一 アウタルキーの現代的意義
自由貿易畢次の免租アダム・スミスA・SmilF︵−り誌⊥遥0︶は十六世紀よら十八世紀に官叫って欧洲経臍思想界を風摩してゐた所謂マーカンティリズムに再検討を加へ、彼の名著﹁諸国民の富﹂に於て図表が貿易に封する
保護干渉をなす審を排斥し、経済は勿論政治上に於ける保護ギ渉を除去して各人の自由放任に要すペきであると
言ふことを論述してゐる。︵諸国民の富第四著夢二草︶スミス〓準に依って唱導されたこの日面貿易の拳詮は、十八世紀の末葉より主として英図に於ける外囲貿易政策の指導原理となつたのであつて、之が思想的背景となつては
所謂﹁ベンサム時代﹂の出現となつた。即ちかの叫八州四年の徒弟淡靡止を始めとし、剛八二四年の組合禁止法
靡止、叫八三二年の選車淡改正、叫八川六年の穀物催例会臆、一八六一年の英彿通商傑約締結等の諸政策はヽ常
時英樹に於ゼ0自由主義萬能の輯民約輿論の所産に外ならないのである。︵應浄埜辞典自由貿易主義姦恕︶斯くの如 戦時官本貿易管見戦時日本貿易管見
岡高松高等簡染撃校紀元二千大官年記念論文集 九六 くんて爾来英樹は第仙次世界大戦前迄は、自由貿易図の主産を保ち、其の問猫逸或は彿蘭酉等の諮問が国内産薬 保謹の必要に港られ、保護貿易政策を探るに至ったにも拘らず依然として貿易の自由放任政策を捨てなかつた革 質は、英国の地理的位櫨が天魔の諸因と臭って島国をなし、而恩近世的機械工業が他の諸国に先んじて萌芽し準 歩した理由に関るのは勿論であるが、また一面に於て英樹が世界に跨がる廣大なる植民地を擁し天産物に富み、 凡ゆる経済條件が大戦前迄は常に他図を率ゐて立つ地位に在って絶えやその優勢を誇ってゐた結果によるもので あることを指摘せねばならない。︵大泉行雄背簡登坂規講撃二ニュ貫︶ 併しながら大戦後英国はその疲弊したる薦柴並に貿易陣を葛に凍て直す事が出来ないで之を救済するにめ、一 九ニー年及び∵九二五年宣は顔東保全法を公布し、吏に保轟関税営設定した。斯くして多年の俸統を誇らた英樹 の自由貿易政策も途にその修正を見るに至ったのである。然るに共後叫九二九年を相磯としてせ兼的に聾ひ来っ た経済界の不況は、英国ぉして兼に金本位の停止︵山九三脚年九月︶を飴儀なくせしめ、次いで閥務淡の改正︵一 九三二年三月︶による徹底的保護貿易政策に奔らしめたのである。共後オツタワ合議︵完三二年七月︶の結果は所 謂辞ブロック経済の確立の第叫歩を麟み出さしめたのであるが、英図の斯かる貿易政策の樽換は世兇各圃をして 漸く国際通商貿易銅焼から離脱せしめ、極端なる保護政策乃至はブロック経済政策へ奔らしむる結果と行Tり、国 際貿易界には接々の問題の教生を見るに至つに。︵生島靡次郎著、現代の貿易と貿易政集第三畢象照︶ 斯かる貿易政策の鮮度は狗り英樹にのみ限られたものではなく、世界大戦後陰ろに世界何れの諸国家の上にも
茸施されたのであるが、併しながら之等各組は執れもその政治的終洒的事情を異にし、従って新しく賛施された 貿易諸政策の内容もそ朋ん∼輿つており、そ∧α賛魔にも遅速があつたことは償然である。けれ華全般的に見てこ れ等諸政実の姦し宝ハ適な鮎は如何にして自問産柴経済を磯展せしめ、国際収支茫an針。fPay牒enlを均衡 ならしめるかと富ふことに泰った。殊に・〟九三〇年の世界恐慌勃教以来世界各図に於ては、バランスの維持と言 ふことが国民経済の景気的重大問磁となつた。元来珂際立彿残高の自働的均衡は夙に古典畢沢の間態的辟臍理論 として説明せられてゐたところではあるが、大戦後のせ界経紡機構の大奥勅は途にその嘩論的根接を覆へして仕 舞ったのである。即ち北米合衆固及び彿蘭酉に集められた金の偏鹿に依り各国の封外交彿関係は極めで不自然と 打アり、各闊は途に人為的政策によつで或は金本位哲停止し或は為替管理を嘗施し、また図際通商貿易決済手段と しでは求償貿易協定︵バーター制︶或は焉替溶射協定等の如き新構想を箕出し、以て支排魂高の均街とその改善 に全力を傾注するに至ったのである。 斯かる情勢に衣つで凋り我圃のみは金輪用再禁止︵昭和六年十二月︶による外囲璃替相場の低落を招来し、之が ために輸出貿易は極めで活況を畠するに至り、貿易のバランスは甚だ良知なる状態を示んたのである。惟ふにこ の金輸出再禁止断行の理由は常時我固の金が過度に海外に流出するを防止せんとするに凝ったのであるが、穐時 に常時の我が国内景気の回復並びに物偶の引上と言ふが如き督的も存凄んてゐた。斯くして我が輸出商品は低為 替の波に乗つでせ界市場の隅々にまで輸出され、バランスの改蕃を見つゝあつたのであるが偶々文部事欒の勃黎 戦時日本貿易管見
Fr に逢着した次節である。 之を要するに彷仙次世界大戦後徐々に製ひ乗った世界経済恐慌の盈應を回避又は授和し、国民経済の黎建と図 際経済の調亜を閤り以で囲際収支の改蓉をなさんとして世界何れの囲もが執った尿蟄な経済諸政策には、曾てア あ ダムスミスが唱導した﹁各個人をしで目己の利益と侶する所に従って行動せしめば閥家配合の碍軋も亦之により 檜遷する﹂と言ふ所謂自由放任主義放棄と全く興った保護主義が多分に絞り込まれて釆た。斯′、して自巾主義を 離脱した世界控癖の上には英閣を中心とするブロック経済の確立を始めとし、汎米、中欧、北欧、バルカン等の 各経臍ブロックの出現横道を恨成し∵我闊も亦日減耗臍ブロックの確立に向つで邁進する等各観は何れもブロッ ク経沸諸政策を葦施するに至ったのである。 ⋮方ヴエ、ルサィユ倹約鰻制により言語に絶する忍従に、ドン底の苦難を嘗めてゐた弼逸はせ取巌臍と晋ふ自然 運動の力放い調流に順っても仝鰻主義思想の相場の中に浄化された固民主義的アウタルキーを横棒しで敢然と起 ち上ったのであるが、この勝取的事賓は筍くも経済を論やる者にとつでは一大関心番たるを突ほないであらう。 惟ふに最近世界各閲に於ける国際貿易の諸政策は、その政治的見解に於て主として日面主義、問民主養、祀争ま 義の三つの異つにイデオロギーに其の根株を罵いてゐると首ふことが出来る。そしで之等は各々弼特の辟番頭念 を看ち、猫時の経臍政策を要求してゐる。就中関民主義的乃至民族適意的アウタルキーの躍擁理想は、第一次世 界大戦後の時代性を反映して其の生長を遽げ、最近に至♭十暦その輪廓を明らかに示すに至つ卜い。︵曳山哲夫蟄貿 甘周松塙辱簡染単校紀元二千六官牢記念論文集 九八
易政慧論二八貫︶そして我乍はそのアウクん忘−の本質的性格姦→の猫逸に於て要求めることが出警。然
るに偶々第二次欧洲大戦の勃警菅、国際紆臍関係は全く粗密せられ、極めて混沌たる状態た格つた。併しな
がら吾人を以て謂はしむれば今こそ貰新秩序建設の驚と喜ふべきであつて、英彿を中心とした哲秩序、葛
膿制はその崩壊の蒜手管彷接し、猫仲買心とする姦義的新慣制への移行は怒違の如き勢泰以て進展し
っ∼雪賢雪。即ち歓洲は今や新髄制への妄栂換斯に際合してゐるのであつて、それは茸に現状緋持勢力と塊状打威勢力との相別であり、悶冒すればかのヴェルサイユ催約制髄に劃する反動的修正なのである。
我国は既に清洲寄欒を経て文部事欒に到底し、今や礫図の理想たる八故﹂学の締紳に則り﹁東亜新秩序建設﹂
に向つて邁進しっ∼ある。我々国民が拳闘姦、蟄彗志に努力してゐる所以のものは之を辟溶的に見れば、日本を中心とする東亜に於ける緒観衆を打って克とした所謂′﹁東亜日給控臍圏﹂の確立に外ならないのである。
即ち斯くの如く←て生れ出づべき東亜新秩序言基を換へて首へば来襲ノウクルキープロック経済應制の確空
こそ将に生れんとする世界新秩序龍制の東洋に於ける蒜冨なすものでぁつて、斯かるせ界雛臍の新鰭制具現に
即臆し協力せんとする戦時下日本の将来は極めて多事多難であり、我々はこの靡臍難局打開のために更に覚悟を
新たにすべきである。
抑々サノウクルキーなる語はその語原は遠く希璽mのAu−ar粁ie︵自己充足性︶に肇し、之を辟済的に横格なる意味に解すれば﹁如何なる外国製界をも全部排除して完全なる自給をなすこと﹂に遮るのであるが、併しながら今
戦時日本貿易管見
九九
日世界各図に於て斯かる意味に於ける自給自足が全く不可能でぁると富ふことは誰しも認めるところである。之 を例へばヒツ土フーが仙九三六年九月に蟹表し仁﹁猫逸囲魯年計姦﹂の如きはb端的に見てアウタルキー児利仙の 現はれではあるが、而もその立言の内容を仔細に枚討すれば、部分アウタルキーの謂であることを輩見するので あつで、.薇って今日に於ても図際蔽臍の常迫は依然として相互交易の脛溶交通であると冨ふことは蕎定すること が狙釆ない所である。︵大泉行雄著 環過渡猫逸人の間緩五十二克︶ アウタルキー運動は古き歴妃を有しTゐる。恰もそれは自由思想が遠く苗代生活に繊り込まれてゐたのと同様 である。そしで自由思想に立脚した自由経済が完全な意味では密行不可能であつにと同様、アウタルキー思想に 基く完全なる自給経済は原始辟臍時代の遺物でしかあり得なかつた。其の後前世紀の七十年代頃から極めて扱か ではあるがスミス二次の自由貿易論に封して、漸くその反動が硯はれ、歓羅巴大陸経済の隠胎には猫逸粁済の血 生早けた現代的アウタルキー思想の微かなる胎動が始宜つてゐた。それは紡山吹欺洲戦争を辟て次雛に強くなり、 大戦後経務不況と冨ふ陣痛によつてこの世に生れ出た頃には自血貿易困の牙城を誇ってゐた大英帝問も自由貿易 政論を仙濁してゐたのである。斯くて世界の辟洒思想兼は漸く国民車義的アウタルキ1に札覚め、、ブロック搾臍 政策への傾向を強くするに至った。繰り返して冨へば閣民主癒的アウタルキー思想が世界絆臍の上に強く入り込 んで釆たのは験洲大戦後の各団に於ける金本位の離脱、不況と失菜、金融恐慌等の祈出した時代即ち世界粁潜の 危機が深刻に感ぜられやうとした頃からである。人々はこの脛溶危横の原因を従来の資本会義或は自由主務の罪 せ岬鬼二馬琴簡熊襲校紀元二千六有年記念論文典 ー00
として排斥すると共に∵万に於てその困窮からの逃路として国民、貰義的アウタルキーを鼓吹したのである。尤も 斯かる思潮は政治的にも探り入れられて戦後の欧洲諸国家膵の上に波及し、山面に於て非常な矛屑を感じながら 而も之を躍済政策として強行し、之がために商品、労働力及び資本等の固際的移動が束縛されるに至ったことも ある。︵東山哲夫賓貿易政廉原論コ一二貰︶ 併しながら兎も角現代に於ける国際経済は持てる固と持たざる囲との尾創なる相別に直面しておト、東洋に於 ても西洋に於ても、暫秩序から蜂娩した新秩序の建設が叫ばれ、現状打破勢力により樹立せられんとす為新鰐制 の中には多分に樹軍王菰的アウタルキー思想が彫師として蔽ってゐる。従って戦時下日本の貿易を打診するに思 っては先づ我々は上述の如き思潮に封する叫管を必屠とする次第でJⅥる? 二 馬啓基準の慶吏豆日本貿易 第二次欺洲大戦は勃蟄以来早くも叫年を迎へ、今や戦局の進展はその好むと好・まざるとに拘らす。猫の勘英上 陸作戦をして必至ならしめんとしてゐる。今次の大戦は抄くとも持てる国英彿と持上ざる囲猫伊との深刻なる利 藩の封立と政治的、思想的、経済的凡ゆる相反した矛眉の集横の上に爆賛したものであり、従って大戦の結兼は 仙時的糊塗政策を以てしでは到底平和を招来することは不可蘭であらうことは何人も想像し得られる。元釆欺 洲に於け虻不合理なるヴェルサイユ條約餞制より生れたる幾多の矛眉は∵九二九年の恐慌以釆漸次国際政治上に 戦時日本貿易管見 鵬○劇
深刻なる反映を示したのであるが、ヒツ!フーが凋逸の政櫓を獲得するに至って、急激に欧洲の危機となつで醸 成せられて釆た。そしてその前駆をなすものはオースト日ソア合併であり、またチエツコの合併が之であつて、其の 後政洲に於ては幾度か観際合議の開催を見たのであるが、途にその危機は綬和されす却って猫揮枢軸をしてその 巽足を伸ばしめるが如き結果を招いたのである。即ち其の後猫逸は竃撃的作戦を以でポーランドの攻略︵山九≡九 年九月︶を敢行してその国土をゾ聯と二分し、栗に同株なる電撃戦淡を以て丁操、諾威を躁悶心、︵山九四〇年四月︶ 自蘭に侯入し︵何年五月︶途には堅塵マジノ線を突破して彿固首都巴腰に無血入城をしたのである︵同年六月十四日︶ 斯くて弼逸は今やドーヴア海峡を断てゝ封英攻撃に和策を練ってゐるのであるが、我々は斯かる弼伊枢軸による 英本国の攻略がそれが直ちに英国の没落と凋仰の興隆となるかどうかについては疑問を有つものである。何とな れば今日の如き国際関係の微妙なる動きを示す時代に在っては、英昭の決戦はそれが革なる爾図摘係の勝敗にの み止まらないからである。併しながら概観せば雨図間の戦備乃至資力は伯仲しており、涌園を繰るせ界の艇臍的 利害関係は新興勢力猫柳枢軸と瑛状維持勢力英米提携とに二分されており、またゾ聯の欒幻極まりなき外交政策 が之に介入せる現状であり、従って英弼決嘘の結薫は、それは極めて抽象的な官ひ方ではあるが、執れにして も恐らく現在の世界経済機知をtて相普天規模な解僧崩壊作用を行はしめ、新しき絆番頭序の確立を見るに至る であらうことは想像するに難くない。 斯かる情勢は必然的に東亜に於ける日本の戦時雛臍にも強い反響を輿へすには琶かないのであつて、特に我が 高松高野商菓轟校紀元二千六百年記念論文鼻 山○こ
貿易部面に就いて冨へば我国猫自の立場に於ける新しき貿易封策の樹立が現下の差迫った問題となって釆たので ある○ 第二次欧洲戦争の勃敬するや政府は日本の秩洲戦争不介入の方針を黎明した。其の結果我固は仙應は中立園の 列に入つたと言ふ繹であるが、併しながら政府が憤意に中立と晋ふ言葉の使用を回避してゐる鮎から冨へば締封 的中立ではないやうである。即ち日本は既に三年も前から大陸に於て求めざるに埠ひられで曳をとり、菓亜新秩 序建設のねめ崇敬を途行しっ∼あるのであつて、今日に於けるが如き我が貿易部面に於ける複雑錯綜せる諸問題 も、其の根本原因は支那番欒魔理に出著してゐる。 即ち支那事欒の勃賛するや日本は全面的に栽時贋済餞制確立に向つて後足したのであるが、今日に於ては我が 固民腔臍生活の凡ゆる部面に亘って所謂級動員淡惜別が盤へられで釆た。それは必然的に粗衣組動員の本質的な 鹿格即ち事欒に際し国防目的達成のため囲の金力を最も有数に軍師せしめるやう人的及び物的のあらゆる資濾を 統制運用することによつで方向づけられ、そし・てそれは我々の日常生活の末梢にも及んで規制され指導され調重 され或はされんとしてゐるのが現状であつて所謂図家組力戦の態勢が亜へられて釆たのである。 我が貿易の部面も亦絶動員淡鰭制の下に於て高度国防目的達成のため必要なる資材の輸入並びに之が外貨獲得 のための輸出振興を横槍して図策の繰に沿ふて竃ち上ったのである。典の後時局の進展と共に貿易部頓に封して は益々張力なる統制が行はれ、また多岐に亘る諸政策が葦施されたのであるが、以下に於ては蔵近の問題として 戦時日本貿易管見
専ら之等に関聯する為替政策の攣栗につき著干の考察を試みることゝする。 我が国に於ける為替政策は昭和八年四月以来、下ルを離れてポンドに基準を置き、所謂∵志二片水準麗持の方 策を採って釆たのである。之はポンドが自由通貨として国際金融界に張力なる流通性を有してゐたこと並びに金 に封する安定性があつたことに因るのである。然るに其の後隣洲情勢が次籍に逼迫し、之がために英米クロスは 動播し始め遂には従来大腰に於て四弗六ヰ八仙を維持して来たレートが昭和十川年八月二十五目には川些一十八 仙、九月二日には囲弗十八仙に下落し、歓洲戦争の勃頚となるや︵九月二育英俳は封禦且戟を布督した︶其の下落は 一骨急激となり、九月十四日には途に川弗姦を割り三弗七十仙にまで暴落したのである。 斯くの如きポンドの下落は必然的に之にリンクしでおる我が園の封米相場にも反映し、日動的に下落するに至 った。即ち哉乱勤番迄は犬餞に於て二十七弗素であつた我が封米焉替相場は勃藤後は二十囲弗に急落し、更に二 十三弗に迄及んだのである。侍之が影響は相関的に交戦国たる猫逸のマルクにも現はれ、我が封猫環替相場の下 落を招魂した。斯くてポンドの下落は世界の葛巻市場=に多大の衝動を輿へ、馬替不安による樹際貿易は甚だしく 阻筈せられるに至った。之が為に常時我が図に於ても為替刑場をポンドにリンクしておくことの可否に付き、財 界各方面より相普の紛議があったが両も政府は飽く迄も図集的見地から碑基準堅持の方針を捨てなかつた。然る に欧洲の情勢は刻二刻と移り、戦局も亦長期戦に進展せんとするの様相を示し、英樹は為替管理の制限強化を驚 施し、ポンドの国際移動を抑制する手段を執ったが為に、ポンドは麗質上関際貸借決臍蛮金としての所謂自巾ポ 高松高等商業撃校ぬ空一千六百年記念論文集 山〇四
ンドの資格を喪失せんとするに至り.、斯くて従来スターリング・ブリツクの⋮現をなしてゐた瑞典、諾威、フィ ンランドの諸閲は早′\もその聯脱を黎明し、其他の諮問もドルサシクに紬向せんとするの敗勢を示したのである そこで十月二十掴日即ち開戦以釆五十飴日にして我が輯も漸くポンド為替政策から難扮し、その基準を米昔に欒 更し封米二十三塊十六分の七を以て安定せしめることとし、.聖二十茄宜には為替銀行間に於て耕為林協定基地の 申合事項の決定を見た次第である。断くて我が国に於ける戦時紐解退行に必婁なる資材掩得は名琶共に上宕ソ二暦 米桝に依存することとなつた。 以上の如く我が焉替到貸は倫故におさらばを告げてドルにリンクすることとなつたのであるが、其の結果砕域 市場との取引決済に不自由を若屯することゝなつたのは之亦止むを得ない朗であつて、其の後ドルの安定によつ て我が貿易取引が焉懲欒劫の不安から解消されて今日に及んでゐることは何空言っても慶すべき事柄であり、ま た為替水準緋持の団策を倍輯する貿易業者が困際貿易界の難局に封廃してひたむきに輸出振興に邁進しっゝある 現状は貿易日本の賂釆の躍進を示唆してゐるものと冨ヘ争っ。 そこで我々は故近に於ける我が外囲貿易の驚際につ孝之を概略的に省察し以てその趨勢を兢ふ必要がある。即 ち第二次欧洲戟寧勃張以来叫年を迎ふるの今日、翻ってその戦火凍大のあとを回顧するとき、我が国の封外貿易 が戦乱の飴波を受けて或は好況或は不況と言ふ複勅なる現象の中にその推移をなせる革蟹を語見するのである が、以下に於ては川蝉に本年土牛朔の外囲貿易につきその概要を考察するに止めやうと思ふ。兜づ攻撃ニケ年に於 戦睡.日本食易管見 一〇五
即ち本年上年期に於ける本邦封外貿易は輸出二十倍〓千九空ハ萬九†園、輸入十八億五千五日七十九鱒二千園 で、差引出超叫倍六千三百二十七撃ハ千閲となつており、之告別年同期に比較すれば輸担は二十五%、輸入は十 七解と冨ふ執れ風琴しき増加を示してゐるのであつて、殊に貿易尻の如きは二千四百六十五番六千園より忘讐 倍大千二高二十七島六千園即ち前年同期に比して約六偶年のⅢ超を示してゐる。また輸血入貿易合計の如きも前 年同期の約三十二倍園より約ニ⋮十八倍七千萬閲即ち約六倍七千萬園の飛躇的檜錮髪不すと言ふ感況である。 高松高等商藁難攻紀元二千六首年記念論文轟 ける我が封外貿易統計を見ると次の通★である。 本邦︵内地及外地︶封浦安及鋳lニ問質易覇 ︵大赦首調︶︵認倣千園︶
併しながら我々は単にこの貿易尻のみを見丁出超による外貨の特待を想像することは極めて免除である。何と なれば菓にこの輸出の園域向と準二尉向との区別について昇るとき琴二閣向輸出は本年も前年も相常巨額の入超 となつてゐるのである。故に蹟哲に雷へば本年土牛期の貿易尻に於ける田垣は外貨獲得の国策より遠ざかつでゐ ると冨ふことが出来る。加之我々は本年上年期輸出に於て関内物慣の昂騰が輸出余瑚に及ばせる影響を見逃して はならない。即ち輸出金額膨脹の主なる原因が愉政商品の軍慣の値上りに在ると言ふことは相薔の椀接があるの であつて、詳細なる数字的説明は省略するが例へば愉出品の大宗たる生新相場に就いて言へば昨年の横濱生新平 均相場は劇千二百九千園であつにものが本年上年期車均は忘讐干六百ニ‡八園即ち二ヰ七郎の上昇を示しでゐ るが如きはその著しき事例である。︵桟慣経済統計月報六十六兢九貰参照︶ 抑々地域別に於ける園ブロック向輸出即ち浦幽玄向輸出は我が因にとり何等外貨披得の泌泉とはならないので あつて、従って我が団が支那事欒目的先途の仁めの外貨獲得は第三図向輸出振興に在るのである。之がため預ね てより園域輸出の抑制が必要とせられ、去る昭和十四年九月商工省令を以て園ブロック向輸出につき承認制度が 寄席されたのであるが、而も本年に入って輸出の増勢は却って激化されたかの観がある。即も輸出檜加率は前年 同期に比して二手二解となつでおり、この事賓は一面に於ては東亜新秩序建設のため大陸に物資を供給し併せで 大陸大衆の生活を安定せしめんとする政治的見解から許容せらるべきであるとも考へられるが、併しながら何を 言っても輸出振興の放火目槙は外貨獲得に凝るのであるから、そこで之が調整封策が嬰繋されるに至った。斯く 亀 戦時日本貿易管見 一〇七 適
高松高等商柴撃校紀元二千六百年記念論文集
州〇八
して最近に至り第二段の園域貿易調教が葦施されることゝなつたのであるが、その最大理由は現在に於て日満開
支を結ぷブ。ツク贋臍が園の等慣でリンクtておりながら而も地域的に慣格の差等があると言ふことは∵単に繍洲北支に於ける物慣騰貨の問題としで蓋犬なるのみならや、将来に於ける閲ブロック経済鰭制槍立に即断を来す
結頻となりはしないかと危惧されたからである。更に園域貿易調進の関越は日本内他の低物関数筍遊行の必要上
からも論議せられ、その統制葦施は喫緊の要務とせられた次第である。そこで傘翠院を中心に封満事務局、興蛮
院、商工、農林、大蔵各省、満洲国政府及び華北、褒挺、中立各興董院連絡部の関係代表者相集り之が封策を研
究中であつたが、最近に至り質権穿網の決定を見、去る九月二日より商工省令驚魔の運びとなつた。詳細に官盲
詮述は之を避けるが我々はその省令の主眼とする朗が、貿易組合結成強化による風域輸出入貿易の全面的統制で
あり、特に償格統制に於て新機軸を開いてゐる鮎につき望息せねばならない。
之を要するに我が観がポンドの激動を避ける目的を以て、為替基準をドルに欒栗して以来、欧洲の戦火は更に
地中海に波及し、我が封外貿易は砂域市場は勿論地中海、バルカン及び近束諸因まで至るところに喩闇困難と輸
出障碍とが恐生したのである。斯くして今日に於ける外観貿易取引は封米及び封中南米に於てのみ苧っじて活況
を見る有様となつてゐる。
斯く観すれば仙聖一因向輸出減退は亦止むを得ない諸事情にありと青ばなければならないのであつて、その傾向
は恐らく今後に於ても﹂暦加霧せられるであらうし、延いては之が輸入部而に反響してその困難が加へられるこ
とは必至でぁらう。今や欧洲の戦局は米ソを介入して情勢愈々逼迫しっゝあり、この秋に常り我々は我が国現在
並汎に将来に於ける貿易乃至経済諸政策の最高目榛を郡避に置くべきであるか。置々乎として止まない東魯の安
定勢力日本が抱懐すべき新しき貿易構想は記し園ブロック並びに束亜諸因を包擁した簡亜アウタルキー捨所圏の
確立でみらねばならない。
三 貿易統制の二進展箪貿易行政の統合
支那事攣勃敬以来我が国は軍需並びに生産力蛮充資材の喩入確保のため、朝野を撃げて輸出振興を畔び、之が第
一着手としては為替管理を枢軸とする貿易統制の強化を踊ったのであるが、併しながらそれは我が閣内地の物憤
高に封する思惑輸入閉止に盈鮎を置き、、之が薦め拍附用原料材料喩入に憩影響を及ぼしたのみならや更に輸出減
過の逆数兼を宥恕したのである。之がために外貨獲得を目的とする輸出振興の問題が闘策として取上げられ、輸
出入リンク制、保秩工場制度の活用、外囲番懲東金制度の設置、輸出補償制度の拭充、輪糾資金及職型Hm製造費金融通損央補償制度の創設、商工省貿易局の攻究、輸入紙合の疾充、輸入許可事務の叫元枕、貿易斡旋例の増設、原
料材料配給合祀の設⊥払、輸出振興愈敢の新設等々、一聯の輸出振興諸政策が茸施せられ東に貿易行政二笹佗の問
題は途に貿易省設置問題に迄進展したのである。貿易省設麓の意義は尊攣下に於ける日本の戦時辟済潤制を強化
し、物劫計董竺環としての貿易に計丑性を附期することに於て極めて重大稔るものがあつ王。斯かる意味に於
戦時日本貿易管見高松高等商業撃校紀元二千六官牢記念論文集
二〇
て貿易行政の統叫、更に諒進めて貿易省設定の間超は既に久しい以前から論議せられ、民間囲係各圃餞よりも
建議或は決議が行はれて釆たのであつたが、其の後昭和十四年九月愈々貿易省設藍要綱が閣議︵阿部内閣︶ に於て正式に決定を見るや外務省は猛然として之に反封の火の手を挙げたのであつた。外務省の高等官は﹁今日内閣
の決定を見たる貿易省設せ要綱は生産配給部面までも包むべき貿易省としては不徹底極量るものなるのみなら
す、外に封しては商務官、綿領事、領事等に封する直接の指捧命令を認め、外政完枕を全く索乱するものなる
を以て多年にわたり外政のご北枕を主張し来りたる外務省としでは全課長、全署務官叫致樹結して右貿易省設定
要綱の内容について耗封に反封する﹂旨の整明を敬し野村外相に修正案を投出した。︵日本貿易年報軍属六十芸 参頗︶併し内閣は之に勤し強硬なる態度を採ったため遜に外務省高等官の蓮秋断機と富ふ醜態が潰ぜられ、其の結果は阿部首相と野村外相との問に安協案の成立を得、漸く設立準備費良禽の手に委ねられたのである。斯く
の如き波瀾を呼んだ貿易省設琶の間蔑も其の後内剛の更迭によつて優に流産の道命に遭った。それには種々の原
因があるであらうが、結局は爾後の内外の情勢が貿易省設置に兜行する状況の欒化を途げ、之がために貿易省賽
に代るべき貿易行政機構の改革盤備の必要を痛感するに至ったことに因るものよ解すべきであらう。
斯くて本年に入るや大蔵、商工両省の為替事務の連絡、商エ、農林両省の間に於ける輸椚農席物の輸出に脚す
る連絡等の暫定的貿易行政機構の嗣盤が賓施され、更に本年七月初旬には輸出品栂鹿材料合計並びに輸出品買取
合歓の二合祀設立案が開議︵若Ⅵ閤︶ に於て決定を見王のである。之と前後して政府は農林、商工柄省の行政改革を敬表し、以て貿易省設置に代るペき我が囲戦時貿易餞制の整備拭充を徹底的ならしめんとしたのである。 そこで我々は最近の問題として前記二項即ち輸出品榊原材料倉批並びに輸出品買取愈敢の設論及び商工、農林両 省の行政棟構の統合につきその概要を考察したいと息ふ。 はじめ政府は克邪事欒に封魔するため、政治、軍事、外交、経済其の他凡ゆる部面に五つで戦時標制を黎へ、 蘭釆今日に至るまで絶えず新情勢に封癒して所謂総動員淡鰭制の確立に努力し乗ったのであるが、最近に至り図 際経済の奔流は急速なる柑換期に直面し、之がために我が国の戦時経済も従釆の良由主義療廃即ち私的利益の追 求による経済より、公益優先の統制経済への移行が必至と軋り、計責経済への新しい行動原曲は将に萌芽せんと するに至った。斯かる新情勢の展開は必然的に我が貿易部面に勤する統制の塊充強化となつて現はれ来ったのは 蓋し常然であらう。即ち去る六月末の開講に於て決定を見たる輸出品用原材料倉祉及び輸出品買取合祀の設立案 の如きはその尤甘るものであつて、我が囲将来の貿易統制の必然的方向を示唆してゐるものと言ふことが出釆 る○ 抑々戦時下に於ける貿易振興政策としで今日に至るまで汲も数凝的なる役割を兼し、その軍績を鼻げ来ったも のはリンク制と及び為替基金制とであり、また貿易統制機閻としての貿易細合の活動も之を看過することは出来 ない次第であるが、今や前記二脅敢の設立機運によつて計音質易への力強い兢二歩が躇み出されたことを窺ひ知 ることが出来るのである。斯くて我が戦時貿易惜制は終にこ撃壁を鼠んとしてゐるのであるが、併しながら元来 職時日本貿易管見 一i 山 」
貿易に闘する限り完姦禿る統制の賛騰が困難でぁると晋ふのが血般的の見解であり、またかのリンク制にしても 葡且つ自由制の基礎に立脚んてゐる有様であるから、前記二昏敢の設立並びに其の運用に絹しても其め後発界並 びに紬係各圃餞方面から踵々の希望、意見が相似されたのであ竃。′左記は日本商工愈議研が前記l劇禽敢の設立に 帥聯して、外務、大赦、商エ、畠林各省、企苫院等の貿易闘係首尾に封し建議したる貿易振興策の抄録であるが 我々は之により最近に於ける我国封外貿易政策の業界方南の動向を察知することが出来ると共に、その礫議中に 前記二倉敵の械構造畑に於てその自由活動を要求してゐる酎は鼎に注目に放する。 建 議 の一大 要 仙、新情勢に封臆する輸出扮興策に囲する意見 現下の新情勢に應じて我が対外貿易政策に検討を加へこれに確固たる計喜性を持たせるために左の如き緊急 適切なる措置を請ぜられんことを望む ︵イ︶ 輸出品用原材料の輸入炭び配給の隠滑を期し得るが如き龍湖を整へるため隼特殊保税工場の普及、輸出麗門工場 の指定、リンク利運用の改啓を行ふ ︵ロ︶ 投入原材料の輸入に親しては商機を逸せざるやう留意するとと ︵ご 鯛産原材料の供給不随胎に閲しては所婆賓動の仙定数蔑の優先妬確保と洩懲なる憤格維持につ尊必要なる措置を 講ずること 高松高等商業単校紀元二千六官年記念論文集
Tこ 輸軍人粗食の整理統合をは′かること ︵ホ︶ 交戦閲特にポ一ンド城輸出不能わため被りつ1ある準拳の金融上の障碍忙封Lて退官の方法を講ザること ︵へ︶ 求解剖忙′よを場合はブロックを単位とする求償刺もLくは三角貿易関係の利用により新市鬱の開拓に努むること ︵l︶ 通商政党、関税政鮭などの推進に﹂暦留意し瓦意踊磯協定の如き機種的方途を講ずると共忙、日満支三園間の物 伐ならびに輸出入忙緊接攣る封管講ずること 二∵貿易統制機構に踊する意見 簡出品用原材料合祀並びに輸出品買取愈政の機構運用に閲しては左記事項を考慮されじし ︵イ︶ 国衆曾祉の温弊たる官僚化を防ぎその支店忙自由括動の餞地を胡へること ︵ロ︶ 雑鑑に関しては原則として輸出品用脱朝料合祀をLて輸出買取事務を東皆せしむること ︵七月二十日大阪朝日新聞所載︶ 蘭輸出品用原材料命暗に就き其の後の新聞め報導を附言すれば、政府の同合札設立の狙ひは叫方に於て同合祀 を中心に垂として輸出財兼盃の原材料確保と並びに配綺の園滑とを期せんとす.るに在り、/他方に於て外国馬琳基 金の運用を集中化し簡捷化せんとするに盛るのであつでヽ、厳に後・署に付い‡ざへば、従来外聞馬潜基余はリンク 商品並ぴに特売商量の輸入以外には使用が許されなか.ったのであ︰るが、今後は岡倉批の取扱商品の▲輸入資金にも 使用が凍犬されたのでめ各。従うで之が運用華びにその敷革にづいては勝衆に雄され仁間嘩であるが、執れにし 戦時日本蟹易管見 一二一山
高松高等商業撃校ぬ元土手長音益記念論文集 一山四 てもそれが輸出振興に寄興するところ大なるものがあらうことを怨じて旗はない次第である0 惟ふに前記二愈祀の設立は明らかに我が戦時貿易.の一貫統制の先馳をなサぅの′であつて、昨年商工常局の指示 によぅ﹁輸出品ノ製造二必要ナル原材料ノ喩入及ビ鹿給ノ閲滑ヲ頗り且配給シタル虎材料及ビ其ノ製品ノ国内、特 用ヲ阻止ス・ル﹂目的を以て東京市其他七大都市︵東京∵梯濱、名古屋二流都、大阪、紳戸、廣島、晴間︶に設立 されに輸出振興倉祀の如牒は、常然前記二愈祀の新設による新機構の中に包持されることであらうし、斯くして 我が貿易機構は今後より強化されたる統制に向つて訂しき展開を施せるでぁらう。 最後に我々は貿易行政の統合に付き最近の問題をと膏あげねばなら克い。抑々去る七月初旬に決定を見た農 林、商工両省の行政機構改革の根本をなすものは何と言っても戦時下我国の食税政策並びに貿易政策の集中強化 昔あり、同時に事欒以来急激に勃興を見たる我が鋸工菜行政の整備強化である。時の米内首相はその談託に於て 次の如く述べてゐる。 時局の進展忙伴ひ統制経済強化の必藁いよく痕切な・るにかんがみ食糧行政の完納統合をはかりもつて戦時食稗政籠の完 途を期する孟ハに輸出貿易の進展に賛するため貿易行政の統仙刷新をはかり、露に時局に緊更なる物資の生産力撰充に追憶 なきを期するほ刻下の急務である。︵中略︶ 本質綱の主眼とするととろは第一に食耀行政の二花的統合をはかる精神のもと に飲食料品忙臨しては生産、配給、消費をこ良して農林倉に於て取扱ふとととし一た。︵中略︶ 吏た第二の葵鋸は貿易披興の 見地よ、り貿易に関する事拶を原則■として商工省忙集中することゝした鮎である。したがつて農林音節管物資の貿易忙関する
寧現ほこれを商工曾に於て漱故ふこと1な宗鑑糸軋ついてはその袈情荒んがみ輸出生糸検査法雷び生糸検査所は農林 倉所管忙魂すこと1した。また輸出農林、畜産物の輸出検査に閲する事項は商工者所管とすること1し㌔︵下略︶
即ち談論中の↓貿易に闘する審務を原則としてこれを商工省に集中する﹂・方針は種苗から歴々要望せられて釆
たところであり、曾てはそれが極端に希って貿易省設置間態として輿論を沸賂させぢしともあるが、今回の行政
磯梼の調療により、商工、農林繭省に跨がる行政は調整せられ、畠林省は寄ら食埼行政に盈鮎を慣き、商工省は
貿易及び生産力の疎充に向つて邁進すること∼なつたのである0尤もこの機構改革によつで二つの問題が碑された。その三は農林、畜、水産物輸出行政が新たに商工省所管となつたのであるが、本年川月設立の日本輸出於
産物株式脅敢については没後まで両省間の寧鮎となり、療局員林、商工弼省の共管と言ふ不徹底なる安協に経つ
℃と富ふ審寛が之であ㌔′い旦つは輸出農産物申の大宗である生糸の輸出行政が従来は生産から輸出に至る全
部門に亘って盟林省の所管となつてゐたものが、今回の改革によつて輸出生糸捻査淡及び生糸検査所以後の翰‖
番紡は撃げて商工省の行政下に愚かれること∼なつたと冨ふことでぁる。これ一藍軍斬柴の方面から見れば従来久しく農林省の一元的統制の下に歩んで釆たものが、今後は二元的統制に分離したことになる。即ち外貨獲得に盈
大なる役割を発しっ、ある輸出生糸の統制と首ふ立場から見れば、、貿易の1﹁貫流制に矛眉する結兼を招来したわ けであるが、窯湖柴界に於ては目下の魔時盾柄図集醸應を療って、反封のため.の反対をせす、ぎしまでも大乗的に今後の商工省に於ける貿易行政を注祓すると富ふ意増のやうである。
戦時日本貿易管見一†六 蒋撃筒等価薬堪校紀元二千六有年記念論文集 以上に於て我々は我が図現下の貿易統制が番攣勃語常時に比して甚だしく摸充強化せられ、国際情勢に封臆し ︳ たる馬碁政策が採用せられ、また貿易行政機構もハ盆々塾僻するに至ったことを履訟したのであるが、最後に我々 ほ斯かる貿易統制進展のあとを貿易組合制度を通じて観察し併せて貿易組合の使命につき仙考してみにいっ 四 貿易組合の新鰭制ビ其の位倫 我が国に於ける組合を大きく分けるならば、薦基調合捜︵産業癒合、森林組合、漁業組合︶と同柴細合理︵同 菜組合、茶菓紺合、水産組合︶と商工雑食型︵商柴組合、工業組合、貿易調合、酒造顕合、遭賠組合︶の≡つに なる。・産葉組合は主として弼逸の常葉組合制度を移し柵えたもので、同輩組合は我が苗代に於ける﹁部﹂、中世 に於ける﹁塵﹂の建造して釆たもので、謂粛ヾ土着の制度でぁる。之に封して蹄・エ葉組合は割合に新しく給述 の産業組合に対して所謂新興掛合と科せられてゐる。︵日本論袋委員骨研究報告痴七編〓ニ五昏︶ 貿易組合は南米組合、工業部合と共に上述の新興組合に威するものであつで、寄担草生後遅かに強化せられ貿 易統制の第﹁銀機船としての盈天使命を塘ふに至ったものである。貿易細合制度は其の常初の目的が醸冊貿易の 積極的促進と雷ふことにあつたのであるが、其の後輸出統制が強化せらかゝに奉つでその法制も亦改正せられ、 更に審欒以後は抽出統制は勿論輸入部面の統制にまで及び斯くしで貿易統制機構の〓謁となり、貿易閥第の佗命 達成櫻閻として淡制的畿展を途げたのである。︵辞しくは本誌寛十亭巻第囲鋸拙感﹁貿易組合の教展と貿易統制﹂参照︶
凡そ牽展史的に見たる貿易組合の統制事業は之を次の四段階に分類することが用木る。 一億出散漫統制並びに輸出統制料の徴収 二 職出慣格統制 三 輪出取引條件統制 四 輪出入貿易統制 いき﹂れを分改するに兜づ紡仙に輸出数盈統制は輸出相手固が戯入制限乃示は輸入割雷等を替地してゐる場 合に執られるものでぁつで、現在に於ては園域輸出に鸞施されてゐることは周知の通りである。偶数澄統制に闘 する諸問題に於て我々は鎗−吹及び第二次目印協定の締結に封應して我が封印淵布の輸出に、円本坤相即度輪料 紙合が翰用語明腎を譜給して輸出の取締を行ひ、輸出吸盤の割菖即ち数故紙制を葦施し仁者大なる功績を忘れて はならない?また数畳統制と並行して輸出統制料︵又は統制手数料︶の徴収が寛癒せられたのでぁるがこれについ では次に述べるが如き二つの理由によつたものである。即ち輸出統制料徴収の目的の第﹂は本邦品の輸出償格の 維持引上であつた。之が琶魔によつて本邦品の低層し競争を防止しまた海外に於けるダンピングの批難授和に功 を奏せしめたのである。第二に特別の場合としては輸出統制別の徴収が求償貿易即ちバーター制を促進する資金 調達のためにも利用せられたことである。その頗著な事例としては中南米市場囲係の輪銅線合が中南米諮問向輸 出品に勤しci完怠の輸出統制料を徴収し、これが引常として中南米諮問物肇の輸入に伴ふ探解剖れに封し祁 戦時日本貿易管見
高松富東商葉壁校紀元三丁六昔年記念論文集 ︼ 山八 償を驚施した▼ことが撃げられる。其の外シリヤ、イラク等の近東諸国向輸出に封しても同株の趣旨で統制料の徴 収及び輸入の補償が嘗施せられたのである。︵小室恒夫薯貿易と物償八十二見︶ 併しながら以上の如き教螢統融及び統制料徴収の問題も支那事欒勃蟄と共に其の布衣意義を喪失し事欒による 国内物慣高は l忽ち輸出原償の割高を招釆し、他面外貨抵得のための輸出振興政策と関聯して統制白糖について再 検討が加へられ、統制料の如きも大将の値下げが賛施されたのである。︵現義教盈統制脆びに次に連べる情緒統制の 最も戯格忙行はれ、また行はれんとしてゐるのは拭ブロック向の貿易に付い七であるが許洩ほ他日忙認る︶ 箪一段階に於ける輸出慣格統制とは貿易発着の輸出板碑慣格攣崩親等を防止せんとする目的を以て輪Ⅲ商品に 封し最低輸出慣格を決定し之を葦施せんとするものであつて、その基準となる最低慣格はF・0・おを原則とす る為のが多いが、日本自綿串輸出組合の如きはC・Ⅰ・Fによつており、まに日本陶磁指輪机組合聯合食の来園 向最低統制値段は輸出共著の倉庫渡値段せなってゐる。其の他印度、アフリカ方面向輸出商晶に封する統制に はC・エ・F・C・lが基準となつでゐる等相普煩雑である。債格統制の問超は結局輸出商盃の使顆が多博多 様であら且叉その品質規格が臭ってゐるがために、統制倍格の基準決定が問題となり従って小乗的輸損統制機構 を有する特定の輯品でなければ慣格統制は困難な番悟が多いのであつで、例へば輸出向ビール、セメンーの如き 販招貴カルテルの完備せるもの或は封米輸出マッチの如く輸入地に於て完全なる統制が行はれてゐるものに勤して のみ液も有数であり、適切克方策である。斯かる見地から富へば最近統制辟酒の突端を行くものとして漸次設立
を見?ゝある各棟の輸出統制令敢︵主として貿易組合員を株主とせるのもし例へば前述した日本農席物輸出株式合祀或 は輸出品買取替祀、其の他日本繊維製品輸出株式合祀︷日本輸出ゴム製品買取愈赦等の如きご几的輸出統制令赦 細織によつてのみその成典を期するこまが出来ると言へやう。 次に輸出取引條仰の統制に就いで考へで見るに、元来貿易取引上に於けるト云ゾウブルの原因は多く賛買契約苔 の不備に存する場合が多く、.殊に我が国民は欧米列図人に比し法制的訓練が快けてゐるやうであつて、従つて将 来の問題ではあるが輸出入貿易の合理的厳密を行ばんとせば悪質取引に閲する・仙般的取極並びに棲準山県買契約條 件の確立を必要とする爽箪であつて、外囲貿易に於ける褒賞契約の驚務的方面の研究は今後叫屠必要な詣であ る。岬般的に見て外囲貿易取引に関する契約並びに商慣習の完備せるは倫敦商人との取引に於てであつで、その 資質契約寄の如きは梢形式的に際してゐる嫌ひはあるが併しながら、之あるがために困難なる紛争、苦情、催骨 等は観めで抄いやうである℃斯かる意味に於て輸出取引條件統制は取引條件の五大要素たる品質、数蚤、代慣、 引渡、文殊等の統制に閲聯しでその驚碓を見たわけである。 倍輸出取引條件の統制即ち取引條件の標準免は菅に輸出憤格統制の一翼としで貰施されたのみならや更に海外 における不良輸入米者の撃肘排撃の武器としで尾利用されたのである。即ち之が偉功を奏した最近の事例としで 昭和十川年九月、日本発賀欧亜近東輸出組合聯合倉が不正輸入業者の欽属せる酉嘉ナイゼリア市場に封して行っ た不正輸入業者退治の特殊統制が蓼げられる。この統制饗施によつて本邦貿易商人のナイゼリア市場向輸出代金 ノ敬時首本貿易管見
せ聞松高等商菜撃校紀元二千六青年記念論文集 ■ ● 一二〇 の回収不能其他による損害は跡を絶つに至ったのである。今叫つの事例はこれと前後して同嚇合食が右ンバサ向 輸出商品に勤しE竜邑∵P彗mitを張給んてモンバサ税関と連絡し以て不正輸入商人の二露インヴオイス作成に ょる輸入申告違反を防止する摺畳にⅢ㌍ことである。︵許しくは中井軍二撃日本橋時貿易政蟹論﹂自仙九七貰軍二二九革 参贋︶ 惟ふに輸出取引條件の統制は畢尭観際取引の簡捷よその園滑とを阿る所以であつて、今日の如き困際貿易の難 局に封慶して之が統制を強化する、ことは訃音貿易驚施を促進する上に梅めで有効な詳である。 以上に述べた三つの段階を経て貿易組合は貿易船今朝期の使命卜∵りし輸出の統制より更に飛躍して、今や輸 出、輸入の全面に亘る統制質権の現段階に進んだのである。即ち硯轟の貿易糾合にはより張力なる貿易統制磯紺 としでの機能が興へられ、戦時下日本の貿易道営に放ける計定性は更に強化されることゝなつた。我々は斯かる 輸出入貿易統制の趨向を敢近調重されたる我が閲ブロック貿易機構の申に於て費見することが約束る。いま之を 簡麓に説明すれば1今後に於けろ園域輸出入貿易は撃げて悉くが封園ブロック地域輪Ⅲ入組合聯合食の手を経て 行はれることゝなつたのである。換言すれば輸出商はすペて同聯合替の手を嘩して委託輸出をなし、輸入商も同 聯合食の手を雛て委託輸入をなし、且翰机入僻格は右聯合食が浦闘文それん\の敗沈に即して慣格操作をなし、 以て聯合食はブール計節の制度をとることノゝなつた。斯くの如き機構は貿易統制としては柏蕾徹底したものであ って、勿論之が直ちに箪二囲貿易に適用されることは不可能な事情にあるのであるが、而も我々はそこ、に貿易組
合の上lこも新鰹制が生れつゝあるのを黎見する次紹である。 斯くの如くして、貿易統制の強化により貿易相合には今や新慣制が樹立されつゝあるのであつて、斯かる機運は 必然的に覿合制度運用臥根本間超にまで反響し、遂に業界多年の宿望であつた貿易組合の統合迄動となつて硯は れんとしケゝある。即ち地囁別乃至商品別輸出組合の統合軍一化が之であつて、むの兜駆をなせみものはかの綿 輪聯の解餞並びに之が罫叫組合の結成である。格言すれば極めで最近に於て日本綿糸布輪椚組合聯合愈は所属の 八神合︵日本舶糸布印度り南洋”正米利加・欧諷近東・東臨、大洋洲二軍部甘本南米‖東部日本南米の各輸出組合︶の聯合理 番倉営開催してその解鰭と軍仙輸出紳含︵日本紙糸布輸出組合︶の設立右決議しておb、次いで間もなく日本雑 貨中南東疲出舶合聯合脅が理事合を開併し朋嵐五組合及同聯合食︵東京禦且中南米、槽濱難琴名古屋稚琴大阪中南 米・榊戸畑貨‖日本奔放申南光の各輸出組合︶の解消と並びに之が軍⋮離合︵名栴未定︶ の結成を協議したる旨が報 ぜられてゐる。之等の啓蟄は貿易組合が新鹿制の樹立に向つて新しき使命を果さんとする貰音に外ならないので あって、我々は今日までの輸出組合が葦.にその時代の必要に基き時に應じて設立せられ、斯くしで多数統合濫立 の結果にょって醸し糾された過去に於ける凡ゆる弊害、国雄等を滑致するの時節がいま列挙レたことを心から悦 ぶものであるⅧそして曾ては﹁輸出発着を統制する輸出粕合を統制せよ﹂と叫ばれたるが如く、統制事頴手鯨の 傾瑛、出資の盈複負抵、輸出め阻害等の問題の解決は柴都多年の要望であつたのであるが、前述の如き貿易糾合 統合の横道は硯垂叫乃全十飴の斯嵐組合或は聯合倉を弔する十数筒の輸出組合聯合倉に封し、漸次その解憶作用 戦時巨木貿易管見 一〓一 遇
を促し、最も合理化されたる鼠⊥組合の結成となり、斯くて貿易組合の新櫻制は確立せられ、貿易統制の使命は 更に盈きを加へるに至るであらう。 概観せば今や我が国は時局の進展に即應して全面的に経済新鹿制の確立に邁疾しっゝあり、我が貿易樽柿その ものについても更により強化された統制が加へられんとするの情勢に凝る。将来の日本は兎も角、現在の日本貿 易の最高冒棟は戦時下物動計玄の完途を可能語らしむべき輸入力の確保に在る。経って自申王義機構に出壊せる 私益観念を排除し公益第劇主義の貿易斯鰻制を確立することは刻下の喫紫事である。また貿易政筍驚魔について は従来の如き革なる抽象論的な輸出振興諸政策より、竿頭更に山歩を進めて具餞的に相手国の輸出物資に対する 我が計葦輸出即ち貿易組合機構の塾備強化による計意貿易の確立に重鮎を置きその新構想具現に金力を傾倒すべ きである。斯くすることに於て貿易組合は自ら新偲制横構が確立せられ、囲築造行機掛としての使命は吏に加塗 せらるゝに至るであらう。 世界の情勢はいま琴アンポの柚扱が行はれつゝある。この秋我が国に於ては世界新秩序建設に即燈せんが汀め に、政治粧臍其他凡ゆる部面に亙る革新及び再編成が企囲せられ、帝国〓敦新憺制の樹立を目指して邁進しっゝ ある。他方欧洲栽房の進展を巡って蘭印問題が我、々の眼前に大きくクP−ズアップされて釆たのであるが、我々 は小林商工大臣の蘭印状迫によりむれが所謂南方貿易開拓の第叫歩と行アリ、延いては大束亜諸国家との求償貿易 網環充の先駆となり、以て東亜共柴田の砕立を招発するであらうことを熱望しr歓まない次第である。 ︵二六〇〇・九・仙○稲︶ 高松高等商業拳銃紀元二千六昔年記念論文集 一こ二