学 位 論 文 題 名
博 士 ( 水 産 学 ) 栗 原 秀 幸
海産生物に合まれる有用生化学資源に関する研究
―特に海藻のa ーグルコシダーゼ阻害性糖脂質についてー
学位論文内容の要旨
本研究は海産生物の有用生化学資源を探索することを目的とし、
スクリーニング法の検討と酵素阻害・抗菌性スクリーニング、酵素 阻害物 質の特性に関 する研究を行 らた。海産生物 としては海藻と 無・脊椎動物を対象とし、栄養学・食品学的に重要な3 種類の酵素、
a‑
グルコシダーゼ、ロ‐グルコシダーゼ、チロシナーゼに対する阻 害性と抗菌性を検討した。
a‑
グルコシダーゼ(マル夕一ゼ、スクラーゼ)はロ・グルコシド 配糖体 を加水分解し 、炭水化物の 最終消化に関与 レている。摂取 した炭水化物はまず二糖類まで消化され、小腸膜のゼ・グルコシダ ーゼに よルグルコー スなどの単糖 類に加水分解さ れる。グルコー スは吸 収され食後高 血糖状態を引 き起こすので、 糖尿病患者では この状態にならないようにする必要がある。最近、ゼ‐グルコシダ ーゼを 阻害すること により二糖類 の加水分解を抑 制する方法が注 目を浴ぴており、ゼ・グルコシダーゼ阻害物質の糖尿病患者への適 用が期待できる。
ロ・グルコシダーゼはB‑ グルコシド配糖体を加水分解する。ヒト
はロ・グルコシダーゼを消化管に持たないが、腸内細菌がこれを生
産する。ロ・グルコシダーゼは摂取した毒性物質配糖体を加水分解 レ毒性を発現 に関与するの で、この酵素 を阻害するこ とで外来毒 性 配 糖 体 の 毒 性 発 現 を 抑 制 す る こ と が 期 待 で き る 。
チロシナーゼ はチロシンや ド―パの酸化を 行う酵素でメ ラニン 生成に関与する。メラニン生成作用は、エビの黒変、野菜・果実の 褐変など貯蔵時の食品の品質劣化に、また、ヒトのシミ・ソバ.カス 生成などにも 関与している 。エビ黒変の 抑制や美自作 用化粧品と し て チ ロ シ ナ ー ゼ 阻 害 物 質 の 利 用 が 期 待 で き る 。
本研究では以下の
3点を明らかにした。
(1 )酵素 阻害・抗菌性 スクリーニングのために抗生物質一次ス ク リーニング に使われている 寒天平板法の 適用を試みた 。
a‑およ びB‑ グルコシダーゼ阻害性試験では、それぞれp ・ニト口フェニル・
ゼ‑D‑ グルコピラノシドおよびロ・旦‐グルコピラノシドを基質とし て 用いた。こ れらの基質を含 む「基質寒天 平板」を作製 し、別途 に 、酵素を表 面に塗布した「 酵素寒天平板 」を作製した 。被験物 質 含有ペーパ ーディスクを酵 素寒天平板に 埋め込み、被 験物質を 充 分に拡散さ せた。基質寒天 平板を酵素寒 天平板上にの せ酵素反 応 を開始した 。酵素反応が進 行すると
p‑ニト ロフェノールが 遊離 し て黄色を呈 し、酵素反応が 被験物質によ り阻害される 場合には
p‑ニ ト口フェノー ルが生成せず に無色のまま であった。本方 法は グ ルコシダー ゼ阻害性試験に おいて初めて 視覚的な判別 方法とし て確立できた。
チ 口シナーゼ阻 害試験では、 基質としてチ ロシンを含む寒 天平
板 を作製した 。チロシナーゼ 溶液を表面に 塗布後に、寒 天平板上
に 被験物質含 有ぺーパーディ スクをのせた 。酵素反応が 進行した
場 合 に は 黒 色を 呈 し 、酵 素 反応 が 阻害 さ れた 場 合に は 無色 の まま で あ っ た 。
簡 便 に ス ク リ ー ニ ン グ が 行 え る こ れ ら の 寒 天 平 板 法 に よ り 、 供 試 生 物 の 有 機 溶 媒 抽 出物 を 酵素 阻 害性 と 抗菌 性 試験 に 供し た 。そ の 結 果、
a・グ ル コシ ダ ー ゼ阻 害 性は 海 藻
9種 類、 水 生植 物
1種 類、
無脊 椎 動物
4種類 、 市販 水 産食 品
4種類 で 、ロ ‐ グル コ シダ ー ゼ阻 害 性 は 海 藻
7種 類 、 無 脊 椎 動 物
2種 類 、 市 販 水 産 食 品
5種 類 で確 認 で
き た 。 ま た 、 チ 口 シ ナ ー ゼ 阻 害 性は 海 藻
3種 類 、無 脊 椎動 物
3種 類 で 、 抗 菌 性 を 示 し た の は 海 藻
5種 類 、無 脊 椎動 物
7種 類 で確 認 でき た 。
(
2)ヒ ジ キ (
Hizik冶 ん
siforme)に 含 ま れ る
a‑グ ル コ シ ダ ーゼ 阻 害性 成 分の 特 性を 明 らか に レた 。
a‑グ ルーコ シダーゼ阻 害性 試 験の 結 果を 指 標 にし て 、ヒ ジ キの
n.ブ タノール抽 出物からシ リ
カ ゲル . セフ ァ アッ ク ス
LH ‑20カ ラム および薄層 ク口マトグ ラフィ ー で
2種 類 の 阻 害 物 質 を単 離 した 。 各種 機 器 分析 の 結果 か ら阻 害 物 質の構造を植物の主要な糖脂質である1 ,2 .ジアシル‐3 ‑ (6‑ スルホ.
a‑D‑
キ ノ ボ ピ ラ ノ シ ル )
‑ sn‑グ リ セ 口 一 ル (
SQDG,
1) と その り
= =〓
ゾ 体の
1‑アシ ル
‑3‑ (6‑スル ホ
‑a‑ D‑キ ノボ ピ ラノシ ル)
‑sr7‑グ リ
= ==
セ 口ー ル
(SQMG,
2)と同 定 した 。
HO
O
R20
―−・
R1=R2=Acyl SQDG (1) Ri=Acyl, R2=H SQMG (2)
ORi
(
3)ヒ ジ キSQDG と
SQMGのば ・グルコシダ ーゼに対する 阻害 活 性 を 求め た 。ヒ ジキ
SQDGは 酵母
a‑グ ルコ シ ダー ゼ に対 し て拮 抗 阻害 を 示し 、 その 阻 害物 質 定数Ki は2 .
9+0.3 VMだっ た。ヒジ
1キ
SQDGの 阻害 活 性を 他 植物
SQDGの阻 害 活性 と 比較 する た めに 、 市販 (Plant le af 由来 )
SQDGとフジマツモ (Rhodomela larix )
SQDGの阻害 活性を求.めた ;両者ともに 拮抗阻害を示 し、Ki の値 も同 じであることか ら、構成脂肪 酸の違いは酵 素阻害活性に 影響 を 与 え ない こ とが 明ら か とな っ た。 阻 害率 の比 較 によ ル ヒジ キ
SQMGの 阻 害 活 性 は
SQD.Gの 阻 害 活 性 よ り 強 か っ た 。
SQDGを 単 離 す る 過 程 で 粗 糖 脂 質 画 分 が
SQDGの
a‑グ ル コ シ ダ ーゼ阻害を抑制することを確認した。その原因を検討したところ、
植物糖脂質の1 ,2‑ ジアシル‐3‑ (6‑a‑D‑ ガラクトピラノシル‑B ‑D ‑ ガラ クトピラノシル )‑ sn‑ グリセ口一ノ レ(
DGDG,3 )がSQDG の
a‑グルコシダーゼ阻害性を抑制した。
OH DGDG (3 )
O
o̲IL Alkyl
速度論的解析から、SQDG とDGDG 存在下でのa‑ グルコシダーゼ
反応の速度式(1) は、
V− −
Vmax xS
[SQDG]
[
SQDG]S+Kmx1
十 一
一 ― −
X− − − ―
閥
【
SQDG]十
Cdilx[DGDG]た だ し 、 v : 反 応 速 度 S :基質濃度
Ki :阻害物質定薮 [DGDG ]:DGDG 濃度
Vmax
: 最 大 速 度
Km: ミ カ エ リ ス 定 数
[
S QDG]:
SQDG濃度
Cdil: 希 釈 係 数
の よ うに なる 。 すな わ ち
DGDGが 存在 す ると 拮 抗阻 害反 応 速度式 の[
S QDG]に[
SQDG]/([SQDG] 十Cdilx [DGDG ])(=A )が乗じら れ て いる 。
Cdilが
1で ある な らば 、
Aは
SQDGの モル 分 率に 他な ら な い 。 し か し 、 本 研 究 に お い て
Cdilは
10.3と 求め られ 、
DGDG1分 子 が
SQDG 10.3分 子 に 相 当 す る こ とを 考慮 し たSQDG の 分率 を 表し ている。また 、
DGDGは単独ではロ・ グルコシダー ゼに対レて 阻 害 も促 進効 果 も示 さ なか っ た。 これ ら の結 果 から 考 察す ると
DGDGは 酵 素 に 影 響 を 与 え て い る の で は な く 、
SQDGと 混 合 ミ セ ル を 形成 する こ とで
SQDGの阻 害 効果 を 抑制 ( 希釈 )し て いるこ とを明らかにした。
本研究において海産生物成分の有効利用のために酵素阻害性・抗 菌 性をスクリー ニシグした結 果、新たな利 用方途を期待できる海 産生物成分を多数明らかにできた。そのうち海藻から得られたゼ‐
グ ルコシダーゼ 阻害物質の構 造を解析した ところ、既知化合物で
は あったが植物 糖脂質と同定 できた。植物 糖脂質の
a‑グルコシダ
ーゼ阻害性はこれまでに報告例がなく、新たな利用方途の開発を
期待できる。さら に、SQDG と
DGDGが混合状態で存在したとき
にSQDG の酵素阻害性が抑制されることを明らかにし、速度論的
解析によりこれまでに報告例のない抑制メカニズムを推定した。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査
教授 教授 助教授
羽田野 西田 高橋
学 位 論 文 題 名
六男 清義 是太郎
海産生物に合まれる有用生化学資源に関する研 究 一特に海藻の a ―グルコシダー ゼ阻害性糖脂質について―
本研 究は 海産 生物 の有 用生 化学 資源 を探索することを目的とし、海藻と無脊 椎 動物 を対 象に、栄養学・食品学的に重要な2種類の酵素ロ‐グルコシダーゼと ロ ‐グ ルコ シダ ーゼ につ いて 、そ の活 性阻害性スクリーニシグ法の検討と酵素 阻 害物 質の 特性 に関 する 研究 を行 った も ので ある 。
本論 文で は以 下の3点を 明ら かに した 。
(1)a‑とロ‐グルコシダーゼ阻害性 試験法としてp‑ニ卜ロフェニル‑a(ロ)
‑ D‑グ ルコ ピラ ノシ ドを 基質 とし た寒 天平板法を考案し、その適用を試みた。
こ れら の基 質を 含む 「基 質寒 天平 板」 を作製、別途に、酵素を表面に塗布した
「 酵素 寒天 平板 」を 作製 した 。被 験物 質含有ぺーパーディスクを酵素寒天平板 に 埋め 込み 、被 験物 質を 充分 に拡 散さ せた。基質寒天平板を酵素寒天平板上に の せ酵 素反 応を 開始 させ 、酵 素反 応が 進行するとp‑ニト口フェノールが遊離し て 黄色 を呈 し、 酵素 反応 が被 験物 質に より阻害される場合にはp‑ニト口フェノ ー ルが 生成 せず に無 色の まま であ った 。このことから本法はグルコシダーゼ阻 害 性 試 験 に お い て 初 め て 視 覚 的 な 判 別 方 法 と し て 確 立 で き た 。 この 簡便 にス クリ ーニ ング が行 える 寒天平板法によって、供試生物の有機溶 媒 抽 出 物 の 酵 素阻 害性 を 検討 した 。そ の結 果、a‑グ ルコ シダ ーゼ 阻害 性は 海 藻9種 、水 生 植物1種 、無 脊椎 動物4種、市販水産食品4種類で、また、ロ‐グル コ シダ ーゼ 阻害 性は 海藻7種、 無脊 椎動 物2種 、市 販水 産食 品5種類で確認でき た 。
(2) 食 用 海 藻の ヒ冫 キ(Hizik艪fusげorme)に 含 まれ る2種類 のゼ ‐グ ル コ シダ ーゼ 阻害 性成 分の 特性 を明 らか にした。ゼ‐グルコシダ―ゼ阻害性試験 の 結果 を指 標にして、ヒジキのn‐プタ ノール抽出物からシリカゲルカラムとセ フ ァ デ ッ ク スLH‑20カラ ムお よび 調製 薄層 クロ マ卜 グ ラフ ィー で2種類 の阻 害
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物 質を 単離 した 。 各種 機器 分析 の結 果か らこ れら の阻 害物 質の 構造 を糖 脂 質で あ る1,2‑ジ アシ ル.3‑(6‑ス ルホ‑a‑D‑キノ ボピ ラノシル)‑sn ‑グリセ口 ール (SQ DG)と1‐アシル‐3‑(6‑スル ホ‑a‑D‑キノボピラノシル)‑sn―グリセロー ル(SQ MG)と同定した。
(3) ヒ ジ キSQDGとSQMGのa‑グ ル コ シ ダ ー ゼ に 対 す る 阻 害 活 性 を 求 め た 。 ヒ ジ キSQDGは 酵 母a‑グ ル コ シ ダ ー ゼ に 対 し て 拮 抗 阻 害 を 示 し 、 そ の 阻 害 物 質 定 数 は2.9よ 0.3 VMだ っ た 。 ヒ ジ キSQDGの 阻 害 活 性 を 他 植 物 由 来 の SQDGの 阻 害 活 性 と 比 較 す る た め に 、 市 販 (Plantleaf) SQ DGと フ ジ マ ツ モ
(Rh odo me艪艪rix) SQDGの阻 害活 性を 求め た。 両者 とも に拮 抗阻 害を 示 し、
阻 害物 質定 数の 値 もヒ ジキ のそ れと 同じ であ るこ とか ら、 これ らの 糖脂 質 の構 成 脂肪 酸の 違い は 酵素 阻害活性|亀影響しないことを明らかにした。また、 ヒジ キ 中 のSQMGとSQDGの 阻 害 活 性 を 比 較 し た 結 果 、SQMGの 方 が 強 か っ た 。 SQDGを 単 離 す る 過 程 で 粗 糖 脂 質 画 分 にSQDGのa、‑グ ル コ シ ダ ー ゼ 阻 害 を 抑 制す るこ とを 確 認し た。 その 原因 を検 討し たと ころ、糖脂質の1.2‑ジア シル
‐3 ‑(6‑a ‑D‑ガラクトピラノシ丿レ‑ p‑D‑ガラクトピラノシル)‑sn‑グリセロール
(DGDG)が 存 在 し 、 こ の も の がSQDGの ロ ‐ グ ル コ シ ダ ー ゼ 阻 害 性 を 抑 制 す る こ と を 明 ら か に し た 。 ま た 、DGDGは 単 独 で は ロ ・ グ ルコ シダ ーゼ に対 して 阻 害 も 促 進 効 果 も 示 さ な い こ と か ら 、DGDGに よ るa‑グ ル コ シ ダ ー ゼ 阻 害 抑 制 はSQDGと の 共 存 下 に お い て の み 示 す こ と が 予 想 さ れ た。 これ ら共 存下 の反 応 を 速 度 論 的 に 解 析 を 行 っ た 結 果 、DGDGは 酵 素 に 直 接 影響 を与 えて いる ので は な く 、SQDGと 混 合 ミ セ ル を 形 成 す る こ と でSQDGの 阻 害 効 果 を 抑 制 し て い ることが 判明した。
こ れら の研 究結 果か ら、 新た な利 用方途か期待 できるグルコシダーゼ活性阻 害 成 分を もつ 海産 生物 の存 在が 多数 明らかになっ た。また、食用海藻ヒジキか ら 既 知化 合物 では あっ たか 、ロ ‐グ ルコシダ―ゼ 活性阻害性糖脂質を単離、同 定 し た。 この 糖脂 質の ヰ‐ グル コシ ダーゼ阻害性 と共存する他の糖脂質の抑制 メ カ ニ ズ ム に つ い て は 、 こ れ ま で に 報 告 例 が な く 、 新 知 見 で あ る 。 こ れ らの 作用 は食 餌性 糖質 の消 化を 抑え、食後の 血糖上昇を抑制することにも な る こ と か ら 、 糖 尿 病 の 予 防 に も 期 待 さ れ る 点 が 大 き い 。 よ って 、本 論文 は海 産生 物の 天然 物化学分野の みならず、水産食品に新たな 機 能 性が ある こと も明 らか にし た点 など栄養面か らも寄与するところが評価さ れ る 。審 査員 一同 は学 位申 請者 が博 士(水産学) の学位を受けるに十分な資格 が あ るも のと 判定 した 。
ー230―