DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.38.36
反応時間の個人差とオンライン実験
1井 上 和 哉
東京都立大学
Individual differences in reaction times and web-based experiments
Kazuya Inoue
Tokyo Metropolitan UniversityIndividual differences in reaction time are usually considered as noises in the study of cognitive psychology. In some situations, however, the individual differences provide useful insights for understanding the mechanism of hu-man cognition. In this article, we focus on the experience of action video games and athletes as such examples and selectively review these studies. In addition, we briefly summarize web-based experiments that have been recently attracting psychologist. Web-based experiments have a benefit to easily increase a sample size and thereby a statisti-cal power. However, one may wonder about the reliability of web-based studies. Therefore, we try to discuss the reli-ability especially in terms of the accuracy of stimulus presentation duration and reaction times recording.
Keywords: reaction time, action video game, athlete, web-based experiment, online experiment
は じ め に 反応時間は,刺激の提示開始から実験参加者の反応の 実施までに要する時間のことであり,認知的な課題を実 行中の情報処理を明らかにするために用いられる。グリ ニッジ天文台事件のような反応時間研究の歴史的な経緯 (綾部,2019)からも自明なように,反応時間のベース ラインは個人によってかなり異なる。このため,反応時 間を使用する多くの実験は参加者内計画で行われ,個人 による反応時間の違い(個人差)は誤差として無視され る。その一方で,ある種の個人差(例えば,集団の質 的・量的な違いから生じる反応時間の群間差)は,人間 の認知過程を明らかにするための有益なツールとなりう る(綾部・井関・熊田,2019)。 反応時間の個人差を生じさせる要因にはさまざまなも のがあるが(綾部他,2019),本稿では訓練の効果,具 体的にはスポーツ経験とゲーム経験を取り上げ,主要な 研究成果を紹介する。反応時間の個人差を群間で比較す るためには十分なサンプルサイズが必要である。しか し,実験室実験で長期的な訓練を行うことは,実験参加 者の負担が大きく,十分なサンプルサイズを確保するこ とも難しい。それに対し,近年利用が劇的に増えつつあ るウェブ実験(オンライン実験)では,実験参加者が自 由な環境で実験に参加できるため,長期的な訓練を実施 しやすく,実験室実験よりもサンプルサイズを容易に増 やせる可能性がある。そこで本稿では,ウェブ実験にお ける反応時間の計測やそれに関する問題を概説する。 訓練の効果 一般的に,ある特定の認知課題を繰り返し練習するこ とで,反応時間は短くなり,エラー率も低下する(八 木,2019)。熟達による反応時間の短縮は,繰り返し練 習した課題特異的(例えば,探索課題特異的)なものだ ろうか。それとも,ある課題を繰り返し練習した人は, 訓練した課題以外の反応も素早くなるのだろうか。こう した認知的課題の訓練効果の般化の影響はアスリートや アクションビデオゲームプレイヤーを研究対象として検 討されてきた。
Copyright 2020. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved.
1 本論文の著者が綾部・井関・熊田(2019)に執筆し
た内容をもとに,補足及び新規な内容を大幅に加え ることで,本論文は作成された。
Corresponding address: Faculty of Humanities and Social Sciences, Tokyo Metropolitan University, 1–1 Minami-Osawa, Hachioji, Tokyo 192–0397, Japan. E-mail: [email protected]
アスリート 競技とは,“一定の規則に従って,技術や運動能力の 優劣を互いにきそうこと”であり(goo辞書,2019),競 技を目的にスポーツを行う人はアスリートと呼ばれる。 疑うまでもなく,アスリートは自分の専門とするスポー ツを行う際にはそうではない人よりも素早く反応するこ とが可能である。これは,スポーツで要求されるスキル を繰り返し練習した結果,そのスキルが熟達したためで あると考えられる。こうしたスポーツ特異的な訓練はそ のスポーツで求められる反応のみを熟達させ,反応時間 を短縮させるのだろうか。それとも,訓練の効果はス ポーツ場面に限らず,実験室的な認知課題(例えば,ス トループ効果やフランカー効果など)の反応も促進する のだろうか。 アスリートの認知・運動スキルを調べた研究は大きく 二つに分けることができる。一つは,スポーツ場面の写 真や動画など,実際のスポーツ場面と類似した状況での スキルを調べるものである。典型的な研究として,三 好・森・廣瀬(2012)がある。この研究では,野球の投 手が打者に対してボールを投げ,打者がボールを打つ場 面を遊撃手の位置から撮影した。実験参加者は平均野球 部歴が11.3年の男子大学生・大学院生および野球部の所 属経験がない学生であった。課題は,打球が遊撃手の左 にくるのか,右にくるのかをできるだけ早く正確に判断 することであった。その結果,野球部経験者は未経験者 よりも打球の方向を素早く判断することができた。 スポーツ場面と類似した刺激を用いたときにアスリー トの反応時間が短くなることは,メタ分析によっても支 持されている(Mann, Williams, Ward, & Janelle, 2007)。こ の研究では,アスリートと非アスリートを比較した 62 個の効果量をメタ分析し,アスリートは非アスリートよ りも反応時間が短いことを報告している。加えて,ス ポーツ経験による反応時間の短縮はスポーツの種類に よっても異なっていた。インターセプティブなスポーツ (テニスやバドミントンのように,自分の体・道具と環 境内の物体との調整が必要なスポーツ)やストラテジッ クなスポーツ(フィールドホッケーやサッカーのよう に,複数のチームメイトが攻撃中や防御中に戦術的な隊 形をとり,移動する物体と参加者の両方に注意を向ける 必要があるスポーツ)では認められたが,その他のス ポーツ(ビリヤードやゴルフなどのように,自分のペー スで標的に狙いを定めるスポーツ)では認められなかっ た。また,空間課題,再認課題,意思決定課題など, 様々な課題でスポーツ経験の効果が認められたが,予測 を必要とする課題において最もスポーツ経験の効果が大 きかった。 スポーツ経験は,スポーツ特異的な能力を高めるだけ であって,スポーツに関連しない場面での認知能力は高 めないのだろうか。この点に関して,スポーツ経験と実 験室的な認知課題の成績との関連を調べたメタ分析があ る(Voss, Kramer, Basak, Prakash, & Roberts, 2010)。この メタ分析では,ポズナー課題で測定される注意の手がか り効果に関しては,スポーツ経験の効果は見られなかっ たものの,処理速度を測定する課題に関しては,スポー ツ経験の効果は認められた。また,スポーツ場面の刺激 を用いたメタ分析(Mann et al., 2007)と同様に,イン ターセプティブなスポーツにおいてスポーツ経験の効果 が大きかった。このようにアスリートになるための訓練 はスポーツ場面特有のスキルのみならず,実験室的な認 知課題で必要とされるような場面非特異的なスキルも高 める可能性が指摘されている。 スポーツ経験と実験室的な認知課題の成績との間に相 関が認められるからといって,スポーツ経験そのものが 認知機能を高めていると結論づけることはできない。と いうのも,様々な認知・運動スキルに優れた人がアス リートになっているにすぎないかもしれないからであ る。因果関係を明確にするためには,アスリートになる ための訓練を受ける群と受けない群に実験参加者をラン ダムに割り当てる必要がある。しかし,このような割当 は実際には困難である。次善の方法として,アスリート になろうと思った群とそうではない群の認知課題に対す る反応時間の変化を縦断的に追跡する方法が挙げられる (Kida, Oda, & Matsumura, 2005)。この研究では野球のみ に焦点を当てているが今後はそれ以外のスポーツでも同 様の研究を行い,スポーツ経験と反応時間との間の因果 関係を明らかにすることが必要だろう。 アクションビデオゲームプレイヤー アスリートと同様に素早い判断や反応が求められる立 場として,アクションビデオゲーム(以下,AVG)プレ イヤーが挙げられる。AVGとは,射撃ゲームのように 標的対象に対する即座の認識や対処(例えば,銃弾で敵 を撃ち落とす)のための素早い操作が求められるゲーム である。代表的な AVGとして,コールオブデューティ やバイオハザードなどが挙げられる。即座の反応が必要 なAVGを繰り返し行い,訓練されることで,AVGプレ イヤーの反応速度は一般的な人よりも高くなるのだろう か。 AVGの研究は横断研究と介入研究の2つに分類するこ とができる。横断研究とは,AVGを日常的に頻繁に行
う人とそうではない人の認知課題の成績を比較する方法 である。横断研究のメタ分析では(Bediou et al., 2018), 知覚,トップダウンの注意,空間認知,抑制,マルチタ スク,言語認知など,AVG経験が様々な認知課題の成 績を向上させることが報告されている。ただし,このメ タ分析の対象となっている効果量の多く(分析対象の 72%)は正確さ(accuracy)を従属変数としたものであ る点には注意が必要である。しかし,反応時間,探索速 度,刺激の提示時間などの速度(speed)を対象とした メタ分析であっても(分析対象の38%),AVG経験の効 果は認められたため,AVG経験に反応時間を短縮する 効果や処理速度を高める効果があると考えることは妥当 である。 しかし,アスリートのセクションでも述べたように, 横断研究で効果が認められるからといって,AVG経験 が反応時間の短縮の原因であると断定することはできな い。元々素早く反応できる人がAVGで遊ぶことを好む だけかもしれないし,AVGプレイヤーとして勧誘され ることによって,参加者のモチベーションが高まり, AVGプレイヤーの反応時間が短くなっただけかもしれ ないからである(Boot, Blakely, & Simons, 2011)。このた め,AVG経験と反応時間の短縮との間に因果関係があ ることを確証にするには,介入研究をおこなう必要があ る。 介入研究とは,AVGを一定期間行わせる参加者と行 わせない(積極的なコントロールとして,AVG以外の ゲームを行わせる)参加者との間で,認知課題の成績を 比較する方法である。前述のメタ分析では(Bediou et al., 2018),介入研究の結果も報告されている。介入研究 と横断研究で得られた結果の違いとして,効果量の大き さの違いがある。課題の種類を区別しない場合,介入研 究の効果量(g=0.55)は横断研究の効果量(g=0.34) と比べて全般的に効果量が小さかった。この傾向と一致 して,統計的に有意な効果が得られている課題のタイプ はトップダウン注意(g=0.31)と空間認知(g=0.45) のみであった。横断研究と同様に,上述の分析には速度 の指標(全効果量の10%)だけではなく,正確さの指標 (90%)も含まれているため,純粋に反応時間のみを反 映した結果ではない。しかし,速度に限った分析に関し ても,AVG経験の効果は統計的に有意であるため(g= 0.54), AVG経験は反応の正確さだけではなく,速度も高 めると考えることは妥当である。因果関係を確かめると いう意味では介入研究が望ましいが,横断研究にも費用 の少なさや実施の早さ(容易さ)などの点で介入研究と 比べてメリットがある(Bediou et al., 2018)ため,研究 の目的に応じて柔軟に使い分けることが望ましい。 介入研究によってAVGプレイヤーの反応時間が短く なったからといって,情報処理能力が上昇したと安易に 結論づけることはできない。というのも,単に速度と正 確さのトレードオフが生起した結果,エラー率が増え, 反応時間が短くなっているだけかもしれないからであ る。衝動的に反応する傾向が高いために(それゆえエ ラーを犯しやすいために),AVGプレイヤーの反応時間 が短縮するという考えはトリガーハッピーと呼ばれる (Dye, Green, & Bavelier, 2009)。
AVGプレイヤーにおける速度と正確さのトレードオ フの問題は,ブリンリープロットと呼ばれるメタ分析の 手法を用いて検討されている(Dye et al., 2009)。この分 析では,7つの研究から反応時間を測定した8種類の課 題を抽出し,AVGプレイヤーの反応時間の平均を基準 変数に,非AVGプレイヤーの反応時間の平均を予測変 数にした回帰分析を行った。その結果,AVG プレイ ヤーの反応時間=非 AVGプレイヤーの反応時間×0.89 という回帰式が得られ,AVGプレイヤーは非AVGプレ イヤーよりも約11%反応時間が短かった。しかし,正 答率に関しては,AVGプレイヤーの正答率=非AVGプ レイヤーの正答率×0.99という回帰式が得られ,ゲーム 経験は正答率にほとんど影響を与えていなかった。つま り,AVG経験は反応時間に影響を与えるが,エラー率 には影響を与えないことが示されている。以上のことか ら,AVGプレイヤーは衝動性が高まった結果として反 応時間が短くなっているのではなく,情報処理の効率性 が変化している可能性が考えられる。 ウェブ(Web)実験 たいていの心理学実験では,実験参加者を実験室に招 き,実験を行う。しかし,コンピュータの普及やイン ターネットの発展により,近年ではインターネットを通 じて自由な環境(主に実験参加者の自宅など)で心理学 の実験に参加することが可能になりつつある。こうした 実験はウェブ実験またはオンライン実験と呼ばれる。 ウェブ実験は,実験参加者のパソコンに専用のソフトを ダウンロードさせて実施を求めるものやウェブブラウザ 経由で実施してもらうものがある。近年は後者,その中 でも特にHTML5/JavaScriptを使用したものが増えている (Anwyl-Irvine, Massonnié, Flitton, Kirkham, & Evershed,
2019; Barnhoorn, Haasnoot, Bocanegra, & van Steenbergen, 2015; de Leeuw, 2015)。以前はウェブブラウザ上で実行す
るソフトウェアとしてAdobe Flash (Adobeによる買収前
する論文もいくつか出版されている(Reimers & Stewart, 2007, 2015)。しかし,Adobe Flash は 2020 年末で開発と 配布の終了が予定されており,今後の使用は推奨されな いため,本稿ではHTML5/JavaScriptに焦点を当てた解説 を行う。 刺激提示時間の精度 視覚刺激を用いた知覚・認知の実験を実施する際に 気をつけることとして,反応時間と刺激提示時間の精 度の問題がある(Woods, Velasco, Levitan, Wan, & Spence, 2015)。 実 験 室 実 験 で は,Psychtoolbox (Brainard, 1997; Pelli, 1997)・ViSaGe (Cambridge Research Systems Ltd.)・ Response Pads (Cedrus Corporation)などの実験専用のソ フトウェアやハードウェアを利用することにより,この 種の問題の影響を軽減することができる。しかし,ウェ ブを介した実験の場合,実験専用のハードウェアを用い ることができず,使用しているオペレーティングシステ ム(OS),ウェブブラウザ,コンピュータの性能など, 実験参加者の環境は様々であるため,実験環境を統制す ることができない。このため,ウェブ実験においてどの 程度の精度で反応時間の測定や刺激提示の画面制御が可 能かをあらかじめ知っておくことは重要である。また, ウェブ実験の精度を熟知することは,査読の過程でウェ ブ実験に対する不当な疑惑を提示された場合に(Hilbig, 2016),適切な反論を行うことを可能にする点からも重 要である。 刺激提示時間の制御に関しては,比較的正確に行える 場合もある(Barnhoorn et al., 2015)。例えば,Windows 7 がインストールされたノートパソコン(ウェブブラウザ はChrome)を用いた実験によれば,中央処理演算装置 (CPU)の負荷が低い状況では,実験者が刺激を提示し ようと意図した時間と実際に刺激が画面上に提示された 時間(フォトダイオードを用いて測定)の差分は1–2 ms 程度であり,負荷が最高の場合であっても約 9 ms で あった。一方,OSX 10.5.8が動作するMacBook Pro (ウェ ブブラウザはFirefox)では,CPU の負荷にかかわらず 差分は約10 msであった。前者のシステムでは負荷が最 高の条件を除き,ほとんどの試行で意図したフレーム回 数で刺激を提示できており,後者のシステムであっても 約半数の試行で1フレームずれた程度であった。これら の結果は,ウェブブラウザ及び JavaScriptを利用した実 験であっても比較的正確に提示時間を制御可能なことを 示している。 しかし,常に正確に刺激提示時間を制御できるわけで はない。ウェブ実験の刺激提示時間の精度は,ハード ウェア,OS,ウェブブラウザの種類などの実験環境に かなり依存し,環境によっては意図した提示時間と実際 の提示時間の差分は約 100 ms 程度になることもある
(Reimers & Stewart, 2015)。このようなばらつきの原因は 明確ではないが,Internet Explorerを使用している場合 は特に差分が大きいように思われる。以上のことを考え ると,短時間の刺激提示が必要とされる実験テーマ(例 えば,閾下知覚実験)にはウェブ実験は適さないだろ う。もしくは,ある程度正確に刺激提示時間を制御可能 なハードウェア・ソフトウェア構成を明らかにしてお き,そのような環境を持つ人のみを実験対象としたほう が無 難 で あ る。 例 え ば,JavaScript の requestAnimation-Frame関数を使用した場合に比較的正確に刺激提示時間 が制御可能であることが指摘されているため(Anwyl-Irvine et al., 2019),刺激提示時間の正確性を追求する場 合には,上記関数を使用した実験ソフトウェアを使用す ることが望ましい。 反応時間の精度 反応時間の測定精度もまたウェブ実験を行う上で考慮 しなければならない。実験用ソフトウェアとしてPsych-toolboxを用いて実験室で行った実験によれば,全く同 じディスプレイとコンピュータを用いた場合であって も,キーボードをほかのものに交換するだけで反応時間 が約 20 ms も変化することが報告されている(Neath, Earle, Hallett, & Surprenant, 2011)。通常ウェブ実験では実 験参加者のキーボードの種類はコントロールできないた め,ウェブ実験を行った場合,キーボードの違いがノイ ズとして混入し,反応時間の個人差を増加させる可能性 が考えられる。 反応時間の測定精度は使用するプログラミング言語に も依存する。フォトダイオードを用いて画面の変化から 機械的なキー押しまでの時間を測定し研究によれば (Neath et al., 2011),Matlab (もしくはOctave)上でPsych-toolbox を 動 作 さ せ た 場 合 が 最 も 遅 延 が 小 さ く(約 40 ms),Flash や JavaScript を使用した場合の遅延が中程 度であり(約50 ms),Javaを使用した場合の遅延が最も 大きかった(約 70 ms)。ただし,FlashやJavaScriptの精 度は使用するマシンにも依存し,同じ Mac OS Xが搭載 されたiMacであっても,モデルによって約10–15 ms程 度の違いが生じた。 反応時間の測定精度は使用するOSやウェブブラウザ に依存するだろうか。Reimers & Stewart (2015)はBlack Box Toolkitを用いて,フォトダイオードを使用し,ディ スプレイ上の刺激提示タイミングを検出し,指定した時
間経過後にキーボードにキー押しの信号を送信すること により,FlashやJavaScript (HTML5)を使用したときの 反応時間の測定精度を様々なOS及びウェブブラウザを 使用し検討した。その結果,同一のシステム内では反応 時間のばらつきはかなり少ないものの(標準偏差はおお むね10 ms 程度),指定値からのずれ(実測値–指定値) は約30 msから100 ms程度とシステムによってかなりの 違いが認められた。以上のことを考慮すると,ウェブ実 験を行う場合,個人間で反応時間の絶対値を比較するこ とは難しいと思われる。 現象の再現性及び効果量 実験室実験で発見された現象,特に反応時間を従属変 数とする現象や刺激の短時間提示が必要な現象をウェブ 実験で再現することはできるだろうか。クラウドソーシ
ングサービスであるAmazon Mechanical Turk を用いて,
認知心理学的な現象をウェブ実験で検討した研究によれ
ば,マスク下プライミング(masked priming)を除き,
ストループ効果,課題切り替えコスト,フランカー効 果,サイモン効果,手がかり効果及び復帰抑制,注意の 瞬きなどについては,実験室で見いだされた効果が再現 されている(Crump, McDonnell, & Gureckis, 2013)。また, ストループ効果,フランカー効果,課題切り替えコス ト,サイモン効果,復帰抑制に関しては,クラウドソー シングサービスのクラウドワークスで勧誘した日本人を 用いた場合でも再現されている(Majima, 2017)。
実験室実験とウェブ実験の効果の大きさを比較する研 究も行われている(Semmelmann & Weigelt, 2017)。この 研究では,実験室でPsychtoolbox,実験室でウェブ実験, 自宅でウェブ実験の3群で効果量を比較し(ウェブ実験 ではJavaScriptを使用),数字ストループ,フランカー課 題,視覚探索課題,マスク下プライミング課題,注意の 瞬き課題で,現象の効果量にはほとんど差は見られな かった(ただし,マスク下プライミングはオリジナルの 結果がそもそも再現されていない)。加えて,全般的に どの課題でも,実験室でPsychtoolbox,実験室でのウェ ブ実験,自宅でウェブ実験の順番で反応時間が長くなる 傾向が認められた。実験室でPsychtoolboxと実験室での ウェブ実験の違いはソフトウェアのみであるため,ウェ ブ環境における反応時間の増加はウェブブラウザによる 刺激提示時間の制御やキー入力の処理の不正確さが原因 であると考えられる。それに対し,自宅でのウェブ実験 において実験室でのウェブ実験よりも反応時間が長いこ とについては,ハードウェア,ソフトウェア,実験の実 施環境などの違いによると考えられるが,明確な結論は 得られていない。 より洗練された方法で,実験室実験のソフトウェアと ウェブ実験のソフトウェアの効果が検討されている(de
Leeuw & Motz, 2016)。この研究では,ウェブ実験のソフ
トウェアであるjsPsych がインストールされた iMac と PsychtoolboxがインストールされたiMacを用意し,プロ ジェクターを通して前方のスクリーンに視覚探索課題の 画面を投映した。どちらのパソコンの画面が投映される かはランダムな順番で決定され,実験参加者にはわから ないため,モチベーションの変化等の要因が実験結果に 混入する可能性が低い。また,参加者内計画の実験であ るため,個人差に関連した要因が混入した可能性も低 い。このような工夫がされた実験環境においても,視覚 探索課題の反応時間を項目数で回帰した場合の切片が ウェブ実験において大きいことから,ウェブ実験におけ る反応の遅延の一部はソフトウェア及びソフトウェアと ハードウェアとの連携部分で生じている可能性がある。 これまで述べてきたように,ウェブ実験では,反応時 間が全般的に長くなるものの,研究対象としている現象 の効果量は実験室実験と比べてほぼ同等の大きさが得ら れる。しかし,状況によってはウェブ実験の検定力が低 下することが指摘されているため注意が必要である (Chetverikov & Upravitelev, 2016)。このシミュレーション 研究では,実際のウェブ実験で得られたデータからウェ ブブラウザ・OS・CPUなどの違いによる反応時間への 影響を調べ,その値をもとに標本におけるウェブブラウ ザの種類の比率やOSの種類の比率が2条件の反応時間 の平均値差の検定に対する統計的検定力に与える影響を 検討した。その結果,Chrome 系のウェブブラウザと Firefox が 半 々 に な る 状 況 や 標 本 に お け る Windows XP/VistaやMac OS Xの比率が高い状況では,t検定の検 定力がかなり低下することが明らかになった。このた め,ウェブ実験を実施する際にはウェブブラウザやOS の比率を報告することが必要であろう。 終 わ り に 今後高齢化社会が増々進むにつれて,加齢による認知 機能の低下が問題になることは確実であり,加齢の影響 の軽減や低下した認知機能の回復を実現する方法の開発 が必要である。スポーツ経験やゲーム経験による認知・ 運動機能の改善はそうした方法の選択肢の一つして有望 なものであるため,因果関係の同定や効率的な学習法に 関する研究が今後さらに発展することが期待される。こ うした長期的な学習効果を検討するうえで,実験環境を 選ばないウェブ実験には大きなメリットがある。本稿で
まとめたように,基本的にはウェブ実験の信用性は実験 室実験と比べてそれほど遜色がないものであると考えら れるため,長期的な学習効果を検討する研究など,様々 な研究にウェブ実験が利用されることが望まれる。それ と同時に,ソフトウェアやデバイスなどを中心に,ウェ ブ実験の信用性を毀損する要因に関しては,今後も引き 続き詳細に検討されることが必要だろう。 引用文献
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