高齢の母と娘のコミュニケーション(6)
―認知症と共に生きる人の楽しみ―
田中 典子
要旨
本稿では分析の焦点を「認知症と共に生きる人の楽しみ」とし、Tanaka (2019) のデータに続く2012年10月1日から、同年12月31日までの筆者の母と筆者自 身の電話での会話を主な分析対象とする。母が認知症による困難を抱えつつも 生活の様々な場面で楽しみを見出していた様子を追い、その楽しみの維持を困 難にした要因も含めて考察する。本論が、認知症と共に生きる人が楽しみなが ら生活するための一助となれば幸いである。
Communication between an Elderly Mother and her Daughter (6):
Enjoyments for People Living with Dementia
TANAKA Noriko Abstract
This paper focuses on ‘enjoyments for people living with dementia’. As the main data for analysis, the telephone conversations between my mother and myself from 1 October to 31 December 2012 are employed. I will follow how my mother enjoyed herself while she was living with dementia. I will also consider what prevented her from the enjoyments. I hope this paper will be of some help for people living with dementia to maintain their enjoyments.
はじめに
筆者は、高齢の母を手助けするため、2011年9月、母の家から徒歩1分ほどの所に転 居した。その転居に伴う役割関係の変化は葛藤を生み(田中 2013)、それまでの対等な関 係を非対称的なものにすることも多かった(田中2014)。また、筆者は母の言うことが真 実かどうか分からずに混乱することもあり(田中 2015)、母の無礼ともいえる言動に戸惑 うこともあった(田中 2017)。
それらの「問題」と共に生きる母は、だが、同時に様々な楽しみも持っていた。ここで はその「楽しみ」に焦点を当て、認知症と共に生きる人がどのような楽しみを持ち、また 何がそれを阻害し得るかを考察したい。本論が認知症と共に生きる人が楽しく生活する一
助となれば幸いである。
1
.分析の枠組み
Kitwood (1997) は認知症と共に生きる人が、人として生きるのに必要な5つの基本的ニー
ズを挙げている。そのニーズに関連し、School of Dementia Studies (2016)は、そのニーズ を満たすために介護者が行うことのできる17の「個人の価値を高める行為」(PE: Personal Enhancers)と具体的な積極的働きかけ(Positive Person Work)を挙げている。それらを基 本的ニーズとの関連によってまとめ、旧版からの桑野ほか(2011)による邦訳に英語を付 して以下に列挙する。
●「くつろぎ(やすらぎ)」(Comfort)
1.思いやり(やさしさ、暖かさ)(warmth)
心からの愛情、配慮、気遣いを示すこと 2.包み込むこと(holding)
安全、安心感、くつろぎを与えること 3.リラックスできるペース(relaxed pace)
リラックスできるペースと雰囲気を作り出すような支援の重要性を認識すること
●「自分が自分であること」(Identity) 4.尊敬すること(respect)
社会の価値ある一員として認め、彼らのもつ経験や、年齢に見合った対応をす ること
5.受け入れること(acceptance)
相手を受け入れ、あるがままに認める態度で関わること 6.喜び合うこと(celebration)
できることや、やったことを認め、励まし、共に喜ぶこと
●「愛着・結びつき」(Attachment) 7.尊重すること(acknowledgement)
参加者を、一人の人として認め、受け容れ、支援し、尊重すること 8.誠実であること(genuineness)
その人が何を望み、どう感じているかに気を配り、誠実で、隠し事をしないこ と
9.共感をもってわかろうとすること(validation)
今、その人が体験している現実を理解し、支持すること。その人が何を 感じ、何に心を揺り動かされているのかを感じ取ろうとすること
●「たずさわること」(Occupation)
10.能力を発揮できるようにすること(empowerment)
その人を管理しようとするのではなく、相手のできることを、見いだし、その 能力を発揮できるように手助けをすること
11. 必要とされる支援をすること(facilitation)
その人がどんな援助をどれだけ必要としているか、見極めて支援を提供するこ と
12.関わりを維持できるようにすること(enabling)
その人が、どの程度深く関わったり、たずさわりを継続したいかを見極め、励 まし、手助けをすること
13.共に行うこと(collaboration)
何かをするときに、相手を完全かつ対等なパートナーとして認め、意思を確認 しあい、共に行うこと
●「共にあること」(Inclusion) 14.個性を認めること(recognition)
一人ひとりの個性、特性を認識し、先入観のない寛容な態度で関わること 15.共にあること(including)
その人が、会話や活動の輪に入っていると感じられるように支援し、励ますこ と
16.その場の一員として感じられるようにすること(belonging)
能力や障害に関わらず、その場の一員として受け容れられていると感じられる ようにすること
17.一緒に楽しむこと(fun)
自由で創造性に富んだ過ごし方を共に見つけ出し、一緒に楽しいことをしたり、
ユーモアを言い合ったりして、過ごすこと
(School of Dementia Studies (2016: 33-34).[旧版からの邦訳:『DCM
(認知症ケアマッピング)理念と実践』 (2011: 26-27) 桑野康一ほか]
これらを枠組みとし以下のデータを分析する。認知症の初期であった筆者の母が楽しみを 見出していたと思われる個所に焦点を当て、それらが上のどの基本的ニーズや「個人の価 値を高める行為」(PE)に関連しているかを考察する。
2.データ
筆者は、母が2013年5月にグループホームに入所するまで、約10年間、ほぼ毎日、電
話で母と会話しており、その会話を母の許可1を得て録音し談話分析のデータとして研究 に用いてきた。本論では、Tanaka(2019)で扱ったデータに続く2012年10月1日から12 月31日までの3ヵ月間の電話での会話を主な分析対象とし、必要に応じてこの期間以外 の会話にも触れる。表1にデータの概要を示す。
表 1.データ 収録日 2012年10月1日~12月31日
自宅の固定電話からの会話のみ録音し、かつ、個人名などが話題に出 てその内容が倫理に関わると判断したものは削除したため、分析対象 とした収録日数は以下の通りである。同日に複数回、会話したものも 含む。
10月:28日間、11月:29日間、12月:28日間
上記以外の分析対象日:2013年1月18日、3月5日、5月19日
媒体 電話
参与者 母(M) 81歳~82歳(誕生日を挟む)
娘(D) 58歳(3月5日、5月19日:59歳)
3
.結果と考察
3.1 分析の手順
音声データを文字化し、Mが感じている何らかの楽しさに関連する部分を抜き出す。
それらが上記「分析の枠組み」で示した5つの基本的ニーズのどれを満たすと考えられ るかによって分類し、その中に17の「個人の価値を高める行為」(PE: Personal Enhancers)
のいずれかが見られるか考察する。またそれらがうまく機能しない場合、その原因につい ても検討する。
3.2 分析の焦点
私たちは誰もが以下の基本的ニーズに関連する楽しみを欲しているであろうが、その楽 しみは単純に分類できるものではなく、複数のニーズを満たしているものも多い。また、
個人の「生活歴」や「性格傾向」(Tanaka 2019参照)によっても、どんな事柄がどのニー ズを満たすかは異なるであろう。それを踏まえた上で、それぞれのニーズにとりわけ関連 すると思われる個所に焦点を当てて考察する。
3.2.1 くつろぎ(やすらぎ)(Comfort)
認知症の症状が出てからも、Mは自らくつろぎ(やすらぎ)を求め、Dもそれを促す
1 2003年6月に口頭で許可を得て録音を開始し、その後、2008年8月に、念のため、本人の署名・
捺印の形で書面による許可を取った。
ことが多かった。
3.2.1.1 食べる
好きなものを気に入った場所で食べることは、「くつろぎ(やすらぎ)」という基本的ニー ズを満たすものであろう。Mも自らその機会を作っていたようである。
273462 M でもなんかずーっとここ【自宅】3にいるのも退屈だから 27347 D (笑)
27348 M ときどき○○【住まいの最寄駅】行って 27349 D ああそうねえうん
27350 M うんケーキ食べたりしてるけど
(2012 年 10 月 10 日)
Dも「包み込むこと」(PE2)によって安全、安心感、くつろぎを与えるよう配慮しレス トランに誘う。これに対し、M(32280)は施設で暮らす次女も連れてきたいと望む。ここ には「愛着・結びつき」や「共にあること」(「共にあること」(PE15)「一緒に楽しむこと」
(PE17))のニーズも関連していると考えられる。
32263 D よかったかもしれない明日あのーちょっとその新しいレストランに一 緒に行ってみましょう
(・・・)4
32280 M じゃ△子5連れてってもいいような場所だね
(2012 年 12 月 17 日)
3.2.1.2 音楽を聴く
音 楽 を 聴 く こ と も、Mに と っ て 大 き な「 く つ ろ ぎ( や す ら ぎ )」 で あ っ た。 ま た、
M(29737)ではDにも同じものを聴いてほしいという「共にあること」へのニーズ(PE15「共
にあること」、PE17「一緒に楽しむこと」)もうかがえる。
2 2011年9月1日の談話からの通し番号
3 【 】:筆者による説明 4 (…):筆者による省略
5 Mの次女。Dの妹。重度の知的障害を負っている。
29734 D (笑)昨日辻井信行さんのピアノ聴いて寝たの?
29735 M うん
29736 D うんよかったねえ 29737 M □子6は聴いてた?
(2012 年 11 月 19 日 )
そのようなニーズを満たすべく、DはMをコンサートに誘うこともよくあった。
29073 D 明日はコンサートだからね 29074 M ああ楽しみ
(2012 年 11 月 10 日)
しかし、時にはそれが「くつろぎ(やすらぎ)」にならないこともあった。一度、会場で 転んだことがあり、M(29193)はそれを「失敗」と捉えて、とても気に病んでいた(29205)。
29193 M また失敗しちゃったあたし転んだりして(笑)
(・・・)
29198 D でもいいじゃない大した失敗じゃないんだからちょっと転ぶぐらい
(笑)
(・・・)
29205 M なんかちょっと寝るまで気にしちゃってたあたし
(2012 年 11 月 12 日)
このことはかなり尾を引いたようで、次のコンサートの時にもM (29867)は、自分が「失敗」
するのではないかと気にしていた。
29852 D 今度の土曜日は○○【D の勤務校】のコンサートだからね (・・・)
29867 M なーんか(笑)なーんだかねあたしどっか行くとこないだもなーんか 王子のほらあそこんところ【転んだことを指している】
(2012 年 11 月 20 日)
6 Dの名前。
3.2.2 自分が自分であること (Identity)
Mは若い頃から好んだことを「自分らしい」活動として最後まで楽しんだ。
3.2.2.1 ピアノを弾く
Mにはいくつか「自分らしい」活動があった。とりわけ、子どもの時から習い、娘時 代にはピアニストになることを夢見た「ピアノ演奏」(Tanaka 2019参照)は欠かせなかった。
しかし、ピアノの音が近隣に迷惑をかけていると思い込み、気にするようになった。
29763 M [ あたし ] なるべくねあのー午前中は悪いから [ 弾かないようにして ] (・・・)
29789 M なんか下手なピアノご午後になったら弾くから 29790 D うん
29791 M 近所に迷惑してるかなあと思って 29792 D あそんなことないと思う大丈夫だよ
(2012 年 11 月 19 日)
3.2.2.2 歌を歌う
Mはピアノを弾きながら歌うこともあり、それが自らのアイデンティティに繋がって いることもあった。次の談話は、Mが卒業した小学校の校歌を自ら楽譜に書き起こした ことに関するものである。D(26959)(26963)は尊敬を込めたコメント(PE4)をしている。
26959 D すごいねおかあさんあんな復元して自分でねえなんか 26960 M いや暇だから [ いろんなこと ]
26961 D [ 頭ん中 ] にあるメロディーをなんかちゃんと音譜にしたんでしょう?
26962 M 黎明富士を天に潮響く港【M の出身小学校の校歌を歌う】(笑)
26963 D (笑)すごい
(2012 年 10 月 6 日)
懐かしい歌は認知症と共に生きる人に大切な意味を持つようだ。NHKテレビ「おはよ う日本」(2018.11.29)(参考資料1)でも、認知症で寝たきりの女性が郷里の歌「信濃の国」
を聴き、嬉しそうに手で拍子をとる場面が放映されていた。
3.2.2.3 手芸をする
Mが得意とするもうひとつは手芸であった。親の勧めで進んだ被服科であったが、娘 たちの子供の頃の衣類はMの手製であり、次女の入所する施設で行われるバザーにも毎
年手芸品を出品していた。
こ の こ ろ も 簡 単 な 手 芸 な ら こ な す こ と が で き た。 ま た 何 か 作 ろ う か と 申 し 出 る
M(31624)に対し、D(31625)もそれを促している。これは「たずさわること」のニーズ
のPE10(能力を発揮できるようにすること)にもあたる。手拭いの端を縫うことも巧く
ないD(31651)にはMへの尊敬(PE4)があり、「やだあ」(M 31652)と驚くMにはプライ
ドが感じられる。
31624 M またなんか作ってあげようかなあと [ 思うけど ] 31625 D [ ああ ] 作って作ってうんうれしいわそしたら
(・・・)
31647 D うんうん(笑)あれもあの手拭いの端なんかも縫ってもらったじゃない?
(・・・)
31650 M あれもできないの?
31651 D できないんだよ 31652 M やだあ
(2012 年 12 月 10 日)
3.2.3 愛着・結びつき (Attachment)
Mは以前にも増して様々な対象に愛着を感じ、結びつきを求めることがあった。
3.2.3.1 夫に
亡くなって10年ほどになる夫(Dの父)のことも折に触れて話題にした。
30951 M なんか 1 年に 1 回はお墓参り行ってやろうと思って 30952 D あそうねえうん
30953 M (笑)かわいそうじゃない
(2012 年 1 月 3 日)
3.2.3.2 娘に
3.2.1.1でも触れたように、施設に居る次女のことは常に頭にあったようだ。また、長女
のDに対しても、何かしてやれることはないかといつも気遣っていた。しかしD(32497)
はそれに十分には応えられていない。
32486 M [ うんなんか ] □子にあたしに【して】欲しいものってなんにもないかね (・・・)
32489 D でもいつもいろいろもらってるよおかあさんに 32490 M そんなにもらってる?
32491 D うんあのーこないだもあれ【手拭いの縁】を縫ってもらったりさあ (・・・)
32496 M でもあんなのじゃなくて
32497 D (笑)そうじゃあまた考えときます何か
(2012 年 12 月 21 日)
3.2.3.3 従弟に
親戚の多くが高齢化する中で、比較的近くに住んでいたMの従弟とは交流が続い ていた。以下はDの勤務校の学園祭に一緒に行った後の会話である。悪戯っぽく笑う
M(28798)は嬉しそうだ。D(28799)も共感を込めて(PE9)それに応じている。
28791 D うんうんなんか○○さん【M の従弟】も来てくれたし 28792 M うん
28793 D おかあさんも楽しかったでしょう?
(・・・)
28796 M うんで□子があたしたちの前歩いてたから 28797 D うん
28798 M ○○さんと手つないだ(笑)
28799 D (笑)うんねえたまにはそういうのもいいんじゃないの?
(2012 年 11 月 5 日)
3.2.3.4 近隣の誰かに
Mは近所の接骨院にマッサージに通っていた。その先生に愛着を持ち、その日の作業 着の色にも興味を示した。D(30081)もその話題を取り上げ、共感を示して話を合わせて いる(PE9)。その先生もMの状況を理解し尊重してくれた(PE7)。
30081 D 今日は【マッサージの】○○先生何色のあれ着てるでしょうね (・・・)
30084 M 紺とねえ 30085 D うん
30086 M それからえんじ色 2 つ持ってんの
(2012 年 11 月 22 日)
マッサージの後によく立ち寄ったのは近所の八百屋さんであった。ここでもMの状態 を理解してくれており、買い物の様子を見守り支援してくれた(PE7)。
31036 M 柿 2 つにリンゴ 1 つ持ってく
31037 D うんでもほんとにあのーおかあさんも食べるのなくなっちゃうとあれ だから無理しないようにね
31038 M うんでもいつもあのあそこの八百屋さんに行って買ったり
(2012 年 12 月 4 日)
現在、Mのお気に入りだったこのふたつの場所は存在しない。接骨院は移転し、見守っ てくれた八百屋さんや電気屋さんも店仕舞いした。顔見知りの個人商店や通い慣れた医院 は、認知症と共に生きる人にとって人と関わる大切な場所である。
一方で、コンビニやスーパーの効率優先の迅速なレジでは、高齢者は負担を感じること がある。徳田(2018: 103-104)によれば、英国ではゆっくりと買い物ができる「スローレー ン」を設けたところがあるという。売上げ上昇の実績もあるということであり、日本でも 検討すべきではないだろうか。
3.2.4 たずさわること(Occupation)
上の多くは「たずさわること」にも関係するが、Mの日常活動を再び考察する。
3.2.4.1 手芸をする
手芸はMにとって「自分らしさ」を表す事柄であると同時に、「たずさわること」とし ても大切であった。次の例が示すように、「Dにしてやれること」として、以前作った手 芸品を探し出して活用することもあった。これはMにとって「愛着・結びつき」を表す 手段であり、D (31521) もそれを尊重(PE7)している。
31514 M 鳥の格好してんのよ 31515 D 鳥の格好?
(・・・)
31520 M で赤いほう□子にあげようと思って 31521 D あありがとうじゃ楽しみにしてるね
(2012 年 12 月 9 日)
3.2.4.2 俳句を作る
若い頃から作っていた俳句も、Mにとって大切な「たずさわり」であると共に、Dへの「愛 着・結びつき」を示す手段でもあった。以下の会話の前日、Mは自作の俳句をDの郵便 受けに入れていた。D(27904) (27906) はMの気持ちへの尊重(PE7)を表し、D (32879)で は俳句の能力を発揮できるよう促している(PE10)。
27904 D (笑)なんかおかあさんがくれた俳句も部屋に貼ってあるよ 27905 M ああ(笑)変なやつだから
27906 D そんなことないよ部屋に貼った(笑)
(2012 年 10 月 21 日)
32879 D 歌を作ってください
32880 M (笑)へんてこりんな歌で何にもないよ持ってくものが (・・・)
32889 D 楽しみにしてますから
(2012 年 12 月 25 日)
3.2.4.3 写真を撮る
DがカメラをプレゼントするとMはとても気に入り、自宅内を撮影したり、外出時に 持ち歩いたりした。
28593 M あたしどこ行くんでもあの袋ん中に写真機入れとくの
(2012 年 11 月 1 日)
撮影したものをDがパソコンでプリントアウトすると喜び、自分でもプリントしたい と意欲を見せた。Dはコンパクト・フォト・プリンターを購入してみたがMはうまく扱 えず、望みを叶えることができずにプリントはDが担った。
28805 D うん適当にプリントしておくから (・・・)
28814 M あれ今度やり方あたしでもできる?
28815 D あれコンピューターがないとできないから 28816 M ああそいじゃだめだ
(2012 年 11 月 5 日)
もうひとつの問題は、撮影不可の場所でも撮りたがることだった。コンサート会場でも 撮ろうとし、不可だと告げると一度は止めるのだが、忘れてまた試み、何度も止めると怒 ることもあった。
3.2.4.4 英語を学ぶ
Mは戦時中の政策によって英語を学ぶ機会を十分に得られなかったことを残念がり (Tanaka 2019参照)、Dから学ぶのを喜んだ。DもMの能力を高めようとして(31270) (PE
10) 積極的に支援し (27938)(PE11)、Mも熱心に学んだ。
31268 D ほんとにそれ戦争がなくてずっとやってたらねえ 31269 M そうなのよね
31270 D ずいぶん上達したと思うのにねでもまたちょっとずつ教えてあげるか らさあ(笑)
(2012 年 12 月 7 日)
27938 D (笑)じゃ今日はさあいい日を過ごしてねっていうのを教えてあげるね 27939 M あちょっと書く
(2012 年 10 月 21 日)
Mは、Dとの会話に使うための表現を質問することもよくあった。そのたびにメモを取っ て電話の側に置いていた。
28023 M 気をつけてねは英語は何て言うの?
28024 D Take care
(・・・)
28029 M 書いとこう
(2012 年 10 月 22 日)
Mは、生活の中でできるだけ英語を使いたい様子だった。毎朝のDからの電話にMは 英語で ‘Good morning’ と答えるようになった。しばらくすると、どちらが先に ‘Good morning’ と言えるかの競争へとエスカレートし、毎朝そのゲームを楽しむようになった。
その始まりは次項に記す。
3.2.5 共にあること(Inclusion)
さまざまな「たずさわり」は誰かと一緒に行うことも多い。誰かと共にあり、一緒に楽
しむことは、認知症と共に生きる人にとって特に大切な時間であろう。
3.2.5.1 英語で遊ぶ
Good Morning! とどちらが速く言えるかの遊びが始まったのは、2012年12月31日の会
話からのようだ。この日、Mは受話器を取った途端にGood Morning! と答え、二人で大い に笑っている。
33118 M Good Morning!
33119 D (笑)Good Morning! !(笑)私も言おうと思ったら先に言われちゃっ た(笑)Good Morning(笑)すごいね(笑)
33120 M (笑)電話のとこにこう置いてあるもん
(2012 年 12 月 31 日)
Dが朝の電話をすると、Mは夢中になって ‘Good morning!’ と言う。Dもそれに英語で 答えている内、この競争が習慣になり、毎日ほとんど同時に発話し大笑いするようになっ た。両者にとって、それは楽しい絡み合いであった(PE 17)。
この「遊び」は長く続き、以下のように同時発話を楽しむこともあった。ここには「た ずさわること」中の「共に行うこと」(PE 13)も見られる。
34185 D [Good morning](笑)(笑)
34186 M [Good morning](笑)(笑)
34187 D 今日は同時ぐらいだったかな(笑)
34188 M (笑)
(2013 年 1 月 18 日)
鷲田(1999)は、友人の人類学者とその障害のある息子の会話について以下のように述 べている。母と私のこの挨拶にもそれに通じるものがあったと感じる。
このような同時発話においては、ひとは「意味」や「物語」を交換しているというよりも、
「身体として共存している」という感覚をたがいに呼び起こしあっているのではない か、とこの人類学者は自問する。(・・・)まったく同じ単語やフレーズがみごとに ユニゾン(斉唱)されるとき、ことばはなにか情報を運ぶために口から発せられてい るわけではなく、まさにふれあう足と足のように、同時的に共有されるためにこそ発 せられている」というのである。 (鷲田、1999: 122-123)
多くの場合、Mの方が早く発話し、D(40003) (40005)(4007) もそれを褒めるので、M (40004) (40006) は誇らしげであった。ここには「たずさわること」の「能力を発揮できるように すること」(PE 10)も見られる。M(4008)自身もそれに乗り、話題を盛り上げている。
40000 M [Good morning]
40001 D [Good morning]
40002 M (笑)
40003 D やっぱりお母さんのほうが早い(笑)
40004 M これだけはもう(笑)
40005 D 素晴らしいね 40006 M 感謝状(笑)
40007 D (笑)本当なんか賞状でもあげたいねなんか(笑)
40008 M (笑)今度作っとこうか
(2013 年 3 月 5 日)
しかし、Mがグループホームに入所する2013年5月になると、Mはこの遊びをあまり 楽しまなくなり、すぐに他の話題に移る(46816)ようになった。
46810 M はい
46811 D あ、Good morning 46812 M Good morning
46813 D (笑)きょうは私が早かったよ 46814 M そう?
46815 D (笑)でもお母さんすごい素早く出たねきょうは(笑)
46816 M うん違うの〇〇さんにね
(2013 年 5 月 19 日)
3.2.5.1 隣人とラジオ体操をする
Mは、近くの公園で毎朝6時半から行われるラジオ体操に長く参加していた。数人の ラジオ体操仲間と「共にあること」(PE 15) もそれを支えていた。
28941 M ラジオ体操から帰ってきて朝ご飯作ってる (・・・)
28944 D ほんとに素晴らしいね
28945 M そんなことないよいつもおんなし○○さんと○○さん【近所の M の友人】と
(2012 年 11 月 8 日)
しかし、寒さが増すと自然に集まりが少なくなり、D (30882)もMが暗い公園にひとり で行くことを心配し、M(30883) 自身も休むことを決めたようだ。結果的に、Dは「関わ りを継続できるようにすること」(PE 12)と逆行する行動をしたことになる。
30869 M そうなの今日も 1 人
(・・・)
30880 D [ うんねえ ] だからほかの人がいればいいけどねえ 30881 M うん
30882 D いないと怖いから気をつけてね 30883 M 今やめやめる
(2012 年 12 月 3 日)
3.2.5.2 一緒に出掛ける
外出もMを元気づけた。3.2.3.3で触れた従弟との外出も喜んだ。以下は、Dの勤務校 の学園祭に一緒に行く予定についての談話である。
28242 D うん今度あのー○○祭【D 勤務校の学園祭】○○さん【M の従弟】も行 けるから
(・・・)
28245 M 楽しみにしてる
(2012 年 10 月 27 日)
この予定について、M(28497)は自分が夕食をご馳走すると申し出、D(28500)もそれをあ る程度受け入れてMの自尊心を満足させている。これは「自分が自分であること」のニー ズの「尊敬すること」(PE 4) にも関わると思われる。
28496 D うんであのあたりで夕飯でも [ みんなで食べればいいんじゃないかな ] 28497 M [ うん ] まあたしが一番年寄りだからあたしがお金出すよ
28498 D (笑)そんな 28499 M (笑)
28500 D 年寄りだからってことはうんまああのおかあさんにもごちそうしてい ただくかもしれないけど
(2012 年 10 月 31 日)
以下の談話にも、愛着を感じている従弟も含めた外出に対し、Mが華やいだ気持ちを 抱いていることがうかがえる。D(28769) (28771) (28775)もその「愛着」のニーズを「尊重し」
(PE 7)、支援している。
28769 D ○○さん【M の従弟】も来るしさあちょっとおしゃれして 28770 M そう?
28771 D お化粧でもちょっとして(笑)
28772 M 今ちょっとおしろい塗ってみたけど 28773 D あそうなのうん
28774 M なんか変だよ
28775 D (笑)じゃあ私が見てあげる
(2012 年 11 月 1 日)
DはMを様々な活動に誘い、できるだけ「一緒に楽しむ」(PE 17)ようにした。それに対し、
M(29707)もとても積極的であった。
29706 D 陶芸とかフラワーアレンジメントとか書いてあるからどんなのやって んのかなあと思ってちょっと試しに見にいって [ みようかなと ] 29707 M [ ああじゃ ] あたしも行きたい
(2012 年 11 月 18 日)
Mは、かつてのオーストラリアやイギリスへの旅を懐かしがり、もう一度海外旅行が したいと言っていた。しかし、この頃、その難しさを感じてもいたようだ。「外国はもう 無理だけど」というM(30973)に対し、D(30974) (30976) (30978)は、それに代わる提案を して励ましている(PE 12)。
30973 M まあ外国はもう無理だけど
30974 D うーんまあそんな遠くなくてもねえ 30975 M うん
30976 D 近いとこでもいろいろいいところがあるから 30977 M そうよね
30978 D うんうん考えてみようよ 30979 M うんありがとう
(2012 年 12 月 3 日)
おわりに
本稿では、認知症と共に生きていた母が生活の中でどのようなことに楽しみを見出して いたか、またそれを阻害した要因は何かを考察した。ここで取り上げたものを表2にまと める。
表 2 まとめ
基本的ニーズ 活動 個人の価値を高める行為(PE) 問題点 くつろぎ
(やすらぎ)
3.2.1.1 食べる 3.2.1.2 音楽を聴く
包み込むこと(PE2)
外出時の「失敗」
自分が自分であ ること
3.2.2.1ピアノを弾く 3.2.2.2 歌を歌う 3.2.2.3 手芸をする 3.2.5.2 一緒に出掛ける
尊敬する(PE4)
尊敬する(PE4)
尊敬する (PE4)
近隣への心配
愛着・結びつき 3.2.1.1 食べる 3.2.3.1 夫に 3.2.3.2 娘に 3.2.3.3 従弟に 3.2.3.4近隣の誰かに 3.2.4.1 手芸をする 3.2.4.2 俳句を作る 3.2.5.2 一緒に出掛ける
共感を持ってわかろうとする(PE9)
共感を持ってわかろうとする(PE9)
尊重する(PE7) 尊重する(PE7) 尊重する(PE7) 尊重する(PE7)
不十分な応答
結びつきが得られ る場所の減少
たずさわること 3.2.2.2手芸をする 3.2.4.1手芸をする 3.2.4.2 俳句を作る 3.2.4.3 写真を撮る 3.2.4.4 英語を学ぶ 3.2.5.1 英語で遊ぶ 3.2.5.2 一緒に出掛ける
能力を発揮できるようにする(PE10)
能力を発揮できるようにする(PE10)
能力を発揮できるようにする(PE10)
必要とされる支援をする(PE 11) 共に行う(PE 13)
能力を発揮できるようにする(PE 10) 関わりを継続できるようにする(PE 12)
プリント不能 撮影不可の場所
共にあること 3.2.1.1 食べる 3.2.1.2 音楽を聴く 3.2.5.1 英語で遊ぶ 3.2.5.1隣 人 と ラ ジ オ 体
操をする 3.2.5.2 一緒に出掛ける
共にある(PE15)
一緒に楽しむ(PE17)
一緒に楽しむ(PE17)
共にあること(PE15)
一緒に楽しむ(PE17)
後、気が逸れる 寒さによる中断 関わりの維持 (PE 12)逆行 難しさの自覚
これらはあくまでも一例である。上述したように、何を楽しいと感じるかは、個人の生 活歴や性格傾向によっても異なり、一概には言えない。それを踏まえた上で、考察から得 られたことを以下に列挙する。
(1) それぞれの「基本的ニーズ」は、互いに関連し合っていることが多い。
(2) 「個人の価値を高める行為」(PE)は、多様な活動によって可能である。
(3) 認知症と共に生きる人は、自らの能力の衰えを感じており、「失敗」を気にするこ
とがある。(3.2.1.2参照)
(4) 認知症と共に生きる人は、自らがどう思われているかを気にし、それによって活動 を抑制することがある。(3.2.2.1参照)
(5) 認知症と共に生きる人が意欲を示しても、十分に支援できないことがある。(3.2.3.2、
3.2.3.4、3.2.4.3参照)
認知症と共に生きる人は不安や葛藤を抱えていると思われるが、同時に様々な活動に楽 しみを見出している。娘としてまた介護者として、母とその活動を共に楽しむことを目指 したが、常に可能だったわけではない。私自身の力不足や外的要因でやむを得なかったこ ともある。今、私自身が年を重ねるにつれ、高齢者が自分らしくくつろいで他者と交流で きる社会の必要性をさらに感じている。この小論がそのような場が増えていくための一助 となれば幸いである。
謝辞
この拙論を書くことを可能にしてくれた亡き母に感謝したい。
参考文献
田中典子(2013). 高齢の母と娘のコミュニケーション―自立と依存との葛藤の中で―『清泉女子大
学紀要』第61号 93-108.
---(2014) 高齢の母と娘のコミュニケーション(2)―「感謝表現」に見られる関係の非対称性―『清泉
女子大学紀要』第62号 57-73.
---(2015) 高齢の母と娘のコミュニケーション(3) ―グライスの「質の行動指針」に焦点を当てて―
『清泉女子大学紀要』第63号 81-98.
---(2017) 高齢の母と娘のコミュニケーション(4) ―認知症とポライトネス―『清泉女子大学紀要』第
64号71-90.
徳田雄人(2018)『認知症フレンドリー社会』岩波新書.
鷲田清一(1999)『「聴く」ことの力―臨床哲学詩論』阪急コミュニケーションズ.
Kitwood, T. (1997). Dementia Reconsidered: the person comes first. Buckingham: Open University Press. [邦訳:
キットウッド, トム(2005)『認知症のパーソンセンタードケア―新しいケアの文化へ』高橋誠 一訳 筒井書房]
School of Dementia Studies (2016). Dementia Care MappingTM Process and Application. Bradford: University of
Bradford. [旧版からの邦訳:『DCM(認知症ケアマッピング)理念と実践』 (2011) 桑野康一ほか
訳 社会福祉法人 仁至会]
Tanaka, N. (2019). Communication between an Elderly Mother and her Daughter (5): an analysis from the view of person-centred care. Bulletin of Seisen University 66: 113-150.
参考資料
1. NHKテレビ「おはよう日本」(2018年11月29日放映):「長野で愛される県歌“信濃の国”制 定50年」