用いられるカラについて
森 雄 一
1一つの語の持つ多岐に渡る意味を,意義素論的に言葉による一つの定義によっ
て説明するのではなく,人間の持つ一つのイメージスキーマの現れと解釈して いく手法が,近年,注目を集めつつある(注1)。その手法は,単に一般的な語彙 のみならず,文法形式にも適用することによって豊かな実りをもたらすもので あると思われる。本稿では,助詞カラの背後には一つのイメージスキーマがあ ると仮定することにより,日本語文法のなかでも未解決のトピックである受動 文の動作主マーカーの問題に挑んでみたい。
現代日本語の受動文において動作主をマークする形式としては,次の例文に 見るように二,ニヨッテ,カラの3種類がある。
(1)昨日,親父に殴られた。
(2)この曲はモーツァルトによって作曲された。
(3)彼女は,みんなから好かれている。
これらの使い分けについて,多くの研究が進められてきたが,いまだ,その 全貌が解明されたとはいえない。そのなかのカラの使用にまとを絞り,現行の 諸説を検討し,その問題点を解決する新しい仮説を提示することを本稿は目的 とする。以下,2章において近年の重要な研究の検討を通して,継承すべき点,
批判すべき点を整理する。3章においてカラのイメージスキーマの提示とカラ が典型的に受動文の動作主マーカーとして使用されるときへの適用を行う。4 章においては,いままでデータ的にもあまり整備がされておらず,例外規定的
に処理されてきた非典型用法についてデータを提示するとともにイメージスキー マからの説明を行い,5章においてまとめと今後の課題を示す。
Q 受動文の動作主マーカーとしてカラがどのような場合に使用できるかという
点に関して検討すべき論考は1980年代に発表された三つの論文,砂川(1984),
細川(1986),佐伯(1987)であろう。それらは,いずれも,本稿よりもより 大きな射程を持つが,カラだけに絞ればとりわけ,砂川の論考が重要で,他の 二論文は,その補足ないし批判的継承と考えてよいので,発表の時系列に従っ て検討していくことにする。
砂川は,二もカラも受動文の動作主のマーカーとして使える動詞として次の 4群をたてる。
(イ)行為を行う主体Aと行為の向けられる相手B,AからBに移動する対象 Cの三つの項を必要とする。
教える,見せる,紹介する,伝える,言う,命ずる,頼む,与える,
贈る など
(ロ)行為を行う主体Aと行為の向けられる相手B,行為の結果D(働きか けの結果としてBが存在するようになる場所,立場〉の三項を必要と
する。
招待する,誘う,招く,呼び寄せる,勧誘する,えらぶ など
(ハ)心的態度の主体Aとその態度の向けられる相手Bを必要とする。
愛する,憎む,好く,嫌う,慕う,尊敬する,馬鹿にする,信頼する,
ほめる,叱る など
(二)行為または同情,信頼などの心的態度の主体Aとその行為の向けられ る相手Bを必要とする。
泣きつく,食ってかかる,話しかける,詰め寄る,迫る,同情する,
相談する,頼る など
これらの動詞がカラを動作主のマーカーとして使用できるのは,行為などの 主体Aから行為などの相手Bに向かって移動ないし心的働きかけがあり,「起 点・動作主」の項をとる(動作主であると同時に起点としても解釈できる)か
らであると説明されている。つまり,明らかにAからBへ移動があり,動作主 が同時に起点と解釈できる典型的な場合である(イ)はもちろんのこと(ロ)
(ハ)(二)もなんらかの行為なり態度がAからBに向けられており,動作主が 起点と解釈できるとされるのである。
また,
(ホ)殺す,殴る,咬む,突き飛ばす,追いかける,捕らえる,つかむ,率 いる,買う,押さえる
(へ)付き添う,もたれる,よりかかる,かみつく,組みつく,ぶつかる の2群の動詞(注2)は相手に対する直接的な働きかけを表し,Aの動作 が,即Bに影響を及ぼすために,AB両者間の空間的,心理的距離が 考えられずAからBへの方向性が感じられないために,動作主イコー ル起点とは解釈されず,したがってカラがそのマーカーとはなりえな
いとする(注3}。
この説明の第1の問題点は,「なんらかの行為」を相手に向ける動詞はすべ て許容されるのか,また,許容されないとされる「相手に対する直接的な働き かけを表す動詞」との区別をどこでつけるのかという点である。たとえば,
「直接的な働きかけ」を表す次の文,
(4)子供の頃は,酒飲みの父親から毎晩ぶたれたもんです。
は相当許容度が高い。物,言葉,心的態度を抜いた「なんらかの行為が相手 に向けられる動詞」でカラを許容するものというカテゴリー(このカテゴリー には「直接的な働きかけを表す動詞」も含まれる)をたてる必要があるのでは ないか(このカテゴリーを本稿では,「非典型的なカラ」を許容する動詞とし て,4章で考察する)。この問題点は後続の細川,佐伯の論文で考察されてい るため,後述する。第2の問題点は,(ロ)で整理されている動詞群の異質性 である。4群を統合する原理を主体Aから相手Bへのなんらかの移動があると
したいのなら,行為の結果Dがある故に,(ロ)を別立てする必要は感じられ ない。そうすると,この群の多くは言葉の移動があるという点で(イ)群に統 合することができる。唯一の例外は「選ぶ」であるが,たしかに,
(5)彼女は他の出席者から選ばれて議長になった。
という例文が十分許容されるように,「カラを受動文の動作主のマーカーとし てとる動詞」といえるとは思う。しかしながら,上にあげた動詞と同じレベル で,「主体Aから相手Bへのなんらかの移動がある動詞」とは考えにくい。(ロ)
を別立てしたのは,BのDへの移動があるということからかもしれないが,カ ラでマークされるのがAである以上,関係があるとは思えない。この動詞は砂 川のあげているこの群の他の動詞と異質なもので,上述の「非典型的なカラ」
を許容する動詞に分類されるべきものであると筆者は考える。これらの動詞は,
細川や佐伯が許容するものとしてあげたように,決して全面的に許容されない ものではなく,そのなかでも使用できるものがあるのである。どのようなタイ プのものが使用でき,どう説明できるかは,細川,佐伯の論の検討ののち,4 章で考察する。
第3の問題点は,「移動」が想定されるとされる,その「移動」をどの範囲 にかぎり,またどう説明するのかということである。「贈る」「送る」のように 具体物が移動している場合が典型になるのは無論であるが,カラの使用が不可
とされる「もたれる」「よりかかる」はAからBへ身体が移動しているのでは ないか。しかしながら,範囲の問題に関しては前述の「選ぶ」をのぞいて砂川 の論内部ではすでに決着が着いていると思える。それは,「送る」などのよう な具体物の移動,「言う」などの言葉の移動((ロ)に分類された「誘う」など
もここに入る),「憎む」などの「心的態度」の放射(「到達」を含まない「移 動」を本稿では「放射」と呼ぶ)である。後述するように,カラを受動文の動 作主のマーカーとしてとるのは,これらだけではないのだが,これらが典型例 であるのは間違いない。これらをピックアップした砂川の洞察は高く評価され るべきものである。しかしながら,その論には,何故,このタイプの移動に限 るのかという観点はでてきていない。本稿では,3章でその問題について考察
する。
細川(1986)においては,カラの使用に関して次のように考えられている。
受身文において「から」でマークされるのは,起点,素材,あるいはその出 所(source)に限られる。ただし,動作・作用を表す受身文で,主語・動作主
ともに,有生物の時は,動作主も「から」で示せる。(細川の原則(あ))伽)
つまり,砂川が考慮していなかったタイプの動詞および砂川が「直接的な働 きかけを表す」とした動詞の使用に関しては「動作・作用を表す受身文で,主 語・動作主ともに有生物」のときに使えるとするのである。
細川の述べる「動作・作用を表す受身文」は,「状態受身文」と対になる概 念で,動詞の意味が,前者は「動作に力点があるもの」,後者は「結果の状態 に力点」があるものであるとされる。この結果から,「殺す,落とす,壊す」
のような「結果性」が強い動詞はカラが許容されず,「噛む・叩く・起こす」
のような「結果性」が弱い動詞は,許容される傾向にあるとする。
「噛む」や「叩く」において,他動性の一つのパラメターである「対象の受 ける影響の度合い」が「殺す・落とす・壊す」より弱いというならともかく,
宮島(1985)の述べる「結果性」が弱いとは思えない(注5)。また,結果性が弱 いといえる「起こす」を,細川は問題なく許容されると考えているようである が,後述する筆者の調査では,必ずしも許容度が高いとはいえなかった。しか しながら,この論の最大の問題点は,典型的な用法一起点として解釈される用 法一とのつながりが皆目つかめないところにある。示されている用例というデー タ的な面からもカラが何故ある種のタイプの動詞において許容されるのかとい う根拠づけの面からも,この論がなりたたないことを述べた以上,代案をしめ さなければならない。それは,以下の章において行うが,その前に佐伯(1987)
の検討をする必要がある。
佐伯は,細川の論を不十分として,次のように説明する
その受動態に対応する能動態において,主語が有生者で,相手格または,そ れに代わる対象格との間に物理的心理的距離をもち,かつその距離を充填しう る動詞をとる時,受動態の動作主は「から」で示すことができる。
この論で重要なのは,カラが許容される条件を,細川と異なり,統一的に説 明しようとしている点で,この点に関しては評価できる。しかしながら,その 条件を「主語と相手格ないし対象格との間に物理的心理的距離があり,動詞が その距離を充填しうる時」としているのは,砂川の提示した動詞群や細川の説
のうち「受身文において「から」でマークされるのは,起点,素材,あるいは その出所(source)に限られる。」という部分があてはまる動詞には有効な説 明であろうが,それには含むことができないが,カラが許容される動詞の説明
としては有効であろうか(注6)。例えば,
(6)彼女は他の出席者から選ばれて議長になった。
(7)宰留守番の主婦が強盗から殺された。
という文を比べたとき「選ぶ」は距離を充填しているが,「殺す」はしてい ないと「距離の充填」という観点からだけ両者を区別することは不可能である。
佐伯の企てたように統一的・整合的に説明をしながら,なおかつ典型例にはず れるタイプのものについても説得力のある説明をしなければならないのである。
3 2章での検討により,このテーマにおける課題は次のようなものであること
がわかった。
(イ)典型的用法内部の整理
(ロ)非典型的な用法のデータ的な整備
(ハ)典型的な用法と非典型的な用法を整合的に説明する
この章で企てるのは(イ)一すなわち砂川の論を検討するところで述べた第 3の問題点を解決することである。それを再び,具体例とともに提示するなら
ば,
(8)彼からプレゼントが贈られた。
(9)いやな仕事を上司から命じられた。
⑩彼女はみんなから好かれている。
のような物の移動,言葉の移動,心的態度g放射が想定される場合のみカラが 許容され,
⑪ *隣の席の酔っぱらいから寄りかかられた。
のような「肉体」の移動や
㈱ 零留守番の主婦が強盗から殺された。
のような「殺害」という行為の移動においては何故許容されないのかというこ とである。ここで,はじめてカラのイメージスキーマが必要となる。これは,
益岡(1993)で提示されたもので,次のような形象である(注7)。
概説書である性格のためもあり,益岡はあまり厳密に規定していないが,○
の部分は固定したもので移動しないこと,また容器のスキーマ(山梨(1995)
参照)のように空間的な広がりを持つ必要は必ずしもないことを筆者なりに規 定する。したがって,容器のスキーマと区別するために,次のように若干変更
する。
例文⑪との関連で言えば,起点そのものが移動してはいけないということで,
あくまでも,起点から何らかの物体が移動するということであり,その物体は 具体物であることもあれば抽象物であることもある。言葉に関しては「移動す るもの」との問に構造的メタファーが成立していると考えられ(注8),上に提示 したイメージスキーマとして把握することはきわめて容易である。
また,心的態度を名詞化した場合,
⑯彼から好意(憎しみ)を感じ取った。
㈹ 彼に好意(憎しみ)を向けた。
という例文に見られるように,それが物体化して,移動ないし放射している と把握できるが,
⑯ *彼から殺害(よりかかり)を受け取った。
(1⑤ 宰彼に殺害(よりかかり)を向けた。
のような例文が許容されないように,「殺害」「よりかかり」のような行為は,
移動するものとして物体化しにくいのである。
以上イメージスキーマの観点から典型的用法について説明を試みた。これら は,我々の直感とも合致するため,上に述べたことに類することは先行の研究 でも明示されなかっただけで,考察されてきたことと思う。問題は,次章で述 べる非典型的用法の場合である。
S 前章で移動あるいは放射する物として「行為」は容易に想定しにくいと述べ
た。それでは,どのような場合に非典型的な場合は上のイメージスキーマで説 明できるのかという論点一(ハ)の論点を考える必要があるが,その前に(ロ)
の課題,すなわちデータ的な整備を行わなければならない。
筆者は50弱の文について二つの大学の関東地方出身者合計80人について調査 を行った。「文を日本語として全く問題ないと感じたら○を,違和感は覚える が使えなくもないと感じたら△を,おかしいと感じたら×を」記入するという 方法で,以下の用例右側の得点は○を1点,△を0.5点,×を0点として算出
したものであり,満点は80点となる。(すべてのデータは論文末尾にまとめて
掲載する。)
非典型的な用法(物,言語,心的態度の移動を伴わない動詞の受動文の動作 主マーカーとしてカラが用いられるもの)から,危害を加える意味を持つ動詞
を取り出すと許容度に関して次のような序列が成り立っていると考えることが できる。(これらを取り出すのは議論の見通しをよくするためである。)
危害を加える意味の行為動詞の序列 許容度(高)
(棒で)突く,押す,ぶつ,叩く〉(ナイフで)刺す,蹴る,ひっかく
〉噛みつく,転がす,(リングに)沈める,倒す,殺す (低)
Oの その犬は子供たちから棒で突かれた。 66.5/80
⑱子供の頃は,酒飲みの父親から毎晩ぶたれたもんです。 57/80
⑲ その学生はあのやさしいK先生から叩かれた。 56/80
⑳後ろの人から押されて線路に転落しそうになった。 55/80
¢1)その男は愛人からナイフで刺された。 34.5/80
㈲ 突進しようとしたが,敵の巨大選手からはね飛ばされた。 32/80
㈲ 馬から蹴られてとても痛かった。 30/80
㈱猫からひっかかれた傷が水にしみる。 27/80
¢⇒ チャンピオンは若い挑戦者からリングに沈められた。 19/80
㈲ 昨日,犬から噛みつかれてしまった。 16.5/80
¢の 政府が反乱軍から倒された。 15/80 圏舞の海は貴の花から土俵を転がされた。 14/80
㈲留守番の主婦が強盗から殺された。 6/80
「突く」「ぶつ」「押す」「叩く」のように手もしくはその延長物がシンプル な動きをするものが許容度が高く(「殴る」は調査しなかったがおそらくこの 範疇に入るだろう),それ以外のものは低い。本体が移動するのではなく,そ の一部が移動し,なおかつその動きがより直線性を持った物のときイメージス キーマにあてはまりやすくなり,許容度が高いということができるのではない だろうか。「倒す」「転がす」「殺す」などはそのような特徴のない単なる行為 としかいえないのでイメージスキーマがあてはまりにくいのである。グレーゾー ンのものについてコメントすれば,「かみつく」は主体頭部の移動のため主体 から離れていくというイメージがつかみにくいのであろう。「ひっかく」は
「叩く」「ぶつ」などのシンプルな動作に比べ接触してからの動作を伴うために 直線性のイメージでとらえにくい。また「蹴る」のような足の動きは手の動き
と異なり直線的なイメージでとらえにくいため許容度が落ちるのではないだろ
うか。
他の行為動詞については,次のような序列が成り立っている。
許容度(高)
試す,探す〉捨てる,起こす,売る,拾う,調べる〉手伝う,越える
〉縛る,引っ張る〉囲む,付き添う,抱く,飼う (低)
㈹彼は面接で試験官たちから英語力を試された。 66.5/80 e1)山田さんは大勢の借金取りから探されている。 55.5/80 囮男は救助隊員から助けられた。 47.5/80 團地震には,妻から起こされるまで気づきませんでした。 44.5/80
㈱洋子は弘から捨てられた。 43.5/80 岡今の社長から拾われてこの会社に入れたんです。 39.5/80 岡昔は,親から売られた娘もいたんだよ。 36.5/80
㈲容疑者は腕利き刑事から調べられた。 35.5/80 幽僕のような凡人は後輩から簡単に越えられてしまう。 26.5/80
㈲彼は弟子たちから手伝われてようやくライフワークを完成させた。
26.5/80
㊨男は,警察官から交番に引っ張られた。 15/80
㈹犯人は警察官から縛られた。 14.5/80
㈲彼はお客から囲まれた。 10/80
㈲彼は友達から付き添われて病院にいった。 6.5/80
㈲ その犬は弘から飼われている。 1.5/80
㈲赤ん坊がお母さんから抱かれている。 1/80
ここであげた動詞の序列は「危害を加えるもの意味の行為動詞」のように,
少数の要因によって分析できるものではないが,イメージスキーマの適用とい う観点からやはり説明できる。「試す」「探す」は単なる行為動詞であるのでは なく,感情はともなっていないが,相手に対する「注意・関心」があるという 点で「心的態度」が向けられている動詞と意味的に隣接したものである。その ため,典型的な例と同様にイメージスキーマの適用しやすさが非常に高く,そ れらとそう違わない結果がでている。その他のものは,「働きかけ」のイメー ジでとらえやすい動詞(細川が許容できるとした「起こす」もここに入ってく る)であり,このグループの許容度は,やはりそれほど高くない。3章で述べ
たように,単に相手に働きかけるという行為を表すものは,「移動するもの」
としてとらえにくいので,カラのイメージスキーマはそれほど適用しやすいも のではないからである。しかしながら,適用が少しでもされやすいものとほと んど適用できないものには,明確に差が見られる。「助ける」「起こす」のよう に点的な一回的な接触しかともなわないものは,まだ,主体と対象との間に距 離が意識され,その結果,その間を結ぶ線がイメージされてカラのイメージス キーマが働くこともあろうが,「囲む」「付き添う」「抱く」「飼う」など主体と 対象の間に全的な隣接性が伴うことをイメージしやすいものは,カラのイメー ジスキーマが働く余地がほとんどないため,きわめて許容度が低い。「売る」
「捨てる」,「拾う」が許容と非許容の問を揺れているのは,「売る」「捨てる」
は主体から離れるという点で,「捨てる」は,手の動きが想定しやすいという 点でわずかでも,イメージスキーマが適用される要因があるからであると考え
られる。
T以上,論じたように受動文の動作主がカラによってマークされる場合は,典
型的用法,非典型的用法を問わず,カラ本来に対して我々の持つイメージスキー マがより適用しやすいときに許容度が高くなるのである。このことはカラの用 法すべてについて予想できる。今回は,カラの用法の中でもごく一部にしぼっ て考察したが,動作主マーカーとしても,授受動詞文,受益構文の場合があり,
その他にも種々の用法がある。その多様な用法についても統一的に考察するこ とが進めなければならない。また,格助詞カラだけでなく,ノデとの使い分け から議論されてきた接続助詞カラについても考察したい。今回は共時論的な考 察にとどまったが歴史的変化との関連や地域的変異(注9)との関連での考察も必 要である。それらも含め,カラ全体におけるイメージスキーマの適用しやすい 条件について,さらに研究を深めていきたいと思う。
(参考文献)
佐伯 哲夫(1987)「受動態動作主マーカー考(上)(下)」
『日本語学』6巻1,2号
砂川有理子(1984)「『二』と『カラ』の使い分けと動詞の意味構造について」『日本語・
日本文化』12号
細川由起子(1986)「日本語の受身文における動作主のマーカーについて」『国語学』
144集
益岡 隆志(1993) 『24週日本語文法ツアー』(くろしお出版)
宮島 達夫(1985)「『ドアをあけたが,あかなかった』一動詞の意味における結果性」
『計量国語学』14巻8号
森 雄一(1995)「助詞『へ』の歴史についての認知論的考察」
『築島裕博士古稀記念国語学論集』(汲古書院)
山梨正明(1995)『認知文法論』(ひつじ書房)
(注1)山梨(1995)の第3章はその重要な成果である。
(注2)(ホ)と(へ)の違いは,二格をとるかヲ格をとるかということである。
(注3)砂川は,場所性の高い名詞の場合「起点」意識が全面に出やすいため,二より カラの方が用いられやすいという重要な指摘をしている。筆者は,これは二の 問題一動作主性が薄れたときに,二の許容度が落ちることの解釈一として考察 するべきであると考えるため,本稿では扱わない。
(注4)細川は二つの制約と三つの原則から二,ニヨッテ,カラの使い分けをすべて説 明しようとしている。
(注5)細川は,ここでの動詞の意味分類は宮島(前掲)において提示されたものであ ると述べている。宮島流にいうならば,「叩いたが,叩けなかった。」「噛んだ が,噛めなかった」といった表現が成立する度合いが高ければ結果性が弱いと いうことになるのだが,この二つの表現は普通の文脈においては成立しえない だろう。
(注6)佐伯のあげたデータのうち,典型例にはずれるのは,
・華麗な力投がふたりの投手からつづけられるのだ。
という文であるが,「ふたりの投手」と「華麗な力投」の間に距離があり,「つ づける」がそれを充填しうるとは到底いえないだろう。4章の説明を先取りし ていえば,「華麗な力投」は「ふたりの投手」の生産物で,「ふたりの投手」か
ら「華麗な力投」が放出されるというイメージがカラのイメージスキーマに適 用されて許容されると筆者は考える。
(注7)益岡は認知言語学におけるイメージスキーマという概念はもちいていない
(「イメージ化」という言葉をつかっている)が,その発想は同様のものである と考えられる。
(注8)森(1995)の議論を以下に再掲する
レディ(1979)では, conduit metaphor (導管メタフアー)の名のもとに,
コミニケーションと「導管」の間の構造的メタフアー(注15)が定式化されている。
例えば,
㈲ You have to put each concept into words very carefully.
¢1)Try to pack more thoughts into fewer words.
のような表現の背後にある発想は,考えや感情は言葉という容器に入れられる ということであり,
吻 His ideas came through to me.
という表現の背後にある発想は,その言葉という容器に入れられた考えや感情 が導管を通って人に伝わるということである。このように人間のコミニケーショ ンと導管との間に構造的メタファーが成り立っているとレディは考えるのであ る。伝達という言葉の果たす重要な役割を考えれば,どの文化においても類似 した構造的メタファーは,容易に想定しうるが,現代日本語においては,野村
(1992)において,修正を加えられて提示されている。野村の考察では,コミ ニケーションの「導管」性は日本語においては成り立たないとされ,次のような 用例から言葉と液体との間に構造的メタファーがなりたっているのが日本語に おける姿であるとされる。
伽)ただ,僕は心の中に彼女の言葉を自然に滲みこませただけだった。 (村上 春樹「ダンス・ダンス・ダンス」)
¢4)辛辣な言葉を浴びせる。
しかし,液体の持つ「移動するもの」という性質から,言葉の「移動するもの」
としての把握が,現代日本語においても成り立っていることは,レディの考察 に引き続いて押さえられている。
(注9)一部の方言において,受動文の動作主マーカーとしてのカラの使用できる場合 は,共通語にくらべてはるかに広いことが報告されている。
以下のデータは,1996年2月に,明海大学外国語学部の1年次の学生60名および,茨 城大学人文学部の2−4年次の学生20名(両大学とも関東地方出身者に限定)を対象と
して実施したアンケートの結果である。
「次の文を日本語として全く問題ないと感じたら○を,違和感は覚えるが使えなくも
ないと感じたら△を,おかしいと感じたら×を左側に記入してください」
との指示で例文を判定していただいた。調査に協力してくれた方々にこの場を借りてお 礼申し上げる。文の前の数字は○を1,△を0.5,×を0として総計を出したもの(満点
は80となる)で,その値が高い順に並べた。文の下の数値は左から○△×の順に並べ,
左側が茨城大の結果,中央が明海大の結果,右側が総計である。
74 村を救ってくれた恩人は村人たちから拝まれた。
20_0_0 50_8−2 70−8−2
67.5野茂は清原から打たれたのを最後に満塁ホームランを打たれていない。
18。0−2 44−11−5 62_11−7
67.5浩は洋子から誤解されている。
15−2_3 46_11−3 61−13−6
66.5彼は面接で試験官たちから英語力を試された。
16_3_1 42−14−4 58−17−5
66.5その犬は子供たちから棒で突かれた。
15−2_3 44−13−3 59_15−6
66 親友から借金を断られた。
15−4−1 45−8−7 60_12_8
60.5彼は教師から行く末を心配されている。
16−3_1 38−10_12 54−13−13
58 車掌が乗客から進んで切符を示されるのは珍しい。
15−5−0 35_11_14 50−16−14
58 我々国民は政府から真相を隠されたんです。
13−6−1 33−18_9 46−24−10
57 子供の頃は,酒飲みの父親から毎晩ぶたれたもんです。
13_5_2 33_17_10 46_22_12
56 その学生はあのやさしいK先生から叩かれた。
11−6−3 31_22_7 42−28−10
55.5 山田さんは大勢の借金取りから探されている。
14_4−2 32−15−13 46−19_15
55 後ろの人から押されて線路に転落しそうになった。
14−5_1 30_17−13 44−22−14
53 旅人は盗賊から金を奪われた。
12−2−6 33_14−13 45−16−19
52.5国民は政府から法倖で縛られている。
12−2−6 32−15−13 44−17−19
52.5彼は友人から傷つけられてすっかりいじけてしまった。
12−1−7 27_26−7 39_27_14
49 彼は課長から失敗の責任をかぶせられた。
11−4−5 26−20−14 37−24−19
47.5男は救助隊員から助けられた。
9−4−7 31−11−18 40−15−25
47.5私は彼からアイデアを盗まれた。
10−2_8 33_7_20 43_9_28
44.5地震には,妻から起こされるまで気づきませんでした。
9_5_6 22−22−16 31−27−22
43.5洋子は弘から捨てられた。
10_5_5 23−16−21 33−21−26
43.5僕は,彼から影響されて囲碁を始めた。
9_5−6 18_28−14 27_33_20
39.5今の社長から拾われてこの会社に入れたんです。
5−4−11 21−23−16 26−27−27
36.5あんなにうまい作戦を敵から工矢されては,我々はかなわない。
10−4−6 16−17−27 26−21−33
36.5昔は,親から売られた娘もいたんだよ。
7_5_8 19_16−25 26−21−33
35.5容疑者は腕利き刑事から調べられた。
3_7−10 19_20−21 22−27−31
34.5その男は愛人からナイフで刺された。
6−5−9 19_14_27 25−19_36
34 空手家が柔道家から腕を折られることで決闘の決着がついた。
5−6−9 17−18_25 22_24_34
32,5M先生から落とされる学生なんていないよ。
6−7_7 15−16−29 21−23−36
32 突進しようとしたが,敵の巨大選手からはね飛ばされた。
7−7−6 14−15−31 21_22_37
30 馬から蹴られてとても痛かった。
5_6_9 11_22_27 16_28_36
27 猫からひっかかれた傷が水にしみる。
6_5−9 13−11_26 19_16_35
26.5僕のような凡人は後輩から簡単に越えられてしまう。
3−5−12 18_6_36 21−11_48
26.5彼は弟子たちから手伝われてようやくライフワークを完成させた。
3_6_11 13_15_32 16_21_43
22 夏の旅行は彼から計画された。
2_5−13 9−17_34 11−22−47
21 その熊は村一番のハンターから撃たれた。
5−7−8 3−19−38 8−26−46
19 チャンピオンは若い挑戦者からリングに沈められた。
1−8−11 8−12−40 9_20_51
16.5昨日,犬から噛みつかれてしまった。
2_6−12 3−17_40 5−23−52
15 男は,警察官から交番に引っ張られた。
3_3−14 6−9_45 9_12_59
15 政府が反乱軍から倒された。
1。6−13 5−12−43 6_18_56
14.5犯人は警察官から縛られた。
5−2−13 3−11−46 8−13−59
14 舞の海は貴の花から土俵を転がされた。
4−2−14 4−10_46 8_12−60
13.5その建物はその後工兵隊から爆破された。
2_3_15 5_10_45 7−13−60
10 彼はお客から囲まれた。
1−4−15 3_8_49 4−12_64
6.5 彼は友達から付き添われて病院にいった。
0−3−17 3−4−53 3−7−70
6 留守番の主婦が強盗から殺された。
0_3−17 2−5−53 2−8−70
L5 その犬は弘から飼われている。
0_1_19 0_2_58 0−3−77
1 赤ん坊がお母さんから抱かれている。
0−2_18 0_0_60 0_2−78