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「特別の教科 道徳」における授業実践の可能性と課題

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Academic year: 2021

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Possibility and Problem of the Class Practice in the Moral Education

as a New Subject

井上 剛男

Takeo INOUE

滋賀大学教育学部 <キーワード> 道徳科,全面主義,読み物指導,問題解決学習,特定の見方や考え方に偏った指導 1 はじめに 2015年3月,学校教育法施行規則が改正され,「道 徳の時間」が「特別の教科 道徳」(以下,「道徳科」 と表記する)という教科として新たに位置づけられる とともに,小学校・中学校・特別支援学校小学部・中 学部の各学習指導要領の一部が改正された(1) 。また, 2018年度から小学校で,2019年度から中学校で,そ れぞれ「道徳科」が全面実施され,それまでの期間に 「道徳科」の趣旨・内容を踏まえた取り組みを先行実 施することも可能になった。その意味では,「道徳科」 の特徴や意義を把握することは,授業実践を考える上 で喫緊の課題になっていると言える。 そこで本稿では,「道徳科」に求められる授業のあ り方を考察するため,以下のことを行う。まず,戦後 の道徳教育の変遷を整理し,「道徳科」創設の経緯を 確認することである。次に,改訂になった学習指導要 領と学習指導要領解説を分析し,「道徳科」創設の意 義を捉えることである。最後に,ここまでの議論を踏 まえて,「道徳科」の授業実践に対する示唆を提示す ることである。 2 「道徳科」創設の経緯 2-1 「道徳の時間」の誕生以前 1945年10月以降,連合国軍総司令部(GHQ)は矢 継ぎ早に戦前の教育政策を否定する指令を発した。そ うした指令の一つである「修身,日本歴史及び地理停 止に関する件」が1945年12月に発令される。修身, 日本歴史,地理の3教科が,戦前の国家体制に大きく 寄与していたとしてそれらの授業を停止し,教科書の 回収を命じた。1946年10月,GHQは日本歴史と地理 の再開を認めたが,修身については再開が許可される ことはなかった。 それに対して文部省は,戦後日本の民主社会にふさ わしい道徳教育のあり方を早い段階から模索してき た。1945年11月,公民教育刷新委員会を設置し,12 月に2つの答申を出している。第一号答申では,「道 徳ハ元来社会ニ於ケル個人ノ道徳ナルガ故ニ,『修身』 ハ公民的知識ト結合シテハジメテ其ノ具体的内容ヲ 得,ソノ徳目モ現実社会ニ於テ実践ナルベキモノトナ ル」(公民教育刷新委員会 1945,p.4)として,戦 前の修身科に対する反省を踏まえた上で,修身と公民 教育と合わせた新しい公民科を確立すべきだとした。 第二号答申では,公民科の授業を通して「封建的遺制 を克服し,基本的人権の尊重に立つて社会態勢を民主 主義化」(公民教育刷新委員会 1945,p.7)する指 導を行うという方向性が示された。 1946年5月,この答申を受けた文部省が「公民教育 実施に関する件」を示し,1946年9月には『国民学校 公民教師用書』,同年10月には『中等学校・青年学校 公民教師用書』を刊行した。『国民学校公民教師用書』 の序論では,戦前の修身の問題点を2つ挙げる。1つ目 の問題点は,「とかく上から道徳を押しつけるやうな 命令的な傾きが多かつたし,同時に何でも児童や生徒 を一まとめにしてひとつのことを型のごとく教へると いつたところ多かつた。そのために児童や生徒は受身 になつて自分で進んでやらうとする心持が少くなつて しまつたし,また一人一人の心の底までしみ込んでゆ くといつたことが忘れられるやうな趣きが少くなかつ た」(文部省 1946,p.185)というように,教師が 示す徳目をひたすら暗記させる画一的で強制的な修身 の授業スタイルである。もう1つの問題は,「現に人が 生活してゐる社会について理解させ,そこで正しく行 動することを,ゆるがせにした傾きのあつた」(文部 省 1946,p.186)点である。つまり,道徳で身につ けさせる態度の中身が,日常生活と関連性が乏しかっ たというのである。こうした戦前の修身科教育の反省 を踏まえ,『国民学校公民教師用書』の第一部一では, 公民科教育の目的を以下のように示された。「公民科 の教育は一人一人の人にその住んでゐる社会の共同生 活のよき一員として欠くことのできない性格を育てる と同時に,その生活に必要な知識や能力を養つてゆく ことを目ざしてゐる」(文部省 1946,p.189)と。 ところが,1947年3月の『学習指導要領(試案)』 によって誕生したのは,公民科ではなく,社会科で

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あった(2)。社会科は,公民科の理念を継承しつつ,歴 史,地理を包摂する教科となった。事実,『学習指導 要領社会科編(Ⅰ) (試案)』で示された,小学校に おける社会科の目標は,表1のとおりである。これら の15の目標からも分かるように,歴史,地理などの知 識を学ぶ教科であると同時に,道徳教育を行う教科と して位置づけられていた。ただし,道徳教育は,社会 科だけでなく,学校教育全体で行う全面主義の立場を 採用した。戦前の国家体制を支えた修身科への嫌悪感 から,道徳の教科を特設することに抵抗感が強かった からである。また,「社会科は青少年が社会生活を理 解し,その進展に協力するようになることを目指すも のであり,そのために青少年の社会的経験を豊かにし, 深くしようとするのであるから,その学習は青少年の 生活における具体的な問題を中心とし,その解決に向 かっての諸種の自発的活動を通じて行わなければなら ない」(文部省 1947,p.8)として,戦前の修身の ように子どもと日常と無関係な特定の価値を覚えるよ うに強いるのではなく,子ども達の生活に即した問題 を提起し,その解決のために自発的活動を行うことを 社会科教育の学習指導法として示した。学習方法とし て問題解決学習が提唱された点も,公民科創設の流れ をくむものであった。 表1 社会科の目標 一 生徒が,人間としての自覚を深めて人格を発展 させるように導き,社会連帯性の意識を強めて,共 同生活の進歩に貢献するとともに,礼儀正しい社会 人として行動するように導くこと。 二 生徒に各種の社会,すなわち家庭・学校及び種々 の団体について,その構成員の役割と相互の依存関 係とを理解させ,自己の地位と責任とを自覚させる こと。 三 社会生活において事象を合理的に判断するとと もに,社会の秩序や法を尊重して行動する態度を養 い,更に政治的な諸問題に対して宣伝の意味を理解 し,自分で種々の情報を集めて,科学的総合的な自 分の考えを立て,正義・公正・寛容・友愛の精神を もって,共同の福祉を増進する関心と能力とを発展 させること。 四 生産・消費・交通・運輸等の自然的・社会的条 件を理解させること。 五 生徒が日常接触する自然的並びに社会的環境に ついて,科学的に観察する能力を養うこと。 六 世界の自然的環境及び文化は,地域によってさ まざまに異なるものであること,並びに各地の人間 生活は,その文化的条件のもとに自然に適応しなが ら営まれていることを理解させること。 七 各地域・各階層・各職域の人々の生活の特質を 理解させ,国内融和と国際親善に貢献する素地を養 うこと。 八 各地の資源・自然美及び人工美の価値を知って, これを愛護するとともに,進んでこれを開発し,創 造する能力を養うこと。 九 社会生活が常に発展するものであることを知 り,過去の事績を背景として現代の特質を理解し, 将来の方向を見わたす能力を養うこと。 十 各種の職業についてその社会生活に対する意義 を十分理解し,他人の職業を尊重する態度を強め, 自己の職業の選択を正しく行い,能率の高い職業活 動のできる能力を養うこと。 十一 社会生活における勤労の価値を理解するとと もに,勤労によって産業の発展に寄与する能力,及 び勤労を尊ぶ態度を養うこと。 十二 自分の健康を保ち,これを増進するために必 要な知識を学び,それに基ずいて健康に留意する習 慣と態度とを養い,更に社会一般の保健に関心を持 ち,一般の健康状態を向上させる態度を作り上げる こと。 十三 宗教の社会生活における意義を理解するこ と。 十四 娯楽や運動の自然的並びに社会的背景を知っ て,これらの発達を理解すること。 十五 ある主題について,討議して学習を進め,人々 に会って知識を得る習慣を作り,社会生活に関して, 自分で調査し,資料を集め,記録・地図・写真統計 等を利用し,またこれを自分で作製する能力を養う こと。 社会科を中心に全面主義で行うとした道徳教育は, 導入当初から方針転換を求める声が大きかった。その 理由の1つは,社会科の授業方法に関する批判である。 従来の授業実践を否定された学校現場に混乱が生じた だけでなく,子どもの活動を重視する授業を行うため, 活動させること自体が目的化し,活動を通して何が学 べているのか不明であったことである。問題解決学習 を社会科に導入したことは,子どもの主体性を尊重し, 民主主義を体現する理想のカリキュラムだと見なされ ていたが,実際には子どもの学力が低下し,増加する 子どもの非行を抑えることができていないとの批判を 受けたのである。 もう1つの理由は,日本の独立機運が高まる中で, 戦前の修身や教育勅語の復活を目指す政治的な動きが 活発になったことである(3)。天野貞祐文部大臣(在任 1950年5月~ 1952年8月)は1950年11月,「『新しい 修身科の特設』構想を全国都道府県教育長協議会の総 会で公表」するとともに,「その『教育要綱』の制定 についても示唆した」(平原 1978,p.194)。この道 徳教育振興策を教育課程審議会に諮問したが,1951 年1月の同答申(「道徳教育振興に関する答申」)では

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道徳に関する教科の特設を望ましくないとされた。し かし1951年9月,「講和条約が国会で批准される機会 に文部大臣名で『国民実践要領』なるものを出し,独 立回復後の日本国民が真に自主独立の精神をもって 道徳的に生きていく目標を示したい」(平原 1978, p.196)と語り,道徳教育の内容改善を求める主張を 再び展開した。1951年11月,『朝日新聞』や『読売 新聞』が『国民実践要領』の中身について報じ,愛国 心など復古調の徳目が列挙されていたことが判明する と,各方面から反対の声があがった。その結果,天野 は『国民実践要領』を撤回するに至る(4) 。貝塚茂樹は, こうした一連の天野の主張が,「今日における道徳教 育に関する考え方,とりわけ文部省を中心とする行政 側の採用してきた一方の系譜として連続し,その基調 となっている」(貝塚 2002,p.2)と指摘する(5) 。事 実,1953年8月,中央教育審議会は,「社会科教育の 改善に関する答申」の付記事項として,「『基本的人権 の尊重を中心とする民主的道徳』とある意味は,民主 的道徳の中心は人格の尊重,ひいては社会公共への奉 仕にある」(中央教育審議会 1953)という表現が登 場する。 2-2 「道徳の時間」の新設 1956年3月,「小学校・中学校教育課程の改善につ いて」が諮問され,1957年の教育課程審議会で,「道 徳の時間」を設置することが決まった。1958年3月に 出された答申によって,学習指導要領が改訂され,小 中学校の教育課程の一領域として「道徳の時間」が特 設された。経験主義的な授業実践による混乱を受け, 系統性を重視した社会科授業を行うための措置だとさ れる。事実,文部省は「道徳の時間」を新設すること で全面主義から特設主義に変更したのではなく,全面 主義による道徳教育を堅持しながら,学校の教育活動 全体で学んだ道徳的知識を補充・深化・統合する時間 として「道徳の時間」を位置づけていた。 また,「人間尊重の精神を一貫して失わず,この精 神を,家庭・学校その他各自がその一員であるそれぞ れの社会の具体的な生活の中に生かし,個性豊かな文 化の創造と民主的な国家および社会の発展に努め,進 んで平和的な国際社会に貢献できる日本人を育成する ことを目標とする」(文部省 1958,p.239)という「道 徳の時間」の目標が掲げられた。その目標を実現さ せるために,小学校では「日常生活の基本的な行動様 式を理解し,これを身につけるように導く」,「道徳的 心情を高め,正邪善悪を判断する能力を養うように導 く」,「個性の伸張を助け,創造的な生活態度を確立す るように導く」,「民主的な国家・社会の成員として必 要な道徳的態度と実践的意欲を高めるように導く」と いう4つの柱(文部省 1958,p.239)が示され,そ の下に36項目の具体的内容が列挙された。このように 道徳教育の位置づけを明確にすることで,子どもの主 体性を重視する教育方法に重点が置かれ,何を教える のかという部分が弱かった,従来の社会科での道徳教 育の課題を改善しようとしたものだと言える。 「道徳の時間」が新設されたのだが,教科ではなく, 領域の1つとして位置づけ,全面主義を維持した。また, この時間で扱う徳目自体を,当時の教育基本法の理念 に立脚させた。さらに,系統学習を重視した今回の改 訂の中で,一方的な徳目教授を否定し,子どもの自主 性を尊重することを留意点として挙げている。これら から,道徳教育への抵抗感を払拭しようとする意図が 見え隠れする。にもかかわらず,「道徳の時間」を新 設することに対して,戦前の国家主義的な教育を復活 させるものだとする,激しい批判を呼ぶことになる。 教育勅語や修身を肯定する政治家の言動や,今回の『学 習指導要領』が「試案」ではなく,法的拘束力をもつ「告 示」になるなど,教育の中央集権化が進んだことがそ の理由として挙げられる。 2-3 「道徳の時間」の変遷 「道徳の時間」は,国家が定めた特定の徳目を学校 で教えることへの批判だけでなく,「道徳の時間」の 授業実践に対する課題も示される。1963年7月,教育 課程審議会「学校における道徳教育の充実方策につ いて」の答申では,「道徳の時間」を設置したものの, 道徳教育の指導理念を理解していない教師や「道徳の 時間」を設けていない学校があるという課題が示され る。この課題に取り組むため,指導理念の転換が図ら れる。つまり道徳教育の目的が,日常における問題や 時事的な問題に取り組むことから価値の理解に変更さ れた。さらに1965年1月,文部省が「読書の読み物資 料について」という通知を出し,副読本の使用が開始 される。こうして道徳の読み物指導が定着するのであ る。 1989年3月の学習指導要領改訂は,「昭和三十三年 度に道徳の時間が設けられて以来初めての大幅な改 善」(文部省 1992,p.318)となった。いじめ,校 内暴力などの教育問題の深刻化などを受け,国民か ら学校での道徳教育への期待が高まったこともあり, 1989年の学習指導要領改訂を審議した臨時教育審議 会の「教育改革に関する第4次答申」(1987年8月)で は,「人格の完成は,教育的努力の目標であり,この 目標を実現するためには,徳・知・体の調和のとれた 教育が極めて重要である」(臨時教育審議会 1987, pp.14-15)として,徳を一番前に言い換えるほど,徳 育を重視する立場を示した。その改善のポイントは, 以下の4点である。1つ目は,道徳内容を再構成したこ とである。1968・69年改訂でなくなった道徳内容の 4つの柱(小学校)とが,「主として自分自身に関する こと」,「主として他の人とのかかわりに関すること」,

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再生会議 2007,p.6)。しかし,2008年1月の中央 教育審議会「幼稚園,小学校,中学校,高等学校及び 特別支援学校の学習指導要領等の改善について」の答 申では,「教育内容に関する主な改善事項」の1つに「道 徳教育の充実」を取り上げ,2008年3月改訂の学習指 導要領では,「道徳の時間」が学校教育全体における 道徳教育の要として中核的な役割を与えられ,また各 学校に道徳教育推進教師が新たに設けられたものの, 道徳科の必要性を指摘することはなかった。 道徳の教科化の動きが復活するのは,2012年12月 に第二次安倍政権が誕生したことに由来する。2013 年1月,教育再生実行会議を立ち上げ,同年2月に「い じめ問題等への対応について」(第一次提言)を発表し, 「心と体の調和の取れた人間の育成に社会全体で取り 組む。道徳を新たな枠組みによって教科化し,人間性 に深く迫る教育を行う」(教育再生実行会議 2013, p.1)必要性を示し,道徳の教科化を改めて提言した。 この提言を踏まえて,2013年3月には文部科学省が「道 徳教育の充実に関する懇談会」を設置し,同年12月「今 後の道徳教育の改善・充実方策について(報告)―― 新しい時代を,人としてより良く生きる力を育てるた めに」を発表した。この報告では,同等教育の現状等 を踏まえた課題を示したうえで,「これまで述べた道 徳教育の抜本的な改善を実現するためには,教育課程 における道徳教育の位置付けについてもより適切なも のに見直すことが必要と考える。そのための方策とし て,道徳教育の要である道徳の時間を,学校教育法施 行規則及び学習指導要領において,例えば,「特別の 教科 道徳」(仮称)として位置付けた上で,道徳教育 の目標や指導方法等についても,先に述べた所要の改 善を行うことを提言」(道徳教育の充実に関する懇談 会 2013,p.13)している。 2014年10月,中央教育審議会が「道徳に係る教育 課程の改善について」を提出し,「道徳教育の充実を 図るためには,道徳の時間を教育課程上『特別の教科 道徳』(仮称)として新たに位置付け,その目標,内 容,教材や評価,指導体制の在り方等を見直すととも に,『特別の教科 道徳』(仮称)を要として道徳教育 の趣旨を踏まえた効果的な指導を学校の教育活動全体 を通じてより確実に展開することができるよう,教育 課程を改善すること」(中央教育審議会 2014,p.4) を提言し,道徳の教科化を追認した。そして2015年3 月,「道徳科」が誕生する。 2-5 小括 戦後の道徳教育は,他の教科同様,その指導法をめ ぐり,知識理解重視なのか,経験重視なのかという点 で揺れ動いてきた。戦後まもなくの,社会科を中心と した道徳教育では,経験主義的な道徳教育が行われて きたが,1960年代になると,知識理解を重視する読 「主として自然や崇高なものとのかかわりに関するこ と」,「主として集団や社会とのかかわりに関すること」 という4つの観点に再編され,小中学校共通の道徳内 容として登場する(文部省 1989,pp.105-108)。2 つ目は,道徳内容の重点化が行われ,全学年で網羅的 に道徳の指導を行うのではなく,子どもの発達段階に 応じた内容を精選して指導することになった。たとえ ば,小学校低学年ではしつけなどの基本的生活習慣, 中学年では日常の社会規範を守る態度,高学年では公 共に尽くそうとする態度,中学校では人間としての生 き方の自覚といった具合に。3つ目は,各学校で道徳 教育の全体計画を作成することを義務づけたことであ る。「道徳の時間」だけでなく,各教科等でそれぞれ の特質に合わせた道徳教育を充実させることを求めら れたのである。4つ目は,地域との連携である。家庭 や地域社会と連携を深めながら,道徳教育を行うこと が必要だとされたのである。 1997年6月,神戸連続児童殺傷事件で,中学3年生 が逮捕されたことを契機に,同年8月,文部省は「幼 児期からの心の教育の在り方について」を諮問した。 中央教育審議会は,1998年6月,「『新しい時代を拓く 心を育てるために』――次世代を育てる心を失う危機」 と題する答申を提出した。答申では,「心を育てる場 として学校を見直そう」という章で,「道徳教育を見 直し,よりよいものにしていこう――道徳の時間を有 効に生かそう」という提言を行う。具体的には,道徳 の時間において,「もっと体験的な道徳教育を進めよ う」,「子ども達の心に響く教材を使おう」,「よい放送 番組ソフトを教材として有効に活用しよう」,「『ヒー ロー』・『ヒロイン』がテレビやインターネット等を通 じて子どもたちに語りかける機会を設けよう」,「道 徳の時間に子どもが一目置く地域の人材の力を借りよ う」の5つの実践を行うことである(中央教育審議会  1998)。読み物指導を通して子どもに価値を教えると いうこれまでの指導方針から,子どもの関心をひく教 材や多様な経験によって価値に気づかせる指導方針に 転換することを意味していた。2002年4月,文部科学 省は「道徳教育の充実に資する補助教材」として作成 した『心のノート』を全国の小中学校に無償配布し, 2003年7月には教師用の指導書『「心のノート」を生 かした道徳教育の展開』を編纂した(6) 2-4 「道徳科」の設置 2006年10月,安倍晋三首相は教育再生会議を設置 し,その第二次報告「社会総がかりで教育再生を・第 二次報告――公教育再生に向けた更なる一歩と『教育 新時代』のための基盤の再構築」(2007年6月)で,「全 ての子供たちに高い規範意識を身につけさせる」ため に,「徳育を教科化し,現在の『道徳の時間』よりも 指導内容,教材を充実させる」ことを提言した(教育

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というように,「道徳科」は,全面主義による道徳教 育の目標と同一だが,その道徳教育の中核的な性格を 有し,計画的,発展的な指導を行う教科として位置づ けられた。 今回の改訂によって,「道徳的諸価値についての自 覚」が「道徳的諸価値についての理解」に変更された。 『小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編』に よると,「理解」とは,道徳的な「内容項目を,人間 としてよりよく生きる上で大切なことである」ことを 知るだけでなく,「道徳的価値は大切であってもなか なか実現することができない人間の弱さなども理解す ること」や「道徳的価値を実現したり,実現できなかっ たりする場合の感じ方,考え方は一つではない,多様 であるということを前提として理解すること」だとし た(文部科学省 2015c,pp.16-17)。つまり,価値 理解の「自覚」にとどまらず,人間理解や他者理解に 繋げることが「理解」だとしたのである。また,「自 己を見つめ」ることや,「物事を多面的・多角的に考え」 る時間として「道徳科」を位置づけられた。「道徳的 価値の理解は,道徳的価値自体を観念的に理解するの ではなく,道徳的価値を含んだ事象や自分自身の体験 などを通して,そのよさや意義,困難さ,多様さなど を理解する」(文部科学省 2015c,pp.17-18)ため である。さらに,2008年改訂『小学校学習指導要領』 では「道徳的実践力を育てる」だったが,今回の改 訂では,「道徳的な判断力,心情,実践意欲と態度を 育てる」(文部科学省 2015a,p.91)に変更された。 2008年改訂版でも「道徳的な心情,判断力,実践意 欲と態度」という表現があったのだが,2015年改訂 版では「心情」と「判断力」の順番が逆になった。お そらく,「いじめ」問題が喫緊の課題となる中で,「善 を行うことを喜び,悪を憎む感情」よりも,何が良く て何が良くないのかといった,「それぞれの場面にお いて善悪を判断する能力」が重視されるようになった ことが考えられる(文部科学省 2015c,pp.19)。 総則における道徳教育の目標と「道徳科」の目標が 連動し,そのつながりが理解しやすくなった。また, 「自己を見つめ」たり,「物事を多面的・多角的に考え」 るといった,目標実現のための方法を示したうえで, 「道徳的な判断力,心情,実践意欲と態度」といった 資質や能力を育むことを目指すことが示され,道徳教 育の進め方が具体化されたと言える。 3-2 道徳教育の内容 学校の教育活動全体で行う道徳教育の内容は,「道 徳科」の内容と同じとされた。「道徳科」の章で示さ れた内容は,4つの視点によって分類されている点は これまで通りだが,その視点を「主として自分自身に 関すること」,「主として人との関わりに関すること」, 「主として集団や社会との関わりに関すること」,「主 み物中心の道徳教育が行われた。そして1998年以降, 子どもの主体性を重視した道徳教育の必要性が再び唱 えられることになる。もう1つは,道徳として子ども に何を教えるのかをめぐる学校や国家への懐疑が時代 とともに弱くなり,むしろ学校による道徳教育の強化 が支持されるようになってきた。このことが,道徳教 育の本格的な改変を可能にした側面がある。 3 「道徳科」創設の意義 3-1 道徳教育の目標 2015年改訂の学習指導要領では,学校の教育活動 全体で行う道徳教育の目標を,総則で以下のように定 めている。「道徳教育は,教育基本法及び学校教育法 に定められた教育の根本精神に基づき,自己の生き 方を考え,主体的な判断の下に行動し,自立した人間 として他者と共によりよく生きるための基盤となる道 徳性を養うことを目標とする」(文部科学省 2015a, p.1)。『小学校学習指導要領解説 総則編(抄)』によ れば,「自己の生き方を考える」とは,「よくなろうと する自己を肯定的に受け止めるとともに,他者とのか かわりや身近な集団の中で自分の特徴などを知り,伸 ばしたい自己について深く見つめること」であり,そ うしたことが「社会の中でいかに生きていけばよいの か,国家及び社会の形成者としてどうあればよいの かを考えることにもつながる」(文部科学省 2015b, p.7)と考えた。つまり,自己の生き方を考えること を通して,社会の形成者としての自己のあり方まで思 いをはせられるようになるとした。さらに,自己の生 き方について考えたことを,「主体的な判断の下に行 動」(文部科学省 2015b,p.7)させることが重要だ とした。そして,このような「『自立した人間』とし ての主体的な自己は,同時に『他者と共に』よりよい 社会の実現を目指そうとする社会的な存在としての自 己を志向する」(文部科学省 2015b,p.7)ので,他 者との関係を築くことができる機会も求められるとし た。 次に,「道徳科」の目標だが,「第1章総則の第1の 2に示す道徳教育の目標に基づき,よりよく生きるた めの 基盤となる道徳性を養うため,道徳的諸価値に ついての理解を基に,自己を見つめ,物事を多面的・ 多角的に考え,自己の生き方についての考えを深める 学習を通して,道徳的な判断力,心情,実践意欲と態 度を育てる」(文部科学省 2015a,p.91)とされた。「道 徳科が目指すものは,学校の教育活動全体を通じて行 う道徳教育の目標と同様によりよく生きるための基盤 となる道徳性を養うことである。その中で,道徳科が 学校の教育活動全体を通じて行う道徳教育の要として の役割を果たすことができるよう,計画的,発展的な 指導を行うことが重要」(文部科学省 2015c,p.15)

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だというのである。そのため,「話し合う場面を設定 すること,ペアや少人数グループなどでの学習を導入 することが目的化してしまうことがないよう,指導の 意図に即して,取り入れられる手法が適切か否かを しっかり吟味する必要がある」(文部科学省 2015c, p.92)としている。次に,道徳的行為に関する体験 的な学習等とは,「例えば,実際に挨拶や丁寧な言葉 遣いなど具体的な道徳的行為をして,礼儀のよさや作 法の難しさなどを考えたり,相手に思いやりのある言 葉を掛けたり,手助けをして親切についての考えを深 めたりするような道徳的行為に関する体験的な学習を 取り入れることが考えられる。さらに,読み物教材等 を活用した場合には,その教材に登場する人物等の言 動を即興的に演技して考える役割演技など疑似体験的 な表現活動を取り入れた学習も考えられる。」(文部科 学省 2015c,p.92)という。つまり,具体的な道徳 的行為をしたり,疑似体験的な表現活動を通して,道 徳的諸価値を理解させようとするものだと捉えられ る。そのため当然,「単に体験的行為や活動そのもの を目的として行うのではなく,授業の中に適切に取り 入れ,体験的行為や活動を通じて学んだ内容から道徳 的価値の意義などについて考えを深めるようにするこ とが重要」(文部科学省 2015c,p.92)だとする但 し書きが付記されている。 2つ目は,「児童の発達の段階や特性等を考慮し,第 2に示す内容との関連を踏まえつつ,情報モラルに関 する指導を充実すること。また,児童の発達の段階や 特性等を考慮し,例えば,社会の持続可能な発展など の現代的な課題の取扱いにも留意し,身近な社会的課 題を自分との関係において考え,それらの解決に寄与 しようとする意欲や態度を育てるよう努めること。な お,多様な見方や考え方のできる事柄について,特定 の見方や考え方に偏った指導を行うことのないように すること」(文部科学省 2015a,p.97)として,情 報モラルの指導に加えて,現代的な課題に関する指 導を行うことを求めたことである。現代的な課題を扱 うために,「児童には,発達の段階に応じて現代的な 課題を身近な問題と結びつけて,自分との関わりで考 えられるようにすることが求められる。現代社会を生 きる上での課題を扱う場合には,問題解決的な学習を 行ったり話合いを深めたりするなどの指導方法を工夫 し,課題を自分との関係で捉え,その解決に向けて考 え続けようとする意欲や態度を育てることが大切であ る」(文部科学省 2015c,p.95)というように,こ こでも,子ども自身が考えたり,議論することを通し て,現代的な課題を考え続ける姿勢を育むことを想定 している。また,「これらの現代的な課題の学習では, 多様な見方や考え方があることを理解させ,答えが定 まっていない問題を多面的・多角的視点から考え続け る姿勢を育てることが大切である。安易に結論を出さ として生命や自然,崇高なものとの関わりに関するこ と」というように,3番目の視点と4番目の視点の順序 が逆になった。また,それぞれの内容項目には,「キー ワード」が付記されている。たとえば,「主として自 分自身に関すること」の「よいことと悪いこととの区 別をし,よいと思うことを進んで行うこと」という内 容項目には,「善悪の判断,自律,自由と責任」とい うキーワードが付けられた。キーワードは,「内容の 体系性を高めるとともに,構成やねらいを分かりやす く示して指導の効果を上げる」(文部科学省 2015c, p.4)効果を意図したものだと解説している。なお, 内容項目数は,表2の通りである。すべての学年で内 容項目数が増えていることが分かる。 表2 道徳内容の項目数 学年 2015年改訂 2008年改訂 1・2年生 19 16 3・4年生 20 18 5・6年生 22 22 3-3 「道徳科」の内容の取扱い 今回の改訂によって,大きな変更があったのは,次 の3点である。1つは,「児童の発達の段階や特性等を 考慮し,指導のねらいに即して,問題解決的な学習, 道徳的行為に関する体験的な学習等を適切に取り入れ るなど,指導方法を工夫すること。その際,それらの 活動を通じて学んだ内容の意義などについて考えるこ とができるようにすること。また,特別活動等におけ る多様な実践活動や体験活動も道徳科の授業に生かす ようにすること」(文部科学省 2015a,p.97)として, 問題解決学習などの多様な方法を取り入れた指導を行 うことを求めたことである。では,ここで例示された 学習は,どのようなものだと想定しているのか。『小 学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編』によっ て,確認していこう。まず,問題解決的な学習とは, 「道徳科における問題解決的な学習とは,ねらいとす る道徳的諸価値について自己を見つめ,これからの生 き方に生かしていくことを見通しながら,実現するた めの問題を見付け,どうしてそのような問題が生まれ るのかを調べたり,他者の考え方や感じ方を確かめた りと物事を多面的・多角的に考えながら課題解決に向 けて話し合うことである。そして,最終的には児童一 人一人が道徳的諸価値のよさを理解し,自分との関わ りで道徳的価値を捉え,道徳的価値を自分なりに発展 させていくことへの思いや課題が培われるようにする ことである」(文部科学省 2015c,p.91)とされる。 つまり,「道徳的諸価値のよさを理解」させるために, その価値のよさを教師が一方的に説明するのではな く,「物事を多面的・多角的に考えながら課題解決に 向けて話し合う」ことを通して気づかせることが重要

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とができる。改定『学習指導要領』では,道徳教育に おいて,子どもの主体性を重視する姿勢を鮮明にし, そのための授業計画を求めていた。さらに,「道徳教 育そのものを忌避しがちな風潮」を改めるために,「多 面的・多角的視点」を取り入れることを提唱した。全 体的な方向性としては,従来の道徳教育の問題点を改 善する取り組みとして評価できるものだと言える。 しかし,授業実践の観点からみると,課題がないわ けではない(7)。第一に,問題解決学習をはじめとする 経験主義的な道徳の授業が,その目的を十分に達成し える性質のものなのかという点である。戦後,経験主 義的な授業実践は,系統性を重視した学習に置き換え られたように,その実践を目標実現と結びつけること が難しい側面がある。そこで今回の改訂では,話し合 い活動を行うこと自体を目的化するのではなく,あく までも話し合い活動を用いて,道徳的諸価値のよさを 理解させるとしている。ただ,教師の発問等によって, 子どもたちに多面的・多角的な意見を引き出すことは できるかもしれないが,それをどうやって特定の道徳 的諸価値のよさを理解することに繋げるのだろうか。 たとえば,いじめを題材にする場合,多面的な視点と いうことで,いじめられる側の気持ちを考えるだけで なく,どうしていじめるのかといういじめる側の気持 ちも考えだすと,それぞれに言い分があるということ で,いじめがよくないものだという結論に導くことが 難しくなるのではないかということである。 第二に,「価値を押し付けてはならない」というと きの「押しつけ」とは何なのかということである。一 つは,特定の道徳的諸価値を教師が一方的に説諭する ような授業をしてはならないということであろう。子 どもたちが主体的に考えた上で,その価値の良さを理 解できるようにすべきだとしているからである。もう 1つは,教師自身が特定の見方や考え方に偏って指導 してはならないということである。ところが,どうい う見方や考え方が偏っていると判断されるのかが,教 師自身にわからない。偏っていない道徳的な見方や考 え方とは,どのような見方や考え方を指すのか,今回 の改訂版には明記されていないからである。そのため, たとえば「主として人とのかかわりに関すること」の 「相互理解・寛容」に関する道徳の授業で,卒業式で 国歌を斉唱せず懲戒処分を受けた人を取り上げ,たと え卒業式で国歌を斉唱するのが当然だと子どもたちが 思っていても,「相手のことを理解し,自分と異なる 意見も大切にする」(文部科学省 2015a,p.93)こ とを理解させようとすることは,妥当なのか,それと も偏った見方や考え方を教えたと判断されるのかは, その時の政治状況次第だと言える。このように基準が 不明瞭で絶えず変化するものだとすると,教師が道徳 の教材研究を行い,題材を探したり,作り出したりす ることは,リスクでしかないことになる。結局,「道 せたり,特定の見方や考え方に偏って指導を行ったり することのないよう留意し,児童が自分と異なる考え や立場についても理解を深められるよう配慮しなけれ ばならない」(文部科学省 2015c,p.96)として,「多 面的・多角的視点」をもって考え続けられるように, 教師に配慮を求めている。 3つ目は,「児童の学習状況や道徳性に係る成長の様 子を継続的に把握し,指導に生かすよう努める必要が ある。ただし,数値などによる評価は行わないものと する」(文部科学省 2015a,pp.97-98)としたこと である。「道徳科」という教科になったことで,評価 を行うことになった。まず,教育活動全体で行う道徳 教育の評価は,「児童自身が自己のよりよい生き方を 求めていく努力を評価し,それを勇気付ける働きをも つようにすることが求められる。それは,客観的な理 解の対象とされるものではなく,教師と児童の温かな 人格的な触れ合いに基づいて,共感的に理解されるべ きものである」(文部科学省 2015c,p.104)とした。 それに対して,「道徳科」における評価は,「数値によ る評価ではなく,記述式であること」,「他の児童との 比較による相対評価ではなく,児童生徒がいかに成長 したかを積極的に受け止め,励ます個人内評価として 行うこと」,「個々の内容項目ごとではなく,大くくり なまとまりを踏まえた評価を行うこと」,「発達障害等 の児童についての配慮すべき観点等を学校や教員間で 共有すること」などに留意して行うとした(文部科学 省 2015c,pp.105-106)。 ポイントを整理すると,今回の改定によって,(1) 問題解決学習などの多様な方法を取り入れた授業を行 い,道徳的諸価値を教師が一方的に教授するスタイル を是正すること,(2)安易な結論や特定の見方に偏っ た指導を行うのではなく,多面的・多角的視点から考 え続ける態度を育むこと,(3)他者との比較ではなく, 子ども自身の成長を積極的に評価すること,を挙げら れる。 4 おわりに 「道徳科」の特設は,「歴史的経緯に影響され,いま だに道徳教育そのものを忌避しがちな風潮があるこ と,他教科に比べて軽んじられていること,読み物の 登場人物の心情理解のみに偏った形式的な指導が行わ れる例がある」(文部科学省 2015c,pp.1-2)と言 われる道徳教育の改善の切り札として登場した。たと えば,「他教科に比べて軽んじられている」のは,教 科ではなく,授業の未履修が広がったことに,その一 因を見出すことができるからである。また,「読み物 の登場人物の心情理解のみに偏った形式的な指導が行 われる」との批判は,1998年以降に主流になる,子 どもの主体性を重視した道徳教育の観点から捉えるこ

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方 に つ い て 』 答 申 )」http://www.mext.go.jp/ b_menu/shingi/chuuou/toushin/980601.htm (2016.10.26取得)。 中央 教育審議会 2014「道徳に係る教育課程の改善 等 に つ い て( 答 申 )」http://www.mext.go.jp/ b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toush-in/1352890.htm(2016.10.26取得)。 道徳 教育の充実に関する懇談会 2013「今後の道徳 教育の改善・充実方策について(報告)――新し い時代を,人としてより良く生きる力を育てるた めに」http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/ chousa/shotou/096/houkoku/1343013.htm (2016.10.26取得)。 平原 春好 1978「サンフランシスコ体制の成立と教 育の再編」大田堯編『戦後日本教育史』岩波書店。 貝塚 茂樹 2002「文相天野貞祐における国家論と「戦 後」の認識――愛国心に関わる発言を手がかりと して」『モラロジー研究』50,1-29. 公民 教育刷新委員会 1945「公民教育刷新委員会答 申 第一号・第二号」貝塚茂樹監修 2003『戦後 道徳教育文献資料集 第1期3 公民教育刷新委 員会答申 第一号・第二号,米国教育使節団に協 力すべき日本側教育委員会の報告書他』日本図書 センター,1-12. 教育 再生実行会議 2013「いじめ問題等への対応に ついて(第一次提言)」http://www.kantei.go. jp/jp/singi/kyouikusaisei/(2016.10.26取得)。 教育 再生会議 2007「社会総がかりで教育再生を― ―公教育再生に向けた更なる一歩と『教育新時代』 の た め の 基 盤 の 再 構 築 」http://www.kantei. go.jp/jp/singi/kyouiku/top.html(2016.10.26 取得)。 文部 科学省 2015a『小学校学習指導要領(平成27年 3月 )』http://www.mext.go.jp/a_menu/ sho-tou/new-cs/youryou/index.htm(2016.10.26 取得)。 文部 科学省 2015b『小学校学習指導要領解説 総則    編 ( 抄 )』 h t t p : / / w w w . m e x t . g o . j p / a _ menu/ shotou/new-cs/youryou/index.htm (2016.10.26取得)。 文部 科学省 2015c『小学校学習指導要領解説 特別    の 教 科  道 徳 編 』http://www.mext.go.jp/a_ menu/ shotou/new-cs/youryou/index.htm (2016.10.26取得)。 文部 省 1946「国民学校公民教師用書」貝塚茂樹監 修 2003『 戦 後 道 徳 教 育 文 献 資 料 集  第1期3  公民教育刷新委員会答申 第一号・第二号,米国 教育使節団に協力すべき日本側教育委員会の報告 書他』日本図書センター,177-259. 文部 省 1947『学習指導要領社会科編(Ⅰ) (試案)』 徳科」で新たに導入される検定教科書に基づく画一的 で,予定調和な授業が行われるようになる恐れがある。 【注】 (1 )特別な教科とは,戦前の修身のように,他教科 より上位にあるという意味ではなく,他教科同様, 評価や教科書を導入する一方で,道徳の教員免許 を新たに設けるのではなく,クラス担任が原則教 えるとした独自性に由来する。 (2 )公民科ではなく社会科になったのは,民間情報 教育局という日本の文化政策を担当するGHQの部 局が日本に社会科を要請したことが挙げられる。 (3 )教育勅語は,1948年6月に,衆議院で「教育勅 語等排除に関する決議」,参議院で「教育勅語等の 失効確認に関する決議」を経て,正式に廃止された。 なお,教育勅語は,1946年10月に文部省が示した 「勅語及詔書等の取扱について」によって,式日な どでの奉読や,神聖視することをすでに禁じられ ていた。 (4 )『国民実践要領』の撤回に至った経緯や,当時公 職追放中であった高坂正顕,西谷啓治,鈴木成高 に委嘱して『国民実践要領』が編纂されたことは, 天野(1971)に詳しい。 (5 )ただし,天野自身は,戦前の修身の復興を目論 んだというより,戦前の修身に代わる道徳を目指 していたという見方もある。たとえば,小熊英二は, 天野の一連の言動を,「言葉づかいは戦中の延長で あっても,そこで表現された心情は,戦前や戦中 への回帰を志向するものではなかった。むしろそ れは,戦争で限界を露呈した旧来の『道義』を批 判し,新しい『道義』を模索するという主張」(小 熊 2002,p.70)だったとしている。 (6 )『心のノート』は,2014年4月に『私たちの道徳』 にリニューアルされている。 (7 )「道徳科」導入における授業実践以外の課題とし ては,記述式の評価を行うことに伴う教師の負担 の増加という問題や,検定教科書導入によって, 国家が教育を通して国民を操作する力を強化する 懸念があることなどが挙げられる。 【文献】 天野 貞祐 1971「後語」『天野貞祐全集 第六巻 道 徳教育』栗田出版会。 中央 教 育 審 議 会 1953「 社 会 科 教 育 の 改 善 に 関 す る 答 申( 第2回 答 申 昭 和28年8月8日 )」http:// www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chuuou/ toushin/530801.htm(2016.10.26取得)。 中央 教育審議会 1998「『新しい時代を拓く心を育 てるために』――次世代を育てる心を失う危機 (中央教育審議会『幼児期からの心の教育の在り

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東京書籍。 文部 省 1958『小学校学習指導要領(文部省告示)』 大蔵省印刷局。 文部 省 1989『小学校学習指導要領 付学校教育法 施行規則(抄)』大蔵省印刷局。 文部 省 1992『学制百二十年史』ぎょうせい。 小熊 英二 2002『<民主>と<愛国>――戦後日本 のナショナリズムと公共性』新曜社。 臨時 教育審議会 1987「教育改革に対する第4次答申 (最終答申)<全文>」『文部時報』1327,pp.8-49.

参照

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