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コミュニティにおけるカウンセリングの内部性と外部性の概念と包括的機能-香川大学学術情報リポジトリ

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コミュニティにおけるカウンセリングの

内部性と外部性の概念と包括的機能

竹 森 元 彦

1.はじめに −地域支援における諸課題−  筆者は、これまで、スクールカウンセリング (竹森,2000,2007,2012)、児童虐待への地域 支援(竹森ら,2010a,2010b)、ひきこもりへの 支援のあり方(竹森ら,2011,2012)などにつ いて実践を通して論じてきた。それらの研究に 共通している点は、「地域支援」である。臨床 心理やカウンセリングの視点から地域支援を考 える場合、主に、次の5点について検討する必 要がある。  まず、第1点として、地域やコミュニティを どのようなシステムや構造としてとらえるの か、地域やコミュニティと個人の関係性をどの ようにとらえるのか。個人の心の病理と、個人 の生活の関係、そして、個人と地域社会との関 係性についてどうとらえるのか。心の病理は、 外部環境からの影響が大きく、個々の心を閉じ た世界ではなく、環境との相互的な関係性でと らえていく視点が必要であろう。地域支援の場 合に行われる心理社会的アセスメントの対象 は、個人の心の内面だけではなく、その家族や 地域社会との関係性も含まれる。したがって、 多層構造をなしているシステムとシステムの関 係性を踏まえる必要がある。  第2点として、地域やコミュニティの中での カウンセリングのあり方はどのようなものなの か、地域支援とカウンセリングの関係性につい てどのような概念をもってとらえなおすことが でき、また、地域支援のコンテクストの上でカ ウンセリングがどのような機能を発揮できるの か。児童虐待やひきこもりは、地域で生じる現 象である。当事者が自分から相談に来ることは まれである。地域で心の問題を取り扱うために は、どのような困難さがあり、さらには、心の 内 と、地域という 外 をどのように結び付け るのか、それらを統合・包括するためにどのよ うな理論が必要なのか。  伝統的なカウンセリングは、来談するクライ エントとカウンセラーの二者関係という面接構 造を重視するが、地域支援という場に立つ場 合、支援の対象は、個人と地域社会という多重 構造を持たざるをえず、従来のカウンセリング の概念との矛盾が生じる。一方、地域の立場か ら従来のカウンセラーやカウンセリングを見た 場合、地域で生じている現状の問題に対処しな い閉鎖的・密室的な印象や批判を受けることと なる。その中でクライエント個人から得た守秘 義務をどのように守っていくのか。どのような 部分において、どのような手続きを踏んで地域 の関係機関と共有していくのか。  第3点として、地域支援を考えた場合、ほか の専門職、例えば、ソーシャルワーカーとどの ような点が同じで、どのような点が異なってい るのか。その点を明らかにすることによって、 竹森 元彦 アーツ・サイエンス研究院 心理・人間講座

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それぞれの独自性を明らかにしたうえで協働体 制を整えることが必要である。むしろ、それぞ れの概念や役割の違いを明らかにしない場合、 地域支援体制における混乱や対立関係などの機 能不全を起こすことにつながる。  また、第4点として、倫理の問題である。地 域での活動が求められる中で、一つ一つのケー スの対応を判断する場合、倫理的な判断が必要 である。たとえば、それは単純な倫理基準に 合っているかどうかという判断以上の困難さを 持っている。児童虐待やひきこもりの問題を、 対象者そのものに原因を押し付けずに、家族や 社会、文化、経済、政治のあり方などの社会構 造の文脈の中でとらえなおし、個と社会の関係 性の回復や地域全体の支援の形の改善に取り組 むような姿勢、倫理・哲学が求められる。  実のところ、カウンセリングに訪れる人たち は社会の歪みの中で苦しんでいる人であり、カ ウンセラーは、ゆがんだ社会の中でカウンセリ ングという仕事が生じるという皮肉な役割を 担っている。クライエントとの二者関係に埋没 することは、現状を維持することとなり、それ は、同じような課題を持つ構造を維持すること になりかねないという逆説を孕んでいる。  地域で支援を行う場合、カウンセラーはクラ イエントとの二者関係だけではなく、カウンセ ラー自身が社会的な存在であることの自覚が必 要である。つまり、クライエントが抱える問題 を生じせしめた社会や組織、文化の病理に向き 合って、その社会や組織の持つ構造的課題の解 消に取り組む必要がある。  カウンセラーとクライエント個人との関係だ けではなく、多様な人との関係性が生じてくる 地域での臨床活動においては、「守秘義務」の 取り扱い方がカウンセリングの 要 となる。  第5点として、地域社会の課題にどう答える のか。  日本は少子高齢化社会を迎えて、従来の制度 や組織では対応できない時代に直面している。 また、1995年の阪神淡路の大震災、昨年の3.11 といった未曾有の歴史的自然災害が生じたこと もあり、地域社会をどう構想するのか、地域支 援のあり方についての研究が急ピッチで進めら れる必要がある。  スクールカウンセラー事業については、第1 期:平成7年(1995年)∼平成12年(2000年)の「ス クールカウンセラー活用調査研究事業」から、 第2期:平成13年(2001年)から平成17年「スクー ルカウンセラー活用事業補助」へ。そして、第 3期:平成21年(2009年)から現在にいたる「学 校・家庭・地域の連携協力推進事業」へと発展 している。第3期の趣旨は、「改正教育基本法 第13条〔学校、家庭、地域住民などの相互の連 携協力〕を踏まえ、それぞれの役割と責任を自 覚しつつ、地域全体で教育に取り組む体制作り を目指して、地域の実情に応じた学校、家庭、 地域連携、協力のためのさまざまな具体的取り 組みを促進社会全体の教育力の向上を図る補助 事業」(文部科学省)である。この事業での国 庫補助は3分の1となった。  事業内容としては、(1)放課後子ども教室推 進事業、(2)学校支援地域本部事業、(3)家庭 教育支援基盤形成事業、(4)スクールソーシャ ルワーカー活用事業、(5)スクールカウンセ ラー等活用事業、(6)地域ぐるみの学校安全体 制整備推進事業などがある。スクールカウンセ ラーは臨床心理士だけに限られるわけではな く、補助事業の一部として位置づけられてい る。  村山(2011)は、事業の経緯・概要を踏まえ て「平成20年度からスクールソーシャルワー カー事業が開始されたことは、臨床心理士だけ が学校現場における外部性と専門性を独占して いるわけではなくなったこと」「『異業種間のコ ラボレーション時代』が来たことを意味してい る」「SC 事業は、『事業』であって、『制度』で はない」「まだ創造していき、制度化しなけれ ばならないプロセスにあることを忘れてはなら ない」と指摘した。  スクールカウンセラーに関する事業概念の経 緯をみても、学校だけのカウンセラーではない という方向性が見える。むしろ、「学校・家庭・ 地域の連携協力推進」が趣旨であり、その文脈 からいえば、将来的には、スクールではなく、

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コミュニティ・カウンセラー が必要な時代な のではなかろうか。少子化の中で、学校だけが コミュニティから分断された機能としてではな く、地域コミュニティ全体の中で子育てや教育 を行うという「コミュニティ・スクール」に代 表されるような文脈の中で、学校の概念を捉え 直す視点が必要なのではいかと思われる。  高度経済成長といった右肩上がりの経済成長 というパラダイムは終息を迎えたと言えよう。 むしろ、今後は、質的な発達や成熟社会が求め られている。うつ病や年間3万人を超える自殺 者の増加など、社会全体の不安が現代人の心を 蝕んでいるともいえよう。物質的な豊かさから 心の豊かさへのターンを切る必要があるといえ る。一方で、「心の豊かさ」を理想化するあま り、安部(2011)が指摘する「経済的貧困が精神 的貧困を誘発する図式」を忘れてはいけない。 カウンセラーは、心を取り扱うゆえに、 絵に 描いた餅 とならないような現実検討力とバラ ンス感覚が求められる。  また、貧困や経済的格差等の問題を抱える現 在において、弱者が関係性を喪失し、徐々に社 会的に排除される仕組み(社会的排除)に対し て、人と人、人と社会の関係に着目した「ソー シャルインクルージョン(社会的包摂)」、つ まり、「地域コミュニティが人々のセーフティ ネットや心の支えとなり、『居場所』と『役割』 を与え、人と人をつなげる機能をどれだけもっ ているのか」(安部,2011)という概念は、地 域コミュニティの新たな方向性を示している。  カウンセラーが、地域で生活する一人一人の 「心の豊かさ」につながるような環境のデザイ ンにどのように参画できるのかが大切である。 「誰もが居場所と役割、人と人のつながり」(安 部,2011)を持ちながら、心豊かに生きるよう な「持続可能性」(広井,2006)をもった地域社 会をどのように作り得るのか。地域によって現 状はかなり異なっていると考えられるので、そ れらの地域の実情や固有の問題に応じた個別の 環境デザインが必要であろう。  また、最近ではインターネットの急激な発 展、スマートフォンの普及、ソーシャルメディ アの発展等によって、人と人のコミュニケー ションのあり方が変容している。さらに「ユキ ピタス・コンピューティング」=「モノへのコ ンピューター機能の埋め込み」による「個々人 の多様性を犠牲にせず、社会を効率化できる可 能性をもった始めての技術」が期待されるが、 「インフラ技術だからこそ、多くの問題を生じ かねない」(坂村,2007)と指摘している。  さらに、家族の変容も大きな課題である。少 子化、離婚率の高さ、高い高齢化率(平成25年 度では、25.1%、4人に1人)、長寿社会にお ける一人暮らし高齢者の増加、 老老介護 の問 題、若者の未婚化など、従来的な家族制度のあ り方も問われてくる。  高齢化社会は、医学の発達による貢献が大き いが、その一方で、逆説ではあるが、人間の 死 を受容することの困難さという心理社会的 状況も生まれている。どう死ぬのか、高齢化社 会をどう生きるのかについて問われてくるが、 医療の治療のパラダイムではその疑問に答える には自ずと限界がある。当然ではあるが、心の 問題だけでは解決できず、また、福祉や経済な どの幅広い視点が求められる。様々な情報はイ ンターネットによって十分に普及しているが、 それらの情報をどのように捉え直すのかは個々 人に委ねられている現状ゆえに、ますますその 事実を受け止めにくくなる逆説も見られる。  臨床心理学的な地域支援を行う場合、以上の ような現代的な多様な課題について包括しつつ 統合していくことが求められる。しかし、地域 支援におけるカウンセリングの理論的枠組みが 十分に整えられている訳ではない。  臨床心理学的な地域支援は、平成7年の「ス クールカウンセリング活用調査事業」の導入に よって始まり、さらに、平成21年からの「地域」 をキーワードとした事業(学校・家庭・地域の 連携協力推進事業)によって、住民や多職種間 のコラボレーションを念頭とした地域支援のあ り方を、実践の中で創造していくことが求めら れている。臨床心理学的な地域支援の歴史はま だ浅く、実践や研究の模索は始まったばかりと

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言えよう。  それぞれの課題は、従来の臨床心理学を超え る課題が含まれているゆえに、臨床心理学に加 えて、近接学問領域、例えば、システム論、社 会学、経済学、社会福祉学、さらには、少子高 齢化、過疎化などの人口問題、貧困問題、環境 問題など、多様な視点を組み合わせながら、ク ライエント個人とクライエントを含む社会全体 の視座が求められている。  それらは多様な側面を持った包括的な視点と なるが、現在のカウンセラーは、クライエント 個人の持つ病理、例えば、うつ病や不登校、ひ きこもりの問題をもった個人に対応するだけは なく、その個人が背負った社会病理そのものと 向き合っていくということは避けて通れない。 すなわち、カウンセラー自身が生活する地域社 会や所属する組織等のシステムとの矛盾を抱え るということであるが、それこそが、カウンセ ラーに求められている社会性であり、倫理・哲 学ではないかと考えている。つまり、クライエ ントの内なる声をどう社会に還元するかであ る。  社会への還元とは、単純にクライエントの苦 しみの声を伝えるということだけではなく、ク ライエントの声を反映したような社会づくりや 仕組みづくりへと視野を広げる必要があるとい うことである。そのような視座に立たない場 合、クライエント個人の問題に帰する社会的構 造を継続することになりかねない。  以下、本論では、コミュニティとは何か、コ ミュニティと個人の心との関係、カウンセリン グの内部性と外部性の概念、地域支援における 4つの機能的分類とカウンセリングの位置づ け、その機能による具体的な働き方について、 地域支援を通してみたカウンセリングの包括的 機能についてなどを論じることによって、先述 した5つの課題について筆者なりの視座を示し たい。 2.コミュニティとは何か −ウチとソトの二 重性−  コミュニティについて、経済や公共政策の視 点から、広井(2009)は、「人間が、それに対し て何らかの貴族意識を持ち、かつその構成メン バーの間に一定の連帯ないし相互扶助(支えあ い)の意識が動いている様な集団」と定義した。 さらに「人間の社会は最初から個体ないし個人 が『社会(集団全体)』に結びつくのではなく、 その間に中間的な集団をもつ。したがって、個 体の側から見れば、それはその中間的な集団 「内部」の関係と、「外部」の社会と言う関係と いう、二つの基本的な関係性を持つ」「前者(= 内部関係)の原型が<母親>との関係であり(こ れは哺乳類に共通する)、後者(=外部関係)の 原型、正確には個体を社会全体に『つなぐ』存 在の原型が<父親>である」「ここでいうとこ ろの『重層社会における中間的な集団』こそが すなわち『コミュニティ』というものの本質に なるのではないだろうか。したがって、コミュ ニティは、その原初から、その『内部』的な関 係性と、『外部』との関係性の両方をもってい ることになる」「この 関係性の二重性(ないし 二重性)にこそ、コミュニティの本質がある」。  つまり、コミュニティとは、内部と外部の二 重性の中で存在し、内部と外部とつなげるとい う要素を本来的に有している。  筆者が、身近な例をあげて説明を加えるな ら、例えば、家族は身内(内)であるとともに、 ご近所は家族にとっては部外者(外)である。 ご近所 はA市の一部(内)であるが、A市は ご近所 からみたら外の社会(外)である。し かし、A市という行政レベルでみたら、 ご近 所 はそこで生活する家族にとって ご近所さ ん (内)である。そのような関係が永遠につな がっている。「両者の併存やバランスが重要で ある」と、広井(2009)は指摘する。  また、『タテ社会の人間関係』の著者である 中根(1967)は、日本社会のウチとソトの意識 について、次のように指摘している。  「『ウチ』『ソト』の意識が強く、この感覚が 先鋭化してくると、まるで『ウチ』の者以外は 人間ではなくなってしまうとおもわれるほどの 極端な人間関係のコントラストが、同じ社会に みられるようになる。知らない人だったら、つ

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きとばして席を獲得したその人が、親しい知人 (特に職場で自分より上の)に対しては、自分 がどんなに疲れていても席を譲るといった滑稽 な姿がみられるのである」「日本人による『ウチ』 の認識概念は、『ヨソ者』なしに『ウチ者』だけ でなんでもやっていける、というきわめて自己 中心的な、自己完結的な見方に立っている」「日 本社会は、全体的にみて非常に単一性が強いう えに、集団が場によってできているので、枠を つねにはっきりとしておかなければ――集団成 員が自分たちに、常に他とは違うんだというこ とを強調しなければ、――他との区別がなくな りやすい。そのために、日本のグループはしら ずしらず強い『ウチの者』『ヨソの者』意識を強 めることになってしまう、という集団構成の質 のあり方が問題であろう」  以上のように、中根(1967)が指摘するよう に「ウチの者」と「ソトの者」の分断が進むとし たら、広井(2009)のコミュニティの概念でい えば、コミュニティのウチとソトと言う二重性 を喪失して、つながりをなくすこととなる。そ のような関係性の喪失が進むなら、地域コミュ ニティは、コミュニティとしての本質的な機能 を果たしえず、相互に分断された集団となり、 人と人、人と社会とのつながりが希薄となって しまう。ウチとソトの二重性の機能をどのよう に回復するのかが、現代の課題と言えよう。  新たなコミュニティを新規に打ち立てるので はなく、従来のコミュニティ機能の整理やつな がりの回復が求められる。機能喪失したシステ ムの問題を改善することを試みずに、新しいシ ステムを加えたとしても、それはむしろ従来の システムの機能不全を継続する事になりかねな い。  従って、ウチとソトの両機能を有した中立的 な立場の者が、ウチとソトの両側に介入しなが ら、両者の機能をつなげるような働きをする必 要がある。臨床心理学の概念でいえば、「コン サルテーション」や「つなぐ機能」と言われるよ うな役割を有した者である。 3.コミュニティ心理学の視点  コミュニティの中で動くとはどのようなこと であろうか。ここでは、コミュニティ心理学に ついて説明をする。  コミュニティ心理学は次のように定義され る。  「個人の内部(パーソナリティー)の諸要因の 改善だけでなく、個人をとりまく環境的諸要因 の意図的な操作・変革を通して、当の個人と環 境との間の適合性(fit)を改善し、人々の適応 や健康・福祉・達成を促進するとともに、当該 環境(おもに社会環境または社会体系)の効果 性や健康度を向上させようとする組織的な実践 と研究の努力」(安藤,1989)  金沢(2002)は、コミュニティ心理学を理解 するうえでは「発想の転換」が必要であるとし て、次の点を指摘している。 ・「問題(病気)をもった人」よりも、「生活をし ている人」という側面を重視。 ・生活環境から切り離された面接室の中でクラ イエントを相手にするよりも、その人と普段の 生活環境との関わりに目を向ける。 ・対象は、個人の行動だけではなく、家族や職 場といった小集団から、地域社会、行政単位、 政策といった、広く社会システム全体を対象と している。 ・問題の捉え方には、個人の問題としてとらえ るだけではなく、システムの問題、システムと 個人との間の関係の問題、複数のシステム間の 調整の問題等の捉え方をする。 ・専門家一人でクライエントを抱え込むのでは なく、さまざまな人々が協力しあって問題に対 処する。 ・専門家と専門家以外の人々の協力体制・連携、 つまりチームワークが不可欠である。 ・コーディネーターやオーガナイザーとして、 また、専門家以外の人々への協力者(コンサル タント)として、コミュニティ心理学の専門家 は活動する。 ・問題が起きてからの対処よりも、予防・生活 の質向上に関して力を発揮する。 ・社会システムに変化を導入する事によって

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人々の生活の質向上と問題の予防を目指す。  ・人間行動は個人とその人がおかれているコン テクスト(制度、組織、集団等)との間の相互 交流の中にある。(エコロジカル・モデル) ・個人か環境かという二者択一の考えではな く、個人と環境の両者を変える、あるいはその 組み合わせを変えることによって変化が生じ る。  以上のように、コミュニティ心理学は、個と 社会の両システムの関係性に着目し、個だけで はなく、集団や地域社会へと働きかけることの 重要性を示している。集団や地域社会が変化す れば、個も変化するという関係性にある。  仮に、カウンセラーが個と社会と言う両機能 を有する場合、従来のカウンセラーとクライエ ント個人の「面接構造」というパラダイムと矛 盾が生じる。  一方で、先に外観したスクールカウンセラー 事業の変遷の中で、コミュニティ・アプローチ と、個人アプローチをどのように統合するのか という現実的な課題を避けては通れない。  コミュニティ・アプローチは、主にシステム 論やエコロジカル・モデルから、個人や集団、 社会を捉える。クライエントをめぐる関係シス テムを抽出したともいえる。個からだけからで はなく、「地域や環境」も含めた全体をとらえ ようとする。  しかし、学校や会社といった組織や環境の中 で、個人であるカウンセラーがどのようにクラ イエントと面接をし、ソーシャルワーカーとは 異なったカウンセラーとしての独自性を有しな がら活動できるのかの具体像については十分に 検討されているとは言い難いといえる。 4.個人と社会をつなぐ統合的心理援助モデル  下山(2002)は、こころをどのようにとらえ るのかについて、主観と客観の分離に基づくこ とが、こころの捉え方の分裂を引き起こすとし て、方法論の基礎にあるこころの概念の見直し として、こころを「主観と客観、あるいは個人 と社会が分離する以前の関係態」として提案を し、システム論の考え方を参考にして次のよう に説明した。  「 こころ は、生理や身体ンなどの生物的側 面から切り離されたものではない。むしろ、認 知や感情から成る こころ が生理システムと相 互に関連しあうことで個人が成立している。そ の点で、 こころ は、関係態である」「個人シ ステムは、家族、学校/職場、地域といった社 会システムら独立して存在しているのではな い。むしろ個人や、社会システムの下位システ ムとして成立している。個人システムは、行 動、特にコミュニケーション行動を通して社会 システムと関係しながら生活している」「 ここ ろ を関係態として理解するならば、 こころ は人々との関係のなかにあることがみえてく る」「したがって、心理的問題の解決の援助を 行う場合、単に心理的次元に介入するだけでは なく、他の次元との関係に介在し、そのつなが りのあり方を調整する方法が重要となる」  また、下山(2002)は、Feldman(1992)の統合 的心理援助モデルを紹介して、現実の複雑系へ の対応として統合的視点の重要性を指摘した。  「個人(の心理)と社会の間には矛盾があり、 それが心理療法間の対立を生み出す要因となっ ていた」「この心理内(intrapsychic)と対人間 (interpersonal)を分けて対立的なものとして考 えることが、個人(の心理)と社会を矛盾した ものとして捉える原因となっている」。  その関係について、家族療法家の Feldman (1992)による両者を含んだモデルを示した。  Feldman(1992)は「個人の心理内力動と対人 関係である家族力動は、図1に示すように、円 環的な循環過程となっているとする。そこで は、心理内には精神分析や認知療法の要素が関 わり、対人間には家族療法やコミュニティ心理 学の要素が関わることとなる。そして、その間 をつなぐのが行動療法の要素となる」とした。  個人と社会をつなぐ心理援助に関して、下 山(2002)は「現在の日本の臨床心理学にあって もっとも切実な問題なっているのは、スクール カウンセリングの領域である」「学校という社 会場面における生徒個人の心理援助や教師や家

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族への援助を統合する活動を展開することが求 められる」と指摘した。  個人と社会をつなぐ心理援助は、学校領域だ けではない。ひきこもりや児童虐待などは、学 校で生じる現象ではなく、地域で生じる現象で あるゆえに、クライエントが来談するという従 来のカウンセリングの考え方では支援が困難で ある。学校では生徒だけではなく、その家族を 支援する場合も多い。子育て支援では、来談し ない家族に何らかの問題があり、産業領域で は、会社組織の問題が大きく、うつ病や自殺と 関係している可能性もあり、システムへ介入す る必要性がある。高齢者支援では、いわゆる 老老介護 や一人暮らしの高齢者への支援は、 相談室で相談者を待っているだけでは難しい。 それらの現実に対してどのように対応し、臨床 心理学の諸理論の対立から統合の方向へ向か い、どのように よりよい社会づくり に寄与で きるのか。  下山(2002)が提案するように、「理論の適応」 から「現場からの発想」へと転換をして、「現場 構成の活動モデル」を生成していく必要がある。 5.カウンセリングの内部性と外部性の概念  −ウチとソトの境界的立場−  筆者は、学校や児童養護施設での実践を通し て、カウンセラーの内部性と外部性の概念の重 要性について提案をしたい。つまり、ウチとソ トをつなぐ機能である。  コミュニティの構造は、システム論から説明 すると、個人システムは、生理システムや心理 システムからなり、個人システムは、学校シス テムや家族システム、地域システムの一部を成 している。それらは相互に 入り子 状態でつな がっている。  前述の広井(2009)が指摘したように、コミュ ニティとは、 ウチとソトの二重性 をもってい る。中根の概念をもって説明するとしたら、ウ チのシステムだけに閉鎖すれば、ウチとソトは 分断されてしまう。それぞれの機能が多様性を もって分化しているともいえるかもしれない が、相互の機能の分断という点では、それぞれ のシステムが独立して成立するには限界がある ゆえに、時代の変化に対応できずに容易に機能 不全を起こしてしまう。  従って、ウチの人にとっては、ウチの世界を 変更することが難しく、ソトの人が必要なので あり、しかしソトの立場の人が簡単にウチの仲 間になってしまえば、ウチはますます閉塞す る。つまり、ウチとソトの両方を行き来するよ うな機能を有する者が必要なのである。ウチの 者にとってソト者は、ウチのことを理解できる 者であることが重要である。  スクールカウンセラーの機能として、学校 システムの「ウチ(身内)」であり「ソト(外部の 専門家)」であるという 境界的機能 について は、「境界性と社会性を共に生きること」(西村, 2000)、「ウチとソトの境界膜」(湊,2000)、「境 界人」(早川,2002)として繰り返し指摘され ている。スクールカウンセラーは、学校にとっ てヨソモノであると同時に、学校専属のミウチ 図1 Feldman(1992)の心理内(個人)と対人間(社会)の相互関連図式

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でもあるという曖昧な立場にある。その事に よって、 身動きがとれなく なる一方で、 無 意識的な集団力動に気づくことによって、ス クールカウンセラーの学校内における機能と役 割を見出す ことができる(湊,2000)。また、 学校にて個人心理療法を行う場合、安定した面 接構造を持つために担任との連携が重要であ る。同時に いかにして境界人としての自分を 見失わないようにするのか (早川,2000)が求 められる。  「境界膜」機能とは、 学校コミュニティの中 でヨソモノとして見られたり、ミウチとして見 られたりする曖昧なスクールカウンセラーの立 場を利用して、生徒や教諭の集団力動及び彼ら の個人力動に変化を及ぼすシステムの一部とし て機能する (湊,2000)ことである。仮に、最 初から組織に位置づき過ぎる場合、第三者とし て機能しにくい状況が生じる。学校のミウチと して「集団的圧力」(湊,2000)に飲み込まれる 場合、スクールカウンセラーは自律性を喪失 し、教師はスクールカウンセラーに本音を相談 できなくなる。スクールカウンセラーには「異 質性の認識」(湊,2000)が必要である。  境界的な立場について、例えば、不登校の保 護者の相談を受ける場合、それは、学校内部の カウンセラーとして登場するが、保護者にした ら、外部の専門家であるからこそ、本音の話を できる。その保護者のカウンセリングをもと に、不登校の生徒とその家族のアセスメントを 行って、担任や管理職、教育相談担当者、養護 教諭等へと必要な情報を示すが、その立場とし ては、「ウチ(身内)」である。  一方で、「外部の専門家」として、生徒の心 理と行動、保護者の心理と行動などの心理アセ スメントを行って、具体的な支援のための方向 性を示したうえで、担任、管理職、教育相談担 当者、養護教諭等それぞれの役割分担を示すこ とが必要である。  学校と言う場では、生徒、家庭、学校、地域 の多様な領域が「重層構造」を成す。それらの システムはシステム同士で対立する事が生じて くる。例えば、生徒は保護者のことを批判し、 保護者は学校を批判し、学校はその保護者を受 け入れがたいなど。個人のみが来談するカウン セリングの形であれば、立場や考え方の矛盾し た関係者が一度にカウンセリングにくることは 考えにくい。一方、生活でカウンセリングを行 うということは、個人来談カウンセリングに比 べて、現実の状態がリアルにわかるし、問題へ の介入もしやすい。  また、心理アセスメントを十分に行ったうえ で、それらの多層構造のシステムの各レベルに 応じた具体的な対応を行って、生徒と保護者の 支援体制が整うような環境を作り出すような介 入を行うことが求められる。  したがって、スクールカウンセラーが、例 えば、学校の「ミウチだけの人」になることは、 スクールカウンセラーはウチとソトの境界とい う専門的機能を放棄したことになる。カウンセ ラーには、その内部性と外部性の両機能を有し て、システムのウチとソトをつなぐだけの力量 が必要である。ウチにいながら、外部の専門家 として説明をすることが求められる。その立場 は、時には学校と対立関係が生じることとなる 危険性をもっている。対立関係が生じることが 問題なのではなく、そのことも含めてどこまで 心理アセスメントを行うことができ、柔軟で中 立的にウチとソトを動くことができるかであ ろう。カウンセリングに 危機 はつきものであ る。その 危機 状態を チャンス にするだけの 力を関係者が持っているのか、持っていないと してもどのようにしたら引き出せるのか、どの ような組み合わせが必要なのかなどを、各シス テムへとアクセスしながら、それらの情報を組 み合わせながら縦横無尽に考える 自由度 がカ ウンセラーには求められる。  一方、ある組織の中で、カウンセラーが 自 由度 を失っていることがあるとしたら、まさ に、それがその組織の現状でもあろう。そのよ うなカウンセラー自身の 自己の体験 から、組 織システムの機能不全がどこにあるのかを見極 める視座をもつことが大切である。カウンセ ラーが感じる 息苦しさ を見逃さずに、もっと 広い文脈でその自己の体験を位置付け、粘り強

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く再構築に向けて働きかけることである。  それが、その組織と外部の境界に立つ第三者 としてのカウンセラーに求められる倫理的活動 といえる。 6.コミュニティにおけるカウンセリングの包 括的機能 −心の内と外の統合的・包括的役 割−  5においては、コミュニティのウチとソトの 二重性の構造を踏まえて、境界的な立場にある カウンセラーがコミュニティ中での力を発揮で きることを説明した。  しかし、それでは、ソーシャルワーカーとの 違いはどこにあるのであろうか。ソーシャル ワーカーもまた、ウチとソトを行き来する専門 家である。  カウンセラーは、心理(心の内)の専門家で ある。つまり、心の内と外をつなぐ役割に重点 がおかれる。クライエントの内的世界を軸に、 活動を展開するのがカウンセラーと言える。 ソーシャルワーカーは、主に外的世界への現実 的な対応に重点を置く。  つまり、次のような4つの領域の機能に分け ることができる。  組織のウチとソト×心の内と外=4つの領域 である。  <第1の領域> 組織のウチと心の内   内部の者として、心の内面理解を全体へ伝 える。  <第2の領域> 組織のウチと心の外   内部の者として、不適応行動を把握して対 応する。  <第3の領域> 組織のソトと心の内   外部の専門家として、心の内面を理解して 関わる。  <第4の領域> 組織のソトと心の外   外部の専門家として、外部の専門機関を紹 介する。  ソーシャルワーカーの役割と機能の力点は、 第2領域、第4領域である。心の内に関わる が、そのベクトルは、心の外から心の内へと向 いている。  カウンセラーは、個人の心の内(心理)から ベクトルが発せられた上で、第1∼第4の領域 のすべてを行き来する。特に、第1と第3の領 域に役割と機能の力点を置く。  以上を踏まえて考えた場合、コミュニティは ウチとソトの連続性 で形成されているが、そ の個人レベルでも 心の内(心理)と 心の外(適 応)もまたつながっていることがわかる。  具体的にいえば、心の内における外界世界の 捉え方がかわれば行動も変わってくる。保護者 にとって外部の専門家として関わり、その心の 内面理解をしながら、それを組織へと伝える。 その場合、 守秘義務 をどのようにとらえるの かが課題となる。コミュニティにおけるカウン セリングでは、説明と同意を行ったうえで、守 秘義務をどのように守るのか、どこまで情報を 共有するのかが重要である。 守秘義務 は、言 われたことを誰にも話さないというルールでは ない。目の前のクライエントにとって、何を守 秘すべきで何を共有すべきかという点をクライ エントと十分に共有することであろう。その点 でいえば、クライエントが置かれている状況や 今後の展開可能性を含めた 心理・社会的アセ スメント と同じである。 心理・社会的アセス メント がしっかりとできて、そのうえでこそ、 クライエントとのラポールは形成されるのであ り、そのラポールの程度、情報の共有に関する 話し合いがクライエントとできるからである。  カウンセラーは、コミュニティの「ウチ」と 「ソト」と、心の「内」と「外」の4つの領域を行 き来する独自性を有する。クライエントとコ ミュニケーションをとって、そのやり取りの 中から 心理・社会的アセスメント を行い、ラ ポールを作り上げて、さらにそこ関係性だから こそ得た心の情報を踏まえて、ウチとソト、内 と外をつなぐような環境を引き起こすように、 個人、家族、学校、地域などの重層構造をなす システムの各レベルに介入を行うことができ る。そのようなカウンセラーの介入は、あくま

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で、個人の心の内から発せられ、地域コミュニ ティの関係性を回復するベクトルをもってい る。  そのことによって、コミュニティにおけるカ ウンセラーの役割は、心の内(心理)の問題か ら発して、それを生ぜしめている外(社会)と の適合性を促進する「統合の機能」あるいは「包 括の機能」と呼ぶことができる。  また、コミュニティにおけるカウンセリング においては、生活場面で生活者の一人としてク ライエントや問題と出会うゆえに、下山(2002) が指摘するように、「現場からの発想」にたっ た活動モデルをことが、コミュニティの現代的 課題が山積である現状において急務であると考 える。 7.まとめ  本稿では、地域支援を行う上での5つの課題 をあげた。それらを若干でも説明できるよう な、理論的枠組みについて論じた。具体的に は、コミュニティにおける内と外の二重性や連 続性、そのコミュニティにおけるカウンセラー の境界的立場による、カウンセリングの「内部 性と外部性の概念」、個人の心の内と外界をつ なぐ機能である。さらに、カウンセラーは、個 人の心の内面を軸として、それら4つの領域を 行き来する境界的機能をもつ。そして個人の心 理と外界や社会を包括する(つなぐ)独自性を 有している。これらの機能を「包括的機能」と 呼ぶ。  カウンセラーは境界的立場を活用しながら、 個の心の内に生じている苦悩を社会全体の文脈 からとらえなおして、地域や社会へと還元して いく視点を示すことによって、地域社会に生じ ている心に関する多様な課題を改善していく重 要な役割と可能性を有している。  虐待やひきこもり、自殺などの心の問題は個 人に生じているがそれは家庭や会社、学校、地 域社会の歪みの結果にて生じている。超高齢化 社会を迎える現代において、地域の中で問題は 生じてくる。それぞれの専門機関の独自の専門 性が高まるにつれ、互いのシステムは地域とし ての全体性を喪失しがちである。そのような現 状や将来像を踏まえて、カウンセリングのあり 方は、来談者が相談にくるという二者関係のみ の世界に留まるのではなく、個人と社会の多層 構造の各レベルへと関わり、それらの関係性の 変容の全体がクライエントの福祉にかなうよう に守秘義務をきちんと取り扱うやり方がさらに 研究されることが重要である。 引用文献 安藤延男 1989 コミュニティ・アプローチの基礎  安藤延男(編) コミュニティの再生(現代のエ スプリ 269号) 至文堂 9 21. 阿部 彩 2011 弱者の居場所がない社会 貧困・ 格差と社会的包摂 講談社現代新書.

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参照

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