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『うっほ物語』の「家」―主導権の逆転と変質― 学位論文内容の要旨

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Academic year: 2021

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(1)

博 士 ( 文 学 )    戸 田    瞳

学 位 論 文 題 名

『うっほ物語』の「家」―主導権の逆転と変質―

学位論文内容の要旨

本論文の内容は以下のとおりである。

序章

  『う っほ 物語 』 の研究は長ら く、成立年代や作者の特定 を図ることや、本文を確立さ せるこ   とに 重き が置 か れてきた。こ のうち特に本文については 、不明瞭な箇所や矛盾箇所が 依然と   して 数多 く存 在 しており、こ の点は新資料が発見されな い限りは如何とも処理し難い 。結果   とし て一 九七O年 代以 降 は、 現在 我々 が目 にすることの できる本文を尊重した作品論 が盛ん   に行 われ るよ う になった。そ の中で生まれたのが、いわ ゆる王権論や祝祭諭、描写論 、人物   論、 音楽 論、 宗 教論、絵解論 などである。本論文では、 これらのうち特に描写論と人 物論を   土 台 と し 、 こ の 物 語 に お け る 、 音 楽 や 政 治 を 軸 と し た 「 家 」 の 様 相 を 探 っ て い く 。 第一章

  いわゆる 若菜の女楽の描写に顕著なよ うに、『源氏物語』では、 演奏者の人物造型と音の特徴   との 如実 な連 動 が認められ、 それはひいては作品全体の 解釈へと繋げられてきた。だ が本章   では、『 源氏物語』に先んじて成立し た『うっほ物語』において も、既に人物造型と音楽との   関連 性を 見出 せ ることを確認 した。特に俊蔭一族に関し て言えば、琴の音が一族の在 り方と   関わ って くる の が男性、人と なりがより直接的に琴の音 と連動するのが女性と捉える ことが   でき よう 。ま た 、俊蔭一族以 外の人物についても、人物 造型の一部には音楽との関わ り方が   組み 込ま れて い る。音楽と人 物造型の関わりという、登 場人物の描き方の新たな方法 を切り   拓いたの は、『うっほ物語』であった と言える。

第二章

  源正 頼と いう 人 物は、典型的 な摂関政治の担い手と捉え られがちである。だがその実 、正頼   が行 った のは 、 あて宮求婚譚 を展開して世間の注目を集 めたこと、そして、仲忠とい う優れ   た人 物を 見出 し 、彼との繋が りを強めたというところま でであり、入内自体の主導権 は大宮   ら皇 族周 辺の 人 物の手にあっ たと言える。ただ、入内後 のあて宮は、その立場を利用 して宮   中を 動か すよ う になる。ここ に、皇室に動かされる立場 から皇室を動かす立場へとい う、主   導権 の逆 転が あ る。だがその 一方で正頼は、実質的な権 カを失いつっある。それは、 正頼の   存在 意義 があ て 宮求婚譚にこ そあったということに起因 していると考えられ、その役 割を終   え た 正 頼 は 、 も は や 権 カ か ら 突 き 放 さ れ た 描 き 方 を さ れ る し か な い 。 第三章

  中国には 古来、「君子左琴」または「 右書左琴」の思想が根付い ている。この思想については   既に、「 時をえた為政者」の琴と「時をえず隠居の君子」の琴という二面性が指摘されており、

  後者は俊 蔭に代表されるものと言って良い。一方、前者を体現する者はおらず、『うっほ物語』

  にお いて 琴と 政 治が同時に成 り立たないことを指摘した のが本章である。この作品に おける   「時 をえ た為 政 者」の琴は、 君子本人によって体現され るのではなく、周囲の人間に よって     ―32−

(2)

  奏 で ら れ た 琴を 君 子 が 価 値 付け 、 演 出 す ると い う 形 へ とず ら さ れ て いる 。 また、 『うっ ほ物 語』

  に お け る 「 君 子 」 は 表 立 っ て 対 立 せ ず 、 立 坊 争 い の 場 で も 、 仲 忠 は 表 立 っ て 異母 妹 梨 壷 に 加   勢 す る こ と を し な い 。 だ が 、 そ の 現 象 は す な わ ち 仲 忠 の 政 治 性 を 否 定 す る も ので は な く 、 彼   は こ の と き 既 に 、 立 坊 し た 次 期 春 宮 の も と に 娘 い ぬ 宮 を 入 内 さ せ る こ と を 見 据え て い た と 考   え ら れ る 。 仲 忠 は 源 氏 と の 関 係 を 友 好 な 状 態 に 保 っ た ま ま 、 し か し 仲 頼 の 子 ども た ち な ど を   巻き 込む形 で、次 代へ の足掛 かりを 築いて いく のであ る。

第四 章

  あて 宮の入 内に伴 い、 仲忠の もとに は朱雀 帝の女一の宮が降嫁したが、あて宮との結婚を望んでいた彼   にと って、 これは 不本 意な結 婚であ った。 皇女の降嫁をこのように受け止めていた仲忠、そして彼の属   する 琴の一 族は、 皇室 とどの ような 関係を 築いていくのか。これまでこの問題は、琴の家と朝廷を対立   する ものと 解釈す るか 、また は対照 的に、 俊蔭一族にとって帝は不可欠な存在であると解釈するかとい   う、 両極端 な捉え られ 方をし てきた ように 思うが、本論文ではこれを、反発するか否かのいずれか一方   に集 約でき る問題 では ないと 考える 。俊蔭 一族は、ときに皇室のカを利用し、秘琴を価値付けさせ、ま   た官 位も得 るが、 その 一方で は皇女 の琴を 批判し、皇室を琴から遠ざける。そして、弾琴を強要されよ   うと も、一 族の信 念に 適わな い限り はその 命令にも屈しない。皇室側がその事実に気付くことはなくと   も、 主導権 は常に 俊蔭 一族に 握られ ている と言 える。

第五 章

  仲 忠 の 父 兼 雅 に は 、 宰 相 の 上 と 呼 ば れ る 妻 妾 と 、 彼 女 と の 問 に 生 ま れ た 息 子 小君 が い た 。 従   来 、 宰 相 の 上 親 子 に 関 する 考 察 は 、 「 俊蔭 の 娘 と 宰 相の 上 」 「 仲 忠と 小 君 」 と いう 「 横 の 繋 が   り 」 に の み 目 を 向 け て 行わ れ て き た が 、本 論 文 で は 特に 「 縦 の 繋 がり 」 、 っ ま り血 縁 関 係 に 注   目 し た 。 彼 ら に は 、 俊 蔭 一 族 と 同 様 に 血 縁 に よ る 音 楽 の 相 伝 が 認 め ら れ る 他 、血 縁 者 間 に お   け る 人 物 描 写 の 相 似 が 見 え る 。 た だ 、 宰 相 の 上 親 子 は 俊 蔭 一 族 の 「 対 」 の よ うに 描 か れ な が   ら も 、 そ れ に 匹 敵 す る 在 り 方 を 貫 く こ と は で き な い 。 小 君 が 仲 忠 の 子 と し て 機能 し て い く 構   図 は 、 小 君 が 琵 琶 も ろ と も 俊 蔭 一 族 に 取 り 込 ま れ る と い う 形 で あ る 。 琵 琶 の 親子 た る 宰 相 の   上 親 子 は 、 「 縦 の 繋 が り」 と 「 横 の 繋 がり 」 、 そ し て音 楽 、 詩 、 漢籍 と い う 幾 重に も 重 な っ た   要 素 に よ り 、 琴 の 一 族 た る 俊 蔭 一 族 の 繁 栄 を 支 え 、 そ れ を 一 層 強 固 な も の に し て い く 。 第六 章

  涼 の 存 在 意 義 は 常 に 、 他 者 を 相 対 化 す る と い う 点 に あ っ た 。 吹 上 の 源 氏 と し て豪 奢 な 生 活 を   送 る 涼 は 、 琴 の 名 手 と し て 君 臨 し て き た 仲 忠 の 立 場 を 危 う く す る こ と で 、 彼 をあ て 宮 求 婚 譚   の 敗 者 の 位 置 へ と 弓 | き下 げ 、 さ ら に は、 擬 似 宮 中 とも 言 う べ き 空間 を 演 出 し てき た 正 頼 の 存   在 を も 相 対 化 し た 。 も っ と も 、 都 か ら 離 れ た 吹 上 に い た か ら こ そ 保 持 さ れ て きた 涼 の ア イ デ   ン テ ィ テ ィ は 、 上 京 と 同 時 に 失 わ れ て い る の で あ る が 、 そ の 中 で 、 涼 を 意 識 する 正 頼 像 が 依   然 と し て 変 わ っ て い な い こ と は 注 目 に 値 す る 。 そ れ は 、 仲 忠 と い う 次 代 を 担 う人 物 の 絶 対 性   を 保 証 す る と い う 、 次 な る 課 題 が 涼 に 課 せ ら れ た こ と に 起 因 し て い る と 思 わ れる 。 吹 上 時 代   に は 、 春 宮 入 内 と い う あ て 宮 求 婚 譚 の 結 末 を 弓Iき 出す 役 割 、 そ して 上 京 後 の 戯画 化 を 経 て 、   第 一 子 誕 生 後 に は 仲 忠 を 絶 対 化 す る 役 割 。 涼 の 変 質 に 次 ぐ 変 質 は 、 前 半 は 正 頼、 後 半 は 仲 忠   を中 心に展 開され てい ると言 える。

終章

  『 う っ ほ 物 語 』 の 「 家 」に つ い て 扱 っ た論 文 の 中 に は、 「 藤 氏 排 斥」 な る 偏 向 を読 み 取 っ た も   の も あ る が 、 本 論 文 に お け る 考 察 を 総 合 し て 見 る に 、 事 態 は 「 藤 氏 排 斥 」 ど ころ か 「 源 氏 排

―33一

(3)

斥 」 ま た は 「 藤 氏 躍 進 」 に 向 け て 舵 を 切 っ て い る 。 摂 関 の 権 カ を 描 か れな い 源 氏 お よび 正 頼 像 は 、 帝 を は じ め と し た 人 々 の 信 頼 を 集 め 、 確 固 た る 立 場 を 得 て い く 仲忠 の 姿 と は 対照 的 で あ り 、 源 氏 を 取 り 巻 く 状 況 が 真に 好 転 し て いる と は 言 い 難い の で あ る 。 また 、 『 う っ ほ物 語 』 は ー つ の 論 理 の も と に 成 り 立 って い る わ け では な く 、 「 家」 「 人 」 同 士 の関 係 も 、 立 場の 逆 転 や 変 質 で 構 成 さ れ て い る 。 そ の 中 で も 、 正 頼 を 中 心 と し た 源 氏 の 世 の 中か ら 仲 忠 率 いる 藤 氏 の 世 の 中 へ の 移 行 は 、 物 語 上 の最 も 大 き な 逆転 現 象 で あ ると 言 え る 。 こ の構 図 は 後 に 、『 源 氏 物 語 』 第 三 部 宇 治 十 帖 に お い て 、 源 氏 の 物 語 か ら 藤 氏 の 物 語 へ と い う 形で 再 現 さ れ てい る よ う に 思 う が 、 こ の 点 の 追 究 は 今 後 の 研 究 課 題 と し た い 。

―34―

(4)

学位論文審査の要旨 主査 副査

副査

教授 准教授 准教授

後藤 長谷川 小倉

学 位 論 文 題 名

康文 千尋 真紀子

『うっほ物語』の「家」―主導権の逆転と変質一

第1回 審 査委 員 会 第2回 審 査委 員 会 第3回 審 査委 員 会 第4回 審 査委 員 会 第5回 審 査委 員 会 第6回 審 査委 員 会

(平成 24 年12 月14 日)

(平成 25 年1 月 10 日)

(平成 25 年1 月 11 日)

(平成 25 年1 月 11 日)

(平成 25 年1 月 18 日)

(平成 25 年1 月 25 日)

1) 本 論文の 観点と 方法

  日 程 調 整 お よ び 査 読 の 開 始 。 論 文 内 容の 検 討 と質 問事項 等の整 理。

口述 試験 の実施および試験内容の検討。

学 位 授 与の 可 否 判定 および 意見交 換。

主査 によ る審査報告書案の作成と検討。

審査 報告 書の確 定。

  『 源 氏物 語』前 夜に完 成をみ たわが 国初 の本格 的長編 『うっ ほ物 語』は 、複雑 な成立 過程や 現存 本文の 抱 える 損傷 の多さ など が原因 して、 研究対 象と するに はかな りの覚 悟と秀 でた 能カが 要求さ れる厄 介な 作 品 とい える が、本 論文 は、そ うした 「難敵 」に 敢然と 対峙し て眼前 の沃野 を切 り拓こ うとす る意欲 作で あ る。

  そ の 方法 は、ま ずもっ て本文 の精密 な読 解に努 め立論 に必要 な箇 所を洗 い出し たのち に、そ れら を論理 的 に総 合し て独自 の仮 説を導 き論証 を図る とい うきわ めてオ ーソド ックス なも のであ り、そ の観点 は、 は じ めに この 物語を 濫觴 とする 人物描 写と音 楽描 写の連 動のあ り方に 着目し て清 原俊蔭 一族を 中心と した 登 場 人物 の造 型を押 さえ たうえ で、俊 蔭一族 や源 正頼家 ・皇室 といっ た「家 」同 士がそ れぞれ 音楽や 政治 を 軸 にい かな る関係 を築 いてい るのか 、さら には 、藤原 仲忠を 取り巻 く人物 、特 に宰相 の上( 藤原兼 雅の 妾 妻のひ とり )親子 や源涼 (仲忠 の好 敵手) が作中 でどの ように 機能 しているのかを探究するところにある。

2) 当該 研究領 域に おける 本論文 の成果

  本論 文 の主 部を構 成す る全六 章のう ち、源 正頼 像を克 明に追 尋しそ の役割 を明 らかに した第 二章は 査 読 付 き全 国 誌に、 音楽描 写と 人物造 型との 有機的 連関を 余す ところ なく論 じた第 一章 、俊蔭 一族と 皇室 と の カ関 係 を解明 した第 四章 、宰相 の上親 子が楼 上・上 巻に おいて 突如ク ローズ ・ア ップさ れる意 味を 鮮 や かに 読 み解い た第五 章は 、いず れも査 読付き 学会誌 また は論集 に発表 済みの 学術 論文を 基にし てお り 、 本申 請 者は、 斯界に おい てすで に高い 声価を 得てい ると いえる 。のみ ならず 、新 たに書 き下ろ され

−35−

(5)

たニつ の章 、すな わち、 「うつ ほ物 語』に おいて は琴と 政治が 共栄 できな いことを説いた第三章、常に他 者 を相 対 化 し 続け る源涼 の機能 を指摘 した第 六章 ともに 新見に 富んで おり 、これ らを卜 ータル した本 論 文 は、 十 分 な 統一 性を有 する優 れた『 うつほ 物語 』論と してき わめて 高い 次元に 到達し ている と判断 さ れる。

  も っ と も 、 論述が ともす ると図 式的 になり がちで 説明不 足な箇 所が 散見さ れる点 、申請 者の 呈示し た 同 じ材 料 か ら 別の 読み方 ができ る部分 もある 点、 平安朝 当時の 「家」 の概 念を再 確認す る必要 がある の で はな い か と いう 点等、 不満の 残る面 も確か にあ る。し かしな がら、 そう した問 題点を 差し引 いても な お 本論 文 の 価 値は さして 揺らぐ もので はなく 、こ れらは むしろ 、本申 請者 が今後 さらに 研究を 積み重 ね 本論文 を核 とした 著書を 上梓す るま での、 良い意 味での 課題と なろ う。

3) 学 位 授 与 に関す る委員 会の 所見

  以 上 の よう な審 査結果 により 、本審 査委 員会で は、全 員一致 して本 申請 論文が 博士( 文学) の学 位を 授与 さ れ る に ふさ わ し い も ので あ る と 認 定し た 。

―36―

参照

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