炎 症 性 腸 疾 患 に お け る
Notch分子と制御
Notch signaling in pathgenesis of inflammatory bowel diseases
岡本 隆一・渡辺 守
東京医科歯科大学大学院 消化器病態学消化管先端治療学
Key Words: Notch, Goblet cells, Inflammatory bowel disease, Mucosal healing 岡本 隆一(おかもと りゅういち) 1996年東京医科歯科大学医学部卒業。 2004年東京医科歯科大学大学院卒業 (医学博士)'04年学術振興会特別研究 員。'07年〜現職,東京医科歯科大学大 学院消化管先端治療学 准教授。研究テ ーマ:消化管上皮の分化・再生 ■はじめに 炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎・クローン病)は腸 管粘膜の炎症を主徴とする原因不明の難病として 良く知られている。しかしながら,同時に多彩な 上皮細胞の変化を来すことはあまり知られていな い。さらに,炎症が収束してもなお,粘膜修復が 滞るケース,あるいは長期経過の末に「発ガン」 する例も少なくない。このような臨床的知見はリ ンパ球を主体とするいわゆる炎症細胞に加え,上 皮細胞が病態の重要な要素を占めていることを明 確に示しているにも拘わらず,これまで病態解明 を目指した多くの研究が上皮細胞の役割を明らか にすることを置き去りにしてきたという乖離があ った。 しかしながら,抗TNF-α抗体の登場を契機とし た臨床現場における炎症制御の飛躍的な進歩は, 治療の更なるステップアップを目指す上で「炎症」 そのものから「上皮再生・修復」へと対策の重点 が大きくシフトする原動力となった。「粘膜治癒 (=Mucosal Healing)」とは炎症の収束に加え,顕 微鏡レベルを含めた潰瘍の治癒を指すが1),炎症 性腸疾患における治療のゴールラインとして「粘 膜治癒」がキーワードとなっている。実際,長期 経過に於ける手術率,再燃率といった指標が「粘 膜治癒」達成の有無によって大きく規定されてい ることが大規模なコホートを用いた解析結果から 次々と明らかにされている2〜4)。しかし臨床的な 意義が高まる一方,「粘膜治癒」の有無がどのよう な機序で規定されているか,といった疑問に対し, 分子レベルでこれを明確に説明し得る研究成果は これまで示されてこなかった。 我々は炎症性腸疾患において,“杯細胞の減少” や“パネート細胞化生”といった特徴的な上皮分
■Ryuichi Okamoto, Mamoru Watanabe
Department of Gastroenterology and Hepatology, and Department of Advanced Therapeutics in GI Diseases, Graduate school, Tokyo Medical and Dental University.
炎症性腸疾患の治療においては,抗TNFα抗体の様な画 期的な「抗炎症」治療の登場に伴い,「粘膜治癒」の重 要性に注目が集まってきている。強力な免疫調節によ る炎症の制御に加え,正常粘膜への再生・修復が臨床 的な予後を予想以上に規定していることが明らかとな り,これを制御する分子機構の解明が研究の焦点とな っている。我々は炎症性腸疾患を最も特徴づける粘膜 上皮の変化として挙げられる“杯細胞の減少”と“パ ネート細胞化生”に注目し,これらを制御する分子機 構の解明を通して,炎症粘膜修復におけるNotchシグナ ルの重要性を明らかにした。同シグナルは炎症粘膜修 復のキーシグナルとして上皮細胞分化・増殖を制御し ていると考えられ,同シグナル制御を目指した分子標 的治療により,現行治療で達成し得ない,炎症性腸疾 患における高い粘膜治癒率を達成できる可能性がある。
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自己免疫疾患における
TNFの役割とその制御
The role of TNF in autoimmune diseases and its therapeutic regulation
亀田 秀人・竹内 勤
慶應義塾大学医学部内科学教室リウマチ内科
Key Words: Lymphotoxin, macrophage, rheumatoid arthritis 亀田 秀人(かめだ ひでと) 1990年慶應義塾大学医学部卒業。'97〜 2000年米国NIEHS/NIH客員研究員。埼 玉医科大学総合医療センターを経て, '09年12月より現職。研究テーマ:膠原 病に合併する急速進行性間質性肺炎の 病態解明,および免疫疾患における生 物学的製剤の至適投与法の探究 ■TNFとは
腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor; TNF)は腫 瘍に出血性壊死を誘導する物質として見いだされ た 1)。主にマクロファージから産生されるTNFと, リンパ球から産生されlymphotoxin(LT)と呼称さ れた物質が約30%のアミノ酸相同性を認め,受容 体を共有するため,TNFがTNFα,LTがTNFβと された。しかし後者はリンパ組織の発生と構築に 必須である分子群で,TNFβ(すなわちLTα)はホ モ3量体の可溶型蛋白や,LTβとのヘテロ3量体膜 型蛋白を形成することが明らかとなっている。 ■膜型TNFと可溶型TNF TNFは単球/マクロファージをはじめ,リンパ 球や好中球などその他の白血球,血管内皮細胞, 平滑筋細胞,線維芽細胞,骨芽細胞などから前駆 体である26 kDa(223アミノ酸)のII型細胞膜貫通 糖蛋白として産生される。遺伝子座はTNF-βや補 体遺伝子と同様,ヒト第6染色体の主要組織適合抗 原遺伝子座に存在する。このホモ3量体前駆体が TNFα変換酵素(TACE)により切断され,17 kDa (157アミノ酸)のホモ3量体分泌型サイトカインと なる(図1)。いずれも細胞表面の特異的受容体と 結合することで多彩な生物学的作用を示す。TNF 受容体には分子量55-60 kDaのTNF-R1(CD120a) と75-80 kDaのTNF-R2(CD120b)の2種類が存在し, いずれにもTNFαとTNFβの両者が結合しうる。 ■TNF受容体からのシグナル伝達 TNF-R1とTNF-R2はともにI型膜貫通型糖蛋白で ある 1)。TNF-R1はユビキタスに発現しており, TNF-R2は主に血球系細胞と血管内皮細胞に発現が 見られる。いずれも3量体を形成して,高親和性に 3量体リガンドと結合するが,TNF-R1よりTNF-R2 腫瘍壊死因子(TNF)はマクロファージなどから産生 されるサイトカインで,免疫と炎症の広い範囲にわた って重要な役割を果たしている分子である。患者にお ける発現増強の観察にはじまり,過剰発現動物やモデ ル動物における選択的阻害による“proof-of-concept” の手順によって,様々な疾患との関連が明らかとなっ た。臨床におけるTNFの最適な制御は多くの免疫・炎 症性疾患において画期的なリスク・ベネフィットのバ ランスを示し,適応疾患が国内外で拡大している。さ らに詳細な解明が進むことにより,どの患者に,どの 製剤を,いつからいつまで投与するのが最善かをかな り正確に事前判断することが可能になるであろう。
■Hideto Kameda, Tsutomu Takeuchi
の方が,やや親和性が高い。また,膜型TNFαは 可溶型に比べてTNF-R2に対する刺激活性が高い2)。
TNF-R1は細胞質内にdeath domainを有し,TNF が結合すると図1に示すシグナル伝達の機序によ りアポトーシスが誘導される 3)。NF-κB(nuclear
factor of kappa B)やJNK(c-Jun NH2-terminal kinase) といった転写因子の活性化により,炎症の病態に 大きく関与する。 ■TNFの過剰発現により生じる病態 LPS刺激によるTNFの産生亢進は3倍程度の転写 活性亢進より50倍に及ぶmRNA安定化の寄与が大 きく,ここに3'-非翻訳領域のAU-rich配列が大きく 関与している。これを利用して,1991年にKefferら はヒトβ-グロビン遺伝子の同領域をヒ トTNF遺伝子の該当領域に組み換えて, ユビキタスに安定したTNF発現を示すト ランスジェニックマウスを作成した 4)。 これにより滑膜の増生,炎症細胞浸潤, パンヌス形成,関節破壊などRAに合致 する組織学的所見を呈する関節炎を発 症し,抗TNFモノクローナル抗体の投与 で完全に抑制されることも示した。こ のTNF-mRNAの分解に重要な分子であ るトリステトラプロリン(TTP)の末梢 血単核球における遺伝子発現は,RA患 者においては健常人に比較して低下し て,逆にTNFの発現は亢進している5)。 また,2006年に膜型TNFのみを発現し たマウスを作成したところ強直性脊椎 炎に酷似した脊椎病変や関節炎を発症 し,PEG(ポリエチレングリコール)化 TNF-R1,あるいはTNF-R2とIgG-Fcの融 合蛋白により症状が緩和されることが 示された 6)。 ■各種疾患におけるTNF阻害療法の 有効性 抗TNFモノクローナル抗体(インフリ キシマブ,アダリムマブなど)やTNFR2-IgGの受 容体融合蛋白製剤(エタネルセプト)は関節リウ マチの治療目標を寛解にまで高めた(図2)。他に も40を越える疾患に対して臨床試験が行われてお り,わが国で保険承認されている疾患,すなわち 関節リウマチに加えてクローン病,潰瘍性大腸炎, ベーチェット病,乾癬の他にも,例えばインフリ キシマブはサルコイドーシス,ウェジナー肉芽腫 症,顕微鏡的多発血管炎,成人Still病など有望な 疾患が数多くある(表)7)。抗体製剤の共通点は 膜型あるいは可溶型TNF分子を架橋しうることで あり,特異な“outside-in”シグナルを誘導できる かもしれない。これに対してエタネルセプトは受 容体製剤であり,(リウマトイド因子による架橋が 図1 TNFの分子動態と阻害製剤の作用 TNFはホモ3量体としてマクロファージなどの細胞膜表面に発現 し,TACE(TNF α converting enzyme)により酵素的に切断された ものが可溶型TNF(sTNF)として遊離されサイトカインとなる。 TNF受容体には恒常的に発現するp55と炎症などにおいて発現誘導 されるp75があり,これらもホモ3量体である。膜型TNF(mTNF) はp75,sTNFはp55に結合しやすく,また当初p75に結合したsTNF がp55に渡される仕組みも知られる。いずれの受容体の下流にも NF(nuclear factor)-κBが存在するが,p55の内在化はcaspaseの活 性化によるアポトーシスにもつながる。一方,抗TNF抗体製剤は mTNFに結合してreverse signalingを生じる。
19 (1095) Key Words: Interleukin 6, Immune inflammatory disease, Tocilizumab
村上 美帆(むらかみ みほ) 2001年 ア ラ バ マ 大 学 生 物 学 部 卒 業 , 2002年アラバマ大学疫学部修士課程修 了,2010年アラバマ大学病理学部博士 課程修了,2010年現任。研究テーマ: 抗体治療,遺伝子治療,悪性中皮腫
■Miho Murakami, Masashi Wada, Norihiro Nishimoto
Laboratory of Immune Regulation, Wakayama Medical University
炎症性免疫疾患における
IL-6分子と制御
Interleukin 6 in immune inflammatory diseases and the regulation as a therapy
村上 美帆・和田 雅史・西本 憲弘
和歌山県立医科大学免疫制御学講座 ■はじめに 生体がウィルス・細菌などの感染や物理・化学 的侵襲を受けると炎症反応が生じる。炎症局所で は,発赤,熱感,疼痛,腫脹が生じる。一方,全 身症状として,発熱,食欲不振,全身倦怠感など が現れる。 このような炎症反応には,炎症メディエーター であるIL-6,TNF等のサイトカインが関与してい る。キャッスルマン病や関節リウマチなどの炎症 性免疫疾患の根本原因は未だ明らかではないが, 病態形成には,それらの炎症性サイトカインの持 続的な過剰生産が関わっており,病態の増悪とも 関連している1)。それらの病態形成のメカニズム を明らかにするために,現在,炎症メディエータ ーの過剰産生機構の解明とともに,それらの炎症 性メディエーターの働きを阻害する治療法の開発 が行われている。 本稿では,炎症性メディエーターの1つである IL-6に焦点を当て,IL-6の炎症性免疫疾患との関わ り合い,臨床への応用について解説する。 ■IL-6の役割 IL-6は,B細胞を抗体産生細胞に分化させるB細 胞刺激因子2(BSF-2)として同定され,1986年に 平野らによって,その遺伝子がクローニングされ た2)。その後,それはInterferon(IFN)beta2,hybridoma plasmacytoma growth factor,hepatocyte stimulating factor,あるいは,26 KD proteinという 異なる機能分子として,世界中の様々な研究室で 研究されてきた分子と同一であるということが分 かり,それらを統一して,IL-6と名付けられた。 この発見の経緯からもIL-6の多彩な生理作用がう Interleukin-6(IL-6)は多彩な生理作用を有するサイト カインであり,免疫応答や炎症反応の調節においても 重要な役割を果たしている。その役割は恒常性維持に とても重要であるが,IL-6の過剰産生が長期に持続する と様々な病態を引き起こすことが報告されている。多 くの炎症性免疫疾患の根本的な原因は未だ明らかでは ないが,病態形成にIL-6の過剰産生が関わっている。こ のことより,過剰なIL-6のシグナルを遮断する分子標的 治療が考案され,我が国オリジナルの初の抗体医薬と して,ヒト化抗IL-6受容体抗体,トシリズマブが開発さ れた。そして,世界に先駆けて,キャッスルマン病(CD), 関節リウマチ(RA),全身型ならびに多関節型若年性特 発性関節炎に対する治療薬として承認された。本稿で は,トシリズマブの治療効果を踏まえ,炎症性免疫疾 患とIL-6の関わり合いについて解説する。
かがえる。 IL-6はB細胞を抗体産生細胞に分化させる。実際, ヒトIL-6トランスジェニックマウスでは,高ガン マグロブリン血症が見られる3)。これは自己免疫 疾患を含む炎症性免疫疾患に特徴的な所見の一つ である。また,急性期反応では,肝臓からのC反 応性タンパク(CRP),血清アミロイドA(SAA) やフィブリノーゲンなど急性期タンパクの産生を 誘導し,アルブミンの産生は抑制する。すなわち, 炎症性免疫疾患で見られる炎症マーカーの異常も IL-6の過剰で説明できる。更に,造血系において は,IL-6が末梢血中の白血球数や血小板数の増加 を引き起こすだけではなく,慢性炎症性貧血にも 関わっている。これは,肝細胞からの鉄代謝の重 要な調節因子であるヘプシジンの産生を刺激し, 増加したヘプシジンが腸管からの鉄の吸収と網内 系の細胞からの鉄の放出を抑制することによる4)。 また,IL-6は発熱や倦怠感などの全身症状を引き 起こす。 RAにおいて,IL-6は血管内皮増殖因子(VEGF) の産生を促し,滑膜増殖に不可欠な血管新生に関 係している。更に,破骨細胞への分化を誘導する とともに,マトリックス分解酵素の産生を促し, 骨・軟骨の関節破壊におけるキープレーヤーとな っている1)。 IL-6はT細胞の増殖や分化にも関わっており,最 近では,IL-17を産生し自己免疫反応やアレルギー 反応に関わるTh17細胞の分化に関与することが報 告されている5)(図1)。 これらの現象は,多くの炎症性免疫疾患で共通 に認められる異常所見である。従って,IL-6の作 用を阻害によることにより,炎症性免疫疾患の病 態の改善が期待されることから,その阻害剤の開 発が行われた。 ■IL-6受容体のシグナル伝達と その阻害剤トシリズマブ IL-6のシグナル伝達は,IL-6がIL-6の受容体(IL-6R)に結合することから,開始される。IL-6の受 容体システムは,IL-6が特異的に結合する80kDaの IL-6Rと130kDaの糖タンパクであるgp130から構成 される。IL-6は,細胞膜上に存在するIL-6Rと結合 すると,IL-6/IL-6R複合体を形成する。このIL-6/IL-6R合体はgp130と会合し,gp130の2量体形成 を誘導し,gp130を介して細胞内へシグナルを伝え る。IL-6Rには,可溶型IL-6R(sIL-6R)が存在し, 図1 IL-6の過 剰産生によって 生じる病態