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高齢の母と娘のコミュニケーション(4) ―認知症とポライトネス―

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(1)

高齢の母と娘のコミュニケーション(4)

―認知症とポライトネス―

田中 典子

要旨

 筆者は、母の介護のため近くに転居した20119月から時間の経過に沿って、

母と自身との電話での会話を分析してきた。田中(2013)では役割の変化に伴う 両者の葛藤を、田中(2014)では「感謝」という発話行為に見られる関係の非対 称性を、田中(2015)ではGrice (1975)の「質の行動指針」(真実であることを言 うようにせよ)からの逸脱に関する問題を考察した。

 本稿では、それに続く201241日から、同年630日までの電話での会 話に加え、2013年9月に母が入院した際の対面での会話も分析対象とし、認知 症を持つ人のポライトネスに関わる問題を検討する。認知症を持つ人の通常のポ ライトネスからの逸脱は介護者が戸惑う問題のひとつではないかと考えられ、高 齢化していく日本において一般の理解を促す必要があろうと考える。

Communication between an Elderly Mother and her Daughter (4):

Dementia and Politeness

TANAKA Noriko Abstract

  In September 2011, I moved closer to my mother to help her as she suffered from the early stage of dementia. I have analyzed the telephone conversations between my mother and myself. Tanaka (2013) considered the conflict on both parties caused by the change of their roles, Tanaka (2014) focused on their asymmetrical relationship in a speech act ‘thanking’, and Tanaka (2015) analyzed some communication problems in infringing on Maxim of Quality (Grice 1975).

  This paper focuses on ‘dementia and politeness’, because I experienced that people with dementia often deviate from ordinary politeness strategies, which causes some communication problems. As the data for analysis, telephone conversations between the same participants from 1 April to 30 June 2012, and face-to-face interactions in September 2013 are employed. I hope that this small research will raise awareness of this issue, which may help people with dementia and their carers in this aging Japan.

はじめに

 筆者は、高齢になった母を手助けするため、20119月、母の家から徒歩1分ほどの 所に転居した。しかし、それまで気儘に暮らしていた両者にとって、その転居に伴う役

(2)

割関係の変化は葛藤を生むものでもあった。筆者は、田中(2013)において、自らが提 案した枠組み(Tanaka 2001)に基づいて両者による電話での会話(201196日~30 日)を調べ、両者の気持ちの変化を考察した。また、田中(2014)では、それに続く3ヵ 月間(2011101日~1231日)の同参与者による電話の会話をデータとし、「感 謝する」(thanking) という発話行為に見られる関係の非対称性について検討した。さらに、

田中(2015)では、次の3ヵ月間 (201211日~331)の電話での会話を用い、

とりわけ認知症を持つ人にとって問題になりやすいと考えられる「質の行動指針」(Maxim of Quality: Grice 1975)からの逸脱に焦点を当てて考察した。

 認知症を持つ人とその介護者にとってコミュニケーション上問題になるのではないかと 考えられるもうひとつの点に、「ポライトネス」があろう。今回はこの点に焦点を当てたい。

「ポライトネス」は語用論的な概念であり、専門外の読者には馴染みのないものかもしれ ないが、筆者自身、母の言動に当惑したこともあり、高齢化していく日本社会において一 般の理解を促したい点のひとつである。以下にこの概念の概要を述べ、実際のデータに当 たることで認知症とポライトネスの問題を考察していきたい。

1.分析の枠組み:ポライトネス

 「ポライトネス」(Politeness)に関する研究について、Thomas(1995)は以下のように述べ ている。

In the past twenty-five years within pragmatics there has been a great deal of interest in ‘polite- ness’, to such an extent that politeness theory could almost be seen as a sub-discipline of prag- matics. Much has been written (comparatively little based on empirical research) and different theories and paradigms have emerged. Inevitably, we find that people are using the same terms in very different ways, are operating with different definitions of ‘politeness’ and are talking at cross-purposes.

[ここ四半世紀、語用論の分野でポライトネスに関する関心が非常に高まり、ポライ トネスの理論がほとんど語用論の一部門であると見なし得るほどになってきた。多く のことが書かれ(その量の割には調査研究によって経験的に裏打ちされているものは 少ない)さまざまな理論や枠組みが生まれた。その結果、同じ用語がまったく違った ふうに使われたり、「ポライトネス」という語の定義がさまざまであったり、言って いることが食い違ったりという事態が生じるようになってきている。]1

(Thomas 1995: 149) 1 和訳は、注記しない限り、巻末の「参考文献」にあげた訳書による。

(3)

上記(  )内の「調査研究によって経験的に裏打ちされているものは少ない」という指 摘は、すでに多くの実証的研究がなされているので、現在では当たらないであろう。しか し「ポライトネス」をどのようなものとして捉え、どこに焦点を当てて研究するかに関し ては、さらに多様化しているとも言える。

 その中で、本論ではBrown & Levinson(1987)[1978] 2、Leech(1983)(2014)を取り上げる。

この両者は、さまざまな批判を受けつつも、ポライトネス研究の双璧と見なされ、この分 野に大きな功績を残していることは間違いない。これらの詳細は原著に譲り、ここでは本 論に関連のある点のみを概説する。

1.1 Brown & Levinson (1987)

 Brown & Levinson(1987:58)は、まず「合理性とフェイス」(rationality and face)を備えた「モ デル的人物」(a Model Person: MP)を想定し、この人物について以下のように述べている。

However, there is intended no claim that ‘rational face-bearing agents’ are all or always what ac- tual humans are, but simply that these are assumptions that make the most sense of the data, and are assumptions that all interacting humans know that they will be expected to orient to.

[しかしながら、我々は実際の人間が皆、あるいは常に、「合理性とフェイスを備え た行為者」であると主張しようというのではない。ただ、このような行為者の存在は、

データを最もよく理解させてくれる想定であり、そしてそれは相互作用をするすべて の人間が、自分たちが向き合うことを期待されていることを知っている想定なのであ る。]

(Brown & Levinson 1987:58 下線は筆者)

 Brown& Levinson(1987)は、「フェイス」をGoffman (1967)や「面子を失う」(losing face) といった一般的概念を発展させたものとし、「ネガティブ・フェイス」と「ポジティブ・フェ イス」に分けて以下のように定義している。

negative face: the want of every ‘competent adult member’ that his actions be unimpeded by others.

positive face: the want of every member that his wants be desirable to at least some others.

[ネガティブ・フェイス:すべての「能力ある成人構成員」(competent adult member)が持っ ている、自分の行動を他者から邪魔されたくないという欲求

2 初出[1978]は、‘Universals in language usage: politeness phenomena.’というタイトルで、

  Esther N. Goody (ed.) Questions and Politeness に収められている(参考文献参照)。

(4)

74

ポジティブ・フェイス:すべての構成員が持っている、自分の欲求が少なくとも何人 かの他者にとって好ましいものであってほしいという欲求]

(Brown & Levinson 1987: 62 下線は筆者)

上で下線を付した部分「相互作用をするすべての人間」「能力ある成人構成員」とは、コミュ ニケーション力を有した一般の人を指すと考えられる。しかし、認知症を持つ人は、この 一般的カテゴリーから外れてしまうことがあるのだ。

 Brown & Levinson (1987)のモデルでは、想定されたMPは互いのフェイスを守ろうとし、

もしフェイスを脅かすような行為(Face Threatening Act: FTA)をしなければならない時に は、「1.補償行為をせずに、あからさまに」「2.ポジティブ・ポライトネス」「3.ネガティ ブ・ポライトネス」「4.オフ・レコードで」「5.FTAをするな」の内から、いずれかの 方略を選択することになる。

(Brown & Levinson 1987: 69)

「ポジティブ・ポライトネス」は親しみを表して相手との距離を詰めるような方略を、「ネ ガティブ・ポライトネス」は敬意を表して相手との距離を保つような方略を意味し、「オフ・

レコードで」とははっきり言わずに仄めかすことだと解釈できる。一般には、状況に応じ てこれらのストラテジーのいずれかを用いることが多いと考えられるが、認知症を持つ人 の場合、相手と自分のフェイスを守るにはどのストラテジーが適切かを判断することがで きず、「あからさまに」何かを言ってしまうことが多いように思われる。この点について は後に実際のデータで検証する。

1.2 Leech (1983)(2014)

 Leech(1983: 81)は、なぜ人が最も情報効率のよいGrice (1975)の行動指針(Maxim)に 従わないことがあるのかを説明するものとして、「ポライトネスの原則」(Politeness Prin-

ciple)を挙げ、それを「(他の条件が同じなら)無礼な考えの表現は小さくせよ」(‘Minimize

(other things being equal) the expression of impolite beliefs’) とした。つまり、この原則のために、

人は「あからさまに」物を言わないことがあるというのである。

1. without redressive action, baldly

on record 2. positive politeness Do the FTA with redressive action

4. off record 3. negative politeness 5. Don’t do the FTA

Fig.1. Possible strategies for doing FTAs

(5)

 さらに、その原則の下、特別な事情がない場合に人が従う指針として、「如才なさの行 動指針3」(Tact Maxim)、「気前の良さの行動指針」(Generosity Maxim)、「是認の行動指針」

(Approbation Maxim)、「控えめの行動指針」(Modesty Maxim)、「同意の行動指針」(Agreement

Maxim)、「共感の行動指針」(Sympathy Maxim)などを提案している。

 このようにさまざまな行動指針を羅列していくようなアプローチについて、Thomas

(1995: 167)は「行動指針の数を制限するための動機づけられた方向がないように見える」

(there appears to be no motivated way of restricting the number of maxims.)と批判しているが、

同時に以下のように評価してもいる。

The inelegance of Leech’s approach could perhaps be overcome if, instead of being viewed as maxims à la Grice, Leech’s ‘maxims’ were seen as a series of social-psychological constraints influencing, to a greater or lesser degree, the choices made within the pragmatic parameters.

[リーチのアプローチのすっきりしないところは、これをグライス流の包括的な行動 指針として見るのでなく、人がいろいろな選択肢の中から語用論的要因を考慮して何 かを選ぶ際に、多かれ少なかれ影響を受けるさまざまな社会心理的制約なのだと見な せば、割引きしてもいいだろう。]

(Thomas 1995: 168 下線は筆者)

 しかし、正に「いろいろな選択肢の中から語用論的要因を考慮して何かを選ぶ」という ことが、認知症を持つ人にとっては難しいことであり、「社会心理的制約」を破る結果にな ることが危惧される。その意味で、このLeechのアプローチは、どのような点で認知症を 持つ人がポライトネスに関する問題を持ち得るかを考察するために有用だと考えられる。

 上述のような批判を受け、Leechは自らの理論を精緻化し、Leech(2014)を著した。本論 では、Brown & Levinson(1987)と共に、Leech(1983)(2014)を主な枠組みとしてデータを考 察していくことにする。

2.データ

 筆者は、母が20135月にグループホームに入所するまで、約10年間、ほぼ毎日、電 話で母と会話しており、その会話を母の許可4を得て録音し談話分析のデータとして研究 に用いてきた。

3 ここでの訳語については、筆者もその訳者のひとりである『語用論入門』(トマス, J. 1998)[原著:

Thomas, J. (1995)] のものを採用した。

4 20036月に口頭で許可を得て録音を開始し、その後、2008年8月に、念のため、本人の署名・

捺印の形で書名による許可を取った。

(6)

 本論では、田中(2015)で扱ったデータに続く201241日から630日までの3 月間の電話での会話に加え、20139月に母が入院した際の病室での対面による会話を 分析対象とする。後者を加えたのは、ポライトネス現象が対面談話に顕著に表れるのでは ないかと考えたからである。表1に詳細を示す。

表 1.データ

収録日 201241日~630日 自宅の固定電話からの会話のみ録 音し、かつ、個人名などが話題に 出てその内容が倫理に関わると判 断したものは削除したため、分析 対象とした収録日は以下の通りで ある。同日に複数回、会話したも のも含む。

44日、5日、8日、13日、14 日、15日、17日、18日、19日、

21日、23日、24日、25日、26日、

27日、28日、29日、30

2013915日、16日、

17

5 2日、3日、4日、6日、7日、

8日、9日、10日、11日、12日、

13日、14日、15日、16日、17日、

18日、19日、21日、22日、24日、

25日、26日、27日、28日、29日、

30日、31

61日、2日、6日、7日、8日、

9日、10日、11日、12日、13日、

14日、15日、16日、17日、18日、

19日、20日、21日、22日、23日、

26日、27日、28日、29日、30日

媒体 電話 対面

場所 自宅 病院

参与 者 母(M 81 82

娘(D 58 59

友人(A58

(7)

3.枠組みの適用

 上に示した電話によるデータについては、IBM SPSS Text Analytics for Surveys 5を利用し て使用頻度の高い内容語を抽出し、さらにそれらの語が用いられているコンテキストを見 て、ポライトネスに関わる部分を抜き出した。 また、対面会話によるデータについても、

上記のポライトネス理論に関連する部分を抜き出した。以下にその内のいくつかを挙げ、

まずBrown & Levinson(1987)、次にLeech(1983)(2014)に基づいて考察する。

3.1「オン・レコードであからさまに」(Bald on record)

 上記1.1で引用したBrown & Levinson (1987: 69)Fig.1にある「1.補償行為をせずに、

あからさまに」(without redressive action, baldly)は、同書で「オン・レコードであからさまに」

(Bald on record) (ibid.:94)として論じられており、「直言6」と訳されることもある。つまり、

Grice(1975)の行動指針に従い、ストレートにものを言うことである。

 しかし、Brown & Levinson (1987: 95)も述べているように、「実際のところ、自然な会話 の多くはそのような無愛想な流儀で進められるわけではまったくない。」(Indeed, the ma- jority of natural conversations do not proceed in such a brusque fashion at all.) 多くの場合には、

その状況や相手との関係性に応じて、何らかの緩和策が講じられる。一般のコミュニケー ションで「直言」が許されるのは、緊急(e.g. ‘Help!’ ibid.:96)や申し出(e.g. ‘Leave it to me’

ibid.:100)の場合など、かなり限られている。

 ところが、認知症を持つ人はその場に応じた適切な緩和策を講じることができず、思っ たことをストレートに口にしてしまうことがあるようだ。母と行動を伴にする時、困った ことのひとつは、一般の人なら考慮するはずのポライトネスに無頓着だということであっ た。例えば、腰の曲がった老婦人が前を通るのを見て「あんなふうにはなりたくないわ」

と言ったり、コンサートで昔からのお気に入りのピアニストが登場すると「随分老けたわ ねえ」と驚きを声に出したりした。電車の中で若い人が席を譲ってくれようとした時、「こ のくらい立っていられないわけない」などと不機嫌に応じたこともある7。本人には認知 症だという自覚がなく、そんなことを言えば怒ってしまうことが予想されたため、「認知 症のためなんです」と説明することができず、きっと周りの人は気を悪くしただろうと思 いつつも、恐縮するしかなかった。

 データにも、そのような「直言」による発話が見られる。以下は、病院での対面会話である。

Dは友人のAと共に入院中のMを見舞ったが、少し前にMAに会った際「小太りですね」

5 このソフトは本来、主として自由回答形式のアンケート結果を分析するために開発されたもので あるが、それを会話中のトピック抽出に応用した。

6 例えば、滝浦(2008)はこの訳を採用している。

7 筆者は一般の理解を促したく、このことを朝日新聞、朝刊「声」(2015.12.2)に投稿した。

(8)

(173 D)と言ったことを話題にした。「ちょっと」(174 A)と話を逸らそうとするAに、M は「何キロあるの?」(175 M)とストレートに尋ね、「71ぐらい」(177 A)という答えに「す ごいね」(178 M)とコメントしている。

1738 D お母さん、こないだ A さんに「小太りですね」なんて言ってたよ 174 A ちょっと

175 M 何キロあるの?

176 D 何キロ ( *** ) 177 A ( 笑 )71 ぐらい 178 M すごいね 179 D ね

180 A すごい、ちょっと、もう 60 キロ台に落とそうと 181 M うん

182 A 努力してます ( 笑 )

(2013916日)

 次も病院での会話である。このころMは「どうして子どもを産まなかったの」と何度 Dに尋ねたことがあったため、ここでも「ひとつ残念だったのは…」(95 M)という出 だしでDには次に続く発話を容易に予想することができた。Mは認知症になる前には、

このようなDの個人的選択に関わる事柄を一度も尋ねたことはない。しかし、本当はずっ と孫が欲しかったのか、あるいは、他の人が孫を連れているのを見たりして自分も欲しい と思ったのだろうか。いずれにせよ、このような「微妙な」問題を話題にすることのなかっ Mの変化を感じさせるできごとであった。

95 M いや、ひとつ残念だったのは、□子9がなんでね 96 D うん、子ども産まなかったかって?

97 M 産まなかったのかなと思ってね本当に 98 D うんごめんね ( 笑 )

(2013917日)

このようなストレートな物言いは、認知症を持つ人に典型的なものであるらしい。時折、

8 対面会話によるデータに付された数字は、その日毎の通し番号である。その他の文字化記号につ いては巻末を参照されたい。

9 Dの名前。

(9)

「無礼な高齢者10」が話題になることがあるが、それは認知症の症状のひとつかもしれない、

という認識が一般に共有されると介護者は助かるのではないかと思う。もし無礼な高齢者 を見かけたら、認知症の可能性があることも考えて欲しい。

3.2 「如才なさの行動指針」(Tact Maxim)からの逸脱

 Leech(1983: 132)は「如才なさの行動指針」(Tact Maxim)を「相手にとって負担を意味す ると思われることは、できるだけ小さく表現せよ。相手にとって利益を意味すると思わ れることは、できるだけ大きく表現せよ」(Minimize cost to other. Maximize benefit to other.) と表している。例えば、相手に負担をかける依頼をする時には言い淀んだり間接的な言い 回しを用いたりするのが一般的であるのに対し、相手が喜ぶと思われる申し出をする時に は「サンドイッチもうひとつ食べて!」(Have another sandwich. ibid.: 107)のように命令形 で言うこともできるのは、この行動指針に従っているからだと説明できる。Leech (2014:

91, 93)は、この行動指針を「自分の欲求を低く評価せよ11」(Give a low value to S’s wants) と言い換え、「例えば、依頼は相手に負担をかけることであり、間接的に、ためらいがち に、相手が拒否できるように、優しく、穏やかに、為されることが多い。」(For example, requests are often indirect, tentative, giving an opportunity to refuse, and also softening, or mitigat- ing, S’s imposition on H.) (ibid.: 93)と説明している。

 しかし、認知症を持つ人はこの行動指針から逸脱してしまうことがあるようだ。認知症 を持つ人の会話の特徴について、佐藤(2012)は次のように指摘している。

人は普通、何か言いたいことがあるときは、その周辺から話し始めます。たとえば、

お小遣いを値上げしてほしいときは、昨今の物の値段や、どうしても必要なつきあい など、根拠となることから話し始め、そのうえで値上げを切り出すのが普通ではない でしょうか。

 ところが認知症の人は、「お小遣いを値上げしてくれ」と、ストレートに言ってし まいます。(・・・)12認知症の人は、心の理論の働きが低下しているために、相手 の気持ちを推し量ることができません。そこで、自分の欲求をストレートに口にして しまい、「わがままだ」と思われてしまうことがあるのです。(佐藤 2012:135)

10 テレビ番組「あさイチ」(2014年91日:NHK)でも、「どうするシニアトラブル」として高 齢者の無礼な言動を取り上げ、その要因のひとつとして認知機能低下を指摘した。

11 Leech(2014)についての和訳は筆者による。

12 (・・・)は、筆者による省略部分を表す。

(10)

 筆者のデータにもそのような場面が見られる。以下は病院での対話であるが、直前まで

「クラス会」について話をしていたのが、急に歌舞伎の話になった。「悪いけどね」(142 M)、

「お願いだから」(144 M)というような緩和策も講じているが、話題提示の唐突さと「どう せなら、私、一番いい席に」(150 M)といった強い要求には不自然さが感じられる。

142 M 悪いけどね、歌舞伎に 1 回行きたいんだ

143 D あ、そうなの、歌舞伎に歌舞伎座新しくなったからね、うん 144 M お願いだから考えといてちょうだい

145 D 考えときますよ

146 M そんなの、すごく混む日じゃなくてもいいから

147 D うんうん、一幕見ぐらいでもね、うん、いいかもしんないね 148 M もう一回行きたいなーと思って

149 D そうなんだ、意欲があっていいじゃん、お母さん ( 笑 ) 150 M ( 笑 ) どうせなら、私、一番いい席に

151 D あ、そうなの?うん

(2013917日)

 以下は上の続きの談話であるが、「ぜいたく言うようだけどさ」(208 M)というような緩 和策を用いながらも、やや唐突に話題を転換して自分の欲求を提示している。Mは認知 症になる前、Dがどこかに誘ってもむしろ遠慮する方だったので、この率直さはDにとっ て嬉しくもあった。

208 M あたし、ぜいたく言うようだけどさ、1 年に 1 回は一泊でいいから、どっ かに、どっかに行きたいなと思ってる

209 D うんうんうん、行きましょう、ねえ、こないだは那須に行ったでしょう?

210 M うんあれは良かったね

(2013917日)

 この一年ほど前、MDの住むマンションをよく訪れていたが、自分の気に入った飾 り物などを見つけると、「これ、欲しい」と言うことがあった。ポライトネスを無視した 言い方ではあるが、どこか無邪気で可愛らしくも感じられた。欲しいというものをあげる と、嬉しそうにしまって家に持ち帰っていた。

3.3 「意見抑制の行動指針」(Opinion-Reticence Maxim)からの逸脱

 電話による会話のデータにも行動指針からの逸脱が見られる。電話による会話に用いら

(11)

れた内容語の使用頻度を調べた結果、「カメラ」が21回、「写真」が9回と、比較的高い 頻度を示していた。この語が用いられているコンテキストを見ると、それらが「クラス会」

に関する話の中で多く使用され、ポライトネスに関わる部分があることが分かった。以下 にその部分を考察する。

 Mはこのころ、Dがプレゼントしたカメラを気に入り、外出の時には必ず持って行った。

しかしそれが思わぬ問題につながることもあった。以下はMが前日に参加したクラス会 に関する会話である。Dが仕事のために付き添うことができなかったため、行き返りとも タクシーを使うように準備しての参加であった。Mはこの会をとても楽しみにしていた のだが、次の談話において、Mはカメラを持って行ったのが自分だけだったということ に腹を立てている。また、「あんなに手紙出したのにまだ買ってないの」(16497 M)と友人 を責めたと述懐していることから、他の参加者に対してカメラを買うように働きかけたら しいことも分かる。

1636113 M だーれも持ってこないんだもん

16362 D (笑)いいじゃない持ってった [ 価値があって ] 16363 M [ 不思議だなあと ] 思ってさあ

16364 D みんな持ってないんだよやっぱり

(・・・)

16437 M [ もう二度と ] 行こうと思わない

16438 D (笑)おかあさん去年もそんなこと言ってたよ 16495 M うん

16496 D みんながまあまあ元気で生きてるっていうことがいいことだから 16497 M あたし○○ちゃんあんなに手紙出したのにまだ買ってないのっつった

ら、あたしは買いたくありませんなんつってんのよ

(2012418日)

 この怒りはなかなか解消されなかったようで、5日後の電話による会話でも同様の話題 が現われる。ここでも友人に「買いなさいって電話した」(16836 M)が、拒否されたと話 している。実際に友人に手紙を書いたり電話をかけたりしたのかは定かではないが、もし そうだとすると、ポライトネス理論の黎明期にLakoff (1973:298)Rules of Politenessのひ とつとして挙げた‘Don’t impose’(押し付けるな)を明らかに破っていることになる。

13 電話によるデータに付された数字は、2011年91日の談話からの通し番号を指す。

(12)

16830 M うんクラス会のときだってさあ 16831 D うん

16832 M みんなもう 16833 D (笑)

16834 M 持ってないことがもう誇りみたいに 16835 D (笑)

16836 M 思ってもうついでに買いなさいって電話したんだけど 16837 D 買いなさいって人にあのー強制はできないものだって 16838 M でも○○ちゃんにさあ

16839 D うん

16840 M 買ったでしょっつったら買いませんなんて 16841 D (笑)うーんだってほらねえお金もかかることだし 16842 M うーん

16843 D お金の使い方って自由なわけだからさあ [ あんまり ] 16844 M [ あたし ]

16845 D 言わないほうがいいよ 16846 M そう?

16847 D うんうん

(2012423日)

 Leech (2014)の理論を適用すると、これらは「意見抑制の行動指針」(Opinion-Reticence

Maxim)からの逸脱と見ることができる。Leech (2014)は、この行動指針を「自分の意見を

低く評価せよ」(Give a low value to S’s opinions: Leech 2014: 91, 97)と表し、以下のように説 明している。

(・・・) people frequently soften the force of their own opinions, (・・・) there is a low tol- erance of opinionated behavior, where people express themselves forcefully, as if their opinions matter more than others’. Expressing an opinion in Japanese society may be seen as potentially offensive, especially to superiors, in that an opinion may imply a criticism.

[人々はしばしば自分の意見の効力を和らげる(・・・)他人の意見より自分の意見 が重要であるかのように強く自己主張する態度は許容されにくい。日本社会では、意 見を述べることは潜在的に無礼であると見なされ、とりわけ目上の人に対しては、意 見は批判を含意すると思われるようだ。]

(Leech 2014: 97 和訳は筆者による)

(13)

もちろん、Mもこのような社会規範を知らなかった訳ではない。認知症の症状が出る 以前は、少なくともDが見るかぎり、自分の意見を押し通したり、誰かに押し付けたり することはほとんどなかったと思う。クラス会に集った旧友たちはMの変化に戸惑い、

コミュニケーションが上手く行かず、「もう二度と行こうと思わない」(16437 M) という結 果になってしまったのかもしれない。

3.4 「控えめの行動指針」(Modesty Maxim)からの逸脱

 Leech (2014: 91, 94)は「控えめの行動指針」(Modesty Maxim)を「自分の資質を低く評価 せよ」(give a low value to S’s qualities)と表し、「自賛は無遠慮なことであり、ためらいがち になされなければならないことが多い」(Self-praise is immodest, and so often has to be reluc- tant.)(Leech 2014: 95)と述べている。

 しかし、データにはこの行動指針からの逸脱も見られる。次の談話でMは、クラス会 にカメラを持参したのは自分だけなので全体写真を「撮ってやった」(16425 M)と恩に 着せるような言い方をしている。

16422 D 全体の写真なんか撮ったの?

16423 M 全体のはあたししか [ カメラ持ってこないから ] 16424 D [ でもほら全員で ] さあ

16425 M あ撮ってやったよ

(2012418日)

 クラス会での近況報告については、「自慢話ばっかり」(16365 M)と他者を批判する一方、

「あたしが一番立派だと思った」(16487 M)と自賛している。しかし、その内容から分かる ように、ここには知的障害のある次女を愛し育んできたという自負と意地が感じられ、そ れは認知症になる以前のMと変らないとも言える。

16365 M なーんか自慢話ばっかりして 16366 D (笑)

       (・・・)

16372 D (笑)でもいいじゃんおかあさんもいい娘が2人いるんですって言えば 16373 M うんあたしもね

16374 D (笑)

16375 M あのうちの娘は2人いますって 16376 D うん

16377 M あたしの番になって

(14)

16378 D うん

16379 M おかげさまで長女はとても秀才で 16380 D (笑)

16381 M あたしに似ない美人ですっつったの 16382 D (笑)

16383 M △子14は残念ながらあのー障害者ですが 16384 D うん

16385 M あのとてもね 16386 D うん

16387 M 人に迷惑をかけるわけでなくね 16388 D うん

16389 M あのーかわいいって

       (・・・)

16487 M [ うんであたしは ] もう△子のことを切々とさあ話してさあなーんか もうあたしが一番立派だと思った(笑)

16488 D (笑)

(2012418日)

3.5 行動面での規範からの逸脱

Brown & Levinson(1987)が「フェイス」という概念を借りたGoffman (1967)は、同著の 中で「品行」(demeanor)について以下のように述べている。

 By demeanor I shall refer to that element of the individual’s ceremonial behavior typically conveyed through deportment, dress, and bearing, which serves to express to those in his imme- diate presence that he is a person of certain desirable or undesirable qualities.

[わたしの言う品行とは、身のこなし、着衣、ふるまい、を通じて伝えられる個人の 儀礼的行為という要素を指している。その場にいる人たちに対して、自分がまわりか ら見て望ましい性質をもっている人間であること、あるいは望ましくない性質をもっ た人間であること、を表現するのがその品行である。]

(Goffman 1967: 77)

このような「品行」の面でも、認知症を持つ人は社会が望む行動を取れないことがある。

佐藤(2012139)は「認知症の人には、自分の言動がどう見えているかが分かりませんし、

14 Mの次女。Dの妹。重度の知的障害を負っている。

(15)

もちろん悪気もありません」と述べている。筆者も、一緒に外出して電車に乗る際、母が 人を押しのけて座席を取ろうとしたのを見て驚いたことがある。また、庭にゴミが落ちて いるのを見つけて、ポイと隣の家の庭に投げ入れたのを見た時も、それまではそんなこと をする母ではなかったのでショックを受けたものだ。

 竹中(2010)が以下に述べているように、認知症は記憶や思考の障害だけでなく、それ に伴う総合的な機能障害によって、社会の中で必要とされる態度の欠如、ひいては人格的 な欠陥と見なされてしまうような症状を引き起こすことがある。

痴呆とは要素的な知的機能、記憶、見当識、了解力、思考、情動、意欲の各々の総合 的な障害としてとらえることができる一方で、自分のおかれた状況下での行動や判断、

あるいは繊細な感情の反応や道徳的態度や感情などの高等な心的活動の複合的な機能 の障害、およびそれらに対する人格の反応から構成されている。

(竹中 2010: 62)

3.6 逸脱の中の気遣い

 Mには上記のようなさまざまな行動規範からの逸脱がある一方、周りの人に対する気 遣いを感じさせられることもあった。

例えば、入院して回復期に入った頃、Mはしきりに入院生活を「つまんない」(e.g.

2013915日:101, 103, 133)と言って退院を待ち望んでいた。さらに、以下の談話 からは、退院したらDと一緒に暮らすことを期待していたのではないかとも想像される。

しかし、他に介護者が居ないことから、DMを老人ホームに入所させることを考えて いた。

Mの反応を心配しつつそのことを仄めかすと、Mはそれには何もコメントせず、急に 話題を変えた。単に興味が移っただけかもしれないが、Dの困っている気持ちを察して敢 えて話題を転換したようにも思われ、Dにとっては、Mの気遣いが感じられた瞬間であっ た。あるいは、自分の希望を敢えて言わないことで自らのフェイスを守っていたのかもし れない。

400 M いつ帰れるの、その 401 D うん、あとね 1 週間ぐらい

402 M あ、良かった、□子15も一緒に住むの?あたしと

403 D あー、あたし働いてるからね、それは難しいかもしんない、だから、やっ ぱりお母さんに、どこかに居てもらうことになるかもしんない、ごめんね、

15 Dの名前。

(16)

ねー、でも私、できるだけ行くからさ、ね、ごめんね、本当にね、お母さ んの、一番したいようにしてあげられなくて

404 M ま、一番の楽しみは今度クラス会があったら行こうかと思ってるけど 405 D あ、そうなの

406 M うん

(2013915日)

 一方で、新しく移る老人ホームについて筆者が話すと興味を持ち、そこでの生活に期待 する様子も見せた。友達を作りたいという希望を語ると同時に、「やたらと接近しても悪 いから」(1649 M)とネガティブ・ポライトネスにも配慮している。

1640 D うん ね いろいろ計画が膨らむね 1641 M うん

1642 D ( 笑 )

1643 M 本当に独りぼっちだと寂しいよ 1644 D そうだよね うん

1645 M うん だから、よーく観察してさ、この人なら 1646 D うん そうね

1647 M いろんな昔のことをね、しゃべってもいいやと思う人 1648 D うん

1649 M やたらと接近しても悪いから、よく考えて、□子にも来てもらったときに 1650 D そうね

(2013922日)

さらに、老人ホームのスタッフとの距離の取り方についても気にかけていたようだ。 Mは、

自分でもいろいろな家事をしたいというのが本音だったことだろうが、老人ホームの規則 などを推しはかり、それに適応しようとしているようであった。

2083 M で、そういう所の部屋は掃除をしてくれるの?

2084 D してくれる 2085 M 悪いね

2086 D ( 笑 ) だって、それも、それもちゃんと付いている 2087 M あ、そう

2088 D うん、大丈夫だよ

2089 M 下手に手伝ったりしないほうがいいね

(17)

2090 D ( 笑 ) そうそう そういう係の人が居ると思うから 2091 M あ、そう、うん

2092 D うん、大丈夫だよ

2093 M まあ、そういう所で働く人だから、みんな、きっといい人かもしれない 2094 D そうそう、うんいい人だと思う、感じがよかったよ

(2013922日)

しかし、汚れ物を人に洗ってもらうことへの抵抗もあったようだ。

959 M うん それで、あの、洗濯やってくれるって言うけど 960 D うん

961 M その汚れたまんま出してもいいものかね、つまみ洗いぐらい 962 D ( 笑 )

963 M ( 笑 )

964 D すごい、やっぱりお母さん、あの 965 M でも、どっちがいいかな

966 D 昭和の女だね あ、そんなつまみ洗いなんかしないほうが、かえっていい んじゃない?

967 M あ、そう? うん

(2013923日)

 Mは自宅に居た時には近くのコンビニでよく買い物をしていたが、入所予定のホーム ではひとりで外出することはできない。以下の談話では、本当は自由に買い物をしたい気 持ちがありながら、Dの「うーん、どうだろうね」(166 D) という発話に否定的なニュア ンスを感じ取り、「それは難しいかもね」(167 M) と自ら結論を下している。さらに「きり がないもんね」(171 M)、「うん、物はたくさん持ってる」(173 M) と自らを納得させてい く過程には、Dへの気遣いも感じられる。

164 D で、近くにコンビニもあったよ

165 M あ、そう で、自分でお金がある人は買ってもいいわけ?

166 D うーん、どうだろうね 167 M それは難しいかもね 168 D 難しいかもね

169 M まあ、買わないほうがいいかも 170 D うん まあ

(18)

171 M きりがないもんね 172 D ねえ

173 M うん、物はたくさん持ってる

(2013923日)

 また、入院中、見舞いに訪れたDの友人Aに対し、帰り際に「お茶も出さないで、す いません」(685 M)と詫びている。ベッドに寝たきりで管に繋がれた状態でそんなこと を言うのは可笑しくはあるが、母親としての気遣いを見せようとしたのであろう。

685 M 何もお茶も出さないで、すいません 686 D ( 笑 ) お茶も出さない

687 A いやいや、もうこっちこそ、そんな

688 D お茶を、この状態で出してもらおうとは思わないから大丈夫だよ

(2013916日)

おわりに

 本稿では、201241日から630日までの3ヵ月間の電話での会話に加え、2013 9月に母が入院した際の病院内の対面での会話を対象とし、ポライトネスに関わる行 動指針からの逸脱という視点から、その内容を考察した。

 考察した談話から分かるように、認知症を持つ人にはポライトネスに関する行動指針 からのさまざまな逸脱が見られる。しかし、その逸脱の中においても、相手を思い遣り、

気を遣っていることが分かる。また、一般的には逸脱と見られる率直さには子供のよう な無邪気さが感じられることもあった。

以下の「呆け老人をかかえる家族の会」編(2004)の記述にも、認知症を持つ人の 子供のような喜びが溢れている。

 スーパーへ一緒に行き、買い物の帰り、「食べたい」と言ったあられを買い、それ だけをレジの袋に入れ、義母に持たせ、車での帰宅途中。信号待ちで、隣の車の運転 手にそれを見せて、「これがありますよ~」とうれしそうに上にあげて見せる。

 家にもあられはあるが、一緒に行って、欲しいおかしを買ってくることがこんなに もうれしかったのかなと感じたと同時に、まるで子供が喜んでいるようにも思えた。

(呆け老人をかかえる家族の会編 2004:131)

(19)

 私自身、母とのコミュニケーションの中で当惑したり、周囲の人に対して恐縮したり したこともあるが、母の子供のような率直さを可愛らしく感じたことも多い。一緒に散 歩している時、道沿いの家の庭に蜜柑の木があり、たくさん実をつけているのを見つけ ると、「ひとつ取っていい?」と私に尋ねた。私が「だめだよー」と笑うと、とても残念 そうにしていた。認知症を持つ人は、私たちが失ってしまった無邪気さを取り戻してい るようにも感じられた。

謝辞

 この拙論を書くことを可能にしてくれた亡き母に感謝したい。

文字化記号 M, D, A 参与者

  短い音の区切り(音が区切れていない場合には、読点は用いない。文の終わりに

も句点は用いない。)

( s) ポーズ。長いポーズについては(2s)のように、おおよその秒数で示す

?  音の上昇。音が上がる場合には、疑問文でなくても?をつける

ー   長音。「うーん」「えーと」など。但し、yesを表す「ええ」、noを表す「ううん」

など、単なる長音でないと思われる場合には、字を重ねる。

[   オーバーラップの始まり

]   オーバーラップの終わり

(**) 聴き取り不可能な音。

() 発話と同時、または発話に挟まれている「笑い」

参考文献

佐藤眞一(2012)『認知症「不可解な行動」には理ワ ケ由がある』ソフトバンク新書.

滝浦真人(2008)『ポライトネス入門』研究社.

竹中星郎(2010)『老いの心と臨床』みすず書房.

田中典子(2013). 高齢の母と娘のコミュニケーション―自立と依存との葛藤の中で―『清泉女子大学

紀要』第61号 93-108.

--- (2014) 高齢の母と娘のコミュニケーション(2) ―「感謝表現」に見られる関係の非対称性―『清

泉女子大学紀要』第62

--- (2015) 高齢の母と娘のコミュニケーション(3) ―グライスの「質の行動指針」に焦点を当てて―『清

泉女子大学紀要』第63

呆け老人をかかえる家族の会編(2004)『痴呆の人の思い、家族の思い』中央法規出版.

(20)

Brown, P. and Levinson, S. (1978). ‘Universals in language usage: politeness phenomena.’ In Esther N. Goody (ed.), Questions and Politeness, Cambridge: Cambridge University Press.

--- (1987). Politeness: Some universals in language usage. Cambridge: Cambridge University Press. [邦訳:ブ

ラウン, P.・レヴィンソン, S. C. (2011) 『ポライトネス―言語使用における、ある普遍現象―』田

中典子監訳、斉藤佐智子・津留崎毅・鶴田庸子・日野壽憲・山下早代子訳 研究社]

Goffman, E. (1967). Interaction ritual: essays on face to face behavior. New York: Garden City. [邦訳:ゴフマ

, E. (2002) 『儀礼としての相互行為―対面行動の社会学』浅野敏夫訳 法政大学出版局]

Grice, P. (1975). ‘Logic and Conversation’, in P. Cole and J.L. Morgan (eds.) Syntax and Semantics. Vol.3: Speech Acts. New York: Academic Press. [邦訳:グライス, P. (1998) 『論理と会話』清塚邦彦訳 勁草書房] Lakoff, R. (1973). ‘The logic of Politeness; or, Minding Your P’s and Q’s’. Papers from the ninth regional meeting

Chicago Linguistic Society. April 13-15, 1973.

Leech, G. (1983). Principles of Pragmatics. London: Longman. [邦訳:リーチ, G. N.(1987)『語用論』池 上嘉彦・河上誓作訳 紀伊國屋書店]

--- (2014). The Pragmatics of Politeness. Oxford: Oxford University Press.

Tanaka,N. (2001). The Pragmatics of Uncertainty: its realisation and interpretation in English and Japanese.

春風社.

Thomas, J. (1995). Meaning in Interaction: An Introduction to Pragmatics. London: Longman. [邦訳:トマス、

J.(1998).『語用論入門話し手と聞き手の相互交渉が生み出す意味』浅羽亮一監修、田中典子・

津留崎毅・鶴田庸子・成瀬真理訳、研究社]

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