財政投融資と日本輸出入銀行 河 野 惟 隆 目 次 はじめに 第一節財政投融資と日本翰出入銀行 第二節輸銀の業務内容 第三節輸銀の資金調達 第四節輸銀の資金運用 おわりに はじめに 現行の財政投融資は制度的には昭和二八年度に発足したが︑このいわゆる財投の基本的特徴は次のように四点ある︒先ず第一に︑財投は政府による資金の調達・運用であるが︑一般会計のように税収を主とし国債発行による借入金を従とするものではなく︑借入金を主とし︑しかも圧倒的に主とし税収をマイナーに従とするものである︒次に第二に財投として調達する資金は︑その性格も金利も相異なる資金から構成されている︒第三に財投は短期ではなく長 財政投融資と日本輸出入銀行−河野 一
%︑である︒ に対する比率と︑Pに対する比率は︑五%台に上昇しているのである︒ 四六・四%であり︑ ︵以上は第一表︶ 四 一般会計に対する比率を︑昭和三〇年度から五年毎に見ると︑次のようであった︒先ず財投のGN それぞれ三・四%︑三・九%︑五・四%︑五・二%であり︑三〇年代の三%台から四〇年代には 次に財投の一般会計に対する比率は︑それぞれ二九・二%︑三五・九%︑四七・七 昭和三〇年度の約三割から四〇年代には約五割に上昇しているのである︒ともあれ財投は昭和三〇年度から各五年間に二倍以上の増加率で増加し︑GNPや一般会計に対する比率を若干なりとも上昇させたの O このような財投の資金調達と資金運用のうち︑先ず資金調達の方から見てゆくと︑調
︑ ︶ % 率 倍
45
[
87噸達源すなわち財投馨には四種類の原資があ皇業馨特別会蓑藷部蒙32 簡易生命保険︑そして政府保証債・政府保証借入金の四つである︒ ︵以下︑それぞれ産 臥臆40P
64 号゜45績撰糞運用部簡保︑政保と略称する︶.それぞれにっいて簡単に説明すると︑先ず産投位弾
35 51
Q335
模規の
30〜 78 @ ﹄2Q︾ ∩δ Q︾9﹄ 9白 投財俵第度年 囎 額率p計 倍N会 G般投 /一 投/ 投財 財財 ︐﹃用 は六・五%である︒さらに簡保の資金は︑簡易生命保険の積立金であり︑これも一種の省引轡借入金であるので︑運用は貸付の形態で行われ︑貸付金利は六・五%である.最後に政牌 保の資金は︑政府が元利金の返済を保証した民間金融機関からの調達資金であり︑その資 金利は七%台である︒尚︑運用部と簡保には︑特に後者には︑政保として運用されるも
1
ると︑ のが一部あり︑ともあれ には約七割になっている︒金利との関連で見ておくと︑る資金を調達し︑ その時の金利は︑して金利七%台の政保が約一〜二割である︑ 六・五%ではなく七%台である︒又︑これらの原資の融通期間は五年以上である︒ このような四種類の資金から財投原資は成るのであるが︑これらの各原資の原資全体に占めるシェアを見 運用部が過半以上のシェアを占め圧倒的に大きく︑しかも昭和三〇年度の約五割から徐々に上昇して四五年度 次いで簡保と政保がそれぞれ約一〜二割︑そして産投が最も小さく約五分である︒これを 金利ゼロの産投が約五分︑金利六・五%の運用部と簡保が両者合わせて約七〜八割︑そ ということになる︒このように財投は︑資金の性格が異なり金利も異な 運用しているのである︒そこで次に財投の運用について見てゆくことにしよう︒︵以上は第二表︶︒財投は使途別に一二項目に区分して運用されている︒すなわち︑住宅︑生活環境整備 厚生福祉施設︑文教施設︑
︶ 451 3731113㎜1
%位単40 267625
㎜l l
羅泣藷象種豪蝶麗鶴拶潟鱗激緊
瓢原 ー356561919㎜
の投 130ー5511617㎜
財俵第
投部保保 用産運簡政 1計合
譜拠だ︑このグ生プ分け緩めて大雑把なものでしかない.︵以上は第三表︶.籾 ところでこの使途別一二項目への運用は︑各機関を通して︑つまりいわゆ資 る財投対象機関を通して行われている︒この財投対象機関は︑昭和四五年度
財政投融資と日本輸出入銀行−河野五
六
殉●45
[ 瀧羅麗認駕儲肌焔 には五〇ある.しかし.あ五〇の機関が同じようなウエ手矧緻 をも.ている訳ではない.結論か皇見ば︑財投の運用は︑
位弾
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撰豹鷺握駕陰
艘 主として=の機関によって︑つまり一〇の政府関係欝と32で号の 一つの機関として一括された地方公共団体とによって行われ 用 35ー駕鷺尉麗男鷲
45嘯トいるのである.しかも︑先の使途別三習のうち厚生福欄髭祉施設はシェアが最小であることと後で述べる理由から省運別途
30ー
男鴛轟冨駕囎
使の投財腺第度︸﹁年 目 項宅備設設業業旧路信発業力罐施企愚通開産醐華小林鷺∴住生厚文中農国道運地基貿 金当完政はと て地方公共団体によって行われている︒この点について以下財字用鍍腱ヨリ詳細に見てゆこう.寵獺 先ず七習が主としてδの政府関係機関によって行われ料 る点から見てゆくと︑住宅は主として住宅金融公庫と日本住資 宅公団によって行われ︑中小企業は主として国民金融公庫と
にすれば︑ て補完されていると考えられるので︑ 道路は主として三道路公団によって行われている︑ 中小企業金融公庫によって行われ︑農林漁業は主として農林漁業金融公庫によって行われている︒道路は主として日本道路公団によって行われているが︑しかしこの日本道路公団の事業は首都高速道路公団と阪神高速道路公団によっ この三者を一括して一つの政府関係機関として考え三道路公団と名称すること ということになる︒尚︑三道路公団は一〇の政府関係機関の一つとしてここでは考えている︒さらに運輸通信は主として国鉄によって行われ︑基幹産業は主として日本開
林公庫︑教施設︑施設は︑ して使途別七項目は︑つまり住宅︑中小企業︑農林漁業︑主として一〇の政府関係機関によって︑ 三道路公団︑国鉄︑開銀・電発︑ 国土保全・災害復旧︑地域開発の四項目は︑ 特定の機関によって主として行われてはおらず︑ 1 発銀露電源嬰株式会社によって行われ・貿易゜経済協力は主として呈輸出入銀行によって行われてい璽かく 道路︑運輸通信︑基幹産業︑貿易・経済協力の七項目は︑ つまり︵略称して︶具体的に言えば︑住宅公庫・公団︑国民・中小公庫︑農 輸銀によって行われている︒さて次に四項目は︑つまり生活環境施設︑文 主として地方公共団体によって行われている︒残りの厚生福祉 又︑このシェアは︑右の地方公共団体のシェアはもちろん 一〇の政府関係機関のそれぞれのシェアよりも︵一時期の電
紛衝
45
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灘翻鉄銀発銀瀦住住国中農三国開電輸 地 灘そして四五年度は八五.一とな.てお裂このことは先の結鰐論の妥当性を裏付けているのである.︵以上ならびに以下は料 第四表︶︒資 さてこれまでに財投の規模︑資金調達︑資金運用などにつ
財政投融資と日本輸出入銀行−河野七
いて︑年度の三・ さらにこの点について見てゆこう︒そして四五年度が三七九〇億円であった︒ 一一倍︑二倍以上の増加率で増加した︒ 八 ︵4︶ つまり財投全体について見てきた︒そこでこのような財投全体の中で輸銀の動向は如何なるものであったか︑ さしあたり輸銀の財投からの調達額は︑三〇年度が二一〇億円︑三五年度が四八五億円︑四〇年度が一五〇九億円 この増加率を見ると︑三五年度は三〇年度の二・三一倍︑四〇年度は三五 そして四五年度は四〇年度の二・五一倍であった︒つまり輸銀の財投からの調達額は各五年間に この増加率はそれぞれ︑財投全体の増加率よりも若干高い︒ということは︑輪銀の財投全体に占めるシェアが徐々に上昇したということであり︑実際︑そのシェアは︑昭和三〇年度の七・一%から︑三 五年度には七・八%に︑四〇年度には八・五%に︑そして四五年度には一〇.○%
殉率倍45i謝2︒8︒ 10
臥憶40109P1P9 41
?竄フシェア緩めて高いのである︒実際それは︑昭和三〇年度は国鉄と電発に次ぐ
位弾融
35ー85R1Q8 鷲粥三番目の大きさであり︑三五年摩四〇年廉四五年度は国鉄に次ぐ一蕃目の大き藤湖さであった・ヨリ具体的に見ると・輸銀のシェアは・昭和三年度から三四年度に
投鋸銀
30 10 灘かけては小さか・た毎三五年度から四五年度にかけて薯干の変動はあ・たも欄郵のの大体において二番目の大きさであ.た.︵以上は第五表と先の第四表︶︒
輸 一昧第臓錨 しかし︑このことは先にも見たように使途別にみた貿易・経済協力のシェア竺牌 番目の大きさを意味するわけではなく︑このシェアはシェアの大きさとしては中間資 のグループに入っているのである︒つまり貿易・経済協力のシェアは中間のグルi
五六一
二 三 四 五る︒
1
比率が大きく︑傾向としては増加し︑拡大し︑ 臓⑦賭
大は輸銀の資金コストの増加を意味した︒
これは資金コストの拡大を意味した︒つ毎年返済していた︒従って右で見た資金調達額は︑ 醤貼S痒博劃榔︵刈ロー︶ 入金に対してのみ利子の支払いが必要であったからである︒ さらに三五〜三八年度の約七割から︑
と言うのは輸銀は︑それに占める出資金と借入金の合計の占める比率は拡大し︑ 入金との合計に占める借入金の比率は︑最初の三年間を除けば昭和三四年度までは一様ではなかったが大体借入金の ところで資金調達のうち︑出資金については減資は行われなかったが︑借入金については先にも見たように一部づ
︵以上ならびに以下は第六表︶ 三九〜四五年度には約八割に拡大した︒フローでもグロス・フローであった︒
O 出資金に対しては配当支払いを免除されていたし︑借これまでに述べてきたことを要約すると︑資金調達額は 二二
その合計に占める借入金の比率は ︵構濤・葬蓼 この借入金の比率の拡ただ毎年度の借入金は返
粛悩・漂︶
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大きくなっていったことに他ならない︒ 三〇年度は三九五億円︑ 三五年度は二・八九倍︑での資金調達額も増加していた︒ 四〇年度は五・〇二倍︑ 三五年度は二・
四〇年度は三五年度の二・ この五年間の増加率は︑ 一九倍︑欝貼s煽帥翻悔︵メ7受☆︶
三五年度は尚︑
四〇年度は四・二六倍︑ そして約七割へと低下していった︒ 一 四五年度は五・三六倍であり︑ 四〇年度は三・九二倍︑
一〇倍︑このようにネットでの資金調達を行なっていたためにストックでの資金調達も徐々に増加していた︒ 一四二億円︑ 三〇年度は
ネットに対するストックの比率は︑ そこで出資金と借入金との合計についてグロスに対するネットの比率を見ると︑
ただそれでもネットの合計額は傾向としては増加し︑ 又︑ 言い変えれば︑四〇年度は四八六六億円︑
そして四五年度は二・九九倍であった︒ 四五年度は三・七四倍であり︑ そして四五年度は四〇年度の二・八〇倍であった︒ 三〇年度は一
一五・八倍︵四年間の増加率では三・五九倍で異常に高くな グロスに対するストックの比率は︑ そして四五年度は・八八倍︑ これは過去の借入金の返済額が徐々に 実際︑ ︵栂欝・職甲
大雑把に言って前者は約 三七年度以降三 三五年度は三〇 平均残高で見このようにストック 三五年度は二・四 三〇年度は一 粛楓・駅︶
一兆四五四
舳皿趨豆 一 ・・︸
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財政投融資と日本輸出入銀行−1河野 ω切︒︒1$田脚O到韓゜
壬二
るものの︑貸付活動の基軸は輸出に対するもの︑ 罫盤s擬彫醐 三〜四割で︑前者の方が後者より絶えず大きかった︒ ということになるが︑
さしあたり昭和三一年度までは貸付金のほぼ全部を輸出が占めていた︒ 曲︵刈ロー︶ シェアが圧倒的に大きく︑次いでかなり小さいシェアで投資と直接借款があった︒
そして直接借款が約一〜二割であった︒ この船舶輸出とプラント輸出とのそれぞれのシェアは︑ そして三二年度は過渡期で︑
た︒従って貸付金の中では︑船舶とプラントのそれぞれのシェアが最大で︑投資と直接借款とのそれぞれのシェアが かくして︑
この点についてもう少し詳しく見てゆこう︒
三一年度以前と︑ 三四年以降は次のようであった︒具体的には船舶輸出とプラント輸出に対するものであった︒
そして船舶輸出は約四〜五割︑ そして大雑把に言って船舶とプラントが二 そして輸出は船舶とプラントにほ投資や直接借款のシェアを上回ってい 三四年度以降とで若干の相違があ ︵構濤・瞭担
すなわち輸出が約八 プラント輸出は約 粛慢・鞭︶
︵以上
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財政投融資と日本翰出入銀行−河野 蹄響堺魏﹃B+醤s隣とω切︒︒占㊤田界扇蚕翼纏゜
二七
かは別として︑いので︑ば約八年︑ならびに以下は第九表︶ 藩の凱 部は前年度の融資承諾額に対して行われた︒尚︑二五〜二七年度の約一年から徐々に長期化し︑ O 劃麹S留蹄濫翻 ところで毎年度の貸付けは次のようにして行われた︒ 一定金額の融資を承諾する︒ そして四〇〜四五年度は約九年であった︒
貸付けの動向を融資承諾額で代替させても大きな誤まりはない︒そこでこの融資承諾額で融資期間を見ると︑傾向としては徐々に長期化してきた︒さてこの融資承諾額は︑融資相手にとって必要な資金の全額ではなかった︒ 伴 そして実際は︑鯉覇潜誉錨 一部は翌年度に貸付けた︒従って毎年度の貸付けは︑大半はその同じ年度内の融資承諾額に対して行われ︑残りの一 二八〜二九年度は約三年︑ すなわち︑輸銀は毎年度︑
その融資承諾額の大半を︑
この毎年度の融資承諾額の増加率や構成は︑貸付金のそれと大差な 三〇〜三三年度は約四年︑ このように平均融資期間は徐々に長期化したのである︒ 二八その必要な資金の全額︑
実際にその年度内に貸付けるか否 その年度内に貸付け︑残りの すなわち平均融資期間は︑ ︵栂欝・醤㌍
昭和三四〜三九年度 ︵以上 つまり輸銀の 駅︶
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の下落である︒て︑船舶は約四五%︑ 舗δ賭 から三七%へ三四%も下落したためで︑ 船舶がプラントを上回ったのは三〇年度で︑ それというのも︑
藩麹s蹄博醐曲︵Nτ☆︶ プラントは約二五%で︑ た︒最後に四〇年度から四五年度にかけては︑輸出は約七〇%でほぱ安定的であったが︑ この状態は︑
一年度から三五年度にかけて輸出は九七%から七一%に二六%も下落したが︑これに代って︑投資が三%から一八%に上昇し︑又︑直接借款も三三年度の○%から一〇%に上昇した︒尚︑輸出が二六%も下落したのは︑船舶が七一%にかけては︑輸出はほぼ七五%で安定的であったが︑投資は一四%から一〇%に下落し︑逆に直接借款は一〇%から一三%へ上昇した︒尚︑輸出のうち︑船舶は三五%から四三%に上昇し︑逆にプラントは三九%から三二%に下落し プラントが前の時期に引続いて五%下落したからである︒ それぞれ安定的であったが︑
プラントは二六%から三四%へ上昇していた︒ 三六・三七両年度を除き︑ 三〇
四五年度まで続いた︒ つまり︑プラントは前の時期より約五%ほど下落
さらに三六年度から三九年度 これは前の時期より約五% ︵缶欝・邸田︺粛憐・&︶
この時期におい 次いで三
魅皿叢τ三﹁
一 一
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︸ω︼一
⁝戯一一
τα燐奪剰鴻鋤 ︵聴営悦︶ ミMロ一堺 圧 ︵津蜜︶ ︵純寸冥7︶霜 蹄回熊礁繋 ①O°器一〇〇 一Φ co一 琶O°劇c◎一〇〇 もoO 臼 OωO°♂一〇〇 蔭q αα 刈αO°紹δO ω幽 ①刈 OQ◎卜omoQ︒這O一〇ω﹄O 謡 心① bo㎝ ① 曽
蹄輩・灘建﹃い+醤s畷とωq︒︒占9ω①Φー①﹃凋↑O翼醤゜
三二
︶菰% 濁028637.4.45 29R7福T. ︵以上は第=表︶︒
衝
1
16V0U.4. 128R7V.5. さてこれまでに見てきた輸銀の資金の運用動向︑つまり貸付動向につ弾
ー
18V2X3R0β臥嵐−蹴ー
21R2V.ε いて要約すると次のようになる︒輸銀はフローから見てもストックから見ても貸付額を傾向的に増加させつつ︑その平均融資期間を徐々に長期1
56X1S9浮Tα ー03P4禔@5.化させ︑又︑融資対象契約額の約四割〜六割五分の融資を承諾した︒そ1
40W8X8$カα ■ − l I I I I89P4緖して輸銀はフローから見てもストックから見ても貸付額の圧倒的部分をi30ー瑠欄
i4081P9ム臥輸出に割り当て︑しかも輸出とプランとに大体折半し︑残りを投資と直澗6426η03. 5L
i
63R1ム5.第 接借款とに割り当てた︒さらに輸銀は資金コストの漸次的上昇に対応さ11
26@←1
58R2V.翫嘱 せて利廻りを徐々に上昇させたが︑その過程で純収益率は殆どゼロであ1
94Sー
37P5福S. 鰍57 った︒以上が輸銀の貸付動向である︒係 76
Q︐
i
08X2ソ 4 ︸54ところで右の輸銀の貸付動向を先に見た財投との関連で言えば次のよi越 ︑目項
残残残残将平轟順入付讃借借貸借////息息息金利利利嵯逡藩借借貸当 1避愈
繧隷讃入付讃 借借貸借 //// 息息息金 利利利盗 ー慧繕項﹂借借貸当 うになる︒輸銀は︑毎年度の財投調達額以上の貸付けを行なったが︑さらにこの貸付額以上の金額を融資の対象としていた︒つまり輸銀の財投としての貸付額は融資対象契約額の約四割〜六割五分であった︒そして輸銀への財投の目的は︑財投の一二項目の使途別目的のうちの貿易・経済協力のためであるが︑具体的にはそれは輸出のため︑しかも船舶とプラントの輸出のためであった︒さらに輸銀の利廻りは︑財投資金のコスト上昇によって︑徐々に上昇せざるをえなかったが︑その上昇は︑純収