窃盗罪における占有
芥 川 正 洋
はじめに
( 1 )事実的な概念としての占有?
( 2 )本稿の問題認識
1 占有概念の生成・展開とその問題 ①旧刑法下での「占有概念」
( 1 )旧刑法における窃取概念の理解と占有 ( 2 )「窃取」から生じる「占有」
( 3 )「占有」の探求?
②現行刑法下での一般的な議論状況
( 1 )事例群による占有概念の外延の明確化
( 2 )社会通念による占有判断と事案の分類による具体化 ③問題の析出
( 1 )社会通念による占有判断 ( 2 )事例群による判断 ( 3 )解決されるべき課題と方法
2 ドイツにおける占有概念をめぐる議論 ①ドイツ刑法典における占有の機能 ②占有の有無の判断
( 1 )判例における占有の有無 ( 2 )社会的・規範的占有概念
( 3 )事実的占有概念と社会的・規範的占有概念の折衷 ③ドイツの議論からの示唆 占有判断の 2 つの視点と 1 つの対象
はじめに
刑法235条が規定する窃盗罪は、他人の財物を窃取した者を処罰するが、
本条にいう人の財物は、他人の占有に属するものでなければならないとされ ている。客体となる財物が他人の占有に属しているか否かは、窃盗罪の成否
3 占有と占有侵害の加重処罰 ①横領罪の減軽処罰 ( 1 )被害者の落ち度?
( 2 )誘惑的要素 ②窃盗罪の加重処罰根拠
( 1 )占有侵害という行為無価値?
( 2 )占有の利益性 ③検 討
( 1 )占有の理解と窃盗罪の加重処罰
( 2 )他者による物利用の排除と占有者による物の利用可能性 ( 3 )小 括
4 具体的事案の検討と占有判断の基準 ①占有判断の具体的基準・考慮要素 ( 1 )緩やかな排除可能性
( 2 )占有が肯定される事例群と排除可能性 ②占有者の回帰可能性と占有
( 1 )占有者自身による排除可能性の限界 ( 2 )必要条件としての占有の外観?
③占有の外観と第三者による排除可能性 ( 1 )忘れ物をめぐる 2 つの最高裁判例 ( 2 )十分条件としての占有の外観 ④小括 占有判断の基準について むすびに代えて
①従来の学説との関係 特に「占有の意思」
②複数の判断基準と 1 つの実体的利益
を分かつこととなり、他人の占有に属しない財物を領得した場合には、(占 有離脱物)横領罪の成立にとどまる。両者は法定刑を異にするほか、事後強 盗罪の前提犯罪となるかといった法的効果にも重要な相違が認められる。他 人の占有の有無は、重要な解釈論上の意義がある。
( 1 )事実的な概念としての占有?
窃盗罪における占有とは、「物に対する事実的な支配」とされる。しか し、この事実的支配は、非常に観念化されたものである。
物を握持していることは事実的支配の典型であろう。しかし、物を握持か ら解放すれば、即座に占有が失われるわけではない。握持していなくとも監 視が及んでいれば、占有は肯定される。監視は常時行われる必要はなく、し ばらくの間物から目を離したとしても占有は否定されない。物の所在を認識 しつつその場を離れある程度の距離を取り、即座には握持・監視が不可能に なったとしても、占有は存続する。このようなとき、いかなる意味で「事実 的支配」がなされているかは、十分明らかではない。また、住居の内部や庭 などの敷地に置かれている物は、住人の占有下にある。この住人が遠く離れ た場所に長期間滞在していたとしても、占有は否定されない。隣人がこの旅 行中の住人に無断で庭に置かれている物を持ち去れば、窃盗罪が成立しよ う。このような場合でも、この隣人にではなく、住人に認められる占有と は、いかなる意味で事実的な支配を意味するのであろうか。事実としてみれ ば、遠方にいる住人よりもこの隣人の方が物の近くにいるのであり、はるか に容易にこの物を手に取ることができるだろう。「支配」は事実的というよ り、観念的なものである。
( 2 )本稿の問題認識
占有の有無について争われる事案は多く、学説においても盛んに議論され るところでもある。学説では、占有の有無の判断について 2 つの共通了解が あろう。
第一は、占有の有無は「社会通念によって判断されるべき」とされる点で
ある。しかし、この社会通念という基準は、必ずしも明確なものではない。
それどころか、この「社会通念」という判断基準は全く意味をなさないもの に陥るおそれすらある。すぐ後に明らかにするように、社会通念による占有 判断は、「一般人が窃盗だと思う行為を窃盗と評価せよ」以上の意味内容を 含まないのである。
それゆえ、学説の多くは、多くの事例を収集、分類することで具体的基準 を明らかにしようとしている。このような事例を通じた占有概念の具体化 が、第二の共通了解としてあげられよう。事例群の分類・分析自体は、判断 の安定性・公平性を確保するために重要な作業である。しかし、この判断に おいて見過ごされている問題がある。
財物の占有の有無は、その財物に対する侵害行為の法的評価と結びついて いる。財物の占有が失われていれば(占有離脱物)横領罪の成立にとどま り、相対的に軽い処罰にとどまる。占有下にある財物の侵害行為には、窃盗 罪という相対的に重い処罰が正当化される。とすれば、占有は、これに対す る侵害が相対的に重い処罰を正当化するだけの実体的利益を示しうるもので なければならない。従来の学説が、具体的基準の探求において、この占有の 実体的利益について十分に考慮してきたか疑問の余地がある。むしろ、事案 の類型化を通じた判断基準の具体化により、全ての類型に共通する占有とい う実体を明らかにする試みを回避してきたのではないだろうか。
本稿は、以上の問題認識から、占有の有無の判断基準を明らかにすること を試みる。まず、占有概念がどのように形成されていたかを旧刑法下の議論 から明らかにしよう。そこでは、占有概念が優れて価値的・評価的な機能概 念であることが明らかにされる。
1 占有概念の生成・展開とその問題
窃盗罪を規定する刑法235条は、占有という文言を用いてはいない。235条 は、「財物を窃取」と規定するのみである。占有は、この窃取の文言の解釈
として導かれる。すなわち、窃取とは、他人の意に反した財物の占有の侵害 とその占有を自己・第三者に移すこととされ( 1 )、窃取の前提として、財物につ いて他人の占有が存在することが要件とされるのである。
このような解釈は、すでに旧刑法においてもみられる。しかし、そこで は、今日とは異なる「占有」概念が示されていた。
①旧刑法下での「占有概念」
( 1 )旧刑法における窃取概念の理解と占有 (ⅰ)窃取概念の統一性と広い「占有」概念 旧刑法で窃盗罪を規定するのは、366条である。
366条 人ノ所有物ヲ窃取シタル者ハ窃盗ノ罪ト為シ 2 月以上 4 年以下の重 禁錮ニ処ス
旧刑法でも、窃盗罪規定において占有という文言は用いられていない。し かし、現行刑法下での解釈と同様、窃取行為は、占有概念と結びついて理解 されていた。宮城浩蔵は、窃取の対象となる「物件の人の所持内に在るを要 する。所持は……仏語のポッセションにして民法の語と以て云へば占有と訳 する所の文辞なり( 2 )。」と窃取概念を占有(所持)との関係で明らかにする。
他人の所持=占有が備わることが、窃取の要件となっているのである。もっ とも、その内実は今日の理解とは異なるところも認められる。旧刑法には、
366条(窃盗罪)のほか、「窃取」の文言を用いる規定があったからである。
289条 官吏自ラ監守スル所ノ金穀物件ヲ窃取シタル者ハ軽懲役に処ス 宮城浩蔵は、289条の「窃取」について次のように述べている。「『窃取』
とは何ぞや。此文辞は……窃盗罪(第366条)の条に用いたるにより之を解 釈するには窃盗罪の条下に求めざる可からず。」として、同じ「窃取」との 文言である以上、366条(窃盗罪)と289条(監守盗罪)の「窃取」は、同一 の意義に理解されるべきだ、とするのである( 3 )。
289条は、官吏が自ら監守する財物を奪うことにより成立するので、現行
刑法に照らせば、(業務上)横領罪が成立するべき事案であろう。それゆ え、現行法では、他人の占有ではなく、自己の占有が認められるべき事案で あり、他人の占有侵害を行うことができないはずである。しかし、宮城の理 解からは、このように自己(官吏)が財物を監守する場合でも、窃盗罪と同 様に所持=占有の侵害がある、とすることになる。
この点の宮城の説明は、次のようなものである。「本条〔289条〕を一見す れば官吏の監守する金穀物件は官吏の所持中に在るが如しと雖も、深く考究 すれば則ち下婢の主人に於けるが如く有形上の所持有ることなし( 4 )」。すなわ ち、官吏が監守する金穀物件は、国家(官)が所持=占有するものであり( 5 )、 官吏は、国家の所持=占有を侵害したものと理解される。そして、289条
(監守盗)と366条(窃盗)は、同一の「窃取」の文言を用いているから、窃 盗罪における窃取も同様に理解される。当然、窃取概念から導かれる占有概 念も両規定で同様の意義を有する。宮城は「僕婢が主人の命により其の物件 を購はんと欲し金を懐にして遠きに至り途中にて悪意を生じ之を消費したる 時は盗罪〔窃盗罪〕を成すか」との問題に対し、「物件其物は他人の手に在 るも所持権は法律上所有者に属すること有り。」「主人は僕婢を器械と為して 其金を所持するものなれば僕婢が之を消費……したる時は主人の所持中より 物件を奪取したるものにして盗罪を成すものとす」とするのである( 6 )。このよ うな僕婢が主人より委託された金員を費消するような行為は、今日では、委 託物横領罪に当たるというべきであろう。しかし、そのような場合にあって も、その物は、他人である主人が所持=占有していると評価されるから「窃 取」が肯定され、窃盗罪が成立するのである。
旧刑法においても、現在の委託物横領罪に相応する規定は置かれていた。
395条 受寄ノ財物借用物又ハ典物其他委託ヲ受ケタル金額物件ヲ費消シ タル者ハ 1 月以上 2 年以下ノ重禁錮ニ処ス……
宮城の理解では、この395条の適用範囲は、狭くなるだろう( 7 )。監守盗罪の 解釈で示されたように、行為者が財物を事実的に支配している場合でも、他
人(国家)の占有が肯定される場合があり、その領得行為は「窃取」であ り、本条に該当しないからである。
窃取を占有侵害とし、この窃取概念が366条と289条では同一の意義を有す るものと解釈した場合、占有が認められる範囲は、著しく広くなる。今日と は異なり、他人に管理を委ねている場合にも、委託者に占有が認められうる のである。
(ⅱ)窃取概念の相対化と今日の占有概念の成立
このような「窃取」及び「占有」の理解について、疑問が提起される。す なわち、小疇傳は、289条(監守盗罪)の「窃取」は、「刑法第366条〔窃盗 罪規定〕以下の所謂窃取と自から其意義を異にする」とし、窃盗罪における 窃取は「他人の所有物を他人の保有より自己の保有に移す所為」とする一 方、監守盗罪では「目的物は既に犯人の保有に存するが故に本条所謂窃取 とは刑法395条に規定する費消即ち横領の所為を指す」とする( 8 )。小疇が「保 有」とするのは、今日の用語でいう占有に一致するだろう。占有侵害罪とし て窃盗罪、横領罪の特別規定として非占有侵害罪として監守盗罪が位置付け られ、窃取概念は相対化されている。そして、窃盗罪における「保有とは現 実に物を支配することを意味し物に対する純然たる事実関係を云う」とされ
( 9 )る
。ここでは、宮城が「窃取」に含めていた委託物の領得は窃盗罪にいう
「窃取」ではない。窃盗罪規定においては、窃取の文言から被害者の占有の 要件を導き出しつつ、監守盗罪では、窃取の文言は被害者(官・国)の占有 を前提とはしない。委託者による占有の観念を排除し、占有(=保有)を物 に対する現実の支配と理解することは、このような「窃取」の文言の相対化 という解釈によって導かれるのである。
同様に窃取の文言を相対化する解釈を示すものとして岡田朝太郎がいる。
岡田は、自己の占有下にある財物についても、監守盗罪の成立が認められる とし、289条が「窃取」の文言を用いたことは、立法の不備であるとしてい る。すなわち、「289条に於て窃取なる文字を用ひたるは歴史上の理由あるに
過ぎず而して若し文字の統一を図らんとすれば此の如きは宜しく避く可きも のの一なり(10)」と指摘するのである。
( 2 )「窃取」から生じる「占有」
小疇・岡田の示す「占有」は、今日の占有の理解に近い。旧刑法下の学説 において、ここに今日の占有理解の出発点が認められるといってよいだろ う。ここでなされなければならないことは、「窃取」概念の相対化という解 釈であった。窃盗罪と監守盗罪の「窃取」概念は、前者が他者の狭義の占有 を前提とするのに対し、後者の窃取は、このような占有を前提とはしないの である。
この議論の展開で注目すべきは、占有概念が財物の占有者である人と占有 される財物との関係からではなく、占有を侵害する行為の側から規定されて いるということである。すなわち、「窃取」という行為を説明するために占 有概念が用いられているのである。それゆえ、窃取概念を統一的に捉えるか 相対的に捉えるかが「占有」の広狭が左右するのである。物と人との関係か ら、物がいかなる状態に置かれれば「占有」が認められるか、という観点は 希薄である。占有者と財物とのどのような関係が保護に値するかという発想 は見て取れず、侵害行為をいかに評価するかという観点から占有概念が規定 されている。この意味で、占有とは窃盗罪における「窃取」の意義を説明す るために設定された機能的な概念である。
( 3 )「占有」の探求?
この占有概念の内実を明らかにする試みは乏しい。占有とは「現に物を支 配することを意味し物に対する純然たる事実関係0 0 0 0を云う(11)」(傍点原文)など 説明されるが、多くは具体的に占有の肯定又は否定される事例を示すにとど まる。たとえば、小疇は、戸外に止めてある馬車、耕作地に置いた農機具、
旅客が従者に担わせた荷物、商店主が点検のため客に手渡した商品について は占有が失われるものではない(12)などとして、占有の肯定される場合を列挙す ることで占有の意義を明らかにすることを試みる。同じ立場に立つ岡田朝太
郎も、占有が認められない遺失物と占有が認められる「一定の用法を以て公 然の場所に差置きたる物件」の区別を若干の例を挙げて説明し、占有を具体 化するのである(13)。
占有が窃盗罪の窃取概念を説明するための機能概念であるとすれば、本来 窃取と呼ぶべき行為を想定し、窃取行為の客体たるべき財物の状態こそが占 有というべき事態と理解することになろう。そして、この「窃取」は、ほか の条文とは相対化される独自の概念である。ほかの条文から占有概念を明ら かにすることが期待できない以上、このような具体例を通じた占有概念の明 確化は、合理的な方法であろう。
②現行刑法下での一般的な議論状況 ( 1 )事例群による占有概念の外延の明確化
現行刑法では、占有という文言が242条で示される。他人の占有下にある 自己の所有物であっても、窃盗罪の成立が認められることから、占有侵害行 為が窃取行為と評価される。また、監守盗罪の規定が設けられず(14)、窃取の概 念を相対化する必要もない。解釈の前提となる法状況には変化が生じた。し かし、学説の一般的傾向は、旧刑法下の狭義の占有概念と変わるものではな かった。
たとえば、大場茂馬は、占有(所持)を「物に対する事実上の支配」と定 義し、「物に対する事実上の支配を有するとは物に対し事実上の支配関係あ ることを指称す。」とし、占有を肯定するためには「一般の慣習に依り物に 対し事実上の支配ありと認められるべき関係あるを以て足る」とする(15)。前半 については、ほぼトートロジーといってよいだろう。後者についても、「一 般の慣習」が基準として示されるにとどまり、占有概念の内包が明らかにさ れているとはいえない。それゆえ大場も、不在の家屋内にある家具・什器・
その他の財産、店先に止めた人力車など、具体例を通じて占有概念の外延を 明らかにするのである(16)。泉二新熊も「現実に物を支配し得る実力関係」と占
有を定義し(17)、農場に置いたままにした農具についての農夫の占有、旅客が人 夫に担わせた荷物について旅客の占有が失われるものではないなど、占有が 肯定される種々の事例を挙げ、占有とは「畢竟吾人が物の用法上の性質及び 日常の慣習に従い其の物を支配する事実関係」をいうものであるとする(18)。物 に対する支配関係以上には、占有概念の意味内容が明らかにはされず、 具体 的な場合を列挙することにより具体化されるのである。
占有の有無の判断は、実務でも問題となる。占有概念の意味内容自体を明 らかにすることをせず、事例を列挙することにより占有概念を明確化する試 みに、実務において顕在化した事例が影響を及ぼすことは、自然なことであ ろう。判例が集積されるに従い、占有概念の説明は判例にあらわれた事案に 大きく依拠することになる。たとえば、牧野英一は「所持〔占有〕は事実上 物を支配するの意思を以て之を支配することを要し且之を以て足る」とし(19)、 占有に関する判例を(特段の論評を加えることなく)列挙することで、占有 概念を説明している(20)。このような判例に現れた事例を中心に用いて占有概念 を明らかにする試みは、牧野に限られたものではない(21)。判例の強い影響の下 で、占有概念を巡る展開が展開されるのである。
( 2 )社会通念による占有判断と事案の分類による具体化
戦後に至ってもこの傾向は変わるところはない。判例にあらわれた事案を 分析し、帰納的に占有概念が明らかにされ、占有の肯否の基準が明確化する ことが重要であるとされ(22)、事案の類型化の試みにつながることになる。
判例にあらわれた具体的事案の集積とその分析を通じて、占有概念が明ら かにされるとすれば、判例が示した一般的基準が重要な意義をもつことにな る。判例において、占有判断のリーディングケースとされるのは、最判昭和 32年11月 8 日刑集11巻12号3061頁である。最高裁は、「その物がなお占有者 の支配内にあるというを得るか否かは通常人ならば何人も首肯するであろう ところの社会通念によつて決するの外ない」として、社会通念が占有の有無 の判断基準であることを示している。この社会通念による占有の判断は、学
説にも当然、強い影響を与え(23)、広く受け入れられることになる(24)。社会通念 が、一般人の法感覚を示すものとすれば、占有の有無を「社会通念によつて 決する」ということは、一般人であれば占有を認めるか否かという基準がと られるということになろう(25)。
社会通念といってもその判断基準は、明らかではない。判例の事例の集積 に伴い、事案を類型分けし、判例の傾向を明らかにする試みが行われるのは 当然のことであろう。具体的事件の解決においても、類型化された枠組みが 示されることにより、占有の肯否の判断が安定化することが期待される。判 例の類型化を行い、占有の有無の判断基準を示す初期の研究として、中義勝 は判例に現れた事例を 8 つに分類し、それぞれについて検討を加えている(26)。 判例の分析と分類を通じて、占有の意義を明らかにすることは、現在に至る までのその後の学説に共通するものである(27)。もっとも、判例の分類の仕方 は、たとえば、( 1 )現実の握持・監視、( 2 )特定人が管理する空間内の 財物、( 3 )管理者の意思による握持の離脱、( 4 )置き忘れられた財物、
( 5 )管理下にあった動物などの分類がされたり(28)、財物が置かれた場所に着 目し、( 1 )排他性の強い場所(住居など)、( 2 )ある程度の排他性のある 場所(ゴルフ場など)、( 3 )排他性がない場所であるが物と場所とに特別の 関係がある場所(駐輪場など)、( 4 )排他性のない場所(公道など)との分 類がなされたり(29)、今日でもさまざまである。このような分類は、いわば説明 の便宜のために行われ(30)、分類自体の根拠は示されないのである。
③問題の析出
占有概念をめぐる今日までの議論は、旧刑法下以来、占有概念を明らかに するために概念の内包をより具体化する視点を欠いていた。そのため、概念 の明確化のために具体的事例を分析することによる帰納的手法が採用され た。その結果、占有をめぐる議論状況は、判例の強い影響を受け、展開を遂 げることになった。今日では、ほとんどの学説において、❶判例が示した社
会通念による占有判断を、❷具体的事案の分類を通して具体化するというこ とが行われている(31)。
( 1 )社会通念による占有判断
❶社会通念による占有の判断は、学説においても違和感なく受け入れられ ているとの指摘がなされている(32)。一般人がどのように考えるかということに より、構成要件該当性を判断することは、それ自体としては適切でありう る。刑法上の概念について一般人を基準とした判断を用いることは、まま行 われることである。わいせつ物頒布等罪におけるわいせつ性(33)や文書偽造罪に おける偽造の程度(34)などでも、一般人を基準とした判断が用いられている。
しかし、占有の判断は、これらの例とは異なる。わいせつ性の判断や偽造 該当性の判断では、一般人がわいせつ性を看取し、真正に作成されたと誤信 するであろうということから、法益侵害性が基礎づけられる。このような構 成要件要素の判断については、一般人がいかに考えるかということ自体が、
法益侵害関連性を有するのである。しかし占有では、一般人がいかに考える かということと法益侵害は直接に結びつくものではない。一般人が占有を否 定すべき事態であると考えても、現実には被害者が物を支配していれば、財 物に対する支配が損なわれたという利益侵害は生じうるであろう(35)。反対に、
一般人からは明らかに占有が肯定されるべきとみえる場合であっても、現に 支配から離脱している場合には、法益侵害性は肯定できないのである(36)。とす れば、わいせつ性や偽造の程度とは異なり、占有の有無の判断に一般人とい う基準を用いることの積極的な根拠が更に示される必要がある。
占有概念の展開からは、この概念が「窃取」を規定するために法解釈によ り生み出された機能概念であることが示された。占有者と物との実体的な関 係性を見いだすことで占有概念が明らかにされるのではなく、「窃取」とい う法律上の文言の意味内容を占有侵害行為として解釈することを介して、占 有概念が導出されている。占有の判断において実質的に問われているのは、
その物の状態ではない。むしろ、その物の領得行為が窃取と評価されるか否
かである。ここでは、客体ではなく、行為の評価が求められているのであ る。占有の有無を問うということは、窃取行為を問うことと同義である。と すれば、社会通念により占有の有無を判断するとは、「一般人が窃取行為だ と思う行為を窃取行為と評価せよ」というトートロジカルな判断である(37)。 社会通念により占有の有無を判断するという判断方法は、なぜそのような 判断方法がとられるべきなのか(38)が明らかではなく、さらに、その判断基準は 機能しうるか明らかではない(39)。
( 2 )事例群による判断
判断基準自体が抽象的であるから、その具体化のため下位基準が必要とな
(40)る
。事例の分析と類型分けにより、これが実現されている。
他者の占有の有無は、領得行為を重い窃盗罪として処罰するか、相対的に 軽い横領罪として処罰するかの分水嶺である。とすれば、占有は窃盗罪の加 重処罰を正当化するものでなければならないはずである。しかし、判例の事 案の類型化がこれを明らかにしてきたかには、疑問がある。ここでは、過去 の事例との類似性により、占有の判断がなされており、当該行為に窃盗罪と しての加重処罰が正当化されるか、ということは直接の問題とはされてこな かったように思われる。
占有が窃盗罪の重い処罰を基礎づける以上、そのすべての事案類型に共通 して、この加重処罰の正当化根拠が認められなければならない。占有の判断 は、このような全ての類型に共通する統一的な判断基準が示され、これが事 案の類型ごとに具体化されるものでなければならない。統一的判断基準とし て社会通念という基準では不十分であったが、これに代わる基準は、示され ていないのである。
( 3 )解決されるべき課題と方法
解決すべき課題は、事例群に共通する占有の統一的判断基準の探求であ り、これに基づいた具体的判断基準を明らかにすることである。統一的判断 基準は、さらに窃盗罪を重く処罰する根拠と整合的でなければならない。そ
こで、統一的判断基準を確立するために、ドイツ法の占有概念をめぐる議論 を参照することにする( 2 )。そして、そこで示された占有概念が、窃盗罪 の処罰根拠と整合するかを次に検討しよう( 3 )。そして、その統一的判断 基準を具体的事案に照らしてより具体化することにする( 4 )。
2 ドイツにおける占有概念をめぐる議論
①ドイツ刑法典における占有の機能
ドイツ刑法にも、わが国の刑法上の占有に相応する概念が存する。ドイツ 刑法典242条(単純窃盗罪)は、次のように規定する。
違法に自ら領得し又は第三者に領得させる目的で、他人の動産を他の者 から奪取した者は、 5 年以下の自由刑又は罰金に処する(41)。
本条においては、占有という概念は条文上用いられていないが、奪取
(wegnehmen)とは、財物についての他者の占有を破壊し、新たな占有を開 始することと解されており(42)、わが国と同様、窃盗罪の条文解釈として、占有 侵害が必要とされている。
わが国の委託物横領罪・占有離脱物横領罪に相応する規定は、246条(横 領罪)に規定されている。
第 1 項 他人の動産を自ら違法に領得し又は第三者に領得させた者は、
行為が他の規定において本条よりも重い刑で処罰されないときは、 3 年 以下の自由刑又は罰金に処する。
第 2 項 第 1 項の場合に、動産が行為者に委託されているときは、刑は 5 年以下の自由刑又は罰金とする。
この246条 1 項がわが国の占有離脱物横領罪、 2 項が委託物横領罪に相応 する規定である。窃盗罪との関係では、条文でも明示されているように、本 条が補充規定として位置づけられ(43)、窃盗罪が成立する場合にはより重い窃盗 罪のみが成立する。占有侵害を伴う場合には窃盗罪が成立し、占有侵害が見 られない場合には、横領罪の成立にとどまるということになる。わが国と同
様、他者の占有の有無が窃盗罪の限界を画するのである。
また、刑法上の占有と民法上の占有が異なる概念であることは、議論の前 提とされている。奪取概念から導かれた刑法上の占有(Gewahrsam:以下 では単に「占有」というときは、これを指す)は、民法上の占有(Besitz(44)) とは、異なる概念である。
②占有の有無の判断
通説によれば、占有とは、物に対する支配意思に担われた「事実的支配関 係」 であるとされる (以下、 このような理解を 「事実的占有概念」 という(45))。
この事実的支配関係とは、「なんらの妨げにあうことなく物を支配するとい うことなのである」とされる(46)。このような事実的な支配を有するが故に、
占有者は、占有する物を事実として自由に用いることができる(Verfügen- Können)のである(47)。
( 1 )判例における占有の有無
判例においても、ライヒ裁判所以来(48)、事実的支配関係としての占有理解が 踏襲されている(49)。被害者の占有の有無が争われた事例として判例上あらわれ てものを若干見ておくと、たとえば、飼い主の元に帰ってくる習性のある猫 について飼い主の占有を認めたもの(50)、郵便局員が駅で小包を貨車に積み込む 際に不注意からプラットホームに置き忘れたままにした小包について鉄道駅 管理人の占有を肯定したもの(51)、開店前の店舗の扉の前に納入業者から配達さ れた商品について配達を受けた商店主の占有を肯定したもの(52)などがある(53)。 このような判断の基礎にあるのは、占有とは事実的な物支配(tatsächlich Sachherrschaft)であるという理解である。財物が所有者等の権限者の事 実的な支配の下にあれば占有が肯定され、支配外にあれば、占有が否定され る。もっとも、事実的な物支配といっても、これら占有を肯定した判例にみ られるように、直接の握持が要求されるわけでもなければ、現実的に監視し ていることが要求されるわけでもない。占有者と物との場所的な懸隔が認め
られ、即座に握持に及べないような場合にも、また、物の所在を認識してい ない場合にも、占有は肯定されているのである。
このような事実的支配をいわば拡張するために、判例は、事実的な物支配 を社会的見解(54)、日常生活上の見地(55)、社会生活上の見地(56)から判断するべきもの としている。このような判断基準から、たとえば、店舗の中で働く売り子が 商品の代金として受け取った現金は、商店主の単独占有に服するとし、これ を領得した売り子に窃盗罪の成立を認めたものがある(57)。代金として受け取っ た現金を直接握持しているのは売り子であるが、社会生活上の見地からは、
事実的な物支配は商店主にあるとされる。「事実的な物支配」は、必ずしも
「支配の事実」によってのみ判断されているわけではない。このような社会 生活上の見地に照らして事実的な物支配を判断することは、学説においても 当然の前提とされている。
判例が示す事実的な物支配の意義は、占有を否定した事例で明らかになる ように思われる。たとえば、❶運送担当者に他の地域まで運搬するように委 託した荷物に対する委託者の占有(58)、❷別の市に所在する工場の保管物に対す る本社社長の占有(59)や、❸月の初めに利用料を回収する契約の下に売却された コイン投入式テレビに投入されたコインに対する売主の占有(60)などが否定され ている。これらの判例で事実的な物支配の欠如=占有が否定される根拠とし て繰り返し強調されるのは、物の利用が妨げを受けるか、という見地であ る。たとえば、❷事件では、「支配者の意思が直接に影響を及ぼすように現 実化することがなんらの妨げにあわないこと」が占有の前提であるとされ、
❸事件では、売渡されたテレビは、買主の住居に設置されており、その契約 内容では、売主が利用料を月 1 回に限り回収することを認めるに過ぎないこ とに着目し、合意内容からは「いつでも4 4 4 4妨げにあうことなく〔投入されたコ インを〕入手することが許されていたわけではない」(圏点は、原文では隔 字体)として、テレビの売主は、利用料として投入されたコインについて所 有権を有するも、その占有は否定されているのである。このように判例にお
いて占有の否定は、その物の利用について妨げがあるかという観点から判断 されているものといいえよう(61)。反面から言えば、占有とは、妨げにあうこと なく物を利用できる状態のことをいうと理解できよう。
( 2 )社会的・規範的占有概念
このようにドイツの通説・判例は、占有を事実的な物支配と捉え、これを 社会生活上の見地に照らして判断する。これは、社会通念により事実上の支 配の有無を判断するわが国と近しい判断基準と評価できよう。
しかし、このような日常生活上の見地は、事実関係に対する評価を前提と しよう。とすれば、事実的占有概念は「事実的」ではない判断基準を実質的 に用いているとも評価できる。そこで、事実的な要素のみでは占有の範囲を 適切に画することができず、むしろ、占有は社会実態に則した、規範的な判 断であることが主張されることになる。
社会的・規範的な観点から占有判断を行うべきとする社会的・規範的占有 概念(62)を最初期に提示したのは、Hans Welzel である。Welzel は、万引き事 犯における窃盗罪の既遂時期を検討する(63)中で、犯行の一部始終が店員などに より目撃されており、また、店舗内にまだ行為者が留まっている時点で、窃 盗罪の既遂を肯定する論理として、占有の有無の判断は社会的・規範的な判 断であるということを指摘した。このような事案では、店員が即座に盗品を 取り戻す可能性が認められ、その反面として、行為者が盗品についての事実 的支配を取得していないと理解する余地がある。奪取が既遂に至るために は、財物について自らの占有を開始することが必要であるから、事実的支配 を得ていないとして窃盗は未遂にとどまるのではないか。占有が事実的な物 の支配であるという事実的占有概念からは、このような帰結が導かれること になると Welzel は指摘したのである(64)。このような帰結を避けるためには、
占有を規範的に判断する必要がある。すなわち、Welzel は、行為者が盗品 をカバンの中や衣服の内側に隠した時点で、社会的・規範的には、盗品につ いて行為者が占有を取得したといいうるとして、窃盗罪の既遂を肯定するの
である(65)。
この議論は、窃盗罪の既遂時期を画するものである(66)が、本稿の関心との関 係でも示唆に富む。窃盗の既遂とは、財物について被害者の占有が否定さ れ、行為者が物の占有を開始した時点である(67)から、被害者から見れば、財物 が他者(行為者)の占有に属するものとなった時点である。窃盗罪の既遂を 認めるための論理は、他者の占有を認める論理と同一となる。
なぜ、盗品をカバンの中や衣服の内側に隠した時点で、行為者の占有が規 範的には肯定されるか。Welzel は、住居などの社会的な支配領域の中に所 在する物について占有が及ぶことが、ここでも解決の糸口になるとする(68)。た とえば、住居や身体の捜索の根拠規定である刑事訴訟法102条(69)の規定が示す ように、住居や身体は、特別の法的根拠なければ侵すことが許されない。特 定の領域への侵入には特別の法的根拠を設けることにより、法規範は、これ らの領域が通常は侵しえないものであることを示している。このような領域 が支配領域として理解され、その内部にある物に占有が及ぶのである(70)。 Welzel の示す占有概念は、物と占有者の関係から導かれていない。物の 所在する領域とその領域の規範的保護が、占有を基礎づける。ここでは、事 実的観点が後退し、規範的な観点から占有の有無が判断されている。このよ うな社会的・規範的占有概念が今日では有力となっている(71)。もっとも、そ の限界付けは、さまざまである。Wolfgang Bittner は、「文化規範に基づ いて、物的領域に服する人に対する物の顕著な配分」と占有を定義する(72)。 Urs Kindhäuser は、Welzel が示した領域に対する侵入に特別の正当化要件 が必要かという基準を前提としつつ、空間的領域に限定しない占有の理解を 示す。「その人が物に対して手を出すことが自明的に見えるか」、反面から言 えば「物に手を出すことが社会的に不自然でないこと」が占有の判断基準と される(73)。占有者が物を利用することは当然であり、この利用を正当化するよ うな理由は不要である。これに対し、占有者以外の者による物の利用は、特 別な根拠がなければ、自明なものとはみられないのである。正当化する理由
を問題にされることなく物を利用できる状態が占有であるということになろ う。
( 3 )事実的占有概念と社会的・規範的占有概念の折衷
このような社会的・規範的占有概念に対して批判を加えるものに、 Andreas Hoyer の見解がある。Hoyer は、社会的・規範的占有概念は窃盗罪を認め るべき場合に支配領域性を肯定しているとして、窃盗罪規定が支配領域を創 出し、支配領域が窃盗罪成立を基礎づけるという循環論法に陥っており、ま た、その支配領域性の設定は恣意的になされていると指摘する(74)。その上で、
Hoyer は、事実的占有概念と社会的・規範的占有概念を組み合わせること で、適切な解決を図ろうとする。Hoyer は、占有を占有者が物の利用を留 保している状態(Nutzungsreservat)であるとするところから(75)、このよう な状態は、事実からも、規範からも生じうることを指摘する(76)。事実として現 に使いうる状態であること、そして、規範的な理由から即座にその物を使い うること、この両者が占有として評価されるべき事態ということができよ う。Hoyer は、たとえば、物を現に利用している状態や、事実として占拠 している場所に物が置いている場合などは、その物の利用・その物が所在す る場所の占拠という事実から占有が肯定されるとし(77)、規範的な理由から物を 利用できる場合として、たとえば、指示命令関係に立つ 2 者のうち下位者が 物を現に握持している場合をあげる。この場合、指示・命令関係に基づき、
上位者が物をいつでも利用できるから、上位者の占有が肯定されるのであ
(78)る
。
Hoyer の見解は、物をいつでも妨げなく利用できる状態こそが占有であ るとする事実的占有概念の立場とも整合的であろう。そして、そのいつでも 妨げなく物を利用できる状態が、規範的に保障されている状態にある場合に も、同様の関係が見て取れるとしている。この点、規範的考慮から占有の有 無を判断する社会的・規範的占有概念とも共通の思考方法をとるのである。
しかし、このような Hoyer の見解に対しては、社会的・規範的占有概念
の立場からは、支配下にある物を占有者が利用する意思がない場合にも利用 を留保している状態といいうるのか(79)、事実的占有概念の立場からは、占有者 の利用可能性を問うことなく単なる所持(Haben)こそが占有として保護さ れるべきであるということを看過するものである(80)として、批判が加えられて いるところである。
③ドイツの議論からの示唆 占有判断の 2 つの視点と 1 つの対象
社会的・規範的占有概念は、事実的占有概念を批判的に考察した成果とし て示された占有概念であるが、両者の示す結論自体は、ほぼ相違が生じな
(81)い
。社会的・規範的占有概念の主張は、事実的占有概念が「社会生活上の見 地」による判断を行い、その占有の定義とは矛盾する考慮要素を無反省に取 り込んでいることを指摘するところにある(82)。とすれば、両者の対立には一 見、意味がないようにも思われる。
しかし、事実的占有概念と社会的・規範的占有概念では、占有の判断の視 点が異なることが注目に値する。すなわち、事実的占有概念は、占有者が物 を事実的に支配しているかということを直接に問い、占有者と物の関係から 占有の有無を判断する。これに対し、社会的・規範的占有概念は、占有者と 物との関係を直接に検討することはせず、物の所在する領域が他者から守ら れているかという観点(83)から、占有の有無を判断しているのである。
Hoyer の見解が示すように、占有の有無を事実的な観点から判断するア プローチと規範的な観点から判断するアプローチは、排他的なものではな い。むしろ、社会的・規範的占有概念は、事実的占有概念が示す物に対する 事実的支配をより具体化・可視化したものと位置づけることも可能である(84)。 事実的占有概念は、物を妨げにあうことなく利用できる状態を占有と理解し ていた。このような妨げにあうことなく利用できる状態は、他者がその物を 利用したり、持ち去ったりすることにより害される。妨げにあうことのない 物の利用可能性は、他者による物への干渉を排除することによって、はじめ
て実現できる状態である。
このような意味において、妨げにあわない物の利用可能性は、むしろ、そ の物を他者が利用しようとしたときに、その他者の利用が排除・抑止される ことによって、占有者の側に生じるものと理解できよう。物に対する支配と は、物が他者により利用されない状態に置かれていることにより、反射的に 占有者の「妨げにあわない利用」の可能性が保たれている状況と理解できる だろう。
このような他者の利用を防ぐ方法は、 1 つには限られない。占有者自らが 他者の利用を防ぐべく、実力を用いることもあるだろうし、物が所在する領 域へのアクセスを規範的に禁止することで、他者の利用を防ぐこともできる だろう。前者が事実的占有概念により示された「支配」の内実であり、後者 が、社会的・規範的占有概念により示される「支配」の内実と理解すれば、
両説は、他者による物への干渉をいかにして防ぐことができるかという方法 を異なった形で示しているだけに過ぎないと位置づけることができる。そし て、両者は、排他的・択一的ではなく、併存可能なのである。他者が財物を 利用することは、実力によって防ぐこともできれば、物が所在する場所への 立入を禁止するなど、物へのアクセスに規範的な制限を設けることで防ぐこ ともできる。
他者による物の利用を排除することにより、占有者の物の利用が担保され ている状態を占有と理解するとき、事実的占有概念と社会的・規範的占有概 念は、矛盾するものではなく、むしろ、他者による物の利用が排除されてい るかという 1 つ判断対象に対して、別個の視点からのアプローチであるとい うことができるだろう。そして、両者の立場の中間に立つ Hoyer の見解が 示すように、両者の到達点は、占有者による物の利用可能性である。
以上のようなドイツ法からの示唆は、わが国でも通用するものであること が期待される(85)。事実的占有概念からの主張、社会的・規範的占有概念からの 主張、その中間的主張も、占有が肯定される範囲については争わず、(事実
的占有概念をとる)判例が示した占有の範囲は前提とされている。この占有 の範囲は、すくなくとも管見の限りでは、わが国の実務が占有を肯定する範 囲とも近似し、受け入れ可能なものと思われるからである。しかし、検討す るべきは、それだけではない。窃盗罪の処罰根拠を十分に基礎づけうるかも 問題とされなければならない。
3 占有と占有侵害の加重処罰
窃盗罪と横領罪の区別は、占有侵害の有無であり、占有の存在こそが加重 処罰を基礎づける。この加重処罰については、大きく分けて 2 つの見方があ る。第一は、占有侵害を伴わない横領罪・占有離脱物横領罪の減軽根拠を示 し、窃盗罪との処罰の軽重の差を基礎づけるものであり、第二は、窃盗罪の 加重処罰を積極的に基礎づける立場である。
①横領罪の減軽処罰 ( 1 )被害者の落ち度?
横領罪の減軽根拠として、被害者の軽率さを指摘する見解がある。横領罪 において、行為者が財物の占有という領得行為を容易に行いうる状態を獲得 したのは、被害者である所有権者が、その財物を行為者に委託したからであ るが(86)、行為者が領得行為を行うような人物であるにもかかわらず、財物を委 託したことに被害者の軽率さ・帰責性を見いだし(87)、これが刑罰軽減的に作用 すると指摘するものである。
もっとも委託物横領罪は、被害者自身の委託によらずに行為者が占有を取 得した場合にも認められる。たとえば、法定代理人による未成年者の財産の 管理の場合、財産について所有権を有する未成年者が代理人を選任して財産 を委託するわけではなく、家庭裁判所が選任するが、家庭裁判所の「落ち 度」を理由として、財産的な被害を受けた未成年者の保護を切り下げるべき かは疑問であろう。
より本質的には、被害者の落ち度を刑罰減軽的に考慮するということの合 理性にも疑問がある。自らの財産を十全に用い、管理することができる者 は、そもそも他人に財産を委託する必要がないのであって、財産を委託する ことに動機づけられるのは、自ら財産を管理する能力に乏しい者である。経 験・能力に乏しく、自らの手では、十分に財産を保全できない者は、その財 産を他人に委託することにより、財産を守ることができよう。被害者の落 ち度として、「人の見る目のなさ(88)」が指摘されるが、人を見る能力のない者 は、その能力を欠くことにより保護が切り下げられるとすれば、財産の委託 という制度を必要とする者にこそ、委託という制度を利用しないように仕向 けることになるだろう。すなわち、経験・能力に乏しく、自らのみでは財産 管理を十全に行いえない者に対して、「人を見る目」を持つか、財産を自ら の手で管理することを要求することになる。刑法は、能力・経験に乏しい者 であっても、そうでない者と同様の保護を与えるべきであろう(89)。刑法は被害 者に犯罪の被害にあわないようにするための能力を備えることは要求しな い。能力を備えていないことを理由に保護の否定や切り下げは行われるべき ではない。
占有離脱物横領罪についても同様のことが妥当しよう。占有離脱物は、被 害者の落ち度によりその占有から離脱したとみうる場合が多いにせよ、被害 者の落ち度によらず占有を離脱する場合(たとえば、窃盗犯人が盗品を放置 した場合や、誤配された郵便物など)もありうるのである。被害者の落ち度 を理由として、刑法は横領行為を軽く処罰していると理解し、窃盗罪と横領 罪・占有離脱物横領罪の刑罰の軽重を正当化することはできない。
( 2 )誘惑的要素
また、横領罪・占有離脱物横領罪は、「動機において誘惑的であり責任非 難が減少する」との指摘がなされる(90)。ここで誘惑的に働く事実は、領得の対 象となる財物が自己の占有下にあり、又は、何人の占有下にもないことか ら、何人の占有を侵害せずとも領得行為を実現できることに求められよう。
しかし、他者の占有が存在しないことによる誘惑的要素の具体的内容につ いては、十分に明らかではない。まずは、犯行(領得)機会の増大が考えら れよう。他者に占有された財物は、他者が利用することが予定されているか ら、当該財物を領得する機会は限られる。自己の占有下に有り(委託物横領 罪)、又は、他者の占有から離れた(占有離脱物横領罪)の場合には、いわ ば、いつでも任意に領得行為に及ぶことができる。
ここで領得行為に及ぶ機会の増大は、個々の財物を基準としている。たと えば、自己の占有下にある他人の物については、自ら占有し続ける間、常に 領得行為を行う機会が与えられているとみることができるだろ。占有離脱物 も、所有者などがその占有を回収する(通常は困難である)まで、いつでも 領得する機会が与えられる。自己が占有している場合に準じて、犯行機会の 増大が認められよう。自己の占有下にある他人の物・占有離脱物について は、領得する機会が多く与えられ、犯行への誘惑に強く駆られているとはい いうる。しかし、個々の物から離れれば、領得行為に及ぶ機会をわれわれは 常に与えられているということができよう。われわれは他人の財物に囲まれ て生活している。商店に入れば商品に囲まれ、道を歩いていても他人は財物 を携えている。これらの財物を領得しようとすれば、不可能ではない。他人 の財物を領得する機会は、ありふれているのである。われわれは常に領得行 為に及ぶ誘惑に駆られているのであり、自己の占有する財物又は他人の占有 を離れた財物を領得した場合にだけ、責任減軽を認める根拠は乏しいという べきであろう。
横領罪・占有離脱物横領罪の誘惑的要素は、犯行機会が多いということで はなく、その犯行が発覚しづらく犯行が成功裏に終わる可能性が高いことに 求められるべきように思われる。委託物は、他人が直接には管理しているわ けではないから財物が失われても気付かれないであろうし、占有離脱物は支 配が失われているから、元の占有者が行為者の領得行為を覚知しうる可能性 は相当程度失われている。これに対し窃盗罪においては、占有者が犯行の客
体となる財物を支配しているから、占有者がその財物が失われたことを覚知 し犯行に気付くことが十分に可能である。その財物が他者に支配されている か否かにより、犯行が露見しないという意味での誘惑的要素は、大きく異な る。このような刑罰軽減的に作用しうる誘惑的要素は、占有の有無によりそ の存否が決せられることになろう。その物を他者が占有していないからこ そ、領得行為への誘惑に駆られるのである。
②窃盗罪の加重処罰根拠
( 1 )占有侵害という行為無価値?
横領罪・占有離脱物横領罪に比べて、窃盗罪が加重処罰されていると位置 づけることも可能である。まず検討されるべき見解は、占有侵害という行為 態様自体が加重処罰を基礎づけるというものである(91)。このような立場は、窃 盗の利益侵害性を所有権侵害に求めるところから、横領罪と窃盗罪では侵害 される利益に相違がなく、両者の相違を侵害態様に求める(92)。
論者は、占有侵害という行為態様の行為無価値性をいうが(93)、しかし、委託 信任関係の違背よりも占有侵害を重く処罰すべき、という結論が先取られて いるというべきであろう。占有侵害という行為無価値が、これを伴わない領 得行為よりも重い処罰を正当化するというのは、単に窃盗罪のほうが重い処 罰を受けるという事実を指摘しているに過ぎないように思われる(94)。侵害態様 ではなく、現に生じた被侵害利益の観点から窃盗罪の加重処罰の正当化が検 討されるべきであり、窃盗行為が、委託物横領・占有離脱物横領よりも重大 な利益侵害を伴うことが示される必要がある。
( 2 )占有の利益性
それゆえ、占有それ自体に利益性を求める見解が支持される。占有の利益 性について、財物が被害者の利用過程の内部にとどまっていることに着目す る見解がある(95)。被害者が財物を自身の利用過程にとどめている場合、被害者 は任意にその財物を利用できるが、財物が被害者の利用過程から外れた場合
には、その利用に重大な困難が生じる。利用過程内に存在する財物は被害者 にとり有用性が高いのに対し、利用過程外の財物は利用可能性が低い。財物 が利用過程にとどまっていることが「占有」の具体的内容であり、占有侵害 は、このような高い利用可能性を侵害するゆえに、重い処罰が科せられるこ とになろう(96)。占有を財物が被害者の利用過程に存することと理解しその占有 の実体を高い利用可能性に求める見解は、占有の利益性について明らかにす る試みと位置づけることができる。
もっとも、利用過程にとどまるという財物の高い利用可能性は、窃盗罪に おける占有と完全には一致しない(97)。財物が手元になくとも財物が利用可能で あるのは、財物の利用者がその財物がどこに所在しているかを認識している からである。とすれば、公共の場に放置され、第三者からは占有を離脱した 物としかみえない物であっても、利用者が意識的にその場に放置しているの であれば、なお利用過程に止まっているとも評価しうる余地がある(98)。反対 に、利用者がその所在を全く失念している場合や、その所在を認識していな い場合には、利用過程にないとの評価も可能であろう。Hoyer の見解に対 する批判でも見たように(99)、利用者の利用過程にある(利用が留保されている 状態)ということだけでは、占有を十分には画することができないのであ る。財物が利用過程内にあり、被害者に高い利用可能性が残されていること の意義が、さらに問題とされなければならない。
財物が利用過程内にあるかということに着目する見解は、被害者の享受し ていた利益の観点から占有概念を明らかにする。窃盗行為の高い利益侵害性 を明らかにしており、横領罪・占有離脱物横領罪と窃盗罪の処罰の軽重を説 明できる。しかし、この被害者が享受していた利益性は、大小さまざまであ り、連続量ではないだろうか。被害者が享受していた利益性のみによって、
占有の外縁を示すことはできない。被害者の享受していた利益が大きい場合 にのみ被害者の占有を認め窃盗罪の成立を肯定するとしても、その限界を示 すメルクマールが更に必要になる(100)。
③検 討
( 1 )占有の理解と窃盗罪の加重処罰
窃盗罪が委託物横領罪や占有離脱物横領罪よりも重く処罰される根拠は、
窃盗罪が他者の占有を侵害するということに求められるが、この占有侵害に よる加重処罰を正当化するのは、第一に、ほかの領得行為に比べて、❶占有 侵害という領得態様は犯行が発覚しやすく、このような行為態様を選択した ということから、財物を領得するためには、犯行発覚、刑罰を受けることす ら辞さないという行為者の態度である。委託物横領罪・占有離脱物横領罪の 非占有侵害罪では、犯行発覚のリスクが低いという誘惑的要素が責任減少要 素として示される一方で、窃盗罪においては、責任減少が認められず通常の 責任非難が予定される。とすれば、窃盗罪に通常の責任非難を肯定するため にも、両罪を分かつ占有は、領得行為が犯行発覚の高い可能性の下で行われ たという事情を示す実体を有するべきことになるだろう。
窃盗罪の加重処罰の正当化根拠は、第二に、❷被害者の利用過程内にある 財物を奪うという利益侵害性が重大であるということにも求められた。とす れば、占有が肯定されるべき場合は、このような重大な利益侵害性が認めら れる場合に限定されなければならない。
( 2 )他者による物利用の排除と占有者による物の利用可能性
このような理解は、ドイツにおける議論の検討から導かれた占有概念と整 合するものである。ドイツ法における 2 つの占有概念の議論からの示唆を端 的にまとめると、他者の物の利用の排除が、事実的な力によってなされる場 合と、規範的な制限としてなされる場合とがあり、このいずれかの他者の物 の利用の排除可能性が認められる場合に、占有者に妨げにあうことのない物 の利用可能性、すなわち、占有を肯定できるというものであった。
まず、❶犯行発覚の高い可能性というのは、利用可能性により基礎づけら れよう。横領罪・占有離脱物横領罪と異なり、窃盗罪では占有者がいつでも
妨げにあうことなく物を利用できる。占有下にある物は、任意の時点で利用 される可能性があり、それゆえ、その物が失われていれば、占有者が領得行 為が行われた可能性を覚知することになる。物の利用可能性の有無により、
犯行発覚の可能性の高低が左右されるのである。
❷財物が被害者の利用過程内にあるということも、「物を妨げにあうこと なく利用できる状態」という考え方との近いものである。
もっとも、❷重大な利益侵害性という窃盗の加重処罰根拠は、その利益侵 害性が連続的であり、窃盗罪と横領罪・占有離脱物横領という処罰の軽重を 分かつ機能を果たしうるかに疑問があった。ドイツ法の検討で示された他者 による物の利用の排除可能性は、 この点を補完する。
被害者の利用過程内という基準は、一方では、占有離脱物と理解されるべ き財物についても、占有を肯定しうる余地を残していた。しかし、物が被害 者の利用過程内にあっても、その物を他者が利用しようとするときに、この 利用を制限できない物は、これを制限できる物に比べて、利用可能性が劣る と理解できるだろう。握持する物はいつでも他者の利用を排除して占有者自 らが利用することができる。これに対し、路上に放置したままにしておいた 物は、他者が利用しようとすればそれを排除する術がないから、被害者が再 び利用しようとしても、利用できない可能性が高まる。
また、利用過程内という基準は、他方では、占有を認めるべき場合に占有 を否定する余地を残していた。しかし、他者による利用可能性が排除されて いるのであれば、占有者には高い利用可能性が残されており、これを侵害す ることには、高い利益侵害性を肯定すべきだろう。住居の中で所在を失念し た物は、住居には許可なく他者が立ち入ることができないから、その物を他 者が利用する可能性が低い。その反面として、占有者には(物の所在を失念 していても)高い利用可能性が肯定されるべきである。
占有の利益性は、妨げにあうことなくいつでも自由に物が利用できる状態 ゆえに生じるが、これはその物を管理し他者の干渉を排除するということに
より基礎づけられる。占有という利益は、他者の利用を排除することによっ て反射的に生じる利益と理解することができるだろう。
( 3 )小 括
以上の検討からは、他者の物の利用の排除可能性に裏付けられた物の利用 可能性こそが占有として理解されるべきことになる(101)。このような占有理解か らは、いかなる帰結が導かれるか。判例で問題となった具体的事案を取り上 げ、検討を加える。
4 具体的事案の検討と占有判断の基準
①占有判断の具体的基準・考慮要素 ( 1 )緩やかな排除可能性
占有者の意思に反して他者が物を利用しようとするときに、これを排除す る可能性(以下、単に「排除可能性」という)が認められることから、反射 的に占有者が物を利用できる状態が確保される。このように占有を理解する とき、ドイツの議論から示唆されるのは、このような排除の方法としては、
占有者自身による排除、規範的なアクセス制限による排除の方法があるとい うことである。
規範的なアクセス制限を設けることによる排除可能性の典型例は、住居の 内部に置かれている物である。住居に侵入することは、刑法上処罰されるだ けではなく社会的にも否定されるべき行為と受け取られる。それゆえ、他者 は規範的に住居に侵入することができず、その結果、住居の内部の物は他者 の利用が排除される。しかし、このことは、同居の家族など、住居に立ち入 ることが制限されていない者には妥当しない(102)。占有を基礎づける他者のアク セスの排除可能性は、必ずしも占有者以外のすべて者を排除しうるものでな くとも足りるとするべきであろう。すなわち、特別の権限や資格、人的属性 がある者しか物に対するアクセスができず、その他の多くの他者からのアク セスを排除しうるものであれば十分である。
このように占有を基礎づける排除可能性は、占有者以外の全ての者が物を 利用できない状態にすることまでは要求されない。これは、占有者自身によ る他者の物利用の排除可能性についても当てはまる。占有者が物を握持・監 視している場合であっても、犯意が強固で、占有者よりも身体的に優越し実 力において優れている侵害者に対しては、その握持・監視は無力たりうる(103)。 しかし、通常一般人であれば、他人が握持している物に対しては、占有者の 占有を尊重し占有者との衝突を避け、その物の利用を断念するであろう。そ れゆえここでも、排除可能性として占有者以外の全ての無権限者を排除する 可能性までは要求されず、他者が物の利用をしようとするとき、通常であれ ばこれを排除しうる状態が生じていれば、占有を肯定するに十分であるとい うべきであろう。特定の少数の者の侵害に対しては排除が困難であったとし ても、多くの者の侵害からは守られていれば、その物はいまだ占有者にとっ て高い利用可能性があるといえるのである。
反対からいえば、このような緩やかな排除可能性すら認められない場合に は、占有が否定されるということになる。
( 2 )占有が肯定される事例群と排除可能性
このように排除可能性は、緩やかな排除可能性で十分である。若干の少数 者に対してはその利用・アクセスを排除する可能性が認められないとして も、圧倒的多数者である一般通常人の他者の利用・アクセスを排除する可能 性が認められれば十分である。
他者の物利用の排除の方法としてまず考えられるものは、❶物理的な方法 による排除である。路上の自動販売機の内部に収納されている現金・商品に ついては、自動販売機の管理者の占有を肯定できる。自動販売機自体を不動 産に固定し、また、容易に内部の現金・商品にはアクセスできないように物 理的な仕組みを用意することで他者の利用を排除している。公道に施錠し駐 車中の自動車や車内に所在する物なども、占有者がその場から離れていたと しても占有が肯定できるだろう。この場合、自動車を施錠し容易に動かせな