを売買することで利益を 得ている蝋座と櫨実を生産しそれを売ることで 利益を得ている櫨実主が、物価の高騰により利 益が減少してしまう。それを少しでも改善しよ うと藩は、蝋座と櫨実主に利益を配分したり、

また蛾座に対しては、他所売りを認めたり、櫨 元銀を無利息で貸し下げなどを行った。しかし、

それで、も双方が納得いくような形にはならず、

最終的に野村騒動などの村方騒動を起こし、専 売制廃止へと向っていくのである。

おわりに

本稿では、先行研究では断片的であった専売 制に関わるそれぞれの組織について明確にする ことができた。また、蝋座の展開、櫨実買取り の展開、大坂蔵屋敷の三つの局面から宇和島藩 の専売制による利益吸収並びに、専売制の時代 区分も新たに示すことができた。

しかし、近世宇和島藩の蝋専売制の全貌を明 らかにするにはまだ難しいものがある。今後は、

他藩の専売制の動向や交流を通して更なる解明 を行って参りたい。

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