岩医大歯誌 22:1−11,1997
原 著
Prostaglandin E 2投与によるラット臼歯の
実験的移動時における歯根膜の細胞動態に関する研究
小田島 晶子 岩手医科大学歯学部歯科矯正学講座 (主任:石川 富士郎 教授)
(指導:名和 燈黄雄 教授)
(受付:1996年12月19日)
(受理:1997年1月9日)
Abstract:The purpose of this study was to ascertain that local application of prostaglandin E2
(PGE2)produced some effects on the proliferative activity of the cell and collagen synthesis in rat
periodontal membrane during tooth movement. According to Waldo s description, an orthodontic
elastic band was inserted between the upper first and second molar of 7 to 9 weekっld male wister rats. After insertion of the elastic band experimental group,10μg/50μl of PGE2 was injected locally into the mucogingival around the first molar. The control group was injected with 5qμ10f saline for 3,7,and 14days. Twenty minutes before sacrifice, each animal received an intraperitoneal injection of 74 kBq/g of 3H−proline. After the sacrifice,teeth and supporting tissue of the upper molar weredecalcified, embedded, sectioned, and autoradiographed to observe staining of hematoxylin−eosin,
the silver staining of nucleolar organizer regions(Ag−NORs). On the 3rd day s pressure side after
tooth movement, the control group had about twice as many cells with one and more Ag−NORs as
the experimental group. Both on pressure side and tension side on the 3rd day after experimental tooth movement, silver grain labelled 3H−proline specifically increased compared with that of thecontrol group. As to the number of osteoclast,the experimental group specifically increased
compared with that on the pressure side of the control group on the 3rd and 7th days.All the above findings demonstrated that treatment with PGE2 inhibited the proliferation of periodontal fibroblasts and activated collagen synthesis concerning the remodeling by the
activated osteoclast in the begining of tooth movement in rats.Key words:prostaglandin E2, nucleolar organizer regions,3H−proline, rat, tooth movement
The effects of prostaglandin E20n periodontal ligament during experimental tooth movement in
rats.
Akiko ODAsHlMA
(Department of Orthodontics, Iwate Medical University, School of Dentistry, Morioka,020 Japan)
岩手県盛岡市中央通1丁目3−27(〒020)
Z)¢ηL/14〃α θ2レfθ4.L1カ 〃. 22: 1−11, 19972
緒 言
小田島 晶子
矯正的歯の移動は,歯に力を加えた場合の圧 迫側の歯槽骨の吸収と牽引側での骨の添加とい
う生物学的な反応機構を利用して行われる。こ のような歯周組織の改造は,組織を構成する 種々の細胞群が,外部からの刺激に応じてその 代謝活性を変化させることにより,刺激に応じ
た組織の改造が行われると考えられている。
矯正力による歯の移動にともなう歯槽骨の改 造機転については多くの研究がみられるが,そ の中で歯槽骨の吸収に関与する物質として
Prostaglandin(PG)についての報告が多い1・2)。
これまでの報告ではPG投与により,破骨細胞 の増加1−4),歯の移動速度の増大5)などが報告 されているが,一方では骨吸収,骨形成に関し て促進6)と抑制7一1°)の両説が存在し,歯の移動 時の局所因子としてのPGの作用については不 明な点が残されている。
本研究では,歯の移動時にPGE2を局所に注 射して歯根膜細胞の増殖活性および代謝活性に およぼす影響を細胞動態の観点から明確にする
ことを目的として実験を行った。
材料および方法 1.実験動物
実験には7週齢から9週齢のウィスター系 ラット(体重250g:雄)を用いた。実験期間中 は岩手医科大学歯学部動物舎にて一定の環境下
(温度:23℃±1℃,湿度:55%±5%)で飼 育を行い,固形飼料(オリエンタル酵母工業)
と水道水は自由に摂取させた。
2.実験方法
実験はWaldoの方法IDに従って,ラットの 上顎両側第一臼歯(M1)と第二臼歯(M 2)の 歯間部に矯正用ゴム (1/4 1ight elastic,
Unitek)をエーテル麻酔下で挿入した。矯正ゴ ム挿入後,実験群(15匹)にはPGE2(10μg/
50μ1:PGE2・CD,小野薬品)をマイクロシリ ンジ(Hamilton)を用いて, M 1周囲の歯肉粘 膜下に注射した。歯の移動3日群は移動初日に
PGE2を1回注射のみ,移動7日群は移動初日 と4日目の2回の注射を行い,移動14日群は 移動初日,6日目と11日目の計3回の注射を 行った。対照群(15匹)には生理食塩水(注射 用,大塚製薬)を同様に注射した。実験群,対 照群ともに矯正用ゴム挿入後,3日,7日,14 日後に各群5匹ずっ4%パラホルムアルデヒド で灌流固定後,上顎両側臼歯部を摘出し,4%
パラホルムアルデヒドにてさらに10日間の浸 漬固定を行った。
3.観察方法
(1)組織学的観察
上顎両側臼歯部を4%パラホルムアルデヒド で固定終了後,10%蟻酸・クエン酸で3週間脱 灰を行い,通法に従い脱水,パラフィン包埋後,
歯列の近遠心軸に沿って厚さ4μmの切片を作製 し,hematoxylin・eosin(H−E)染色を行った。
(2) Argyrophilic protein of nucleolar organ−
ized regions(Ag−NORs)染色方法
パラフィン切片を脱パラフィン後,Howell and Blackの原法12)を一部改変した武井らの定 着掛3)に準じて染色を行った。染色された Ag−NORs数は油浸対物レンズ下で計測した。
実験群,対照群の細胞1,200個について計測し,
1細胞あたりの核内Ag−NORs数の平均を算定
した。
(3)3H−proline投与方法
歯根膜細胞の代謝活性を比較するために各群 ともに3H−proline(74 kBq/g)を屠殺20分前 にラットの腹腔内に注射した。歯の移動3日,
7日,14日群ともに3H−prolineの注射20分後 に4%パラホルムアルデヒドで灌流固定を行っ た後,顎骨を摘出した。摘出した試料は,速や かに4%パラホルムアルデヒドで10日間の浸 漬固定を行った。固定終了後,10%蟻酸・クエ ン酸にて脱灰した。脱水後,パラフィン包埋し,
厚さ4μmの近遠心的縦断切片を作製した。切片 への乳剤膜の貼付はdipping法14)に従って行 い,オートラジオグラフィー用乳剤NR−M 2
(コニカ)を塗布し,冷暗所(4°C下)で20日
間露出した。露出した切片は,20℃の現像液
PGE2投与による歯の移動時の細胞動態
(D−19)で5分間の現像を行い,5分間の定着
(SUPER FUJIFIX)を行った。水洗後,組織標 本と同様にH−E染色を施した。
(4)3H−prolineの取り込み
接眼マイクロメーターを装着した顕微鏡を用 い,観察部位を第1臼歯近心根遠心面歯頸部領 域を圧迫側とし,第1臼歯遠心根近心面歯頸部 領域を牽引側として単位面積(20×40μ皿2)あ たりの銀粒子数を数えた。計測にあたっては象 牙質上の同面積あたりの銀粒子数をバックグラ
ンドとして計測値から減じた。
結 果
1.組織学的所見
(1)対照群
移動第3日目の圧迫側には,歯槽骨表面のハ ウシップ窩による凹凸がみられ,多数の破骨細 胞が出現し,歯根膜線維は圧迫され,線維の走 行が不規則になっていた。牽引側の歯槽骨表面 は比較的平坦で破骨細胞の数は少なく,一部に 球形の大型化した骨芽細胞が出現し,骨形成を 示す像が認められるようになった。
移動7日目の圧迫側では,移動3日群に比較 して歯槽骨のハウシップ窩は少なく,破骨細胞 数が著しく減少していた。牽引側の歯槽骨表面 および歯槽中隔には核が大型化した活動期の骨 芽細胞が配列していた。
移動14日目になると,圧迫側は歯槽骨表面 のハウシップ窩が新生骨で満たされるようにな り,破骨細胞も少なく,歯根膜線維は伸展し走 行もゆるやかになっていた。牽引側には遊離し ている破骨細胞が若干認められたが,多数の線 維芽細胞が存在し歯槽骨表面には骨芽細胞が配 列するようになった。
(2)実験群
PGE2注射群では移動3日目の圧迫側(Fig.
1A)には対照群と同様に,歯槽骨表面には複雑 な形態のハウシップ窩が認められ,対照群に比 較してより多数の破骨細胞が認められた。歯根 膜線維は圧迫され,線維の走行が不規則になっ ていた。また,歯槽中隔との間には歯根膜細胞
の消失した硝子様変性が認められた。牽引側の 歯槽骨表面は,ほぼ平坦でハウシップ窩の数は 少なく,破骨細胞もほとんど認められず,対照 群と同様に大型化した骨芽細胞が配列して骨形 成を示す像が認められた(Fig.1B)。
移動7日目の圧迫側では,歯槽骨表面に付着 した破骨細胞はほとんど認められず,歯槽骨か ら遊離している破骨細胞が多数みられた。歯根 膜線維の歯槽骨端には淡染性の核をもっ幼若な 線維芽細胞が点在するようになった。歯根膜線 維の傾斜も比較的ゆるやかになり,牽引側には 大型化した骨芽細胞が多数出現し,遊離した破 骨細胞も少数ではあるが認められた。
移動14日目の圧迫側の破骨細胞はほとんど 消失し,牽引側とともに対照群と差異は認めら れなくなった。組織学的には実験群における破 骨細胞の増加が著しい以外は,各移動群とも対 照群と比較して大きな差異は認められなかっ
た。
2.Ag−NORs染色所見
Ag−NORsは核内に茶褐色の点状として染色 された。対照群の圧迫側領域では,平均 Ag・NORs数は移動3日群が1.52個,移動7日 群が1.87個,移動14日群が1.62個であり,対 照群の圧迫側では移動後のAg・NORs数には大
きな差は認められなかった(Table 1, Fig.2)。
対照群の牽引側領域では,平均Ag−NORs数は 移動3日群が2.55個,移動7日群が2.25個,移 動14日群では1.85個であった(Table 1, Fig.
3)。したがって,対照群の牽引側では歯の移動 初期群における細胞分裂の活性が高く,圧迫側 に比較して牽引側における細胞分裂の活性が高 いことを示唆している。
実験群の圧迫側では,平均Ag・NORs数が移 動3日群が0.48個,移動7日群が1.59個,移動 14日群が1.78個であった(Table 1,Fig.4)。
実験群の牽引側領域では,平均Ag−NORs数が 移動3日群が2.54個,移動7日群が2.36個,移 動14日群が2.12個であった(Table 1, Fig.
5)。実験群も対照群と同様に圧迫側に比較して
牽引側における細胞分裂の活性は高いが,実験
4
小田島 晶r
Fig.1.Photomicrographs on the 3rd day after tooth movement treated with PGE2.
A:Pressure side. There are a number of osteoclast(arrow heads)and complicated Howship s lacuna.
B:Tension side. There are higher activities of osteoblast(arrows).
A:alveolar bone P:periodontal ligament D:dentine
Table l. The average number of Ag−NORs/cell in periodontal ligament cells during tooth movement.
Data are shown as mean=S. D..
Group Days Pressure side Tension side Control
4
00 7
1
1.52±0.311.87ニヒ0.20 1.62:と0.35
2.55±0.30 2.25±0.25 1.85±:0.38
Experiment
3714
0,48±0.321.59±0.43 1.78±0.43
2.54±0.19 2.36±0.22 2.12±0.30
Control:Control groups treated with saline.
Experiment:Experimental groups treated with PGE2.
Days:Days when tooth was moved by rnechanical force.
群と対照群の間には大きな差異はなかった。し かし,実験群の移動3日群の圧迫側では他群に 比較して細胞分裂の活性に明らかな抑制が認め
られた。
3.3H−proline投与群の所見
実験群の圧迫側および牽引側における3H−
prolineの取り込みは歯の移動3日群では,い
ずれも対照群に比較して増加するが,その取り
Pressure side of control group
1°°° ﹁
900 800 700
5600
ξ
己 500
=
じ
0
400300
200 100 0
■3days ロ7days
口14days
012345678910
Number of Ag−NORs/Cell Fig.2. Graph showing the number of Ag−NORs/cell in pressure side of control groups.
For Ag−NORs staining,the modified silver colloid method was used.
O 」
工
=﹂コ已一一ω︹︶
124﹁43 87 0000 000065 0000 0000 000009
0
﹁1−l﹂−ーーー﹂ーー!1﹁11
Tension side of control group
■3days ロ7days ロ14days
012345678910
Numbcr of Ag−NORs/Cell
Fig.3. Graph showing the number of Ag−NORs/cell in tension side of control groups.
6
」
∪
工P=コ==O︹︶ 165 0000 000009 000087
0 0 4
000032 00
0
1
「
ーIIIIII﹁﹂IIIIII﹂.II
1ー﹂.
IL﹁.「
1﹂
小田島 晶了 Pressure side of experimental group
0
1 2 34 5
■3days 口7days
田14days
工
67 8
9 10Number ofAg−NORs/Cell
Fig.4. Graph showing the number of Ag−NORs/celI in pressure side of experimental groups treated with
PGE.,.
」 O
OF己コ==O︹︶ 1う﹂− 只∨7 0043 0009 ∩∨0 0000 000065 00 0000
0
←ーlll﹂llIL−ll﹂llll﹂1ーーlI﹁1
Tension side of exper㎞ental group
■3days
口7days ロ14days
0 1 2 3
4
5 6 7 8 9 10Number of Ag−NORs/(≧U
Fig.5. Graph showing the number of Ag−NORs/cell in tension side of experimental groups treated with
PGE..PGE2投与による歯の移動時の細胞動態
Table 2. The average皿mber of silver grains/800μm20f labelled 3H−proline during tooth movement.
Data are shown as mean±S. D..
Group Days Pressure side Tension side Control
4
00
71
1
84.00±29.06 * 135.67±52.74 110.25±27.81109.00±35.69 *
143.08±53.04 150.42±34.36
Experiment
3714
175.17±53.45 * 98.40±30.02 101.00±13.29182.50±51.98 *
125.50±23.84 137.42±28.76
*:Significant in 5%level of significance in the same term and side between control group and experimental group.
250 巴200 § ど150
:言100 芝
50
Pressure side
↓/
3
・・●・・Control group
−
●一一Experimental group250
、、、
7 ユ4 (Days)
。。200
・
§
邑150
§言100 芝 50
Tension side
3 7 14 (Days)
Fig.6. Analysis of silver grain labelled 3H−proline during tooth movement.
Data are shown as mean±S. D..
込みの増加は圧迫側でより著明であった。移動 7日群においては,実験群の3H−prolineの取 り込みは減少し対照群とほぼ同じレベルに達し た。移動3日群以外は実験群と対照群,さらに 圧迫側と牽引側には大きな差は認められなかっ た(Table 2, Fig.6)。この結果はPGE2が移 動初期の圧迫側のコラーゲン合成には,促進的
に作用することを示している。
4.破骨細胞数の変動
実験群の圧迫側の破骨細胞数の出現は歯の移 動3日,7日群ではともに対照群よりも多い が,移動14日群になると両者の間にはほとん ど差が認められなかった。一方,牽引側におけ る破骨細胞の出現は圧迫側にくらべてきわめて
少なく,歯の移動期間中の出現数には大きな変 動はみられず,牽引側では実験群と対照群との 間においても破骨細胞の出現数には大きな差異 は認められなかった(Table 3, Fig.7)。これら の結果から歯の移動にともない圧迫側では破骨 細胞数は増加するが,PGE2により圧迫側の破 骨細胞数の増加はさらに促進されることが明ら かになった。
考 察
破骨細胞と骨芽細胞の機能および分化は様々
な全身性因子と局所性因子によって調節されて
いる。また,局所因子は骨組織の構成細胞に作
用し,細胞の増殖・分化を調節することが知ら
8 小田島 晶子
Table 3. The average number of osteoclasts during tooth movement.
Data are shown as mean±S. D..
Group Days Pressure side Tension side Control
3714
10.58±4.66 *4.73±2.45 * 1.67±1.80
1.08±1.26 2.08±3.35 0.50±0.87
Experiment
3714
17.17±6.60 *16.25±7.55 *
1.17±1.90
0.20±0.40 4.08±3.35 0.18±0.39
*:Significant in 5%level of significance in the same term and side between control group and experimental group.
25
0 5 0 52 1 1
一〇り句﹇⇔OO一〇力O﹂O﹂Oρ已︼コフH
Pressure side
3 7
・・−・・Control group
−一
●一一 Experimen白l group25
14 (Days)
0 5 0 5
(
∠ −⊥ − 一〇り目﹇OOO一ロリO﹂O﹂ω工已コ7﹇Tension side
3 7 14 (Days)
Fig.7. Changes of the number of osteoclast during tooth movement.
Data are shown as mean±S. D..
れているが,種々の局所因子の中でも,PGが 骨吸収及び骨形成における機能的平衡状態維持 の調節機構における重要な調節因子として注目 されるようになってきた15)。
PGは不飽和脂肪酸の一種で,生体のいろい ろな部位で産生され,その近傍で作用し分解さ れ破壊される。そのため,PGは局所ホルモン と呼ばれることもある16)。さらに骨組織は運動,
重力などの物理的刺激にも常時さらされてお り,物理的要因とPGとの関連性も高い17)。今 回は歯の移動時におけるPGE2の局所注射が,
歯根膜細胞の細胞動態にどのように作用するか ということを主眼に検討した。
PGの投与方法には,注射と貼付剤18)による
ものとがあるが,今回は上顎第一臼歯周囲の歯 肉粘膜下に注射した。また,投与間隔について は,山部19)によると移動開始時にPGE2の単回 注射を行った場合は,歯の移動12日後に骨の 変化がほとんど認められず,連続注射を行う必 要性が示唆されている。さらにYamasakiら1)
はPGE2投与3日後に破骨細胞の増加を認め ていることから,本実験では移動3日目の単回 注射を基点として4日間隔の2回注射の移動7
日群と3回投与の移動14日群を設定した。
歯根膜細胞の増殖活性に対するPGE2局所 注射の影響にっいては,Ag・NORs染色法によ り検討した。 Nucleolar organizer regions
(NORs)は核小体形成体とも呼ばれ, rDNAの
PGE2投与による歯の移動時の細胞動態 ループを形成している構造の名称であり,数や
大きさなどが細胞の代謝,増殖,分化などと密 接に関連している。NORs関連蛋白を銀染色で 簡便に染色することが可能となり「Ag−NORs」
染色法として用いられるようになってきた12・2°)。
Ag−NORsの数の増加が細胞の増殖状態を反映 し,分裂指数さらに癌細胞などでは生物学的悪 性度とも有意に相関することが報告され,細胞 増殖の簡便な判定法として利用されるように
なってきた2卜23)。
PGE2をラットに注射し,歯の移動3日群の 圧迫側では,牽引側および対照群と比較して著 しいAg−NORs数の減少が認められた。すなわ ち,PGE2を注射した移動3日群では1細胞あ たりにAg−NORs数0個の細胞が計測した全細 胞の75%を占め,対照群の圧迫側の2倍に なっていた。この傾向は移動7日目まで持続す るが,移動14日目ではほぼ対照群のレベルま で回復した。実験群,対照群ともに圧迫側の Ag−NORs数は牽引側に比較して少ない。この ことは歯の移動初期には,圧迫側の3H・
thymidine標識細胞数が少ないとする須賀24)の 結果と一致するものであるが,この傾向は PGE2注射によって歯の移動初期には,細胞分 裂活性が著しく阻害されることを示している。
また,Wileyら25)はPGEはDNA合成のS 期をブロックして細胞増殖が抑制されることを 報告している。Herrmann・Erlee and Meer 26),
Hakeda27)らはPGE2の濃度によってDNA合 成の促進と抑制の二相性がみられ,低濃度領域 ではむしろ抑制的に作用することを報告してい る。さらにChaoら3)は歯の移動にともなう線 維芽細胞数の減少はPGE2による細胞分裂の 阻害によって生じると報告している。一方,機 械的な刺激のない場合,培養細胞系においては PGE2はprotein kinase Cの活性化によって DNA合成を促進する。しかし,機械的刺激の 加わる圧迫側においてはDNA合成が抑制さ れ,PGE2はさらに相乗的抑制効果を発揮する ものと思われ,その原因は上記の報告から,圧 迫によりcAMP, protein kinase Cなどが抑制
されることによってもたらされる可能性が考え られる。
歯根膜細胞の代謝活性に対するPGE2局所 注射の影響については,3H・prolineの取り込 みにより観察した。実験群の歯の移動3日目に おいて,圧迫側,牽引側ともに,実験群は対照 群よりも銀粒子数が有意に多く(F検定:p<
0.05),その差はとくに圧迫側で明瞭であった。
しかし,実験群の歯の移動7日目,14日目の間 には,圧迫側,牽引側ともに有意差は認められ なかった。iη砂仇oにおける実験でRaiszら28)
は,PGE2の濃度の違いにより骨コラーゲンの 合成の抑制と促進がみられ,PGE2処理の前半 は促進的に作用するが,その後は抑制的に働く ことを報告している。また,Hakedaら29)は骨 由来の細胞株で,PGE2はコラーゲン合成に促 進的に作用し,その増加は対照群の2倍に達す るが,その作用はPGE2処理の早期に出現する ことを報告している。仇励oにおいてもPGE2 は骨梁の骨造成を促進することが報告されてい
る1ぴ11)。
一方,歯の移動にともなう3H−prolineの取 り込みは,松浦3°),島田31)によると機械的な刺激 が過度に陥らない限り,圧迫側,牽引側ともに 実験群は対照群よりも取り込みが多く,牽引側
は圧迫側よりも多いと報告している。本研究に おける実験群の歯の移動3日目の3H−proline の取り込みはいずれも対照群よりも多く,本 来,減少すべき圧迫側で3H−prolineの取り込 みが特に多いことが特異的であった。このこと はPGE2注射により圧迫側では破骨細胞が増 加し,それに伴う骨改造が進展した結果である のか,または圧迫側における破骨細胞の特異的 な増加からみて,骨形成に対する細胞の応答性 が圧迫側と牽引側とでは異なっている可能性も 考えられる。しかし,本来,増加すべき実験群 の歯の移動7日目と移動14日目には数回の PGE2の注射にもかかわらず,3H−prolineの 取り込みは対照群と同じレベルに減少した。こ のことはWaldo法による歯の移動の刺激は4
日から5日が限界であるためにPGE2の効果
10
小田島 晶子
が出現しなかったものと思われる。この傾向は A&NORs数の変動が,歯の移動3日目のみに 特異的に出現し,組織学的には歯の移動7日 目,14日目ともに大きな変化を認めなかった結 果からも推察される。これらの結果から,歯根 膜細胞に対するPGE2の効果は機械的刺激と 相乗的に作用するものと思われる。このことは 歯の移動に対する機械的刺激にともなって歯根 膜細胞のPGの産生が高まるとする山崎ら2)の 報告や,機械的ストレスが骨芽細胞において オートクライン,パラクライン的に作用し,外 因性PGE2自身が内因性のPGE2産生を促し,
そのPGが細胞の増殖と分化を制御するという Kawaguchiら15)の報告からも可能性は十分に 考えられる。また,薬理学的にPGE受容体は EP1, EP2, EP3, EP4の4っのサブタイプに分 けられるが,Sudaら32)は骨芽細胞様MC3T3−E 1細胞にはEP、, EP2, EP4が存在し, PGEは EP、受容体を介して細胞増殖を促進し,分化を 抑制する。また,PGEはEP2,EP4受容体を介 して分化を促進し,細胞増殖を抑制することを 明らかにしている。
今回は実験群の歯の移動3日目の圧迫側にお いて,細胞増殖抑制作用およびコラーゲン合成 促進作用が認められたことから,PGE2はEP、
受容体に作用したことも考えられる。しかし,
どのようなメカニズムで局所的にPGを産生し たり,受容体に作用するかについては,今のと ころ明らかにされていない。今後の研究による 骨に対するPGの多彩な作用の解明に期待した
い。
結 論
Prostaglandin E2の局所投与が歯の移動時 に歯根膜細胞の増殖活性および代謝活性におよ ぼす影響について検討した結果,以下のような 結論がえられた。
1.1細胞あたりに出現したAg・NORs数を計 測した結果,ラットにおける歯の移動3日群の PGE2注射群の圧迫側では対照群と比較して増 殖活性は抑制された。また,圧迫側,牽引側と
もに,3H・prolineの取り込みは対照群と比較 して有意に促進した。
2.PGE2注射により破骨細胞の出現数は対照 群と比較して有意に増加し,骨吸収に対して促 進的に作用することを認あた。
3.実験初期にはPGE2は歯根膜細胞の増殖活 性を抑制するが,骨改造に対しては促進的に作 用することが示唆された。
謝 辞
稿を終えるにあたり,ご指導,ご校閲を賜り ました岩手医科大学歯学部歯科矯正学講座石川 富士郎教授,同口腔解剖学第二講座名和橿黄雄 教授に謹んで感謝の意を表します。また,統計 解析でご指導頂きました同教養部数学科一戸孝 七教授に厚く謝意を表します。数々のご教示,
ご助言を頂きました口腔解剖学第二講座立花民 子助教授をはじめ講座の諸先生方ならびに歯科 矯正学講座の諸先生方に厚く御礼申し上げま す。また,PGE2をご提供いただいた小野薬品 工業株式会社に厚く謝意を表します。
本論文の要旨の一部は,岩手医科大学歯学会 第22回総会(平成8年11月)において発表し
た。
文 献
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