子どもにおける「おおきい自分になった」という自覚とその展開(1)
1 n m I I 問題と目的 イ」と う‰−ある2人の子どもの場合
鈴 木 政 勝
四 に この時期のゆうは まだはっきりと自覚しているのではないが・ 「自分はもう赤ちやんでは問題と目的
研究の方法
「おおきい(お兄ちゃんである)白分になった]という認識(白覚)とその展開
「おおきい(お兄ちゃんである)白分になった」という認識(白覚)とその展開
2「おおきな年上の子ども(お父さん、お母さん)みたいに、おおきい自分である」という認識 (自覚)とその展開 山田洋子氏は、(乳幼児の社会的世界JI)のなかで、ゆうという当時2歳5ヵ月の子どもの次のよ うなエピーソードをあげている。私は、このエピーソードにつよく引きつけられた。母とゆうとで姉の保育園へ遊戯会を見に行く。姉の友だち二人(三歳)といっしょに見る。ゆう
がまだ哺乳びんを使用しているのを見て、二人が「ゆう君赤ちゃんだねえ。まだ哺乳びんで飲んで
いるの」と言った。そのときは「ユー アカチャント チガウ」と言っただけであったが、その夜
「ユー オチュメチュルノ イヤ」と言うので、母が「おしめしないのなら、ジャージャー(牛乳)も
なしよ」と言うと[ユー ジャージャーノマズニ ネンネチュル]と自分から言い、ほんとうに飲ま
ずに母の手をつかんで寝た(いままでも、白分から同様なことを言い出したことはあったが、眠る
まぎわになると、どうしても飲まずにはいられなかった)。翌朝「ユー モウアカチャン ジャナ
う。さらに、翌日「ユー モウアカチャン ジャ ナイ」「チィ(姉)ト オンナジネ」と言 この時2歳5ヵ月のゆうは、姉の保育園に遊戯会を見に行く。ゆうは、そこでは、哺乳瓶を口に くわえていた。姉の友だち(3歳)がそのゆうをみて「(哺乳瓶で飲んでいる)赤ちゃんだ」と言う。 つまり、ゆうを「赤ちゃんである」と認識する。 ない、既におおきい自分になった」と自覚(白己認識)している。あるいは、「白分はもう赤ちゃん ではない、既に(姉と同じようにおおきい自分であるという意昧で)お兄ちゃんである自分になっ た」と自覚(白己認識)している。そして、同時に「おおきい(お兄ちゃんである)自分でありたい」 と思っている。 こうしたゆうに対して、姉の友達が、「赤ちゃんである」と認識する。ゆうは、「赤ちゃんである」−49-鈴木政勝
と認識されると、悲しい。ゆうは、「いや、そうではない、白分はもう赤ちゃんではない、既にお
おきい白分であるのだ」と改めて自覚(自己認識)する。そして「おおきい白分でありたい」と思う。
そこで、ゆうは、「自分はもう赤ちやんではない、既におおきい自分である」ということを、確
かめる(確証する)ことをしようとする。ゆうは、確かめようとして、おしめをすることをしない ということを選ぶ。おしめをすると周りの人は「赤ちゃんである」と見なす。ゆうは、その「赤ちゃ んである」と見なされるおしめをすることをしないことを選ぶ。「ユー オチュメチュルノ イヤ」 と言い、白分からおしめをすることをしないという行動をする。 そうすると、周りの人は、「ゆうは、おしめをしない、だからもう赤ちゃんではない、おおきい 子どもである」と認識する。そこで、ゆうも ゆうは、このことを行うことを通して この時期の子どもは る」と認識する、あるいは この周りの人の認識を受けて 白分はおしめをしない所の、 おしめをするこ 赤ちゃんではない 自ら、おしめをしない所 周 「○○は赤ちやんである」と認識す この周りの人の認識を受けて・ 白分 確証する行 とをしないという行動をした自分を、「そうだ おおきい自分であるのだ」と認識する。 ゆうは、姉の友達から「赤ちゃんである」と認識されたとき、自分は「赤ちゃんではない、既に おおきい白分であるのだ」と改めて白己認識した。ゆうは、その、自分は「赤ちゃんではない、既 におおきい自分であるのだ」ということを、「そうだ、このように、白分はもう赤ちゃんではない、 おしめをしない所の既におおきい自分であるのだ」と確かめるのである。 ゆうは、このことを行う。 第三者の立場から見ると 「白分は、赤ちゃんではない、既におおきい自分に −50− のおおきい白分になっていく(おおきい自分へと成長していく)、ということができる。 さて、2歳5ヵ月のゆうが、ある状況において、自分から「おおきい白分である」と認識(自覚) し、また「おおきい白分でありたい」と思い、自分から確証する行動をし、そして自分から「∼する 所のおおきい自分である」と認識し、確かめるということ、そして、このことを通して自らおおき い白分へと成長していくということ、を述べた。だが、このことは、この時期のゆうだけに見られ るのではない。この時期の他の子どもにも共通して見られることである。 もちろん、どのようにして「おおきい自分である」と認識するようになるのか、確証するために どのような行動を選び行おうとするのか、どのような「∼する所のおおきい白分である」と認識す るようになるのかなどは、子ども1人1人によって、また状況一つ一つによって異なる。だが、こ の時期のゆうに見られるこのことは、この時期の他の子どもにも共通にみられることである。 まだ「白分はおおきい自分になった」と認識していない場合には りの人が「○○は、おおきい子どもになった」と認識する、それを受けて、自分を「おおきい白分に なった」と認識する。そして、「おおきい白分でありたい」と思う。 既に「おおきい自分になった」と認識している場合には、周りの人が「○○はおおきい子どもであ ゆうの場合に見られたように る。このことによって、白分を「そうだ。自分は既におおきい自分であるのだ」、あるいは「いや、 そうではない。自分はもう赤ちゃんではない、既におおきい自分であるのだ」と改めて認識する。 そして、「おおきい白分でありたい」と思う。この時期の子どもはまた、このように
なった(おおきい自分である)」と認識すると、そして「おおきい自分でありたい」と思うとが既におおきい自分であることを、確かめようとする。子どもは、周りの人が「赤ちゃんである」
と見なすことをしないという行動を選び、あるいは逆に周りの人が「おおきい子どもである」と見
なすことをするという行勣を選び、白分からしようとする。
子どもが、この行勤を行うと、周りの人は「○○は∼した。だから、赤ちゃんではない、おおき い子どもである」と認識する。そこで、子どもは子どもにおける「おおきい’自分になった」という白覚とその展開(1) 動を行った自分を、「自分は∼する所の、赤ちゃんではない、既におおきい自分である」と認識す る。 子どもは、周りの人が「おおきい子どもである」あるいは[赤ちゃんである]と認識したとき、[白 分は既におおきい白分である]と改めて認識し、そして[おおきい白分でありたい]と思った。子ど もは、その「自分は既におおきい自分である」ということを、「そうだ、このように自分は∼する 所の既におおきい自分であるのだ」と催かめるのである。 そして、子どもは、このことを通して一子ども自身の立場からではなく、第三者の立場から見 ると
白ら、∼する所のおおきい自分になっていく(おおきい白分へと成長していO、という
ことができる。
たしかに子どもは
ここにおいて、おおきい自分になろうとして、このことを行うのではな
い。そうではなく、自分は既におおきい自分であると認識し、そうであることを確かめる行動を し、そしてその行動をした白分を∼する所の既におおきい自分であると認識するのである。また子 どもは、自分はおおきい自分になったと認識するのでははなく、自分は∼する所の既におおきい自 分であると認識するのである。だから、子どもの意識の上では、このことを行うことを通して、自 分はおおきい自分になったというようには捉えられていないのだが、第三者から見ると、子ども は、自ら、∼する所のおおきい自分になっていく(おおきい自分へと成長していO、ということ ができる。 親、保育者からさせられてする、あるいは親、保育者からこうしなさいと要求されそれに従って するという仕方ではない。自分から「もう赤ちゃんではない、既におおきい自分なのだ」と認識し、 そして自分から確証する行動をし、そして、自分から「∼する所の既におおきい自分である」と認 識し既におおきい白分であることを確かめる、という仕方で、自からおおきい白分になっていく (成長していく)、ということができる。さて、以上、筆者は、2歳5ヵ月のゆうが、またゆうだけでなくこの時期の子どもが、ある状況
において、①自分は「おおきい白分になった(おおきい自分である)」と認識(自覚)し、②自分が「既
におおきい白分であること」を確証する行動をしようとし、そして、③その行勤をした自分を「∼
する所の既におおきい自分である」と認識し、確かめる、ということ、このことをかなり詳しく述
べてきた。筆者が、子どものこの①、②、③のことを、これほど詳しく述べてきたのは、次の理由
による。
筆者は、幼児教育の研究者として、保育者は子どもにどのように働きかけたらよいのか、かなり
長い問にわたって、考えてきた。その中で、次第に、次のように考えるようになってきた。幼稚
園・保育所の保育者の多くは、子どもを理解し、その子どもをどんな子どもに育てたいのか考え、
そしてその子どもを自分が考えた子どもに育てようと働きかける。たしかに子どもは、保育者がこ
のように働きかけるということを通して、育つ。だが、子どもは一保育者がこんな子どもに育て
ようと働きかけることを通して育つというだけでなく 自分の中から何か湧き出でてくるものがあり、自ら育っていく、というものでもあるならば、保育者は
その子どもをどんな子どもに育 てたいのか考える前に、また自分が考えた子どもに育てようと働きかける前に その子どもがどのように自ら育っていくのか提え理解することが、大切ではないか、と考えるようになってきた。
また、幼稚園、保育所の保育者は、その子どもがどのように自ら育っていくのかの理解にもとづ
いて 自分の考えた子どもに育てようとする働きかけをするだけでなく つこと、そのことを助ける(援助する、支援する)という働きかけをすること と考えるようになってきた。 −51− その子どもが自ら育 も、大切ではないか鈴 水 政 勝 このように考えるようになってきた筆者にとって、子どもの行うこの①、②、③のことは、まさ に、子どもが自ら成長するということ、このことの一つの姿を示すものとして見えてきたのであ る。 では、子どもが白ら成長するということを示す、子どものこの①、②、③のことを、子どもは、 いつ、どのように行うようになるのだろうか。また、どのように展開していくのだろうか。 具体的にいえば、 (1)子どもは、何歳何カ月頃、どのようにして、自分を「おおきい白分(お兄ちやんである自分) になった」と認識するようになるのだろうか。 子どもは、「おおきい自分になった」と認識すると、次のいろいろな状況において、「自分は既に おおきい自分である」と改めて認識し、確証する行動をし、「∼する所の既におおきい自分である」 と認識することをしていく。そしてさらに、その次の状況、その次の次の状況・・べこおいて、こ のことを行っていく。 子どもは、どのような次の状況(次の次の状況、‥0において、おおきい自分であると改めて 認識し、どのような確証する行動をし、どのような「∼する所のおおきい白分である」と認識する ことをしていくのだろうか。 そして、次の状況、次の次の状況‥・において、このことを行っていくことを通して、何歳何カ 月頃に、白ら、どのような∼する所のおおきい白分へと成長していくのだろうか。 (2)子どもは、次の状況において「白分は既におおきい白分である」と改めて認識し、確証する行 動をし、「∼する所の既におおきい自分である」と認識することを積み重ねていくと、次に、「白分 は、おおきな年上の子どもみたいにおおきい自分である」「自分は、おおきなお父さん(お母さん) みたいにおおきい自分である]と白分を認識するようになる。 ● ● ■ ● ● ■ ● ● ● 幽 ● 働 ● 子どもは、何歳何カ月頃、どのようにして、このように認識するようになるのだろうか。 子どもは、この白己認識を獲得すると、次の状況、次の次の状況・・べこおいて、「自分は、お おきな年上の子ども(お父さん、お母さん)みたいにおおきい自分である」と改めて認識し、確証す る行動をし、「おおきな年上の子ども(お父さん、お母さん)みたいな∼する所の既におおきい自分 である」と認識することをしていく。 では、子どもは、どのような次の状況(次の次の状況、・‥)において、「年上の子どもみたいに (お父さん、お母さん)おおきい自分である」と改めて認識し、どのような確証する行勤をし、どの ような「年上の子ども(お父さん、お母さん)みたいに∼する所のおおきい自分である」と認識する ことをしていくのだろうか。 そして、次の状況、次の次の状況・‥において、このことを行っていくことを通して、何歳何カ 月頃に、自ら、どのような年上の子ども(お父さん、お母さん)みたいに∼する所のおおきい自分 へと成長していくのだろうか。 筆者は、子どもにおける上記(1)、(2)のことを提えることのできる二つの資料を見出した。 一つは『子どもの自然誌』3)であり、もう一つは『幼児期の言語生活の実態』4)である。前者は、矢 野喜夫、矢野のり子氏が、その子どもWの、家庭、近隣、保育所などでのその生活と成長を記録し たものである。この中には、Wにおける上記(1)、(2)のことを提えることのできる記録が含ま れている。また、後者は、野地潤家氏が、その子ども澄晴の、家庭、近隣、幼椎園での、父、母、 兄弟、近所の人などとのかかわりを、そこでかわした言葉も含めて、詳しく記録したものである。 この中には、澄晴における、上記(1)、(2)のことを提えることのできる記録が合まれている。 本稿は、この二人の子どもに関する関連する記録を分析・考察することを通して、Wの場合にお
-52-子どもにおける「おおきい自分になった」という白覚とその展開け)
ける、また澄晴の場合における、上記(1)、(2)のことを、明らかにすることを目的とする。
なお、本研究は、「子どもにおける「おおきい自分になった」という自覚のその展開(1)−ある2
人の子どもの場合−」(本稿)と「子どもにおける「おおきい自分になった」という自覚のその展開(2)
−ある2人の子どもの場合−」に分かれる。前者(本稿バこおいては、問題と目的、研究の方法、及
び上記(いについて述べ、後者では、上記(2)について述べる。
n 研究の方法 『子どもの自然誌』に記されているWの記録の中から、また、『幼児期の言語生活の実態』に記さ れている澄晴の記録の中から、関連する記録を選び出し、それを分析・考察することを通して、W における、また澄績における上記(1)、(2)のことを明らかにする。 また、本稿では、以下Wと澄晴の関運する記録を数多く引用するが、澄晴の記録の引用にあたっ ては、引用文の前に、(a)その年月日、曜日、(b)その時澄晴は何年何力月であるのか、(c)そ の時澄晴は満何歳何力月であるのかを一例えば、昭和25年12月31日(日)2年10ヵ月(満2歳 9力刑 といったように、引用者の方から記すことにしたい。もちろん、(a)、(bバこついて は、『幼児期の言語生活の実態』の中に記されているものであるが、引用する記録と同じ頁に記さ れていないことが多いので、引用者の方から記すことにしたい。 また、(b)に関しては、野地潤家氏は、例えば2年1ヵ月、2年2ヵ月、O年3ヵ月‥・と いうように数えている。ただ、この数え方は満年(月)齢の数え方と異なる。満年(月)齢の場合は、 2歳O力月、2年1ヵ月、2年2ヵ月・・・と数えるからである。その時澄晴が満何歳何カ月で あるのかについてもWの場合と比款するために必要であるので、引用者の方から、(満2歳9ヵ月) といったように、記すことにしたい。m「おおきい(お兄ちやんである)自分になった」という認識(自覚)とその展開
1「おおきい(お兄ちゃんである)自分になった」という認識(自覚)とその展開
Wは、また澄晴は、何歳何か月頃、どのようにして、「おおきい(お兄ちゃんである)自分になっ た」と認識(白覚)するようになるのだろうか。 まず、Wの場合からみてみよう。 Wの満2歳9ヵ月頃の事例として、次の事例がある。 二歳九ヵ月ごろから、食事のとき食べ終えると、食器棚のガラスに映る自分を見て「オーキク ナッタ」というようになった。二歳十ヵ月十九日のときには、朝食を少し食べただけで食卓の椅子 の上にあがり、例によって食器棚のガラスに自分の姿を映して母に「ゴハンタベヘン(食べない) カッタカラ コンナニ、チーシャ(小さ)カッタ。ゴハンタベタカラ コンナン、オーキクナッタ」 といいながら、初めはかかんでうずくまり、あとで大きくなったというとき立ち上がって両手をあ げてみせた。 自分が小さい状態から大きくなったという白覚が生まれたのである。もっとも、このことはおそ らく、母や祖母がしばしば「大きくなったねえ」といっていることが作用していると思われる。と はいえ、食事をしてガラスに映る白分を見て「オーキクナッタ」と白認し、白己評価するにいたっ −53−鈴 本 政 勝 たのは、W自身の自発性によってである。5) Wは、この事例に見ることができるように、2歳9ヵ月 い自分になった」という自己認識をもつようになっている。 ぐらいから、[おおきくなった]「おおき Wが、このような「おおきくなった」「おおきい自分になった」という自己認識をもつよ たのは・ 矢野喜夫、矢野のり子氏が「このことはおそらく、母や祖母がしばしば『犬き ねぇ』といっていることが作用していると思われる」6)と指摘しているよ引 引こなっ くなった 周りの人にこで は母や祖母)がWを「おおきくなった」「おおきい子どもになった」と認識したということが作用し ているものと思われる。周りの人が「おおきくなった」「おおきい子どもになった」と認識した。そ こで、Wも、それを受けて、自分を「おおきくなった」「おおきい自分になった」と認識するように なったのである。もちろん、そのさい、Wが、周りの人の「おおきくなった」「おおきい子どもに なった」という認識を理解するためには、また、自分自身により白分を「おおきくなった」「おおき い自分になった」と認識するためには、「かつて」は「小さかった」、しかし「いま」は「おおきい(お おきくなった)」ということを捉えることができる、という認知的発達が前提となる。Wは、こう した認知的発達を前提にして、周りの人の「おおきくなった」「おおきい子どもになった」という認 識を受けて、自分を「おおきくなった」「おおきい自分になった」と認識していくのである。 Wは、また 自分を「大きくなった」「おおきい自分になった」と認識するだけではなく のようにも、認識するようになる。 次 三歳○カ月十六日の朝、Wはいつものようにテレビの幼兄香組を見るとき、「アッチャンモ」と いって九ヵ月の妹といっしょに見たがった。体操が始まったのでWは画面を見ながら動作をまねし ていたとき、母が妹の手をもって動作をさせようとすると、「アカン、オニイチャンガシタゲルノ。 アッチャンワ ミルダケ」といってやめさせた。白分だけが体操をすることができるのであり、そ のとき白分は妹に対して「オニイチャン」なのである≒
つまり、Wは、3歳Oカ月までの時点で、自分は「お兄ちゃんである自分である」という自己認
識ももつようになっている。
が ここでいう、白分は「お兄ちゃん(である自分)である」ということは そして、さらにWは るとき 自分を「おおきな自分である」 ただ自分をそのように認識するだけではなく Wには兄がおり、Wは その兄を「お兄ちゃん」と呼んでおり、そして兄自身も自分を「お兄ちゃん」と呼んでいるのである その兄のことを意昧しているのではない。そうではなく、赤ちゃんではないという意昧でのお兄ちゃんという意昧である。Wは、妹を赤ちゃんと提え、そして自分を、もはや赤ちゃんではな
いという意昧でのお兄ちゃんと提えるのである。
「お兄ちゃんである自分である」と認識す 白分を家族である父、母、兄、妹との関 係の中に位置づけて提える。 Wの3歳4ヵ月の時の事例として次の事例がある。 三歳四ヵ月二十八日のとき、オマルのない祖父母の家の便所にすわってウンチができた。翌日、 風呂に入る前に便所でおしっこをしてきて、父に「カックン オペンジョデデキル」と誇らしげに いった。(中略)。さらにその翌日、便所でウンチをしたことを聞いて、父が「カックン、おまるで うんこしないのか?」ときくと、Wはうなづいて「オニーチャンダカラ」といった。そして、「アッ チャンダケ オマル。チッチャイカラ。オトーシャンモ オペンジョ。オニーチャンモオペンー54-子どもにおける「おおきい白分になった」という自覚とその展開(1)
ジョ。オカーチャンモオペンジョ。アッチャンダケオマル。アッチャンダケ ナカマハズレ」と
いって笑った8)。
Wは、父の「おまるでうんこをしないのか」という質問に対して、自分はもう「オニーチャンダカ ラ」おまるでうんこしないのだ、と答えている。Wは、このように自分はお兄ちゃんだからおまる でうんこをしないのだと提えるのだが、そのさい同時に、そういう自分を、家族との関係の中に 位置づけて提え、「アッチャンダケ オマル。チッチャイカラ。オトーシャンモ オペンジョ。オ 二−チャンモオベンジョ。オカーチャンモオベンジョ。アッチャンダケオマル。アッチャンダケ ナカマハズレ」と言う。矢野喜夫、矢野のり子氏は、Wのこのことを、「Wは、白分を両親や兄 と同じ『オペンジョ』の仲間入りさせ、オマルを妹に譲り渡し、自分を含めた他の家族と妹との間 に一線を引くことによって自分を家族の人並みの一員として位置づけたのである」9)と提えている。 両氏が捉えるように、Wは、お兄ちゃんである自分を、「両親や兄と同じ『オベンジョ』の仲間入り させ」るという形で、自分を家族との関係の中に位置づけて提える。 さて、Wの場合について見てきたが、次に、澄靖の場合は、どうであろうか。 澄晴は、満2歳9カルo)に、次のように、白分は「お兄ちゃん「である白分パこなった」という自 己認識を獲得している。昭和26年1月2日(火)2年10ヵ月(満2歳9ヵ月)
○オカーチャン テルキクン ナンボ?1(→母)
○ヒトツヨ。2(母→)
○ヒトツ?3 アキオニーチャン ワ?4(→母)
○アキオチャンワ ムッツヨ。5(母→)
(中賂)
○ボクワ イクツy1(→母)
○ボク ワ ネ フタチュ ヨ。づ母→)
○モウ スグ ミッツニ ナル ノヨ。 13(母→)
○ミッッ ジャ ネレ4(→母)
○オニーチャンニ ナッタ ネ。15(母→)
○ウン オニーチャン ニ ナッタ。16(→母)
午前七時・一〇ころ。平井の祖母のうち。ふとんの中で、赤ちゃん(弟、照樹)の年令について。
1の文のように母にきく。母が2の文のように言うと、すぐに3の文のようにきき、4の文のよ
うにきく。(中略)。母が15の文のように言うと、16の文のように言う肌
澄晴は、ここでは、てるきくん(弟)などの年齢を聞いていき、そして最後に自分の年齢を聞く。 それに対してお母さんが「二つである」こと、「もうすぐ三っつになる」ことを伝える。そして、「お 兄ちゃんになったね」という。澄晴は た、それを受けて お母さんがこのように「お兄ちゃんになったね」と認識し 自分を「うん。お兄ちゃんになった」と認識していく。澄晴は、また、2歳9ヵ月ぐらいまでに、「おおきい自分になった」という自己認識も獲得して
いる。
昭和25年12月31日(日)2年10ヵ月(満2歳9カ刑
○ボク オーキ ナッタン ゼー。1(→母)
-55-鈴 木 政 勝 ○ボク オーキ ナッタ カラ ナカン ノン デー。2(→母) ○テルキクン モ オリコーダ カラ ナキン チャン ナ ヨ。3(→弟) 午前六・四〇ころ。平井の祖母のうち。ふとんの中で、目をさまして、泣いている赤ちゃん(弟 照樹)を見て、1の文のように母に言う(後略)犬 ここで、澄晴は、「ボク オーキナッタ カラ ナカン ノ デー」といっている。それゆえ、 澄晴は、この時点までに「おおきく(おおきい自分に)なった」という自己認識も獲得している、 ということができる。 以上、Wの場合と澄晴の場合を見てきた。Wや澄晴は、2歳9ヵ月∼3歳Oカ月頃に、周りの人 が「おおきく(おおきい子どもに)なった」「お兄ちゃん(である子ども)になった」と認識する、そ れを受けて、自分を「おおきく(おおきい自分に)なった」「お兄ちゃん(である自分パこなった)と 認識するようになる。つまり、「おおきく(おおきい白分に)なった」「お兄ちゃん(である自分)に なった」という自己認識を獲得していく、ということができる。 さて、子どもは 周りの人の「おおきく(おおきい自分に)なった]「お兄ちゃん(である白分) 白分を「おおきく(おおきい自分に)なった」「お兄ちやん(であ 嬉しさを感じ、また 次のいろいろな状況において、「白分は既におおきい白 既におおきい白分であると認識し同時に「おおきい自分でありたい」と思 ドアを開けられなくて泣いて、母に[泣いたらおかしいでしょ] アカチャンダケ。アカチャン、ジュンジュンナクワ」といったと −56 になった」という認識を受けて る白分パこなった]と認識すると、嬉しい。白分が「おおきい自分である」こと、「お兄ちゃんである 白分である」ことが、嬉しいのである。子どもは、「おおきい自分である」ことが嬉しいのでー「お おきく(おおきい自分に)なった」と認識し嬉しさを感じる時一同時に「おおきい自分でありたい」 と思う。 そこで、子どもは、おおきい自分になったという自己認識を獲得すると 「おおきい白分でありたい」と思うので 分である」と改めて認識し、同時に「おおきい白分でありたい」と思う、ということをしていく、そ して、それを受けて
うので一既におおきい自分であることを確証する行動をしていく、そしてさらに、確証する行動
をした自分を「∼する所のおおきい白分である」と認識し、確かめることしていく。
子どもは、次のいろいろな状況において、このことをしていく。
まず、Wの場合からみていくことにしよう。
すでに二歳六ヵ月九日のとき といわれて泣きやみ、(ナクノ、 いうことがあった13)。 Wは、2歳6ヵ月9日、ドアを白分で開けることができず泣き出してしまった。それに対して母 が「おおきい子どもは泣かない。Wはおおきいのだから、泣くのはおかしい」と認識する。そして そのことを「泣いたらおかしいでしょ」という言葉で伝える。Wは、この母の認識と言葉によって、 自分は「赤ちゃんではない、既におおきい子どもなのだ」と改めて認識する。そして同時に「おおき い子どもでありたい」と思う。 Wは、ここで、「既におおきい白分である」と改めて認識し、同時に「おおきい自分でありたい」 と思う。そこで、その「既におおきい自分であること」を、「そうだ、自分は、既におおきい自分で あるのだ」と催かめたいと思う。そこで、Wは、「白分が既におおきい白分である」ことを確かめる ことをしようとする。子どもにおける「おおきい自分になった」という自覚とその展開(1)
周りの人は、泣くことをすると赤ちゃんであると見なす。泣くことをしない(抑制する)と、赤
ちゃんではない、おおきい子どもだと見なす。そこで、Wは、「既におおきな自分である」ことを
確かめる(確証する)ために、泣くことをしないということを選び、それを白分からしようとする。
Wが泣くことをしないという行動をすると、母が「Wは泣くことをしないおおきい子どもである」
と認識する。母がこのように認識することにより、Wも、自分は泣くことをしない所の既におおき
い自分であると認識することになる。自分が既におおきい自分であることを、「そうだ、自分はこ
のように泣くことをしない所の、既におおきい自分であるのだ」と確かめるのである。
(前略)、例によってWは「ギュウニュウ」といって哺乳ビン人りの牛乳を母に要求した。それま でずっと、Wはコップ人りの牛乳はあまり飲もうとせず、哺乳ビン入りの牛乳が好きで、ほしくな ると「パイパイ」とか「ギュウニュウ」といってほしがっていた。このときも哺乳ビン人りをほしがっ たのだが、そのとき兄が「カックンもう大きいし、コップで飲めるやろ」と口をはさんだ。母も「そ うやねえ、お正月になったら三つになるしねえ」と促すと、ついに「カックン、コップデノム。オ ショウガツキタラ、ミッチュナルモン」といった。それ以後、「パイパイ」(哺乳ビンのこと)とは まったくいわなくなり、「ギュウニュウコップ」とか「コップノギュウニュウ」といって要求し、コッ プで牛乳を飲むようになった犬 これは、Wが2歳11ヵ月23日の時の事例である。Wは、いつものように、哺乳瓶入りの牛乳を欲 しがぅた。しかし兄が「カックンもぅ大きいし、コップで飲めるやろ」と目をはさんだ。言い換え ると、「かっくんはもうおおきい(子どもである)。おおきい子どもは牛乳を哺乳瓶ではなくコップ で飲む。だから、哺乳瓶ではなくコップで飲めるのではないか」と。兄のこの言葉によって、Wは 「そぅだ、自分は既におおきい子どもなのだ」と改めて認識する。そして、おおぎい子どもであり たいと思う。そこでWは、自分が既におおきい白分であることを確証する、コップで飲むことを自 分から選び行おうとする。Wは、「カックン、コップデノム」と母や兄にも宣言し、そして実際に コップで飲むことをする。Wがコップで飲むといぅ行勤をすることによって、母はWを「コップで 飲む、おおきい子どもである」と認識する。母がこのよぅに認識することにより、Wも「自分はコッ プで飲むおおきい自分である」と認識する。 父と風呂に入ったときも(三歳一ヵ月○日)、Wをあお向けにして頭を洗おうとすると、「シャン プーハット、オニイチャンダカラ。アカチャンワ ヒックイ(ひっくり)カエリ」と、兄と同じ洗い 方を要求した。そして口をとがらせて「ナンデー(だって)カックン オニイチャンダモン」と父に 抗議した犬3歳1ヵ月O日では、次のようである。父がいつものようにWを仰向けにして頭を洗おうとし
た。その時の父には、Wは赤ちゃんだから仰向けにして洗うんだという意識はなかったと思われ
る。ところが、Wの方は自分はお兄ちゃんであると思っている。父の白分を仰向けに寝かせて洗う
ことは、自分を赤ちゃんと扱っていることのように見える。Wの白分はお兄ちゃんであるという自
己認識は傷つけられる。そこでWは、父のこのことに対して、[いや自分はお兄ちゃんなのだ]と
強く認識し、そしてお兄ちゃんであることを示す洗い方で洗ってもらうという行勤を自分から行
つo ここでは、 分の中に取り Wは、兄の行っている行動(シャプーハット 入れるということをしている。したがって、 −57− を使って髪の毛を洗うという行動)を白 この行動だけを見れば、Wは、兄に同一鈴 木 政 勝
化し、兄の行動を自分の中に取り込んでいると解釈することができる。たが、Wがここで行ってい
ることは、それとは違う。Wは、ここで、自分はもうおおきい白分(お兄ちゃんである白分)なの
だと認識し、そしておおきい自分(お兄ちゃんである自分)でありたいと思う。既におおきい自分
(お兄ちゃんである自分)であることを確かめるためにシャンプーハットを使って洗ってもらう
という行動を自分から行ったのである。
Wは、このことを行うことを通して、「白分は、シャンプーハットを使って洗ってもらう所のお
おきい自分(お兄ちゃんである白分)である」と自分を認識する。
三歳四ヵ月二十八日のとき、オマルのない祖父母の家の使所にすわってウンチができた。翌日、 風呂に入る前に便所でおしっこをしてきて、父に「カックン オペンジョデデキル」と誇らしげに いった。おしっこはそれ以前から使所でしていたから、これはウンチのことである。さらにその 翌日、使所でウンチをしたことを聞いて、父が「カックンおまるでうんこしないのか?」ときくと、 Wはうなづいて「オニーチャンダカラ」といった。そして、「アッチャンダケ オマル。チッチャ イカラ。オトーチャンモ オベンジョ。オニーチャンモオペンジョ。オカーシャンモオベンジョ。 アッチャンダケオマル。アッチャンダケ ナカマハズレ」といって笑った16)。 3歳4ヵ月28日のとき、Wは、祖父母の家で便所に座ってうんこをすることができた。その翌日 Wは、自分から便所でうんこをしようとする。父が「なぜおまるでうんこしないのか」と尋ねると、 「オニーチャンダカラ」と答える。つまり、Wは、自分は既にお兄ちゃんである、赤ちゃんはおま るでうんこするが、お兄ちゃんはしない、お兄ちゃんは便所でする、と改めて認識し、お兄ちゃん でありたいと思う。そこで、自分がお兄ちゃんであることを確証するために便所でうんこをしよ うとする。 Wは、自分から使所でうんこをすることによって、自分は便所でうんこをする所の、お兄ちゃん である白分であると認識する。 さて、ここに見ることができるようにWは、次のいろいろな状況において、白分は既におおき い自分であると改めて認識し、白分が既におおきい自分であることを確証する行勤を行っていく。 2歳6ヵ月には、(ドアを白分で開けることができずに泣き出してしまうが回立くことをしないと いうことを行う。2歳11ヵ月には、牛乳をコップで飲むということを行う。3歳1ヵ月には、シャ ンプーハットを使って洗ってもらうことを行う。そして、3歳4ヵ月には、お便所でうんこをする ことを行う。 Wは、次のいろいろな状況において、こうしたことを自分から行い、そして3歳4ヵ月までに、 泣かない所の、牛乳をコップで飲む所の、シャンプーハットを使って洗ってもらう所の、お使所で うんこをする所の、おおきい自分であると、自分を認識する。 このことを、子どもの視点からではなく、第三者の視点から見るならば、Wは、自ら、泣かない 所の、コップで牛乳を飲む所の、シャンプーハットを使って洗ってもらう所の、お使所でうんこを する所の、おおきい白分へと成長していく、ということができる。 Wの場合はこうである。では、澄晴の場合はどうであろうか。 昭和25年12月31日(日)2年10ヵ月(渦2歳9ヵ月) ○ボク オーキ ナッタン ゼー。1(→母) ○ボク オーキナッタ カラ ナカン ノン デー。2(→母) ○テルキクン モ オリコーダ カラ ナキン チャン ナ ー58− ヨ。3(→弟)子どもにおける「おおきい自分になった」という自覚とその展開(1) 午前六・四〇ころ。平井の祖母のうち。ふとんの中で、目をさまして、泣いている赤ちやん(弟、 照樹)を見て、1の文のように母に言う。(後略)≒
2歳9ヵ月。澄晴、ふとんの中で目をさまして泣いている赤ちゃんをみる。それをみて、自分は
もう赤ちゃんではない、おおきい自分であるのだと強く認識する。そして、おおきい自分でありた
い、と思う。そこで、おおきい自分であることを確証する、泣くことをしないという行動を自分か
らしようとする。
既にみたように、Wが2歳6ヵ月のとき、Wは、ドアを白分の力で開けられずに泣いてしまう。
しかし、自分はおおきい自分であると改めて認識し、おおきい白分でありたいと思う。そして、お
おきい白分であることを確証するために泣くことをしないという行動をしていた。澄晴の場合も同
じである。澄晴も、このようにして、泣くことをしないという行動をする。
澄晴は、泣くことをしないという行動をし、また、そのことをお母さんに「ボク オーキナッタ
カラ ナカンノデー」と言うことを通して、白分は泣くことをしない所の、おおきい自分である、
と自分を認識していく。
昭和26年4月19日(木)3年2ヵ月(満3歳1ヵ月) ○ボクチャン オーキク ナッタラ ヒトリデ パンツ ヌゲルデショー。1 ヌイデ ゴラン。2 (母→) ○ウン ボク ヒトリ デ ヌグ ヨ。3(→母) 午後六・三〇ころ。使所へいこうとする時、母が1・2の文のように言うと、3の文のように言っ て、ひとりでズボンをぬいでいく。 ○ボクチャン ヒトリデ ヨー ハク カ ネヅ ハイテ ゴツン。2(母→) ○ボク ヨー ハク ヨ。3(→母) (中略) 午後六・三五ころ。使所から出てきて、パンツをはく時、母が1・2の文のように言うと、3 の文のように言う。(後略)1‰3歳前後になると、子どもの多くは、衣服を自分で着脱することができるようになる。この時
期の澄靖に対して、お母さんが、「ボクチャン オーキクナッタラ ヒトリデ パンツ ヌゲルデ
ショウ。ヌイデ ゴラン」と声をかける。この声のかけ方は、2歳11ヵ月のWに兄が「カックンも
う犬きいし、コップで飲めるやろ」と声をかけていたが、その声のかけ方とよく似ている。子ども
にもう自分はおおきくなったのだと認識させる声のかけ方である。澄晴は、このお母さんの声かけ
によって、白分はおおきくなったと改めて認識する。そして、おおきい自分でありたいと思う。澄
晴は、白分がおおきい自分であることを確証するために、1人でズボンをぬぐことことをしようと
する。
Wの場合は Wが3歳4ヵ月の時に お兄ちゃんであると改めて認識し、それを確証するために身辺の自立にかかわる便所でうんこをすることをしていた。澄晴も、この3歳1ヵ月の時点
で、おおきい自分であると改めて認識し、それを確証するためにこうした身辺の自立にかかわるこ
とをする。
澄晴は、このことを通して、自分は1人でズボンをぬぐ所のおおきい自分である、と認識する。
ここに見ることができるように、澄績においても、次のいろいろな状況において、おおきい自分
であると改めて認識し、それを確証するために、泣くことをしないということ(2歳9ヵ月)、1
−59-鈴 木 政 勝