室礼 : 現代社会の年中行事における女性の役割と 女性のための礼儀作法集について覚書
著者 荒井 芳廣
雑誌名 人間関係学研究 : 社会学社会心理学人間福祉学 : 大妻女子大学人間関係学部紀要
巻 22
ページ 67‑70
発行年 2021‑02‑12
URL http://id.nii.ac.jp/1114/00006959/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
荒井 芳廣 * Yoshihiro ARAI
<キーワード>
室礼,年中行事,女性の礼儀作法集,婦人雑誌
<要 約>
本論文は民衆本の主要ジャンル,」としての礼儀作法集を引き継ぐと著者が考える現代にお けるマナーブックとしての男の礼儀作法集に対応する女性の礼儀作法集のなかで主要コンセ プトを成していると著者が考える「室礼」の概念について論じたい。大妻学院は女子教育を 目的として設けられたので,我が国における女子教育の伝統としての「女大学」から思想的 影響を受けていると思われる。学院は元来「裁縫学校」として始まった学校であるが,「女大 学」においても「裁縫」は女性が身に付けるべき技能に数えられている。しかし本論文は「裁 縫学校としての大妻学院の女子教育」関連の問題からは離れて,現代における女性のマナー としての「室礼」に焦点をおいて論じたい。
*大妻女子大学 名誉教授
室礼
―現代社会の年中行事における女性の役割と女性のための礼儀作法集について覚書―
SHITSURAI
―
Some Remarks on the role of women in the contemporary yearly events
and the manner books for women
―68 大 妻 女 子 大 学
人間関係学部紀要 人間関係学研究 22 2020
貝原益軒から福沢諭吉までの近代における様々 な「女大学」の試みを集成した石川松太郎編集の
『女大学集』(東洋文庫,302)の解説で「女大学」
は一種の歴史的生産物で,この集成が「今日から 明日にかけての教育のありかたを構想するさい に,いくらかでも参考にしていただければ編者の 労は十分にむくいられるのである。」(上掲書:
325)この解説が書かれたのは1977年のことであ るが,少なくとも戦後日本に書かれた女性のため の作法集はここを出発点としていると,後述のよ うな理由で推察される。
ところがこの論文を執筆するにあたって何人か の,30~40代の女性に尋ねても,そのような視 点は答えられなかった。最も多く言及されたのは,
塩月弥栄子著の『冠婚葬祭入門』(光文社1960)
であった。それも自分自身で購入した作法集とい うより,この本が既に家にあった,おそらく母親 が購入したものだろうという回答である。しかし 彼女らの多くは塩月弥栄子なる人物がどのような 人物か知らない場合が多かった。上記書は発刊当 時大ベストセラーであった。だがこの本が家に あったと答えた人の大半は,彼女が当時の茶道裏 千家の宗匠の姉であることを知らない。大ベスト セラーであった当時は,この事実は,この本の正 統性の根拠でもあり,同時にこの本に対する批判 の根拠でもあった。
本論文が現代女性の作法集で主要なコンセプト を提供している「室礼」を取り上げるのも,この コンセプトの正統性を擁護するためはなく,それ が現代日本において大きな潮流になっている事実
を指摘し,どのような形で表れているかを示すこ とである。
以上のことを前提に本論を進めていきたい。
§ 暦本としての婦人雑誌 主婦向けの月刊雑誌
本論文の主旨は主婦向けの雑誌そのものを論ず ることにはないので,ここでは主なる雑誌を列挙 するだけに留めたい(創刊年,出版元,創設者など)
① 家庭画報(1958,世界文化社)
② 婦人画報(1905,ハーネスト婦人画報社)
③ 主婦の友(1912-2008,主婦の友社)
④ 主婦と生活(1946-1993,主婦と生活社)
⑤ ミセス(1961- ,文化出版局)
⑥ 婦人生活(1947-2002,婦人生活社)
⑦ 婦人の友(1903- ,羽仁もと子,婦人の友社)
⑧ 婦人公論(1966- ,中央公論新社)
⑨ クロワッサン(1977,マガジンハウス)
⑩ 暮らしの手帖(1946- ,大橋鎭子,花森安治)
「室礼」の研究会はこうした日本の伝統文化の 慣習についての知識を普及することを目的とした グループであり,筆者が一種の暦本と規定した婦 人雑誌を通じて,年中行事の実践において中心的 役割を果たしているとサントリー不易流行研究所 が明らかにした「一家の主婦」に提供している。
§ 現代に婦人雑誌の特徴
先の挙げた主婦向けの定期刊行物のなかで筆者 が現代の婦人雑誌の特徴を最もよく表わしている のが『婦人画報』である。国木田独歩によって創 刊されたと言われるこの雑誌が現在に狙っている ところは「歌舞伎,京都,ラグジュアリーな旅,
日本の伝統文化,ファッション」であると,実際 の掲載内奥をそのまま述べている。筆者にはこの 雑誌の創刊から現在までの歴史を精査する力を 持っていないし,またその意図もない。ハーネス ト婦人画報社というネーミングをもつ出版元から
発行されるこの雑誌の製作にどのような人々が携 わっているかは詳しくわからないが。先に挙げた 狙いの文言に並べられた単語組み合わせがイメー ジするものは不可思議である。それは雑誌の記事 を反映しているだけなのかも知れない。例えば掲 載されている料理が京都の有名料亭の料理だった り,モデルが身に付けているキモノが友禅染や西 陣織だったりするからである。それが「歌舞伎」
どう関連するかと言えば,そうした日本文化を象 徴する衣食についての事物を,「家」をベースと して伝承しているのが,現在では歌舞伎によって 代表される伝統芸能の家柄だからである。かつて は宮中や大名家,大地主,富裕な商家などが果た
していた役割を伝統芸能の家柄が果たしているか らである。それを表す言葉として用いられるのが
「梨園」という言葉である。これもともと中国由 来の言葉で我が国では俳優の世界,特に歌舞伎の 世界を指し,「梨園の名門」という風に使われて いる。しかしながら江戸時代,歌舞伎役者は「河 原乞食」と呼ばれ,尊崇の対象ではなく,蔑みの 対象であった。それが梨園=名門となるのは価値 転換である。婦人雑誌でこの意味で用いられてい る。婦人雑誌に豪華なキモノを着て登場するのが,
歌舞伎の家筋に嫁した「梨園の妻たち」である。
これこそが暦本として現代社会の変容を反映して いる婦人雑誌の現在の姿である。
端午の節句の室礼の例:床の間の 壁に「鯉のぼり」の絵。床に,紙 で折った兜と紐,粽,柏餅,ゼラ ニウム(この花の品種には「信長」,
「謙信」など戦国武将の名が付けら れることが多い。花瓶に菖蒲,ユ リなど季節の花が生けられている。
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人間関係学部紀要 人間関係学研究 22 2020
§ 結び
[室礼]の概念を中心において女性の礼儀作法 集を論じてきたのは,現代における女性,特に中 年世代の大勢が伝統回帰,別の言葉で言えば保守 的な傾向をもっていることを意味する。この世代 は,一方では年代的には全共闘世代と同時代人で あり,その傾向は,雑誌「クロワッサン」のエコ 志向,『婦人の友』の新生活運動,『婦人公論』の 女性の女性解放運動などに関連した様々な理論を 追求し,多様な展開を試みている。この両者は個々 人において決して相反することなく混在してい る。この混在状況が「室礼」という日本志向のな かで存在していることが現在日本を象徴している というのが今のところの筆者の結論である。
*この論考は,『現代フォークロア10の視点』,
関西学院大学現代民俗学文化人類学ブックレッ ト,風響社(2021年刊行予定)の1つの章「男の 作法集」に対応する部分として再録する予定で執 筆した。
参考文献 石川松太郎編纂
1977 『女大学集』(東洋文庫302),平凡社 荒井芳廣
1982 「民衆暦と日常生活の生成」。『宗教: その日常性と非日常性』,雄山閣
井上忠司,サントリー不易流行研究所
1993 『現代家庭の年中行事:社会が変わる,
家族が変わる』,講談社新書1182 塩月弥栄子
1960 『冠婚葬祭入門:いざというとき恥を かかないために』,光文社(カッパホームズ)
(続編,続々編がある)
熊倉功夫,後藤加寿子
2016 『おもてなしとマナー』,和食文化国 民会議監修,思文閣出版
山本三千子」
2000 『暮らしの室礼12か月:季節の心を
かたちにして』,淡交社
Bernstein, Basil
1971 “Class,Cdes and Controle:Theoretical Studies Towards a Sociolog Langauage”, London:Routlege & Kegan Paul.