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2根を有する上顎右側側切歯の1例 および文献的考察

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(1)

岩医大歯誌 7:139−144,1982

症 仔

2根を有する上顎右側側切歯の1例 および文献的考察

伊藤一三 宮沢政義* 藤村  阿部真裕 大沢得二 野坂洋一郎

岩手医科大学歯学部口腔解剖学第一講座 (主任:野坂洋一郎教授)**

岩手医科大学歯学部口腔外科学第一講座*(主任:藤岡幸雄教授)**

〔受付:1982年5月15日〕

 抄録:2根を有する上顎右側側切歯の症例を経験した。50才女性から抜歯した資料をもとに,形態学的な らびに先人の報告例と比較検討した結果,過剰根を有する上顎側切歯は現在まで78歯になり,これらの大き さは,日本人平均値より歯冠厚径,歯冠幅径とも,大きな値を示した。本症例は歯根は近遠心的に圧扁さ れ,根尖側%が頬舌的に分かれていた。成因は個体発生における変異によるものと考えられる。

1 緒 言

 ヒトの永久歯において,ほとんどの歯種に過 剰根がみられ,これらに関する報告例は多い。

前歯部は通常単根,単根管であるが,稀に2根 をなすことがある。上顎前歯部での過剰根の出 現率は特に稀なものであると言われている )。

下顎切歯の過剰根の場合2根がほぼ対等の価値 を有する頬舌的2根の例が多いが,上顎切歯の 過剰根は小型で従属的な場合が多く,特に側切 歯の場合は,舌面歯頚溝(斜切痕)の出現頻度 が高く,この舌面歯頚溝が歯根面にまで裂溝が 達し,付属根的様相を呈することが多いと考え られる。今回,我々が遭遇した複根を有する上 顎側切歯は,唇(頬)舌的に分岐し,ほぼ対等 の価値を有する完全分岐型に属するもので,非

常に稀なものと考えられるので,従来の報告 例2 27)に追加するとともに,比較検討をおこな い,若干の考察をこころみたのでここに報告す

る。

皿 研 究 材 料

 50才の女性で,岩手医科大学医学部附属病院 皮膚科にて角層下膿庖性皮膚症のため入院加療 中のところ,歯性病巣感染症の疑いで,本学歯 学部口腔外科に抜歯依頼のあった上顎右側側切 歯である。この歯牙には帯環金属冠が装着され ていたが,その装着時期は不明である。

皿 観 察 成 績 1.大きさ

本症例の大きさは表1の如く歯冠厚径および

Acase of the double−root of the upper right lateral incisor and review of related literature.

 Ichizoh IToH, Masayosi M・YAsAwA*, Akira Fu」IMuRA, Masahiro ABE, Tokuji OHsAwA,

 Yohichiro NozAKA

 (Department of Oral Anatomy, School of Dentistry, Iwate Medical University, Morioka O20)

 (Department of Oral Surgery, School of Dentistry, Iwate Medical University, Morioka O20)*

*岩手県盛岡市中央通1−3−27(〒c20)       Dεη.」.1w碗εMθ4.ση∠ψ. 7:139−144,1982

(2)

表1 歯牙の計測値

岩医大歯誌 7:139−144,1982

(単位 mm)

例  本  症  例 現在までの症例(本症例も含む) 1日本人平均値

 (上條28))

計測部位

2

・翻⑫2平均鮪頼限界駄最小,・

長長径径︶︶径径

側側           ︵ ︵   唇舌厚

幅厚長

歯歯歯歯

§尖鑓鷹畿・1・・

20.15 8.68 7.00 6.85 11、47 9.18 6.70 6.95

藷・100−34・4

56 21.542.88522.14≧M≧20.9425.8018.75 58 10.021.03010.38≧M≧9.6613.00 8.00 56 7.500.452 7.74≧M≧7.26 8.80 6.00 57 6.710.313 6.91≧M≧6.51 8.15 5.70 53 11.742.12612.28≧M≧11.2015.40 9.30

21.91 20.87 9.39  9.15 6.97 6.57 6.42 6.27 12.50 11.73

歯冠幅径において,それぞれ6.85mm,7.00mm と大きな値を示し,日本人女性の平均値28)よ り,それぞれ0.58mm,0.43mm大きい。しか し,他の計測項目の値は,いずれも平均値より 小さい。

2.歯冠

 帯環金属冠が装着されていたが,冠を除去し て観察した。切削のあとはなく正常な形態をと

り,咬耗もマルチンの1度程度であった。う蝕

は唇面から近心面にかけて歯頚側%に象牙質に 達するものと,遠心面から舌面にかけて辺縁隆 線を完全に含み歯髄に達するものがみられる。

 唇面観は切縁と近・遠心縁とのなす角,すな わち,両隅角が丸味をおびて犬歯化の傾向を示 す。舌面観では舌面歯頚隆線の発達が良好であ る。隣接面観は切縁の唇舌的位置が歯軸中央よ

り舌側に位置し,したがって唇側縁の輪廓は弓 状の孤線をなし,この湾曲頂は歯根の上乃に存

図1 2根を有する上顎右側側切歯

(3)

岩医大歯誌 7:139−144,1982

図2 X 線 像 在しあたかも下顎前歯の観を呈する。

3.歯根

 歯根は近遠心的に圧扁され,近心面,遠心面 とも歯頚部より,根分岐部まで比較的深い溝が 走っている。歯根分岐位置は根尖より3.95mm の所にある。歯根長は11.47mmであるので根 尖側約乃が頬側根と舌側根に分かれている。両 根とも,根尖側%は近心にやや湾曲し,歯根徴

も認められない(図1)。

4.X線像

 X線的には歯根外形に一致した完全な分岐根 管を形成し,根管分岐位置は歯根全長の歯頚側

%の高さにあり,非常に高い位置で分岐してい る(図2)。

IV 総括および考察

 ヒトの歯牙において過剰根をみることは稀で あるが,一応どの歯種にも出現する可能性があ

り,多数の報告がなされてきた。それぞれの歯 によって条件が異なっていると考えられるので このような過剰根が,いずれも同一の成因によ って出現したとは考えられない。そこで,上顎 側切歯の過剰根の例を本症例を含めて,先人の 報告と比較検討すると,表2の如くなる。1928 年の中川2)の報告以来1982年までに27回報告が あり,その歯数は78歯に及ぶ。このうち吉田2°)

は34歯報告している。岡本22)らは7366歯の抜去 歯中5歯を報告し,この出現率は0.068%とな

り非常に低率となる。現在までに報告された78 歯中61歯については計測値が記載されており,

この値から推計学的処理法29)により,平均値,

不偏分散,平均値の信頼限界を求めた。この際 の有意水準は1%とした。これと日本人平均値

と比較した(表1参照)ところ,日本人平均 値28)より,歯冠の幅径,および厚径において大 きな値を示している。また78歯の左右側別は左 側33歯,右側36歯,不明9歯である。男女別で は,男性15歯,女性9歯,不明54歯であり,男 性の方が多いようにみえるが,不明とされた54 歯は抜去歯であり,この性別が判明しないと性 差は明らかにできない。性別が判明している24 歯は患者から抜歯したもの19歯,X線診査によ

るもの5歯である。この24歯中両側性に出現し たものが2個体,4歯である。また,分岐型を みると唇(頬)舌根に分岐する型(BL)は20 歯,近遠心根に分岐する型(MD)は32歯,そ の他,遠心舌側に附属根を有する型14歯,近心 唇側に附属根を有する型1歯,近心舌側に付属 根を有する型1歯,3根に分岐したもの1歯,

不明9歯の計78歯である。次に,完全分岐型と 考えられるものは78歯中9歯のみで,明らかに 舌面歯頚溝(斜切痕)と関係し,小突起状の付 属根として現われたものが49歯であり,不明な ものは20歯であった。この様に,舌面歯頚溝

(斜切痕)と明らかに関連し,これが原因とな っているものが62.8%と高率であることは,智 歯とともに退化傾向の強い上顎側切歯の過剰根 形成上の特徴であると考えてよい。この斜切痕 の強く現われた49歯中36歯,約73.5%は,遠心 辺縁隆線と舌面歯頚結節の間に切痕が存在し,

これが根面まで達して過剰根を形成するに致っ たものといえる。今回の我々の1例と浜野3),

村上9)の各1例のように,唇(頬)舌的に圧扁さ れ,唇(頬)側根と舌側根にほぼ平等に分岐し ているものは,上記のような斜切根が関係した 付属根や副根をもったものとは成因が異なるこ

とは明らかである。頬舌的に完全分岐する成因

については癒合説,集中説および分化説など系

統発生学的に意義づけているものもあるが,む

(4)

岩医大歯誌 7:139−144,1982

表2 上顎側切歯過剰根の報告例

1

発表者名

中 川2)

 浜 野3)

2

 佐 藤4)

3

 栃 原5)

4

 本 告6)

5

6 山 本7)

 藤 木8)

7

 村 上9)

8

 河 合lo)

9

10

11

12

13

14

15

16

17

18

牧山らU)

野 田12)

大 本B)

根津らM)

浦 上15)

織田ら16)

吉川ら17)

松田ら18)

柴 山19)

1928

1930

1931

1933

1935

1936

1937

1938

1938

1938

1939

1939

1940

1952

1956

1956

1958

1961

歯種

(左右)

旦 山

2一2一2

旦 旦

「2

21 L2_

12

12

⊥ 止

21 21

根醐 分岐型  歯根数

LLBB

1 

1

134 −1

分岐位置

 根 尖

2

 根 尖

2

B L       2 M D(遠心付属根)2 M D     l〜2

B L(唇側付属根)2 B L(舌側付属根)2

LLBB

1 

1

11

1

1

1

1

1

1

1

1

1

1

1

1

2111

根 尖

遠心斜切痕の続き として歯頸部で 斜切痕が根尖部ま

歯頸→乃 歯頸→%

 根尖殆

2

 根尖乃

2

M D M D

 ラ

 斜

 に

くく

尖   尖

 根

2   2

不 明(近心側短) 2

近心唇側付属根  2

B L

M D(遠心付属根)2

M D 1〜2

遠心舌側に付属根 2

不 明

根中央

不 明

根中央(遠心に斜切痕)

歯頸→纏雛)

遠心に斜切痕

醐一纏劃

 不 明

2

B L(舌側付属根)2

MD(近心付属根)2

M・鷲瓢寄)・

M肌(遠心、舌側付属根)3

遠心舌側に付属根 2

遠心舌側に付属根 2

歯頸→祐

歯頸→乃

歯頸一乃(近心斜切痕)

舌面中央に斜切痕

根尖纏醐)

遠心斜切痕

被検対象

抜去歯

抜去歯

抜去歯

患 者(抜 歯)

患 者(残 根)

患 者(抜歯)

患 者(抜歯)

患者(㍑ト)

患 者(?抜歯)

抜去歯

患 者(抜歯)

患 者(抜歯)

患 者(抜 歯)

患者(影ト)

抜去歯 患者(影ト)

患 者(抜歯)

患 者(抜 歯)

患 者(抜 歯)

抜去歯

備考(計測値記載あり○)

分岐化傾向

笥:

}⌒体・50才゜

}同一個体♂19才゜

硫舌(鞠・・4才・

反対側異常なし ♀ 18才

♂ 26才

♂ 25才(朝鮮人)

♂ 17才

♀ 13才

1柔本中(6歯種)?㍗・

♀ 32才

δ 42才

δ 40才

δ 48才

(5)

岩医大歯誌 7:139−144,1982

19

20

21

吉 田2°)

生 原2D

岡本ら22)

22加藤ら23)

23

24

25

26

27

安 永24)

鶴岡ら25)

大 藤26)

多田ら27)

伊藤ら

78 歯

1961

2{

1962 21

1964

1964

1956

1966

1972

1980

1982

21

』 巳 旦 12

21

山 旦

12

左 33 右 36 不明9

15 19

1

2 1 1 1 1 1

1 1

1

1

1

1

1

MD④, BL(∋,付属

根(7)

MD(勾, BL(5),付属 根⑩

B L

中例 遠

9 17

根切 属斜 付心

}抜去歯

根尖%

2

患 者(抜歯)

M・(灘舌側付)2 M・(齢甜付)2 M・(瓢舌側付)2

M・(近心舌側根付属根)・

M D(遠心付属根)2

MD(灘舌側付)21根尖畷蹴)

MD(遠心付属根)2 M・(平行,根管2)1

MD(遠心付属根)2 近心舌側に付属根 2

M D

根酬群斜切)

根酬宴糊)

根酬群鋤)

根酬獣糊)

離で(遠心斜切痕)

不 明

不 明

遠心斜切痕 歯頸一%麟斜)

・瀬一%麟斜)

患 者(抜 歯)

遠心舌側に付属根 2

B L

抜去歯

}計(劉

患 者(抜 歯)

患 者(抜 歯)

患 者(抜 歯)

歯頸噸窃劉患老(抜歯)

 根尖%で完全分岐

2

B L M D

MDL

遠心舌側 近心舌側 近心唇側

不 明

20 32

1

完全分岐  不 明

14

付属根    49

1

 (内36遠心斜切痕)

1 9

患 者(抜 歯)

 患者(抜歯)19

9

20患者(㍑ト)5  抜去歯    54

♀ 53才(金属冠)○ 不適

♂ 26,♀ 27

7366歯中の5歯

♀ 37

♀ 18

♀ 21

♂ 35

   反対側にも斜

♀ 18

      0    切痕強

♂ 26

♀ 50

δ 15  記載例  61歯

♀ 9  記載なし 17歯 不明54

しろ歯胚形成時に何らかの要因が加わって発生 した可能性の方が強い。野坂ら3°)は複根を有す る下顎犬歯と近遠心的圧扁の強い下顎犬歯を比 較して,分岐根となる原因を圧扁のみに求める のは不適当で,複根を有する犬歯自体正常犬歯 に比べ大きさが小さいことからも,歯の個体発 生途上の変異によるものと考えている。本症例 も,近遠心的圧扁がつよく,顎骨と歯胚の発育

との関連性から,歯胚の機械的圧迫が原因した 局所的因子も考えられるが,むしろ個体発生に おける遣伝的に支配された場の影響と考えたい 症例である。

V 結

 上顎右側側切歯を抜歯した際,複根を有し,

下顎切歯様形態をしていたので,これを観察し

(6)

た。

1.大きさは正常歯より歯冠長,歯根長におい  て小さいが,歯冠幅径および歯冠厚径は大き  かった。

2.歯根は近遠心的に圧扁され,根尖側%が頬

岩医大歯誌 7:139−144,1982 舌側に分かれていた。

3.X線像による根管は歯頚側%から分岐し高 位での分岐を示した。

4.成因は個体発生における変異によるものと 考えられる。

 Abstract:Our report was based on a rare case found in the upper right Iateral incisor with a double root of a 50−year old female patient.

Labiolingual dimension and the mesiodistal dimension of the upper lateral incisor which the root was separated into the labial and the l三ngual side by a deep fissure, was greater than the average measurements reported by Professor Kamijo of Tokyo Dental College in the case which have stu−

died.

In the mesial surface and distal surface of the root the fissures originated from the cervical line to the apex.

Therefore the root separated completly into the labiolingual side from the apical one−third.

According from the observation it may be presume that this case is of the ontogenical type.

        文     献

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