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低分子薬物 バイオマーカーの高性能モニタリングを指向した 特異モノクローナル抗体の新規調製と機能改変 2018 森田いずみ

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低分子薬物・バイオマーカーの高性能モニタリングを指向した

特異モノクローナル抗体の新規調製と機能改変

2018

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目次

略語表 ―――――――――――――――――――――――――――― ⅵ 緒論 ―――――――――――――――――――――――――――― 1 本論 ―――――――――――――――――――――――――――― 7 第 1 章 ハイブリドーマ法による特異モノクローナル抗体の新規調製― 7 第 1 節 序―――――――――――――――――――――――――― 7 第 2 節 Δ9-テトラヒドロカンナビノールに対する抗体の調製と諸性質 ―――――――――――――――――――――――――― 9 2-1 項 研究の背景 2-2 項 モノクローナル抗体の調製 2-3 項 モノクローナル抗体の諸性質 2-4 項 小括 第 3 節 ケタミンに対する抗体の調製と諸性質―――――――――― 18 3-1 項 研究の背景 3-2 項 ハプテン-キャリヤー結合体の調製 3-3 項 モノクローナル抗体の調製 3-4 項 モノクローナル抗体の諸性質 3-5 項 小括 第 4 節 コチニンに対する抗体の調製と諸性質―――――――――― 29 4-1 項 研究の背景 4-2 項 免疫原および固定化抗原の調製 4-3 項 モノクローナル抗体の調製 4-4 項 モノクローナル抗体の諸性質 4-5 項 尿中コチニン測定への応用 4-6 項 小括 第 5 節 考察――――――――――――――――――――――――― 41 第 2 章 遺伝子操作による抗体機能の改変――――――――――――― 43 第 1 節 序―――――――――――――――――――――――――― 43 第 2 節 抗 Δ9-テトラヒドロカンナビノール抗体の機能改変 ―――― 45

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2-1 項 研究の背景 2-2 項 抗体可変部遺伝子のクローニングと一次構造解析 2-3 項 野生型 scFv 遺伝子の作製 2-4 項 scFv の試験管内親和性成熟 2-5 項 野生型および変異 scFv の諸性質 2-6 項 小括 第 3 節 抗コチニン抗体の機能改変――――――――――――――― 56 3-1 項 研究の背景 3-2 項 抗体可変部の遺伝子クローニングと一次構造解析 3-3 項 野生型 scFv 遺伝子の作製 3-4 項 scFv の試験管内親和性成熟 3-5 項 野生型および変異 scFv の諸性質 3-6 項 改良型変異 scFv のヒト尿試料測定への応用 3-7 項 小括 第 4 節 考察―――――――――――――――――――――――――71 結論 ―――――――――――――――――――――――――――――73 謝辞 ―――――――――――――――――――――――――――――75 実験の部 ―――――――――――――――――――――――――――76 研究全般に関する項目 ―――――――――――――――――――――76 1. 装置 2. 器材 3. ソフトウェア 4. 緩衝液 5. 抗原とその類縁化合物 6. 抗体類および抗体関連試薬 7. 抗体以外の免疫化学関連試薬 8. 酵素類 9. 基質溶液 10. その他の試薬・器材 11. 細胞、大腸菌およびファージ用培地 12. 細胞とファージ 13. ベクターDNA 14. プライマー

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15. キット類 16. 電気泳動用ゲルと泳動条件 17. 実験動物 18. 依頼分析 第 1 章付属実験――――――――――――――――――――――――――85 第 2 節付属実験―――――――――――――――――――――――――85 2-1 項 抗 THC 抗体産生ハイブリドーマ株の樹立 2-2 項 モノクローナル抗 THC 抗体の調製 2-3 項 THC-BSA 免疫マウス血清および培養上清中抗 THC 抗体の ELISA による検出 2-4 項 モノクローナル抗 THC 抗体のアイソタイプの決定 2-5 項 モノクローナル抗 THC 抗体 Fab フラグメントの調製 2-6 項 BLI 法による抗原抗体反応の速度定数と結合定数の測定 2-7 項 モノクローナル抗 THC 抗体の ELISA における諸性質の検討 第 3 節付属実験―――――――――――――――――――――――――88 3-1 項 ハプテン誘導体の合成 3-2 項 KT-BSA(b)の調製 3-3 項 GAL 標識 KT の調製 3-4 項 抗 KT 抗体産生ハイブリドーマ株の樹立 3-5 項 モノクローナル抗 KT 抗体の調製 3-6 項 モノクローナル抗 KT 抗体のアイソタイプの決定 3-7 項 KT-BSA(a) 免疫マウス血清および培養上清中抗 KT 抗体の ELISA による検出 3-8 項 KT-BSA(b) 免疫マウス血清および培養上清中抗 KT 抗体の ELISA による検出 3-9 項 モノクローナル抗 KT 抗体 Fab フラグメントの調製 3-10 項 BLI 法による抗原抗体反応の速度定数と結合定数の測定 第 4 節付属実験―――――――――――――――――――――――――92 4-1 項 ハプテン誘導体の合成 4-2 項 CT-アルブミン結合体の調製 4-3 項 抗 CT 抗体産生ハイブリドーマ株の樹立 4-4 項 モノクローナル抗 CT 抗体の調製 4-5 項 モノクローナル抗 CT 抗体のアイソタイプの決定 4-6 項 CT-BSA 免疫マウス血清および培養上清中抗 CT 抗体の

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ELISA による検出 4-7 項 ビオチン標識 CT の調製 4-8 項 モノクローナル抗 CT 抗体の ELISA における諸性質の検討 4-9 項 蛍光消光法による抗原抗体反応の結合定数の算出 4-10 項 測定値補正用ブランク尿の調製 4-11 項 抗 CT 抗体を用いる ELISA によるヒト尿試料の測定 第 2 章付属実験――――――――――――――――――――――――――97 第 2 節付属実験―――――――――――――――――――――――――97 2-1 項 抗 THC 抗体可変部遺伝子のクローニング 2-2 項 Ab-THC#33 抗体の VHまたは VL遺伝子を含む DNA 断片の サブクローニング 2-3 項 Ab-THC#33 抗体の VHおよび VL遺伝子の DNA 塩基配列の決定 2-4 項 THC-scFv-wt 遺伝子構築のための VH-DNA および VL-DNA 断片 の調製 2-5 項 Overlap extension PCR による THC-scFv-wt 遺伝子の構築と サブクローニング 2-6 項 THC-scFv-wt 遺伝子の DNA 塩基配列の決定 2-7 項 可溶型 THC-scFv-wt の調製と精製

2-8 項 Error-prone PCR による変異 VH-DNA および VL-DNA 断片の調製

2-9 項 Overlap extension PCR による変異 THC-scFv 遺伝子ライブラリー の構築とサブクローニング 2-10 項 変異 THC-scFv 提示ファージライブラリーの調製とファージ 力価の算定 2-11 項 抗 THC 活性を持つ変異 scFv 提示ファージのパンニングによる 選択 2-12 項 変異 THC-scFv 提示ファージクローンの調製 2-13 項 ELISA による THC-scFv 提示ファージの抗 THC 活性の評価 2-14 項 THC-scFv#m1-36 遺伝子の DNA 塩基配列の決定 2-15 項 THC-scFv-wt および THC-scFv#m1-36 の分子モデリング 2-16 項 可溶型変異 THC-scFv#m1-36 の調製 2-17 項 可溶型変異 THC-scFv#m1-36 の精製 2-18 項 可溶型 THC-scFv の THC 結合能の評価 2-19 項 可溶型 THC-scFv の SDS-PAGE とウェスタンブロッティング 2-20 項 BLI 法による抗原抗体反応の速度定数と結合定数の測定

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第 3 節付属実験―――――――――――――――――――――――――107 3-1 項 抗 CT 抗体可変部遺伝子のクローニング 3-2 項 Ab-CT#45 抗体の VHまたは VL遺伝子を含む DNA 断片の サブクローニング 3-3 項 Ab-CT#45 抗体の VHおよび VL遺伝子の DNA 塩基配列の決定 3-4 項 CT-scFv-wt 遺伝子構築のための VH-DNA および VL-DNA 断片の 調製 3-5 項 Overlap extension PCR による CT-scFv-wt 遺伝子の構築と サブクローニング 3-6 項 CT-scFv-wt 遺伝子の DNA 塩基配列の決定 3-7 項 可溶型 CT-scFv-wt の調製と精製

3-8 項 Error-prone PCR による変異 VH-DNA および VL-DNA 断片の調製

3-9 項 Overlap extension PCR による変異 CT-scFv 遺伝子ライブラリーの 構築とサブクローニング 3-10 項 変異 CT-scFv 提示ファージライブラリーの調製とファージ 力価の算定 3-11 項 抗 CT 活性を持つ変異 scFv 提示ファージのパンニングによる選択 3-12 項 変異 CT-scFv 提示ファージクローンの調製 3-13 項 ELISA による CT-scFv 提示ファージの抗 CT 活性の評価 3-14 項 可溶型変異 CT-scFv#m1-17、54、106 の調製 3-15 項 可溶型変異 CT-scFv#m1-17、54、106 の精製 3-16 項 CT-scFv#m1-17、54、106 遺伝子の DNA 塩基配列の決定 3-17 項 可溶型 CT-scFv の SDS-PAGE とウェスタンブロッティング 3-18 項 CT-scFv#m1-54 の分子モデリング 3-19 項 可溶型 CT-scFv の CT 結合能の評価 3-20 項 最適化した ELISA によるヒト尿中 CT の測定 引用文献―――――――――――――――――――――――――――――116

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略語表

AAP:abridged anchor primer

AUAP:abridged universal amplification primer BLI:biolayer interferometry

BSA:bovine serum albumin CBD:cannabidiol

CBN:cannabinol

cDNA : complementary DNA

CDR:complementarity-determining region cfu:colony-forming unit CT:(S)-(−)-cotinine CV:coefficients of variation dATP:deoxyadenosine 5’-triphosphate dCTP:deoxycytidine 5’-triphosphate dGTP:deoxyguanosine 5’-triphosphate DMSO:dimethyl sulfoxide dNTP:deoxyribonucleoside 5’-triphosphate DNA:deoxyribonucleic acid DNKT:dehydronorketamine DTT:dithiothreitol dTTP:deoxythymidine 5’-triphosphate EDC:1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide EDTA:ethylenediaminetetraacetic acid

ELISA:enzyme-linked immunosorbent assay ESI:electrospray ionization

Fab:antigen-binding fragment FCA:Freund’s complete adjuvant FIA:Freund’s incomplete adjuvant FR:framework region

GAL:-galactosidase

GC-MS:gas chromatography-mass spectrometry HAT:hypoxanthine-aminopterin-thymidine

HEPES:4-(2-hydroxyethyl)-1-piperazineethanesulfonic acid HMBC:heteronuclear multiple bond coherence

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HPLC:high-performance liquid chromatography HT:hypoxanthine-thymidine

IgG:immunoglobulin G IgM:immunoglobulin M

IPTG:isopropyl 1-thio--D-galactopyranoside

Ka:affinity constant

ka:association rate constant Kd:dissociation constant kd:dissociation rate constant

KT:ketamine

LC-MS:liquid chromatography-mass spectrometry LOD:limit of detection

mRNA:messenger RNA ND:not detectable NKT:norketamine

NMR:nuclear magnetic resonance

NOESY:nuclear overhauser effect correlated spectroscopy 11-OH-THC:11-hydroxy-Δ9-tetrahydrocannabinol

OVA:ovalbumin

PCR:polymerase chain reaction POD:peroxidase

PVDF:polyvinylidene difluoride

RACE : rapid amplification of cDNA end RNA : ribonucleic acid

RT:reverse transcriptase (or reverse transcription)

SAMHSA:Substance Abuse and Mental Health Services Administration scFv:single-chain Fv fragment

SD:standard deviation

SDS-PAGE:sodium dodecyl sulfate-polyacrylamide gel electrophoresis SPR:surface plasmon resonance

TdT:terminal deoxynucleotidyl transferase THC:Δ9-tetrahydrocannabinol

THCA:Δ9-tetrahydrocannabinolic acid

THC-COOGlu:11-nor-9-carboxy-Δ9-tetrahydrocannabinol glucuronide THC-COOH:11-nor-9-carboxy-Δ9-tetrahydrocannabinol

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緒 論

我が国における覚せい剤、麻薬、危険ドラッグなど、いわゆる規制薬物の乱 用に係わる問題は、憂慮すべき状況にある。薬物事犯の検挙人数が最近 10 年以 上にわたって 1 万人を超えているばかりか(図 1)、覚せい剤や大麻の密輸入が 相次いで検挙されている。薬物の乱用は、乱用者自身の精神や身体をむしばむ にとどまらない。幻覚、妄想などにより、乱用者が殺人、放火などの凶悪な事 件や重大な交通事故などを引き起こすこともあり、社会の安全を脅かす重大な 問題である。1,2) これら規制薬物の税関における密輸の取り締まりや、被疑者 確保の現場における規制薬物使用の証明などのために、現在は主としてガスク ロマトグラフ質量分析計(gas chromatography-mass spectrometry;GC-MS)や液 体クロマトグラフ質量分析計(liquid chromatography-mass spectrometry;LC-MS) 等の分離分析機器が用いられている。しかし、これらの方法は大型の装置が必 要であるため、捜査現場で検査と結果の判定が可能で、かつ十分な感度と特異 性を有する「オンサイト分析法」が必要とされている。 0 5000 10000 15000 20000 (人) 図 1. 薬物事犯検挙状況の推移(2004~2017)1,2)

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一方、我々は日常生活において、様々な有害物質に曝露されるリスクを抱え ている。最も身近なものは、受動喫煙であろう。タバコ煙を非喫煙者が間接的 に吸入することによる健康への影響について社会的関心が高まっている。受動 喫煙の程度を評価するうえで、タバコ煙に含まれる有害成分であるニコチンの 主代謝物、(S)-(−)-コチニン(cotinine;CT)の尿中濃度をモニターすることが 推奨されている。3~6) すなわち、CT は環境バイオマーカーであり、できるだ け大きな母集団についてオンサイトのモニタリングを行うことが望まれる。 規制薬物やバイオマーカーのオンサイト分析には、免疫測定法(イムノアッ セイ)が適している。本法は体液性免疫反応、すなわち抗原と抗体の結合反応 を利用して抗原あるいは抗体を検出・定量する方法の総称である。抗体は、“鍵 (抗原)と鍵穴(抗体)”の関係に例えられる精密な分子認識力を有し、強い親 和力で特定の標的分子、すなわち抗原と結合する。このため、免疫測定法は一 般に超高感度で、ごく微量(nmol~zmol)の標的物質を定量することができる。 しかも、測定対象の化学構造に対する特異性が高いため、試料の前処理が不必 要か、必要であっても GC-MS や LC-MS 法に比べて大幅に簡略化することがで きる。したがって、簡便性、迅速性にも優れ、体液や排泄物などの複雑なマト リックス中に混在する極微量物質の検出にとりわけ威力を発揮する。規制薬物 の使用歴の証明には、尿中に排泄された薬物あるいはその代謝物の特定が有効 であるが、この目的にも適した特長と言える。また、タンパク質、核酸などの 高分子から合成医薬品やステロイドホルモンなどの低分子化合物まで様々な物 質が測定対象になりうる。こうした特長ゆえ、その応用は、生体試料(血液や 尿など)中のホルモン・薬物の分析、環境試料(土壌、上下水など)中の農薬、 食品中の有害物質の分析など広い範囲にわたる。特に、その開発当初から臨床 検査における貢献は絶大で、チロキシンやエストロゲンなどのホルモン、腫瘍 マーカー、治療薬物モニタリングの対象となる薬物、ウイルスなど、様々な診断 バイオマーカーに対する特異抗体が、体外診断薬として不可欠の役割を果たし てきた。7) 免疫測定法は、抗原抗体反応の様式の違いにより競合法と非競合法に大別さ れるが、規制薬物は低分子有機化合物であるため、現状では競合法のみ適用が

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可能と考えて差支えない。高い測定感度を得るために、抗原または抗体を何ら かのシグナル物質で標識することになるが、現在、最も多用されるのは酵素で ある。抗原(または抗体)を 96 ウェルマイクロプレートに固定化し、酵素で標 識した抗体(または抗原)を用いてウェル内で抗原抗体反応を行う方法は、 ELISA(enzyme-linked immunosorbent assay の略)と呼ばれ、いまや免疫測定法 の代名詞と言えるほどに普及している。専用のマイクロウェル洗浄装置や吸光 度測定装置を利用して、効率よく多数の検体を測定することが可能であり、オ ンサイト分析にも展開が可能である。1980 年代から登場したイムノクロマトグ ラフィー8) は、オンサイト分析にさらに適した方法であり、規制薬物等のスク リーニングを目的とする測定キットも販売されている。イムノクロマトグラフ ィーは、ろ紙や薄膜のような平面状の担体の一端に試料溶液を点着し、水分に よる毛細管現象を利用して測定抗原を移動させつつ抗原抗体反応を行い、生成 する複合体を担体上の着色したバンド(主に、金コロイドで標識した抗体ある いは抗原を利用する)として目視判定するものである。 ELISA、イムノクロマトグラフィーを含めて、すべての免疫測定法の性能は、 用いる抗体の性能に支配される。したがって、実用的な免疫測定法を確立する ためには、分析対象物質に対して十分な親和力と特異性を示す抗体を入手する ことが必須である。特に、尿中に排泄された薬物未変化体や代謝物をモニター するためにはより親和力の高い抗体が必要である。7,9) 今日、様々な物質に対す る抗体が市販されているが、これまでに測定例のない物質について免疫測定法 を確立する場合には、抗体を新規に作製することが必要になる。目的の抗原で 実験動物を免疫すると、これを特異的に認識する抗体を含む抗血清を得ること ができる。ただし、含まれる抗体は、複数の抗体産生細胞に由来する抗体分子 の混合物、すなわちポリクローナル抗体である。同様に免疫したのち、抗体産 生に関わる細胞をミエローマ細胞と融合させたのちクローン化すると、単一の 抗体産生細胞に由来し、均一な一次構造を持つモノクローナル抗体を調製する ことができる。現在、市販の分析・診断用抗体は、これらのいずれかの方法で 作製されたものであり、動物がその体内に産生する“天然”の抗体である。 規制薬物は、そのほとんどがそれ自体で免疫原性を持たない低分子化合物で

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あり、免疫化学的に「ハプテン」に分類される。診断や環境バイオマーカーに ついても、ハプテンに相当するものが少なくない。ハプテンを認識する抗体を 得るためには、これを適切な高分子キャリヤーとの結合体としたのちに動物に 免疫投与することが必要である。しかし、とりわけ分子量が小さいハプテンや 特徴的な官能基に乏しいハプテンについては、その化学構造上の特徴を活かし た形の免疫原(ハプテン-キャリヤー結合体)を調製することが合成化学的に 困難なため、親和力の高い抗体を得ることは難しい。 こうした問題の解決策として、抗体の遺伝子操作、すなわち「抗体工学」が 有望と期待されている。動物由来の(天然の)抗体分子を遺伝子レベルで改変 してより優れた機能を持つ人工の抗体分子種を創製するもので、1990 年代から 種々試みられるようになった。in vitro の実験系で短期間に改良型分子種を得る ことから、「試験管内分子進化」とも呼ばれ、従来以上に親和力や特異性に優れ る分析・診断用抗体を迅速かつ確実に創出しうる革新的な方法論と期待されて き た 。 分 析 ・ 診 断 用 に 用 い ら れ る 抗 体 の 多 く は イ ム ノ グ ロ ブ リ ン G (immunoglobulin G;IgG)であるが、2 本の H 鎖と 2 本の L 鎖から成る分子量 図 2. 抗体の基本構造

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約 15 万の糖タンパク質で、その抗原結合部位(パラトープ)は H 鎖および L 鎖の 2 つの可変部ドメイン(それぞれ VHドメインと VLドメイン)の間に形成 される(図 2)。これら可変部ドメインの遺伝子をクローニングし、それらを連 結させて一本鎖 Fv フラグメント(single-chain Fv fragment;scFv)(図 2)の遺伝 子を構築したのちに、ランダムあるいは部位特異的な核酸塩基の変異を導入す る。scFv は、いわば人工のミニ抗体で、IgG に比べて分子量が小さく(約 1/6)、 遺伝子操作が容易である。これを大腸菌などに発現させて、莫大な種類の変異 抗体の分子集団(ライブラリー)を作製する。そのなかから「偶然に」もとの 図 3. scFv 提示ファージライブラリーの構築と高親和力変異体の単離 (パンニング) (A) H 鎖、L 鎖の可変部ドメイン(VH、VLドメイン)は、3 カ所ずつ存在する相補性決定

部(complementarity-determining region;CDR)と枠組み領域(framework region;FR)から 構成される。CDR はループを形成して抗原との結合に寄与するとされ、抗体ごとに長さ やアミノ酸配列が異なる。 (B)(i)抗体産生細胞からクローニングした VH、VL遺伝子を連結して scFv 遺伝子へ変換 したのち、ランダム変異を導入して遺伝子ライブラリーを構築する。(ii)(i)の遺伝子群を ファージ提示用プラスミドに組み込み、大腸菌へ導入後、ヘルパーファージを感染させ てファージ提示ライブラリーを調製する。(iii)固相に固定化した抗原にファージライブ ラリーを反応させ、未反応のファージを洗浄除去する。そののち、固相に残存する抗原特 異的なファージを酸や塩基で溶出し、回収する。

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抗体(野生型抗体)よりも優れた性能を獲得した分子種(クローン)を選択・ 単離する。そのプロセスは、生体内で起こる抗体産生機構、すなわちクローン 選択と類似している。この単離を容易にするために、scFv をファージ粒子上に 発現させるファージ提示系がしばしば活用される(図 3)。変異導入の鋳型とな る野生型抗体として、化学合成オリゴ DNA から構築した人工の抗体も利用で きるので、実験動物に免疫投与する工程を完全に省くことも、原理的には可能 である。実際、この抗体工学の戦略により、タンパク質抗原については既に実 用的な抗体が得られているが、10,11) 抗ハプテン抗体の機能改善についてはいま のところ成功例が少ない。11,12) 著者は、規制薬物および環境バイオマーカーとなる低分子化合物の高性能な モニタリングシステム構築を目的に、必須となる特異モノクローナル抗体の新 規調製を試みるとともに、抗体工学の手法を用いて、その機能改変に取り組む こととした。第 1 章では、大麻の主成分である Δ9-テトラヒドロカンナビノー ル(Δ9- tetrahydrocannabinol;THC)、麻薬指定の麻酔薬であるケタミン(ketamine; KT)、およびニコチン代謝物の CT について、ハイブリドーマ法により特異モノ クローナル抗体の新規調製を行った。THC は規制薬物のひとつで、世界各国で 広く乱用されている。入手も比較的容易であることから、若者が軽い気持ちで 手を出し、いわゆるハード・ドラッグ(コカイン、ヘロイン、覚せい剤など) へのゲートウェイ・ドラッグ(入門薬物)として拡散することが懸念されてい る。13,14) KT は全身麻酔薬、難治性疼痛に対する鎮痛薬として用いられる一方 で、幻覚・妄想・体外離脱感を目的とした乱用が社会問題となり、2007 年に麻 薬に指定された。13,14) CT は、前述のとおり、受動喫煙の指標となる環境バイオ マーカーである。 第 2 章では、第 1 章で得られた THC と CT に対する特異モノクローナル抗体 について、抗体工学による機能改変を行った。各抗体を scFv に変換したのち、 ランダム変異を導入して変異 scFv ライブラリーを作製し、ファージ提示による 選択のプロセスを経て抗体の親和力を in vitro の実験系で増大させる「試験管内 親和性成熟」を行った。さらに、得られた変異 scFv について、ELISA における 感度や特異性について検討を行い、その実用性を評価した。

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本 論

第 1 章 ハイブリドーマ法による特異モノクローナル抗体の新規調製 第 1 節 序 規制薬物や様々なバイオマーカーについて、高感度で迅速なモニタリングを 行ううえで免疫測定法は極めて有用な方法論である。ただし、その確立には測 定対象物に対して高い親和力と特異性を示す抗体が不可欠である。今日、様々 な抗原に対する抗体が市販されているが、規制薬物やバイオマーカーのなかに は未だ実用的な抗体が入手困難なものも多く、これらについては抗体を自作す る必要がある。 規制薬物やバイオマーカーは、低分子化合物であることが多く、それらはハ プテンと総称される。すなわち、それ自身では免疫原性を示さず、そのまま動 物に投与しても抗体は産生されない。しかし、適切な高分子キャリヤーと連結 して動物に投与することで、キャリヤーに対する抗体とともに、ハプテン部分 を抗原決定基として認識する抗体が産生される。ある標的ハプテンに対して実 用的な抗体を得るためには、その構造を特徴づける官能基からできるだけ離れ た位置をキャリヤーとの結合部位として利用するなど、ハプテン-キャリヤー 結合体を的確に調製することが重要である。適切にデザインした免疫原を用い ることで、官能基の位置や立体配置など、ハプテン構造を精密に認識する抗体 が得られる。キャリヤーには、免疫する実験動物に対して強い免疫原性を示す 高分子化合物で、1 分子中にハプテンを共有結合させるための官能基を多く含 むものが適している。15,16) 水に溶けやすく扱いやすいウシ血清アルブミン (bovine serum albumin;BSA)が最もよく用いられており、抗体の得難い抗原に 対しては免疫原性がより強いスカシガイヘモシアニンが有効とされている。7)

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ギン酸残基を含み、17) これらのアミノ基またはカルボキシ基を利用してハプ テンを共有結合させることができる。 現在、分析用あるいは診断用の抗体として利用されている抗体は、目的の抗 原を実験動物に免疫投与することにより、動物から得られる「天然型の」抗体 である。免疫後に採血して血清を調製すると、複数の B 細胞クローンに由来す る複数の抗体分子種を含む抗血清が得られる。これらはポリクローナル抗体と 呼ばれるが、最も容易に調製できる特異抗体であり、精製することなく各種免 疫測定法に利用できる。ただし、近交系の動物に同じ抗原を同じプロトコール で免疫投与したとしても、同一品質の抗血清を再び得ることは不可能であり、 一定品質の抗体として得られる量に限りがある。これは、抗原に刺激される B 細胞クローンの種類や各クローンの抗体産生量などが変動しやすく、動物の個 体差も反映されるからである。この難点を根本的に解決する抗体の調製法、す なわち B 細胞ハイブリドーマ法が、1975 年に発表された。18) 本法では、動物 を免疫して活性化された B 細胞をミエローマ細胞と融合させ、目的の抗原に対 する特異抗体の産生能と増殖能を併せ持つハイブリドーマ細胞を作製する。こ れを単一クローンに分離して培養すると、モノクローナル抗体が得られる。一 度樹立したハイブリドーマ細胞株は、継代培養が容易なうえ液体窒素中で凍結 が可能なため、大量、継続的、半永久的に一定品質の抗体を得ることができる。 このため、ハイブリドーマに由来するモノクローナル抗体(ハイブリドーマ抗 体)は分析試薬・診断試薬としての価値が高く、現在、市場に供される抗体の 大半を占めるに至っている。 本章では、そのオンサイトでのモニタリングが求められている低分子量の規 制薬物・バイオマーカーのなかから THC(第 2 節)、 KT(第 3 節)、 および CT (第 4 節)を取り上げ、ハイブリドーマ法により実用的なマウスモノクローナル 抗体を新規に調製することを試みた。

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第 2 節 Δ9-テトラヒドロカンナビノールに対する抗体の調製と諸性質 2-1 項 研究の背景 大麻(マリファナ)は Cannabis sativa L. から得られる生薬で、世界中で最も 乱用されている規制薬物と言える。19~21) 大麻には 500 以上の化合物が含まれ、 そのうち主に中枢神経系に存在するカンナビノイド受容体に作用する化合物は 109 種類であり、これらはカンナビノイドと呼ばれている(図 4)。19)カンナビ ノイドのうち THC が主な向精神作用化合物である。しかしながら、新鮮な大麻 草中に含まれるカンナビノイドの約 95%は、向精神作用をほとんど示さない Δ9 -テトラヒドロカンナビノール酸(Δ9-tetrahydrocannabinolic acid;THCA)である。 加熱することにより速やかに脱炭酸されて THC に変換され、強い向精神作用 を示す。20) 一方、THC は光と酸素にさらされることにより、カンナビノール (cannabinol;CBN)へと分解される(図 4)。ヒトの体内においては、THC は図 5 のように代謝され、11-hydroxy-Δ9 -tetrahydrocannabinol(11-OH-THC)、11-nor-9-図 4. Cannabis sativa L. から抽出される主要なカンナビノイドの構造 THC THCA CBN Cannabidiol(CBD)

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carboxy-Δ9-tetrahydrocannabinol(THC-COOH)、そして THC-COOH のグルクロン 酸抱合体(11-nor-9-carboxy-Δ9-tetrahydrocannabinol glucuronide;THC-COOGlu) など、極性の高い化合物が生じる。21,22) 大麻製品の税関における密輸の取り締まりや、被疑者の大麻使用歴の証明を 目的とする尿中代謝物の検出に、現在は主として GC-MS や LC-MS 等が用いら れている。前者の目的では THC や CBN が、後者の目的では COOH や THC-COOGlu が主な分析対象化合物となる。しかし、これらの方法は大型の装置が 必要であるため、現場で迅速に鑑定する目的には適さない。抗原抗体反応に基 づく免疫測定法は、操作が簡便で、迅速に結果が得られるため、規制薬物のオ ンサイト分析に適している。例えば、lateral flow immunoassays、すなわちイム ノクロマトグラフィー法などが、既に THC およびその代謝物のオンサイト分 析法として利用されている。14)

一方、近年、より簡便でかつ高い感度を実現

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しうる新たな測定原理が発表された。23,24)「Quenchbody (Q-body)」と命名され た組換え抗体を用いる免疫測定法で、従来、原理的に不可能と思われてきたハ プテンの非競合型測定が可能である。しかも、抗原抗体反応ののちに過剰の試 薬を除く操作(B/F 分離)を必要としないホモジニアス測定である。Q-body と は、測定対象抗原に対する抗体を scFv 化したのち、その VHドメインの N 末端 の特定の箇所に蛍光色素を標識したものである。抗原が結合していない状態で は蛍光は消光(クエンチング)しているが、抗原が結合すると蛍光が回復する。 このような先端の抗体試薬をデザイン、調製するうえで、抗体のみならずその 遺伝子を入手することが必須であり、この観点からも抗体産生ハイブリドーマ の自作が望まれる。なお、THC に対するモノクローナル抗体を産生したとする 論文はこれまでに 2 報25,26)が確認されるが、THC に対する Ka値は記載がない か、25) あっても極めて低く(< Ka値 4.3×106 L/mol)、実用的とは言い難い。26) 以上の観点から、著者はまず、THC に対する抗体産生ハイブリドーマの樹立 とモノクローナル抗体の作製を試みた。 2-2 項 モノクローナル抗体の調製 THC は典型的なハプテンであり、抗 THC 抗体を得るためには、これを適切 なキャリヤーと連結して、動物に投与する必要がある。先述のように、特異的 な抗ハプテン抗体を得るうえで、ハプテン分子上、キャリヤーとの結合部位の 選択が重要である。THC 分子を特徴づけるフェノール性ヒドロキシ基や環状エ ーテル構造、代謝を受けるシクロヘキセン環ビニル位のメチル基から離れた位 置、例えばフェノール構造のパラ位やペンチル基上の炭素を結合部位とするこ とが望ましい。しかし、これらの位置にキャリヤー結合用のブリッジ(リンカ ー)構造を導入した誘導体は入手が困難で、自力合成も難しい。そこで、やむ をえず、市販の THC-BSA 結合体を免疫原として用いることとした。このもの のキャリヤー結合位置については情報が非公開であるが、後述の理由から、シ クロヘキセン環上と推定される。 一方、ハイブリドーマ法によるモノクローナル抗体の調製においては、脾細 胞供与動物の選択が重要である。細胞融合法に用いるミエローマ細胞は、その

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ほとんどが BALB/c マウスに由来するため、免疫動物として BALB/c マウスが 多用されている。このことを考慮して、THC-BSA をフロイントのアジュバン トと混合し、BALB/c マウス(雌、8 週齢、5 匹)へ 2 週間ごとに 4 回繰り返し 免疫し、血中の抗 THC 抗体価の上昇を比較した(図 6)。抗体価の評価は、THC -BSA を固定化したプレートを用い、西洋ワサビ由来ぺルオキシダーゼ (peroxidase;POD)で標識した抗マウス抗体を用いる ELISA により行った。最 も良好な免疫応答を示した(結果は示さず)2 匹のマウスに最終免疫を行い、3 日後に脾細胞を調製して P3/NS1/1-Ag4-1(NS1)ミエローマ細胞と融合させた 図 6. モノクローナル抗 THC 抗体作製のための免疫と細胞融合実験

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(図 6)。27,28) この融合細胞を 96 ウェルクラスターディッシュ中(全 880 ウェ ル)で hypoxanthine-aminopterin-thymidine(HAT)培地により培養してハイブリ ドーマを選択し、その培養上清を先述の ELISA に付してスクリーニングを行っ た。その結果、46 ウェルのハイブリドーマが強い抗体産生能を有することが示 された。さらに 2 次スクリーニングを行い、より抗体産生能の強い 7 ウェルの ハイブリドーマを選択し、限界希釈法によりクローニングを行った。29,30) その 結果、4 種の抗体産生細胞株(#12、#15、#30、#33)を樹立した(図 6)。これら 細胞株が分泌する抗 THC 抗体(Ab-THC#12、#15、#30、#33)の H 鎖サブクラ スは、Ab-THC#12、#15、#33 は1、Ab-THC#30 は2b で、L 鎖アイソタイプは すべてであった。 2-3 項 モノクローナル抗体の諸性質 前項で樹立した細胞株を大量に培養して、対応するモノクローナル抗 THC 抗 体をその上清として調製し、競合型 ELISA における諸性質を比較した。すなわ ち、THC-BSA を固定化したプレートに、これら細胞の培養上清に含まれる抗 図 7. 抗 THC 抗体の評価に用いた ELISA 系

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体と THC 標準品を競合的に反応させたのち、固相上に捕捉されたモノクロー ナル抗 THC 抗体を POD 標識抗マウス抗体で検出した(図 7)。 ① ELISA におけるアッセイ感度 上記の ELISA 系での各抗体の力価を、酵素反応時間 30 分での B0(THC 標 準品非添加の反応:用量作用曲線の 0 濃度点に相当する)の吸光度がおよそ 1.0 となる培養上清の希釈率として定め、この条件で THC 標準品に対する用量作 用曲線を作製した(図 8)。アッセイ感度の指標となる midpoint(50% 阻害率を 示す THC 添加量)を比較したところ、Ab-THC#12、#15、#30、#33 でそれぞれ 7.0、3.0、40、1.1 ng/assay であった。すなわち、4 種モノクローナル抗体の中で Ab-THC#33 が最も midpoint の小さい(1.1 ng/assay)、すなわち最も高感度な用 量作用曲線を与えた。この感度は、乾燥大麻など被疑物質中の THC の検出に十 分と考えられる。

図 8. モノクローナル抗 THC 抗体を用いた ELISA における THC の用量作用曲線

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② 抗原結合能パラメータ 上記で最も高感度な Ab-THC#33 をプロテイン G カラムで精製したのち、パ パイン処理に付して Fab フラグメント(Fab-THC#33)を調製し [アビディティ ー効果(第 2 章第 2 節 2-5 項参照)を避けるため]、THC を間接的に固定化し たバイオセンサーチップを用い、バイオレイヤー干渉(biolayer interferometry; BLI)法により抗原抗体反応の結合パラメータを測定した。その結果、センサー チップ上の THC 基に対する Fab-THC#33 の結合速度定数(association rate constant;ka)、解離速度定数(dissociation rate constant;kd)はそれぞれ、2.1×104 L/(mol・s)、3.4×10-4 1/s であり、これらの速度定数から算出される結合定数 [affinityconstant;Ka(=ka/kd)] は 6.2×107 L/mol であった。

③ ELISA における特異性 抗体 Ab-THC#12、#15、#30、#33 の主要な THC 類縁化合物との交差反応性 を、THC との反応性を 100%とする 50% 置換法により検討した(図 9)。その 結果、いずれの抗体も THCA(< 1%)、CBN(3.7~10%)を十分識別することが 示された。しかし、THC-COOH については、86~2,700%と大きな交差反応性を 図 9. モノクローナル抗 THC 抗体の交差反応性

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示した。また、THC-COOGlu についても、最大で 30%の交差反応性が認められ た。本節で免疫原として用いた THC-BSA の構造については、公開されていな いが、THC-COOH に対して大きく交差反応することは免疫原において BSA が おそらく THC の 11 位の置換基へ結合されていることを示唆する。しかし、こ こで見られた THC と THC-COOH への群特異性は、この抗体が大麻の指標物質 である THC の検出に有効であるのみならず(大麻中には THC-COOH は含まれ ないとされている 13))、THC を服用したヒトの尿中の THC とその代謝物とし て生じる THC-COOH を合わせて測定することを可能とするもので、むしろ有 用な性質と思われる。本節で得られた Ab-THC#33 を用いる ELISA では、THC-COOH については、およそ 40~4,000 pg/assay の範囲で測定が可能な用量作用 曲線が得られた(図 10)。 その midpoint は約 0.2 ng/assay であり、THC に対す る用量作用曲線に比べて 5 倍程度高感度であった。米国 Substance Abuse and Mental Health Services Administration (SAMHSA)で、大麻由来の尿中 THC-COOH の検出のカットオフ値として、50 ng/mL が推奨されているが、本抗体による ELISA は、この基準を容易に満たすものと思われる。

図 10. モノクローナル抗 THC 抗体を用いた ELISA における THC-COOH の用量作用曲線

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2-4 項 小括

BALB/c マウスを市販の THC-BSA 結合体で免疫し、その脾細胞を NS1 ミエ ローマ細胞と融合させて、4 種の抗 THC 抗体産生ハイブリドーマを樹立した。 これらの産物として得られた 4 種モノクローナル抗体のうち、Ab-THC#33(1, )が ELISA において最も高感度に THC に応答し(midpoint 1.1 ng/assay)、被 疑物質 (大麻) 中 THC の検出に十分に使用が可能と思われた。本抗体は、THC のヒト尿中代謝物である THC-COOH にはさらに高感度に応答し (midpoint 0.2 ng/assay)、大麻使用歴の判定にも応用が可能と期待された。しかし、その THC に対する結合定数 Ka は 107 L/mol のオーダーにとどまり、更なる改善が可能 か興味が持たれた。

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第 3 節 ケタミンに対する抗体の調製と諸性質 3-1 項 研究の背景 KT は麻酔薬として用いられてきたが、世界中で規制薬物として問題視され ており、特に若い世代では「クラブドラッグ」として乱用が拡大している。31,32) 日本では、医療用として (R)-KT と (S)-KT(図 11)のラセミ体が塩酸塩 [(±)-KT・HCl]として供給されているが、その薬理作用は異なっており、(S)-KT がよ り強い鎮痛作用と麻酔作用を示すことが知られている。33~35) また、(R)-KT が リラクゼーション状態を誘導するのに対し、(S)-KT は精神異常作用を引き起こ すとされている。それゆえ、いくつかの国では、現在、(S)-KT が主に流通して おり、近年、その使用が増えている。33,35) KT NKT DNKT 図 11. KT の構造と代謝経路

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日本では、麻薬及び向精神薬取締法により、2007 年からその取り扱いが規制 されており、KT の不正使用や被疑物質押収の現場で迅速で簡便、かつ高感度に KT の検出が可能なオンサイト分析法の開発が求められている。免疫測定法は、 その目的に適しており、実際に抗 KT 抗体を用いたいくつかの免疫測定キット が市販されている。36~39) 新たに免疫測定法を開発するためには、高感度かつ 特異的に KT に応答する抗体が不可欠であるが、現在、抗 KT 抗体を手に入れ ることは難しい。公式には、ポリクローナル抗 KT 抗体の作製について特許 1 報が報告されているのみで、この観点からも抗 KT 抗体の作製は難しいことが 推察される。40) そこで本節では、市販されている KT-BSA 結合体と、自作の KT-BSA 結合体の 2 種類を免疫原として、抗 KT 抗体の自力作製を試みた。 3-2 項 ハプテン-キャリヤー結合体の調製 前節で述べたように、KT のように分子量の小さな化合物は、それ自身が免疫 原性を示さない。抗体の産生には適切な高分子キャリヤーと結合させて動物に 免疫投与するが、特異性の高い抗体を産生するためには、ハプテン誘導体のデ ザインが重要である。報告されている特許では、図 12 の Type A、Type B の化 合物を合成しているが、そのうち Type A の化合物が免疫原の作製に用いられて 図 12. 既報におけるハプテン誘導体のキャリヤー導入位置 “X”の官能基を利用してキャリヤータンパク質を導入し、ハプテン-キャリヤー結 合体を作製する。 “R”は KT と X を連結するリンカーである。40)

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いる。40) しかし、KT の N-メチル基を修飾してキャリヤーと結合させているた め、当然ながら、得られた抗血清は KT の脱メチル体であるノルケタミン (norketamine;NKT)(図 11)にも大きな交差反応性(138%)を示した。なお、 KT-BSA 結合体は市販品としても入手できるが、この製品における KT 分子上 の BSA 結合部位は不明である。 本研究では、N-メチル基を未修飾のまま残した Type B の化合物を合成した。 すなわち、(±)-KT・HCl を KT 遊離塩基に変換したのち、N,N-ジメチルホルムア ミド中、水素化ナトリウムおよび 3-bromopropionic acid ethyl ester を働かせたと ころ、エステル 1 が無色オイルとして得られた。この反応条件では N-アルキル 化もあり得ると考えられたが、1H-、13C-核磁気共鳴(nuclear magnetic resonance; NMR)スペクトル、および heteronuclear multiple bond coherence (HMBC)スペク トルから、シクロヘキサノン環のカルボニル位の炭素がアルキル化されたこ とが確認された(図 13)。

図 13. KT ハプテン誘導体および BSA 結合体の調製

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また、導入された置換基が o-クロロフェニル基とトランスの立体配置である ことも nuclear overhauser effect correlated spectroscopy(NOESY)スペクトルから 示され、この立体配置は ab initio 計算による最安定構造とも一致した(図 14)。 この化合物 1 のメタノール溶液に 5% 水酸化カリウムを加えて加水分解を行 い 、 カ ル ボ ン 酸 2 を 無 色 オ イ ル と し て得 た 。 化 合 物 2 に、 1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide(EDC)塩酸塩と N-ヒドロキシコハク酸イミド を反応させて活性エステル 3 に導き、BSA と反応させて KT-BSA 結合体を調 製した。 そのタンパク質濃度を Lowry 法に基づいて定量したのち、Habeeb の方法41) に従って BSA の未修飾アミノ基を求め、KT/BSA 結合モル比の平均値を推定し た。その結果、28 の値が得られ、免疫原として用いるうえで、十分な値である ことが確認された。 図 14. KT ハプテン誘導体の立体構造の確認

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3-3 項 モノクローナル抗体の調製

上述の市販 KT-BSA [KT-BSA(a) とする]と前項で作製した KT-BSA [KT -BSA(b) とする]の 2 種免疫原を、それぞれ図 15 に示すように BALB/c また は A/J マウス(それぞれ雌、8 週齢、5 匹)へ 2 週間ごとに 4 回、もしくは 5 回 繰り返し投与し、血清中の抗 KT 抗体価の上昇を ELISA により比較した。抗体 価の評価は、KT-BSA(a) 免疫群から得た血清については、KT-BSA(a) を固定 化したプレートを用い、プレートに捕捉された抗 KT 抗体を POD で標識した抗 マウス IgG 抗体を用いて検出した(図 16A)。 他方、KT-BSA(b) 免疫群から得 た血清については、ヤギ抗マウス抗体を固定化したプレートを用い、捕捉され た抗 KT 抗体を、自作した KT の -ガラクトシダーゼ(-galactosidase;GAL) 標識体(KT-GAL)により検出した(図 16B)。 なお、ここで用いた KT-GAL は、上記の活性エステル 3 を GAL に反応させ(反応モル比 20:1)、反応液を PD-10 カラムに付したのち、透析により精製して得たものである。 図 15. モノクローナル抗 KT 抗体の調製のための免疫と細胞融合実験

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KT-BSA(a)、KT-BSA(b) のそれぞれの免疫群のなかで良好な免疫応答を示 したマウス(図 15:マウス個体のイラストに斜線を付して示す)に最終免疫を 行い、3 日後に脾細胞を調製し、NS1 ミエローマ細胞と融合させた。この融合 細胞を 96 ウェルクラスターディッシュ中で HAT 培地により培養して、ハイブ リドーマを選択した。その培養上清を先述の ELISA にそれぞれ付してスクリー ニングを行い、抗体産生能の強いハイブリドーマを選択し、限界希釈法により クローニングを行った。その結果、KT-BSA(a) 免疫群から 2 種 [ (a)#2、#37]、 KT-BSA(b) 免疫群から 3 種 [ (b)#9、#13、#45] の抗体産生細胞株を樹立した。 これら細胞株が分泌する抗 KT 抗体[Ab-KT(a)#2、#37 および Ab-KT(b)#9、#13、 #45]の H 鎖サブクラスはすべて 1、L 鎖アイソタイプは Ab-KT(a)#2、#37 は 、Ab-KT(b)#9、#13、#45 は であった。 図 16. 抗 KT 抗体の検出に用いた ELISA 系 (A):KT-BSA(a) 免疫群由来の抗体を検出する ELISA (B):KT-BSA(b) 免疫群由来の抗体を検出する ELISA

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3-4 項 モノクローナル抗体の諸性質

前項で樹立した細胞株を大量に培養して、対応するモノクローナル抗 KT 抗 体をその上清として調製し、競合型 ELISA における諸性質を比較した。

KT-BSA(a) 免疫群に由来する抗体については、図 16A の ELISA 系を、KT -BSA(b) 免疫群に由来する抗体については、図 16B の ELISA 系を用いた。な お、いずれの ELISA 系でも、酵素反応時間 30 分での B0(KT 標準品非添加の 反応)の吸光度がおよそ 1.0 となるように培養上清をそれぞれ希釈して用いた。 ① ELISA におけるアッセイ感度 5 種それぞれの抗体について、(±)-KT・HCl 標準品に対する用量作用曲線を作 製した(図 17)。 アッセイ感度の指標となる midpoint(B/B0%が 50%となる (±)-KT・HCl 標準品添加量)を比較したところ、Ab-KT(a)#2、#37 ではそれぞれ 30、 70 ng/assay であり、決して高感度とは言えない結果であった。他方、Ab-KT(b)#9、 #13、#45 ではそれぞれで 3.0、2.0、2.1 ng/assay であり、10 倍かそれ以上に高感 度な値を示した。 図 17. モノクローナル抗 KT 抗体を用いた ELISA における KT・HCl の用量作用曲線 (A):KT-BSA(a) 免疫群由来の抗体による用量作用曲線 (B):KT-BSA(b) 免疫群由来の抗体による用量作用曲線 エラーバーは、4 重測定における標準偏差(standard deviation;SD)を示す。

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② ELISA における特異性 これら抗体の特異性を、主要な KT 類縁化合物との交差反応試験により検討 した。その結果、5 種いずれの抗体も NKT 塩酸塩(NKT・HCl;7~35%)に対し てある程度の交差反応を示したが、 デヒドロノルケタミン(dehydronorketamine; DNKT)の塩酸塩(DNKT・HCl;0.4~3.8%)については実用上十分に識別した (図 18)。 KT-BSA(b) に由来する抗体については、その免疫原の構造(KT の メチルアミノ基は未修飾である)と、ほぼ符合する結果と考えられる。そして、 KT-BSA(a) 由来の抗体もほぼ同様の認識パターンを示しているということは、 免疫原 KT-BSA(a) は、メチルアミノ基をキャリヤー結合部位とするものでは ない、ということになる。さらに興味深いことに、これら抗体は明らかなエナ ンチオ選択性を示した。KT-BSA (a) で免疫したマウスから得られた抗体 Ab-KT(a)#2、#37 は (S)-KT・HCl に特異的であり、(±)-KT・HCl との反応性を 100% とした場合の (S)-KT・HCl の反応性は 210%、130%である一方、(R)-KT・HCl と の反応性はそれぞれ 2.5、4.0%に過ぎなかった。これに対して、KT-BSA(b) を 用いて免疫したマウスから得られた抗体 Ab-KT(b)#9、#13、#45 は (R)-KT・HCl に特異的であり、(±)-KT・HCl との反応性を 100%とした場合の (R)-KT・HCl の 反応性は 167~210% である一方、(S)-KT・HCl との反応性はいずれも 4.0%前後 と小さかった。 本節でハプテン-キャリヤーの合成に用いた KT-COOH はラセミ体であるた め、(R)-体、(S)-体、いずれの KT エナンチオマーも BSA と結合している。動物 の体内では、個々の B 細胞が、その表面 IgG を介してキャリヤー分子上の (R)-KT あるいは (S)-(R)-KT のどちらかのハプテン残基を優先的に認識して結合し、形 質細胞(抗体産生細胞)へ分化すると考えられる。したがって、ラセミ体で調 製した免疫原を用いても得られるモノクローナル抗体が (R)-体、(S)-体のいずれ かに特異性を示すことは理解に難くない。免疫原 KT-BSA(b) では、(R)-KT 残 基がより強い免疫原性を示したため、(R)-KT・HCl に特異的な抗体が産生された と考えられる。他方、KT-BSA(a) を免疫して得られた抗体 Ab-KT(a)#2、#37 は、 (S)-KT・HCl に特異的であった。NKT・HCl との交差反応性がそれぞれ 28%、32% であったことも併せて考慮すると、KT-BSA(a)の作製に用いられた KT 誘導体

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は、図 12 の Type B の構造で、しかもラセミ体ではなく(S)-配置の誘導体であ ろうと考えられる。 なお、これら 5 種抗体は、KT とは基本骨格の異なる医薬品、p-アセトアミノ フェノール、アセチルサリチル酸、クレアチニン、クレアチン、カフェイン、 尿酸とはほとんど交差反応性を示さなかった(1%以下)。 ③ 抗原結合能パラメータ KT-BSA(a) 由来の抗体と KT-BSA(b) 由来の抗体のうち、最も高感度な用 量作用曲線を与え、かつ特異性の観点からも有用と思われた抗体は、それぞれ Ab-KT(a)#2 と Ab-KT(b)#45 である。これらについて、(±)-KT に対する結合能パ 図 18. モノクローナル抗 KT 抗体の ELISA における交差反応性 (%)

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ラメータを算出した。培養上清から得られた Ab-KT(a)#2 と Ab-KT(b)#45 をプロ テイン G カラムで精製したのち、アビディティー効果(第 2 章第 2 節 2-5 項参 照)を避けるためパパイン処理して Fab フラグメント [KT(a)#2 と Fab-KT(b)#45] とし、それぞれ KT-BSA(a) もしくは KT-BSA(b) を間接的に固定化 したバイオセンサーチップを用いて、BLI 法により、速度定数と結合定数を測 定した。その結果、センサーチップ上の (±)-KT 基に対する Fab-KT(a)#2 の kaは 3.0×105 L/(mol・s)、kdは 4.0×10-3 1/s であり、Kaは 7.5×107 L/mol、Kdは 1.3× 10-8 mol/L であった。同様に、Fab-KT(b)#45 の kaは 1.1×106 L/(mol・s)、kdは 1.5 ×10-3 1/s であり、Ka は 7.7×108 L/mol、Kd は 1.3×10-9 mol/L であった。Ab-KT(b)#45 は、Ab-KT(a)#2 より 10 倍大きな Kaを示しており、ELISA においてよ り高感度な用量作用曲線を与えたことと符合する結果である。また、いずれの 抗体も 1×105 L/(mol・s) を上回る大きな ka値を示したが、これらの値は反応分 子の拡散係数に基づいて推論される抗原抗体反応に関する kaの最大値に近い。 42) したがって、これら抗体は固相上に固定化された抗原に対して迅速に反応 するものと推測され、イムノクロマトグラフィーやイムノセンサーのようなオ ンサイト分析を開発するうえで非常に有利と期待される。 ④ 実用性 現在、規制薬物としての KT は、ラセミ体のみならず (S)-KT も流通してい る。Ab-KT(b)#45 は、Ab-KT(a)#2 より測定感度が高く、(R)-KT・HCl に対する特 異性を示すものの (S)-KT・HCl についても 3.6%の交差反応性を示すため 5.0~ 1,000 ng/assay の範囲(midpoint 50 ng/assay)で測定が可能である。したがって、 KT の不正使用を取り締まるためのオンサイト分析には、Ab-KT(b)#45 が最も適 していると思われる。さらに、Ab-KT(a)#2 と併用することで、(S)-KT と(R)-KT を測り分けることも可能であると思われる。最近、うつ病モデルマウスにおい て、(R)-KT は (S)-KT より抗うつ作用が持続的であることが示された。43~45(R)-KT は新規な抗うつ薬として有用である可能性があり、(R)-体に特異的な Ab-KT(b)#45 は、今後の開発研究に役立つものと期待される。

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3-5 項 小括

BALB/c マウスあるいは A/J マウスを市販の KT-BSA(a)結合体あるいは著 者らが自作した KT-BSA(b)結合体で免疫し、その脾細胞を NS1 ミエローマ 細胞と融合させ、計 5 種の抗 KT 抗体産生ハイブリドーマを樹立した。これら の産物として得られた 5 種モノクローナル抗体のうち、KT-BSA(a)に由来す る 2 種は (S)-KT・HCl に、KT-BSA(b)に由来する 3 種は (R)-KT・HCl に、そ れぞれ特異的であった。5 種抗体のうち、KT-BSA(b)に由来する Ab-KT#45(1,) は(±)-KT・HCl に対する ELISA において高感度な用量作用曲線(midpoint 2.1 ng/assay)を与え、(±)-KT に対して満足のいく結合定数 Ka(7.7×108 L/mol)を 示した。本抗体は、(±)-KT・HCl に対する反応性を 100%とするとき、(R)-KT・HCl の交差反応性は 210%、(S)-KT・HCl の交差反応性は 3.6%であった。乱用目的で流 通している KT は (±)-KT か (S)-KT であるが、Ab-KT#45 は、(S)-KT・HCl につい ても高感度に応答するため(midpoint 50 ng/assay)、KT の不正取り締まりを目 的とするオンサイト分析に、最も適するものと考えられた。

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第 4 節 コチニンに対する抗体の調製と諸性質 4-1 項 研究の背景 近年、タバコ煙曝露により、肺がん46,47)や心臓疾患、48~50)循環器系疾患51) などの様々な疾病の発症リスクが高まるとされ、注意が喚起されている。特に、 受動喫煙環境下にさらされた小児において、気管支喘息や気管支炎、肺炎や突 然死症候群の危険性が高まるとされている。52) それゆえ、能動喫煙のみならず 受動喫煙においても、タバコ煙曝露量を簡便かつ正確に評価することが重要で ある。 ニコチンは喫煙により主として口腔粘膜および肺胞から吸収されたのち、血 漿タンパク質に結合し、血液を介して全身を循環し、ほとんどすべての臓器や 組織に分布する。移行したニコチンは半減期 2 時間程度と短く不安定で、主に 肝臓内で薬物代謝酵素 CYP2A6 により速やかに代謝され、CT およびその誘導 体に変換されて尿中に排泄される(図 19)。3,53,54) CT の半減期は 20 時間と長 く、化学的に安定であるため、受動喫煙によるタバコ煙曝露量を知る客観的指 標として最適と考えられている。3~6) CT は血液中にも存在するが、血液中 CT 濃度はタバコ煙吸入後の経過時間により、著しく変化する。これに対して、尿 中濃度はその影響が小さいと言われている。55,56) さらに、尿中 CT 濃度は、血 液中や唾液中よりも高いため、タバコ煙曝露量を測定するうえで有用である。 55,56) 能動喫煙における尿中 CT 濃度は数百 ng/mL を超えるが、57) 受動喫煙陽 性と判定するうえでの尿中 CT の下限値は、5~10 ng/mL 50) と提唱されており、 高感度な CT 測定法が求められる。 これまでに、尿中 CT 測定法が種々報告されている。52,57,58) 液体クロマトグ ラフィー法では、CT やその代謝物を一斉分析することが可能であり、タンデム 型質量分析計を検出器として用いることで、高感度かつ正確に定量することが 可能である。しかしながら、検体である血液や尿をそのまま分析に付すことは 難しく、煩雑な前処理が必要なため、多検体の測定には長時間を要する。一方、 抗原抗体反応を利用する免疫測定法は、尿などの生体試料の前処理を行うこと なく直接測定することも可能であり、一度に多くの検体を測定することができ

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る。それゆえ、ひとつの目的物に対してマススクリーニングを行ううえで利便 性の高い方法である。実際に、生体試料中の CT 量を測定する免疫測定法が確 立され、アッセイキットとしても市販されているが、59~66) これらのほとんどは ウサギのポリクローナル抗体を使用している。62~64,66) アッセイ系の標準化が 可能であることを考慮すれば、モノクローナル抗体の導入が望ましい。しかし ながら、CT に対する実用的なモノクローナル抗体を作製することは難しく、 67,68) 実際、1986 年に 1 報が報告されているのみである。これらの抗体は ELISA に使用され、尿中 CT 量が測定されているが、ニコチン代謝物との交差反応な ど、詳細な特異性は報告されていない。69) その理由として、ポリクローナル抗 体の調製で免疫されるウサギと、モノクローナル抗体の調製で免疫されるマウ スの、B 細胞レパートリーの差が考えられる。今日、マウスモノクローナル抗 体を、遺伝子操作で改変してその機能を高めることも可能である。そのために は、プロトタイプとなる抗体を産生するハイブリドーマ細胞が必要である。 図 19. ニコチンの主要代謝経路48)

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そこで、本節では、受動喫煙のモニターに利用可能で、簡便、迅速な尿中 CT の標準免疫測定法の確立を最終目標として、マウスモノクローナル抗 CT 抗体 の新規調製を試みた。 4-2 項 免疫原および固定化抗原の調製 これまでにも述べてきたように、CT のようなハプテンは、そのままでは免疫 原性を示さないため、適切な高分子キャリヤータンパク質と結合させてから動 物に免疫投与する必要がある。そこで、抗 CT 抗体を得るためのハプテン-キ ャリヤー結合体を調製した。trans-4’-Cotininecarboxylic acid 1(図 20)は、市販 品として入手可能な CT 誘導体であるが、CT はピロリドン環の 3’位(図 19)あ るいはピリジン環上に代謝を受けることを考慮すると、本化合物はキャリヤー 図 20. CT ハプテン誘導体の合成と、CT-アルブミン結合体および ビオチン標識 CT の調製

免疫原として CT-BSA 結合体を用いた。ELISA には、CT-OVA 結合体を固定化 抗原として、CT-bio を標識抗原として用いた。

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結合用化合物として好適と思われた。そこで、まず化合物 1 の 4’位カルボキシ 基に-アラニンエチルエステルを縮合させて化合物 2 へ導き、アルカリ性条件 下で加水分解を行い、キャリヤー結合用ブリッジを導入した化合物 3 とした。 次いで、p-ニトロフェニルエステル 4 に変換し、BSA と反応させてハプテン- キャリヤー結合体(CT-BSA)を調製した。同時に、卵白アルブミン(ovalbumin; OVA)と化合物 4 を同様に反応させて CT-OVA 結合体(CT-OVA)を作製し、 ELISA の固定化抗原とした。

これらのタンパク質濃度を Lowry 法に基づいて定量したのち、Habeeb の方 法 41) に従って BSA または OVA 中の未修飾アミノ基を求め、CT/BSA および

CT/OVA 結合モル比の平均値を推定した。その結果、BSA 結合体では 24、OVA 結合体では 3 の値がそれぞれ得られた。 4-3 項 モノクローナル抗体の調製 前項までと同様に、モノクローナル抗体の調製を試みた。CT-BSA をフロイ ントのアジュバントと混合し、これらを BALB/c マウス(雌、6~8 週齢、6 匹) へ 2 週間ごとに繰り返し免疫し、その血中の抗 CT 抗体価を ELISA により比較 した。すなわち、CT-OVA を固定化したマイクロプレートに、希釈したマウス 血清を加え、プレート上に結合した抗体を POD 標識抗マウス IgG 抗体で検出 した。最も強い反応を示したマウス個体に最終免疫を行い、3 日後に脾細胞を 調製し、NS1 ミエローマ細胞と 40%ポリエチレングリコールを用いて融合した。 この融合細胞を 96 ウェルクラスターディッシュ中(全 1,056 ウェル)で HAT 培地により培養してハイブリドーマを選択し、その培養上清を上記の ELISA に 付してスクリーニングを行い、12 ウェルの抗体産生能の強いハイブリドーマを 選択し、限界希釈法によりクローニングした。その結果、12 種の抗体産生細胞 株を樹立することに成功した。 そこで、これら細胞株を大量に培養して、対応するモノクローナル抗 CT 抗 体をその上清として調製し、その諸性質を吟味した。その結果は次項に記す。

(43)

4-4 項 モノクローナル抗体の諸性質 ① ELISA におけるアッセイ感度と親和力 前項で得たモノクローナル抗体 12 種について、競合型 ELISA における感度 の比較を企てた。はじめに、CT-OVA を固定化したマイクロプレートを用い、 第 2 節(図 7)、第 3 節(図 16A)のような ELISA を試みたが、CT 添加による 阻害が全く認められず、強いアビディティー効果(第 2 章第 2 節 2-5 項参照) が働いていることが懸念された。そこで、ビオチン標識 CT を作製し、これを 用いるアッセイ系に切り替えた(図 21)。まず、前項の化合物 4 にアミノ基を 持つビオチン誘導体 [Amine-PEO3-biotin] を反応させてビオチン標識 CT (CT-bio)を調製した(図 20)。次いで、競合型 ELISA の検討を行った。第 2 抗体[ウサギ抗マウス IgG+IgM(immunoglobulin M)]をマイクロプレートに固 定化したのち、ハイブリドーマ培養上清を加え、含まれる抗 CT 抗体を捕捉し た。次に、CT 標準品と CT-bio を競合的に反応させたのち、プレート上の CT 図 21. モノクローナル抗 CT 抗体を用いた CT 測定の ELISA 系

(44)

-bio を POD 標識ストレプトアビジンで検出した。なお、抗 CT 抗体の希釈率 は、酵素反応時間 30 分での B0(CT 標準品非添加の反応)の吸光度がおよそ 1.0 となるよう調整した。 この ELISA において、12 種抗 CT 抗体のうち、5 種で測定範囲がおよそ 1~ 10 ng/assay の用量作用曲線が得られたが、細胞株#45-2 に由来する抗体 Ab-CT#45 がブランク尿の添加にほとんど影響を受けず、かつ最も高感度な CT の 用量作用曲線を与えた(図 22)。しかし、その midpoint は 4.7 ng/assay であり、 ステロイド類の免疫測定法(通例、< 1 ng)と比べた場合、高感度とは言い難い。 なお、本抗体の H 鎖のサブタイプは 1 で、L 鎖のアイソタイプは であった。 図 22. モノクローナル抗体 Ab-CT#45 を用いた ELISA における CT の 用量作用曲線 ●:ブランク尿*−) ▲:ブランク尿*(+) エラーバーは、4 重測定における標準偏差 SD を示す。 *ブランク尿は、非喫煙の両親と住む小学生 3 人の尿を混合したものを用いた。

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次に、この抗体の Kaを蛍光消光法で算出した。これは、抗体のパラトープ付 近の芳香族アミノ酸に由来する蛍光が、紫外吸収を持つハプテンとの結合によ り消光する現象を利用した方法で、50%消光するのに要するハプテン濃度の逆 数として Kaが算出できる。まず、細胞株#45-2 を無血清培地で培養し、その上 清を、プロテイン G カラムに付して、精製抗体 Ab-CT#45 を得た。得られた抗 体の一定量と各種濃度の CT または CT-bio を試験管に加え、ELISA における 競合反応と同じ条件でインキュベーションしたのち、蛍光強度を測定した。そ の結果、CT に対する Kaは 4×106 L/mol と算出された。CT-bio に対する Ka 5×106 L/mol と CT に対する値よりもやや大きく、この抗体が CT 基とビオチン 基を結ぶブリッジ部分にも親和性を持つことが示唆された。いずれにしても、 低分子バイオマーカーの測定に用いる抗体としては十分とは言い難い値で(実 用的な測定系の構築には、通常、Ka > 108 L/mol であることが求められる)、上記 の用量作用曲線の感度と符合する結果と言える。 ② ELISA における特異性 主なニコチン代謝物と CT 類縁化合物(図 19)の計 9 種の ELISA における交 差反応性を 50%置換法により求めた(表 1)。 ブランク尿の添加の有無に影響を ほとんど受けない結果となっているが、この抗体はニコチン、CT N-glucuronide、 CT N-oxide、ニコチンアミド、ニコチン酸(いずれも< 0.5%)、 3’-OH-CT O-glucuronide、(R, S)-norcotinine(いずれも< 1.5%)のいずれについても十分に識 別していた。3’-OH-CT については 8.4%の交差反応性がみられたが、これは CT の 4’位に BSA を連結した免疫原を用いて Ab-CT#45 を作製したため、その近傍 に位置する 3’位のヒドロキシ基を認識することに難があったものと考えられる。 また、(R)-(+)-cotinine [(R)-CT] との交差反応性は、5.0%であり、光学異性体 をある程度識別することが示された。なおタバコに含まれるニコチンにおける (R)-ニコチンの含量は 0.1~0.6%3) であるため、この交差反応性は実試料の測定 において問題にはならないと考えられる。 以上、本節で樹立した Ab-CT#45 は、主な尿中代謝物を十分に識別し、実用 的な特異性を有するものと評価される。

図 5.  THC の代謝経路
図 8.  モノクローナル抗 THC 抗体を用いた ELISA における  THC の用量作用曲線
図 10.  モノクローナル抗 THC 抗体を用いた ELISA における  THC-COOH の用量作用曲線
図 13. KT ハプテン誘導体および BSA 結合体の調製
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参照

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