• 検索結果がありません。

キマシアン・ヒル・セカンダリー・スクール

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "キマシアン・ヒル・セカンダリー・スクール"

Copied!
20
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

茨城大学教育学部紀要(教育科学)40号(1991)61−80      61

キマシアン・ヒル・セカンダリー・スクール ケニアの中等学校に関する学校民族誌的ノート

小林  勉*・小川 正賢*

(1990年9月14日受理)

Kimasian Hill Secondary Schoo1:

School Ethnographic Notes on a Kenyan Secondary School

Tsutomu KoBAYAsm*and Masakata OGAw♂

(Received September 14,1990)

Abstra¢t

Kimasian Hill Secondary School is one of the Harambee Schools, established and maintained solely by the communities, in rural Kenya. One of the authors

(Kobayashi) spent two years at Kimasian Hill Secondary School as a science teacher, This paper deals with his experiences and information from some other sources. Description of the daily lives in Kimasian Hill Secondary School from va卜 ious points of view leads us to several fundamental issues, which tend to be forgot一 ten by educators in so−called advanced countries like Japan, on schooling and its negative effects on cultural heritage・

・      は じ め に

「教育とは何か?」「教育の目的とは何か?」このような根源的な問いを自らに投げかけること を我々はえてして避けがちである。そのような議論が机上の空論と見られたり,現実の教育問題に 対する即効的解決策を提示してくれないと見られたりするからである。しかしながら,教育問題の 現実的解決策を探る一方で,現代の教育問題の根底にどのような基本的問題が存在するのかを探る 努力も必要であるということは,改めて強調するまでもないことである。そのような研究としては,

理論的,理念的考察に代表される哲学的アプローチや,さまざまな社会・国家の教育を比較という 方法で探究しようとする比較的アプローチなどがある。それに加えて近年盛んに用いられるアプロ

      ,

毎?髑蜉w教育学部理科教育研究室(Laboratory of Science Education, Faculty of Education, Ibaraki Uni−       1

versity, Mito, Ibaraki 310, Japan).

(2)

一チが学校民族誌(School Ethnography)に代

      Table l:Basic Indicators of Kenyan Education.表される民族誌的アプローチ1)である。この方

法は人類学者がさまざまな文化を研究するのに

Adult L量ter&cy:       59.2%

用いてきた主として参与観察という方法を,さ   p_,Ed.。。tl。。

まざまな教育現象の解析に適用し,従来とは異     醤臨謡曾㎞』:   4,晶1濫(100% O蔭 age 醒roup)

Fema且es RatIo:      48%

なった観点から教育の基本的問題を探究しよう    N・mb…f Te che将:   142・8°7

Tramed:         99,680

とする2)。すなわち,教育をひとつの文化現象   S、。den←T,。c9審「翻:    43 111 ととらえるわけである。本研究は,著者の一人   S㎜篇譜釜t器。。、、   2,48,

(小林)が1988年から2年間青年海外協力隊の    吾:認翻∴。:    4認41劇19%°f曜9…P}

Number of Teachers:         22,296

隊員としてケニアのある中等学校で理数科教員      T−d:    13・263

Untramed:        9、033

として経験してきた教育をこのような手法で記    Student,Teache「Ra 1°:   25

Tertlary Educat亘on (Techmcd Education巳s exchded}

載すること3}を目的とする。そして,その記載     恥伽冒fT龍畿㎞㎞㎞舳㎞。、  ll を通じて日本を含む多くの先進諸国の教育のな    E㎜ll鉱?17鑑篇:ω1醐、    4

(0.9%・hge解oup)

かで忘れられている教育の根源的問題をいくつ    F…1esR・・1・・     19%

Student−Teac』er Ratio:       7

か指摘してみたいと考える。

ケニアの教育

本節では,以下に記載するケニアの中等学校の学校民族誌を理解するために必要となるケニアの 教育に関する一般的情報を最小限提示しておく。

教育を問題にする場合,formal educationとしての学校教育が前提とされるのが一般的であるが,

異なる文化地域の教育について考察するためには,それ以外にその地域の文化に根ざしたinformal educationの果たす役割を知ることも重要であることに注意すべきであろう。そこで,ケニアの教 育についても,まず学校教育制度に関する情報を提示することにし,そのあとで,ケニアの主たる 部族であるギクユ族の家庭教育,部族教育に蘭する情報もあわせて紹介しておくことにする。

ケニアは東アフリカに位置する面積約58万平方キロ,人口約1950万人(1984年)4>の多部族(52 部族)からなる共和国である。60年以上のイギリスの植民地時代を経て,1963年に独立した。農業

を中心とする第一次産業が国家経済の中心であり,コーヒー,紅茶などがおもな輸出品である。G NPは一人あたり約310米ドル(1984年)5)とアフリカ諸国のなかでは中位の国である。最近の諸資 料の中から教育に関する主なデータを整理してみると表16)のようになる。民主的なアフリカ社会 主義の国家発展の立場から,ケニアの教育政策の基本理念は,国家発展に寄与する二つの要素,ア フリカの伝統的な概念であるHarambee Spirit(自助精神)と実践的基礎としてのNyayo Pbilos一 ophy(平和,愛,統一)とにおかれている7)。そこでこの国では,教育の目的として次の6点が掲 げられている8)。

(1)教育は国家の統一に寄与するべきこと。

(2)教育は若者が国家に対して有用な人材となれるような知識や技能を身につけさせるべき

こと。

(3)

小林・小川:ケニアの中等学校に関する学校民族誌的ノート      63

(3)教育は国家発展の必要性に寄与すべきこと。

(4)教育は個人の才能と個性を十分に発達させるのに寄与すべきこと。

(5)教育は社会正義,道徳性,社会的責務,社会的責任の意識を促進すべきこと。

(6)教育は他の国々に対する前向きな態度と意識を育成すべきこと。

以上の目的を達成すべく,すべての教育プログラムが機能しているわけである。

教育制度は1984年までの7−4−2−3制から,学校卒業後の実生活に役立つ職業教育的要素を加味し た8−4−4制に1985年に移行した9)。初等教育8年(日本の小学校1年から中学校2年まで),中等 教育4年(日本でいうと,中学校3年から高校3年まで),さらに高等教育(大学教育>4年とい

う制度である。このなかで初等教育の目標としては次の8点があげられている1°)。

(1)言語技能,数的処理技能,操作的技能を育てる。

(2)自己表現力と諸感覚の利用能力を発達させる。

(3)論理的思考法と批判的判断法を発達させる。

(4)以後の教育,訓練,労働の基礎を作る。

(5)環境に関する理解と意識を発達させる。

(6)身体的,精神的(mental and spiritual)諸能力を含む全人格を発達させる。

(7)労働の尊厳を正しく認め,重んじる。

(8)社会に対する建設的な態度,価値観を発達させる。

また中等教育の目標としては,次の5点があげられている11)。

(1)精神的(mental and spiritual>,道徳的すべてにわたって発達を促す。

(2)社会の発展に貢献するために必要な諸技能を身につけさせる。

(3)認知領域(知識),精神運動領域(操作的実践的),情意領域(態度,価値)の各技能 のバランスのとれた発達をはかる。

(4)以後の教育,訓練,労働の基礎を作る。

(5)社会の幸福に対する建設的な態度,価値観を獲得させる。

しかし,このような教育制度が十分に機能するためには,いくつかの間題を解決する必要もある ようである。たとえば,資格を有する教師の確保(表1参照),学校設備充実のための資金などの 問題がそうである。

次に,ケニア社会の伝統的な教育(informal education)について簡単に見ておきたい。そのた めの資料として,ケニア最大の部族であるギクユ族12)の伝統的部族教育を記載したケニヤッタの有 名な著書『ケニヤ山のふもと』13)を使いたい。

ケニヤッタによれば,「アフリカ人の伝統的な教育の全構造の基礎を形づくっているのは,家族 と親戚,性,年齢集団のつながりである」14>という。そこには,「おなじ家族,氏族,年齢集団の あいだ,およびちがった家族と氏族のあいだに存在する社会的な紐帯の力とおびただしい数によっ て,部族はまとまった一つの有機体として結合し,団結している」15)からこそ,部族全体が生きて いけるし,生きてきているという事実認識がある。また,「ギクユの全社会は,年齢と,年齢集団 のなかでの地位にともなう特権とによって,階級づけられており,それは幼児でさえ知っているほ ど,明瞭に実施されている」16)という。このようなギクユ族で実施されてきた伝統的な教育制度の 特徴としては次のような点があげられている。

(4)

(1) 「教育は誕生のときにはじめられ,死によって終わる」17)もので,「子どもは,生涯のす べての状態に応じた教育制度をともなう年齢集団の種種の段階をへなければならない」18)。

(2) 「子どもたちが部族教育をうける段階に達するまでは,親が教育の責任を」19)もち,

「家族と氏族の伝統のなかで子どもたちを教育すること」2°)が親の目標である。

(3) 「幼児の教育は,母と乳母の手に完全にゆだねられ」21)ており,また「幼児期を脱する と,男の子の教育の責任を父親,女の子の教育の全責任と男の子の責任の一部を母親がも つ」22)ことになっている。

(4) 「共同社会での生活経験を通じて知識を与え」23),その「知識がじっさいの必要とむす びついており」24),「知識が行動にとけこみ」25),行動は「最初から社会的活動をめざし

ている」26>。

(5)教育においては「個人関係が最重要視され」27), 「つねに個々の確固とした立場を対象 とし,ある特定の個人と関連させて実際行動が教えられている」28)。

(6) 「ギクユの共同社会では,すべてのことが道徳的,社会的関連をもっているので,厳密 な意味での個人問題はな」29)く, 「個人主義者は疑いの目でみられる」3°)。

以上のようなformal educationとinformal educationが,いい意味でも悪い意味でも相互に影響 を与えあいながら,ケニアの教育が機能してきているということを予備知識として持ちながら,

Kimasian Hill Secondary Schoolでの教育の現状をながめていくことにする31)。

Kimasian Hill Secondary School

〈位置〉

Kimasian Hill Secondary Schoo1は,首都ナイロビから北西へ約220㎞,ナイロビからケニア第 3の都市キスムへ行く途中にあるHarambee Schoo1(後述)である。赤道直下約20㎞に位置するが,

2,000m以上の高地であるために予想外に涼しい。日中は日差しがかなり強く,さほど涼しさは感 じないが朝晩は,はく息が白いこともよくある。学校はナイロビからキスムへ向かう舗装された 主要道路から,わき道へ入って約2㎞のところにある(図1)。この道は舗装されておらず,雨期

(4月〜7月,11月〜12月の2回)になって雨の日が続くと道がぬかるみ長靴なしではとても歩け ない。この地域には電気・水道がなく,人々は照明としてランプを使い,生活に必要な水を川や雨 水から得ている。学校は小高い丘の上にあるため,ここからまわりの広々とした美しい風景を見渡 すことができる。このあたりは一面の畑(トウモロコシが多い。)で,その中に民家が点在してい る。遠くには,いくつもの同じような丘がつらなっている。夜は曇っていることが多く,こんな晩 はあたり一面真っ暗となる。そのため,懐中電灯を持っていても,一人で夜道を歩くことは大変心 細いものである。しかし,晴れている夜は満天の星で,その数の多さと近さに改めて驚かされる。

その豪快さは見事というしかない。

<Kimasian Hill Secondary School>

・ケニアのSecondary Schoolは3種類に分類できる。 Government ScLool, Harambee School,

(5)

小林・小川:ケニアの中等学校に関する学校民族誌的ノート         65

そして,Private Schoolである。 Government Schoolとは,ケニア政府が設立し管理・運営してい る学校で,Primary School卒業時に行われるKCPE(Kenya Certificate of Primary Education)

テストにおいて,優秀な成績をおさめた者が入ることができる。政府が経済援助をしているので,

授業料は比較的安く,設備もよく整っている。また,教師たちもTSC(後述)から派遣された優 秀な者が多い。このような学校は,ケニアのSecondary School全体の約26.1%32)を占める。これ に対してHarambee Schoo1は,増大するSecondary Schoolへの進学者をGovernment Schoolだけ ではまかないきれないため生まれた学校で,地域住民が寄付を集めて設立し,10名くらいの運営委 員によって運営される。教師の大部分は学校雇いの無資格教師である。このような学校は全体の約 61.0%33)を占める。Kimasian Hill Secondary Schoo1は,このHarambee Schoolである。 Private Schoo1とは,個人によって半ば営利目的で設立された学校で全体の12.6%34)を占める。

本校で教える教科は,English, Kiswahili, Mathematics, Biology, Chemistry, Physics,

Geography, History, C. R E.(Christian Religious Education), Agriculture, Commerce,

Business, S. E. E.(Social Education and Ethics),それにP. E.(Physical Education)である。

ただし,最後のPhysical Educationはほとんどの学校で時間割にはあるけれども,実際には実施さ れていないようである(本校でもそうであった)。その時間は,たいてい自習時間となるのである。

理由は,ひとつにはこの科目だけが,KCSEテストに関係のない科目であること,いまひとつに は,指導できる教師がいないことである。

髄      ケニアの学校は3学期

↑SUDAN       制であり,学年暦は1月ETHΣOPIA

から始まり12月に終わる。

.・°し謝Tu舳n      授業があるのは週に5日 で土曜日と日曜日は休み

UGANDA

KεNVA SOMALIA       である。

・   K㎞ 〈学校設備〉

L紬・チ}  ▲l電・K●nya Equαbr@       図2に本校の平面図を

示した。本校にも,もち

τANZAMA        ..ll °         うん,電気や水道の設備

蹴K龍ima巾r。      がない。照明には灯油を       ll裏NDIAN OCεAN

Ol一〇{K圃       燃料とするランプを使っ ている。川から水をひく Figure 1:L・cati・n・f the Kimasian Hill Sec・ndary Scb・・L     ポンプはあるがよく壊

(Indicated by the arrow.)      れる。そんなとき教師及

び生徒たちは,バケツや タライを持って約1㎞ほど離れた川まで水をくみにいく。

校庭は広々としてあたり一面,草でおおわれていて,時々何頭もの牛が校庭で草をたべている。

その風景は,日本でいうと学校というよりはむしろ牧場という感じである。校庭の隅にはAgricul一 tureの授業のための畑がある。地面はかなりでこぼこしていて,そこにはサッカーのコートが1

(6)

匝1凹

X

      囲

@  山

テ  ⇔1[ヨ

12

[ 11

Figure   4

Q:Campus of the Kimasian Hill Secondary SchooL

1:Staff Room 2:Classrooms 3:Laboratory 4:Field 5:Boys Dormitory 6:Girls Dormitory 7:Dining Room 8:Kitchen 9:Headmaster s Room lO:Volleyball Courts ll:Soccer Court l2:Staffs Dormitory.

つとバレーコートが2つ設けてある。放課後には,たくさんの生徒がサッカーやバレーボールで遊 んでいる姿が見られる。

.教師用宿舎には植民地時代のイギリス人の住居を用いている。校舎のほうは教室が4部屋,職員 室が1部屋,そして実験室が別棟に1部屋である。各部屋の床はコンクリート,壁はブロック,窓 はガラスであるがところどころ割れている。教室の前と後には黒板がある。机は木製で椅子が一緒 に付いているものを使っている。雨期になると午後に毎日のように雨が降る。屋根がトタン1枚で あるため,授業終了前に雨が降り出すとうるさくて授業にならない。

また学校内には,男子寮と女子寮がそれぞれ1つと,寮生のためのキッチンとダイニングルーム が別の棟にある。家が遠くて通学できない生徒が,学期ごとに寮費(食事代込み)400シリング

(約2,800円)を払って利用している。寮には規則がある。寮生の起床時間は朝6時半,就寝時間は 夜10時半,放課後または,土曜日,日曜日にも無断で外出することはできない。しかし,外出許可 は簡単にもらえる。

1989年度から従来のKCEテストにかわってKCSEテストが行われるようになったが,このテ ストにはPぬysics, Chemistry, Biology, Agricultureのそれぞれの科目において実験テストが加わ った。そのため本校にも1989年9月に実験室が建てられた。その費用は総額約25万シリング(約175 万円)もかかった。これらのお金は,生徒たちが払った授業料や地域住民の寄付によるもので,こ れだけ貯めるのに何年もかかったようである。地域住民の平均月収が約500シリング(約3,500円)

〜約1,000シリング(約7,000円)であるのを考えると,寄付金集めがかなり大変だったであろうと

(7)

小林・小川:ケニアの中等学校に関する学校民族誌的ノート         67

想像できる。しかし,このように寄付金が集められたり,また実際に集まるのは,いわゆるHaram一 bee Spiritが生きているからであろう。実験室はけっこう広く,本校で1番人数の多い1年生のク ラス37人がゆったり入ることが可能である。この実験室にはプロパンガスを使ったガスバーナーが 備えつけてある。実験器具としては,電流計,電圧計を初め,いろいろなサイズのビーカー,フラ スコ,メスシリンダーなどそれぞれ15組ずつ,つまり2〜3人の生徒に1組の割合でそろっている。

〈生徒〉

生徒の年齢は14.5歳から24.5歳くらいまででまちまちである。なかには,教師のほうが年下の場 合もある。部族は,カレンジン族,ギクユ族,キシー族,ルオー族の4つである。その中で,カレ

ンジン族の生徒が85%を占める。時々,異なる部族の生徒間の対立も見られる。教師でさえ自分と 同じ部族の生徒をひいきしがちである。全校生徒は約100人,男女の比率は約2:1で男子のほう が多い35)。学校には制服があり,男子は半ズボンにワイシャッと緑のセーター,女子はスカートに,

シャッと緑のセーターである。1学年は1クラスである。全校生徒のリーダーとして通常は最上級 生の全男子生徒からHeadboyが,同じく最上級生の全女子生徒からHeadgirlが各1名ずつ,職員 会議で生徒の成績と人柄によって毎年選ばれる。生徒は寮生(全生徒の約4割)と自宅生に分けら

れる。

〈教師〉

まず,ケニアの教師について簡単に述べておきたい。ケニアの教師は2種類に分けられる。有資 格教師と無資格教師である。有資格教師とは,Teachers College(2年制)を卒業したか,普通の University(4年制)で教職課程をとったか,あるいは,何らかの形で教員養成機関を経た教師で ある。それから,ケニアにはTSC (Teachers Service Commission)という機i関がある。 T S C は教育省のもとで,Primary SchoolやSecondary Schoolの教師の異動・配置を,主な仕事として いる。教員養成課程を経た教師は,TSCに登録され配属先が決められる。無資格教師でも事務所 に申請して,適当であると認められれば登録されるケースもある。TSC教師の給料は国から支払 われ,その金額は約2,000〜5,000シリングである。それに対して,それ以外の教師は学校雇いの教 師となり,給料(約1,000〜1,600シリング)は,それぞれの学校の経費から支払われる。

教師の人数は,出入りが激しいので毎学期変わってしまうのだが,私(小林)がこの学校を去る ときには,私を含めて9人であった。男の教師は7人,女の教師は2人,私を除けば全員がカレン ジン族であった。Kimasian Hill Secondary Schoo1の教師陣の学歴をみてみると,校長の学歴が最 も低く,Secondary School卒である。その他,4人がHigh Schoo136)卒,残りの3人が教員養成 大学を卒業したTSC派遣の教師である。女教師の2人はTSCから派遣されている。

教師たちをみていると,彼らは実に仲がよさそうにみえる。全員が同じ部族ということもあって,

それほどきわだった対立はみられない。放課後,楽しそうに話をしているのをよく見かけた。ただ ひとつ気になるごとは,校長とその他の教師の関係である。本校に限らず,ケニアの学校では校長 の権限が強い。学校の休日も校長の独断で急に前日になって決まることもよくある。教師たちが校 長と話をしているのを見ていると,彼らが校長に対してペコペコしているのがはっきりわかる。こ れは,彼らの伝統社会における年長者あるいは「長」に対して年少者がとるべきだと期待されてい

(8)

る態度と関係があるのかもしれない37)。

〈学期の初めと授業料〉

新学期が始まって最初の1週間は,決って生徒が集まらず授業ができない。ほとんどの生徒は,

授業料を持たずに登校してくるため,校長によって家へ帰される。

Kimasian Hill Secondary Schoolの年間授業料は,2,500シリング(約17,500円)であるが,学 校によって,授業料は違う。本校の授業料は,他の学校に比べるとかなり安い。この授業料は,学 期ごとに分割して徴収するδ本校では,2,500シリングの年間授業料を1学期に1,200シリング(約

8,400円),2学期に800シリング(約5,600円),3学期に500シリング(約3,500円)というふうに分 割している。一般にケニアの学校では,1学期に徴収される授業料が最も高い。学校側は,この時 期にさまざまな費用が必要なのである。1学期は新しい学年の始まりであり,新入生がたくさん入 ってくる。そこで当然新しい教科書やノートなどの文具が必要になる。教科書は,生徒が個人で買 いそろえたり,あるいは国から無償配布されるのではなく,学校側が,学校の費用で購入し,4〜

5人の生徒につき1冊の割合で貸し出すのである。ノートについては,生徒がノートを使い終わる と,新しいものを学校側が与えるのである。また学校側は,机や椅子を修繕しり,不足するときに は新しいものを購入したりする必要もあるのである。一方,父兄や生徒側にとっても,前年度の9 月から12月にかけてとうもろこしを収穫し,それを売却しているために,この時期は比較的お金を 払いやすい状態になっているのである。

Kimasian Hill Secondary Schoolには学校雇いの教師が多い。従って,学期が変わると教師の顔 ぶれもよくかわる。私が赴任した当時から,この学校を去るときまで2年間いっしょだった教師は,

校長を含めて2人だけであった。教師だけでなく生徒の出入りもかなり多い。ここでは,新学期に 始業式のようなものがない。新しく転任してきた教師や転校生を紹介するような集会がなく,校長 や他の教師がわざわざ知らせてくれることもないので,授業がはじまってはじめて新しい教師や転 校生があるということがわかるのである。

〈試験〉

ひとつの学期で大きな試験は,学期の最後に行われる学期末試験だけである。試験の数は,1,

2年生が12科目,3,4年生が11科目で,たいてい1週間かけて行われる。

試験の1週間前ぐらいになると,だんだんと学校の雰囲気が変わってくる。まず自習時間が多く なる。試験前は,生徒に復習する時間をたっぷり与えようと考えている教師が多いためである。放 課後,普段なら,たくさんの生徒たちが大声をはりあげてボールを追いかけている校庭も,次第に 人影が減っていき,逆に教室の中で勉強する生徒の数が目だってくる。生徒たちにとって試験はか なり深刻なものである。試験の全科目の合計点により,学年での順位がつけられるからである。そ して,科目ごとの点数と合計点及び学年の順位は,終業式のとき生徒に配られる通知表に,科目担 任による科目別評価や,校長による全体評価とともに記載される。生徒たちは親に対してビクビク

しているようにみえる。そして,親は高い授業料を払って学校に子どもを通わせているのであるか ら,その子どもの成績がたいへん気になる。当然のこととして,生徒たちは何としてもいい点数を 取ろうとする。そのため,彼らの点数に対する執着心は相当なものである。意地になって採点ミス

(9)

小林・小川:ケニアの中等学校に関する学校民族誌的ノート      69

を捜す生徒もたくさんみられた。しかし,試験が全部終了したときの彼らの顔ほどすがすがしいも のはない。今までのストレスを一度に発散するかのように,元気よく校庭へ走っていき,サッカー やバレーボールを始める。

ケニアのSecondary Schoolで忘れてならないテストは,卒業時に行われるKCSE(Kenya Certificate of Secondary Education)テストである。このテストは, Secondary School修了段階 における生徒の学習の到達度を測るものであると同時に,その成績が上級学校への進学を左右する ものである。また,進学しない生徒にとっては,就職の際に資料としてこの成績が重視される。こ のテストは全国一斉に各Secondary Schoo1で同時に行われる。試験監督は別の学校の先生が行う ことになっている。テスト実施中はライフルを持った警察官が見回りをする。生徒たちは約1,000 シリングの受験料を払わなければならない。テストには29科目が用意されているが,受験生は学校 で履修した10科目を受験することになる。各試験科目はpaper 1とpaper 2があって,両方を受験 しなければならない。PhysicsやChemistryのような科目では実験テストは実験テストで別の時間 帯に科目別に試験が実施される(ただし,得点は当該科目の得点に加算される。)。各科目の試験 時間はまちまちであるが,たとえば,Physicsの実験科目は1時間半,数学のpaper 1, paper 2 はそれぞれ2時間半などとなっている。全国一斉に29科目のテストが実施されるために,自分たち の選択していない科目の時は空き時間となる。全科目を終了するのにおよそ1カ月かかる。

〈学期の修了〉

期末試験が終わると,もうその学期の授業はなくなる。教師たちが試験を採点したり,それを通 知表に記入している間,生徒たちは校庭で遊んでいるか,あるいは学校の畑仕事や校庭のごみ拾い 等の作業をさせられる。休みに入る日は,通知表作成のはかどりぐあいによってその前日か前々日 に決められる。金曜日に試験が終わって,次の週の木曜日に休みが始まることが多かった。学期の 最終日には終業式が行われる。寮生は,終業式が始まるまでに,寮をそうじし,自分たちの荷物を まとめなければならない。終業式が終わると同時に帰宅できるようにするためである。式は午前10 時にはじまり,まず校長のあいさつがあり,次いで各教師が話をする。話の内容は,生徒のその学 期の成績や,休み中の注意などについてである。それから表彰式。学期末試験での成績上位者や,

その学期に行われたスポーツ大会での成績優秀者が表彰される。そして最後に,クラス担任から通 知表を渡される。この間約1時間である。

〈学歴社会〉

日本はかなりの学歴社会であるが,ケニアも日本に負けず劣らずの学歴社会である。ケニアでは 国民の問の貧富の差が大きい。ナイロビなどではいわゆるお坊ちゃん,お嬢ちゃんといった子供た ちが通っている学校がいくつかある。彼らはつぎはぎのないきれいな制服や靴を身につけている。

学校の行き帰りはその家に雇われている運転手か親が自家用車で送り迎えをしている光景を何度も 見た。金持ちの家では,子供たちを何とかUniversityへ行かせるために私立のよい学校に通わせる

こともできるだろうし,また,コネによっていい職業に就くことも可能であろう。しかし,ほとん どのケニア人は貧しい生活をしている。貧しい家では子供たちが将来よい暮らしをしたいと思うの であれば,とりあえず,勉強をしてUniversityへ行くしかないのである。田舎のほうではUniver一

(10)

sityを卒業すれば将来が保証されていると信じている人がまだかなりいるのである。確かに,以前 はUniversity卒業生の数が極端に少なかったのでそのような神話が今でも生きているというのはわ からないでもない。しかし,現実にはUniversity進学者の数が急速に増加しているので,卒業生すべ てが職につけるほどの雇用があるわけではない。Universityでは授業料と寮費を払わなければなら ない。しかし,将来,職に就いてからローンで払うといった,出世払いのシステムがあるので,お 金がないからといってUniversityへ行けないということはない。そのうえ, Primary Schoolは,完 全に無償化されているわけだから,Secondary Schoolの授業料をなんとか頑張って払い,卒業時に 行われるKCSEテストで良い成績さえとれば,だれにとってもUniversityへ行くことは不可能な ことではないのである。そしてUniversityに入ることは子供たちにとっても親たちにとってもかな り名誉なことなのである。そのため,何人もの生徒がUniversityへ行く夢を持っている。しかし残 念なことに,何といってもUniversityの数は, Secondary Schoo1卒業生の人数に比べて,極めて少

ない(表1参照)。かなりの競争率である。本校では,4〜5年に1人の割合でUniversityへ進学 するが,それでも現役で入れた者は,おそらくいなかったであろう。しかしながら,学校側の教育 熱心さは相当なものである。KCSEテストで少しでも良い成績をとらせようと一生懸命になるの である。たとえば,4年生についていえば,学期間の休暇中に大学生を講師として雇っていわゆる 補習授業さえ行なうのである。しかもそれは決して本校だけのやり方ではなく,多くのSecondary Schoolでそうなのである。

〈中途退学と落第〉

毎年,何人かの生徒が経済的な理由で中途退学をする。落第についていうと,本校では期末試験 の結果が悪かったからという理由で学校側から強制的に落第(あるいは留年)させられるというこ とはなかった。ただし,KCSEテストを意識してもう一度3年生をやり直そうと考え,自主的に 落第(留年)することはよくあることである。何人かは,他の学校へ転校してもう一度同じ学年を 繰り返すこともある。またKCSEテストを受けたけれども結果が思わしくなかったので,もう一 度4年生を繰り返し再びKCSEテストを受験し直そうとする生徒もいる。実際,このような生徒 は一般に成績が向上することが多い。しかし,こういう生徒は当然のことながら親がある程度経済 的に余裕がある場合に限られる。このように,ケニアでの「留年」と日本の高校における「留年」

とはかなり異質なものである。

〈生徒の一日〉

表2に本校の一日のスケジュールを示した。これを参考にしながら,生徒の典型的な一日を描い てみよう。

朝6時半ごろ,寮生が次々に目を覚ます。彼らは歯を磨き,足を洗う(靴をはいていないわけで はないのだが)。洗濯する生徒や教室で自習をはじめる生徒も見られる。7時過ぎたころ彼らの朝 食が始まる。メニューは毎朝,砂糖がたっぷり入ったミルクティー(カップー杯)だけである。7 時半ごろになると,通いの生徒がぞくぞくと登校してくる。この時間には,教室はたくさんの生徒 の笑い声でいっぱいになる。歌を歌っている生徒もいれば,まじめに宿題をやっている生徒もいる。

月曜日と水曜日と金曜日には,7時45分から朝礼が行われる。月曜日と金曜日は,国旗掲揚から始

(11)

小林・小川:ケニアの中等学校に関する学校民族誌的ノート      71

まる。その後生徒全員で歌を歌う。歌はク    Table 2:Time Schedule。f a Day。f Kimasian リスチャンソングが主である。最後は,校        Hill Sec。ndary Sch。。1.

長先生の話で終わる。話の内容は主に遅刻

などの注意や行事等の連絡である。8時15   7:45−8:10M・mi・g Assembly(M・n−W・d・,F・i・)

8:15 −  8:55  1st Class Session

分に最初の授業が始まる。授業時間は1校    8:55−g:352。d class sessi。n

9:35− 10:15  3rd Class Session

時が40分。1講目から3講目(8:15〜10   10:15_10:35B。eak

:15)まで3つの授業が休み時間なしで連   ll悪:{1悲 捻3慧1:::1::

続して行われる.4講目から6講目(10:  }1:ll二}1:ll髄.鼎ass sessl°n 35〜12:35)と,7講目から9綱(13:  il:ll:ll:ll lll81::§:::1::

45〜15:45)も同様である。10時15分から   ll:ll:{1:ll蹴。g畿£1・ズ謡。iti。、

は20分間の休み時間である。教室から生徒 がぞろぞろと出てきて,校庭の草むらに寝

そべって話をはじめる。3科目ぶっ続けの授業はさすがに疲れるとみえる。4講目始まりのベルが なると,生徒たちはむくっと起き上がり教室へ向かう。何人かの生徒は,教室とは逆の方向にある

トイレに向かって歩き出す。昼休みは12時35分から始まる。通いの生徒は家に帰って昼食をとる。

家が離れている生徒は,昼休み開始のベルが鳴ると同時に,家に向かって走り出す。なかには,家 が5km以上も離れているので,昼食に帰ると午後の授業が始まるまでに帰ってこれないために,昼 食をとらずに校庭でごろごろしている生徒もいる。寮生は昼休みが始まると,各自,家から持参し ている皿とスプーンを持って,ぞろぞろと寮のキッチンへ集まってくる。学校雇いのコックが調理 してくれた食事を当番が各自の皿に盛る。メニューは,月曜日と水曜日と金曜日はウガリとスクマ,

火曜日と木曜日はギゼリである。ウガリとは,とうもろこし(日本のとうもろこしとは違い,白く てかたくて粒が大きい。)を粉にしたものを,沸騰したお湯の中にたくさん入れ,さらに煮立てな がらこねてマッシュポテト状にしたものである。スクマとは,ほうれん草に似た野菜で,油と塩で 妙めて食べる。たいてい皿いっぱいのウガリと一握りのスクマが盛られる。またギゼリとは,とう もろこしとマメを煮て塩で味付けしたものである。自分たちの皿に食事が盛られると,生徒たちは 草むらに座ったり,または寮のベッドに腰をおろして,楽しそうに会話をしながら食べる。食事が 終わると各自自分の皿とスプーンを洗い寮の中の自分のロッカーにしまう。そして,ある生徒は教 室へ入って自習を始め,ある生徒は校庭でバレーボールを始める。またある生徒は,寮のベッドの 上に腰をおろして友人と話を始める。13時45分に,午後の授業が開始される。開始5分前になると,

通いの生徒たちが次々に帰ってくる。何人かは汗を流しながら走ってくる。授業も午後になると教 師たちもだんだんとだれてきて,なかには教室に現れない者もいる。S.E.E.の授業は,校長 が行うことになっているが,校長でさえ授業にいかない時がある。教師が教室に現れないと,当然 そのクラスは自習となる。授業があってもなくても生徒たちは無表情である。自習になったことを おこったり喜んだりする生徒の姿は見られない。ほとんどの生徒たちは,自習は好きではないと言 っている。授業が自習になると,教科書を持っている生徒が黒板に教科書の内容を写し,それを他 の生徒がノートに写すというようなことが行われる。教室内は,予想外に静かである。15時45分に 1日のすべての授業が終了する。生徒たちは解放されたように教室を出る。彼らは5時までは許可 なしで下校することができない。それまで校庭でサッカーやバレーボールをしたり,ふざけあった

(12)

りして時を過ごす。しかし,生徒たちの声でにぎやかな校庭も17時30分ごろには静かになる。18時 ごろには,夕食待ちの寮生が数人バレーボールを楽しんでいるくらいである。寮生の夕食は,たい てい18時半ごろである。昼食のときのように当番が各生徒の皿に夕飯を盛る。メニューは,毎日ウ ガリとスクマである。彼らはいつも同じようなものを食べている。19時からは,寮生の夜の勉強時 間である。Headboyがランプを持って教室へ向い,他の生徒がそれに続く。この地域は,夜になる

と相当に冷えるので,生徒たちはかなり着込んで勉強をする。時々見回りにくる校長や他の教師を 意識しながら,小声で話をする生徒もいる。21時30分になり勉強時間が終わると,生徒たちは突然 立ち上がりクリスチャンソングを歌い始める。そして,お祈りをする。これらの指揮をとるのはク リスチャンのリーダー格の生徒である。その後,彼らは寮にもどって床に就く。1日の終わりであ

る。

〈教師の一日〉

こんどは教師の一日を描いてみることにする。教師にも,学校の宿舎に寝泊まりしている教師と,

家から通っている教師とがいる。何人かの通いの教師は,朝7時ごろやってきて,宿舎に寝泊まり している教師の部屋で,ミルクティーを飲みながら話をする。また何人かの教師は,職員室で授業 の準備をする。朝礼がある日にはそれに参加するが,話をするのは普段は校長だけである。また教 師全員が朝礼に出席するわけではない。この時間になっても学校に来ていない教師も何人かいる。

8時15分になって授業が始まると,授業のある教師は教室へ向い,授業がない教師は職員室で次の 授業の準備をする。10時15分からの休み時間には宿舎の1部屋で,ミルクティーを飲みながら話を する。昼休みになると,通いの教師の何人かは家に帰って昼食をとる。そして何人かは,宿舎に寝 泊まりしている教師と一諸に昼食をつくり食べる。メニューはきまってウガリとスクマである。13 時45分から午後の授業が始まる。みんな重い腰を上げて教室へ向かう。何人かの教師はまだ学校に 帰って来ていない。放課後になると,彼らは,サッカーやバレーボールを観戦したり審判をしたり する。残りの教師たちの中には職員室で話をする者もいる。女教師たちは用がないときは,家に帰 ってしまうことも多い。

〈生徒の素顔〉

すでに述べたように本校には4つの部族の生徒がいるのだが,普通はそのことに気づかないこと が多い。しかし,時には異なる部族の生徒たちがいるのだということを意識させてくれることもあ る。たとえば,休み時間などに同じ部族の生徒同士が,かたまって話をしている光景などである。

Secondary Schoo1の就学率が全体の約20%(表1参照)といわれるケニアで,このSecondary Schoolに通うことができる生徒たちはとても幸せであるように思える。私は自分の持ち授業のあい 間に,よく2㎞ほど離れたマーケットまで買物に行ったものであったが,途中,生徒たちと同じく らいの年齢かあるいはそれ以下の子供たちが,何頭もの牛を追っていたり,重い荷物を背負って歩 いているのを必ず見かけた。学校へ行けない子供たちは,青年期を主として家の仕事を手伝って過 こすのである認)。学校へ行くことはお金のかかることである。本校の年間授業料は,2,500シリン グ(約17,500円)。この額は,自分の畑でとれた野菜を売ったり,空かんを集めて簡単なランプを 作りそれを売って,わずかな現金収入を得ている地域住民にとっては決して安くはない。それでも

(13)

小林・小川:ケニアの中等学校に関する学校民族誌的ノート      73

子どもをなんとか学校へ通わせている親の期待に反して,本校の生徒の成績はそれほど良いと言え ないのが現実である。授業中の生徒たちはたいへん静かである。静かというより無表情と言ったほ うがよいかもしれない。教師が質問をしても答えがわからないときは,だまっていることが多い。

教師の質問に対して,自主的に挙手をして答える生徒はまれでしかもいつも同じ生徒である39}。し かし,教師が板書したことはしっかりとノートに書き写す。彼らを見ていて気がつくことは,休み 時間などに草むらの上で話をする時など,男子は男子同士,女子は女子同士でかたまる傾向がある ということである4°)。学校の方針としても,校長をはじめ教師たちが生徒の男女交際についてやか ましいのはたしかである。いずれにせよ,男子生徒がお互いに手をつないでトイレに行く光景は,

あまり気持ちのよいものではない。

〈休暇〉

ケニアのSecondary Schoo1では,年に3回,学期と学期の間に長い休暇がある。1学期と2学 期,2学期と3学期の間の休暇はそれぞれ約3週間,3学期と新しい学年の1学期との問の休暇は 約7週間である。そのほかに,学期の中間にmidterm−hohdayがあり,ふつう土日をはさんで4日 くらいの休暇となる。これらの休暇のときには,寮生は家に帰る。そのほか,週末には寮生のおよ そ半分は家に帰る。生徒たちは,このような機会にのみ,家族や氏族の人々と接触することができ るのである。

〈教師と生徒〉

ケニアの学校は,全体的に教師と生徒の身分的な序列がはっきりしているようにみえる。ある学 校では,教室以外で教師と生徒が話をするのを,校則で禁止している。Kimasian Hill Secondary Schoolはそこまで厳格ではないが,教師と生徒が日常的な会話をしているところをあまり見たこ

とがない。わたしがケニアを去るころに,若い教師が何人か本校に赴任してきたが,彼らは放課後 などに生徒たちと一緒になってバレーボールをやっていた(このようなことは以前はみたことがな かった。)。しかしそれでもなお,生徒にとって教師,特に校長はこわい存在である。生徒が何か違 反をしたとき,彼らに罰を与えるのは教師そして校長である。授業に遅れた生徒を教室に入れなか ったり,小さい木の枝で手のひらや足をたたいているのを,よく見かけたものである。違反の程度 によっては,1日中畑仕事をさせたり,草刈りをさせたりする。教師によっては常に力で生徒を押 さえている者もいる。特にそれが著しいのは校長である。こういう教師を生徒はどう思っているの だろうか。生徒と話をしていると,そういった教師の悪口をよく耳にする。他の学校で,生徒が卒 業した後校長の家に投石して逃げていくという話はよく聞いた。校長には,面と向かって何も言え ないためにこういう手段をとるのであろう。我がKimasian Hm Secondary Schoolでも興味深い 出来事があった。それはちょうど学期末試験の期間中のことであった。ある生徒が朝礼が終わって から登校してきた。私が試験問題を配っていると,その生徒は職員室から呼び出しがかかり,ある 1人の教師が迎えにきた。その生徒は何を思ったか職員室へ行くのを断わり,断固として自分の席 を離れなかった。その教師はいったん職員室に戻ったが,試験の最中に再びやってきて,彼をむり やり教室の外に出そうとした瞬間,彼はいきなり教師になぐりかかった。他の生徒たちはあぜんと していた。何人かの教師が入ってきて,彼を押さえたのでその場は何とかおさまったが,最終的に

(14)

は,学校側が警察を呼んで来て,彼はそのまま警察に連れていかれた。彼が次に学校に姿を現した のはそれから2カ月後のことであった。このことから教師がいかに生徒を力で押さえているかがわ かると思う。

〈授業と言葉〉

生徒たちはそれぞれの部族の言葉を持っている。そのため,生徒たちがお互いにコミュニケーシ ヨンを交わそうとすると,当然,共通語が必要となってくる。そのためにケニアでは,National Languageとしてスワヒリ語が,またOfficial Languageとして英語が用いられている。校内でス

ワヒリ語と英語以外の言葉を使うことは,どこのSecondary Schoolでも校則で禁止されている。

そして,スワヒリ語以外の教科書は普通英語で書かれている。授業も主に英語を使って行われる。

ここで,生徒たちが第2国語である英語を媒介とした授業をうけて,たとえば科学などの内容がき ちんと理解できるのであろうかという素朴な疑問がわく。

ケニアでは子どもたちはPrimary Schoo1に入って初めて英語を習う。彼らの親の大部分は,英 語が話せない。そして普段,家では母国語が使われている。従って,子供たちはPrimary Schoo1 に入るまでは,ほとんど英語に親しむ機会はなかったと思われる。英語の授業はPrimary School の第1学年から始まる。これは学校によっても違うが,本校の生徒が卒業したPrimary Schoolで は1学年から3学年までは,スワヒリ語あるいは母国語を媒介として授業が行われるのがふつうの ようである。しかし,第1学年から第8学年まで各学年で行なわれるScienceでは,教科書は第1 学年のものからすでに英語で書かれている。書かれている英語は簡単なものではあるが,子供たち がそれまであまり英語に慣れ親しんでいないことを考えると,Scienceの授業で子どもたちは科学 を学んでいるのかそれとも英語を学んでいるのか不思議に思える。

Secondary Schoolでの科学関係科目を例にとって,授業と言葉の問題をもうすこしみてみたい。

Scecondary SchoolではScienceは, Physics, Chemistry, Biologyに分かれるのだが, Primary SchoolのScienceでは, Secondary Schoo1でPhysicsやChemistryを学ぶための,基礎とな る内容はあまり扱っていないので,PhysicsやChemistryは彼らにとって全く新しい科目である といってもよい。それらの教科書には,いままでに見たことも聞いたこともない事象や,わけのわ からない実験が,たくさんの科学的専門用語とともに,ぎっしりと英語で書かれているわけである。

当然のごとく,これらの専門用語は,部族語にはないものばかりである。もし,この地域がナイロ ビのような発展した街であれば,少しは英語の科学的専門用語が,外来語としてごく自然に部族語 のなかに入ってきたであろう。ところが,たとえば本校の地区には電気がないので,人々は電気を 知らないし,もちろん電気に関する基本的な用語は,部族語にも入ってきていない。そのことが,

彼らがScienceを学習するうえでの大きなハンディになるのは言うまでもないことのように思える。

「電気のない地区で,電気を知らない生徒たちが,電気に関するSecondary Schoo1レベルの専門 的知識や諸概念(Electrostatics, Current Electricity, Electrolysis, Electromagnetic Induction etc.)を,しかも第2国語である英語で学習する」という。いったい何を何のために学んでいるの だろうか?

(15)

小林・小川:ケニアの中学校に関する学校民族誌的ノート      75

〈科学の授業〉

Table 3:Time Table of the 3rd Term in 1989.

Physics, Chemistry, Biol一

ogyといったScience関係科   附m l

       MON     TUE      WED     THU      FRI レは,Kimasian Hill Secon一

l   Kiswa』i】i     CR. E,      English      Physics      Kiswaトili

dary Schoolでは時間割(表   1 器欝醇  建雛留醇  燦溜癩  臨晋1野  盤:1臨1:1::

3)に示したように,各学年    1 錨島幡  轟急犠   会礎㏄ 慧慧壱h  昊瓢re

6  History     Chemistry    Business    Mathematics   Agric凹lture

に週2〜3時間ずつ組み込ま   1 §黙   喚唖弊  畏濫晶肺  琶i:1講   調慧 れている。日本の高校のよう   9 Pb榔   臨照』ili  (㎞即吻  臨幽h  RE に各学年にそれぞれ1科目ず   R㎜2

MON     TUE      WED     THU      FRI

つを配当するというようなや    1 撫㎞㎜幡  Pい㎞   E。g且捻h  噛臨冊hih  橋鱒

2  Mathematics   History      History      Geography    .  一

り方ではなかった。   ll聯 1晶 1瓢臨雛 灘島

私がケニアを去る少し前の   1 舎『㌍㎞℃ 長繍h  邑溜縞  誓噌野㎞ 畿蓋醗 1989年9月に,本校にも実験    1 醤躍   鵬翻  艦1::{:濃  暑聾畳   冒温晶

9   Eng塁ish       Agriculture    C、 R. E,      P』ysics      Business

室が建てられた。それまでは,

Form 3

教科書中心の授業が行われて     MON   TUE   WED   THU   FRI いた。科学の学習内容のレベ    1 畿溜且i  膿跳  畿濃島  呈留:蓋  長繍1、

ルを日本のと比較してみると,  1 鵠}轄  昊誤畿㎜  罐謝   甑㎞猟、 瀦欝

5  Biology     Biology     Englisb     Mathematics   Physics

Biologyは衛生教育などが入   1 邑紫雪  驚:諮  難騨  畏雛酔  §轟昌

っていてやや学習内容禰成 1幣㎞1臨,繍響 1臨 鵜}1:::

が違うので,直接比較するの   趾m4

は困難であるカ㍉Physicsや      MoN   TuE   wED   THu   FRI

l  Matbematics   Enghs』     Commerce    Commerce    C」emistry

Chemistryを見てみると,だ   1 歌鑑贈  琶譜1匙  畏i:縞   艦:鵠』  融溜編 いたい中学校1年から高等学    1 §捻認   書麟   亀翫脳  長器謡㎞  巷:1謡 校2年ぐらいのレベルの内容   1 琶圏型  艦臨㌫ 瀦:謙  さ饗野  巽i:翻i}i

8  Geography    Mat』ematics   Enghsh     Geography    Physics

に相当する。残念ながら,そ   9 臨冊hih  臨glbh  臨財y  翫幽h  Ph鱒 れは本校の生徒にとってはか

なりレベルの高いものである。内容が難しいだけでなく量も多い。これを平均週2回の授業だけで 終わらせよういうのは至難の技である。

・   生徒たちに,Physicsを教えていて感じるのは,彼らが目に見えない事象や抽象的概念を理解す るのが苦手であるということである。例えば電気,圧力,分子のような目に見えないものを,そ ういうものがあると頭の中でイメージすることが困難なように思える。そのためか,生徒の中には とりあえず暗記をして,試験でいい成績をとろうとする傾向が見られる。何人かはそれなりの点を とるが試験が終わると暗記していたものの半分以上をすぐ忘れてしまうようである。

ただ,あの地域に住んでいる生徒たちの環境と,科学教育の学習内容とのギャップを考えると,

簡単にそう言って納得してはいけないのかもしれない。科学に関する予備知識の有無を無視した議        .

̲は非生産的であろう。前にも述べたように,この地域には電気がない。ほとんどの生徒は,コン セントから電気をとって,電気器具を動かしているのを見たことがない。そういうなかで,例えば

ヒューズについてPhysicsで取り上げたとする。そして,生徒たちが教科書にかかれた電気回路と

(16)

ヒューズの関係について,どうしても理解が困難になってしまうのは,ただ単に理解力が乏しいと いうのではなく,彼らに電気回路とヒューズの関係の理解を容易にするための日常経験が不足して いるからなのかもしれないのである。ケニアには首都ナイロビのように東アフリカ最大の都市から 本校のような電気も水道もない村まであって,その生活環境の差は著しい。しかし,学校の制度や 学習内容は,全国共通である。つまり,ナイロビのSecondary Schoolと,本校では生活環境が全

く違うのに,同じ内容を学習しているのである。国家としての教育目標と現実のギャップは,本校 のような学校においてより明確に目につくようである。

       ●

P989年に,第1回KCSEテストが行われた。このテストではPhysics, Chemistry, Biology,

Agricultureの各科目については実験・観察の試験が含まれている。そのためどの学校でも,実験 室を持つようになった。これまで教科書中心で授業が行われてきたために,どうしても暗記が主と ならざるをえなかった科学教育が,実際の経験を通して事象や概念を理解できる機会が少しはもて るようになったのである。既に述べたように本校の生徒たちは,目に見えない事象や抽象的概念を 理解するのが得意ではない。そうしたなかで,実験・観察を通して彼らに科学的知識を提示できる ことは,教育上たいへん意味のあることのように思える。ただここで問題なのが,彼らが実験・観 察を,学習内容を理解することと正しく結びつけることができているか,ということであろう。た だ単に,実験器具をいじることに興味をもって,その実験の意味など全然考えていない,というこ とも十分に考えられるからである。実際に,生徒たちが実験をしているのを見ていると,ほとんど の者はその実験の目的をはっきりと把握したうえで,作業を行っているようにはみえないのである。

また,別の問題もある。実験・観察を行ったところで,科学の学習内容が本校の生徒にとってハイ レベルなものであることには変わりがないのである。つまり,物質の膨張や収縮を実際に観察した からといって,その様子を分子の状態の変化としてイメージできるかどうかということである。し かし,彼らが科学において実験・観察がどのような役割を果たすものなのかを理解しているかどう かというより大きな問題もそこにはあるのかもしれない。ただ,従来でさえ学習内容が多すぎて,

1冊の教科書を年内に終わらせるのが困難であったのに,実験や観察に時間をかけてしまって,本 当に大丈夫なのだろうかという疑問は残るのである。

〈宗教と科学〉

宗教と科学の対立をよく耳にする。宗教と科学はお互い全く相反することなのであろうか。ケニ アの政府は国民を,キリスト教かイスラム教のうちどちらかに所属させようという方針でいるよう にみえる41)。学校教育のカリキュラムの中にC.R. E.(CLristian Religious Education)や 1.R.E.(Islamic Religious Education)が科目として組み込まれていて,各学校がどちらかを 選択しその授業を行わなければならないことになっている。 1.R.E.の授業は,主にケニア の海岸地域の学校で行われている。Kimasian Hill Secondary Schoolでは, C.R.E.の授業が各 学年とも週2時間ずつ行われている。朝礼などでは,クリスチャンソングを歌い,職員会議も,黙 想をしながらお祈りの決まり文句を唱え,「アーメン」と言ってから始まる。しかし,だからと言

って全員がキリスト教徒というわけではない。この地域のような田舎では,伝統的な宗教がまだま だ根強く残っている。彼らは,太陽月,星,あるいは山に神様がいると信じていたり,また,祖 先の霊を崇拝し祈ったりしている42)。そのため生徒の中には,キリスト教徒をばかにするような言

参照

関連したドキュメント

ケニアは試験至上主義の社会である。毎年 11 月にケニア初等教育修了試験( Kenya Certi cate of Primary Education: KCPE

of collaborative learning in the lower secondary school science classes: Teaching of “Solar system” as an example 要旨

鳥取大学教育学部教育実践研究指導センター研究年報 第7号 1998年3月

図5−2:

「スクール・セクシャル・ハラスメントに関する学習資料」 10

みんなで・・・さらなる学校と地域の連携・協働に向けて ①知る(情報共有) 子供には、地域には どんないいところがある?

 次に、教員の質の保持がある。High

Upper secondary も同様に公立学校では、授業料無料である。 Upper secondary を修了後、教員養成学校を 2 年間修了 すると、 Lower secondary, Primary