博士(水産科学)奥田律子 学位論文題名
サクラマスのスモルト生産における細菌性腎臓病原因菌の 感染環の形成とその防除対策に関する研究
学位論文内容の要旨
サ クラ マス はシ ロサ ケに 次ぐ 我が 国の 重要 増殖対象魚であるが,その回帰率はシロサ ケの回 帰率 と比 べ1ケタ低い。サクラマスの回帰率を向上させ資源の増大に繋げるために,
稚魚を 降海 型幼 魚と なる まで1年以 上飼 育す る「 スモ ルト 生産 」が 実施 され ているが,近 年, 秋 頃 か ら 細 菌 性 腎 臓 病(BKD)に よ る 慢 性 的 な 死 亡が 発生 し問 題にな って いる 。死 亡 は長 期 間 継 続 し , 水 平 感 染 が 疑 わ れ る が , 病 魚 と 同 じ 飼 育池 の 外 観 健 常 魚 か ら 原因 菌 (Renibacterium salmoninarum: R.s.)が検出されることはほとんどない。そのため,R.s.の分 布状況 を正 確に 把握 する こと が出 来ず ,感 染経 路,放流魚の感染の有無は不明であり,防 除対策を確立することが困難である。そこで本研究では,従来のR.s.検出法である培養法,
IFATな ら ぴ にPCRに 加 え , 抗 体検 出ELISAを 用 い た 調 査 を 実施 し , サ ク ラ マ ス ふ 化場 に お け る R.s.感 染 の 実 態 解 明 を 行 う と と も に ,BKD防 除 対 策 を 提 言 し た 。 ま ず 第1章 で は ,抗 体検 出ELISAを 用い たサ クラ マス のR.s.感 染状況 の実 態を 把握 す るため ,病 歴の 異な る3箇所 のふ化 場の サク ラマ ス幼 魚船 よび 親魚 を対 象に ,抗R.s.抗体 およぴR̲s.検出 調査 を実 施し た。BKDが 慢性 的に 発生 して いる ふ化 場の 幼魚 の43%以上か ら抗R.s.抗 体 が 検 出 され ,さ らにIFATによ り5〜7% の検 体か らR.s.が検 出さ れた こと か ら,幼 魚の 多く がR.s.に 感染 して いる 実態 が明 らか にな った。 これ に対 し,BKD発生歴の ないふ 化場 の幼 魚は 抗R.s.抗 体陰 性で あり ,IFATでもR.s.陰性であったことから,抗体検 出ELISAに より ,飼 育群としてのR.s.感染ある.いは感染履歴の把握が可能であることが示 された 。一 方, 親魚 の調 査で は, 捕獲 直後 に抗R.s.抗体 は検出 され なか った が,BKD発生 歴のあ るふ 化場 では 催熟蓄養後に親魚の33%が抗RIs.抗体陵陸となり,催熟蓄養中にR.s.
に感染 して いる 実態 が浮 かぴ 上が った 。と ころ で,本調査の予備試験では,抗R.s.抗体検 出結 果 ,IFATに よ るR.s.検 出 結 果 な ら び にBKD発 生 状況 に一 部矛 盾する 結果 が認 めら れ ―1220−
る個体が存在した。
そ こ で 第2章 で は , 抗R.s.抗 体 検 出ELISAお よ びR.s.直 接検 出法 の改 良を 行っ た。 ま ず , サ ク ラ マ ス にR.s.ホル マリ ン死 菌を 接種 し得 た抗R.s.抗体 陽性血 清をELISA発 色量 の 補 正基 準と し, 各検 体の抗体量を吸光値比(供試魚血清の吸光値/標準陽性血清の吸光値)
と し て 求 め る こ と で,ELISA吸 光値 の再現 性を 向上 させ た。 また ,サ クラ マス の抗 体活 性 が ,4℃ あ る い は‑20℃ で の30日 間 の 保 存 お よ び10回 以 内 の 凍 結 融 解 に 対 し安 定 で あ る こ とを 明ら かに した 。さらに,抗R.s.抗体吸収試験による発色量の大幅な減少船よぴ抗R.s.
ELISA抗 体 価 と抗R.s.凝 集 抗 体 価 と の 正 の 相 関 か ら, 本ELISAの 特異 性を 明ら かに した 。 次 い で ,R.s.の 直 接的 検出 法と して ,ま ず培 養法 につ いて 検討 したと ころ ,KDM‑2を用 い 15℃ で 培 養 し た と き のR.s.の 世 代 時 間 は 約18時 間 で あ っ た 。PCRの 検 出 感 度 は105 cells/mL程度で,病魚からのR,s.検出には支障は無いものの,感染初期あるいは不顕性感染 魚竣どRIs.が微量しか存在しない場合には検出不可能であった。これは,RIsIの核酸抽出効 率 が数 。/o程度 しか ないことに起因することが明らかとなった。そこで,培養法とPCRを併 用 し た 増 菌PCRつ い て 検討 した とこ ろ,7日間 の増 菌に より 検出 感度が100倍上 昇し たが , 腎 臓 か ら の 検 出 で は , 組 織 由 来 のRNAが 多 量 に 混 入し ,・PCRの 増幅 反応 が阻 害さ れる こ と が明 らか にな った 。こ の問題 は,RNase_PEG沈 殿法 によ る核 酸抽 出で 解決 されたが,操 作 が煩 雑と なり ,多 数の検体処理が必要な疫学調査には不向きであると考えられた。一方,
IW汀のR.s.検 出感 度は,約104Cells/mLで,増菌I恥ばによルサクラマス健常魚の8〜25% からR.s.が検出された。
第3章で は, 最適 化し たELISAを 用い ,ま ず病 歴の 異な るヤ マメ 養魚 場で 抗R.s.抗体 保 有 状 況 調 査 を 実 施 し ,EuSA吸 光 値 の 整 合性 に つ い て 検 証 し た 。 そ の 結 果 ,BKD発生 池 の 瀕死 魚で は,50% 以上 の検体 から 培養 法お よびIFATによりR●SIが検出され,33%の検体 が 抗RIs,抗 体検 出ELISAの吸光 値比 が0.20以上 を, さらに36% の検 体が 吸光 値比0.40以 上を示した。一方,発生歴のある養魚場では,270/oの検体が吸光値比0.20以上を示したも の の ,0.40以上 を 示 した 検体 はわ ずか3%で あっ た。 これ に対 し,BKD発 生歴 のな い養 魚 場では,多くの検体がO.20以下であった。ただし,BKD発生歴のない養魚場の2%く2/120冫 の 検体 からIWば 陽性 となる細菌が検出されたが,吉水ら(1987)は,R.s.と共通抗原を有 す る細 菌が 存在 する こと から, 血清 学的 検出 法を 用い る際 に配 慮す る必 要が あることを指 摘している。そこで,供試魚の腎臓よりR.s.と共通抗原を有する細菌を分離したが,.これ
ら 交 差 菌 を 抗 原 と し たELISAでは ,Rs.を抗 原と した とき の13%以 下の 発色 しか 認め られ ず , 交 差 菌 の 存 在 は 抗R.s.抗 体 検 出ELISA結 果に ほ と ん ど 影 響 し な い と 考 え ら れ た 。 以上 の結 果よ り, 抗R.s.抗 体ELISA吸 光値 比0.40以 上は 発症 ある いは 発症 寸前,吸光 値比0.20以上は少なくとも抗R.s.抗体を保有すると考えられ,吸光値比0.10〜0.20は抗R.s.
抗体擬陽性と判断できると結論付けた。
次い で,BKD発生 歴の ある ふ化場 と無 いふ 化場 のサ クラ マス 親魚 を対 象に 抗R.s.抗体 保有状況の調査を行った。抗RIs.抗体陽性率は共に1〜2%となり,親魚が河川遡上後にR.S・ に 感染す るこ とが 示唆 され た。 これ は, 河川 にご く僅かに存在するR.s.だけでなく,同じ 水 系で飼 育さ れて いる 幼魚 が主 なR.s.感 染源 とな っていると考えられた。一般にR.s.感染 親 魚は, 産卵 期にR.s.を放 出す ると され てい るこ とから,採卵場の排水を介した水平感染 が 起こる と考 えら れる 。採 卵親 魚お よぴ 一年 前に 孵化したスモルト生産幼魚が同じ施設内 で 飼育さ れる と, 両者 が汚 染源 とな り, 孵化 仔魚 ならぴに幼魚にRs‑:が感染し,サクラマ スふ化場の慢性的なBKD発生が続いていくものと考える。
以 上 の 結 果 か ら サ ク ラ マ スふ 化 場 に お け るBKD防除 対策 では ,一 般的 な魚 病対 策に 加え,(1)親魚の捕獲・催熟蓄養・採卵施設を幼魚飼育施設から可能な限り離すこと,(2)飼 育幼魚の抗R.s.抗体検査を定期的に実施し,R.s.感染状況をモニタリングし,R.s.感染群を 隔 離する こと ,上 記(1),(2)が 不可 能な 場合 ,(3)少なくとも1年以上スモルト生産を中止 し,R.s.感染環を断ち切ること,く4冫野生魚や放流魚の一部にR.s.感染魚が存在することを 前 提に, 万全 の防 除対 策を実施することが挙げられる。以上の4点を実施することにより,
サクラマスふ化場からR.s.が排除できると考える。
学 位 論 文 審 査 の 要 旨 主 査 教 授 吉水 守 副 査 教 授 田島研一 副査 助教授 西澤豊彦
学 位 論 文 題 名
サクラマスのスモルト生産における細菌性腎臓病原因菌の 感染環の形成とその防除対策に関する研究
サ ク ラ マ ス は シ ロ サ ケ に 次 ぐ 増 殖 対 象 魚 種 と し て 期 待 さ れ て い る が , そ の 回 帰 率 は シ ロ サ ケ の 約1/10程 度 で あ る 。 サ ク ラ マ ス の 回 帰 率 を 向 上 さ せ , 資 源 の 増 大 に 繋 げ る た め に , 稚 魚 を 降 海 型 幼 魚 と な る ま で1年 以 上 飼 育 す る 「 ス モ ル ト 生 産 」 が 実 施 さ れ て い る 。 し か し , 近 年 , 秋 ロ か ら ス モ ル ト 生 産 幼 魚 に 細 菌 性 腎 臓 病(BKD)に よ る 慢 性 的 な 死 亡 が 発 生 し 問 題 に な っ て い る 。 死 亡 は 長 期 間 継 続 し , 採 熟 畜 養 中 の 親 魚 へ の 水 平感 染も 疑わ れ るが , 病 魚 と 同 じ 飼 育 池 の 外 観 健 常 魚 か ら 原 因 菌(Renibacterium salmoninarum: R.s.)が 検 出さ れ る こ と は ほ と ん ど な い 。 そ の た め ,R.s.分 布 状 況 を 正 確 に 把 握 す る こ と が 出 来 ず , 感 染 経 路 , 放 流 魚 のR.s.感 染 の 有 無 は 不 明 で あ り , 防 除 対 策 を 確 立 す る こ と が 困 難 で あ る 。 そ こ で 本 研 究 で は , 従 来 のR.s.検 出 法 で あ る 培 養 法 ,IFATな ら び にPCRに 加 え , 抗 体 検 出 ELISAを 用 い た 調 査 を 実 施 し , サ ク ラ マ ス ふ 化 場 に お け るR.s.感 染 の 実 態 解 明 を 行 う と と も に ,BKD防 除 対 策 を 提 言 し た 。
ま ず , 抗 体 検 出ELISAを 用 い たR.s.感 染 状 況 の 実 態 を 把 握 す る た め , 病 歴 の 異 な る3箇 所 の ふ 化 場 の サ ク ラ マ ス 幼 魚 お よ ぴ 親 魚 を 対 象 に , 抗R.s.抗 体 お よ びR.s.検 出 調 査 を 実 施 し た 。BKDが 慢 性 的 に 発 生 し て い る ふ 化 場 の 幼 魚 の43% 以 上 か ら 抗R.s.抗 体 が 検 出 さ れ , さ ら にIFATに よ り5〜7% の 検 体 か らR.s.が 検 出 さ れ た こ と か ら , 幼 魚 の 多 く がR.s.
に 感 染 し て い る 実 態 が 明 ら か に な っ た 。 こ れ に 対 し ,BKD発 生 歴 の な い ふ 化 場 の 幼 魚 は 抗 R.s.抗 体 陰 性 で あ り ,IFATで もR.s.陰 性 で あ っ た こ と か ら , 抗 体 検 出ELISAに よ り , 飼 育 群 と し て のR.s.感 染 あ る い は 感 染 履 歴 の 把 握 が 可 能 で あ る こ と が 示 さ れ た 。 一 方 , 親 魚 の 調 査 で は , 捕 獲 直 後 に 抗R.s.抗 体 は 検 出 さ れ な か っ た が , 催 熟 蓄 養 後 に 親 魚 の33% が 抗R.s.抗 体 陽 性 と な り , 催 熟 蓄 養 中 にR.s.に 感 染 し て い る 実 態 が 浮 か び 上 が っ た 。 と こ ろ で , 本 調 査 の 予 備 試 験 で は , 抗R.s.抗 体 検 出 結 果 ,IFATに よ るR.s.検 出 結 果 な ら び に BKD発 生 状 況 に 一 部 矛 盾 す る 結 果 が 認 め ら れ る 個 体 が 存 在 し た 。 そ こ で , 抗R.s.抗 体 検 出ELISAお よ びR.s.直 接 検 出 法 の 改 良 を 行 っ た 。 ま ず , 抗R.s.抗 体 陽 性 サ ク ラ マ ス 血 清
を作 出し ,こ れをELISA発色 量の 補正 基準 とし ,各 検体の抗体量を吸光値比(供試魚血清 の吸光値/標準陽性血清の吸光値)として求めることで再現性を向上させた。また,抗R.s.
抗体 吸収 試験 によ る発 色量の大幅な減少および抗R.s. ELISA抗体価と抗R.s.凝集抗体価と の正の相関から,本ELISAの特異性を明らかにした。
次 いで ,R.s.の 直接 的検 出法 とし て, まず 培養 法にっいて検討したところ,KDM‑2を用 い15℃ で 培 養 し た と き のR.s.の 世 代 時 間 は 約18時 間 で あ っ た 。PCRの 検 出 感 度 は105 cells/mL程度 で, 病魚 の診断は可能であるが,不顕性感染魚からのR.s.の検出には不十分 であると考えられた。一方,IFATの検出感度は,約l04 cells/mLで,R.s.を増菌培養した 後にI脳rで検 出す る「 増菌IFAT」で は, サク ラマ ス健常魚の8〜25%からR.S.が検出さ れた。
最 適化 したELISAを 用い, まず 病歴 の異 なる ヤマ メ養魚場で抗R.S.抗体保有状況調査 を実 施し ,ELISA吸光 値の整合性にっいて検証した。その結果,BKD発生池の瀕死魚では,
50%以上の検体から培養法韜よびI脳rによりR.sIが検出され,69%の検体が抗R.S.抗体 検出ELISA吸 光値 比0.20以 上を 示し た。 一方 ,発 生歴の ある 養魚 場で は,30% の検体が 吸光値比O.20以上を示したが,発生歴のない養魚場では,多くの検体が吸光値比O.20以下 であ った 。た だし ,.BKD発 生歴 のな い養 魚場 の2%の検 体か らIWば陽 性と なる 細菌が検 出された。古水ら(1987)は,R.S.と共通抗原を有する細菌が存在することから,血清学 的検 出法 を用 いる 際に 配慮する必要があることを指摘している。そこで,供試魚の腎臓よ りR.S. と共 通抗 原を 有す る細 菌を 分離 した が, これら交差菌を抗原としたELISAでは,
R.S.を抗原としたときの13%以下の発色しか認められず,交差菌の存在は抗R.s.抗体検 出ELISA結果 にほ とん ど影響しないと考えられた。以上の結果より,吸光値比O.20以上は 抗R.S.抗体陽性と判断できると結論付けた。
本 判定 基準 に基 づき ,BKD発生 歴の ある ふ化 場と 無いふ化場のサクラマス親魚を対象に 抗R.S.抗体保有状況調査を行った。抗R.S.抗体陽性率は共に1〜2%となり,親魚が河川 遡上後にR.S.感染することが示唆された。これは,河川にごく僅かに存在するR.S.だけ でな く, 同じ 水系 で飼 育されている幼魚が主な感染源となっていると考えられた。一般に R.S.感染親魚は,産卵期にR●sIを放出するとされていることから,採卵場の排水を介した 水平 感染 が起 こる と考 えられる。採卵親魚およぴ一年前に孵化したスモルト生産幼魚が同 じ施 設内 で飼 育さ れて いると,両者が汚染源となり,孵化仔魚ならぴに幼魚にRISIが感染 し , サ ク ラ マ ス ふ 化 場 の 慢 性 的 なBKD発 生 が 続 い て い く も の と 考 え る 。 以 上 の 結 果 か ら サ ク ラマ スふ化 場に おけ るBKD防 除対 策では ,一 般的 な魚 病対 策に 加 え,(1)親魚の捕獲・催熟蓄養・採卵施設を幼魚飼育施設から可能な限り離すこと,(2)飼 育幼魚の抗R.S.抗体検査を定期的に実施し,RIs●感染状況をモニタリングしR.s.感染群を 隔離すること,上記(1),(2)が不可能な場合,(3)少なくとも1年以上スモルト生産を中止 し,RISI感染環を断ち切ること,(4)野生魚や放流魚の一部にRIsI感染魚が存在すること を前 提に ,万 全の 防除 対策 を実 施す るこ とが 挙げ られる。以上の4点を確実に実施するこ とにより,サクラマスふ化場からR.S.を排除できると考える。