「遺産分割協議書の効力と税法上の未分割財産」 9/8
遺産分割協議時に、共同相続人間で分割対象財産として認識されていない財
産があった場合には、遺産分割協議書に「本書に記載のない財産は特定の者に
帰属する」旨の記載があったとしても当該財産は未分割財産とみるのが相当で
あるとした事例~
加瀬昇一
税理士はじめに
少額の贈与には贈与税を課税しないという趣旨で設けられた贈与税の基礎控除(相法 21 の5、措法 70 の2)を選択し、この基礎控除額の範囲内で親から子らへ金銭等の贈 与を図ることは、巷間よく見受けられるところでもある。 一般的に納税者は租税負担を少なくしたいと考えており、もし租税法規がその納税の 選択可能性を当然に予定して規定していれば、その最も少ない方法によって税を納めれ ばよいのであり、これを「節税」という(注1)。 本件事案は、将来の相続税負担を考慮し、被相続人から請求人らに対し、贈与税の基 礎控除額の範囲内で金銭(定期預金)の贈与を行ったものである。 しかしながら、原処分庁も審判所も共に、贈与契約の成立そのものは認められるとし たものの、本件贈与は書面によらない贈与契約であり、被相続人の生存中に、請求人ら に対し「贈与の履行」があったとは認められないとして相続財産に該当するとした。 さらに、裁決は相続財産とした定期預金を「本書に記載のない財産は特定の者に帰属 する」とする遺産分割協議書の記載にかかわらず、未分割財産に該当するとした。 そもそも遺産分割協議書の記載内容は、将来新たな遺産が発見されたことを原因とし ての、相続人間のトラブル回避の観点から記載されているものである。 憲法上の納税義務は、租税法律主義のもと、法に規定する税負担を国民に命ずるにと どまり、法を離れて義務は存しないし、また税法が本来私人の選択した取引を課税の対 象とするのであるから、法的安定性・予測可能性の要請が本質的である(注2)。 本事案は、①書面によらない贈与契約は履行がされていないとし、さらに、②適法に 作成されている遺産分割協議書の記載にかかわらず、未分割財産であるとした事案であ る。
Ⅰ 事案の概況
1 事実と経緯 1共同審査請求人であるG、J、K、L,M及びN(以下、それぞれの請求人を「請求 人G」のようにいい、共同審査請求人を併せて「請求人ら」という。)は、平成 19 年5 月○日を相続開始日とする被相続人P(以下「本件被相続人」という。)の相続(以下 「本件相続という。」)に係る相続税について法定申告期限までに共同で申告した。 請求人らの相続税について、原処分庁が、調査に基づき、請求人らの各人名義の定期 預金は被相続人の死亡によって効力を生ずる贈与によりそれぞれ取得されたものと認 められるから相続税の課税財産に該当するなどとして、修正申告の慫慂をしたところ、 請求人らのうちJのみが、平成 22 年3月 25 日に修正申告をしたので、同人に対し過少 申告加算税の賦課決定処分を、また残りの請求人らに対し各更正処分及び過少申告加算 税の各賦課決定処分(同年4月 19 日付)を、それぞれしたのに対し、請求人らが、当 該各定期預金は当該被相続人の生前に請求人らに対し贈与されていたものであるから 相続税の課税財産に該当せず、また、請求人Jがした修正申告は原処分庁によって修正 申告が必要であるとの錯誤に陥れられたことによりなされたものであるから無効であ るなどとして、当該更正処分等の一部の取り消し等を求めた。 2 原処分庁の主張 次の理由から、本件各定期預金は、本件被相続人の死亡により効力を生ずる贈与(死 因贈与)によって、名義人である請求人らがそれぞれ取得したものと認められるので、 相続税の課税財産となる。 (1) 死因贈与による取得 本件各定期預金は、相続税の納税に使うことを目的とし、他のことに使うことのな いよう本件被相続人が請求人Gに対して指示し、請求人Gが本件被相続人の当該指示 を他の請求人らに伝えた上で預けられているとみとめられることから、本件被相続人 が請求人らに対し、本件被相続人が亡くなった際に請求人らが使用できる旨の条件を 付した上で贈与した死因贈与により請求人らが取得したものである。 (2)本件被相続人の贈与の履行 本件各定期預金は、本件被相続人から請求人らに対して贈与する意志表示が行われ ており、請求人らも本件被相続人から贈与があることを承知していたものの、請求人 らに対し、本件各定期預金に係る各届出印鑑については交付がなく、本件各定期預金 の一部については証券の交付もなく、請求人らが本件各定期預金を自由に運用したり 処分できる状態にないため、本件各定期預金の預け入れ及び証券の交付のみをもって、 本件被相続人の生前中に贈与が履行されたものとはいえない。 3 請求人らの主張 これに対し、請求人らは、次の理由から、本件各定期預金は、本件被相続人から生前 中に請求人らに贈与されたものであり、相続税の課税財産に該当しない。なおこの贈与 2
には何ら停止条件は付されていないとし、これらの処分を不服として審査請求に及んだ ものである。 (1) 本件被相続人の贈与の意思表示 ① 平成 10 年各定期預金 本件被相続人は、本件被相続人の妻Tの 100 日の法事をおこなった平成 10 年8 月1日に、請求人らのうち請求人N(請求人Gの妻であり、被相続人の養子)を除 く請求人ら5人に対し、1人当たり 1,000,000 円ずつ、預金を贈与する旨の意思表 示をした。 ② 平成 15 年各定期預金及び平成 16 年各定期預金 本件被相続人は、本件被相続人が請求人ら及びその家族全員を自宅に招いて会食 をした平成 15 年8月 13 日に、請求人らに対し、平成 15 年及び平成 16 年にそれぞ れ1人当たり各 1,100,000 円ずつ、預金を贈与する旨の意思表示をした。 (2)請求人らの贈与の受諾 上記(1)①②の本件被相続人の贈与の意思表示があった時に、請求人らは一同 に会してしており、請求人らは当該意思表示に対して拒まず「どうも」といった応 答をして贈与を受諾した。 (3)本件被相続人の贈与の履行 ① 請求人G及び請求人Nの各名義の定期預金 本件各定期預金のうち、請求人G及び請求人Nの各名義の定期預金については、 当該各定期預金の預入のつど、当該各定期預金の証書を本件被相続人から請求人G 及び請求人Nに手渡すことによって履行された。 ② 請求人K及び請求人Lの各名義の定期預金 本件各定期預金のうち、請求人Kの名義の各定期預金については、平成 16 年1 月末ころ、当該定期預金の証書を本件被相続人からまとめて請求人Kに、また請求 人Lの名義の各定期預金については、同時期に当該各定期預金の証書を本件被相続 人からまとめて請求人Lの妻を通じて請求人Lに、それぞれ手渡すことによって履 行された。 ③ 請求人J及び請求人Mの各名義の定期預金 本件定期預金のうち、請求人J及び請求人Mの各名義の定期預金については、当 該各定期預金の預入れのつど、当該各定期預金の証書を本件被相続人から請求人G に手渡すことによって履行された。なお請求人J及び請求人Mは、そのことを請求 人Gから知らされており、請求人Gに当該各定期預金の証書を預けていたものであ る。
Ⅱ 裁決の要旨
〈平成 23 年8月 26 日裁決・裁決事例集第 84 集 287 頁〉 31 本件被相続人と請求人らとの間で、本件定期預金に関する書面によらない贈与契 約がそれぞれ成立したものと認められるものの、書面によらない贈与は、その履行 が終わるまでは当事者がいつでもこれを取り消すことができることから、その履行 前は目的財産の確定的な移転があったということはできないので、この場合の贈与 の有無、すなわち、目的財産の確定的な移転による贈与の履行の有無は、贈与され たとする財産の管理・運用の状況等の具体的な事実に基づいて、総合的に判断すべ きである。 2 これを本件についてみると、定期預金を自由に運用するためにはその届出印が必要 となるところ、本件各定期預金の届出印は、その保管状況・使用状況・各名義人の 当該届出印に対する認識及び各定期預金に係る証書の改印状況などを勘案すると相 続開始時点においても本件被相続人が引き続き管理していたものと認められること から、確定的な移転があったとまでは、みることができない。したがって、本件各 定期預金は、贈与によって請求人らが取得したものとは認めることができず、相続 税の課税財産に該当する。 3 ただし、本件各定期預金は、遺産分割協議書に記載がなく、同書には「本書に記載 のない遺産はすべて請求人Gが取得する」旨記載されているものの、請求人らの間 において、当該遺産分割協議の時点で、遺産分割対象財産と認識していなかったと 解されることから、相続税法第 55 条《未分割遺産に対する課税》に規定する未分割 財産であるとみるのが相当である。
Ⅲ 研究・・・・・・・・裁決に反対
1 問題の所在 本件事案は、本件各定期預金が相続税の課税財産に当たるか否かを争点とした事案で ある。請求人らは本件各定期預金が、本件被相続人から生前中に請求人らに贈与された ものであり、相続財産に該当しないと主張したのに対し、原処分庁も審判所も共に、書 面によらない贈与契約の成立は認められるとしたものの、被相続人の生前中に各名義人 への確定的な移転があったとは認められないとして、贈与契約に係る履行はなされてお らず、同預金は相続税の課税財産に該当するとした。 さらに、相続財産に該当するとした本件定期預金について、原処分庁は死因贈与によ って各請求人らは取得したものであるとしたのに対し、審判所は請求人らの間において 遺産分割協議の時点で遺産分割対象財産と認識していなかったと解するのが相当であ り、遺産分割協議書に「本書に記載のない財産はすべて請求人Gが取得する」旨の記載 があったとしても、未分割財産に該当するとみるのが相当であると裁決した。 もとより、相続税、贈与税の課税原因である「贈与」、「相続」、「死因贈与」、「分割」、 「未分割」等の用語は、相続税法では特別に規定されておらず、税法における借用概念 である。 4税法が他の法領域で使用されている用語を取り込み、特に別段の規定(定義規定)を 置いていない場合には、当然に他の法領域において確定している意義と同義で用いてい るものと解すべきである。税法独自の解釈を認めることになると納税者の予測と安定性 を阻害することになると解されている(注3)。 ①書面によらない贈与契約の履行について、さらに、②遺産分割協議書の記載内容に かかわらず未分割財産とした本件裁決について、考察することとする。 2 書面によらない贈与契約の履行 (1) 贈与の法的性質 ① 贈与 贈与は、「当事者の一方が自己の財産を無償にて相手方に与える意思を表示し、相 手方が受諾することによって、効力が生ずる」(民法 549)とし、贈与契約は双方の 合意で成立する諾成契約であり、書面や引き渡しは成立要件とされていない。 贈与は、受贈者が贈与者の義務に対応するような義務を負わない片務契約であり、受 贈者から贈与者への対価の支払いもない無償契約である。 しかし、法は「書面によらない贈与は、各当事者が取り消すことができる。ただし、 履行の終わった部分についてはこの限りではない。」(民法 550)と、規定しており、 書面によらない贈与は、履行されるまでは、撤回される可能性があることになる。 この反対解釈として、書面による贈与は原則として撤回することができないと解され ている(注4)。 ② 民法 550 条の立法趣旨 書面によらない贈与が、履行した部分を除き撤回することができるとする撤回権の 立法趣旨は、贈与が片務契約・無償契約であることから、(イ)軽率な贈与を防止す ることと(ロ)贈与者の意思が客観的に明確になることを待つことで、将来の紛争を 防止することにあるといわれている。 (2) 贈与課税の対象 贈与税は、贈与により財産を取得した個人に対して課税される(相法 1 条の4①一) と規定されているが、贈与の定義は、相続税法では定められていないため、民法の規 定に従って解釈することとなる。民法は「書面によらない贈与は各当事者が撤回する ことができる。ただし履行が終わった部分については、この限りではない。」として おり、この規定から、書面によらない贈与は履行されるまでは、撤回される可能性が あることになり、受贈者の地位は不確実である。このため履行のあった時に納税義務 を負うものとされている(注5)。 民法上の原則によれば、書面によらない贈与が履行前に撤回可能であることを除け ば、贈与自体は諾成契約として口頭によっても成立し、権利移転も生じうる(民法 5
549)のであるが、国税通則法は、贈与税の課税対象となる贈与の成立時期について、 「贈与による財産の取得の時」と規定し(国通法 15②五)、さらに財産取得時期の 判断基準として、相続税法基本通達を設けている(注6)。 この通達によると、贈与が行われた財産取得の時期は、書面によるものについては その契約の効力が発生した時、書面によらないものについてはその履行の時を、その 判断の基準にしている。 贈与契約成立の民法上の原則と税務上とでは、財産取得の時期に違いが生じており、 贈与の効果が確定した時期を、書面の作成または履行の行われた時期と解釈すれば、 書面の作成時期又は贈与の履行時期がきわめて重要となり、贈与時期を巡る事実認定 の問題として顕在化している。 (3)本件贈与契約の履行の有無 ① 裁決の判断理由からの検討 (A) 裁決は、本件被相続人から各名義人へ確定的な移転があったとみることができ ないとする理由として、本件被相続人が、本件相続が開始するまで、(イ)本件各 定期預金の届出印及び(ロ)本件各定期預金の証書(請求人K及び請求人Lの各名 義の定期預金証書を除く)を実質的に管理していたと認めるのが相当であるから、 請求人K及び請求人Lの各名義の定期預金を除く本件各定期預金は、いずれも本件 被相続人によって管理支配されていたものと認められ、これらの贈与はいつでも本 件被相続人によって取り消しうる状態にあったということができるので、請求人K 及び請求人Lを除く請求人らにこれらの確定的な移転があったとはいうことはで きないとしている。 また請求人K及び請求人Lの各名義の定期預金証書は請求人K及び請求人Lに 交付されていることからすれば、証書の管理支配は請求人K及び請求人Lに移転し たものと認められるが、定期預金を自由に運用するためにはその届出印が必要とな るところ、本件相続が開始するまでの間、本件被相続人が管理していたものと認め られるから、請求人K及び請求人Lの各名義の定期預金について確定的な移転があ ったということはできないとしている。 (B) 裁決は、定期預金の証券や届出印の管理支配に重きをおいている。 しかしながら、家族間において同一の印鑑をすることや、預金証書を実家に預け たままにしている例は多々見受けられるところである。本件事案においてQ信用金 庫からの各定期預金の満期のお知らせ等は、請求人らのそれぞれの住所地に送付さ れており、請求人らは本件各定期預金証書の名義が請求人らになっていることを確 認しており、贈与があることを承知していたのではなく、贈与が履行されたことを 承知していたと解すべきではなかろうか。 (C)誰が預金者であるかという預金の帰属について、通説・判例は客観説を採用して 6
おり(注7)、預金の出損者が預金者であると解されているが、親が子供に当該金銭 を贈与した場合には、子供の預金であるとし、親が便宜的に子供らの名義を借りて、 自らの預金として契約した場合は、親の預金とされており、必ずしも定説となって いるものではない。 (D)本件事案における本件各定期預金の作成時期や額面金額からして、被相続人が請 求人らに贈与の申し出たとおりに作成されており、その作成経緯から鑑みても、 被相続人が便宜的に請求人らの名義を借用して自らの預金として契約をしたもの と解するところの「名義預金」ではなく、被相続人から請求人らに対し、贈与契 約に基づき履行されたと解すべきであろう。 ② 外観と実質 書面によらない贈与による財産の取得時期について「贈与税においても実質課税の 原則を否定するものではないが、一般的には、財産は名義人がその真実な所有者であ り、外観と実質が一致するのが通常であること及び贈与が通常親族間で行われること が多く、その事実認定の困難であることを考慮すると、その実質が贈与でないという 反証が特にない限り、一般的には、外観によって贈与事実を認定するのが相当である。 民法 550 条によれば、書面によらない贈与は、贈与の履行の時と解すべく、その履行 の時も、特に反証がない限り、外観によって認定するのが相当であり、登記、登録又 は名義の変更を伴う場合には、当該登記、登録又は名義変更が行われた時をいうもの と解するのが相当である」とする裁決もある(注8)。 この裁決では、「外観によって認定するのが相当であり、・・・当該登記、登録又は 名義変更が行われた時をいうものと解するのが相当である。」としており、各定期預 金の作成時が、原則として、贈与の履行日と解すべきであろう。 ③ 民法 550 条の立法趣旨からの検討 (A)書面によらない贈与は、履行した部分を除き撤回することができるとする趣旨は、 贈与が片務契約・無償契約であることから、(イ)軽率な贈与の防止と(ロ)贈与 者の意思の客観的な明確化にあるとされている。 (B)本件事案における認定事実によると、被相続人は亡くなる直前まで頭脳明晰であ り、亡くなる直前まで十分な意志能力を有していたとしている。 被相続人は自らの相続税の試算をR税理士に依頼しており、また、請求人Gも同 様にR税理士に相続税の試算を依頼し、同税理士から生前贈与などのアドバイスを 受けていたことが、認められている。 被相続人の上記状況から鑑みると、意思能力・行為能力を有しており、決して軽 率な贈与ではなく、考慮した結果であり、被相続人の贈与意思も明らかであるとい える。 7
④ 民法 550 条の書面 本件贈与は書面によらない贈与とされているが、もとより、何が「書面」にあたる か否かは明確には規定されてはおらず、民法に言う「書面」と認められるには、贈与 の意思が看取できる内容があれば足りるとされている。 この点、判例はかなり緩やかに解しており、農地の贈与に際し、県知事に対する農 地所有権移転許可申請書に贈与者の財産移転の意思が明白にされているということ で、この申請書を贈与書面とした判例もあり(注9)、また贈与者の第三者あて内容証 明郵便が「書面」に当たるとされた判例もある(注10)。 このことからすれば、定期預金証書作成手続き書類もまた「書面」と解しても良い のではなかろうか。 ⑤ 贈与契約の履行の有無 証券や届出印鑑の管理支配を重視して相続財産であると認定したが、被相続人の贈 与意思と請求人らの受託意思に基づき請求人ら名義の各定期預金を作成したのであり、 その時点において、贈与契約が履行されたと解すべきである。 3 遺産分割協議書の効力と税法上の未分割財産 (1)共有説と合有説 民法 898 条は、「相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。」と規定 しており、この条文が規定する相続財産の「共有」の性質を巡り、共有説と合有説との 間の学説上の議論がされてきた。 共有説は、遺産の共有を民法 249 条以下の共有に近いものと解し、遺産の共有持分の 処分の自由を積極的に認める立場である。フランス民法が共同相続人に対し、遺産中の 個々の財産について処分の自由な共有持分を認める個人主義的な立法をしていること から、日本においても同様に解する説である。 一方、ドイツ民法は、共同相続人に対し、遺産全体に対する持分の処分は認めるが、 遺産中の個々の財産に対する持分の処分を認めない「合有」という形態をとって遺産に 一体性・団体性を付与している。合有説は、我が国においても、遺産の一体性・団体性 を強調して、遺産の共有をドイツの「合有」に近いものと解する説であり、民法 676 条 が組合財産の持分処分を制限しているのと同じように、遺産中の個々の財産に対する持 分の処分を制限的に解する立場である。 戦前は、民法 909 条のただし書き「ただし第三者の権利を害することはできない。」 に対応する規定がなかったため、合意説に有利な状況にあったが、今日的では、共有説 の方が支配的である(注11)。 相続財産の共有の性質について、判例は、「相続財産の共有は、民法改正の前後を通 8
じ、民法 249 条以下に規定する『共有』とその性質を異にするものではない。」(注12)と しており、一貫して共有説をとっている。 (2)遺産分割と遺産分割協議書の作成 ①遺産分割 遺産分割とは、相続財産が共同相続人の共有となっている場合にこれを各相続人の相 続分に応じて分割し、各相続人の単独財産にすることをいい、民法は遺産分割をするこ とを原則としている(民法 906~914)。分割方法は、遺言があればそれに従い、なけれ ば共同相続人の協議により、協議が調わなければ家庭裁判所にその決定を請求すること ができる。分割の効力は相続開始時にさかのぼるが、それまでに第三者が得た権利は害 されない(注13)。 ② 遺産分割協議書の作成 共同相続人の協議が調うと遺産分割協議書の作成をすることになるが、遺産分割協議 書の作成は法的に要求されているものではない。しかしながら遺産分割が調った明確な 証として各種の相続手続上、当然に要求されることになるので、作成されている。 もとより、遺産分割協議書の作成は、分割協議が調ったことを明らかにするための証 として作成されるものであるからして、後日の相続人間の争いの余地を残さないよう、 一定の要件のもとに作成されている。 (3)遺産分割協議書作成後の新たな相続財産の発見 遺産分割協議書を作成した後で、新たに相続財産が発見された場合、法的にどのよう に解するのであろうか。当初作成された遺産分割協議書は、果たして無効となるのか否 か。これは、相続財産をどのように考えるのかということであり、本件裁決事例とも関 連する問題である。 学説は(1)で述べたとおり、共有説と合有説とがあり、いずれの立場によるかによ り、その後の対応が異なる。 共有説によれば、相続財産は個々の財産の集積と考えるので、見つかった財産につい て、新たに分割を協議すれば良いことになる。しかし、合有説の立場によると、先に協 議した相続財産と新たな財産を加えた相続財産とは異なることになり、協議すべき財産 が異なるのであるから、当然先に作成された遺産分割協議書は無効となり、新たに見つ かった財産を加えた相続財産で、再度、協議し直さなければならないことになる。 既述したとおり、一般的には共有説が支持されているのであるが、遺産分割協議書の 作成目的が相続人間の後日の争いを防止する目的であることから、遺産分割協議書に一 定の条項を入れているのである。 本件事案における「本書に記載のない財産は特定の者に帰属する」旨の記載も、同様 である。 9
(4)裁決の判断理由からの検討 ① 裁決の判断理由 裁決は、そもそも本件各定期預金については、本件被相続人の生前中に本件被相続人 と請求人らとの間で書面によらない贈与契約が成立していたことからすると、遺産分割 協議書に「本書に記載のない遺産はすべてGが取得する」旨記載されているとしても、 請求人らの間において、遺産分割協議の時点で、本件相続に係る遺産分割対象財産と認 識していなかったと解するのが相当であり、本件各定期預金を遺産分割協議書に記載の ない財産として、Gが相続することを予定して遺産分割協議がされたとは認められない ことから、本件各定期預金は、相続税法 55 条に規定する未分割財産に該当するとみる のが相当であると、その判断理由を述べている。 ② 遺産分割記載条項 遺産分割協議書に「記載のない財産は、Gに帰属する。」との条項は、相続人である 請求人ら全員の協議においてなされたものである。 前述した学説上の対立もあることから、将来新たな遺産が発見されたことを原因とし ての、相続人間の争い防止の観点から記載されているものであり、本件定期預金が被相 続人に帰属する名義預金であるとするなら、遺産分割協議書の記載内容どおり、Gに帰 属することになる。 ③ 相続人である請求人らの認識の有無 裁決は、遺産分割協議の段階において、請求人らが遺産分割対象財産として認識して いないから、未分割財産であると主張しているが、相続人である請求人らの認識の有無 は問わないと解すべきであろう。 裁決は、相続人である請求人らの認識の有無をもって、相続税法 55 条に規定する未 分割財産であるとしているが、相続税法 55 条、32 条1号にいう「当該財産の分割」の 意義について、裁判例は、「当該財産の分割とは、民法 906 条の遺産分割を指すものと 解するのが相当である。」(注14)としており、税法独自の未分割財産はあり得ない。 本件裁決は、私法上、適正になされた遺産分割協議書の記載を無視した裁決であり、 租税法律主義に内在する法的安定性・予測可能性の要請からも当を得ないものと解する。 おわりに 一般的に、家族名義の預金について、預金の原資となる資金が被相続人の預金等から 支出され、名義人へ移転されている場合、相続税実務において問題となるケースが少な くない。 単なる名義預金なのか、それとも贈与されたものなのか。家族への贈与事実が認めら れる預金の場合には、家族本人の預金として相続財産から除外されることになる。 贈与税の申告の有無と贈与が履行されたか否かの判断は別の問題であるが、実務的に 10
は、贈与事実の一つの証拠資料として贈与税の申告書が採用されることもある。 生前贈与をする場合には、無用なトラブルを回避する観点から、贈与時に贈与事実を 明らかにしておくことが望ましい。 さらに本件裁決は、被相続人に帰属すると認定した相続財産を、遺産分割協議書の記 載にかかわらず、独自の解釈を持ち出し、未分割財産であると認定した。 もとより、相続財産を「分割」するか「未分割」とするかは、相続人らが選択すべき 問題であり、税法が介入すべき問題ではないと解する。 (注1) 松澤智著 「税理士の職務と責任」第3版 中央経済社 201 頁 (注2) 松澤智著 「租税法の基本原理」 中央経済社 頁 (注3) 山田二郎著「税法講義」37 頁 信山社 (注4) 判例は、例外的に受贈者に著しい忘恩行為が認められる場合には、民法 550 条によ り撤回できない場合でも、民法1条2項(信義誠実の原則)により撤回しうるとしている (最高裁昭和 53 年2月 17 日判決 判例タイムズ 360.143) (注5) 東京高裁 昭和 53 年 12 月 20 日判決 税資 103.800 (注6) 相続税法基本通達1の3・1の4共-8~1の3・1の4共―11 (注7) 最高裁昭和 32 年 12 月 19 日判決、民集 11.13.2278、最高裁昭和 48 年3月 27 日判 決、民集 27.2.376 (注8) 平成8年2月1日 裁決 国税不服審判所 (注9) 最高裁昭和 37 年4月 26 日判決、民集 16.4.1002 (注10) 最高栽昭和 60 年 11 月 29 日判決、民集 39.7.1719 (注11) 前田陽一・本山敦・浦野由紀子著 民法Ⅳ 有斐閣 291 頁~ (注12) 最高裁昭和 30 年5月 31 日民集9.6.793 (注13)「法律用語辞典」 有斐閣 (注14) 大阪高裁平成 22 年5月 20 日判決 TKC.LEX/DB25442866 【参考文献】 11