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論文の内容の要旨

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Academic year: 2021

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論文の内容の要旨

氏名:佐 藤 邦 政

博士の専攻分野の名称:博士(文学)

論文題名:教えと学びの認識論―理知的な探求者となるための条件についての認識論的考察―

本研究の目的は、教育に関わる範囲の中での探求について認識論的観点から考察することである。より 具体的には、以下の二つの目的がある。第一に、教育と関係する、探求に関する重要な問題として、「子ど もがより理知的な仕方で探求を行えるようになるために、教育を通じて学ぶべきことは何か」という問題 を同定することである。第二に、子どもがより理知的な仕方で探求を行えるようになるため、教育を通じ て学ぶ必要のあることについて、教えと学びの文脈における情動、動機、および、知的徳の観点から考察 し、うえの探求の問題について私の回答を与えることである。

本研究の研究背景を述べる(第一章)。教えと学びを中心とする教育の認識論は、これまで認識論におい て主題的に研究されてこなかった。その大きな理由は、デカルトから始まったとされる近代認識論におけ る、信念が帰属される個人による正当化が必ず必要であるという意味での「正当化の個人主義」の前提が、

教育の認識論研究にあまり適していなかっただろう、というものである。たとえば、小さい子どもの信念 の正当化や知識伝達の主題は、個人主義的な認識論の枠組みでは考慮される余地がない。しかし、現代認 識論では、個人主義の前提はすでに批判的に検討されており、今後、教育に関わる主題も、認識論の中で 検討されると予測される。加えて、少ないながらも、近代認識論の諸前提に批判的でありつつ、教えや学 びの考察に応用しうる内容を踏まえた過去の教育の認識論研究がある。以上の研究背景を鑑み、本研究は、

現代の認識論と過去の教育の認識論という二つの支流を合わせて、新たな教育の認識論を提示することを 目標とする。

次に、本研究の主題が、教育に関わる範囲での探求に焦点が絞られる理由は、現代の認識論的状況にお いて、子どもが理知的な探求者となるために必要かつ基礎的なことを教育により学ぶことは、ますます重 要になると考えられる、ということにある。現代の知的生活でわれわれが受け入れている信念、および、

各々の信念に関連する理由ないし証拠の量は膨大であり、自分のもつ信念をすべて自分自身で正当化する ことは難しい。それゆえ、現代の認識論者ハードウィッグ(John Hardwig)が指摘するように、知的に高度な 知識を獲得するために、医師や科学者など他者に認識論的に依存することは合理的な場合がある、と考え られる。このような認識論的状況で、子どもが自分自身で理由を考えると同時に他者に適切な仕方で認識 論的に依存しながら探求ができるようになることは、教育の主要な目的の一つとなると考えられる。これ が、本研究で探求に焦点が当てられる理由である。

以下では、本論文の構成に沿いながら議論の概要を示す。

はじめに、プラトンの『メノン』における「探求のパラドックス」として知られる議論を分析および定 式化した後、教育というオリジナルの観点を導入することでパラドックスに答えようと試みる(第二章) 結果的にパラドックスの解決には失敗するものの、その考察についての検討を通じて、教育に関係する探 求の問題を同定する。この議論は以下の二つの部分から構成される。

第一部では、『メノン』の問題設定において学習者は、探求される問題に関連する内容を学習していない という意味で初心者であることが前提とされていることが明らかにされ、そのうえで、探求のパラドック スの核心は、初心者の学習者は、探求の端緒や探求の過程で問題をどのように立てれば良いのか分からな いため、みずから探求を始めることも進めることもできないことにある、と論じられる。このように定式 化される探求のパラドックスに対して、それを解決する一つの有力な方法として私は、初心者の学習者が 探求される問題に関連する内容を親や教師から教わることを考える。教わると、学習者は初心者ではなく なり、目標の知識を獲得するために、問題をみずから立てられるようになると考えられるからである。し かし、教えの観点を導入しても、「教える者は探求される問題に関連する内容をどうやって知りえたのか」

という教えに関する問題が繰り返し残るため、探求のパラドックスに対して十分な回答とは言えないこと が明らかにされる。

第二部では、探求のパラドックスの解決を目指した以上の考察についての検討から、探求に関係する教 えと学びに関する発見について評価する。うえの教えに関する問題に答えることを保留にするならば、探

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求のパラドックスの解決とは別に、子どもがみずから問題を立てて探求を始めるようになるために、多く の知識を親や教師の証言を通じて教わることは必要であると言え、この段階は「初期の(認識論的)段階」

と呼ばれる。加えて、初期の認識論的段階が終わると、子どもは知識獲得につながる内容かどうか判断の つかないままに、さまざまな内容を自発的にも学ぼうとするようになる。このような学びは「手探りの学 び」と呼ばれ、この学びの段階は「自発的学びの(認識論的)段階」と呼ばれる。

子どもも含めてわれわれは、未知の知識を獲得するため、その知識獲得につながる内容を手探りで学ば なければならない。それでも、理知的な探求者なら、探求のきっかけや突破口を得るために、目標の知識 を獲得するために知らなければならない内容の範囲におおよその見当を付ける。このことから、理知的な 探求者の育成の目的は、自発的に学び始めた子どもが理知的な探求者になることをサポートすることにあ ることが明らかにされる。

次に、教育と関係する探求の問題として、「子どもがより理知的な仕方で探求を行えるようになるため、

教育を通じて学ぶべきことは何か」という問題があることが明らかにされる。第三章から第五章まで、探 求をより理知的に行えるようになるために学ぶ必要のあることについて、情動、動機、および、知的徳の 観点から考察される。

まず、探求をより理知的に行えるようになるために学ぶ必要のある一つ目として、適当な情動が、教え と学びのしかるべき状況で繰り返し生じるようになることが取り上げられる(第三章)。情動についてのこ のような傾向性は「情動的徳」と呼ばれる。情動的徳が理知的な探求をすることに貢献することを論証す るため、認知的情動としての驚きについてのシェフラー(Israel Scheffler)の議論を批判的に検討および補足し、

次のように結論づける。第一に、驚きは、教える者や学ぶ者が教えや学びに関連する認知内容に気付くと きの情動的反応であり、そのような情動的反応を示すことは、その認知内容に注意を向けさせる役割を果 たしうる。第二に、この点で驚きが合理的生活における教えや学びに貢献しうる。第三に、驚きを含む、

適切な情動が生じることで、適切な状況で関連のある認知内容を当人に気付かせうる情動的徳は、子ども がより理知的な仕方で探求を行えるようになるため、教育を通じて学ぶ必要のあることである。

次に、子どもが理知的な仕方で探求を行えるようになるために学ぶ必要のある二つ目として、批判的に 思考しようと動機付けられるようになることが取り上げられる(第四章)。子どもが理知的な探求者へと成 長するうえで、理由の説得力を適切に評価し、適切に批判的に考えるよう動機づけられるようになること は必要なことだろう。そこで、クリティカル・シンキングについてのシーゲル(Harvey Siegel)の議論を分析 および敷衍することにより、第一に、教師や親、あるいは、小説や映画などのメディアにおける虚構の登 場人物は、合理性を示す手本と見なされうること、第二に、子どもは手本を示されることで実践的に、批 判的に思考するとはどのようなことなのかを学ぶこと、第三に、手本を慕うという情動は、子どもが批判 的に思考しようとする動機要因としての役割を果たすだろうということを論証する。

さらに、子どもがより理知的な探求者になるために、教育を通じて学ぶ必要のある三つ目として、問い をみずから同定し、修正し、洗練させるなど、良い問いを立てることができるようになることが取り上げ られる(第五章)。このことを論証するため、徳認識論の議論で「知的徳」と呼ばれる、探求者の性格特性 の観点から問いを立てることについて検討し、次のように結論づける。すなわち、知的徳の種類の中には、

それを持つ探求者が、焦点の定まった、的を射た問いを立てることができるという意味で「良い」問いを 立てることに貢献するものがある、ということである。この主張を支持するための補助として、さらに、

良い探求の結果、得られる信念を評価するための認識論的基準には、新しさと重要性が含まれること、ま た、良い問いを立てることは、われわれが探求の結果として、新しくて重要な信念を獲得することに役立 つ、ということが明らかにされる。以上の理由により、関連する知的徳を育成することで良い問いを立て ることは子どもが探求を通じて新しくて重要な信念を獲得することに貢献し、それゆえ、子どもが自ら良 い問いを立てることができるようになることは、教育を通じて学ぶべき重要なことであると論じられる。

以上のことをまとめると、理知的な仕方で探求を行えるようになるため、子どもは適切な情動的徳を身 に付け、批判的に思考しようと動機づけられようになり、良い問いを立てられるようになる必要があると 結論づけられる。

最後に、以上の議論を踏まえた、探求を中心とする教育の認識論の今後の課題として、第一に、教えと 学びの認識論的文脈における自己と他者の問題、第二に、認知に関わる情動的徳の明確化の問題、第三に、

手本を見習うことと創造性の習得との関係の問題が挙げられる(第六章)

参照

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