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期間計算と真実性概念--模写的真実性と構成的真実性---香川大学学術情報リポジトリ

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香 川 大 学 経 済 論 叢 第68巻 第 2・3号1995年11月 279-306

期間計算と真実性概念

一一模写的真実性と構成的真実性一一

井 原 理 代

1 は じ め に わが国の企業会計原則は,一般原則の官頭において,真実性の原則を掲げ, 「企業会計は,企業の財政状態及び経営成績に関して,真実な報告を提供する ものでなければならない」と規定している。この真実性の原則は,真実な財務 諸表の作成を要求するものであり,企業会計の全領域を支配する最高の規範原 則である。しかし,この原則における真実性は,絶対的,普遍的なものではな くて,相対的,制度的なものといわれる。 このように,会計における真実性概念は,いわばその中心概念でありながら 限界を有するという特徴的なものとなっている。それゆえ,この概念について はあまた考察がなされてきているが,ここにあらためて整理してみることは, 現今,企業会計のあり方をめぐるさまざまな考量のただなかにあるのであって みれば,あながち無益なことではないであろう。 そして,われわれは,会計における真実性の問題について取り扱った先覚の 人としと,リーガーの名を挙げることができる。すでにみたように,彼は,全 体計算の真実性と期間計算の真実ならざる性格を特徴づけている。このような リーガーの見解に関して,われわれは,真実性概念が認識的側面からではなく 評価的側面から取り扱われていることを明らかにした。彼においては r真実 (1) 拙稿「期間計算の擬制性 期間計算の真実性に関するリーガーの所説によせて ー Jr香川大学経済論叢』第45巻第4号(1972年10月), 96-123ページ。 香 川 大 学 経 済 論 叢 第68巻 第 2・3号1995年11月 279-306

期間計算と真実性概念

一一模写的真実性と構成的真実性一一

井 原 理 代

1 は じ め に わが国の企業会計原則は,一般原則の官頭において,真実性の原則を掲げ, 「企業会計は,企業の財政状態及び経営成績に関して,真実な報告を提供する ものでなければならない」と規定している。この真実性の原則は,真実な財務 諸表の作成を要求するものであり,企業会計の全領域を支配する最高の規範原 則である。しかし,この原則における真実性は,絶対的,普遍的なものではな くて,相対的,制度的なものといわれる。 このように,会計における真実性概念は,いわばその中心概念でありながら 限界を有するという特徴的なものとなっている。それゆえ,この概念について はあまた考察がなされてきているが,ここにあらためて整理してみることは, 現今,企業会計のあり方をめぐるさまざまな考量のただなかにあるのであって みれば,あながち無益なことではないであろう。 そして,われわれは,会計における真実性の問題について取り扱った先覚の 人としと,リーガーの名を挙げることができる。すでにみたように,彼は,全 体計算の真実性と期間計算の真実ならざる性格を特徴づけている。このような リーガーの見解に関して,われわれは,真実性概念が認識的側面からではなく 評価的側面から取り扱われていることを明らかにした。彼においては r真実 (1) 拙稿「期間計算の擬制性 期間計算の真実性に関するリーガーの所説によせて ー Jr香川大学経済論叢』第45巻第4号(1972年10月), 96-123ページ。

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-280 香川大学経済論叢 476 の」という評価的用語を冠することができるために成果計算が持たねばならな い条件を「全的かつ確定的な貨幣形態におげる」貨幣比較計算と規定し,それ ゆえに,期間計算について真実性はありえず,それはいわば本有的に擬制的で あるとされる。だからこそ,真実の対概念は擬制ないし作為となっているので ある。 このようなリーガーの真実性概念の捉え方は,会計における真実性を相対的 真実性とみなす上記の捉え方とは異なるように思われる。ここで、は,絶対的真 実と相対的真実という対概念が問題になっている。では,ー般的には,真実性 概念はどのように取り扱われているのだろうか。 そこで,本稿では,まず真実性に関するリーガーの見解にいま一度検討を加 え,ついでレフソンの所説およびわが固における代表的な見解を中心に考察す ることによって,それぞれにおける概念がどのように捉えられているかを尋ね る。そうして,それらを比較考量することによって,会計における真実性概念 の明確化を試みたいと考える。 2 真実性に関するリーガーの見解 真実性に関するリーガーの見解が,彼の企業成果計算論のなかで取り扱わ れ,期間計算の真実ならざる性格とその擬制が特徴づけられたことはすでにみ たところであるが,この見解として,さらにつぎの二つを挙げることができる。 その一つは,リーガーによるシユマーレンバッハ批判の結論部ぷ)において,彼 があらためて自らの成果概念を定義づけ,成果計算を論じている論調のうちに みられる。彼は,成果を定義づけ Iより以前の貨幣在高を超える(実際に実 在する)貨幣余剰である」という。この定義から明らかなように,リーガーに とって成果計算の対象となる成果は貨幣余剰であり,成果計算は貨幣計算i以外 ありえない。このことは,企業成果計算論のなかで,企業計算は貨幣経済を本 (2) Rieger, W, Schmalenbach Dynamische Bilanz一一-Eineknusche Unter.suchung

Stuttgart und KδIn, 1936, SS 13i-140

( 3) Rieger, W, a. a.0, S. 137 280 香川大学経済論叢 476 の」という評価的用語を冠することができるために成果計算が持たねばならな い条件を「全的かつ確定的な貨幣形態における」貨幣比較計算と規定し,それ ゆえに,期間計算について真実性はありえず,それはいわば本有的に擬制的で あるとされる。だからこそ,真実の対概念は擬制ないし作為となっているので ある。 このようなリーガーの真実性概念の捉え方は,会計における真実性を相対的 真実性とみなす上記の捉え方とは異なるように思われる。ここでは,絶対的真 実と相対的真実という対概念が問題になっている。では,←般的には,真実性 概念はどのように取り扱われているのだろうか。 そこで,本稿では,まず真実性に関するリーガーの見解にいま一度検討を加 え,ついでレフソンの所説およびわが固における代表的な見解を中心に考察す ることによって,それぞれにおける概念がどのように捉えられているかを尋ね る。そうして,それらを比較考量することによって,会計における真実性概念 の明確化を試みたいと考える。 2 真実性に関するリーガーの見解 真実性に関するリーガーの見解が,彼の企業成果計算論のなかで取り扱わ れ,期間計算の真実ならざる性格とその擬制が特徴づけられたことはすでにみ たところであるが,この見解として,さらにつぎの二つを挙げることができる。 その一つは,リーガーによるシユマーレンバッハ批判の結論部ぷ)において,彼 があらためて自らの成果概念を定義づけ,成果計算を論じている論調のうちに みられる。彼は,成果を定義づけ Iより以前の貨幣在高を超える(実際に実 在する)貨幣余剰である」という。この定義から明らかなように,リーガーに とって成果計算の対象となる成果は貨幣余剰であり,成果計算は貨幣計算以外 ありえない。このことは,企業成果計算論のなかで,企業計算は貨幣経済を本 ( 2 ) Rieger, W, Schmalenbach Dynamische Bilanz--Eine knusche Unter.suchung一一ー Stuttgart und Koln, 1936, SS 13i -140 ( 3) Rieger, W, a. a.0, S. 137

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477 期間計算と真実性概念 -281 質とする全体経済に規定されるという貨幣思考の観点から,展開されたところ であるが,ここにおいて,ふえんされているのである。すなわち,-経営のす べての給付と費消は計算上貨幣形態だけで発生しかっ決済される」のだから, 企業計算は貨幣を用いる以外ない。「確かに,自動車工場では,自動車が生産 されるのであって,紙幣ではなく,同様に鉱山では,カリ塩や石炭や鉄鋼が採 掘されるのであって,硬貨ではない。また,われわれは,貨幣を食べるわけで も着るわけでもない。しかい れい財貨の計算は行われないで,貨幣計算と称 される一つの統一的な計算が行われる」と。 こうして,リーガーは,貨幣思考に基づき,成果を定義づけ,貨幣計算とし ての成果計算を主張するのであるが,ここで再度,その定義に注目したい。そ れによると,成果計算の対象となる成果は, ,-(実際に実在する)貨幣余剰」だ といい,成果に実在性が求められているO われわれはすでに,リーガーがシュ マーレンバッハの説く収益・費用計算を純粋なる思考上の誘導ないし計算的操 作にすぎないとして批判し,他方,収入・支出計算としての成果計算,ほかな らぬ貨幣計算としてのそれを現実の事象の把握によるゆえに主張したことを承 知している。このような成果の定義づけが,その批判や主張と基軸をーにする ことは明らかであり,この定義に関して付言されるつぎの叙述は,とりもなお さずその批判や主張の明確な展開とみなすことができるであろう。すなわち, 「成果は,計算によって生じるのではなくて作り出されて』いなければなら ない。それは,実際に,われわれの前に具体的であらねばならない。それは, 計算によっては単に確認され,その存在に従って明示されるにすぎない。 計算によって表明される成果は,現金の貨幣で実在しなければならない」 と。 このように,成果を実際に実在する貨幣余剰と定義づけたリーガーは,企業 (4) ebenda. ( 5) Rieger, W, a. a.0 , S 138 (6 ) 拙稿「リーガー会計構造観の二元性JI国民経済雑誌』第17巻第4号(1995年10月), 1 -20ページ。 ( 7 ) Rieger, W , a. a.0 , S. 137 477 期間計算と真実性概念 -281 質とする全体経済に規定されるという貨幣思考の観点から,展開されたところ であるが,ここにおいて,ふえんされているのである。すなわち,-経営のす べての給付と費消は計算上貨幣形態だけで発生しかっ決済される」のだから, 企業計算は貨幣を用いる以外ない。「確かに,自動車工場では,自動車が生産 されるのであって,紙幣ではなく,同様に鉱山では,カリ塩や石炭や鉄鋼が採 掘されるのであって,硬貨ではない。また,われわれは,貨幣を食べるわけで も着るわけでもない。しかい れい財貨の計算は行われないで,貨幣計算と称 される一つの統一的な計算が行われる」と。 こうして,リーガーは,貨幣思考に基づき,成果を定義づけ,貨幣計算とし ての成果計算を主張するのであるが,ここで再度,その定義に注目したい。そ れによると,成果計算の対象となる成果は, ,-(実際に実在する)貨幣余剰」だ といい,成果に実在性が求められているO われわれはすでに,リーガーがシュ マーレンバッハの説く収益・費用計算を純粋なる思考上の誘導ないし計算的操 作にすぎないとして批判し,他方,収入・支出計算としての成果計算,ほかな らぬ貨幣計算としてのそれを現実の事象の把握によるゆえに主張したことを承 知している。このような成果の定義づけが,その批判や主張と基軸をーにする ことは明らかであり,この定義に関して付言されるつぎの叙述は,とりもなお さずその批判や主張の明確な展開とみなすことができるであろう。すなわち, 「成果は,計算によって生じるのではなくて作り出されて』いなければなら ない。それは,実際に,われわれの前に具体的であらねばならない。それは, 計算によっては単に確認され,その存在に従って明示されるにすぎない。 計算によって表明される成果は,現金の貨幣で実在しなければならない」 と。 このように,成果を実際に実在する貨幣余剰と定義づけたリーガーは,企業 (4) ebenda. ( 5) Rieger, W, a. a.0 , S 138 (6 ) 拙稿「リーガー会計構造観の二元性JI国民経済雑誌』第17巻第4号(1995年10月), 1 -20ページ。 ( 7 ) Rieger, W , a. a.0 , S. 137

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478 の成果計算について,当該企業が短期的であるか長期的であるかにかかわらず 「企業で貨幣だけが所有される状態にある場合にのみ可能であり, 香川大学経済論議 ~282 それ以外 は,いっさい不可能である。その場合にのみ,企業の財産は明白に確定してお り,表明される成果は,終末貨幣在高の部分として実在している」 と

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命じるこ その論調自体は占成果計算を「全的かつ確定的 とになる。繰り返していえば, これまでのものと な貨幣形態における」貨幣比較計算以外ありえないとする, 何ら変わるものではない。 このようなリーガーの論調のうちにこれまで必ずし も見い出しえなかった真実性概念を鮮明にする見解をうかがえるように思われ る。そこでは,成果は「作り出されてJ I実際にJ I具体的にJ I実在しなけれ ばならない」ものであり,他方,成果計算はそれを「確認」し「明示」 われわれには, しかし, し「表 そのような成果と成果計算が可能であるのは,企 業の終末時だけであることから,全体計算のみが真実の成果計算であり,期間 明」するものと主張される。 計算は真実ならざる性格をもっとあらためて特徴づけられた。付言すれば,期 間計算で作成される「貸借対照表は,実在する成果を確認しえない」ため,真 実ならざるものというのである。そうならば,リーガーにあって,真実性が語 これ それは, られるとき,成果計算によってその対象としての成果が確認されること, すなわち,両者の一致が想定されているとみなせるであろう。 ここで,真実性に関するリーガーのもう一つの見解に目を移そう。 貸借対照表の真実性に関する見解である。そこでは, リーガーは,貸借対照 表を「一定時点における企業の価値を確定する目的を持った,計量的な叙述」 と規定し,したがって「貸借対照表が真実であるかどうかは,評価に依存する」 と考える。だから,貸借対照表が真実であるためには,企業の財産が,正しく, ( 8 ) Rieger, W, a.. a.0, S..138. (9) Rieger, W, a. a.0, S. 139.

(10) Rieger, W ,“Was ist Bilai1zwahrheit?--Betrachtung巴n zur kommenden

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ahresabschlusbilanz-一一"Wurftembergisιhe Wzrts正hajts-Zeitschrijt,Nr 51/52(1937), S951-952 (11) Rieger, W, a. a. 0 ,S 951. (12) ebenda. 282 香川大学経済論叢 478 の成果計算について,当該企業が短期的であるか長期的であるかにかかわらず 「企業で貨幣だけが所有される状態にある場合にのみ可能であり,それ以外 は,いっさい不可能である。その場合にのみ,企業の財産は明白に確定してお り,表明される成果は,終末貨幣在高の部分として実在している」と論じるこ とになる。繰り返していえば,その論調自体は占成果計算を「全的かつ確定的 な貨幣形態における」貨幣比較計算以外ありえないとする,これまでのものと 何ら変わるものではない。 しかし,われわれには,このようなリーガーの論調のうちにこれまで必ずし も見い出しえなかった真実性概念を鮮明にする見解をうかがえるように思われ る。そこでは,成果は「作り出されてJ I実際にJ I具体的にJ I実在しなけれ ばならない」ものであり,他方,成果計算はそれを「確認」し「明示」し「表 明」するものと主張される。そのような成果と成果計算が可能であるのは,企 業の終末時だけであることから,全体計算のみが真実の成果計算であり,期間 計算は真実ならざる性格をもっとあらためて特徴づけられた。付言すれば,期 間計算で作成される「貸借対照表は,実在する成果を確認しえない」ため,真 実ならざるものというのである。そうならば,リーガーにあって,真実性が語 られるとき,成果計算によってその対象としての成果が確認されること,これ すなわち,両者の一致が想定されているとみなせるであろう。 ここで,真実性に関するリーガーのもう一つの見解に目を移そう。それは, 貸借対照表の真実性に関する見解である。そこでは,リーガーは,貸借対照 表を「一定時点における企業の価値を確定する目的を持った,計量的な叙述」 と規定し,したがって「貸借対照表が真実であるかどうかは,評価に依存する」 と考える。だから,貸借対照表が真実であるためには,企業の財産が,正しく, ( 8 ) Rieger, W, a a.0, S..138. (9) Rieger, W, a. a.0, S. 139. (10) Rieger, W , “Was ist Bilai1zwahrheit?-一一Betrachtung巴n zur kommenden

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ahresabschlusbilanz-一一"Wurftembergisιhe Wzrts正hajts-Zeitschrijt,Nr 51/52(1937), S951-952 (11) Rieger, W, a. a. 0 ,S 951. (12) ebenda.

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479 期間計算と真実性概念 -283-真実な価値によって計上されなければならないことになる。では,貸借対照表 に計上される財産の真実の価値とは,どのような価値であろうか。この興味深 ぃ聞いに対するリーガーの答えは,以下のようである。 まず,現金についてみると,それは,ただ単に「数えるという単純な行為」 によって求められ,量的に確定した現金在高である。貨幣の名目額と価値は

J

致し,貨幣の価値は貨幣に表示されている価値以外ありえないというのである。 つぎに,債権について考えると,それの真実の価値は,現金の場合とちがっ て,債権の額面額ではない。なによりも,債務者の支払能力の確実性に問題の ある,いわゆる回収の疑わしい債権の真実の価値が,額面額でないことは明ら かであるが,その確実性が最も高く,かつ債務者によって額面額の支払義務が 確認されている債権のそれも,やはり額面額ではない。リーガーによると,そ のような債務者でも,偶発的な死を逃れることはできないからである。そして また,債権について起こりうる損失を控除あるいは引当をした後の確からしい 価値をもって,債権の真実の価値とみなすこともできない。彼によれば,そう した控除あるいは引当は,慎重な評価であり,そうであれば,真実な価値が求 められるはずはないからであるO リーガーが債権の真実の価値としてあげるのは,債権の回収によってえられ る貨幣額である。貨幣思考的な資本主義企業にあって,貨幣計算以外の考量は すべて無縁であり,価値物は回収貨幣に立ち至るためのものと考えるリーガー にして,当然の帰結であろう。しかし,そのような貨幣額は,債権が「未だ回 収されていないので,未だ真実ではないJoその意味で,貸借対照表に計上さ れる債権の真実の価値はありえず,だから,貸借対照表上の債権のどのような (13) ebenda (14) このような見解になるのは,部分営業に限っているとしか考えられず,このことは, 貸借対照表真実性に関する見解のすべてに亘っていることに注意したい。 (15) このような貨幣観については,拙稿「リーガーの成果計算論一一名目資本資本維持思 考のひとこま一一J I香川大学経済論議』第43巻第 4号(1970年10月),特に 50ページを 参照されたい。 (16) Rieger, W , a a 0, SS 951-952 479 期間計算と真実性概念 -283-真実な価値によって計上されなければならないことになる。では,貸借対照表 に計上される財産の真実の価値とは,どのような価値であろうか。この興味深 ぃ聞いに対するリーガーの答えは,以下のようである。 まず,現金についてみると,それは,ただ単に「数えるという単純な行為」 によって求められ,量的に確定した現金在高である。貨幣の名目額と価値は一 致し,貨幣の価値は貨幣に表示されている価値以外ありえないというのである。 つぎに,債権について考えると,それの真実の価値は,現金の場合とちがっ て,債権の額面額ではない。なによりも,債務者の支払能力の確実性に問題の ある,いわゆる回収の疑わしい債権の真実の価値が,額面額でないことは明ら かであるが,その確実性が最も高く,かつ債務者によって額面額の支払義務が 確認されている債権のそれも,やはり額面額ではない。リーガーによると,そ のような債務者でも,偶発的な死を逃れることはできないからである。そして また,債権について起こりうる損失を控除あるいは引当をした後の確からしい 価値をもって,債権の真実の価値とみなすこともできない。彼によれば,そう した控除あるいは引当は,慎重な評価であり,そうであれば,真実な価値が求 められるはずはないからであるO リーガーが債権の真実の価値としてあげるのは,債権の回収によってえられ る貨幣額である。貨幣思考的な資本主義企業にあって,貨幣計算以外の考量は すべて無縁であり,価値物は回収貨幣に立ち至るためのものと考えるリーガー にして,当然の帰結であろう。しかし,そのような貨幣額は,債権が「未だ回 収されていないので,未だ真実ではないJo その意味で,貸借対照表に計上さ れる債権の真実の価値はありえず,だから,貸借対照表上の債権のどのような (13) ebenda (14) このような見解になるのは,部分営業に限切コているとしか考えられず,このことは, 貸借対照表真実性に関する見解のすべてに亘っていることに注意したい。 (15) このような貨幣観については,拙稿「リーガーの成果計算論 名目資本資本維持思 考のひとこま J I香川大学経済論議』第43巻第 4号(1970年10月),特に 50ページを 参照されたい。 (16) Rieger, W , a a 0, SS 951-952

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~-284- 香川大学経済論叢 480 価値も,真実ではないと特徴づけられるのである。 さらに,商品の真実の価値について考えてみると,債権の場合と同じように, それは,商品の売却によってもたらされる貨幣額である。リーガーによると, そのような貨幣額のみが,現実のものとなるのであって,商品の取得原価であ れ時価であれ,あるいはどのような価値であれ,擬制にすぎない。しかし,そ れは,未だ売却されていないので,未だ真実ではなししたがって,貸借対照 表に計上される商品の真実の価値はありえない。貸借対照表上の商品のいかな る価値も,真実ではないというのである。 つづいて,有価証券の真実の価値についても,同じような答えがみられる。 貸借対照表に計上される有価証券の価値として,証券取引所相場が考えられる であろうが,それは,有価証券の真実の価値とはいえない。リーガーによると, 証券取引所相場は,取引所においてつけられた価値で,その相場で,取引所に おいて取引が行われるということを意味するだけである。いい換えると,その ような相場は,取引所において売買された有価証券にとっては真実であるが, しかし I私の金庫の中にある同じ有価証券にとって,何の意味もい九リー ガーによれば,貸借対照表に計上される有価証券の真実の価値は,その有価証 券の売却によってもたらされる貨幣額にほかならないが,しかし,それはやは り未だ売却されていないので未だ、真実ではない。貸借対照表上の有価証券の価 値も,真実ではありえないというわけである。 最後に,建物の真実の価値についてみることにしよう。建物の価植の評価の ために,通常,その建築の年度,建築に用した支出額などが用いられ,場合に よっては専門家の鑑定も使われるが,そうして評価された価値をもって,建物 の真実の価値とはみなせなしユ。リーガーによれば,専門家が評価した価値につ いて問題となるのは,真実であるかどうかということではなく,その評価が正 しい専門的知識に基づき,公正に行われたかどうかということである。ふえん すると,いかに専門的知識に基づく,正しい評価によってえられた建物の価値 であっても,それは真実の価値とはいえず,貸借対照表に計上される建物の真 (17) Rieger, W , a. a.0, S 952 ~-284- 香川大学経済論叢 480 価値も,真実ではないと特徴づけられるのである。 さらに,商品の真実の価値について考えてみると,債権の場合と同じように, それは,商品の売却によってもたらされる貨幣額である。リーガーによると, そのような貨幣額のみが,現実のものとなるのであって,商品の取得原価であ れ時価であれ,あるいはどのような価値であれ,擬制にすぎない。しかし,そ れは,未だ売却されていないので,未だ真実ではなししたがって,貸借対照 表に計上される商品の真実の価値はありえない。貸借対照表上の商品のいかな る価値も,真実ではないというのwである。 つづいて,有価証券の真実の価値についても,同じような答えがみられる。 貸借対照表に計上される有価証券の価値として,証券取引所相場が考えられる であろうが,それは,有価証券の真実の価値とはいえない。リーガーによると, 証券取引所相場は,取引所においてつけられた価値で,その相場で,取引所に おいて取引が行われるということを意味するだけである。いい換えると,その ような相場は,取引所において売買された有価証券にとっては真実であるが, しかし I私の金庫の中にある同じ有価証券にとって,何の意味もない」。リー ガーによれば,貸借対照表に計上される有価証券の真実の価値は,その有価証 券の売却によってもたらされる貨幣額にほかならないが,しかし,それはやは り未だ売却されていないので未だ真実ではない。貸借対照表上の有価証券の価 値も,真実ではありえないというわけである。 最後に,建物の真実の価値についてみることにしよう。建物の価植の評価の ために,通常,その建築の年度,建築に用した支出額などが用いられ,場合に よっては専門家の鑑定も使われるが,そうして評価された価値をもって,建物 の真実の価値とはみなせなしユ。リーガーによれば,専門家が評価した価値につ いて問題となるのは,真実であるかどうかということではなく,その評価が正 しい専門的知識に基づき,公正に行われたかどうかということである。ふえん すると,いかに専門的知識に基づく,正しい評価によってえられた建物の価値 であっても,それは真実の価値とはいえず,貸借対照表に計上される建物の真 (17) Rieger, W , a. a.0, S 952

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481 期間計算と真実性概念 -285-実の価値は,それの売却処分によってえられる貨幣額である。貸借対照表上の 建物の価値もやはり真実ではない。 このようにして,リーガーにあっては,貸借対照表に計上される現金,債権, 商品,有価証券および建物のいずれについても,真実の価値は,それぞれの回 収あるいは売却などによってえられる最終的な貨幣額であるということが明ら かである。しかし,あらためていえば,そのような貨幣額は,現金をのぞけば, 来だえられておらず,未だ真実ではない。したがって,貸借対照表上の財産の いかなる価値払真実ではないということになる。その結果,貸借対照表はど こまでも擬制によるものであって,真実ならざる性格をもつものであると特徴 づけられる。リーガーはいみじくもいう。「年度貸借対照表は,真実と詩の混 合である」と。 このようにみてくると,貸借対照表の真実性を説くリーガーからまた,その 概念を明解にする見解をうかがうことができる。それは,真実性が語られると き,貸借対照表によってその対象としての財産価値が確認されること,すなわ ち両者の一致が想定されていることである。しかも r叙述が叙述される対象 と一致するならば,その叙述は真実であぷ」という,より明白な言明に逢着する。 3 真実性に関する一般的な概念 以上のような真実性に関するリーガーの見解に対して,現今一般的には,し たがっていうまでもなく動態論のもとでは,この概念はどのように捉えられて 目 的 いるのであろうか。レフソンによれば,これに関して二般的にいえることは, 貸借対照表論で規定されている貸借対照表真実性の原則と1873年12月3日の帝 (18) Rieger, W , Eznfuhrung zn dze Privatwirtschaftlehre, Nurunberg, 1928, S 212 (19) Rieger, W,“Was ist Bilanzwahrheitl-Betrachtungen zur kommenden Jahresab schlusbilanz一",S 951 (20) Leffson, U, DieG問ndsatzeordnungsmaszger Bu正hfuhrung,5 Aufl, Dusseldorf, 1980 SS.174~187 (21) 以干にみられるように,本節どは貸借対照表真実性の原則と真実性の原則というこっ の用語が,各論者の用い方に従い,混用されている。貸借対照表真実性の原則は,かつ てのドイツ商法におい

τ

用いられたもの、であり,これに対して,真実性の原則は,動s& 481 期間計算と真実性概念 285-実の価値は,それの売却処分によってえられる貨幣額である。貸借対照表上の 建物の価値もやはり真実ではない。 このようにして,リーガーにあっては,貸借対照表に計上される現金,債権, 商品,有価証券および建物のいずれについても,真実の価値は,それぞれの回 収あるいは売却などによってえられる最終的な貨幣額であるということが明ら かである。しかし,あらためていえば,そのような貨幣額は,現金をのぞけば, 来だえられておらず,未だ真実ではない。したがって,貸借対照表上の財産の いかなる価値も,真実ではないということになる。その結果,貸借対照表はど こまでも擬制によるものであって,真実ならざる性格をもつものであると特徴 づけられる。リーガーはいみじくもいう。「年度貸借対照表は,真実と詩の混 合である」と。 このようにみてくると,貸借対照表の真実性を説くリーガーからまた,その 概念を明解にする見解をうかがうことができる。それは,真実性が語られると き,貸借対照表によってその対象としての財産価値が確認されること,すなわ ち両者の一致が想定されていることである。しかも r叙述が叙述される対象 と一致するならば,その叙述は真実である」という,より明白な言明に逢着する。 3 真実性に関する一般的な概念 以上のような真実性に関するリーガーの見解に対して,現今一般的には,し たがっていうまでもなく動態論のもとでは,この概念はどのように捉えられて 目 的 いるのであろうか。レフソンによれば,これに関して一般的にいえることは, 貸借対照表論で規定されている貸借対照表真実性の原則と1873年12月 3日の帝 (18) Rieger, W , Eznfuhrung zn dze Privatwirtschaftlehre, Nurunberg, 1928, S 212 (19) Rieger, W,“Was ist Bilanzwahrheitl-Betrachtungen zur kommenden Jahresab -schlusbilanz-",S 951 (20) Leffson, U, Die Grundsatze ordnungsmaβzger Bu正勿匂ihァung,5 Aufl, Dusseldorf, 1980. SS. 17 4 ~ 187 (21) 以干にみられるように,本節ぜは貸借対照表真実性の原則と真実性の原則というこっ の用語が,各論者の用い方に従い,混用されている。貸借対照表真実性の原則は,かつ てのドイツ商法におい

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用いられたもの、であり,これに対して,真実性の原則は,動態

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286- 香川大学経済論叢 482 国高等商事裁判所の判決における財産状態の客観的真実性とを比べると,前者 (22) の真実性は,後者のそれより「制限され,…狭められている」ということで ある。そして,どのように制限され狭められているかについて指摘されている が,それは,大別すれば,二つに分けられるようである。その一つは,←部的 狭まりであり,いま一つは,全部的狭まりといえるであろう。 そのうち,一部的狭まりの見解として例示されているのが,ジモン,ゲルス トナー,ハイネン,イレシュゴー,およびワルプのそれである。すなわち,貸 借対照表真実性は完全には達成されないが努力されるべき目標であるというジ モン,真実性に従った要求は弱くなれそれは絶対的真実性と異なって,相対 的真実性について語られるようになるというゲルストナー,貸借対照表におけ る価値を真実もしくは非真実に評価することは困難であって,そこでは,相対 的真実性が正規の簿記の諸原則に配慮して語られるにすぎないというハイネ ン,貸借対照表真実性の原則は計算処理の真実性,書類作成の真実性および報 告形成の形式的正確性に軽減されるというイレシュゴー,および貸借対照表真 実性においてこけおどしがつくられるべきではなしその概念は合法的でなけ ればならないということ以上のものではないというワルプ一一それぞれの見解 である。 これに対して,全部的狭まりの見解として,リーガー, リオンとノイカムお よびブレナーのそれが例示されている。リーガーは,真実性の命題から解放さ れ,真実性について語るとすれば,簿記に関してであると述べ,またリオンと ノイカムは,真実性に従った要求と商法上の年度決算の表示との聞には違いが あるゆえ,貸借対照表真実性のドグマに抵抗し,真実性の原則は正規の簿記の 諸原則ではなく,年度決算には適用されないと主張し,さらにブレナーは,真 論のもとにおける期間計算真実性の原則と捉えるならば,この混用は明らかに問題であ ろう。しかし,各論者によれば,いずれもそのように限定的に捉えられているのではな しいわゆる原則における真実性の原則,ないし会計における真実性の原則として用い られていると思われる。それゆえ,ここでは,いずれをも用い,会計原則ないし会計に おいて真実性概念が一般的にどのように捉えられているかを検討してゆきたい。 (22) Leffson, U , a. a..0, SS 174-175

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286- 香川大学経済論叢 482 国高等商事裁判所の判決における財産状態の客観的真実性とを比べると,前者 (22) の真実性は,後者のそれより「制限され,…ゅ狭められている」ということで ある。そして,どのように制限され狭められているかについて指摘されている が,それは,大別すれば,二つに分けられるようである。その一つは,←部的 狭まりであり,いま一つは,全部的狭まりといえるであろう。 そのうち,一部的狭まりの見解として例示されているのが,ジモン,ゲルス トナー,ハイネン,イレシュゴー,およびワルプのそれである。すなわち,貸 借対照表真実性は完全には達成されないが努力されるべき目標であるというジ モン,真実性に従った要求は弱くなれそれは絶対的真実性と異なって,相対 的真実性について語られるようになるというゲルストナー,貸借対照表におけ る価値を真実もしくは非真実に評価することは困難であって,そこでは,相対 的真実性が正規の簿記の諸原則に配慮して語られるにすぎないというハイネ ン,貸借対照表真実性の原則は計算処理の真実性,書類作成の真実性および報 告形成の形式的正確性に軽減されるというイレシュゴー,および貸借対照表真 実性においてこけおどしがつくられるべきではなしその概念は合法的でなけ ればならないということ以上のものではないというワルプ一一それぞれの見解 である。 これに対して,全部的狭まりの見解として,リーガー, リオンとノイカムお よびブレナーのそれが例示されている。リーガーは,真実性の命題から解放さ れ,真実性について語るとすれば,簿記に関してであると述べ,またリオンと ノイカムは,真実性に従った要求と商法上の年度決算の表示との聞には違いが あるゆえ,貸借対照表真実性のドグマに抵抗し,真実性の原則は正規の簿記の 諸原則ではなく,年度決算には適用されないと主張し,さらにブレナーは,真 論のもとにおける期間計算真実性の原則と捉えるならば,この混用は明らかに問題であ ろう。しかし,各論者によれば,いずれもそのように限定的に捉えられているのではな しいわゆる原則における真実性の原則,ないし会計における真実性の原則として用い られていると思われる。それゆえ,ここでは,いずれをも用い,会計原則ないし会計に おいて真実性概念が一般的にどのように捉えられているかを検討してゆきたい。 (22) Leffson, U , a. a..0, SS 174-175

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483 期間計算と真実性概念 -287ー 実性の原則の形成に明確に反対し,その原則を実務において遵守,強制できな いと指摘しているからである。 このような見解のうち,支配的であるのは,前者であるといえるであろう。 なによりも現実に,真実性の原則は廃止されることなく想定されているのが, ー般的だからである。そこで,前者の見解のうちハイネンのそれにあらためて 検討を加え,また,この見解に立って展開されているとみなされるレフソン自 身の主張を考察することによって,一般的には真実性概念がどのように捉えら えているか考えてゆきたい。 ノ¥イネンは,まず,貸借対照表真実性の原則が正規の簿記の諸原則において 必要か否かに関する見解は分かれると指摘する。そのうえで,彼は,真実性の 命題が,財産および取引と貸借対照表項目との関連で問題とされるとき,貸借 対照表の真実性もしくは非真実性は,相対的に吟味されると主張する。直裁に いえば,貸借対照表が財産および取号│を真実に表示しているかという問題は, 相対的にしかいえないというのである。貸借対照表項目の価値を真実もしくは 非真実に評価することは困難だからである。その理由の一つは,評価規定その ものが明確な判断基準を示さず,大多数の貸借対照表項目の評価が見積りに基 づくことにより,客観的価値が達成されないためであり,もう一つは,評価規 定に選択肢があり,その選択が状況に応じて主観的,利害思考的判断に依存す ることになるからである。このような評価規定をめぐる二重の相対性から r貸 借対照表真実性は擬制に止まらねばならず,また 必然的に,真実性のす題 は相対性を合意する。もはや,相対的真実性について語られるばかりとなる」 のである。 では,その相対的真実性を意味する貸借対照表真実性の原則は,どのように 解されているのだろうか。それは個々の正規の簿記の諸原則によって支えられ たものといえそうであるO ハイネンの説明は,つぎのようだからである。相対 (23) Heinen, E.,Handelsbilanzen, 11 Aufl, Wiesbaden, 1985, SS. 181ー182 (24) Heinen, E, a a 0, S 181 483 期間計算と真実性概念 -287ー 実性の原則の形成に明確に反対し,その原則を実務において遵守,強制できな いと指摘しているからである。 このような見解のうち,支配的であるのは,前者であるといえるであろう。 なによりも現実に,真実性の原則は廃止されることなく規定されているのが,

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一、般的だからである。そこで,前者の見解のうちハイネンのそれにあらためて 検討を加え,また,この見解に立って展開されているとみなされるレフソン自 身の主張を考察することによって,一般的には真実性概念がどのように捉えら えているか考えてゆきたい。 ノ¥イネンは,まず,貸借対照表真実性の原則が正規の簿記の諸原則において 必要か否かに関する見解は分かれると指摘する。そのうえで,彼は,真実性の 命題が,財産および取ヲ

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と貸借対照表項目との関連で問題とされるとき,貸借 対照表の真実性もしくは非真実性は,相対的に吟味されると主張する。直裁に いえば,貸借対照表が財産および取引を真実に表示しているかという問題は, 相対的にしかいえないというのである。貸借対照表項目の価値を真実もしくは 非真実に評価することは困難だからである。その理由の一つは,評価規定その ものが明確な判断基準を示さず,大多数の貸借対照表項目の評価が見積りに基 づくことにより,客観的価値が達成されないためであり,もう一つは,評価規 定に選択肢があり,その選択が状況に応じて主観的,利害思考的判断に依存す ることになるからである。このような評価規定をめぐる二重の相対性から r貸 借対照表真実性は擬制に止まらねばならず,また…"必然的に,真実性の命題 は相対性を合意する。もはや,相対的真実性について語られるばかりとなる」 のである。 では,その相対的真実性を意味する貸借対照表真実性の原則は,どのように 解されているのだろうか。それは個々の正規の簿記の諸原則によって支えられ たものといえそうであるO ハイネンの説明は,つぎのようだからである。相対 (23) Heinen, E.,Handelsbilanzen, 11 Aufl, Wiesbaden, 1985, SS. 181ー182 (24) Heinen, E, a a. 0, S 181

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-288 香川大学経済論叢 的真実性は,その判断基準になる基底のもとでのみ捉えられる。そして,そう した基底とは個々の正規の簿記の諸原則であって,これらに配慮することによ って,所与の事実に反するような財産や損益の状況の表示を防ぐことに,相対 的真実性の意義がある。明瞭性や完全性また慎重の原則を遵守することによっ て,貸借対照表作成日寺点における情報に基づき,同一の作成が結果されるのご あってみれば,貸借対照表真実性の原則は一つの独立した原則として承認され る必要はないことになる。 このようにハイネンによれば,貸借対照表真実性の原則は,貸借対照表作成 において採用される評価規定をめぐる二重の相対性のため,相対的真実性を含 意するものであり,その真実性は,個々の正規の簿記の諸原則を遵守すること によって達成されることから,それらに支えられた原則と捉えられるのである。 これに対して,レフソンは,貸借対照表真実性の原則についてどのような見 解をもっているのだろうか。彼は,なによりも,この原則が大きな検討課題で あることをつぎのように指摘するO 貸借対照表真実性の概念は,正規の簿記の 諸原則の支柱として示されているが,一つの絶対的な原則として樹立されてお らず,さりとて,道徳規範的意味合いから,断念されもしない,と。それゆえ, その検討が行われるわけであるが,彼の検討の出発点でありかつ特徴は r相 官 日 対的な貸借対照表真実性の概念は支持できない」ということにあるように思わ れる。彼は,その概念が,実務慣行に対して相対的であり,あるいは法的規定 に対して相対的であり,あるいはまた貸借対照表目的に対して相対的であると いう意味で使用されていることを承知しながら,それに反対する。その理由は 三つにまとめられる。その

1

は,そもそも真実性という概念は,絶対的要請に 照準を定め,それからの軽減に屈しないものだからである。彼によれば,この 概念には相対的という用語はなじまず,絶対的真実性しか含意しないというこ とになるのであろう。その

2

は,かりに相対性の概念をもち込むとすれば,ど の程度まで相対化するのか,換言すれば,どのような条件のもとで真実なのか について言及されねばならないが,その言及がないゆえである。その3は,慣 (25) Leffson, U, a.. a 0,

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288ー 香川大学経済論叢 484 的真実性は,その判断基準になる基底のもとでのみ捉えられる。そして,そう した基底とは個々の正規の簿記の諸原則であって,これらに配慮することによ って,所与の事実に反するような財産や損益の状況の表示を防ぐことに,相対 的真実性の意義がある。明瞭性や完全性また慎重の原則を遵守することによっ て,貸借対照表作成時点における情報に基づき,同ーの作成が結果されるの? あってみれば,貸借対照表真実性の原則は一つの独立した原則として承認され る必要はないことになる。 このようにハイネンによれば,貸借対照表真実性の原則は,貸借対照表作成 において採用される評価規定をめぐる二重の相対性のため,相対的真実性を含 意するものであり,その真実性は,個々の正規の簿記の諸原則を遵守すること によって達成されることから,それらに支えられた原則と捉えられるのである。 これに対して,レフソンは,貸借対照表真実性の原則についてどのような見 解をもっているのだろうか。彼は,なによりも,この原則が大きな検討課題で あることをつぎのように指摘するO 貸借対照表真実性の概念は,正規の簿記の 諸原則の支柱として示されているが,一つの絶対的な原則として樹立されてお らず,さりとて,道徳規範的意味合いから,断念されもしない,と。それゆえ, その検討が行われるわけであるが,彼の検討の出発点でありかつ特徴は r相 官) 対的な貸借対照表真実性の概念は支持できない」ということにあるように思わ れる。彼は,その概念が,実務慣行に対して相対的であり,あるいは法的規定 に対して相対的でトあり,あるいはまた貸借対照表目的に対して相対的であると いう意味で使用されていることを承知しながら,それに反対する。その理由は 三つにまとめられる。その1は,そもそも真実性という概念は,絶対的要請に 照準を定め,それからの軽減に屈しないものだからである。彼によれば,この 概念には相対的という用語はなじまず,絶対的真実性しか含意しないというこ とになるのであろう。その

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は,かりに相対性の概念をもち込むとすれば,ど の程度まで相対化するのか,換言すれば,どのような条件のもとで真実なのか について言及されねばならないが,その言及がないゆえである。その3は,慣 (25) Leffson, U, a.. a 0, S..177.

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485 期間計算と真実性概念 -289 行や規定,目的とのかかわりは,真実性の問題ではなく,正しさの問題であっ て,それらに相応するものを,それらに関して「正ししりと性格づけられるが, 「真実」とは性格づけられないためである。彼によれば,一定の方向づけに関 連してのみ相応する言表は r正しい」か「誤り」のいずれかである。 そして,ほかならず,その最後の理由が,レブソンの見解を明確に示唆して いる。彼は,以下にみるように r正しい」という概念を用いることによって, 貸借対照表真実性の原則を構築しなおそうとするのである。そのために,まず, 「正しい」という概念を確かめる。その哲学的定義は r正しいと官(論理的, 倫理的あるいは技術的原則に従い)あるべきようにある場合である」と。つぎ に,簿記と年度決算,すなわち会計を表わす。会計は,一定の方法と一定の技 術をもって,つまり事象描写と数字づけとして,一箇の存在を構成するもので ある,と。ここで r正しい」という性格づけが登場する。その存在がその構 成に適用された方法や技術に関連して言表されるならば,その言表と存在は合 致し,その言表たる会計は「正しい」と。それゆえ,レフソンによれば,会計 は,それで適用される方法や技術,すなわち正規の簿記の諸原則に関連しての み「正しい」ということになる。このことについて r絶対的に正しい"ぷ個 別価値ふ絶対的に正しい貸借対照表も,絶対的に正しい年度成果もないJ と 興味深い付言がなされている。それは r正ししユ」という概念に絶対的にとい う用語はなじまないという考えによるのであろうが,前述した,真実性の概念 に相対的にという用語はなじまないとする考えに対応する。 こうして,レフソンは,真実性の概念に代えて r正ししりという概念を採 用し r決算における価値は,法規や取決めに関連して正しど」という性格づ、 けを主張する。それゆえ,貸借対照表真実性の原則は,正確性の原則に置き換 えられるべきであるというのが,彼の結論の一つである。しかし,立ち帰れば, ここに至る彼の道筋の出発点は,相対的真実性の概念を支持しないということ (26) Leffson, U , a.. a 0, S 178 (27) ebenda. (28) Lεffson, U , a a 0, S 179 485 期間計算と真実性概念 -289 行や規定,目的とのかかわりは,真実性の問題ではなく,正しさの問題であっ て,それらに相応するものを,それらに関して「正ししりと性格づけられるが, 「真実」とは性格づけられないためである。彼によれば,一定の方向づけに関 連してのみ相応する言表は r正しい」か「誤り」のいずれかである。 そして,ほかならず,その最後の理由が,レブソンの見解を明確に示唆して いる。彼は,以下にみるように r正しい」という概念を用いることによって, 貸借対照表真実性の原則を構築しなおそうとするのである。そのために,まず, 「正しい」という概念を確かめる。その哲学的定義は r正しいとは, (論理的, 倫理的あるいは技術的原則に従い)あるべきようにある場合である」と。つぎ に,簿記と年度決算,すなわち会計を表わす。会計は,一定の方法と一定の技 術をもって,つまり事象描写と数字づけとして,一箇の存在を構成するもので ある,と。ここで r正しい」という性格づけが登場する。その存在がその構 成に適用された方法や技術に関連して言表されるならば,その言表と存在は合 致し,その言表たる会計は「正しい」と。それゆえ,レフソンによれば,会計 は,それで適用される方法や技術,すなわち正規の簿記の諸原則に関連しての み「正しい」ということになる。このことについて r絶対的に正しい…"イ回 (1:7) 別価値ふ絶対的に正しい貸借対照表も,絶対的に正しい年度成果もないJ と 興味深い付言がなされている。それは r正しい」という概念に絶対的にとい う用語はなじまないという考えによるのであろうが,前述した,真実性の概念 に相対的にという用語はなじまないとする考えに対応する。 こうして,レフソンは,真実性の概念に代えて r正ししりという概念を採 用し r決算における価値は,法規や取決めに関連して正しい」という性格づ けを主張する。それゆえ,貸借対照表真実性の原則は,正確性の原則に置き換 えられるべきであるというのが,彼の結論の一つである。しかし,立ち帰れば, ここに至る彼の道筋の出発点は,相対的真実性の概念を支持しないということ (26) Leffson, U , a.. a 0, S 178 (27) ebenda. (28) L巴ffson,U , a a 0, S 179

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-290 香川大学経済論叢 486 であって,では,そもそも何故に,絶対的真実性,ほかならぬ真実性の概念が 用いられないのかについては,未だ彼から聞いていないのである。 それについての見解を尋ねると,貸借対照表項目の価値から明らかであると している。レフソンによれば,貸借対照表項目の価値は,支払手段および 部 の債務では疑いの余地なく決まるが,それ以外の項目では,多かれ少なかれ見 積りにより算定される。たとえば,設備についていえば,確かに疑いの余地の ない取得価値が前提となるが,貸借対照表項目の価値としては,少なくとも耐 周年数や除却に伴う処理が見積らねばならないから,見積りが介入する。ある いは,引当金を考えてみると,それは,将来の支出を考慮し,見積りによって 間接的に算定される。こうした見積りによる算定のプロセスは,将来の不確実 性を蓋然性によって数量化することにほかならない。その算定は蓋然性を帯 び,概念上真実性と無縁である。このような算定は,その見積りのために用い られた方法に従い,明瞭に「正しい」あるいは「誤り」と性格づけられるが, しかし,どこまでも蓋然性計算である。それゆえ,貸借対照表項目の価値につ いて,真実性の原則を要請することは,無意味であるというのである。 このように,貸借対照表項目の価値が見積りにより算定されるゆえに,貸借 対照表真実性の原則は,その真実性の概念のままに用いられない,とレフソン はいう。そして,この所見から,貸借対照表真実性の原則は,正確性の原則と

ω

ともに,あわせて経理自由の原則に置き換えられるべきであるという,彼の結 論のもう一つが提起されている。その価値の算定において介入する見積りは, それを見積る者の主観的判断,すなわち自由裁量,まさしく経理自由を前提に せずして,成り立ちえないからである。その意味で,経理自由の原則は,貸借 対照表の作成者にかかわる原則であり,貸借対照表真実性の原則が,真実の価 値であるかと問われるように,もっぱら作成された事象に関連する原則である ことを考えれば,これとは明らかに異質のものである。これに対して,正確性 (29) Grundsatz der Willkurfreiheitを経理自由の原則と訳することに問題があろうことは 承知するが,あえて,この表現を用いたのは,わが国で使用している用語を用いた方が よいと考えたこと,および両者はその趣旨において同ーの基軸にあると考えたこと,で ある。 -290 香川大学経済論叢 486 であって,では,そもそも何故に,絶対的真実性,ほかならぬ真実性の概念が 用いられないのかについては,未だ彼から聞いていないのである。 それについての見解を尋ねると,貸借対照表項目の価値から明らかであると している。レフソンによれば,貸借対照表項目の価値は,支払手段および 部 の債務では疑いの余地なく決まるが,それ以外の項目では,多かれ少なかれ見 積りにより算定される。たとえば,設備についていえば,確かに疑いの余地の ない取得価値が前提となるが,貸借対照表項目の価値としては,少なくとも耐 周年数や除却に伴う処理が見積らねばならないから,見積りが介入する。ある いは,引当金を考えてみると,それは,将来の支出を考慮し,見積りによって 間接的に算定される。こうした見積りによる算定のプロセスは,将来の不確実 性を蓋然性によって数量化することにほかならない。その算定は蓋然性を帯 び,概念上真実性と無縁である。このような算定は,その見積りのために用い られた方法に従い,明瞭に「正しい」あるいは「誤り」と性格づけられるが, しかし,どこまでも蓋然性計算である。それゆえ,貸借対照表項目の価値につ いて,真実性の原則を要請することは,無意味であるというのである。 このように,貸借対照表項目の価値が見積りにより算定されるゆえに,貸借 対照表真実性の原則は,その真実性の概念のままに用いられない,とレフソン はいう。そして,この所見から,貸借対照表真実性の原則は,正確性の原則と

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ともに,あわせて経理自由の原則に置き換えられるべきであるという,彼の結 論のもう一つが提起されている。その価値の算定において介入する見積りは, それを見積る者の主観的判断,すなわち自由裁量,まさしく経理自由を前提に せずして,成り立ちえないからである。その意味で,経理自由の原則は,貸借 対照表の作成者にかかわる原則であり,貸借対照表真実性の原則が,真実の価 値であるかと問われるように,もっぱら作成された事象に関連する原則である ことを考えれば,これとは明らかに異質のものである。これに対して,正確性 (29) Grundsatz der Willkurfreiheitを経理自由の原則と訳することに問題があろうことは 承知するが,あえて,この表現を用いたのは,わが国で使用している用語を用いた方が よいと考えたこと,および両者はその趣旨において同ーの基軸にあると考えたこと,で ある。

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487 期間計算と真実性概念 -291ー の原則は,正しい価値になっているかと問うのであるから,やはり事象に関連 する原則とされる。彼の結論は,貸借対照表真実性の原則は,事象関連的な原 則である正確性の原則と,人関連的な原則である経理自由の原則の二つに置換 されるべきであるということである。 このようにハイネンとレフソンの見解をみてきたが,両者をつぎのようにと りノまとめておきたい。すなわち,前者では,貸借対照表真実性の原則は,価値 評価における見積りの介入のため,客観的価値を定めえず,しかもそれが選択 的であるというこ重の相対性から,相対的真実性を含意するものであることが 指摘されたのに対して,相対的真実性という概念を認めない後者では,その原 則を貸借対照表作成者の選択の自由を保証する経理自由の原則と,選択された 方法や技術に関連して「正しい」ことを要請する正確性の原則に置き換えるべ きであることが主張された, と。 ところで,繰り返すまでもなしわが国において真実性の原則は企業会計原 則の官頭に掲げられている。そして,この原則に関する,数多くの優れた論稿 がみられる。いまさらと障措しつつ,一般的には真実性哲念がどのように捉え られているかを尋ねるため,わが国における代表的な見解について学んでゆき fこし〉。 まず,谷端長教長の見解はつぎのようである。全体損益計算においては,解 散時の最終現金と設立時の当初現金を比較することによって損益を算定できる し,この損益は何人に対しても客観的に妥当する絶対的真実性をもちうる。こ れに対して,期間損益計算は,全体損益計算を人為的に切断して一定期間の損

益を算定するため,単なる G と G~ の比較によっては期間損益を算定できず,

したがってまた,期間損益算定のために会計人の採択する会計処理方法のいか んによって,種々異なった期間損益が生じうる。しかもこの場合,会計人の採 択する会計処理方法は,いず、れの方法であろうとも一つの擬制にほかならず, (30) もとより,わが国における真実性に粛する見解は,以下に学ぶものに尽きるわけ℃は なく,その意味で網羅的ではないことをおことわりしたい。 (31) 谷端長著『動的会計論(増補版)1森山香庖, 1968年,第 2部。 487 期間計算と真実性概念 -291ー の原則は,正しい価値になっているかと問うのであるから,やはり事象に関連 する原則とされる。彼の結論は,貸借対照表真実性の原則は,事象関連的な原 則である正確性の原則と,人関連的な原則である経理自由の原則の二つに置換 されるべきであるということである。 このようにハイネンとレフソンの見解をみてきたが,両者をつぎのようにと りノまとめておきたい。すなわち,前者では,貸借対照表真実性の原則は,価値 評価における見積りの介入のため,客観的価値を定めえず,しかもそれが選択 的であるというこ重の相対性から,相対的真実性を含意するものであることが 指摘されたのに対して,相対的真実性という概念を認めない後者では,その原 則を貸借対照表作成者の選択の自由を保証する経理自由の原則と,選択された 方法や技術に関連して「正しい」ことを要請する正確性の原則に置き換えるべ きであることが主張された, と。 ところで,繰り返すまでもなしわが国において真実性の原則は企業会計原 則の冒頭に掲げられている。そして,この原則に関する,数多くの優れた論稿 がみられる。いまさらと障措しつつ,一般的には真実性概念がどのように捉え 目 的 られているかを尋ねるため,わが国における代表的な見解について学んでゆき fこい。 まず,谷端長教授の見解はつぎのようである。全体損益計算においては,解 散時の最終現金と設立時の当初現金を比較することによって損益を算定できる し,この損益は何人に対しても客観的に妥当する絶対的真実性をもちうる。こ れに対して,期間損益計算は,全体損益計算を人為的に切断して一定期間の損 益を算定するため,単なる G と G~ の比較によっては期間損益を算定できず, したがってまた,期間損益算定のために会計人の採択する会計処理方法のいか んによって,種々異なった期間損益が生じうる。しかもこの場合,会計人の採 択する会計処理方法は,いず、れの方法であろうとも一つの擬制にほかならず, (30) もとより,わが国における真実性に粛する見解は,以下に学ぶものに尽きるわけMでは なく,その意味引で網羅的ではないことをおことわりしたい。 (31) 谷端長著『動的会計論(増補版)1森山香庖, 1968年,第 2部。

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-292 香川大学経済論叢 488 絶対的に真実な方法でありえないから,それによって生じる期間損益も決して 絶対的真実性を主張しえない。期間損益計算は,いつの場合も会計人の主観的 な目的措定と判断に委ねられる。それゆえ,期間損益計算の真実性といっても, それは単に相対的真実性以外の何ものでもありえない,と。

ω

つぎに,武田隆二教授の見解は,つぎのように思われる。真実性の原則は, 共通一般原則として,企業会計の全般領域に対し包括的な共通課題を示したも のである。したがって,真実性の内容は企業会計原則の性格によって規定され るが,それは会計原則自体が特定の目的公準を介して定立された基本的会計公 準により,その枠組み(制度枠)が確定歩るからである。その意味で,真実性 は制度的真実性として,社会的・経済的意味情報における会計目的観に依存し ながら相対的に変化する概念であり,超歴史的・固定的な単一概念ではない。 つまり目的依存的な概念としての性格をもっ。そして,このような目的依存的 な真実性を具体的に支えるのが,企業会計原則であり,個別一般原則の維持さ れるとき,共通一般原則たる真実性の原則は満たされることになる,と。

ω

黒津清教授の見解は,つぎのようである。会計における真実性の概念は歴史 的変化をとげており,その変化は経理体系の歴史的変化を意味する。まず,財 産法的意味における真実性の原則では,会計における真実性の中心的な概念内 容として,真正性,客観性および完全性が強調された。これを代表するのが, 貸借対照表真実性の原則であり,これは,貸借対照表評価の観点からの真正価 値の原則ないし客観主義と貸借対照表能力の観点からの完全性の原則からな る。これに対して,損益法の意味における真実性の原則では,客観主義が否定 されるにいたり,このもとでは,客観的真実性の概念は支持されず,主観的真 実性が要請される。この真実性の概念を支えるものは,信頼性,合理性,明瞭 性,継続性等の概念であって,真実性の原則は,会計記録の正確性の原則,貸 借対照表真実性の原則,損益計算書真実性の原則からなる会計的真実性の原則 である,と。 (32) 武田隆二著『最新財務諸表論(改訂版)~中央経済社, 1983年, 87~89ページ。 (33) 黒海清著『財務諸表論(新版)s中央経済社, 1966年, 100~104ページ。

四「罵

-292 香川大学経済論叢 488 絶対的に真実な方法でありえないから,それによって生じる期間損益も決して 絶対的真実性を主張しえない。期間損益計算は,いつの場合も会計人の主観的 な目的措定と判断に委ねられる。それゆえ,期間損益計算の真実性といっても, それは単に相対的真実性以外の何ものでもありえない,と。

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つぎに,武田隆二教授の見解は,つぎのように思われる。真実性の原則は, 共通一般原則として,企業会計の全般領域に対し包括的な共通課題を示したも のである。したがって,真実性の内容は企業会計原則の性格によって規定され るが,それは会計原則自体が特定の目的公準を介して定立された基本的会計公 準により,その枠組み(制度枠)が確定す?るからである。その意味で,真実性 は制度的真実性として,社会的・経済的意味情報における会計目的観に依存し ながら相対的に変化する概念であり,超歴史的・固定的な単一概念ではない。 つまり目的依存的な概念としての性格をもっ。そして,このような目的依存的 な真実性を具体的に支えるのが,企業会計原則であり,個別一般原則の維持さ れるとき,共通一般原則たる真実性の原則は満たされることになる,と。

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黒津清教授の見解は,つぎのようである。会計における真実性の概念は歴史 的変化をとげており,その変化は経理体系の歴史的変化を意味する。まず,財 産法的意味における真実性の原則では,会計における真実性の中心的な概念内 容として,真正性,客観性および完全性が強調された。これを代表するのが, 貸借対照表真実性の原則であり,これは,貸借対照表評価の観点からの真正価 値の原則ないし客観主義と貸借対照表能力の観点からの完全性の原則からな る。これに対して,損益法の意味における真実性の原則では,客観主義が否定 されるにいたり,このもとでは,客観的真実性の概念は支持されず,主観的真 実性が要請される。この真実性の概念を支えるものは,信頼性,合理性,明瞭 性,継続性等の概念であって,真実性の原則は,会計記録の正確性の原則,貸 借対照表真実性の原則,損益計算書真実性の原則からなる会計的真実性の原則 である,と。 (32) 武田隆二著『最新財務諸表論(改訂版)~中央経済社, 1983年, 87~89ページ。 (33) 黒海清著『財務諸表論(新版)s中央経済社, 1966年, 100~104ページ。

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参照

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