博 士 ( 農 学 ) 藤 井 秀 明
学 位 論 文 題 名
水田利用高度化のための機械化技術開発に関する研究
―福岡県における機械化―
学位論文内容の要旨
近 年 , 我 が 国 の 米 の生 産は 国際 競 争に 耐え うる 低 コス ト化 を求 めら れ る一 方, 長年 の過 剰 生産 基 調 の 下 で , 高 収 益 性作 目の 導入 等 によ る「 水田 利 用高 度化 」が 提唱 さ れ, 高性 能機 械の 高 度利 用 等 を 梃 子 に 稲 麦 大 豆 の 省 力 ・ 低 コ ス ト 生 産 が 推 進 さ れ て い る 。 こ の 状 況の 下で ,従 来の 稲 作農 業 は , 高 性 能 機 械 の 高度 利用 によ る 大規 模低 コス ト 生産 と, 小規 模な が ら作 目の 多様 化に よ る水 田 高 度 利 用 と い う ニ 極化 の方 向に 進 んで いる のが 現 実で ある 。数 的に は 圧倒 的に 多い 後者 に あっ て は , 農 業 者 に は 省 力・ 低コ スト 化 の努 カと とも に ,単 なる 「業 主」 的 農民 から 脱却 した 創 意・
工 夫 に よ る 多 様 な 生 産が 求め られ て いる 。本 論文 は ,水 田率77.6%, 一 戸当 たり 平均 耕地 面 積が 1.18haの 福岡 県 にお ける ,小 型・ 低 価格 作業 機の 高度 化 ・複 合化 およ ぴ 生産 形態 の多 様化 による 持 続 的 な 水 田 高 度 利 用の ため の機 械 化技 術の 開発 を 目的 とし たも ので あ り, 国の 農機 具行 政 施策 の 歴 史 と 福 岡 県 の 水 田農 業技 術の 発 展過 程の 検証 , およ び昭 和41年か ら 現在 まで に行 った 水 田利 用 高 度 化 に 必 須 な 機 械化 技術 であ る 排水 技術 ,家 畜 排泄 物の 利用 技術 お よび 高度 輪作 関連 技 術の 開 発を 内 容と して いる 。
1.国 の行 政施 策 と福 岡県 の農 業技 術 発展 経過
福 岡 県 の 稲 作 は , 繩文 中期 まで 遡 る古 い歴 史が あ り, 以降 ,灌 漑排 水 ,厩 肥施 用, 中干 し 法,
畜 力 犁 耕 な ど を 確 立 し, 稲作 の安 定 化が はか られ て きた 。明 治期 に入 る と, 国の 近代 化施 策 であ る 洋 式 農 業 導 入 と 補 助金 によ る農 具 改良 の推 進を う け, 農学 校を 設立 し て駒 場農 学校 卒業 生 を教
′ 師 と し て 雇 い 入 れ る とと もに ,塩 水 選種 法, 回転 除 草機 ,短 床犁 など の 栽培 技術 ・農 機具 を 開発 し , 稲 作 の 近 代 化 に 大き く貢 献し て いる 。第 二次 大 戦以 降は ,農 業機 械 化促 進法 と農 業改 良 資金 助 成 法 が 福 岡 県 稲 作 の機 械化 を促 進 した が, 昭和40年代 後半 以降 にな る と, 稲作 の機 械化 一 貫体 系 が 確 立 し , 労 働 生 産性 が大 きく 向 上す る一 方, 経 営規 模に 見合 わな い 機械 の導 入な どで 経 営を 圧 迫 す る 事 例 も 顕 著 にな る。 昭和50年代 前半 から 始 まっ た水 田利 用再 編 対策 はま さに 水田 の 高度 利 用 を 目 的 と し た も ので あり ,試 験 研究 機関 は利 用 高度 化に 関わ る研 究 を現 在ま で続 けて い る。
2.排水 技 術の 開発
水 田 の 高 度 利 用 の ため には ,水 田 の乾 湿を 自在 に 制御 する 技術 が重 要 であ る。 本研 究で は ,地 表 水 を 速 や か に 排 水 する ため の農 家 個人 が利 用で き る排 水技 術と して , 暗渠 掘削 機と 簡易 作 溝機
を開発した。 ー 972―
暗渠掘削は抵抗の大きい作業であるが,ロータリティラーの後部に掘削機を装着して,ロータ りの推進カを利用することで,中型トラクタでも作業可能にした。砂壌士および軽埴士で実験し た結果,ロータりによりけん引抵抗が25〜 43%低減し,小麦栽培試験により,本機が排水不良田 での簡易な排水法として実用的であることを明らかにした。本機は平成15年から市販されている。
ついで,更なる抵抗低減法にっいて検討した結果,掘削刃を揺動し,掘削刃と弾丸体の形状・取 付法を工夫することで,乗用管理機やハンドトラクタでも作業可能なレベルまでけん引抵抗を低 減することに成功した。抵抗低減の結果,鎮圧ローラ,鎮圧用卜ラクタ車輪および暗渠掘削機を 組み合わせて,小麦の踏圧と暗渠掘削の複合作業も可能になった。
さらに積極的に地表水を排水するために,幅230 mmで,深さ200 mmまでの溝を圃場にっくる簡 易作溝機を開発した。本機は縦軸式スクリューオーガで作溝・排土するもので,湿田における飼 料 作 に 効 果 が あ る 。 エ ン 麦 で 19% , ソ ル ゴ ー で 30% の 増 収 効 果 を 確 認 し た 。 3.家畜排泄物利用技術の開発
水田に多様な作目を導入して高度利用するためには,地力増強が重要であり,このために家畜 排泄物の利用技術を確立することが必要であるが,農家の事情により,多様な施用法が望まれて いる。本研究では,スラリーインジェクタ,スラリー搬送装置,堆厩肥運搬散布機,家畜糞乾燥 装置を開発した。
スラリーインジェクタは,作物立毛中でも作業できることが重要である。切削刃形状を種カ検 討して,草や刈り株が絡まなぃ刃を開発し,刃の先端にウィングを取り付けることで,スラリー の地表溢流を防ぐことができたが,タンク容量に限界がある小型機では作業効率が低く,実用上 問題であることも明らかとなった。この点を改良するため,作業中のスラリーインジェクタにホ ースで直接スラリーを搬送する装置を開発した。ホース内径およびホース支持法を種々検討した 結果,実用的な搬送方法を開発した。
堆厩肥の一般的施用法であるマニュアスプレッダによる作業は,積み込みと散布に別々の機械 を使用している。本研究では,積み込み・運搬・散布をー台の機械で行う堆厩肥運搬散布機を開 発した。本機はホッパ底部に設けた螺旋状の羽根を正転・逆転することで堆厩肥の積み込み・散 布を行う独自の構造をもっものであり,20PS級の小型トラクタでも作業可能であった。本機を基 にして昭和63年に市販機が開発されている。堆厩肥の水分が高い場合,積み込み時の所要動カが 大きくなる。この点を改善するため,ビニールハウスと太陽熱集熱装置を利用した家畜糞乾燥装 置を開発し,種々の条件下で実験検討した結果,集熱装置の有効性とハウス内換気の重要性を明 らかにした。
4.高度輪作関連技術の開発
高度利用水田における輪作の安定化を目的に開発した不耕起播種機用の作溝・覆土装置は,湿 害の回避と出芽の安定に効果があることを明らかにした。ついで,葉菜類野菜の移植への高速田 植機の利用にっいて検討し,植え付け爪を改良することで,砕土の粗い圃場でも実用的精度で植 え付け可能なことを明らかにした。さらに,汎用コンバイン収穫のための大豆栽培法の検討を行 ー973−
い,平畦栽培が穀粒損失と汚粒の低減に有効なことを明らかにした。稲・麦・大豆の機械化一貫 作業による120 ha規模の組織営農モデルによる実証試験では,稲と小麦で50%以上,大豆で20一‑ 40%の省力化を実証し,水田の高度利用においても省力化には組織化が大きく貢献出来ることを 明らかにした。
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学位論文審査の要旨 主 査 教 授 端 俊一 副 査 教 授 野口 伸 副 査 教 授 松田 從三 副査 助教授 片岡 崇
学 位 論 文 題 名
水田利用高度化のための機械化技術開発に関する研究 ―福岡県における機械化―
本論 文は7章から なり,図83,表97,引用文献53を含む,総ぺージ数159の和文論 文であり,他に参考論文4編が添えられている。
近年,我が国の米の生産は国際競争に耐えうる低コスト化を求められる一方,長年の過 剰生産基調下で,高収益性作目の導入等による「水田利用高度化」が提唱され,高性能機 械による大規模低コス卜生産と,小規模ながら作目の多様化による水田高度利用というニ 極化の方向に進んでいるのが現実である。数的には圧倒的に多い後者にあっては,省力・
低コスト化の努カとともに,創意・工夫による多様な生産が求められている。本論文は,
水田率77.6%,一戸当たり平均耕地面積が1.18haの福岡県における,生産形態の多様化によ る水田高度利用のための機械化技術の開発を目的としたものであり,排水技術,家畜排泄 物 の 利 用 技 術 お よ び 高 度 輪 作 関 連 技 術 の 開 発 を 主 な 内 容 と し て い る 。 1.排水技術の開発
水田の高度利用には,水田の乾湿を自在に制御する技術が重要である。本研究では,地 表水を速やかに排水するために農家個人が利用できる排水技術として,暗渠掘削機と簡易 作溝機を開発した。
暗渠掘削は抵抗の大きい作業であるが,ロータリティラーと暗渠掘削機を組み合わせて,
ロータりの推進カを利用することにより,けん引抵抗を25〜43%低減して,中型トラクタ でも作業可能にし,小規模経営における排水不良田での簡易な排水法として実用的である ことを明らかにした。さらに,掘削刃を揺動し,掘削刃と弾丸体の形状等を改良すること で,ハンドトラクタでも作業可能なレベルまでけん引抵抗を低減することに成功し,鎮圧 ‑ 975―
ローラと組み合わせて,小麦の踏圧と暗渠 掘削の複合作業も可能にしている。さらに積極 的な地表水排水のために,圃場表面に溝を っくる簡易作溝機を開発した。本機は湿田にお ける 飼料 作に 効果 があ り, エ ン麦 で19%, ソル ゴー で30%の増 収効 果を 確認して いる。
2.家畜排泄物利用技術の開発
水田の高度利用には地力増強が重要であ り,農家事情に合わせた多様な家畜排泄物利用 技術を確立することが必要である。本研究 では,スラリーインジェクタ,スラリー搬送装 置,堆厩肥運搬散布機,家畜糞乾燥装置を 開発した。
作物立毛中でも作業できるスラリーイン ジェクタを開発し,切削刃とウィングの形状を 種々検討して,草や刈り株が絡まず,スラ リーの地表溢流を防ぐことができた。また,作 業効率改善のため,作業中のスラリーイン ジェクタにホースで直接スラリーを搬送する装 置を開発し,ホース内径およびホース支持法を検討して,実用的な搬送方法を見いだした。
堆厩肥施用に関しては,積み込み・運搬 ・散布を一台の機械で行う,独自の構造をもつ 堆厩肥運搬散布機を開発した。本機は20PS級の小型卜ラクタでも作業可能であった。しか し,堆厩肥の水分が高い場合,積み込み時 の所要動カが大きくなる。この点の改善を目的 として,ビニールハウスと太陽熱集熱装置 を利用した家畜糞乾燥装置にっいて研究し,集 熱装置とハウス内換気条件を明らかにして いる。
3.高度輪作関連技術の開発
水田における輪作の安定化を目的に開発 した不耕起播種機用の作溝・覆土装置は湿害の 回避と出芽の安定に効果があること,高速 田植機が葉菜類野菜の移植に利用可能なことな どの高度輪作関連技術にっいて明らかにす るとともに,水田輪作体系の現状を調査し,移 植水稲と麦の輪作は春期の作業競合から, 個別経営の規模拡大に限界があることを明らか にした。また,.大型機械を使用した米麦大豆123 ha規模の組織営農モデルによる実証試験 により,稲と小麦で50%以上,大豆で20 ‑‑40%の省力化が可能であり,水田の高度利用に おいても省力化には組織化が大きく貢献出 来ることを示した。
以上のように,本研究は水田の高度利用 のための機械化技術を開発し,その利用条件と 効果にっいて実験研究したもので,特に小 規模な水田高度利用の推進に有用な技術的示唆 を多く含んでいる。また,本研究を基にし て小型トラクタ用暗渠掘削機と自動積み込み式 堆肥散布機が市販されおり,実用的価値も 高いものである。
よって審査員一同は,藤井秀明が博士( 農学)の学位を受けるに十分な資格を有するも のと認めた。
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