博士(人間科学)学位論文 概要書
タイミングの精神生理学的研究
-時間情報処理と随伴陰性変動前期成分の関係に注目して-
A psychophysiological study on timing,
-focusing on the relationship between temporal information processing and the early component of contingent negative variation-
2008年7月
早稲田大学大学院 人間科学研究科
望月 芳子 Mochizuki, Yoshiko
研究指導教員: 山崎 勝男 教授
タイミングは「反応のために有効な時間条件を創造する能力」である.多様な側面から研究が行わ れているが,精神生理学的な研究では随伴陰性変動(contingent negative variation; CNV)が指標 として用いられてきた.時間情報処理に関与するワーキングメモリや,注意資源配分に対応して前頭 部の CNV が増大することが報告されている.しかしながら,時間情報処理と反応運動の関係は未だ明 確に解明されていない.
従来のタイミング研究は foreperiod (WS-IS 間; FP)の間隔を操作してきた.しかしながら,本研究 は FP 間隔を固定して,試行間間隔(inter-trial interval; ITI)に操作を加え,ITI 効果(長 ITI 条 件の方が短 ITI 条件より RT が相対的に遅延する効果)を利用し,タイミングの難易条件を設定した.
CNV 振幅を時間情報処理,FP 中に出現する偏側性準備電位(lateralized readiness potential; FP- LRP)の立上り潜時を反応準備開始, LRP 立上り潜時を運動開始の指標に用いて,時間情報処理と反応 の時系列的関係を調べた.また,CNV を基にその機能的脳内発生部位について 3 次元脳内電流源密度 分析(low resolution brain electromagnetic tomography: LORETA)を行い,CNV の結果を検討した.
第 1 実験では,FP や ITI を操作して,継続的タイミング事態の時間間隔情報処理を CNV と RT の指 標から調べた.その結果,FP の記憶痕跡の減弱が反応の予期に影響し,痕跡の再構築が終わるまで,
キイ上げ運動を抑制したものと推察される.そのため,この抑制効果はワーキングメモリの記憶痕跡 の減弱に関係するものと考えた.
第 2 実験では,時間再生課題によって時間間隔情報処理や前期 CNV と,ワーキングメモリの関係を 調べた.第 1 実験では時間間隔のワーキングメモリと ITI 効果の関係を,充分に確認することができ なかった.しかしながら,第 2 実験では,前頭部の前期 CNV の振幅が,短い保持条件よりも長い保持 条件で増大したために,記憶痕跡の再構築に必要な注意資源の配分は前期 CNV と密接に関係している ことが明らかになった.
第 3 実験では,FP を 3 s に固定したまま ITI の長さに変化(3 s,4 s,6 s)を与えて,時間間隔 情報処理と前期 CNV の関係を調べた.第 1 実験,第 2 実験に使用した ITI と保持時間は 3 s ,9 s,
10 s であったが,ITI の効果と時間情報処理や前期 CNV との関係を調べるためには,3 s~9 s 間の ITI も調べる必要があったからである.実験の結果,6 s の ITI にも効果のあることが明らかになった.
ITI の 3s 条件よりも ITI の 6 s 条件では,時間間隔の検索に必要な注意資源の配分が増加する結果,
反応の準備や運動反応に必要な時間条件が変化して,タイミングの難易に影響したものと思われる.
第 4 実験では,CNV, LRP を指標にして,CNV のパラダイム遂行時における時間間隔の検索と運動準 備の関係を検討した.第 3 実験までの指標は CNV に限定していたために,運動の準備を明確に把握す ることができなかったからである.その結果,時間間隔の検索は FP の早期から生じていることが明ら かになり,時間間隔の情報処理の活動を大きく要求する条件は,運動準備の開始が早く,反応開始も 早期化することが明らかになった.また, LORETA の分析から,前期 CNV は時間情報処理に関与する 補足運動野,そして後期 CNV は楔前部,帯状回前部が推定された.
第 5実験では,若年群と中高年群を対象にして,前頭部の機能と時間情報処理の関係や,前期CNV と加齢効果の関係を調べた.その結果,RTに群間差はなかったにもかかわらず,中高年群の前頭部の 前期 CNV と後期 CNVは,若年群よりも増大していた.中高年群の前期 CNVの振幅増大は,前頭部 の認知情報処理の増大を示唆している.また,後期 CNV の振幅増大は動機づけといった心理的な要 因の高まりと考えることもできる.中高年群は前頭部の認知情報処理活動と,動機づけなどの心理的 要因があいまって,パフォーマンス補償の達成に大きく貢献したものと思われる.
総合考察では,以上の研究結果をまとめ,時間情報処理と反応運動の時系列的関係を考察した.本 研究では,CNV のパラダイムによって,タイミング反応の時間情報処理と反応情報処理の関係を検討 した.脳内の情報処理を調べた結果,時間情報の処理段階が運動情報の処理開始に影響を及ぼすこと や,「その時」まで適切に反応を抑制することが,重要であることも明らかになった.LORETA によっ て CNV の脳内発現領域を推定する手法は,本研究の CNV の現象を,さらに強化したものと思われる.
また,高年齢で前頭部の質量が低下した場合にも,パフォーマンスの低下を前頭部の活動が補償する ことから,補償メカニズムが機能すれば,当然前頭部の前期 CNV に反映するものと思われる.