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演奏のための楽曲解剖
ソナタト長調op14の2 (ベートーベン作曲)
An Analytical Study (in Terms of Actual Performance
of Sonate G Major (op.14 No.2 ) Composed by L.van Beethoven 西 勇 恕 Yujo Nishi この曲は, 1799年ベートーベンが29牙の時に作られた曲で,ホ長調のソナタとととに作品14とし て出版されている。どのような事情かは知らないが,わが国ではこの曲は"夫婦喧嘩… と別名され たりしているけれども,このことばの持つ対立的な緊張感はなく,むしろ対話的な性格のおだや かな愛らしい曲である。三つの楽章から成り,第一楽章はソナタ形式で書かれ,第二楽章が主題と 変奏,簡三楽章はロンド形式になっている。 Ⅰ 第 一 楽 章 A 提 示 部 提示部は,先ず第一主題が8小節で示される。動機は譜例1のように単音で始まる。その骨格は 2 j> F ≡ x * n i j i i i i i -a 蝣 蝣 ^ _ ^ r ¥ . l i j -r ft f ^ H r K ^ H iー ^ i iV M i a ft ^ H ^ n I 、 二m * "^ ォfT m w -Q , . W * * T i む . ● 上 ■■ -′ ■ ■■ - -/ ■■ー -■■ 譜例2のようにト長調の主和音で構成されており,左手の最初も同じ和音の音を下から上へ順にひ くようになって,右手の部分と対話の形をとっており,しかも和音の各音を押えつづけてペダルの 代用をさせている。おだやかな対話である。これと同じことがもう一回繰り返されるが,この際左 手の部分は1オクターブ高く奏される。ピアノの絃は低い音ほど太く長く,高音部になるに従って より細くより短かくなっていて,低音の太い感じが,高音になるに従って漸次細い感じの音になっ ている。このことを考えあわせると,ベートーベンは一回目と二回目のニュアンスを違えてひくこ とを考えているように思える。楽譜にはそのような表示はないが,演奏に当たっては,そのような 配慮を払う必要があるように思う。つづいて第1, 2小節と同じことが第3, 4小節において和音 を変えて行なわれるが,この場合も同様である。第4小節第2拍目に10度の跳躍があるが,これは 動機の初めのふたつのオクターブの音程を更に大きく拡大し強調したものであり,この大きな跳躍 につづいて下行音階の順次進行がみられる。第5小節2点イ音から第6小節1点口音までが,十度 の跳躍を全部埋めた形になっていることに注目したい。 旋律のタイプには色々のものがあるが,
165 演 奏 の た め の 楽 曲 解剖 1 ,音階進行の後に逆方向の跳躍がつづく 2,跳躍の後に音階進行が逆方向につづく 場合がある。これらのタイプは,旋律の流れに弾力性を与える効果がある。ショパン作曲マズルカ 変ロ長調,ベ一半-ベン作曲スプリングソナタとop31のピアノソナタ,モーツアルト作曲交響曲 ト短調などにみられる。跳躍進行の音楽的意味は 1,跳躍を強い意味に表わす場合 2,その逆の場合 があるが,前者が自然であるのに対し,後者は人為的であり,技巧的である。この曲の場合は後者 に属する型だと思う。(第5小節の2点イ音に対する線上柏の形になっている)演奏の際,この点を 考慮しなければならない。 この順次進行につづいて,譜例3の如くシンコペーションのリズムを伴う跳躍旋律の形になって 3 いるが,詳細に検討してみると,譜例4において4分音符によって示される下行順次進行の旋律線 が動いている。ここで注目したいことは, 2小節にわたって四つの4分音符が連続していることで 4 ある。もし四つU)4分音符の代りに16分音符四つで置きかえると,大-ん落ち着きのないものにな ってしまうだろう。譜例3を更に検討すると,この他に2点ト, 2点ホ, 2点こ, 1点嬰-, 1点 トと運ばれる線があり(各拍最後の16分音符) ,第6,7,小節にわたって旋律線が二重になって いることに気づく。第6, 7小節は同形の反復となっているので,第7小節第2拍目は本来ならば 2点こ, 1点嬰-, 2点-となるべき所を2点こ, 1点-, 1点嬰-とし, 1点-, 1点嬰-の不 協和音程(属七の和音の中の三全音)を解決した形で,第8小節の右手に1点ト音と白書を同時に 響かせている。全く心にくいばかりである。属七の和音の響きを特色づける不協和音程増四度が正 規に解決されている点および前述の二重旋律線を考えあわせると,第7小節から第8小節に入る右 手の演奏上の配慮はおのずから決ると思う。第5小節から第8小節までの閣,左手は,・第レト節か ら第4小節までの左手部分の変形を繰り返している.和音はDr-T-118i-T?-D7-Tと型通りの終 止形である。 以上の第一主題につづいて,第8小節第2拍後半から第25小節までは第26小節から始まる第2主 題(ニ長調)に入るまでの経過部であるが,この間,ト長調からニ長調への転調が行なわれている。 右手の旋律は,第6, 7小節の右手のシンコペーションの形を2倍に拡大した形で繰り返されてい る。第14, 15小節を一つの単位として,同じ形が3回くり返され,帝も回を重ねるごとに音が高く QI.
西 勇 恕 〔研究紀要 第19巻〕 166-なる。楽譜のcresc.の意味はそこにあると思う。この部分の左手伴奏部の最低音も順次進行で上 行しており,右手旋律部の盛り上がりを一層効果的にしている。しかし、和音の推移は殆んど一つ 又は二つの共通音を持っていてレガートであり,おだやかである。従ってcresc.は余りはげしくな い方が良いのではないかと思う。第13小節から第14小節に移る際に二つの和音に共通音がないが, この関係は,本来共通音を有するT-Sの連結のSの代用として二度の短三和音が第一転回の形で 使われており(第一転回は低音にSの根音がくるので一層S的となる) ,レガートの感じを損うも のではない。むしろ短三和音であるために,長三和音であるSよりも柔和な感じになる。この二度 の短三和音は,第14小節第2柏で半音階的に-ー嬰-となって二度の変化和音(長三和音)に転じ, これをニ長調の属和音に読みかえて次の小節でニ長調の主和音に進む。しかし,これは転調として は少し弱い(Sが出現しないから)。むしろ一応軽くニ長調の主和音(ト長調の属和音でもある)を 出しておいてから,第16小節でニ長調をしっかり固めているように見受けられる。即ち,第16小節 にはニ長調のSの代用としての二度の和音と七度の減三和音(D叉はD7的)とが現われている。和声 学における理論としての転調論と実際楽曲のちがいと言うべきか。第14小節∼第15小節および第18 小節∼第19小節に見られる低音の半音階的(Chromatic)進行は,その名の如く色彩的である点に 注意したい。 次に第二主題について述べよう。 先ず右手に三度の二重唱が現われる。これは第一主題の第5小節第1柏の右手のリズム形が出現 してそれを3回くり返し,第29小節第2拍目の1点ト音まで下行の順次進行が行なわれる。譜例5 の如くである。これに装飾が施されて原譜のようになる。第29小節では右手の旋律がいきなり和音 内の音(第2拍)に入るのを避けて,第1拍目で転過音が現われて1点ト音に入るのに待ったをか けて気をもたせた形になっている。従って演奏に当たっては当然第1拍目から第2拍目にかけて, 5 dim.で奏すべきである(楽譜には明記がないが)。第26, 27小節の左手は同音をオクターブ距てて 奏されるが,これは第一主題の最初の2音叉は第4小節第2柏に現われる十度の跳躍に見られる要 素を取り入れたものと考えられる。第26小節∼第29小節の4小節間,和音はT-D7という簡単なもの である。これにつづいて第30小節から第33小節第1拍目前半まで,同じ形がDt-Tでく り返される。 この場合,′第29小節に見られる転過音はない。以上8小節の前半後半はそれぞれT-Dt, Dr-Tと なり問答の形(対話の形といってもよい)をとっている。第32小節から帝33小節に入る右手のフレ ージングは,譜例6のように版によってa, bの二種類があるが,上述のように考えるとbが適当 6 n
167 演 奏 の た め の 楽 曲 解 剖 で昼ないかと私は思う。従ってその後もスラーは譜例6のCのようになる。 第33, 34小節はニ長調のT, D7がくり返されるが,第35小節ではいわゆる三っ目の変化が見られ る。即ち第1拍後半をニ長調六度の第一転回とし,これをイ長調二度の第-転回と読みかえてSの 代用とした後,Tf-Dr-Tとイ長調-全音階的転調をしている.しかしこのイ長調のTを直ちにニ 長調のDとよみかえて次はニ長調として曲が進展する。第37, 38小節は,これをオクターブ上に移 しているので,ニュアンスを変えてひくような配慮が必要だと思う。また,第43小節第1柏後半の 右手の部は,再現部と同様にひいて差支えないと思う。その場合, 3点嬰-音が現われるわけだが, その頃ベートーベンの使用していたピアノは,この音から上の鍵盤を欠いていたので,やむなく再 現部のそれとは違ったかき方をしたものと思われるからである。第44, 45小節はニ長調1│-D7-T と定石通りに運ばれており,当然のことながらT宝は強拍部におかれ,更にその効果を一層強調する かのようにsfの記号が付されている。つづくD7はフォルテのニュアンスの中ではあるが,決してア クセントを伴ってはいけない。同じことが第46, 47小節にみられるが,第47小節のp-dim.で奏す る万が自然ではないかと思う。 (楽譜には何等の指示もないが) つづく終結部は,あたかも絃楽四重奏のようになっており,ソプラノとバスが相呼応する。ソプ ラノの旋律にアルトが三度で平進行しているのは,対位法的効果はなく,音色の豊かさを求めてい るものと見たい。ソプラノの旋律はespressivoに浮かび上がり,アルトは多少弱めに奏すべきだ と思う。第60, 6レト節に見られるsfの部分はD7という不協和音になっており,これが次のT-解決 されている。不協和は解決されて次の安定を求める部分に当たり,アクセントを伴い易いのである が,その自然の要求を更に強調したいとの作曲者の気持と解したい。又, sfによってシンコペーシ ョンの効果になっている。第62小節では直ちに主和音に入るのを遅らして前のD7の四つの音が繋留 として残る。繋留も解決を必要とする不安定部だが,それをsfとし,第63小節でT-解決される時 の効果を大きく している。 B 展 開 部 展開部は,先ず第一主題が同主調ト短調で始まる。第70, 7レト節は,最初の動機が圧縮された形 で左右交互に現われ,緊迫感を作り出している。譜面のcresc.はそのような意味を持っている。 つづいて,第72, 73小節において,第-主題の動機の一つの要素をくり返して橋渡しとし,第74小 節の第二主題冒頭部を導く。演奏では,第72, 73小節をdim.として第74小節のpを導く方法と, f として第74小節を直ちにpとする方法の二つが考えられる。第二主題部の冒頭部は第78, 79, 80小 節で6回もくり返してdim.ppとなった後,いきなりfで第1主題が左手で奏される。右手は 三遺書で伴奏を司る。第107- 114小節の左手八分音符の動きは,第一主題の要素の変形と考えら れる。第115 - 118小節の4小節が,第119, 120小節の2小節と半分の長さにちぢめられ,緊張 感を表わしている点に注目したい。発想記号のcresc.は当然である。この急迫感を,右手を更に高く することによって最高潮に持っていっているのが第121, 122小節であり, ffの意味も了解出来る。 ㌍l
さ 西 勇 恕 〔研究紀要 第19巻〕 168 それが第124小節の2点嬰-音でフェルマータとなり,不安定のままで展開部を終わる。この不安 定な嬰-は当然次にこ音に入って落ちつく傾向を持っており,第-主題がこ音から始まって再びお だやかな対話となる。 C 再 現 部 第124小節後半から再現部になる。この部は特に記すことはないが,ここでは第二主題がト長調 で現われる。第188小節から終わりまでが第一楽章全部の結尾部であり,第一主題の二つの素材 (冒頭部と第5小節)を使って出来ている。
ⅠⅠ第 二 楽 章
この楽章は第20小節までの主題と,その変奏とから出来ている。 r ^^^^cjH 冠 先ず-長調に始まり,上属音調ト長調に終わる8小節のA部が現われる。スタカートで歯切れよ く整然と刻まれるリズムであるが,後半8小節のB部はこれと対照的にレガートの四重奏。そして 最後に4小節の結尾部がつづく。和声的に作られているが,当然のことながら,対位法的な手法が 潜在的に強く働いていることを見逃がすわけにはいかない。例えば最初の動機のソプラノとバスを 抜いて記してみると譜例7のaのようになっており,つづく2小節ではbの如くアルトとバスの関 係で対位法の原則が働いていることが看取できる。又,第2, 6, 7小節の二分音符が安定部分と ∧7 a b m m im m 一X #P k L `′ H . t^▲ ■IV 【′ TL 【l ′ ^ fc. ■ ▲ m IY If サ `′ . k (/ I CV k. 【一′ ■、ーEJ n . r r t. t r //TV U v V¥ ■■ー- ■一 一 ■′′ ■′ ′ ■ ■■ー- ▲▼M m ^ m m m m w M ■■ ′ 11 ー′ -v i/ t r^i tw^ m m wrn m am w- u 」 ▼ ■ ■ / I / / iwrn am m m m m m t一 I, ■㌢ -4- y - -* - * L l ∫ -* . -4-L l 蝣* 蝣 蝣* - x h Lw m jm mM i TW l¥m *M lfA '^ r m *JM M K * M m WL''AIV 1% iw L 'mi^ -m 'm m m m i缶wa rm *n *- I"* At V . 1 ,77 3 J- `^ w 【′ ー w m xr^ m r - - - w m m kv m m m 叫■■ ォ / I f I I 一r J - - WF WJTM I I * ¥^ W I / ー ▼ I I ¥M ▼ l′ ^ ^ *J>1 J 11 ▼ 蝣 m i/ a Y f * r r r O " なって,旋律およびリズムの流れをひきしめている効果は大きいものがある。特に第6, 7小節の 場合は cresc.の頂点として強調したい所であり,演奏に際しては,作曲者のそうした気持を確 実に理解しておきたいものである。第2小節にはみられないsf記号が特に付されている意味もそこ にあるものと思う。第12, 15小節に見られる切分音の効果も見落としてはならない。第15小節の場 合は, sf記号があり,直ちにdim.してpに入る。このすぼらしい効果は十分表現したいものであ る。 結尾部の前半(第17, 18小節)は, Aの冒頭部が素材となっており,第18小節の二分音符(結尾 部だけの頂点をなす)に向かって進む半音階進行は注目に値する。この部分の弱拍部にsfがつけら れてシンコペーションの効果を出している。第17, 18小節はcresc.で奏することも可能であるよ うに思う。最後の2小節(第19, 20小節)は,頂点1点-音の後を受けて弱く奏される。第20小節 は,第16小節を1オクターブ下げただけ。スタカートとピアノが非常に効果的である。
*k 169 演 奏 の た め の 楽 曲 解 剖 B 第 一 変 奏 主旋律は中声部に移る。左手によって奏されるが,左手の受け持つ二声は,あたかもホルンの二 重奏を思わせるレガートで柔かい運びになる.右手の声音蔀は副の役割になるが,もちろんそれ自 身の独自の発想を持つ。第37. 38小節は主題部`とちがい,切分音のリズムに変えられる。 C 第 二 変 奏 第41小節から始まり,スタカートで軽快に躍動する。特に左手はそうで,八分音符の符尾を結ば ずに,いちいち分けて書いてあるのもそうした気持を表現したかったのかも知れない。楽譜によっ て,、左手に円滑弧線があるのと,そうでないのとあるが,上述の理由で弧線のない方が適当ではな いだろうか。主題部と違い,左手に3小節にわたって-音が保続され,且つ譜例8のように半音階 進行を交えた下行の順次進行が見られる。叉,第61-64小節において,右手最高部の旋律が反復叉 8 / -蝣蝣蝣蝣VHHBMMIWBHil L -Hft ll
/'町YryrYryyxyyy yy yY-p lrpyfty.ftyj′卜YhYft^fj は模倣されて中声部に現われる点にも注目したい。もしオーケストラだったら音色の違った楽器が 相呼応する所だと思う。オーケストラを念頭において弾くと面白いと思う。 D 第 三 変 奏 9 r^^^m F吉 し;蝣'占11 1'u VJ7 r斗vrr J二ts-J--_rr11 2ヒ三二二⊥_L二r上_こ_菱上土_とこriririI王!"*一ト「;「;「∃ El!ヒ_上_」"J二」ヒ…圭≧∃.' し1」し_二jiI-!--!≒≡±二二±二二三 第65小節から始まる第三変奏は,譜例9のように右手に分散和音の音形が現われ,譜例9で八分 音符および四分音符で示したように最高音に主旋律がある。左手はレガートで土台の役割を果たし ている。第84小節第2拍目右手に十六分音符で示される1点-∼1点ロのスケールは, 1点-で終 わる旋律が余勢を駆って1点ロまで上昇した形であり, cresc.であるよりはむしろdim の心持 で奏するのが自然ではないかと思う。 (楽譜には指示がない)っづいて,主題の冒頭の旋律による 短かい結尾が現われてこの楽章を終わる。 ⅠⅠⅠ第 三 楽 章 スケルツォと銘打ってあり,形式は甲一乙一甲-丙-甲一結尾部のロンド形式で書かれている. 典型的なロンド形式は甲一乙一甲-丙-甲一乙一甲一結尾部となるが,二回目の甲一乙一甲が簡略 にされて甲のみで代表され,甲の素材を使った経過旬がつづく。表にすると次のようになる。 (敬 字は小節を示す)
西 勇 恕 〔研究紀要 第19巻〕 170 甲-1-22 丙-73- 138 乙-23-42 甲 139- 189 甲-43-72 結尾部- 190- 254 ・ <サS この部は(1-8) b (9-16) a'(17-22)の三部形式で出来ている。 aは月♪の形の極 \J めて特徴的なリズムで始まり,これを上行音階で3回くり返して第3小節の頂点に達する。第2小 節の二点嬰-は効果的である 第3, 4小節は主和音であるが,左右両手にそれぞれ二つずつの装 飾的な補助音があり,一直線に上昇してきた旋律の持つエネルギーを軽くかわしており,面も第4 小節の八分音符にスタカートが付されている点に深い味がある。やはりスケルツォである。この4 小節は1オクターブ高く繰り返されるが,第7小節第1, 2柏はTB,第3柏はD7となり,第8小節 のTに落ちついてaの部を終わる。
bの部は卑見♪の形と第9小節第3拍目,第10小節第1, 2拍目の三つの八分音符で示され
る形との二つの特徴ある部分動機があり,第16小節のフェルマータで終わる。このフェルマータの 部はD7の和音となっており,次のTの和音によるa'の出現を自然なものにしている。第20小節第3 拍目はト長調の二度の和音の第一転回(Sの代用) ,第21小節第1拍目がTi(強拍部に来るのが首 然) ,第3拍目D7から第22小節のTに入ってa'を終わり,ここで甲の部が終了する。 B 乙 の 部 この部は,ト長調の平行短調ホ短調の属和音がいきなり力強く現われ,直ちにpで三連音のリズ ムが続く。ここの和音構成は,第24小節第2拍目までは属和音のままだが,第3柏目で属七の第三 転回となる。次は当然主和音の第一転回に解決され,第25小節第3拍目で属七の第一一転回となり, 第26小節で主和音におちつく。同じようなことを,次で4小節間繰り返すのだが,ここではホ短調 からロ短調-全音階的転調をする。第29小節第1拍目のホ短調の主和音がロ短調の下属和音に読み かえられて両調の媒介をしている。第2拍目はロ短調Tの第二転回。このような場合の閏は小節の 強拍部にあるのが自然だが,三拍子の場合は第2柏にくることもある,とされる。このような例が この曲の他に,ソナチネアルバム第一巻第10曲クレメンテイ作曲-長調第一楽章にある。 (第17, 22小節)第3レト節から再び同じことを繰り返すが,初めの4小節間はホ短調、のままで終わり,第35 小節でいきなり同主調ホ長調のTを出してこれをイ短調の属和音とし,第38小節でイ短調で終わる。 このイ短調の主和音をト長調の二度の和音と読みかえ,第39小節でト長調のD7を出している。第40 小節は,それを1オクターブ低く反復しているだけ。尚,第25小節と第33小節は,和音は同じだが 右手に変化が見られる。結局,乙の部は4小節単位で同じようなことを四回くり返しているに過ぎ ないが,頻繁な転調によって花やかなものにしている。色彩を豊かにしていると言ってもよいかも 知れない。171 演 奏 の た め の 楽 曲 解剖 \ \ C- 甲 の 再 現 第43小節から再び甲の部に入るが,取り立てて述べることはないo只最後第71, 72小節について 述べてみたい。第71小節はその前から引き続いて-長調の属七であり,第72小節まで第七音2点-音を延長して第73小節2点ホ音に入ることも出来る(D7の第七音はTの第三音に落ちつくのが自 然だから)しかしベートーベンはここに一策を施して第72小節で2点嬰二音を出しているoこれは 勿論和声外書で,装飾的なものである。この2点嬰二音は,半音上行して2点ホ音に落ちつくのが これも自然である。第73小節丙の部の右手旋律最初の音は,こうして面白く且つ自然に導き出され るのである。 D 丙 の 部 丙は,ロンド形式の構成の関係から,他の部に比し際立った部分であるoこの曲でも,この部は, 甲,乙の部に対し,強い対照を示している。即ち,甲の直線的な強さ,乙の花火的な絢欄さに対し て,曲線的な柔和,優美の楽想である。先ず右手の旋律から考えてみたいのであるが,この旋律線 の素描をすると譜例10のようになる。単純ながら美しい旋律であるo順次進行の後に反対方向への 10 ≡- 喜 ^ 跳躍があり,合理的且つ力性的な運びになっている点に注目したいo譜例10第3, 4小節にわたっ ての減五度(ここの跳躍進行の両端の音程は減五度である)から2点二音を導く所と,第6小節の 減五度から主音2点-音を導く所が一対をなしており, 2点嬰-音が実によく利いている。このよ ぅな単純で面も美しい旋律線が,補助音や転過音によって更に美しく飾られているoこの旋律の女 房役をしているのが左手の伴奏であり,十六分音符で刻まれて右手の旋律を温かく包むように出来 ている。いや,むしろ母親の役と言った万がよいかも知れない。 この部は(73-88) -b (89- 108) -a'( 109- 124)一経過部,の如き構造を持つ三部形 式で作られている。 aは語例10で骨格を示した8小節の大楽節が二回くり返される。その和声構造 を四声体で示すと譜例11のようになる。この第5小節で半音階的にニ短調の属和音が現われ,第6 11 12 I ■′ I- ^ - I J ー ■- ■- ■▲■ ・ < m m m 'j r # i ■■、 ∫ 一三 、■ ー 、 ′ ■■、 a o E 'l F f4 *? r > i 、′ ■、 メ- . I 1 * 1 ∫ ■ー■ t 、t J ス ∫ o X ′、 K J I 'J ■、 ■ ▼ ▼ Y → ▼ J . /^ % ォ ′、 r % 【 ■ ■ -M S V 」 ■ l # I J ′■, 〝 】 ■ ■ ノ「 l^ ^ S ^ ^ ^ S ! *」 l `】 ノ、 V 」 I 小節で主和音に進むのだが,この主和音が第二転回である。厳格な和声学の立場から見れば,譜 例12のようにすべきであるに抱らず,このような無理を敢てした理由は,低音の順次進行を意図し たことによるものと思われる。即ち,第5, 6, 7小節に当たる部分を楽曲についてみると,第77 l J
西 勇 恕 〔研究紀要 第19巻〕 172 ∼79小節に当たるわけだが,左手は転過音をまじえながら半音階的下行進行をしていることに注目 しなければならない。 さて,これとほぼ同じことが次で8小節間繰り返されるが,繰り返しの第1小節即ち曲の第8レト 節は-長調の主和音ではない。第80小節は-長調のTだが,それを直ちに-長調のDに読みかえて 次の第8レト節で-長調のD7に入り,第82小節で-長調のTに入る,。このTを再び-長調のSに読み かえて第83小節以下-長調として曲が進行する。 ここでD7について少し触れてみたい。例えば-長調のD7はg, h, d, fの音によって構成され るが,この和音はト長調の和音とみることは出来ない fisでなくfを含むからである。従って嬰 種の調のどれにも含まれない。又同じようにhを含むので-長調の和音とみることも出来ない。従 って変種の調の′どれにも含まれない。つまり,例えばc, e, gの和音が, -長調のT,ト長調の S, -長調及び-短調のD,ホ短調の六度の和音,ロ短調のネアポリタンの和音などに読み得るの に対L g, h, d, fという-長調のD7は-短調のD7に読みかえられるだけである。即ち, g, h, d, fの和音が出現すれば-調であることが確定する。普通,調子の決定には S, D, Tの 三つの三和音を必要とするが, D7を使うと二つの和音で事足りる。この特性を利用して,手軽に装 飾的な転調を試みたのがこの曲の第80, 81, 82小節に見られる転調なのである。このような例は, 初歩の段階における小品にもしばしば見受ける。 さて,曲は第89小節からbの部に入るが,第89, 90, 91の三つの小節では,夫々-長調のD丁とT とが交互に現われる。第3拍目をsfとして性格づけている点に注目したい。これは第97, 98, 99小 節で繰り返されるが,前述のD7の性質を利用して同主調-短調となっている。又,第89-第93小節 は,ト音が保続音としてつづく。第94小節で-長調D7は仮偽終止をして六度の和音となり,これを ト長調の二度の和音に読みかえて第95小節でDが現われ,ついで第96小節で主和音に入る全音階的 転調をしているこ このTをノ.、短調のDに読みかえて,前述の如く-短調Dr-Tの連結をくり返すわ けである。第103, 104小節は,第105, 106小節及び第107, 108小節で繰り返されて,第109 小節から始まるa′部への橋渡しをしている。この三向の繰り返しの間,夫々1オクターブ高くなり, 余韻を残しながら消えていくように工夫されている。第108小節右手の十六分音符の動きは,第104. 106小節の左手の音型の繰り返しなのだが,これは第109小節a′部最初の音-の紙上柏的意味を持 っていると考えられる。このようにして第109小節からaが再現するのだが,第73-第80小節が繰 ● り返された後は簡略にされ,第81-第84小節の4小節は省略される。そして,その尾の部分(第119 120小節)を素材として,第121-第124の4小節間にわたって繰り返されている。ここで三部 形式より成る丙の主要部分を終わり,最初の動機(甲のa)を使って14小節間の経過部がつづく。 E 甲 の 再 現 第139小節から第160小節まで甲の部が正確に再現される。乙一甲は省略され,.第161-第189 の29小節間,甲の素材を使った経過部が現われる。
173 演 奏 の た め の 楽 曲 解 剖 F 接 尾 辞 第190小節から最後までの65小節間がこの取手当たる. a-a-bの三部に分けられる a-24 小節 b-17小節。 aは三遺書を伴奏として,譜例13の形の動機が主和音上と属和音上で交互に繰り返される。第197 13 小節までは2小節単位だが,第198-第200小節では1小節単位に圧縮されて緊迫感を醸成してい る。第238小節から最後までは,低続音の大きなうねりに乗って,最初の主題が奏される。第246 小節以後は,随所に見られた短縮がなされる。そして,最後は短縮されて残った2小節の尾の部分 だけが,軽く消えるように弱く奏されて全曲を終わる。 13