震災遺構の観光資源化と新たな観光事業創造
4
0
0
全文
(2) ⑵ その他(ジオパーク・NPO 団体など) 震災前から宮城県内にジオパークを提唱していたグループ は、震災後に調査を進め該当する自治体と話し合いをしてい る。また、地域において震災遺構保存を進めている NPO(団 体略称、MMPC)などの中には、個々に資金調達をして整備 を行っている団体もある。. 4.石碑プロジェクト 慰霊・鎮魂、感謝、防災への人々への思いを、絆という字を 上面に配して石柱に刻字、津波からの避難を後世に伝えると共 図3 女川交番所(2010/7/5調査完了). に、被災地域の学童への教材などの支援を念頭にマスコミを通 して全国に募金活動を行う。公立大学法人宮城大学と学校法人 石巻専修大学の両大学三橋ゼミナールの学生から成る「東日本 大震災石碑プロジェクト委員会」が主体者として活動する。 ⑴ 第一期事業(マスコミ活用の公募) ① 事業目的及び概要 「東日本大震災石碑プロジェクト委員会」は、宮城県沿岸部 の津波到達地点及び周辺に石を設置することで、以下に挙げる 三つの思いを伝えようと考えている。 ・東日本大震災で亡くなられた方々の鎮魂と慰霊の意を表すこと。 ・津波の大きさを後世に伝え、意識の風化を防ぎ、警鐘へつな. 図4 石巻市雄勝公民館屋上の大型バス(2010/5/25調査完了). げること。 ・被災地で懸命に活動してくださった方々への敬意を表すこと。. 3.震災後の時間経過と遺構の保存 ⑴ 3.11震災伝承研究会の発足(2012/5/28時点) 東日本大震災では、多くの方が犠牲になり、また沢山の建物. 石碑は、大震災が起こった3月11日を表す意味で、311箇 所(宮城県沿岸全地域)に設置をする。 ② 設置地域及び場所. などが被災した。そして、今回の災害を体験した者には津波に. 地域は宮城県の南県境の山元町から、亘理町、岩沼市、名取. よる被害を繰り返してはならないという重い責務が課せられた。. 市、仙台市(太白区・若林区・宮城野区)、利府町、多賀城市、. 一方、災害から1年が経過し、被災した建物類はすでに瓦礫と. 七ヶ浜町、塩竃市、松島町、東松島市、石巻市、女川町、南三. して扱われ、解体撤去されつつある。しかし、津波をはじめと. 陸町、そして北県境の気仙沼市までと広範囲にわたる。また、. する災害の脅威を後世に伝えるためには、視覚から確認できる. 設置場所としては、民間・行政に許可を得た適切な場所で注意. 被災建物などの遺構や遺物はなくてはならないものである。各. を喚起するような場所とする。. 被災自治体はこれらに歴史的価値があることを認識しながらも、. ③ 資金調達. その保存方法に苦慮しているところである。国内ではこれまで. 全国の企業、団体、個人から善意の支援として1本単位から. 数多くの津波災害があったが、被災遺構が保存された例は限ら. 石碑を購入していただき、購入者の希望で氏名などを刻字する。. れている。したがって保存にあたっては、今後の減災研究の視. ※特定の政治団体・暴力団・宗教団体からの寄付行為などはお. 点、減災対策の継承、保存の技術や計画、維持管理の方法など 多面的な検討が不可欠となってきている。このような検討課題. 断りをする。 ④ 設置方法. に対し、災害を伝承するという立場から災害遺構などの保存に. 一部の設置場所では、学生が主体となり地域の子どもたちと. ついて基本的考え方と保存方法などを検討するとともに、幅広. 一緒に石碑を設置し、可能な場所では設置催事を実施した。そ. い情報共有と連携を目指すための研究会設置である。発足後4ヶ. れは、将来を担う子どもたちと一緒に設置することで、彼らを. 月の調査からの震災遺構保存対象物第1回選考結果報告では、. はじめとする多くの人々が、 「被害の甚大さを忘れないこと」 「防. 宮城県沿岸自治体15市町において被災建物・被災集落跡が22. 災意識を向上すること」を目的としている。そして、今回の大震. 件、その他(大型船、仮埋葬跡地など)24件が提言されている。. 災を後世に語り継ぐことで意識の風化を防がなければならない。 デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-1 No.89 2015. 39.
(3) ⑤ 石碑について 石碑は1本50,000円、企業・団体・個人に善意の支援とし. 呈者の個人名刻字は止めて県旗・宮城県・通し番号(寄贈者の 識別番号用)を刻むこととなった。第二期事業の事業計画書は、. て購入してもらう。石碑の設置場所を選択することは原則とし. 10月中旬に840超の日本の四年制大学(キャンパス)理事長宛. て、できない。出資していただいた金額の一部を、石碑設置地. てに送られ11月末を以て締切った結果、11基の依頼があったの. 域の小・中学校などに教材費として、寄付する。. で中国の石碑製作業者に発注をする。 第三期事業は、12月中旬に学生の自由意思で選考した200社 の民間企業に、事業計画書を送付して協力を依頼する。一応の 申し込み受付期限とする平成25年1月15日までの企業の反応を 見て、石碑プロジェクトの今後の活動判断を決することになる。. 5.震災復興のカジノ構想 宮城県の「名取市東部震災復興の会」の人達は仙台空港周辺 住民で、今回の津波によって痛手を負った人が大半となってお り、早期に安全と地域の復興を求めている。 図5 デザイン イメージと実物. 石碑のデザインは5面ありa∼dは側面、eは上面、5面の. ⑴ 復興目的型カジノ 仙台空港ターミナルにホテル・カジノ・温泉スパなどを4ブ ロックにして隣接させ、災害時に備えて地域住民や空港内の. 説明は以下の通りである。. 人々が直ちに避難できるシェルターを設置する。空港は仙台空. a.“波来の地”という名称. 港のイメージメークと共に大胆な改名も一案に思える。震災復. b.波来の地と名づけた三つ所以を表す文. 興カジノは雇用や税源としてだけでなく、アジアからの国際観. 「大津波がたどり着いた果て、波来(はらい)の地、犠牲. 光客を魅了し、国際交流の社交場ともなる可能性を有する。. 者への鎮魂と慰霊の思いを込め、災いをはらい、復興支援 者へ敬意をはらい、永久に注意をはらい続ける。」 c.東日本大震災 二〇一一年三月十一日 d.贈 ○○○○○ (寄贈者名) e.“絆”という文字. Web(http://sekihiproject.tumblr.com)で活動を紹介中。 ⑵ 第二期事業(大学対象)・第三期事業(企業対象) 不慣れなことが多く、第一期事業初期から設置個所の住所 確認や所有者との連絡の難しさにただ時間を費やするばかりで あった。また、公有地(国・県・市町)であっても縦割り行政. 図6 復興エアーポートリゾート構想(案)国際観光研究所資料. のシステム上、設置の許可申請から認可までには大変な時間が 必要であり(認可が下りる保証もない) 、本委員会では手に負え ない状況となる。さらに、諸事情から学生の力量では数量が増 えた石碑の設置は不可能となり、頼みとした現地の工事業者は 復興バブルから小さな工事に関わる気を全く失っていた。こん な状況下、遠方業者頼みでの石碑設置工事続行の限界は明白で あった。第一期事業の企画段階で宮城県からの協働の折衝があっ たが、主旨や方法の違いから別に活動をしていた。宮城県土木 部は、既に「東日本大震災・津波浸水深ここまで」という金属 板を被災地に設置していた。今回、一部の相互妥協案成立によ り、宮城県土木部が石碑の設置工事を全て請負うこととなる。 協働の妥協案として石碑プロジェクトの第2期事業からは、贈. 40. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-1 No.89 2015. 写真1 津波被害で周辺の様相が変わった仙台空港. ⑵ 復興カジノへのアンケート 震災復興を目的とした「カジノと東北観光」の講義後に学生.
(4) から10項目の復興カジノに関するアンケートを取ったものか. れている手ぬぐいなどを配布し、常日頃から避難の意識を持っ. ら幾つかのデータを紹介する(回答者総数302名)。また、事. てもらうよう啓発した。被災を風化させず、避難行動を子孫ま. 前に行ったヒアリングに比べ復興カジノへの理解と期待の度合. で継承していくことは、巨大津波が想定されている西日本を始. いに変化が見られた。. め、全国の子供達を“災害から命を守る”津波避難防災教育の. 経済効果について 治安の問題について 仙台にカジノは必要ですか. 期待できる 期待できない わからない 変らない 悪化する わからない 必要である 必要ない わからない. 73% 5% 22%. 全国モデルケースとなると考える。. 17% 35% 48% 37% 25% 38%. 災害復興カジノの規制緩和の好事例としては、ハリケーン・ カトリーナの事例がある。ミシシッピ州は、全米で3番目にカ ジノを合法化した州で、水上でのみカジノ営業を認めるという 限定的なものであった。2005年8月のハリケーン・カトリー ナで最も洪水被害が大きく、復興が困難とされた河岸や海岸区 域をカジノ開発可能エリアとして改めて指定。カジノ開発投資 とそれを呼び水とした開発投資の誘引に成功し、民間の資本投 資を中心とした災害復興が成功に至った。. 写真2 石碑設置の様子. 7.おわりに 被災地の住民不在で始まった震災遺構保存の試みは、活動グ. 6.石碑プロジェクト セレモニー企画 津波が来た時にどこまで逃げればいいのか、命を救う避難方. ループも増え1年半を経過する頃から被災地の住民間でも賛否 両論が交わされるようになった。3.11震災伝承研究会からは、. 法は地元住民が自らの経験と知識で定めておくことが重要であ. 46の震災遺構保存対象物が提案されている。しかし、デリケー. ることは、今回の3.11津波避難行動で明らかになった。多く. トな問題として保存の結論までには至っていないし、保存の担. の小児が取り残され、津波の犠牲となっている。津波の恐怖、. い手もはっきりしていない。また、石碑プロジェクトにおいて. その特性、避難の方法などを生活の中に浸透させる必要があ. は、この期に及んでも行政区分の複雑さや復興バブルでの工事. り、避難行動の一つの指針として、「どこに逃げるのか?」「ど. 人不足から方向転換を迫られることとなった。今回の不幸な出. こまで逃げれば安全か?」、津波の到達地点を生活の中で心に. 来事による地域観光事業の負からの出発は、震災(メモリア. 焼き付けていくことが必要である。「津波からの逃げ方を知っ. ル)モニュメント・遺構・パークなどの教育観光資源という新. ている」「ここまで来れば助かるんだ」、という安心感は、小さ. しい宮城県の観光領域の認識が生まれた。三陸海岸の津波の歴. い子供達への心の安寧を与えフラッシュバックのように襲うト. 史に関する新旧の石碑巡りも新たな旅人を創出する一策になる. ラウマから解放する心のリハビリともなる。. であろう。また、津波到達地への石碑設置や桜の木の植樹など. 宮城大学と石巻専修大学の三橋研究室ゼミでは震災直後から. による圏域外旅客に対する安全留意の誘客 PR の実施は、将来. 津波被害の歴史事実の伝承と、犠牲者の鎮魂、子供達の防災教. の宮城観光振興の一助に値する。震災復興カジノは、迷走する. 育のため、宮城県内の津波到達地点311カ所に石碑を建てる活. 国会動向からカジノ合法の議員立法が遅々としているが、今後. 動を学生が中心に行ってきた。石碑は2015年3月末時点で84. の政治情勢では大きく動く可能性も有している。今回、実証研. 基設置し、設置場所は甚大な被害を受けた南三陸町、多賀城. 究の如く行ってきた諸事業の成果と反省の総括をするには、も. 市、石巻市、亘理町の他、仙台市、東松島市、松島町、七ヶ浜. う少し時間が必要である。ともあれ、気になるのは、日々薄れ. 町の計4市4町である。. つつある日本国民の震災記憶と防災意識である。. この活動に際し河北新報社からへの助成金を受け、津波防災 意識を高める為、津波到達点を示す石碑の建立を、被災地の児 童、生徒達の参加で行った。またこの石碑を利用した津波伝承 として、地域の児童、生徒、学生及び保護者への津波防災教育 や避難行動訓練を行った。併せて、津波の避難方法などが記さ. 【参考資料】 1)宮城大学三橋研究室東日本大震災調査資料 2)国際観光研究所資料 3)3.11震災伝承研究会資料. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-1 No.89 2015. 41.
(5)
関連したドキュメント
ヒュームがこのような表現をとるのは当然の ことながら、「人間は理性によって感情を支配
〒104-8238 東京都中央区銀座 5-15-1 SP600 地域一体となった観光地の再生・観光サービスの 高付加価値化事業(国立公園型)
土砂 多い 安全 自分 災害 知る 避難 確認 考える 地図 分かる 場所 危険 地域 出来る 良い 作業 楽しい マップ 住む 土砂 多い 安全 自分 災害 知る 避難 確認 考える 地図
1 単元について 【単元観】 本単元では,積極的に「好きなもの」につ
に文化庁が策定した「文化財活用・理解促進戦略プログラム 2020 」では、文化財を貴重 な地域・観光資源として活用するための取組みとして、平成 32
夜真っ暗な中、電気をつけて夜遅くまで かけて片付けた。その時思ったのが、全 体的にボランティアの数がこの震災の規
Levy JI, Chemerynski SM, Sarnat JA:Ozone exposure and mortality:an empiric bayes metaregression analysis, Epidemiology, 16(4),