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p _老年歯科医学第31巻4号_8

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Academic year: 2021

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歯科診療室におけるオーラルフレイルへの対応

Response to Oral Frail in Dental Clinic

菊谷

Takeshi Kikutani は じ め に 東京大学高齢社会総合研究機構の秋山弘子氏が 行った,全国高齢者 20 年の追跡調査からわかった 高齢者の自立度の変化パターン(男性)1)によると, 約 7 割の高齢者が 75 歳を境に徐々に自立度を低下 させ,10 年ほどかけてほぼすべての日常生活に介 助を要するパターンが示されている。まさに自立し た高齢者がフレイルという状態を経て要介護状態に いたる過程を示しているといえる(図 1)。ここで みられる自立度の低下の原因となる身体機能の低下 や認知機能の低下は,口腔機能の低下の原因にも結 果にもなりうる。この過程のなかでも特に比較的早 期にみられる口腔機能の低下は,より重症な摂食機 能障害に比較して回復可能な余地を大いに残す領域 と考えられ,地域歯科診療所へ通院期間中に起こる 変化であるともいえる。よって,歯科診療所におい て早期からの,そして合理的な介入が求められる。 本稿では,歯科診療室におけるオーラルフレイルへ の対応について概念整理を試みたい。 口腔機能はどのように低下するのか? 口腔機能を維持することは,偏りのない必要十分 な栄養を摂取できることにつながり健康長寿に寄与 するところが大きい。これまで多くの研究によって 口腔機能の維持に欠かせない咬合支持の存在が,栄 養摂取の適正化や栄養状態の維持,生命予後の改善 に寄与することが報告されている2)。8020 運動をは じめとする歯科保健の推進によって,高齢者におい ても多くの歯を保持する者が増加している。本運動 の目標である 80 歳において 20 歯以上の歯を有する 者の割合は約 5 割に達しているという報告もある。 一方で,20 本以上の歯を有する者の割合(平成 23 年度歯科疾患実態調査)が示すように,50 歳台よ り 20 歯以上をもつ者の割合の低下は始まっており, 咀嚼機能の低下を示す兆候は高齢期を迎える前から 始まっていることがわかる。高齢者においての喪失 歯の減少は近年著しいが,いまだ多くの高齢者が歯 の喪失によって咬合支持の崩壊を招いている。著者 らが行った調査3)では,在宅療養中の高齢者(716 名,平均年齢 83.2 歳)の 75%が天然歯による咬合 支持を失っており,そのうち 1/3 が義歯によっても 回復されることなく咬合支持の崩壊状態であった。 口腔機能の維持に咬合支持の維持は欠かせないと考 える。 8020 者が増加するなか,依然口腔機能が低下し た者の数は増え続けている。その増加は人口の高齢 日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニック Department of Rehabilitation for Speech and Swallow-ing Disorders, Tama Oral Rehabilitation Clinic, The Nippon Dental University School of Life Dentistry at Tokyo

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化に伴う身体機能障害,認知機能障害を有する者の 増加と無縁ではない。口腔機能は咬合支持の存在だ けでなく,口腔の運動機能にも大きな影響を受ける と考える。私たちは,「柏スタディ」において地域 在住高齢者に対してグミゼリーによる咀嚼力検査を 実施している。対象となったのは,住民基本台帳よ り年齢ごとに無作為に抽出した 2,000 名(73.1± 5.6 歳),男性 994 名,女性 1,006 名であった。そ の結果,男女ともに,年齢群ごとに有意な咀嚼力の 低下を示した。この結果は,加齢そのものが咀嚼機 能の低下を招くことを示しているようにも考えられ るが,咀嚼力に関与すると考えられるさまざまな因 子を投入し検討したところ,咀嚼力に最も大きな影 響を与えていたのは,残存歯数と咬合力であった。 すなわち,加齢に伴い喪失歯を有する者が増加した ことが,結果的に咀嚼機能に影響を与えていたこと になる。一方で,この対象のなかで,28 歯以上天 然歯を有する者に注目し同様に検討すると,咀嚼力 への関与は,舌の運動の速度と舌の運動の力(舌 圧)が強いことが示された(図 2)4)。咀嚼力は口腔 の運動機能の影響を強く受けるといえる(図 3)5) 私たちは,運動機能に影響を受ける咀嚼力の低下や 咀嚼障害を運動障害性咀嚼障害と呼んでいる。一方 で,これらの咀嚼機能に影響を与える口腔器官の運 動機能は,身体機能の低下に伴い生じることも示し ている(図 4)6)。口腔機能は加齢とともに単独でそ の機能を低下させるのではなく,身体機能の低下の 一部として症状を現すと考えたほうが合理的であ る。 口腔にみられるサルコペニアとは? 口腔は,口唇や頰,軟口蓋といった筋によって成 り立つ器官に囲まれ,さらに,中央には舌という筋 の塊が鎮座しこれを構成している。咀嚼は上記に示 したような歯の役割も大きいが,一方で,食物を捕 食し,歯によって構成される咀嚼面に食物を運び保 持し,咀嚼後に咽頭に送り込むといった,食物を口 腔内で移動させている役割は筋が担っている。全身 の筋量の低下に伴い,さらには,口腔の運動が十分 に行われないと口腔内の筋量が低下し,筋力も合わ せて低下する。いわば,口腔のサルコぺニアといっ た状態である。私たちは,口腔のサルコぺニアの指 図⚔ 咀嚼力への関与因子 無作為抽出した地域在住高齢者においては,咀嚼力に 対し天然歯数や咬合力が強く関与し,欠損歯が全くな い者については,舌の機能が強く関与していた。 図⚒ 地域在住高齢者における咀嚼力と年齢との関連 地域在住健康高齢者 2,000 名(73.1 ± 5.6 歳),男性 994 名,女性 1,006 名。咀嚼力は加齢とともに低下する。 図⚓ 地域在住高齢者における口腔機能と身体機能に みられる加齢変化

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図⚕ 健康高齢者にみられる舌筋力の低下 男性,女性ともに,加齢とともに舌の筋力の低下がみられる。 図⚖ 摂食嚥下機能と心身機能,栄養状態との関連 (左上図:摂食機能と舌圧の関係)摂食機能の低下に伴い舌圧は有意に低下した。 (左下図:摂食機能と MNA で示す低栄養との関係)摂食機能の低下に伴い低栄養 を示す者が多くなる。 (右上図:摂食機能と Vitality Index で示す意欲との関係)摂食機能の低下に伴い 意欲の低下がみられた。

(右下図:摂食機能と ADL を示す Barthel Index との関係)摂食機能の低下に伴い ADL は低下を示した。

FILS:Food Intake Level Scale,FiLS 6 以下は経管栄養などの代替栄養を必要と する者,FILS 7 は⚓食の嚥下食を経口摂取している,FILS 8 は特別食べにくいも のを除いて⚓食経口摂取している,FILS 9 は食物の制限はなく⚓食を経口摂取し ている者を示す。

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標として舌の筋量や筋力について検討している。ま ず,地域在住健康高齢者のうち 20 歯以上を有する 臨床的正常咬合者 364 名(男性 169 名,女性 195 名),平均年齢 75.6±5.8 歳を対象に,舌の厚みを 指標に舌の筋量の測定を行った。その結果,高年齢 の者ほど舌の厚みは低下を示し,特に男性でその低 下は著しかった。さらに,舌の筋力を測定するため に舌の運動の力である口蓋への押しつけ圧(舌圧) の測定を行った。舌圧は,年齢とともに低下するこ とが認められた(図 5)。さらに,舌の筋量と筋力 は,いずれも全身の運動機能や筋量と高い相関を示 した7)。さらに,要介護高齢者に対する検討におい ても,舌の筋量と筋力が相関を示した8,9)。また, 嚥下障害を有する者の舌圧は有意に低いことも併せ て示されており10),全身におけるサルコペニアの一 環として口腔にサルコペニアがみられ,これらは, 口腔機能の低下と強い関連があるといえる。 口腔機能と生活機能との関連は? フレイルとは,高齢期に生理的予備能が低下する ことでストレスに対する脆弱性が亢進し,生活機能 障害,要介護状態,死亡などの転帰に陥りやすい状 態のことである。フレイルは,サルコペニアに代表 される筋力の低下などによって動作の俊敏性が失わ れて転倒しやすくなるような身体的問題のみなら ず,認知機能障害やうつなどの精神・心理問題,さ らには,独居や社会的かかわりの希薄さなど社会的 問題も含む概念であるといわれている。そこで,舌 の機能とこれら高齢者の生活機能との関連について 検討した。当クリニックを外来受診した患者 100 名 (男性 60 名:平均年齢 79.5 歳,女性 40 名:平均年 齢 80.9 歳)に つ い て,舌 圧 に よ り 口 腔 機 能 を, MNA-SF により低栄養リスクを,Barthel Index に より日常生活動作能力を,さらに Vitality Index に より意欲について調査を行った。摂食機能は,The Food Intake LEVEL Scale11)を用い関連を検討した。 その結果,摂食機能の低い者ほど低栄養リスクを有 する者の割合が高く,日常生活動作能力,意欲にお いても摂食機能が低い者ほどこれらの指標が低値を 示していた(図 6)。口腔機能は栄養状態や生活機 能と関連が深いことが示され,高齢者の口腔機能の 維持の重要性が強調される。 摂食機能と関連の深い口腔機能はなにか? 前述の「柏スタディ」の対象者と前述の当クリ ニックの患者 100 名を対象に舌の筋力測定を行い, 舌圧を指標とした口腔機能の低下のイメージを試み た。柏スタディの対象者の測定値から導き出した健 康高齢者の舌圧の平均は,前期高齢者においては 32.5 kPa,後期高齢者においては 30.5 kPa であっ た。また,前述の当クリニック受診患者の摂食機能 のうち,The Food Intake LEVEL Scale で示す摂取 食形態の配慮を要する摂食機能の低下を示した者 (Level 8)は,25 kPa またはそれ以下となり,3 食 とも嚥下調整食の摂取が必要であったり,補助栄養 剤の摂取が必要であったりする者(Level 7)にお いては 20 kPa を下回り,経管栄養を必要とする者 においては約 10 kPa(Level 6 以下)となった。こ のように摂食機能の低下を舌の筋力を指標として表 すことが可能と考えられる(図 7)。 診療室でのオーラルフレイルへの気づきは? 先に示した約 7 割の高齢者が 75 歳を境に徐々に 自立度を低下させ,フレイルという状態を経て要介 護状態にいたるこの過程のなかにおいて,比較的早 期の段階においては,地域歯科診療所に通院期間中 に起こっていると考えられる。この段階にみられる 口腔機能の低下は,より重症な要介護状態にみられ 図⚗ 摂食機能と舌圧との関連 口腔機能障害を主訴に来院した患者 100 名,男性 60 名 (平均年齢 79.5 歳),女性 40 名(平均年齢 80.9 歳)の データ。 FILS 6 以下:なんらかの代替栄養を必要とする者 FILS 7:嚥下調整食によって全量経口摂取する者 FILS 8:食形態,食内容への配慮が必要な者 FILS 9:臨床的観察を要するが,特に食べにくいもの 以外は摂取可能

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る口腔機能に比較して,回復可能な余地を大いに残 す領域と考えられ,歯科診療所において早期からの そして合理的な介入が求められる。そのトリアージ にあたっては,診療室での患者の歩行状態は身体機 能を評価する絶好の機会となる。歩行速度や歩行の 際のスムースさなど,四肢体幹の運動機能やバラン スなどの変化を読み取ることができる。さらに,医 療面接の場面では,患者の表情や言葉の流暢さは表 情筋や構音器官の運動の評価につながる。また,面 接内容によって認知機能の変化や意欲の変化などを 知る機会にもなる。最近提示した指導内容をしっか り覚え,実践できているか,口腔衛生や健康意識へ の興味が失われていないかなどである。高齢者の自 発性の低下や運動機能の低下は口腔衛生状態を悪化 させ,歯科疾患の急激な発症や悪化を招く。また, 口腔機能の低下は自浄作用にも影響を与える。 ま と め 本稿では,歯科診療室におけるオーラルフレイル への対応と題し,私見をまとめた。咀嚼障害(口腔 機能低下)の原因が器質的な問題から運動障害によ る問題に移行する過程において,歯科診療室でのか かわりは重要である。器質的咀嚼障害への対応に加 えて,運動機能訓練などの運動障害に対する対応を 重視する。この時期は徐々に治療的アプローチから 代償的アプローチにそのストラテジーを変える時期 でもある(図 8)。 本論文は,日本医療研究開発機構研究費長寿科学研 究開発事業ʠ地域包括ケアにおける摂食嚥下および栄 養支援のための評価ツールの開発とその有用性に関す る検討ʡ(主任研究者:菊谷 武)の成果の一部を利用 した。 本論文に関して,開示すべき利益相反状態はない。 文 献 ⚑)秋山弘子:長寿時代の科学と社会の構想,科学, 80:59~64,2010.

⚒)Yoshida, M., Suzuki, R. and Kikutani, T.:Nutrition and oral status in elderly people, Jpn. Dent. Sci. Rev., 50:9~14, 2014.

⚓)Kikutani, T., Yoshida, M., Enoki, H., Yamashita, Y., Akifusa, S., Shimazaki, Y., Hirano, H. and Tamura, F.: Relationship between nutrition status and dental occlusion in community-dwelling frail elderly people, Geriatr. Gerontol. Int., 13:50~54, 2013.

⚔)菊谷 武:サルコぺニアと口腔機能との関係に関 する研究,平成 24 年度厚生労働科学研究費補助金 (長寿科学総合研究事業) 虚弱・サルコペニアモデ ルを踏まえた高齢者食生活支援の枠組みと包括的介 護予防プログラムの考案および検証を目的とした調 査研究(主任研究者:飯島勝矢)報告書,2012. ⚕)菊谷 武:運動障害性咀嚼障害を伴う高齢者の食 形態の決定,日補綴会誌,8:126~131,2016. ⚖)飯島勝矢:「栄養とからだの健康増進調査:柏スタ ディ」実行報告および調査項目の加齢変化の検討, 平成 24 年度厚生労働科学研究費補助金(長寿科学総 合研究事業) 虚弱・サルコペニアモデルを踏まえた 高齢者食生活支援の枠組みと包括的介護予防プログ ラムの考案および検証を目的とした調査研究(主任 研究者:飯島勝矢)報告書,2012.

⚗)Furuya, H., Tamura, F., Yoshida, M., Hirano, H., Iijima, K. and Kikutani, T.:Tongue muscle mass and strength relate to whole-body muscle in the commun-ity-dwelling elderly, 日口腔リハ会誌,29:1~9,2016. ⚘)岡山浩美,田村文誉,戸原 雄,菊谷 武:要介

護高齢者の舌の厚みに関する研究,障歯誌,31: 723~729,2010.

⚙)Tamura, F., Kikutani, T., Tohara, T., Yoshida, M. and Yaegaki, K.:Tongue thickness relates to nutri-tional status in the elderly, Dysphagia, 27:556~561, 2012.

10)Yoshida, M., Kikutani, T., Tsuga, K., Utanohara, Y., Hayashi, R. and Akagawa, Y.:Decreased tongue pressure reflects symptom of dysphagia, Dysphagia, 21:1~5, 2006.

11)Kunieda, K., Ohno, T., Fujishima, I., Hojo, K. and Morita, T.:Reliability and validity of a tool to measure the severity of dysphagia. The Food Intake LEVEL Scale, J. Pain Symptom Manage., 46: 201~206, 2013. 図⚘ 口腔機能低下症に対する考え方 器質的咀嚼障害への対応に加えて,運動機能訓練など の運動障害に対する対応を重視する。この時期は徐々 に治療的アプローチから代償的アプローチにそのスト ラテジーを変える時期でもある。

参照

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