はじめに
高いところからではございますが、このような機会をおつくりいただきました学院長先生、特別顧問先生、理事長 先生にお礼申し上げます。ありがとうございました。 私自身、幼少期から人前に出るのが大の苦手で、教員には最も適していない人間だと思っていましたので、今回、 このように盛大な全学教職員研修会でお話するのが信じられない、ずいぶん不思議な気持ちでいっぱいです。センス・オブ・ワンダー
さて、これから「異国植物へのセンス・オブ・ワンダー -人を動かす花の力-」と題してお話させていただきま す。私が皆様にお伝えしたいのは、この「センス・オブ・ワンダー」が、私たちが生きていく上で、さらには教育にお いても大切なものであるという1点だけです。 「センス・オブ・ワンダー」とは、美しいもの、未知なもの、神秘的なものに目を見張る、驚きの心、ワクワク、ド キドキする感性のことです。「センス・オブ・ワンダー」という言葉は、アメリカの海洋生物学者レイチェル・カール ソン(1907-1964)の著書『The Sense of Wonder』によって一般によく知られるようになりました。レイチェル・カー ルソンの代表的な著書に『沈黙の春』があります。彼女が著した『沈黙の春』(1962年)は、DDTなどに代表される農 薬などの化学物質により、鳥たちが春に鳴かなくなった出来事から、当時あまり問題視されていなかった農薬などの 残留性や生態への影響を訴えたもので、環境問題の告発ということで大きな影響を与えました。彼女は、この『沈黙 の春』執筆中に癌宣告を受け、自分に残された時間が長くないことを知りました。そして、次代を託す子どもたちの 未来を考え、「あなたの子どもに驚異の目を見張らせよう」と題して雑誌に記事を連載しました。彼女の死後、友人た ちがまとめて著したのが、さきほど紹介した『The Sense of Wonder』です。彼女は、著書『The Sense of Wonder』の 中でこのように述べています。 「妖精の力をたよらないで、生まれつきそなわっている子どもの「センス・オブ・ワンダー」をいつも新鮮に保ち 続けるためには、わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを子どもたちといっしょに再発見し、感 動を分かち合ってくれる大人が、少なくとも1人そばにいる必要があります」。 私自身を振り返りますと、幼少期から動植物が大好きで、栽培や飼育、植物園や図鑑類で見た食虫植物やオオオニ バス(Victoria amazonica)(1)などを通して刺激されたセンス・オブ・ワンダーに導かれ、植物たちがどのように生きて いるのかを知りたくて、これまで研究活動を続けられたのだと思っています。このように幼少期に「センス・オブ・ ワンダー」が保ち続けられたのは、いまから思うと母の存在が大きかったと思います。異国植物の魅力を伝えて
私自身のこれまでの研究活動を振り返りますと、ひとつの大きな柱が熱帯・亜熱帯原産の異国の植物に関して、著異国植物へのセンス・オブ・ワンダー
-人を動かす花の力-
土 橋 豊
The Sense of Wonder for the Exotic Plants
Power of Plants for Moving People’s Hearts
-Yutaka TSUCHIHASHI
作活動による紹介と調査および普及に関することです。その中で、特に印象に残る植物たちについて紹介いたします。 1.京都府立植物園の植物たち 京都大学大学院修了後、最初に勤めたのが京都府立植物園で、1981年から14年 間、一貫して温室係に所属し、主に熱帯・亜熱帯植物の収集・保存・調査と利用の 開発を行ってきました。 植物園に就職し、着任した初日にびっくりしたのは、ウシノシタと呼ばれるイワ タバコ科植物、ストレプトカーパス・ベンドランディー(Streptocarpus wendlandii、 写真1)です。葉脈が網目状であることから、双子葉植物であることはすぐに分か りました。双子葉植物とは、皆さんもご存知の、例えば貝割れダイコンのように、 子葉と呼ばれる双葉が普通2枚あります。しかしこの植物は、本来あるべき2枚の 子葉のうち、1枚が早くに退化し、残りの1枚のみが大きく発達して、終生この1 枚のみで育ちます。最初の日に、双子葉植物は文字通り双葉が2枚と習っていたこ れまでの常識が見事に裏切られ、自分の無知に気づき、これは頑張らねばと思った ことを今でも覚えています。 最も印象に残る植物と言えば、奇想天外の園芸名でも知られるウェル ウィッチア(Welwitschia mirabilis、写真2)です。奇想天外は葉が終生2 枚しかなく、ナミブ砂漠にのみ自生する、1科1属1種のまさしく奇想 天外な植物です。大きな個体では、葉は長さ2~3mにもなります。ナ ミブ砂漠はナミビアの大西洋側にある砂漠です。大西洋を北上する冷た いベンゲラ海流の影響で、年間降水量は25~50㎜にも満たないのです が、2、3日に1度程度、海上から霧が流れ込みます。奇想天外はこの 大きな2枚の葉で、霧を受け止め、水分を得ています。 私が植物園に就職した当初、この奇想天外は一般には公開していない 管理温室で、土管を利用して栽培していました。この奇妙な植物を一般の方々にもお見せしたいと、現在ある観覧温 室の先代にあたる旧観覧温室に、先輩技師と植えました。旧観覧温室の立て替えに伴い、新しい観覧温室(写真3)に この奇想天外も移すため、鉄板で囲って根を崩さないように養生を施し、囲った状態で移植するまで管理エリアで栽 培し、再び新しい観覧温室に植え付ける必要がありました。 この作業はなかなか神経の使うものでしたが、無事に活着し、新しい観覧温室がオープンした1992年8月には、日 本で初めて雌株が開花しました。これまで、日本で咲くのは、雄株ばかりでした。タネを播いてから、19年目の開花 です。自生地ではカメムシの1種が花粉を媒介します。ちょうどその時期に日本新薬山科研究所で開花していた雄株 から花粉を譲り受け、人工授粉を行ったところ、特徴的な翼のある種子も得ることができました。種子の採種も日本 初になります。残念な時に、この開花した株は、2004年に盗難にあい、新聞などでも報道されました。私自身は別の 職場に移っていましたが、新聞記事で盗難を知り、大変辛い思いを しました。 また、マダガスカル原産の高さ2mにもなる巨大なサトイモ科植 物チフォノドルム(Typhonodorum lindleyanum)や、花を付ける茎が 2mほどになるラン科植物ユーロフィア・ホルスファリー(Eulophia horsfallii)、マメ科のつる植物ムクナ(Mucuna nova-guineensis)、バオ バブ(Adansonia digitata)など、日本で始めて開花した植物や、極め て珍しい植物を出会うことができました。翡翠色の花が咲くジェイ ド・バイン(Strongylodon macrobotrys)も印象に残る植物です。 2.自生地の植物たち これまで、植物の自生地を多数尋ねて行きましたが、本日は西オーストラリアについてご紹介します。オーストラ 写真1:ストレプトカーパス・ベンドランディー (Streptocarpus wendlandii) 写真2:奇想天外の園芸名でも知られるウェルウィッチア (Welwitschia mirabilis) 写真3:京都府立植物園の観覧温室
リアは、コアラやカンガルーに代表されるように、特異な動物だけではなく、 植物もユニークなものが多いことで有名です。その中でも、西オーストラリ ア州は、まさに特異な植物たちの宝庫です。 オーストラリアは乾燥大陸とも呼ばれ、南半球のオーストラリアでは夏に 当たる1~2月の乾燥期に、山火事が頻発することで有名です。コアラの好 きなユーカリに含まれる揮発性物質によって、風などで枝がこすれたりする と、自然発火により山火事が起き、大地を焼き尽くします。ここで生きる植 物にとって、山火事に耐えるだけでなく、山火事を花が咲く必須条件として いる植物があります。例えば、ススキノキ(Xanthorrhoea preissii、写真4)が 有名で、植物が燃えて生じたエチレンガスがススキノキに作用し、およそ半 年後に開花します。山火事の後は、高い樹木の枝葉が焼かれ、太陽がよく当 たり、植物の灰は養分になります。花が咲き、やがてできるタネの発芽には 好都合なのを知っているのでしょう。ススキノキは、葉の基部が耐火材として材の周りを守り、山火事に遭っても平 気です。 ランの仲間も、山火事後に開花が多く見られるものがたくさんあり、例えばカラデニア・フラバ(Caladenia flava) のように、多くは山火事後の数シーズンは開花します。今回、ご紹介したいのが、このラン科植物ディウリス・パー ディエイ(Diuris purdiei、写真6)です。山火事後の1シーズンのみしか開花しない地生ランで、西オーストラリア州 の州都パース南部の海岸地帯の湿地帯という、限られた狭い地域にのみ自生しています。パース近郊は年々、都市化 と農地化が進み、自生地が減少しているため、このディウリスも特に絶滅が危惧されているランのひとつです。山火 事が起こっていない地域では、このランは地中に眠っているため、生息していても自生地として確認することすらで きません。本種を保護するためには、まず発見することが困難な自生地を確認し、開発による自生地の破壊から守る 必要があります。開発する地域に、実はこのランが地中に生育しているかもしれないのです。西オーストラリア州政 府は、生息地の情報を得るために、開花が確認した際は、報告を求めています。この極めて開花状態を見ることが困 難なランを、奇跡的にも2003年10月に観察することができ、感動しました。 他のランにもユニークな生態を持つものがたくさんあります。例えば、このハンマー・オーキッドの1種ドラカエ ア・リビダ(Drakaea livida、写真5)は、花弁の1枚がこのように、ジバチの雌に似せているのです。ジバチの雌に は羽がなく、土の中に巣を作ります。交尾をする時だけ巣から出てきて、草の葉の先に止まり、雄のジバチをじっと 待ちます。やがて、飛んできた雄は雌を抱えて飛び去り、交尾を行います。ハンマー・オーキッドは、このジバチの 生殖行動を巧みに利用しているので す。このランを雌と勘違いした雄の ジバチが、抱きかかえて飛び去ろう とした瞬間、蝶番によってくるりと 180度回転して、花粉が背中につく ようになっています。哀れな雄は、 懲りずに別の花に同じ行為をして、 受粉することになります。自然界にお いては、雄は哀れで悲しい存在です。 3.大切にしていること 後にお話しますように、園芸の歴史は、常に新しい植物を求め、導入・利用して来た歴史とも言えます。そのため、 扱う植物は極めて多様で、その傾向はこれからも続くと思います。私なりに、異国の植物を紹介する際には、①植物 の素性を明らかにし、それに基づいた国際的に通用する学名を表記する、②野生植物の保護にも留意する、③センス・ オブ・ワンダーを刺激する、の三点が大切ではないかと考え、今後も努めていきたいと思います。 また、2009年12月に出版した『ミラクル植物記』は、私自身がこれまで出合った植物の中から、ワクワク、ドキドキ した植物たちを厳選したもので、今回お話しする植物たちも多数紹介していますので、ご一読いただければ幸いです。 写真4:ススキノキ(Xanthorrhoea preissii) 写真5:ドラカエア・リビダ(Drakaea livida) 写真6:ディウリス・パーディエイ(Diuris purdiei)
人はなぜ花に魅せられるのか
1.最初に花を愛でた人びと 人はいつから花を美しいと感じ、愛するようになったのでしょうか。この問題を考えるとき、ヒントになりうる話 があります。現在の地球上で、花を美しいと感じる生命体は私たちヒト(Homo sapiens)のみです。植物の文化を考え る上で、衣食住のように実用的な植物への関心ではなく、ヒトのみが感じる「花の美しさ」を避けて考えることはでき ません。 イラク北東部のトルコ国境に近いシャニダール洞窟における約6万年前のものとされるネアンデルタール人 (Homo neanderthalensis)の化石骨格とその周辺から採取した土壌標本から導き出されたひとつの推論です。 アメリカ、コロンビア大学のソレッキ博士は、1951年から1960年の間、4回の発掘を行い、6体の化石骨格を発見 しました。これらの発掘経過については、多くの論文により発表されていますが、博士自身の言葉を借りれば「厳密 に専門的な論文では、発見について人間的な興味をそそる内容を十分に語ることはできない」ため、『シャニダール洞 窟の謎』を執筆したとしています。 第4次調査が行われた1960年、4番目の化石骨格が発見され、「シャニダール第4号骨格」と名付けられました。 「シャニダール第4号骨格」は成人男性のもので、発掘の際、採取された土壌標本はパリの先史学研究センターの古植 物学者グーラン女史のもとに送り、分析を依頼しました。女史は数年かけて花粉分析を行い、その土壌標本に大量の 花粉が含まれていることを発見しました。花粉はかたまった状態で見つかり、一部は葯の内部に入った状態を推測で きるような形でありました。骨格周辺の土壌の花粉分析から、葯の状態で洞窟に運ばれたと考えられる花粉塊の状態 のものとして、キク科のノコギリソウ属の1種(Achillea sp.)、ヤグルマギクの1種(Centaurea sp.)、サワギク属の1 種(Senecio sp.)、ユリ科ムスカリ属の1種(Muscari sp.)、マオウの1種(Ephedra sp.)と、他に2種の同定できない 大量の花粉が見つかりました。また、花粉塊ではなくばらばらの状態でアオイ科タチアオイ属の1種(Alcea sp.)の花 粉が多数発見されました。洞窟の中で花粉が発見された場合、風や動物などによる混入が考えられますが、葯の状態 で洞窟に混入したと考えると、風や動物が原因であるとは考えにくいです。これらの結果から、「シャニダール第4号 骨格」は花とともに埋葬されたと推測するにいたりました。グーラン女史の気候変化を考慮に入れた算定から、この 人物は5月下旬から6月上旬に埋葬されたと考えました。死者を手厚く埋葬し、花を手向ける文化を持つネアンデル タール人を、ソレッキ博士は「The First Flower People(最初に花を愛でた人びと)」と名付けました。現在では、死 者に花を手向ける献花という行為は、人間だけが行うものです。また、発見された6体の化石骨格のうち4体から、 病気や怪我のための変形がありましたが、いずれも治癒していたことが認められています。特に、「シャニダール第1 号骨格」の40歳前後と思われる成人男性の化石骨格は、右腕上腕部が異常に萎縮しており、若い時あるいは生まれつ き、右腕が不自由で、成長後、片目も潰れていたと考えられています。この男性は当時の平均年齢より長生きしてお り、部族内の他の人が世話をしたときにしかおこり得ないことです。これらのことから、ネアンデルタール人には死 者を埋葬し、花を手向けるとともに、弱者をいたわり、仲間を大切にする文化があったと推測されます。 現在の学説では、ネアンデルタール人は現代人(Homo sapiens)の直接の祖先ではないとされており、約3万年前に 絶滅したと考えられています。しかし、ネアンデルタール人は私たちの直接の祖先(クロマニョン人など現世人類)と 同じ石器文化を有し、クロマニョン人とともに同じ地域で長く共存していたとも考えられています。ヒトがいつから 花を美しいと感じるようになったという命題には明確な答えは見つかってはいませんが、私たちの祖先もネアンデル タール人と同じような精神文化を同じ時期には持っていたと考えたいと思います。最近のニュースでも、スペイン南 東部洞窟で、ネアンデルタール人がつくった約5万年前の貝でつくった装飾品が見つかったとの報告があります。装 飾品には鉱物でできた染料で色づけされ、「美」を意識する高い精神文化をもっていたことが伺えます。地球上の過去 の一時期において、花を美しく感じ、花を愛でる生命体がネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と、現世人類 (Homo sapiens)の2種いたことになります。 昨年(2009年)秋に惜しまれつつ亡くなられた、日本の動物行動学の先駆者とされる、京都大学などの教授を歴任さ れ、滋賀県立大学初代学長でもある日高敏隆先生は、「人間と動物の違いは、死と美を知っているか否かにある」と、 言っています。このことから言うと、ネアンデルタール人も、私たちとは種族は異なりますが、紛れもない人間であっ たということです。宮崎駿監督の、いわゆる宮崎アニメは自然や環境を扱ったものが多く、私もよく観ることがあります。『天空の城ラ ピュタ』では、主人公のパズーとシータがラピュタに着いた時、墓守をしている園丁のロボットが墓に花を手向ける ために野の花を摘み、差し出すシーンがあります。ロボットがいかに「人間的な心」を持っているかを象徴的に示す もので、地上で戦いに明け狂う人間たちとの対比として描かれていると思います。ちなみに、この園丁のロボットは、 凶暴なロボット兵とデザインが異なり、腕の突起物がありません。また、『天空の城ラピュタ』では、崩壊するラピュ タを最後に守ったのは大きな1本の樹でした。天空の城ラピュタを地球に置き換えると、宮崎駿監督の伝えたいメッ セージがよく分かります。 2. 緑の効用 ヒトの精神文化を語る上で、花や植物を美しく感じ、愛でる文化が重要ですが、ヒトは何を求めて花や植物を求め るのでしょうか。 アメリカのアルリッヒ博士は、植物を見るだけで私たちに大きな心理的、身体的影響を及ぼすことを報告していま す。アメリカ、ペンシルバニア州の病院において、1972年から1981年の10年間、胆嚢除去手術後の入院記録を調査し、 年齢や性別、家族構成、肥満か肥満でないか、喫煙者か非喫煙者かなどを均一にした23組のペアを抽出し、病室の窓 から落葉樹が見える患者集団と、煉瓦塀しか見えない患者集団とを比べました。その結果、入院日数は、落葉樹が見 える集団が7.96日に比べ、煉瓦塀しか見えない集団は8.70日となりました。また、看護師からの記録による否定点(痛 みや不安感)は、落葉樹が見える集団が1.13に比べ、煉瓦塀しか見えない集団は3.96となりました。さらに、落葉樹が 見える集団の方が、強い鎮痛剤を求めませんでした。これらの結果は、落葉樹が見える集団の方が、煉瓦塀しか見え ない集団に比べ、痛みや不安が軽減され、より早く回復することを示しています。この論文は、発表当時、アメリカ の医療関係者に強い影響を与えました。 有名なO. ヘンリーの短編小説に『最後の一葉』があります。肺炎を患ったジョンジーが部屋から見えるツタの落葉 を自分の命と重ねて、最後の1枚の葉が散ると自分も死ぬと考えました。その事を案じた友人のスーが壁面にツタ の1枚の葉を老画家に描いてもらい、落葉しないツタの葉(この場合は壁面に描いたツタではあるが)を見たジョン ジーは病気に立ち向かう気になり、病気は治るというストーリーです。上記の報告を見ると、この小説も本当にあり 得る話と考えてもおかしくないです。このように、植物には「人の心を癒す力」があります。私が担当している園芸療 法では、植物を栽培するなどの作業を伴い、五感を刺激するものですが、植物だけでも心身に影響を及ぼす力があり ます。 地球の誕生は約46億年前、生命の誕生は30数億~40億年前とされ、500万年前に二本足で直立歩行する猿人が出現 し、ヒトへと進化し始めたとされています。この500万年の間、私たちヒトの祖先は、緑豊かな森で生活していたと考 えられます。都市生活を18~19世紀にヨーロッパで起こった産業革命以後としても、その歴史の99.9%以上は自然の 中で生活してきたことになります。植物の文化を考えるとき、ヒトに至るまでの進化の中で、植物と密接に関わって きた長きにわたる歴史を無視することはできません。 3. スイレンの文化史 次に、皆さんも馴染みのあるスイレンについてです。 古代エジプトでは、亡くなってからの生活が困らないようにと、墳墓の壁面などに植物を栽培した庭園を描きまし た。庭園といっても、現代のように観賞するだけの植物を栽培していたものではありませんが、当時の庭園の様子が よく分かり、西洋の庭園スタイルの源流となったものです。エジプトの庭園は、砂漠の砂、ナイル川の増水、あるい は侵入者を防ぐため、高い壁で囲まれ、内部には長方形の池があります。ナツメヤシ(Phoenix dactylifera)やエジプト イチジク(Ficus sicomorus)などが規則正しく植えられています。手に掲げているのは、紙の原料で、英語のペーパー の語源にもなったパピルス(Cyperus papyrus)です。この池の中に生えているものが、青いスイレンとして有名はニン ファエア・カエルレア(Nymphaea coerulea)で、ナイル川に自生しているスイレンです。 スイレンは昼間花が開き、夜は閉じることから、太陽を連想し、太陽神を信じる古代エジプトの人たちにとっては、 生まれ出る命の象徴であるとともに、死者にとっては再生のシンボルでした。このように、古代エジプトでは、スイ レンを特別な存在として考えていました。
第18王朝、すなわちツタンカーメンの時代の記 念碑には、青いスイレンの甘い香りを嗅ぐ様子が しばしば描かれます。熱帯原産の青いスイレン、 ニンファエア・カエルレアの花は、私達がよく見 るスイレンと異なり、花茎が水面から伸びる特徴 があり、熱帯性スイレンと呼んでいます。 私たちがよく見るのは水面に浮かぶようにして 咲くスイレンで、これは耐寒性スイレンと総称さ れています。この耐寒性スイレンを愛したのが、 フランスの画家、クロード・モネでした。モネの 絵といえばスイレンを思い出すほどに、モネはた くさんのスイレンを描きました。 モネは自宅を何回も移りましたが、その度に庭園をつくっています。最後の地となったジヴェルニーには、43才の 時の1883年に移り住みましたが、彼の理想とする庭園が徹底して造られ、スイレンを栽培する水の庭園も作成しました。 写真7は、フランスのジヴェルニーのあるモネの庭で撮影したスイレンです。モネが愛したスイレンは、耐寒性ス イレンと総称されるもので、交雑により育成された園芸品種です。モネは1840年に生まれ、20世紀前半の1926年に亡 くなりましたが、スイレンを描くようになったのは晩年の19世紀の終わり頃からです。耐寒性スイレンの育成が盛ん になったのは、19世紀終わりに近い1880年から1900年で、フランス人のマルリアクという育種家によってたくさんの 園芸品種が作成されました。まさしく、モネがスイレンを描き始めた頃で、モネは当時育成されたばかりの新しい花 であるスイレンを、異国の植物と同じように受け止め、いち早く美しいと感じ、池のある庭園までつくり、次々と名 画を描き続けたのです。創作活動以外の時間は、ほとんど庭の作業時間にあてたと言われています。 当時最新のスイレンにモネの「センス・オブ・ワンダー」が刺激され、心動かされて、創作活動を行ったといえるで しょう。モネにとってスイレンは特別な存在であったのです。モネは、青いスイレンも栽培し、描きたかったようで すが、フランスでは熱帯性の青いスイレンは栽培ができませんでした。 世界各地で『モネを庭』の名を冠した庭園を再現しようと企画されましたが、『モネの庭』の名称は門外不出であり ました。高知県北川村にある『モネの庭』は、当時の担当者の熱意により、特例中の特例として、名称使用を認められ たのです。その際の条件のひとつは、モネが描きたかった青いスイレンを栽培することでした。 4. ヨーロッパの園芸文化 異国の植物を求めて、人は危険をも省みず異国の地に向かうこともあります。 ヨーロッパとアメリカ大陸を結ぶ大西洋航路を発見したクリストファー・コロンブスは丹念に航海日誌を書いてい ます。1493年1月15日月曜日付けの航海日誌によりますと、「彼らの胡椒であるアヒーもたくさんあるが、これは胡椒 よりももっと大切な役割を果たしており、これなしで食事をする者はいない。彼らは、非常に健康によいものだと考 えているのである。これは、年間カラベラ船五十隻分を、このエスパニューラ島から積出すことができるだろう。」(林 屋永吉訳)と記述しています。現地語でアヒーと呼ばれるこのクルミのような果実は、私たちがトウガラシと呼んで いるものでした。当時、ヨーロッパでは肉の防腐や香付けにコショウはなくてはならないもので、15世紀中ごろから 17世紀中ごろ、主に西南ヨーロッパにおける、いわゆる「大航海時代」はこのコショウに代表される香辛料を求めて、 異国の地に進出していったともいえるのです。 ペリー提督の率いる「黒船」の日本来航も、日米修好条約の締結やアメリカ西海岸からの航路の開発、アメリカの捕 鯨船団の極東における基地の確保だけが目的ではなく、日本における植物採集が含まれていたことはほとんど知られ ていません。黒船艦隊には、植物学者と植物採集家(プラントハンター)をメンバーに加えられ、琉球、小笠原、鹿 児島のほか、伊豆下田、浦賀、横浜、函館などで、かなり大規模な植物採集を行い、その標本はハーバード大学や、 ニューヨーク植物園に保存されています。 このように、欧米では植物はまず資源として考えられ、異国の地に出向くときは、植物の探索と収集を重視してい ます。 写真7:モネの庭(フランス、ジヴェルニー)
先に、園芸の歴史とは、常に新しい植物を求め、導入・利用して来た歴史とも言えるとお話しました。実用的な植 物だけではなく、やがて観賞価値の高い植物にも関心が移ってきます。 17世紀にイギリスのパーキンソンが著した『Paradisi』では、当時の花、野菜、果樹類を紹介しています。アメリカ 大陸原産のパイナップルやサボテンの仲間が描かれています。 5. オオオニバスのイギリス園芸文化 ビクトリア朝のイギリス園芸文化についてお話します。 オオオニバス(Victoria amazonica、写真8)は巨大な葉を持つ植物として 有名で、ブラジルのアマゾン流域原産の水生植物です。葉は巨大なたらい を水面に浮かべたような形をしており、このように水面に浮かんでいる葉 を浮葉と呼んでいます。浮葉は最大で直径2mにも達し、円形で縁が反っ ています。浮力が強く、大きな葉なら30㎏程度まで沈まないため、子供一 人乗っても沈みません。葉に大きな浮力と強度があるのは、葉の構造に秘 密があるからです。葉の中央部から放射線状に伸びる太い葉脈で強度を保 ち、それを横切るように走る葉脈は中空になって空気を蓄え、大きな浮力 を生み出しているのです(写真9)。 1801年にアマゾン流域で発見されて以来、イギリスで栽培が試みられま したが、最初に開花したのは約50年後のことでした。最初に開花した花 は当時のビクトリア女王に捧げられました。花の直径は20~40㎝になり ます。属名ビクトリアも女王の名に因んでいます。最初に開花に成功した ジョセフ・パクストン(1803~1865)は園芸家であるともに建築家でもあ り、ロンドンで開催された第1回万国博覧会(1851年)に建設された、長 さ約563m、幅約124mにも及ぶ巨大温室クリスタル・パレスを設計する際、 オオオニバスの葉脈の構造を参考にしました。 このように、植物は発明・発見の原動力、ヒントにもなりました。 6. グライダーのモデル植物 発明・発見のヒントとなった植物をもう一つ紹介します。グライダーの モデルとなったハネフクベ(Alsomitra macrocarpa)です。ハネフクベはつ る植物で、高い樹木につかまって長く伸びます。果実はほぼ球体で、直径 20~24㎝ほどと大きく、熟すと大きな三角形の開口部ができます。中には 翼をもつ種子(写真10)が数百個ほどぎっしりとつまっており、開口部か ら風に乗って滑空していきます。果実は高い所に結実するので、種子は一 度滑空すると100mほど飛翔します。1903年、ライト兄弟が複葉機で飛行距離260m、滞空時間59秒の飛行に成功して います。ほぼ同時代、ボヘミアの織物製造業者エトリッヒ父子は、ハネフクベの種子の滑空についての論文からヒン トを得て、種子を入手し、1904年から1905年にかけてハネフクギの種子をモデルにしたグライダーを製造し、2機目 では約900mの滑空に成功しています。
エキウムに魅せられて
私も今、エキウムに見せられて、心動かされています。最後に、私が現在、甲子園短期大学で行っている、エキウ ム属植物の調査と普及活動について話をさせていただきます。エキウム交雑種(Echium wildpretii × E. pininana、写真11)は、カナリア諸島原産のムラサキ科植物、エキウム・ウィ ルドプレティー(Echium wildpretii)とエキウム・ピニナナ(E. pininana)の交雑により育成されたものです。
エキウム・ウィルドプレティーは、高さ2m以上になります。発芽後、2年目の春に開花し、1度開花すると、株 は枯死してしまいます。サーモンピンクの花色と、銀色に輝く葉色が魅力的な植物ですが、日本の夏の暑さに極めて
写真8:オオオニバス(Victoria amazonica)
写真9:オオオニバスの裏面に走る頑丈な葉脈
弱く、栽培が困難な植物です。日本では、私が京都府立植物園に就職 した翌年の1982年に初めて開花に成功し、その後、各地の植物園など でも栽培されています。 一方、エキウム・ピニナナは、高さは4mにも達しますが、美しさ の点ではエキウム・ウィルドプレティーが勝ります。 エキウム交雑種は、私が甲子園短期大学に着任した2005年に種子を 導入し、2007年4月に国内初開花させました。草丈は両種の中間を示 し、他の形質でもほぼ同様です。大きな個体では高さ3m近くになり、 花数は多い個体で株当たりおよそ9万個もあります。 初めて開花した2007年以来、甲子園短期大学で一般公開をしていま すが、毎年、300人を超える方が見学に訪れます(写真12)。 また、開花時には蜜を求めてニホンミツバチが訪れます。実は、交 雑親のひとつ、エキウム・ウィルドプレティーは蜜源植物として有名 で、カナリア諸島ではエキウムの蜂蜜が特産品として知られていま す。一方、蜜源植物として重要なニセアカシアは5月から6月に咲き ますが、外来生物法では要注意外来生物リストにあげられており、そ の繁殖力ゆえに伐採も検討 されています。ほぼ同時期に開花するこのエキウム交雑種は、ニセアカシ アに代わる蜜源植物としての可能性があるため、現在、地域の養蜂家の方々 と協力してエキウムの蜂蜜の開発を検討しているところです(2)。これまでの 調査の結果、エキウム交雑種は、エキウム・ウィルドプレティーに比べ、夏 の暑さにもよく耐え、栽培も容易で、より大きく、開花時期も早いなど公 共緑化植物として優れた点があり、蜜源植物としても可能性があるため、 今後、普及に努めたいと考えています。
園芸を通して地域と繋がる
植物や園芸は最高のコミュニケーション・ツールと考えており、人と人 を繋げる力があると思います。これまでにも、園芸部の学生たちととも に、西宮市主催の「フラワーフェスティバル in 西宮」に出展したり、作業 所の方々と押し花づくりや、押し花による栞などの作品づくりを行ったり しています。2008年9月には、甲子園八番町自治会の皆さんと協力し、学 生たちと商業施設ららぽーと甲子園前に長さ10mほどの立体花壇を製作し ました。立体花壇は約30㎝角の ユニットを組み合わせたもの で、ペチュニアで「KOSHIEN」 の文字を描きました(写真13)。 また、園芸実習場を地域交流の核として活用したいと考えています。 2009年12月には、フィンランド政府公認のサンタクロースを園芸実習場に お呼びすることができました(写真14)。学院幼稚園の皆様にも大変お世話 になりましたが、学院幼稚園の園児さんや地域の方々をはじめ、学生や私 たち教員もワクワク、ドキドキの楽しい時間を過ごすことができました。再び「センス・オブ・ワンダー」
今年は国連が定める国際生物多様性年に当たり、2010年10月には名古屋市において「生物多様性条約締約国会議 (COP10)」が開催されます。これからは、あらゆる文化や産業の分野で、「環境」をさらに意識する必要があります。写真11:エキウム交雑種(Echium wildpretii × E.pininana)
写真12:本学園芸実習場におけるエキウム一般公開 (2009年5月) 写真13:甲子園八番町自治会との協同による立体花壇 (ららぽーと甲子園前、西宮市) 写真14:フィンランド政府公認サンタクロース (本学園芸実習場にて、2009年12月)
私たちとともに、この地球上に生きる多様な生物とどのようにつながり、どのようにつき合うのかを考えるには、理 論や理屈も重要ですが、まず感性として感じる「センス・オブ・ワンダー」が大切であると思っています。レイチェ ル・カールソンはこうも言っています。 「地球の美しさと神秘さを感じとれる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなま れたりすることはけっしてないでしょう」。 「センス・オブ・ワンダー」は、生きる力にもなるのです。私自身、学生たちとともに、植物や園芸活動などを通し て、ワクワク、ドキドキする体験ができるように、「学生たちとともに驚き、私たちの生きている世界の喜びや感激や 神秘を再発見できる」ことを大切にし、人と植物とのつながり、関係についても視野に入れながら教育研究活動を続 けたいと思います。 謝 辞 学院長先生、特別顧問先生、理事長先生をはじめ、これまでご指導いただきました皆様に、心から感謝申し 上げます。 注 (1)本稿では、日本では馴染みのない植物については、正確を期すために原則として初出時に学名を付記した。 (2)2010年4月19日、本学園芸実習場(イネーブルガーデン)にセイヨウミツバチの巣箱(3群、約4万匹)を置き、 セイヨウミツバチ養蜂によるハチミツ採取を検討した。その結果、マデイラ諸島原産のエキウム・カンディカン ス(Echium candicans、写真15)を蜜源とした良質なハチミツが採取できた(写真16)。国産ハチミツの主要な蜜源 植物ニセアカシア(Robinia pseudoacacia)が外来生物 法による要注意外来生物リストに指定され、駆除の対 象となっており、養蜂においてはニセアカシアに代わ る蜜源植物が求められている。エキウム・カンディカ ンスはニセアカシアに代わる新たな蜜源植物として期 待できる。「エキウム物語」という商標登録を申請し、 2010年11月26日に登録することができた。今後は地域 特産品となるように研究を進める予定である。
参考文献
カールソン,R.1996.センス・オブ・ワンダー(上遠恵子訳).新潮社.東京. エックルス,J.C.1990.脳の進化(伊藤正男訳).東京大学出版会.東京. 林屋永吉訳.1977.コロンブス航海誌.岩波書店.東京. 日高敏隆.2010.世界を、こんなふうに見てごらん.集英社.東京. 小山鐡夫.1996.黒船が持ち帰った植物たち.アボック社出版局.東京. 三甲野祥子・土橋 豊.2009.エキウム属植物の蜜源植物としての可能性.園芸学会近畿支部和歌山大会発表要旨:7. 三甲野祥子・土橋 豊.2010.エキウム属植物のセイヨウミツバチ養蜂における可能性.園学研.9(別2):327. 宮崎良文編著.2002.快適さのおはなし.日本企画協会.東京. ソレッキ,R.S.1977.シャニダール洞窟の謎(香原志勢・松井倫子訳).蒼樹書房.東京. 土橋 豊.2009.植物と文化-総論.p.424-426.石井龍一・岩槻邦雄・竹中明夫・土橋 豊・長谷部光泰・矢原徹一・ 和田正三編.植物の百科事典.朝倉書店.東京. 土橋 豊.2009.ミラクル植物記.トンボ出版.大阪. 土橋 豊.2010.西オーストラリア西南部における野生ランの分布と生態特性に関する調査.甲子園短期大学紀要. No.28:41-51.土橋 豊・三甲野祥子.エキウム交雑種[Echium wildpretii × E. pininana](ムラサキ科)の生育・開花特性.甲子園短 期大学紀要.No.26:55-60.
Ulrich, R. S. 1984. View through a window may influence recovery from surgery. Science 224: 420-421.
写真15:エキウム・カンディカンス
(Echium candicans) 写真16:エキウム・カンディカンスから採取できた蜂蜜ラベルイラストは関根友実氏 (元朝日放送アナウンサー)による