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本論文の内容や意見は 全て執筆者の個人的見解であり 日興リサーチセンターの公式見解を示すものではありません

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物価と期待

日 興 リサーチセンター

研 究 顧 問 吉 川 洋

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本 論 文 の 内 容 や 意 見 は 、全 て 執 筆 者 の 個 人 的 見 解 で あ り 、日 興 リ サ ー チ セ ン タ ー の 公 式 見 解 を 示 す も の で は あ り ま せ ん 。

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物 価 と 期 待

吉 川 洋∗ 2016 年 11 月 22 日 【 要 旨 】 デ フ レ ー シ ョ ン が 日 本 経 済 停 滞 の 「 原 因 」 で あ る か 、 に は 議 論 の 余 地 が あ る 。デ フ レ を 止 め る た め に 必 要 な 金 融 政 策 に つ い て も 論 争 が あ る が 、2013 年 4 月 に 始 ま っ た 「 黒 田 緩 和 」 は 基 本 的 に 貨 幣 数 量 説 に 基 づ き 、 そ こ で は 「 期 待 」 の 役 割 が 強 調 さ れ て い る 。 他 方 、 多 く の モ ノ や サ ー ビ ス の 価 格 決 定 は 生 産 費 用 に 基 づ い て 行 わ れ て い る と 考 え る 立 場 に 立 て ば 、 期 待 の 果 た す 役 割 は 小 さ く 、 関 係 者 の 間 の 「 公 正 」 が 重 要 と な る 。 ∗立 正 大 学 経 済 学 部 教 授 、 東 京 大 学 名 誉 教 授 、 日 興 リ サ ー チ セ ン タ ー 研 究 顧 問 。

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本 稿 で は 、 ゼ ロ 金 利 の 下 で も デ フ レ ー シ ョ ン を 止 め る た め に 有 効 な 金 融 政 策 で あ る と い わ れ る 「 量 的 緩 和 」( Quantitative Easing = QE) に お い て 重 要 な 役 割 を 演 じ る「 期 待 」( expectations)に つ い て 考 え る 。2016 年 8 月 27 日 、米 国 ジ ャ ク ソ ン ホ ー ル で 日 本 銀 行 の 黒 田 東 彦 総 裁 が 行 っ た 講 演 の タ イ ト ル も「『 マ イ ナ ス 金 利 付 き 量 的 ・ 質 的 金 融 緩 和 』 に よ る 予 想 物 価 上 昇 率 の リ ア ン カ リ ン グ 」 だ っ た 。 金 融 政 策 の ポ イ ン ト と し て 「 予 想 物 価 上 昇 率 」 す な わ ち 物 価 上 昇 に 関 す る 「 期 待 」 が 挙 げ ら れ て い た 。 株 価 や 為 替 レ ー ト な ど 資 産 価 格 に 期 待 が 大 き な 影 響 を 与 え る こ と は よ く 知 ら れ て い る 。 消 費 税 が 近 い 将 来 引 き 上 げ ら れ る と い う 期 待 が 消 費 の 「 駆 け 込 み 需 要 」 を 生 み 出 す こ と も 、 わ れ わ れ は 実 際 に 経 験 し た 。 こ の よ う に 経 済 活 動 に お い て 、 場 合 に よ り 期 待 が 大 き な 役 割 を 果 た す こ と は 改 め て い う ま で も な い 。 こ こ で わ れ わ れ が 考 え る 問 題 は 、「 ゼ ロ 金 利 の 下 で も 貨 幣 数 量 ( マ ネ ー ス ト ッ ク ) が 増 え れ ば 、 将 来 物 価 が 上 が る と い う 「 期 待 」 が 生 ま れ 、 実 際 に 物 価 が 上 昇 す る 」 と い う 命 題 は 正 し い か 否 か で あ る 。 1 . 日 本 経 済 に と っ て デ フ レ は 最 大 の 問 題 で あ る の か 1990 年 代 初 頭 バ ブ ル が 崩 壊 し た 後 、 日 本 経 済 は 長 期 間 停 滞 を 続 け て き た 。 2001 年 、世 紀 の 変 わ り 目 の 頃 に は「 失 わ れ た 10 年 」と い う 言 葉 が 定 着 し た が 、 や が て「 失 わ れ た 20 年 」と い う 表 現 も 使 わ れ る よ う に な っ た 。閉 塞 感 は 日 本 国 内 に お け る 自 覚 に と ど ま ら ず 、い ま や 国 際 的 な 共 通 認 識 で も あ る 。2015 年 、ギ リ シ ャ で 財 政 危 機 が 深 ま る な か で 、EU 経 済 ( ユ ー ロ 圏 ) は「 日 本 化 」す る の で は な い か 、 と い う 表 現 も 目 に す る よ う に な っ た 。 日 本 経 済 は な ぜ 長 期 停 滞 に 陥 っ た の か 。 そ の 原 因 は 何 か 。 長 期 停 滞 か ら 脱 出 す る た め に は 、 何 が な さ れ る べ き で あ っ た の か 。 ま た 、 現 在 何 が な さ れ る べ き で あ る の か 。こ う し た 問 い は 、日 本 経 済 を 考 え る う え で 最 も 重 要 な 問 い で あ る 。 長 期 停 滞 の 主 因 は「 一 般 物 価 水 準 の 持 続 的 な 下 落 」、す な わ ち デ フ レ ー シ ョ ン だ と い う 考 え 方 は 、1990 年 代 の 終 わ り か ら 海 外 の 著 名 な 経 済 学 者 も 含 め て 有 力 な 説 で あ り 、 実 際 2012 年 12 月 に 成 立 し た 安 倍 晋 三 内 閣 の 下 で の 経 済 政 策 、 す な わ ち 「 ア ベ ノ ミ ク ス 」 の 中 心 的 な 考 え で あ っ た 。 た と え ば 、 安 倍 内 閣 の 公 式

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3 の ア ド バ イ ザ ー と い え る 内 閣 官 房 参 与 で あ る 浜 田 ( 2013) は 、 こ う し た 立 場 を 代 表 す る も の だ 。 「 一 九 九 八 年 に 新 日 本 銀 行 法 が 施 行 さ れ て 以 降 、次 章 で も 示 す よ う に 、日 本 経 済 は 世 界 各 国 の な か で ほ と ん ど 最 悪 と い っ て い い マ ク ロ 経 済 の パ フ ォ ー マ ン ス を 続 け て き た 。 主 な 原 因 は 、 日 本 銀 行 の 金 融 政 策 が 、 過 去 一 五 年 あ ま り 、 デ フ レ や 超 円 高 を も た ら す よ う な 緊 縮 政 策 を 続 け て き た か ら だ 。 … … い ま 国 民 生 活 に 多 大 な 苦 し み を も た ら し て い る の は 、 デ フ レ と 円 高 で あ る 。 デ フ レ は 、 円 と い う 通 貨 の 財 に 対 す る 相 対 価 格 、 円 高 は 外 国 通 貨 に 対 す る 相 対 価 格 ― ― つ ま り 貨 幣 的 な 問 題 な の で あ る 。 し た が っ て 、 そ れ は も っ ぱ ら 金 融 政 策 で 解 消 で き る も の で あ り 、 ま た 金 融 政 策 で 対 処 す る の が 日 本 銀 行 の 責 務 で あ る 。」( 浜 田 、 2013、 p25-27) 2013 年 1 月 28 日 、 安 倍 内 閣 成 立 後 、 最 初 に 行 わ れ た 内 閣 総 理 大 臣 所 信 表 明 演 説 で も 次 の よ う に 述 べ ら れ て い る 。 「 我 が 国 に と っ て 最 大 か つ 喫 緊 の 課 題 は 、 経 済 の 再 生 で す 。 私 が 何 故 、数 あ る 課 題 の う ち 経 済 の 再 生 に 最 も こ だ わ る の か 。そ れ は 、長 引 く デ フ レ や 円 高 が 、「 頑 張 る 人 は 報 わ れ る 」 と い う 社 会 の 信 頼 の 基 盤 を 根 底 か ら 揺 る が し て い る と 考 え る か ら で す 。 … … こ れ ま で の 延 長 線 上 に あ る 対 応 で は 、デ フ レ や 円 高 か ら 抜 け 出 す こ と は で き ま せ ん 。だ か ら こ そ 、私 は 、こ れ ま で と は 次 元 の 違 う 大 胆 な 政 策 パ ッ ケ ー ジ を 提 示 し ま す 。 断 固 た る 決 意 を も っ て 、「 強 い 経 済 」 を 取 り 戻 し て い こ う で は あ り ま せ ん か 。」(『 第 百 八 十 三 回 国 会 に お け る 安 倍 内 閣 総 理 大 臣 所 信 表 明 演 説 』、 2013、 P.4-5)

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4 こ の 所 信 表 明 演 説 に 先 立 ち 、1 月 22 日 に は「 デ フ レ 脱 却 と 持 続 的 な 経 済 成 長 の 実 現 の た め の 政 府 ・ 日 本 銀 行 の 政 策 連 携 に つ い て 」 と い う 共 同 声 明 も 公 表 さ れ て い る 。こ の 声 明 で は 、「 日 本 銀 行 は 物 価 安 定 の 目 標 を 消 費 者 物 価 の 前 年 比 上 昇 率 で 2 % と す る 」 と 明 確 な 「 イ ン フ レ ・ タ ー ゲ ッ ト 」 が 設 け ら れ た 。 た だ し 、 そ こ で は こ の 目 標 を「 で き る だ け 早 期 に 実 現 す る こ と を 目 指 す 」と さ れ て い た 。 「 2 年 で 2 % 」と 目 標 の 達 成 時 期 を 明 確 に し た の は 、2013 年 4 月 4 日 、黒 田 東 彦 新 総 裁 の 下 で 、 い わ ゆ る 「 異 次 元 の 緩 和 」 が 行 わ れ た と き で あ る 。 デ フ レ こ そ が 日 本 経 済 に 長 期 停 滞 を も た ら し た 最 大 の 「 原 因 」 で あ る の か 。 こ の 問 題 に つ い て は 、経 済 学 者 ・ エ コ ノ ミ ス ト の 間 で 見 解 が 異 な る 。2013 年 3 月 、 白 川 方 明 総 裁 が 退 任 す る ま で 、 日 銀 は 「 デ フ レ は 実 体 経 済 の 停 滞 の 結 果 と し て 生 ま れ る も の で あ る 」 と い う 考 え 方 を 繰 り 返 し 表 明 し て き た 。 逆 に 、 デ フ レ は 経 済 の 停 滞 の「 結 果 」で は な く「 原 因 」で あ る 、と い う の が ア ベ ノ ミ ク ス 、 「 黒 田 緩 和 」 の 基 本 的 な 考 え 方 で あ る 。 バ ブ ル 崩 壊 後 、土 地・株 な ど「 資 産 価 格 デ フ レ 」が 1997~ 98 年 の 巨 額 の 不 良 債 権 を 生 み 出 し 、金 融 危 機 で 頂 点 を 迎 え る「 失 わ れ た 10 年 」を も た ら し た 。こ の 点 に つ い て は 大 方 の コ ン セ ン サ ス が あ る ( た だ し 実 物 的 景 気 循 環 論 RBC の 立 場 か ら Hayashi/ Prescott( 2002)は こ の こ と を 認 め な い )。Fisher(1933)が 資 本 主 義 経 済 に と っ て 最 大 の 脅 威 と し て 強 調 し た 負 債 と デ フ レ の 悪 循 環 は 、 不 良 債 権 と デ フ レ が 絡 み 合 っ て 引 き 起 こ す 問 題 だ が 、1990 年 代 の 日 本 の 資 産 価 格 デ フ レ は ま さ に こ れ で あ っ た 。 一 方 、 本 稿 の 主 題 で あ る モ ノ や サ ー ビ ス の 価 格 の デ フ レ が 、「 失 わ れ た 20 年 」 の 主 因 で あ る の か 、 日 本 経 済 の 抱 え る 根 本 問 題 は 「 マ ネ タ リ ー 」 な も の で あ る の か 、 と い う と 、 す で に 述 べ た と お り 、 見 解 は 分 か れ る 。私 自 身 は 、日 本 経 済 の 問 題 は「 実 物 的 」( real)な も の で あ り 、デ フ レ が 日 本 経 済 停 滞 の「 原 因 」で は な い と 考 え て い る 。2003 年 以 降 、日 本 経 済 に は 不 良 債 権 の 問 題 は 存 在 し な い 。 日 本 経 済 の 根 本 問 題 は 、 企 業 の プ ロ ダ ク ト ・ イ ノ ベ ー シ ョ ン を 生 み 出 す 力 が 衰 退 し た と こ ろ に あ る 、と い う の が 私 の 考 え だ( 詳 し く は 吉 川 (2016))。 ち な み に 19 世 紀 前 半 は イ ギ リ ス 経 済 が 最 も 繁 栄 し た 時 期 で あ り 、 そ の 結 果 イ ギ リ ス は 「 大 英 帝 国 」 と な っ た 。 実 質 経 済 成 長 率 を 見 る か ぎ り 、絶 好 調 で あ っ た こ の 時 期 に イ ギ リ ス で は 30 年 間 今 の 日 本 と 同 じ よ う な ダ

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5 ラ ダ ラ と し た デ フ レ が 続 い た 。 デ フ レ が 経 済 の 停 滞 を 必 ず 生 み 出 す も の で な い こ と は 、 こ の こ と か ら も 分 か る 。 私 の よ う に 日 本 経 済 の 実 物 面 に 力 点 を 置 か な く て も 、 マ ネ タ リ ー な 問 題 に 加 え て 実 物 的 な 問 題 も 存 在 す る と い う の で あ れ ば 、 か な り の 数 の 経 済 学 者 ・ エ コ ノ ミ ス ト が 賛 意 を 表 す る の で は な い だ ろ う か 。 多 く の 人 が そ の 重 要 性 を 指 摘 す る 「 成 長 戦 略 」 は 、 マ ク ロ 経 済 の 「 実 物 面 」 に 関 わ る も の だ か ら で あ る 。 な お 、 日 本 経 済 の 長 期 停 滞 の 象 徴 と し て 、 名 目 GDP の 低 迷 が 挙 げ ら れ る こ と が 多 い が 、 そ こ に は 重 大 な 誤 解 が あ る 。 図 表 1 は 1994 年 か ら 過 去 25 年 間 の 実 質 GDP と 名 目 GDP を み た も の で あ る 。実 質 GDP は 、08 年 リ ー マ ン シ ョ ッ ク 後 の 大 き な 落 ち 込 み は あ る も の の 、 1994 年 の 446.8 兆 円 か ら 2014 年 の 526.9 兆 円 へ 増 加 し た ( も ち ろ ん 成 長 率 は 、 1975~ 94 年 の 3.5% か ら 0.8% へ と 著 し く 低 下 し て い る の だ が )。 【 図 表 1 】 ( 出 所 ) 内 閣 府 「 国 民 経 済 計 算 」 実 質 GDP の 成 長 と 対 照 的 に 、 名 目 GDP は 、 1997 年 の 523.2 兆 円 か ら 2011 年 の 471.6 兆 円 ま で 14 年 間 で 11% も 下 落 し た 。 こ れ こ そ が デ フ レ の 問 題 だ 、 と い う 指 摘 も よ く な さ れ る が 、 話 は そ れ ほ ど 単 純 で は な い 。 GDP デ フ レ ー タ ー の 下 落 は 100% マ ネ タ リ ー な も の で は な く 、「 交 易 条 件 」 の 悪 化 と い う 「 実 物 的 」 な 要 因 も 反 映 し て い る か ら で あ る( 詳 し く は 齊 藤 、2014、5 章 参 照 )。交 易 条 件

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6 は 「 輸 出 財 を 1 単 位 相 手 国 に 渡 す と 、 交 換 に 輸 入 財 を 何 単 位 手 に す る こ と が で き る か 」 を 表 す 。 し た が っ て 、 こ れ は 輸 出 入 財 の 「 相 対 価 格 」 で あ り 、 マ ネ タ リ ー で は な く 「 実 物 的 」 な も の で あ る 。 輸 出 入 の な い 閉 鎖 経 済 で は 、 GDP デ フ レ ー タ ー は 100 パ ー セ ン ト 純 粋 に 名 目 の 物 価 指 数 だ が 、 輸 出 入 が 存 在 す る 場 合 に は 、 交 易 条 件 と い う 「 実 物 的 」 な 要 因 の 影 響 を 受 け る 。 し た が っ て オ ー プ ン ・ エ コ ノ ミ ー に お い て は 、 GDP デ フ レ ー タ ー は 、 実 は 名 目 と 実 質 の ハ イ ブ リ ッ ド な の で あ る 。 実 際 、2000 年 代 に 入 っ て か ら 日 本 に と っ て 重 要 な 輸 入 品 で あ る 一 次 産 品 価 格 は 急 騰 し た 。 た と え ば 、 2000 年 代 前 半 に は 1 バ レ ル 20~ 30 ド ル で あ っ た 原 油 価 格 は 、10 年 で 120 ド ル を 超 え る 水 準 ま で 上 昇 し た 。図 表 2 は 、原 油 価 格 の 推 移 と 日 独 の 交 易 条 件 を 示 し た も の で あ る 。 ド イ ツ も 日 本 と 同 様 、 資 源 輸 入 国 だ が 、 交 易 条 件 は 1995 年 か ら 2012 年 に か け て 7% 程 度 し か 悪 化 し て い な い 。 そ れ に 対 し て 、日 本 の 交 易 条 件 は 同 じ 期 間 に 40% も 悪 化 し て い る 。ド イ ツ は 輸 入 原 材 料 価 格 の 上 昇 を か な り 輸 出 価 格 に 転 嫁 し た の に 対 し て 、 日 本 企 業 は 輸 出 価 格 を 上 げ る こ と が で き な か っ た 。 こ れ が 2 国 の 交 易 条 件 に 著 し い 違 い を 生 み 出 し た 。こ う し た 交 易 条 件 の 悪 化 は 、GDP デ フ レ ー タ ー の 低 下 す な わ ち「 デ フ レ 」 を 生 み 出 し た 。 し か し こ れ は 貨 幣 数 量 ( マ ネ ー ス ト ッ ク ) が 関 わ る マ ネ タ リ ー な 現 象 で は な く 、交 易 条 件 の 悪 化 と い う 実 物 的 な 要 因 に よ っ て 生 み 出 さ れ た「 デ フ レ 」 で あ る 。 【 図 表 2 】 交易条件の日独比較と原油価格の推移 0 40 80 120 160 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011 北海ブレント ドバイ WTI 50.0 60.0 70.0 80.0 90.0 100.0 110.0 120.0 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 2011 ドイツ 日本 (1995年=100) (ドル/バレル)

(出所)IMF Primary Commodity Database (出所)OECD Economic Outlook 2013

2012年 60.3 2012年 93.3  日本の交易条件は原油価格の上昇に伴い悪化。  一方、日本同様に資源輸入国のドイツにおいては、原油価格が上昇しても交易条件が安 定的に推移。 ○ 原油価格推移 ○ 日独の交易条件推移 1

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7 2 . 金 融 政 策 と 「 期 待 」 デ フ レ こ そ が 日 本 経 済 に と り 最 大 の 問 題 で あ る か 否 か に つ い て は 、 1 節 で 述 べ た と お り 議 論 の 余 地 が あ る 。 し か し 、 こ こ で は 立 ち 入 ら ず 、 以 下 、 日 本 銀 行 が 目 標 と す る 「 2 % の 消 費 者 物 価 上 昇 」 を 実 現 す る 上 で 、 マ ネ ー ス ト ッ ク を 増 大 さ せ る 金 融 政 策 が 有 効 で あ る か と い う 問 題 を 、 特 に 「 期 待 」 と の 関 係 で 考 え る こ と に し た い 。 正 常 な 経 済 状 態 の 下 で の 金 融 政 策 は 、 金 利 政 策 で あ る 。 金 融 引 き 締 め は 金 利 の 引 き 上 げ 、 逆 に 金 融 緩 和 は 金 利 の 引 き 下 げ を 意 味 す る 。 金 利 は 、 企 業 の 行 う 設 備 投 資 、家 計 の 行 う 住 宅 投 資 な ど に 大 き な 影 響 を 与 え る 変 数 で あ る か ら 、「 ど れ だ け 影 響 を 与 え る 」 と い う 定 量 的 な 細 部 ( 投 資 の 利 子 弾 力 性 ) に は 不 確 実 性 が 残 る に し て も 、 金 融 政 策 の 効 果 に つ い て は 、 疑 義 は な か っ た 。 と こ ろ が 1990 年 代 の 日 本 を 皮 切 り に 、 ア メ リ カ 、 E U で も ぞ く ぞ く と 名 目 金 利 が ゼ ロ ま で 低 下 し た こ と か ら 、 金 融 政 策 は 深 刻 な 問 題 に 直 面 す る こ と に な っ た 。 ゼ ロ 金 利 の 下 で 、 金 融 政 策 は い か に し て そ の 有 効 性 を 確 保 す る の か 。 名 目 金 利 が ゼ ロ ま で 低 下 し て も 、 ま だ 手 は 残 さ れ て い る 。 こ れ が 世 界 の 中 央 銀 行 の 立 場 だ 。 名 目 金 利 に ( マ イ ナ ス ) の 下 限 が あ る に し て も 、 企 業 ・ 家 計 の 経 済 行 動 に 影 響 を 与 え る の は 「 実 質 金 利 」 で あ る 。 黒 田 緩 和 は 「 実 質 金 利 を 押 し 下 げ る こ と を 起 点 と す る 」 と い う の が 日 銀 の 公 式 見 解 で も あ る 。 実 質 金 利 は 名 目 金 利 か ら 「 期 待 イ ン フ レ 率 」 を 引 い た も の だ か ら 、 名 目 金 利 が 下 が ら な く て も 、 イ ン フ レ 期 待 が 上 が れ ば 実 質 金 利 は 下 が る 。 期 待 イ ン フ レ 、 あ る い は 米 国 ジ ャ ク ソ ン ホ ー ル に お け る 黒 田 総 裁 の 講 演 タ イ ト ル に あ る 「 予 想 物 価 上 昇 率 」 は 「 物 価 」 の 変 化 に 関 す る 期 待 だ か ら 、 そ も そ も 物 価 は ど の よ う に 決 ま る の か が 問 題 に な る 。 浜 田(2013)に 代 表 さ れ る よ う な 「 デ フ レ は 貨 幣 的 な 問 題 で あ る 」と い う 考 え 方 の 基 礎 に あ る の は 、「 貨 幣 数 量 説 」 (Quantity Theory of Money)だ 。

貨 幣 数 量 説 の 基 本 式 は マ ー シ ャ ル に よ る 「 ケ ン ブ リ ッ ジ 方 程 式 」 𝑀 = 𝑘𝑃y

あ る い は フ ィ ッ シ ャ ー の 「 数 量 方 程 式 」 𝑀𝑉 = 𝑃𝑄

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8 で あ る 。 い ず れ の 式 で も M は 貨 幣 数 量 ( マ ネ ー ス ト ッ ク )、P は 名 目 の 物 価 水 準 で あ る 。ケ ン ブ リ ッ ジ 方 程 式 の yは 、今 日 の 用 語 を 使 え ば 実 質 GDP、k は「 マ ー シ ャ ル の k」 と 呼 ば れ る 正 の 係 数 で あ る 。 フ ィ ッ シ ャ ー 流 の 数 量 方 程 式 に あ る Q は 実 質 の 取 引 量 ( フ ロ ー )、V は 貨 幣 の 「 流 通 速 度 」 で あ る 。 yと Q は 似 て い る が 、同 じ で は な い 。yを 実 質 GDP と す れ ば 、よ く 知 ら れ て い る よ う に 、 そ れ は 付 加 価 値 の 総 計 で あ る 。 パ ン を つ く る の に 小 麦 粉 が 必 要 で あ り 、 小 麦 粉 は 小 麦 か ら つ く ら れ る と き 、y は 最 終 生 産 物 で あ る パ ン の み の 価 値 を 計 上 す る 。こ れ に 対 し て フ ィ ッ シ ャ ー の Q は 、パ ン 、小 麦 粉 、小 麦 す べ て の 実 質 取 引 量 を 足 し た も の で あ る 。 こ う し た こ と か ら 、 フ ィ ッ シ ャ ー の 数 量 方 程 式 は 恒 等 式 で あ り 、貨 幣 の 流 通 速 度 V を𝑉 = 𝑃𝑄/𝑀に よ り 定 義 す る 式 だ と 言 わ れ る こ と も あ る 。 こ れ に 対 し て 、 ケ ン ブ リ ッ ジ 方 程 式 の 右 辺 は 貨 幣 と い う 資 産 に 対 す る 需 要 を 表 し 、こ の 式 は 左 辺 の 貨 幣 の 供 給 量 Mと 相 ま っ て 貨 幣 の 需 給 均 衡 式 を 表 し て い る 。 貨 幣 の 需 要 と 、 名 目 GDP、Py の 比 率 が マ ー シ ャ ル の k と 呼 ば れ る 係 数 に ほ か な ら な い 。 以 上 説 明 し た よ う に 、 2 つ の 式 に は 微 妙 な 違 い も あ る の だ が 、 こ こ で は 立 ち 入 ら ず 、と り あ え ず 実 質 の 取 引 量 Q、実 質 GDP、yは す で に 決 ま っ て い る も の と し よ う 。 実 際 、 ス タ ン ダ ー ド な マ ク ロ モ デ ル で は 、y は モ デ ル の 他 の 部 分 で 決 ま る の で あ る 。さ ら に マ ー シ ャ ル の k な い し 流 通 速 度 V は 、1 つ の 時 代 、1 つ の 経 済 で は 制 度 上 ほ ぼ 一 定 だ と し よ う 。 通 常 、 こ う 説 明 さ れ る の だ が 、 現 実 に は k は 決 し て 一 定 で は な い 。 た と え ば 、1980 年 代 後 半 バ ブ ル の 時 代 に は 、 物 価 P の 変 化 は 比 較 的 落 ち 着 く 中 で M が 著 し く 増 大 し た 。 当 時 は 、 マ ー シ ャ ル の k が 上 昇 し た と 言 わ れ た も の だ 。GDP に 直 結 し な い 土 地・株 の 購 入 を 銀 行 の 融 資 が フ ァ イ ナ ン ス し て い た こ と が 理 由 だ が 、 こ の 点 に も こ こ で は 深 く 立 ち 入 ら ず 、k、V 一 定 と 仮 定 す れ ば 、 ど ち ら の 式 で も Pは M に 比 例 す る 。P を 決 め る の は 貨 幣 数 量 M で あ り 、P は M に 比 例 し て 変 化 す る 。 こ れ こ そ が 貨 幣 数 量 説 の 基 本 命 題 で あ り 、「 物 価 は 貨 幣 的 現 象 で あ る 」と い う 命 題 に ほ か な ら な い 。 貨 幣 数 量 説 に 従 う か ぎ り 、 デ フ レ ( 物 価 P の 下 落 ) は 、 マ ネ ー ス ト ッ ク Mの 増 加 が yの 増 加 に 追 い つ か な い か ら 、す な わ ち 貨 幣 が 十 分 に 供 給 さ れ な い か ら 起 き る こ と に な る 。理 論 上 デ フ レ を 止 め る の は 簡 単 で あ る 。

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9 貨 幣 数 量 M を 十 分 増 や せ ば よ い 。実 際 、貨 幣 数 量 説 に よ る か ぎ り 、貨 幣 数 量 M の 増 加 が デ フ レ を 止 め る 唯 一 の 方 策 で あ る 。 以 上 説 明 し た 貨 幣 数 量 説 は 古 く か ら あ り 、 と り わ け 19 世 紀 は じ め 古 典 派 経 済 学 を 集 大 成 し た デ ー ビ ッ ド・リ カ ー ド は 数 量 説 を 強 く 主 張 し た 大 経 済 学 者 だ 。 た だ し 、 ケ ン ブ リ ッ ジ 方 程 式 に し て も 数 量 方 程 式 に し て も 、 こ の か ぎ り で は 貨 幣 数 量 M、物 価 水 準 Pな ど マ ク ロ の 変 数 の 間 の 関 係 式 に す ぎ な い 。 過 去 30 年 間 で マ ク ロ 経 済 学 は 、「 ミ ク ロ 的 な 基 礎 づ け 」を も つ 、す な わ ち micro-founded な マ ク ロ 経 済 学 に す っ か り 衣 替 え し た 。 マ ク ロ モ デ ル の 中 で 消 費 者 の 効 用 最 大 化 や 企 業 の 利 潤 最 大 化 を 明 示 的 に 考 察 す る モ デ ル こ そ が 、「 正 し い 」マ ク ロ モ デ ル だ と す る マ ク ロ 経 済 学 に 変 わ っ た の で あ る 。 一 方 、 バ ブ ル 崩 壊 後 1990 年 代 後 半 か ら 、 日 本 で は 名 目 金 利 ( 政 策 金 利 で あ る コ ー ル ・ レ ー ト ) が ゼ ロ と な っ た 。 当 時 は 名 目 金 利 に と っ て 下 げ う る 下 限 と 考 え ら れ て い た ゼ ロ 金 利 の 下 で 金 融 政 策 に は 何 が な し う る の か 。 ゼ ロ 金 利 の 制 約 ( こ れ は 「 流 動 性 の 罠 」liquidity trap と も 呼 ば れ る ) の 下 で の 金 融 政 策 を micro-founded な マ ク ロ モ デ ル の 中 で 考 察 し た の が Krugman (1998)の 論 文 で あ る 。”It’s baaack: Japan’s Slump and the Return of the Liquidity Trap ”と 題 す る Krugman の 論 文 は 学 界 に 大 き な 影 響 を 与 え た 。Krugman の 論 文 の 概 要 は 吉 川(2013)の 第 4 章 で 詳 し く 説 明 し た の で 、 こ こ で は 必 要 な か ぎ り の こ と を 簡 潔 に 述 べ る こ と に し た い 。 第 一 に 明 確 に し て お く べ き こ と は 、 ク ル ー グ マ ン ・ モ デ ル で 中 心 的 な 役 割 を 果 た す の は ケ ン ブ リ ッ ジ 方 程 式 だ と い う こ と で あ る 。た だ し 、ゼ ロ 金 利 の 制 約 、 あ る い は 流 動 性 の 罠 の 下 で は 、本 来 、物 価 Pを 決 め る は ず の 貨 幣 数 量 説 の 基 本 式 が 等 式 で な く 不 等 式 と な っ て し ま い 、M を 増 や し て も ス ト レ ー ト に P を 上 げ る 力 を 失 っ て し ま う 。 こ れ が 問 題 な の だ が 、 ク ル ー グ マ ン ・ モ デ ル は 「 今 期 」 ( つ ま り 現 在 な い し 今 ) だ け で な く 「 将 来 」 を も つ 2 期 間 モ デ ル で 、 将 来 に お い て は ケ ン ブ リ ッ ジ 方 程 式 が 正 常 な 形 で 成 立 し て い る 。 し た が っ て 、 将 来 の 物 価 P*は 将 来 の 貨 幣 数 量 Mに 比 例 し て 決 ま る 。 こ こ に お い て 登 場 す る キ ー ワ ー ド が「 期 待 」で あ る 。中 央 銀 行 が 現 在 M を 異 常 に 増 や し 、 人 々 に 将 来 の M*も 同 じ く 異 常 に 増 え る と い う 「 期 待 」 を も た せ る こ と に 成 功 す れ ば 、 名 目 金 利 が 下 が る と い っ た ノ ー マ ル な メ カ ニ ズ ム が 作 動

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10 し な く て も 、 期 待 イ ン フ レ な い し 予 想 物 価 上 昇 率 が 高 ま る こ と に よ り 実 質 金 利 が 低 下 し 、 そ れ が 需 要 を 喚 起 し 経 済 は 不 況 か ら 脱 出 で き る と い う わ け で あ る 。 ク ル ー グ マ ン・モ デ ル で は 、今 期 の M を 増 や す 意 味 は 、そ れ が 将 来 の マ ネ ー ス ト ッ ク M*の 増 加 へ の 期 待 を 生 み 出 す と こ ろ に あ る 。 と こ ろ で 、 そ も そ も 物 価 が 上 昇 す る と い う 「 期 待 」 を も つ の は い っ た い 誰 な の か 。 ク ル ー グ マ ン ・ モ デ ル は 現 代 の 主 流 派 マ ク ロ 経 済 学 、micro-founded マ ク ロ 経 済 学 な の で 、 モ デ ル の 中 で 「 代 表 的 消 費 者 」(the representative consumer)を 想 定 し 、こ れ が「 現 在 」の み な ら ず「 将 来 」に わ た り 動 学 的 に 効 用 最 大 化 し て い る 。 こ の 代 表 的 消 費 者 が も つ 将 来 の 物 価 に つ い て の 期 待 が 、 モ デ ル で 中 心 的 な 役 割 を 演 じ る の で あ る 。 す な わ ち 、 彼 が 物 価 は 上 が る と い う 期 待 を も て ば 、 金 融 政 策 は 成 功 す る 。 金 融 政 策 の ポ イ ン ト は 、 そ う し た 期 待 を い か に 生 み 出 す か で あ る 。 幸 い ( ? ) モ デ ル の 中 に 存 在 す る 経 済 主 体 は 日 銀 と 代 表 的 個 人 だ け だ 。 代 表 的 個 人 は 日 銀 の や る こ と を す べ て 理 解 し て い る 。 ま た 両 者 は 1 つ の マ ク ロ モ デ ル を 共 有 し て い る 。 言 い 換 え れ ば 、 日 銀 も 代 表 的 個 人 も 日 本 経 済 全 体 が ど の よ う に 動 く か 、 動 い て い る か 、 完 全 に 理 解 し て い る の で あ る 。 そ の 中 の 1 つ が 先 に 説 明 し た 貨 幣 数 量 方 程 式 あ る い は ケ ン ブ リ ッ ジ 方 程 式 で あ る 。 モ デ ル の 中 の 代 表 的 消 費 者 は 貨 幣 数 量 説 の 信 奉 者 な の で あ る ! こ う し た モ デ ル の 中 で は 、 貨 幣 数 量 M が 大 き く な れ ば 物 価 P が 上 昇 す る こ と に な っ て い る 。 マ ネ ーM が 増 え れ ば 、合 理 的 な 消 費 者 は 物 価 Pが 上 が る と 期 待 す る こ と に な っ て い る の で あ る ( モ デ ル の 中 で は 、 す で に 述 べ た と お り 「 将 来 」 の マ ネ ーM*、「 将 来 」 の 物 価 P*)。 こ れ こ そ が 世 界 中 の 中 央 銀 行 、 そ し て 浜 田 (2013)に 代 表 さ れ る 、い わ ゆ る 「 リ フ レ 派 」の 経 済 学 者 が 、ゼ ロ 金 利 の 下 で も 中 央 銀 行 が 十 分 に マ ネ ーM を 増 や せ ば 必 ず 期 待 イ ン フ レ は 高 ま る 、そ れ が「 グ ロ ー バ ル ス タ ン ダ ー ド に 適 っ た 」 マ ク ロ 経 済 学 が 「 証 明 」 し た こ と だ 、 と い う 根 拠 で あ る 。 問 題 は 以 上 説 明 し た マ ク ロ モ デ ル が 現 実 の 経 済 を 適 切 に モ デ ル 化 し て い る か 否 か で あ る 。筆 者 は 主 流 の micro-founded マ ク ロ モ デ ル は 大 き な 問 題 を も つ も の で あ り 、現 実 を 正 し く 描 写 し た マ ク ロ モ デ ル に な っ て い な い 、と 考 え て い る 。 根 本 的 な 問 題 は 以 下 の と お り で あ る 。 ク ル ー グ マ ン ・ モ デ ル を 含 め 、 す べ て

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11 の micro-founded モ デ ル で は 、図 表 3 に あ る よ う に モ デ ル の 中 で 最 適 化 し て い る ( 合 理 的 に 行 動 し て い る ) ミ ク ロ の 主 体 は 1 つ の マ ク ロ モ デ ル を 共 有 し て い る 。 こ れ は 非 現 実 的 な 仮 定 で あ る 。 現 実 に は 図 表 4 に あ る よ う に 、 す べ て の 主 体 は そ れ ぞ れ 異 な る 個 別 の 「 小 宇 宙 」 の 中 で 、 す な わ ち ま っ た く 異 な る 制 約 条 件 の 下 で 最 適 化 を 行 っ て い る の で あ る 。 家 計 も 企 業 も す べ て 何 ら か の 制 約 条 件 の 下 で 効 用 な い し 利 潤 を 最 大 化 し て い る 。 し か し 、 そ れ ぞ れ の 制 約 条 件 は す べ て 異 な り 、 第 三 者 に は 観 察 で き な い 。 そ れ を こ こ で は 「 小 宇 宙 」 と 呼 ん だ 。 1 つ の 共 有 さ れ た 「 日 本 経 済 」 を 制 約 条 件 と し て 最 適 化 し て い る ミ ク ロ の 経 済 主 体 は 、 1 つ と し て 存 在 し な い と 言 っ て も よ い 。 と く に 、 貨 幣 数 量 方 程 式 、 ケ ン ブ リ ッ ジ 方 程 式 を 自 ら の 意 思 決 定 を 左 右 す る 制 約 条 件 と し て い る 家 計 も 企 業 も い な い 。 こ の 点 が 、 金 融 政 策 に し っ か り と し た 理 論 的 基 礎 づ け を 与 え る と い わ れ る micro-founded モ デ ル と 現 実 と の 根 本 的 な 違 い な の で あ る 。 【 図 表 3 】 【 図 表 4 】

ミクロとマクロの関係:標準的なモデル

「異質性」を強調するLucasモデル、

サーチモデル、DSGEも本質的には同じ

Macro

Micro Agents ● ● ● ● ● ● ● ●

Macro

●●● ●●● ●●● ●●● ●●●

真の異質性

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12 中 央 銀 行 が 貨 幣 数 量 Mを 増 や す と い っ て も 、現 実 に 中 央 銀 行 が 自 ら の イ ニ シ ア テ ィ ブ で 増 や せ る の は ハ イ パ ワ ー ド マ ネ ー な い し ベ ー ス マ ネ ー と 呼 ば れ る 狭 義 の マ ネ ー だ 。 市 中 に 流 通 す る 日 銀 券 ( 現 金 ) を 別 に す る と 、 ベ ー ス マ ネ ー は 民 間 の 金 融 機 関 が 日 銀 に 保 有 す る 当 座 預 金 で あ る 。2013 年 4 月 4 日 、日 銀 は こ の 当 座 預 金 残 高 ( 以 下 H と 書 く ) を 「 2 年 で 2 倍 」 に す る と ア ナ ウ ン ス し た 。 図 表 5 に あ る と お り 、公 約 ど お り H は 過 去 に 見 ら れ な か っ た ペ ー ス で 増 大 し た 。 【 図 表 5 】 ( 出 所 ) 日 本 銀 行 こ う し た H の 増 加 は 人 々 の も つ 期 待 イ ン フ レ に 影 響 を 与 え る だ ろ う か 。ク ル ー グ マ ン ・ モ デ ル は 抽 象 的 な モ デ ル な の で 、M と H は 区 別 せ ず 、 し た が っ て 、 M=H だ が 、人 々 と い う か モ デ ル の 中 の 代 表 的 消 費 者 は も ち ろ ん M の 増 大 を 認 識 し 、 し か も P は M で 決 ま る と 信 じ て い る 。 そ の 結 果 、M の 増 大 に よ り 期 待 イ ン フ レ 率 は 高 ま る 。 し か し 、 す で に 述 べ た よ う に 、 現 実 の 経 済 で は 家 計 も 企 業 も そ れ ぞ れ ま っ た く 異 な る 「 小 宇 宙 」 の 中 で 最 適 化 行 動 を 行 っ て い る 。 日 銀 当 座 預 金 残 高 ( ベ ー ス マ ネ ー ) の 増 大 は 、 こ う し た 圧 倒 的 多 数 の ミ ク ロ の 主 体 の 「 小 宇 宙 」 に 直 接 的 に は ま っ た く 影 響 を 与 え な い 。 な ぜ な ら 、 ほ と ん ど の 経 済 主 体 は 、 そ も そ も 日 銀 当 座 預 金 が い か な る も の で あ る か を 知 ら な い か ら で あ る 。 自 分 が 知 ら な い

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13 も の が 変 化 し た か ら と い っ て 、 自 ら の 行 動 が 影 響 を 受 け る な ど と い う こ と は あ り え な い で は な い か 。 こ の 点 を 理 解 す る た め に は 、 消 費 税 の 引 上 げ に つ い て 考 え て み る の が よ い 。 日 銀 当 座 預 金 と 違 い 、 す べ て の 消 費 者 は 消 費 税 に つ い て よ く 知 っ て お り 、 ほ と ん ど す べ て の 消 費 者 「 小 宇 宙 」 あ る い は 制 約 条 件 に 消 費 税 は 入 っ て い る 。 だ か ら 税 率 の 引 き 上 げ を 前 に 駆 け 込 み 需 要 が 生 ま れ た の で あ る 。 ク ル ー グ マ ン ・ モ デ ル を は じ め 主 流 の micro-founded モ デ ル で は 、日 銀 当 座 預 金 と 消 費 税 の 本 質 的 な 違 い を 全 く 顧 慮 し て い な い 。 要 す る に 、 日 銀 当 座 預 金 の 増 大 が 期 待 イ ン フ レ 率 を 高 め る と い う 命 題 は 、 初 め か ら あ り え な い 命 題 で あ っ た と 言 わ な け れ ば な ら な い 。 【 図 表 6 】 (出 所 ) 財 務 省 も っ と も 、2013 年 4 月 の 「 異 次 元 の 金 融 緩 和 」 以 来 、「 期 待 イ ン フ レ 」 が 高 ま っ た と い う 指 摘 も な さ れ て き た 。日 銀 自 身 、「 期 待 イ ン フ レ 」の 統 計 に 機 会 あ る ご と に 言 及 し て き た 。し か し 、こ う し た 統 計 は 、意 味 の あ る「 期 待 イ ン フ レ 」

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14 を と ら え た も の で は な い 。 な ぜ な ら 、 金 融 政 策 の 目 標 に 照 ら し て 問 題 と な る の は 、 あ く ま で も 投 資 や 消 費 を 行 う 企 業 や 家 計 の も つ 将 来 の 物 価 変 化 率 に 関 す る 期 待 だ か ら で あ る 。 図 表 6 に あ る よ う な 物 価 連 動 債 と 普 通 の 国 債 の リ タ ー ン の 差 、プ レ ミ ア ム を も っ て「 期 待 イ ン フ レ 」の 尺 度 と す る 議 論 も よ く な さ れ る が 、 こ れ は あ く ま で も 物 価 連 動 債 と い う 1 つ の 資 産 市 場 の 参 加 者 が お 互 い に 合 意 し た 「 期 待 」 で あ る 。 そ れ は ケ イ ン ズ の 「 美 人 投 票 」 の 所 産 だ か ら 、 こ れ を も っ て 企 業 や 家 計 の 「 期 待 イ ン フ レ 率 」 と す る の は 意 味 が な い 。 図 表 7 に あ る エ コ ノ ミ ス ト の 「 物 価 見 通 し 」 も 同 じ で あ る 。 【 図 表 7 】 (出 所 ) 日 本 経 済 研 究 セ ン タ ー

3 . 価 格 の 決 定

一 般 物 価 水 準 は 貨 幣 数 量 に よ っ て 決 ま る と い う 単 純 な 貨 幣 数 量 説 の 考 え 方 を 退 け る と す れ ば 、 物 価 は い っ た い ど の よ う に 決 ま る の か 、 改 め て 考 え て み な け れ ば な ら な い 。 日 銀 が 目 標 と し て い る 消 費 者 物 価 も 含 め 「 一 般 物 価 」 は 、 改 め 調 査 時 期 ( 年 / 月 ) 予 測 対 象 時 期 平 均 高 位 低 位 0 9 年 0 6 月 1 1 - 1 5 年 度 0 . 5 1 . 0 - 0 . 1 0 9 年 1 2 月 1 1 - 1 5 年 度 0 . 3 0 . 7 - 0 . 2 1 0 年 0 6 月 1 2 - 1 6 年 度 0 . 5 1 . 0 - 0 . 1 1 0 年 1 2 月 1 2 - 1 6 年 度 0 . 5 1 . 2 0 . 0 1 1 年 0 6 月 1 3 - 1 7 年 度 0 . 6 1 . 2 0 . 2 1 1 年 1 2 月 1 3 - 1 7 年 度 0 . 4 0 . 9 - 0 . 1 1 2 年 0 6 月 1 4 - 1 8 年 度 0 . 6 1 . 2 0 . 1 1 2 年 1 2 月 1 4 - 1 8 年 度 0 . 7 1 . 4 0 . 1 1 3 年 0 6 月 1 5 - 1 9 年 度 1 . 2 2 . 2 0 . 5 1 3 年 1 2 月 1 5 - 1 9 年 度 1 . 2 2 . 1 0 . 6 1 4 年 0 6 月 1 6 - 2 0 年 度 1 . 4 2 . 1 0 . 8 1 4 年 1 2 月 1 6 - 2 0 年 度 1 . 4 2 . 1 0 . 7 1 5 年 0 6 月 1 7 - 2 1 年 度 1 . 4 2 . 1 0 . 7 1 5 年 1 2 月 1 7 - 2 1 年 度 1 . 3 2 . 2 0 . 7 1 6 年 0 6 月 1 8 - 2 2 年 度 1 . 0 1 . 6 0 . 4

2 ~ 6 年 度 先 消 費 者 物 価 見 通 し

( E S P フ ォ ー キ ャ ス ト : 各 年 6 、 1 2 月 に 発 表 )

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15 て 言 う ま で も な く 、 個 別 の 財 ・ サ ー ビ ス 価 格 を 加 重 平 均 し た 「 指 数 」 で あ る 。 も と に あ る の は 個 別 の 財 ・ サ ー ビ ス の 価 格 だ 。 鉄 壁 の 理 論 で あ る か に み え る 貨 幣 数 量 説 の 最 大 の 弱 点 は 、「 貨 幣 の 需 給 均 衡 式 」な い し「 貨 幣 数 量 方 程 式 」に 依 拠 し 、「 均 衡 」で は 価 格 は 貨 幣 数 量 に 比 例 す る 、と い う だ け で 、現 実 の 価 格 が ど の よ う に し て そ う し た 水 準 に 到 達 す る の か 、そ の プ ロ セ ス が 完 全 な「 ブ ラ ッ ク・ ボ ッ ク ス 」 に な っ て い る こ と で あ る 。 マ ー シ ャ ル は こ の 問 題 に 気 づ い て い た に 違 い な い 。だ か ら こ そ 彼 は 、自 ら が 直 面 し た 19 世 紀 末 大 不 況 期( 1873-96)の デ フ レ に 貨 幣 数 量 説 を 当 て は め る こ と を 躊 躇 し た の で あ る 。 価 格 の 動 き を 理 解 す る た め に は 、 わ れ わ れ は 「 ブ ラ ッ ク ・ ボ ッ ク ス 」 の 内 部 に 分 け 入 ら な け れ ば な ら な い 。 つ ま り 、 個 別 の モ ノ や サ ー ビ ス の 価 格 が ど の よ う に 決 ま る の か を 調 べ な け れ ば な ら な い 。 吉 川(2013、4 章 )で 説 明 し た よ う に 、ボ ー ル は こ う し た ア プ ロ ー チ を Accounting Theory と 呼 び 、相 対 価 格 と 絶 対 価 格 を 混 同 し た 経 済 学 を 知 ら な い 人 が 犯 す 初 歩 的 な ミ ス だ と し た (Ball (2006))。 し か し 、 以 下 に 説 明 す る と お り 、 初 歩 的 な ミ ス を 犯 し て い る の は 、 実 は ボ ー ル の よ う な 議 論 の ほ う な の で あ る 。 今 、A 財 の「 相 対 価 格 」が(「 潜 在 的 」に )上 昇 す る よ う な 変 化 、す な わ ち A 財 に 対 す る 需 要 の 増 加 、あ る い は A 財 の 生 産 コ ス ト の 上 昇 な ど が 生 じ た と し よ う 。「 潜 在 的 」に 上 昇 す る と い っ た の は 、資 産 価 格 や 一 次 産 品 と は 異 な り 、大 多 数 の モ ノ や サ ー ビ ス の 価 格 の 場 合 、実 際 に A 財 の 相 対 価 格 が ど れ だ け 上 昇 す る か は 、A 財 の 供 給 者 と「 関 係 す る 経 済 主 体 」の( 明 示 的 あ る い は 暗 黙 の )「 交 渉 」 に よ る か ら で あ る 。A 財 の 供 給 者 と 「 関 係 者 」 に よ る A 財 の 価 格 決 定 。 そ こ で 大 き な 役 割 を 演 ず る の が 、 ヒ ッ ク ス や オ ー カ ン が 力 説 し た 「 公 正 」fairness と い う 概 念 で あ る(Hicks(1974)、Okun(1981))。安 易 に パ ン の 価 格 を 上 げ た パ ン 屋 は 、 も し そ れ が フ ェ ア だ と み な さ れ な け れ ば 、 多 く の 顧 客 を 永 遠 に 失 う だ ろ う 。 個 別 の 価 格 が 決 め ら れ る 市 場 、 公 正 が か か わ る 市 場 は い ず れ も ロ ー カ ル な 市 場 で あ る( 先 に 一 般 論 と し て 述 べ た ミ ク ロ の 経 済 主 体 が 行 動 す る「 小 宇 宙 」)。 ロ ー カ ル に 価 格 / 賃 金 の 決 定 に 携 わ る 経 済 主 体 に と っ て 、 ベ ー ス マ ネ ー は 言 う に 及 ば ず マ ネ ー ス ト ッ ク は 、 自 分 た ち が 意 思 決 定 す る 上 で 考 慮 に 入 れ な け れ ば な ら な い 経 済 変 数 で は な い 。 前 節 で 述 べ た よ う に 、 ミ ク ロ の 価 格 決 定 の プ ロ セ ス で は 貨 幣 数 量 説 の 出 番 は 始 め か ら な い の で あ る 。

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16 そ も そ も 個 別 の 財 ・ サ ー ビ ス の 価 格 を 決 め る 際 に 問 題 と な る 「 公 正 」 と は 、 「 他 の 財 ・ サ ー ビ ス の 価 格 」 は 与 え ら れ た も の と し て 、 そ れ と の 相 対 に お け る 「 公 正 」 で あ る 。 他 の 財 ・ サ ー ビ ス の 価 格 は 与 え ら れ て い る と い う 仮 定 が な け れ ば 、 個 別 の 財 ・ サ ー ビ ス を 決 め る 土 俵 そ の も の が 失 わ れ て し ま う 。 こ れ は 、 貨 幣 経 済 そ の も の の 基 盤 が 失 わ れ る と 言 い 換 え て も よ い 。 改 め て 言 う ま で も な く 、わ れ わ れ の 住 む 現 実 の 貨 幣 経 済 に お い て 個 別 の 財・サ ー ビ ス の「 相 対 価 格 」 を 変 え る も の 、 そ れ こ そ が 実 は 「 絶 対 価 格 」 の 変 化 な の で あ る 。 し た が っ て 、 現 実 の 経 済 に お い て は 、 ボ ー ル の 議 論 と は 逆 に 、A 財 の 需 要 が 増 大 す れ ば A 財 の( 絶 対 )価 格 が 上 が り 、 需 要 が 落 ち れ ば 価 格 が 下 る 、と い う 「 常 識 」 的 な 変 化 が 、 マ ネ ー ス ト ッ ク と は 独 立 に 起 き る 。 一 般 物 価 水 準 は 、 こ う し て ロ ー カ ル に 決 ま る 個 別 の 財 ・ サ ー ビ ス 価 格 を 加 重 平 均 し た 「 結 果 」 に す ぎ な い 。 一 般 物 価 指 数 は つ く り 出 さ れ た 統 計 で あ り 、 存 在 す る の は あ く ま で も 個 別 の 財・サ ー ビ ス の 価 格 な の で あ る 。こ の こ と は 後 に 再 度 詳 し く 説 明 し よ う 。 さ て 、 個 々 の モ ノ や サ ー ビ ス の 価 格 は ど の よ う に し て 決 ま る の か 。 こ の 問 題 に つ い て 明 確 な フ レ ー ム ワ ー ク を 提 起 し た の は カ レ ツ キ ー で あ る(Kalecki (1954))。 カ レ ツ キ ー は マ ク ロ 経 済 を 分 析 す る 際 に は 、「 生 産 費 用 に よ っ て 決 ま る 価 格 」 と 「 需 要 に よ っ て 決 ま る 価 格 」 を 明 確 に 区 別 す る 必 要 が あ る こ と を 指 摘 し 、「 二 部 門 ア プ ロ ー チ 」 を 提 唱 し た 。 「 短 期 的 な 価 格 の 変 化 は 、 二 つ の グ ル ー プ に 分 け て 考 え な け れ ば な ら な い 。 主 と し て 生 産 費 用 の 変 化 に よ る も の と 、 需 要 の 変 化 を 反 映 し た も の で あ る 。 一 般 に 、 完 成 財 の 価 格 の 変 化 は 生 産 費 用 の 動 向 に よ っ て 決 ま る 。 他 方 、 食 料 を 含 む 原 材 料 の 価 格 は 、 需 要 に よ っ て 決 ま る 。 も ち ろ ん 完 成 財 の 価 格 も 、 需 要 の 変 化 を 反 映 し た 原 材 料 価 格 の 影 響 を 受 け る が 、 あ く ま で も そ れ は 生 産 費 用 を 通 し て で あ る 。 二 つ の 価 格 形 成 は 、供 給 の 条 件 が 異 な る こ と か ら 生 じ る 。 完 成 財 の 供 給 は 、生 産 能 力 が 許 す か ぎ り 弾 力 的 に な さ れ る 。 需 要 の 増 大 に は 主 と し て 生 産 量 の 増 加 が 対 応 し 、 価 格 は あ ま り 変 わ ら な い 。 価 格 は 生 産 費 用 が 変 わ っ た と き に 変 わ る

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17 の で あ る 。 原 材 料 を め ぐ る 状 況 は こ れ と は 違 う 。 農 産 物 の 供 給 を 増 や す に は 時 間 が か か る 。 農 産 物 ほ ど で は な い に し て も 、 鉱 産 物 に つ い て も 同 じ こ と が い え る 。 短 期 的 に 供 給 が 一 定 で あ れ ば 、 需 要 の 増 加 は 在 庫 ス ト ッ ク の 減 少 を も た ら し 価 格 を 上 昇 さ せ る 。 こ う し た 価 格 の 動 き は 投 機 に よ っ て 強 め ら れ る だ ろ う(Kalecki (1954)。」 も ち ろ ん こ こ で カ レ ツ キ ー が 「 生 産 費 用 」 に 基 づ い て 決 ま る と い う つ く ら れ た モ ノ や サ ー ビ ス の 価 格 も 、 マ ー ク ア ッ プ 率 の 変 動 な ど 需 要 の 動 向 を 反 映 し て 変 わ る 部 分 も あ る が 、 し か し カ レ ツ キ ー の 「 二 部 門 ア プ ロ ー チ 」 は 、 そ の 後 ケ イ ン ズ 派 が 物 価 、 し た が っ て イ ン フ レ / デ フ レ を 理 解 す る う え で 共 有 し て き た 基 本 的 フ レ ー ム ワ ー ク で あ る 。 残 念 な こ と に 、 今 で は す っ か り 忘 れ ら れ て し ま っ た 感 も あ る が 、 デ フ レ が こ れ ほ ど 問 題 に さ れ る 中 で 、 こ れ は 驚 く べ き こ と だ と も 言 え る 。 現 代 の エ コ ノ ミ ス ト は 、 価 格 が ど の よ う に 決 ま る の か に つ い て の 「 正 し い 理 論 」 を 持 た ず に 、 価 格 の 変 化 を 分 析 し よ う と し て い る か ら で あ る ! 農 産 物 や 石 油 を は じ め と す る 鉱 産 物 な ど 一 次 産 品 の 価 格 は 、 教 科 書 に あ る と お り 需 要 と 供 給 を 一 致 さ せ る よ う に 市 場 で 決 ま る 。 先 物 市 場 が 存 在 す る も の も 多 く 、 そ こ で は 投 機 、 し た が っ て 「 期 待 」 が 大 き な 役 割 を 果 た す 。 た だ し 前 に も 述 べ た と お り 、 た と え ば 原 油 の 先 物 市 場 に お け る 「 期 待 」 は 、 日 本 の 家 計 ・ 企 業 が も つ 将 来 の 物 価 に 関 す る 「 期 待 」 と は 何 の か か わ り も な い 。 一 方 、 製 造 さ れ た モ ノ や サ ー ビ ス の 価 格 決 定 は 、 こ う し た 一 次 産 品 の 価 格 決 定 と ま っ た く 異 な る 。 価 格 は ( 市 場 で な く ) 生 産 者 が 決 め る も の で あ り 、 そ の 際 生 産 者 が 最 も 重 視 す る の は 「 生 産 費 用 」 で あ る 。 需 要 の 変 動 は 、 マ ー ク ア ッ プ 率 に 影 響 を 与 え る こ と は あ っ て も 基 本 的 に 価 格 で は な く 生 産 数 量 の 変 化 に よ っ て 吸 収 さ れ る 。 い う ま で も な く 、 こ れ こ そ が ケ イ ン ズ の 「 有 効 需 要 の 原 理 」 の 背 後 に あ る メ カ ニ ズ ム で あ る 。 イ ギ リ ス の 代 表 的 ケ イ ン ジ ア ン で あ っ た カ ル ド ア は 次 の よ う に 述 べ て い る 。 「 生 産 者 が 以 前 よ り 多 く の モ ノ を つ く る 、 逆 に 生 産 を 縮 小

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18 す る 、 あ る い は 前 と は 異 な る モ ノ を 生 産 す る と い う 場 合 、 こ う し た 変 化 を 生 み 出 す シ グ ナ ル は 常 に 数 量 の 変 化 で あ り 価 格 の 変 化 で は な い 、 と い う 重 要 な 結 論 が 導 か れ る 。 価 格 は 、 正 常(normal)な 生 産 費 用 ( す な わ ち 正 常 な 稼 働 率 に 基 づ き 算 出 さ れ る 費 用 ) に 、 通 常 の 利 潤 マ ー ジ ン を 加 え て 生 産 者 が 決 め る 。 需 要 が 増 減 し て も 、 そ れ が 一 定 の 範 囲 内 で あ る か ぎ り 生 産 者 は 価 格 を 変 え な い 。 需 要 の 増 加 が あ ま り に 大 き く 、 元 の 価 格 の ま ま で は カ ス タ マ ー の ニ ー ズ を 満 た せ な い よ う な 場 合 に は 、 価 格 を 一 時 的 に 上 げ る こ と が あ る か も し れ な い 。 逆 に 需 要 の 落 ち 込 み が 激 し く 、 元 の 価 格 の ま ま で は 生 産 を 異 常 に 縮 小 し な け れ ば な ら な い と き に は 、 一 時 的 に 価 格 を 下 げ る か も し れ な い 。 そ う し た 例 外 は あ る に せ よ 、 現 実 の 需 要 と 供 給 の 調 整 の プ ロ セ ス で 、 価 格 は 非 常 に マ イ ナ ー な 役 割 し か 果 た し て い な い 。 (Kaldor (1985; p. 24-25)」 一 次 産 品 を 除 く 「 つ く ら れ た 」 モ ノ や サ ー ビ ス に つ い て は 、 生 産 費 用 で 決 ま る 価 格 の 下 で 、「 数 量 」 が 「 数 量 」 を 決 め る 「 有 効 需 要 の 原 理 」 が 当 て は ま る 。 「 ケ イ ン ズ 経 済 学 の 中 心 的 理 論 は 、 名 目 価 格 の 硬 直 性 で は な く 、 有 効 需 要 の 原 理 で あ る (Keynes( 1936, Ch.3)。 瞬 時 か つ 完 全 な 市 場 均 衡 が 達 成 さ れ な い と こ ろ で は 、 生 産 と 雇 用 は お お む ね 総 需 要 に よ っ て 決 ま る 。 こ う し た 超 過 供 給 の 状 態 で は 、 ミ ク ロ の 経 済 主 体 の 需 要 は 、 彼 ら が 現 在 の 価 格 の 下 で 売 り た い と 思 う だ け 売 る こ と が で き な い 、 と い う こ と に よ っ て 制 約 さ れ る 。 価 格 が 市 場 を 均 衡 さ せ る こ と が で き な け れ ば 、 ケ イ ン ズ の 乗 数 分 析 で 実 質 国 民 所 得 が 消 費 需 要 を 決 め る よ う に 、 数 量 が 数 量 を 決 め る こ と に な る 。 … … ケ イ ン ズ 経 済 学 の 景 気 循 環 論 で は 、 景 気 の 変 動 を 生 み 出

(21)

19

す 主 因 は モ ノ や サ ー ビ ス に 対 す る 「 実 質 」 需 要 ― ― と り わ け 投 資 の 変 動 で あ る 。ケ イ ン ズ 理 論 で は 、「 生 産 の 変 動 は 名 目 需 要 の 変 動 に よ っ て 生 み 出 さ れ る (Ball, Mankiw, and Romer (1988, p.2))」 こ と に な っ て い る 、 と 聞 い た ら 、 ケ イ ン ズ は び っ く り す る に 違 い な い 。( 実 質 と 名 目 の )違 い は 、 き わ め て 重 要 で あ る 。(Tobin (1993)」 ト ー ビ ン が 強 調 す る よ う に 、 生 産 「 数 量 」 決 定 の 理 論 と し て の 「 有 効 需 要 の 原 理 」 は 「 実 質 」 の 理 論 で あ る 。 こ の 点 も デ フ レ と 実 体 経 済 の 関 係 に つ い て 考 え る と き 押 さ え て お く べ き 重 要 な ポ イ ン ト で あ る 。 ケ イ ン ズ 経 済 学 、有 効 需 要 の 理 論 と い う と 、「 古 く さ い 」と 思 っ て い る 人 も 多 い が 、 有 効 需 要 の 理 論 は 現 実 の 経 済 ( 生 産 数 量 ) の 動 き を 今 日 で も よ く 説 明 し て い る 。図 表 8 は 、2008 年 秋 リ ー マ ン・ブ ラ ザ ー ズ 破 綻 後 、世 界 経 済 が 同 時 不 況 に 陥 っ た 時 期 の 日 本 の 輸 出 と 鉱 工 業 生 産 指 数 の 動 き を み た も の で あ る 。 日 本 経 済 に と っ て 輸 出 は 外 生 的 な 「 需 要 」 で あ る 。 そ の 落 ち 込 み が こ の 時 期 の 生 産 の 落 ち 込 み を 生 み 出 し た 。図 表 8 は 、有 効 需 要 の 原 理 の 健 在 ぶ り を 示 す も の だ 。 も ち ろ ん 、 有 効 需 要 の 理 論 の 正 し さ は 、08-09 年 の 世 界 不 況 の と き だ け で は な く 、 一 般 的 に 成 り 立 つ (Iyetomi 他 (2011))。 【 図 表 8 】 ( 出 所 ) 経 済 産 業 省 、 内 閣 府 鉱 工 業 生 産 指 数 ・ 輸 出 数 量 指 数

(22)

20 「 数 量 」の 変 化 は 有 効 需 要 の 原 理 で 説 明 で き る が 、「 つ く ら れ た 」モ ノ や サ ー ビ ス の 価 格 は ど う 決 ま る の か 。 そ れ が こ こ で の 問 題 だ 。 す で に 述 べ た よ う に 、カ レ ツ キ ー に よ れ ば 、「 つ く ら れ た 」モ ノ や サ ー ビ ス の 価 格 P は 、「 生 産 費 用 」 に 利 潤 マ ー ジ ン を 足 し て 生 産 者 が 決 め る 。 マ ー ク ア ッ プ の 若 干 の 変 動 は あ る に し て も 、 つ く ら れ た モ ノ や サ ー ビ ス の 価 格 の 決 定 に お い て 最 も 重 要 な 要 因 が 生 産 費 用 で あ る こ と は 、 そ の 後 の 研 究 に よ っ て も 確 認 さ れ て い る (Godley/Nordhaus (1972), Coutts/Godley/Nordhaus (1978) )。 こ れ を 式 で 表 せ ば 次 の よ う に な る 。 す な わ ち 、 価 格

P

P

「 マ ー ク ア ッ プ 」 ×「 製 品 ( サ ー ビ ス ) 1 単 位 当 た り の 生 産 費 用 」 マ ー ク ア ッ プ は 、 需 要 の 価 格 弾 力 性 等 を 考 慮 に 入 れ て 生 産 者 が 戦 略 的 に 決 め る も の で 、 マ ー ク ア ッ プ の 水 準 は 業 種 、 地 域 、 企 業 に よ っ て 異 な る 。 し か し カ ル ド ア の い う よ う に 、ひ と た び あ る 水 準 に 決 ま れ ば 短 期 的 に は あ ま り 変 動 し な い 。 し た が っ て 価 格 の 変 動 を 生 み 出 す 主 因 は 「 製 品 1 単 位 当 た り の 生 産 費 用 」 で あ る 。 生 産 費 用 は「 人 件 費 」と「 原 材 料 費( エ ネ ル ギ ー お よ び 完 成 品 の 場 合 に は「 素 材 」 を 含 む )」 か ら 成 る 。 賃 金 を

W

、 労 働 投 入 量 を

L

、 原 材 料 価 格 を

P

R( 完 成 品 の 場 合 に は「 素 材 」価 格 を 含 む )、原 材 料( 同 じ く 素 材 )投 入 量 を

R

と し 、

L

R

を 用 い て

Y

だ け の 製 品 ( 財 ・ サ ー ビ ス ) が 生 み 出 さ れ た と す れ ば 「 製 品 1 単 位 当 た り の 生 産 費 用 」

COST

Y

R

P

WL

COST

R と 表 す こ と が で き る 。わ が 国 の 場 合 原 材 料( エ ネ ル ギ ー 源 と し て の 石 油 も 含 む ) は ほ と ん ど す べ て 輸 入 し て い る の で 、原 材 料 の 円 建 て 価 格

P

Rは 、ド ル 建 て の 国 際 価 格

P

R*と 為 替 レ ー ト

e

(1 ド ル =

e

円 ) に よ っ て 決 ま る 。 * R R

eP

P

原 材 料 す な わ ち 原 油 を は じ め 一 次 産 品 の ド ル 価 格

P

R*は 、 前 に 書 い た と お り 国 際 的 な 市 場 で 需 要 と 供 給 の 力 に よ り 決 ま る 。 な お 、 再 三 指 摘 し て い る と お り 、 完 成 品 に つ い て は 、

R

の 中 に 国 内 で 生 産 さ れ る 素 材 ( た と え ば H 型 鋼 や ポ リ プ ロ ピ レ ン な ど ) も 含 ま れ え る 。 そ う し た 素 材 の 多 く は 市 況 性 が 強 く 、 一 次 産 品 と 同 じ よ う に 市 場 の 需 給 を 敏 感 に 反 映 し て 決 ま る 。 こ れ ら よ り 製 品 1 単 位 当 た り の 生 産 費 用

COST

(23)

21

r

eR

l

W

Y

R

eP

WL

COST

R R * * と な る 。 式 の 右 辺 に あ る

l

L

Y

l

で あ り 、 1 単 位 の 労 働 投 入 量 が 生 み 出 す 製 品 の 数 量 、 す な わ ち

l

は 「 労 働 生 産 性 」 を 表 す 。 同 様 に し て

R

Y

r

で 定 義 さ れ る

r

は「 原 材 料 生 産 性 」( 製 品 1 単 位 を つ く る の に 必 要 と す る「 原 材 料 ・ エ ネ ル ギ ー 原 単 位 」 の 逆 数 ) を 表 す 。 価 格 を 左 右 す る 生 産 費 用 は 、 以 上 み た と お り 、 5 つ の 要 因 に 依 存 す る 。 ま ず 名 目 賃 金

W

の 上 昇 は 労 働 コ ス ト( 人 件 費 )の 上 昇 を 通 し て 価 格 を 上 昇 さ せ る 要 因 で あ る 。た だ し 賃 金 上 昇 の 圧 力 は 、労 働 生 産 性

l

の 上 昇 に よ っ て 緩 和 さ れ る 。 賃 金 が 上 昇 し て も 生 産 性

l

が 同 じ だ け 上 昇 し て い れ ば 価 格 に 上 昇 圧 力 は 生 じ な い 。 同 じ こ と を 別 の 形 で 表 現 す れ ば 、 名 目 賃 金 が 労 働 生 産 性 の 上 昇 ほ ど 上 が ら な け れ ば 、 そ れ は 価 格 を 低 下 さ せ る 要 因 と な る 。 労 働 コ ス ト と 並 ん で 、 も う 1 つ 原 材 料 コ ス ト も 価 格 を 変 え る 。 日 本 は 小 麦 な ど 農 産 物 の 一 部 や 、 原 材 料 の ほ と ん ど す べ て を 輸 入 し て い る 。 し た が っ て 、 原 材 料 の 円 建 て 価 格

P

Rは 、国 際 的 な 一 次 産 品 価 格

P

R*( ド ル 建 て )と 為 替 レ ー ト

e

に よ っ て 変 わ る 。 長 期 的 に は 内 外 の 物 価 水 準 が 名 目 の 為 替 レ ー ト を 決 め る 、 と い う の が 「 購 買 力 平 価 」(Purchasing Power Parity = PPP) の 理 論 で あ る ( 吉 川(2009, 第 5 章 ))が 、短 期 的 に は 、物 価 が 為 替 レ ー ト を 決 め る と い う 因 果 関 係 と は 逆 に 、 為 替 レ ー ト が 輸 入 原 材 料 価 格 の 変 化 を 通 し て 国 内 の 物 価 水 準 に 大 き な 影 響 を 与 え る 。 具 体 的 に は 、 円 安 に な る ( す な わ ち 、

e

が 大 き く な る ) と 原 材 料 の 国 内 価 格 は 上 昇 す る し 、 逆 に 円 高 に な る (

e

が 小 さ く な る ) と 国 内 価 格 は 下 落 す る 。 た と え ば 、08 年 と 11 年 、 い ず れ の 年 も 原 油 価 格 は 年 平 均 で 1 バ レ ル 95 ド ル を 超 え る 水 準 ま で 値 上 が り し た 。し か し 、為 替 レ ー ト が 08 年 に は 1 ド ル = 103 円 だ っ た の に 対 し 、 11 年 に は 1 ド ル = 79 円 と い う 円 高 と な っ た 。そ の 結 果 、原 油 の 円 建 て 価 格 は 、08 年 の 1 バ レ ル = 10,293 円( 前 年 比 21% 上 昇 ) に 対 し て 、11 年 は 7,585 円 ( 同 8.8% 上 昇 ) に と ど ま っ た 。 エ ネ ル ギ ー も 含 む CPI(総 合 )の 変 化 率 は 、 08 年 プ ラ ス 1.4% 、 11 年 は マ イ ナ ス 0.3% で あ

(24)

22 る 。 コ ス ト 増 が ど れ だ け 製 品 価 格 に 転 嫁 さ れ る か は 一 義 的 で は な い が 、 こ う し た メ カ ニ ズ ム が 日 本 経 済 に お い て 健 在 で あ る こ と は 、08 年 、11 年 の 経 験 か ら も 明 ら か で あ る 。 さ て 、(5.1)式 は 価 格

P

の 「 水 準 」 が ど の よ う に 決 ま る か を 表 す 式 か ら 価 格

P

の 「 変 化 率 」

が ど の よ う に 決 ま る か を 表 す 式 を 導 く こ と が で き る 。 い う ま で も な く 価 格 の 変 化 率

P

P

こ そ が 、イ ン フ レ ー シ ョ ン(

が 正 )、な い し デ フ レ ー シ ョ ン(

が 負 )に ほ か な ら な い 。 こ こ で は 式 を 導 出 す る ス テ ッ プ は 省 略 し 、 結 論 の み を 記 す こ と に し よ う 。

)

ˆ

)(

1

(

)

(

w

g

l

e

*R

g

r

は 生 産 費 に 占 め る 労 働 コ ス ト の シ ェ ア で あ る( し た が っ て

1

は 原 材 料 費 が 生 産 費 に 占 め る シ ェ ア )。

w

は 名 目 賃 金

W

の 変 化 率( 正 な ら 上 昇 、負 な ら 下 落 )、 * R

は 一 次 産 品 の ド ル 建 て 国 際 価 格

P

R*の 変 化 率 で あ る 。労 働 生 産 性

l

、原 材 料 生 産 性

r

の 変 化 率 を そ れ ぞ れ

g

l

g

rで 表 す 。

は 為 替 レ ー ト

e

の 変 化 率 で あ る(

が 正 で あ れ ば 円 安 、 負 で あ れ ば 円 高 )。 2016 年 9 月 21 日 、「 日 銀 が 総 括 的 な 評 価 」 で 述 べ て い る よ う に 、 原 油 価 格 が 大 幅 に 下 が れ ば ( * R

が 負 )、 物 価 は そ れ だ け 上 が り に く く な る 。 こ れ は 正 し い 。 し か し 「 異 次 元 の 金 融 緩 和 」 が 依 拠 し て き た 「 貨 幣 数 量 説 」 は 、 か つ て ミ ル ト ン ・ フ リ ー ド マ ン が 主 張 し た よ う に 、 原 油 価 格 の 動 向 が イ ン フ レ / デ フ レ に 影 響 を 与 え る こ と を 認 め な い 。 こ の こ と は ケ ン ブ リ ッ ジ 方 程 式 を 思 い 出 せ ば 明 ら か で あ る 。し た が っ て 、「 異 次 元 の 金 融 緩 和 」を 自 信 満 々 に 進 め て き た 日 銀 が 、 今 に な っ て 「 原 油 価 格 の 下 落 」 に つ い て 言 及 す る の は フ ェ ア な こ と で は な い 。 さ て 、 原 材 料 価 格 が 国 内 物 価 に 大 き な 影 響 を 与 え る こ と は 事 実 だ が 、 多 く の 原 材 料 価 格 は 国 際 市 場 で 競 争 的 に 決 ま る の だ か ら 、 そ の ア ッ プ ・ ダ ウ ン は 為 替 レ ー ト の 動 き を 別 に す れ ば 、 基 本 的 に す べ て の 国 々 に ほ ぼ 共 通 の 影 響 を 与 え る は ず で あ る 。し た が っ て 、20 年 近 く「 日 本 だ け 」が な ぜ デ フ レ に 陥 っ て い る の か 、 と い う 問 い に 対 す る 答 え は 、 ほ か に 求 め ら れ な け れ ば な ら な い 。 わ れ わ れ が 日 本 の デ フ レ の 鍵 を 握 る 変 数 と し て 注 目 す る の は 、名 目 賃 金 の 動 向 で あ る( 吉 川(2013))。す で に 説 明 し た と お り 、名 目 賃 金 の 動 向 は 名 目 価 格 の 動 き を 決 め

(25)

23 る 重 要 な 変 数 で あ る 。 図 表 9 か ら 分 か る よ う に 、 日 本 の 名 目 賃 金 の 下 落 は 国 際 的 に き わ め て 特 異 な も の で あ る 。 つ ま り 、 生 産 費 用 を 決 め る 上 で 大 き な 役 割 を 果 た す 名 目 賃 金 が 日 本 だ け で 下 が っ て き た 。 戦 後 、 先 進 国 が デ フ レ を 経 験 し な か っ た の は 、 戦 前 と 違 い 戦 後 は 名 目 賃 金 が 下 が ら な か っ た か ら だ 。 つ ま り 、 名 目 賃 金 の「 下 方 硬 直 性 」は デ フ レ・ス ト ッ パ ー だ っ た 。と こ ろ が 、日 本 で は 1990 年 代 末 か ら 2000 年 代 に か け て 、 こ の デ フ レ ・ ス ト ッ パ ー が 外 れ て し ま っ た の で あ る 。 【 図 表 9 】 ( 出 所 ) 内 閣 府 以 上 、 大 半 の モ ノ や サ ー ビ ス の 価 格 は コ ス ト に マ ー ク ア ッ プ を か け た 形 で 決 ま る こ と を 説 明 し た 。コ ス ト の 中 心 は 労 働 コ ス ト と 原 材 料 費 で あ る 。と こ ろ で 、 素 材 産 業 で は 原 材 料 は 一 次 産 品 か も し れ な い が 、 多 く の モ ノ や サ ー ビ ス を つ く る 上 で 使 わ れ る 素 材 ・ 材 料 は 、 実 は そ れ 自 体 が つ く ら れ た モ ノ で あ る 。 こ の こ と は 、 加 工 製 造 業 に お け る 「 部 品 」 を 考 え れ ば 直 ち に 理 解 で き る だ ろ う 。 そ の 結 果 、 A の 価 格 が B の 生 産 コ ス ト の 一 部 と な り 、 し た が っ て B の 価 格 に 影 響 を 与 え る と い っ た モ ノ の 価 格 相 互 の ダ イ ナ ミ ク ス が 生 ま れ る 。 こ う し た モ ノ の 価

(26)

24 格 の 相 互 作 用 は 必 然 的 に 多 く の 個 別 物 価 の 平 均 で あ る 一 般 物 価 指 数 の 動 き に 「 粘 着 性 」 を 生 み 出 す ( 詳 し く は Aoki/Yoshikawa(2007), Chapter5 )。 か つ て レ オ ン チ ェ フ の 産 業 連 関 分 析 の 研 究 が 盛 ん だ っ た 時 代 に は 、 個 別 物 価 の 連 関 が 生 み 出 す ダ イ ナ ミ ク ス が 分 析 さ れ た ( 金 子 ・ 二 木 ( 1964))。 今 日 で は そ う し た 分 析 は 皆 無 に 近 い が 、 デ フ レ の 研 究 に は そ う し た 視 点 が 不 可 欠 な の で あ る 。 Yoshikawa et al.( 2015)、 吉 川 ほ か ( 2016) は 、 個 別 物 価 の 分 析 を 通 し て 、 消 費 者 物 価 指 数 の 動 き は 個 別 物 価 の 相 互 作 用 か ら 生 み 出 さ れ る こ と を 明 ら か に し た 。相 互 作 用 は 本 節 で 説 明 し た「 コ ス ト 」に 基 づ く ダ イ ナ ミ ク ス で あ り 、 貨 幣 数 量 ( マ ネ ー ス ト ッ ク ) と は ま っ た く 関 係 が な い 。

4 . お わ り に

デ フ レ は 貨 幣 的 な 現 象 で あ り 、 デ フ レ を 止 め る に は 貨 幣 数 量 ( マ ネ ー ス ト ッ ク ) を 増 や せ ば よ い 、 と い う の が 「 黒 田 緩 和 」 が よ っ て 立 つ 基 本 的 な 考 え 方 で あ る 。 日 銀 は 必 ず し も 1 つ の 考 え 方 に 依 拠 し て い る わ け で は な く 、 さ ま ざ ま な こ と を や っ て い る と 指 摘 す る 人 も い る が 、「 さ ま ざ ま な こ と 」は 、い わ ば 桁 が 1 つ か 2 つ 下 の 細 部 に 関 す る こ と で あ り 、2013 年 4 月 4 日 以 来 の 日 銀 の 政 策 は 、 明 確 な 考 え 方 、 す な わ ち 「 貨 幣 数 量 説 」 に 基 づ く も の で あ る 。 こ れ は 、 当 時 学 習 院 大 学 教 授 で あ っ た 岩 田 規 久 男 現 日 銀 副 総 裁 の 著 書『 デ フ レ の 経 済 学 』(2001 年 ) に 明 確 に 述 べ ら れ て い る と お り で あ る 。 同 書 第 3 章 の タ イ ト ル 「 デ フ レ と は 貨 幣 的 現 象 で あ る 」 が す べ て を 物 語 っ て い る 。 2016 年 9 月 21 日 の 日 銀 に よ る 3 年 半 に わ た る 金 融 政 策 の 「 総 括 的 な 検 証 」 で は 、 物 価 が 当 初 (2013 年 4 月 ) 予 期 し た よ う に 上 が ら な か っ た 理 由 と し て 、 「 原 油 価 格 の 下 落 」 が 挙 げ ら れ て い る 。 し か し 、 こ れ は 日 銀 自 ら が 依 拠 し た 経 済 学 に よ っ て 否 定 さ れ て い る こ と だ 。 す な わ ち 、 現 代 に お け る 「 貨 幣 数 量 説 」 の リ ー ダ ー で あ っ た ミ ル ト ン ・ フ リ ー ド マ ン は 、 原 油 価 格 の 上 昇 が イ ン フ レ を 起 こ し た ( 著 し く 悪 化 さ せ た ) と い う 議 論 を 否 定 し 、 次 の よ う に 言 っ た 。 「 相 対 価 格 の 変 化 と 絶 対 価 格 ( 物 価 の こ と ) の 変 化 と を 区 別 す る こ と が 重 要 で あ る 。石 油 や 食 料 品 の 価 格 が 上 が れ ば 、

(27)

25 そ れ ら に 対 す る 支 出 額 は 増 え る か ら 、 企 業 や 人 々 は そ の 他 の モ ノ に 対 す る 支 出 を 減 ら す だ ろ う 。 こ れ は 、 石 油 や 食 料 価 格 以 外 の モ ノ の 価 格 を 引 き 下 げ た り 、 そ の 上 昇 率 を 押 さ え た り す る 圧 力 に な る は ず で あ る 。 だ か ら 、 平 均 的 な 価 格 で あ る 物 価 が 、 相 対 価 格 の 変 化 に よ っ て 影 響 を 受 け る 理 由 は な い (Friedman( 1975)、 岩 田 (2001, p123)の 引 用 を 再 掲 )」 一 般 物 価 の 動 向 は 原 油 価 格 に よ っ て 影 響 を 受 け る も の で は な く 、 あ く ま で も 貨 幣 数 量 ( マ ネ ー ス ト ッ ク ) で 決 ま る 、 と 言 う の で あ る 。 ち な み に 、 こ の フ リ ー ド マ ン の 言 説 は 岩 田(2001)に よ っ て 引 用 さ れ て い る も の で あ る 。フ リ ー ド マ ン に よ る か ぎ り 原 油 価 格 の 下 落 は デ フ レ の 原 因 に は な ら な い 。 物 価 、 と り わ け 多 く の つ く ら れ た モ ノ や サ ー ビ ス の 価 格 、 す な わ ち 日 銀 が タ ー ゲ ッ ト に 掲 げ る 消 費 者 物 価 指 数 を 構 成 す る 大 半 の 価 格 は 、 貨 幣 数 量 で は な く 生 産 費 用 に 基 づ い て 決 ま る 。生 産 費 用 に 基 づ く 価 格 決 定 の プ ロ セ ス で は 、「 期 待 」 が 大 き な 役 割 を 果 た す こ と は も と も と あ り え な い 。「 期 待 」の 役 割 を 重 視 す る 理 論 的 フ レ ー ム ワ ー ク は 、ク ル ー グ マ ン・モ デ ル を は じ め い ず れ も が 最 終 的 に「 貨 幣 数 量 説 」 の ロ ジ ッ ク に 依 拠 す る も の で あ る 。2013 年 4 月 か ら 始 ま っ た 3 年 半 に 及 ぶ 「 実 験 」 の 結 果 は 、 デ フ レ が 「 貨 幣 的 な 現 象 で は な い 」 こ と を 明 ら か に し た 。 こ の 間 「 期 待 」 は 物 価 の 決 定 に つ き 何 の 役 割 も 果 た し て こ な か っ た 。

(28)

26

< 参 考 文 献 >

Ball, L. (2006), “ Is the “ Accounting” Theory of Inflation Wrong?” NBER Working Paper No.12687, Nov.

Coutts K., W. Godley and W. Nordhaus (1978), Industrial Pricing in the United Kingdom, Cambridge: Cambridge University Press.

Godley W. and W. Nordhaus (1972), “ Pricing in the Trade Cycles,” Economic Journal, September.

Hayashi, F. and E.C.Prescott (2002), “ the 1990s in Japan: A Lost Decade ,”

Review of Economic Dynamics, 5:206-235.

Hicks, J. (1974), The Crisis in Keynesian Economics, New York: Basic Books.

Iyetomi, H., Y. Nakayama, H. Yoshikawa, Hideaki Aoyama, Yoshi Fujiwara, Yuishi Ikeda and Wataru Souma (2011), “ What Causes Business Cycles? Analysis of the Japanese Iindustrial Production Data,” Journal of The Japanese and International Economies, Vol.25, 246 -272.

Kaldor、 N. (1985), Economics without Equilibrium 、 Cardiff: University of Cardiff Press.

Kalecki、 M. (1954), Theory of Economic Dynamics 、 London: George Allen & Unwin.

Krugman P. (1998), “ It's baaack: Japan's Slump and the Return of the Liquidity Trap,” Brookings Papers on Economic Activity 2,

137-203.Schumpeter, J.A. (1934), Theory of Economic Development, Cambridge, MA: Harvard University Press.

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参照

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411 件の回答がありました。内容別に見ると、 「介護保険制度・介護サービス」につい ての意見が 149 件と最も多く、次いで「在宅介護・介護者」が

上記⑴により期限内に意見を提出した利害関係者から追加意見書の提出の申出があり、やむ

○菊地会長 では、そのほか 、委員の皆様から 御意見等ありまし たらお願いいたし

いてもらう権利﹂に関するものである︒また︑多数意見は本件の争点を歪曲した︒というのは︑第一に︑多数意見は