奈良教育大学学術リポジトリNEAR
日本語教育文法における「〜んです」の指導法 − 中国語母語話者を対象として−
著者 艾尼莎 尼牙孜
発行年 2009‑03‑25
URL http://hdl.handle.net/10105/917
平成21年度
奈良教育大学大学院教育学研究科 修士論文
日本語教育文法における「〜んです」の指導法 一 中国語母語話者を対象として ‑
奈良教育大学教育学研究科
教育実践開発専攻 カリキュラム開発専修
072 10 1
文尼渉・尼牙孜
要 旨
日本語の文末表現の形式のひとつである「〜んです」は、多様な場面で頻繁に使われており、
避けて通ることのできない重要な学習項目のひとつである。.しかし、日本語学習者の使用率は、
日本語のレベルを問わず非常に低く、 「〜んです」の使用を回避しているのではないかと思われ る状況が現実となっている。使用される場合においても、誤用や不適切な使い方が多い,コ もちろ ん、 「〜んです」を用いた表現自体の文法的な複雑さと、未だ十分説明できないという点が学習 者の習得に影響を与えているのだが、日本語教育の現場における教師の指導方法や、日本語教科 書の提示内容なども学習者の習得効果に大きく影響しているのではないかと考える,I.また、現在 まで「〜んです」の文法解明に関する研究は数多く行われてきたにもかかわらず、残念ながら、
それらの研究成果が日本語教育現場に十分生かされているとは言いがたい,I
本稿は、このような考えに基づいて、まず、日本語文法としての「‑んです」表現についての 先行研究を整理する,次に、日本語教育の視点から先行研究の再整理を行う。.さらに、現在広く 使われている日本語教科書における「〜んです」表現の提示実態を分析することによって、 「〜
んです」がどのように導入され、説明されているのかを明らかにするとともに、教科書における 学習者の習得を妨げる問題点を探り出す,̲.以上の結果をもとに、日本言吾教育文法としての「〜ん です」表現の指導方法や教科書の改善などについて考える。.そして最後に、学習者の運用能力を 高めるための具体的な指導案を提言する′.
mm
目次
1. はじめに 3
2.先行研究 4
2.1 「のだ」に関する理論的な先行研究 ‑ 4
2.2 「のだ」の習得状況及び指導法に関する先行研究 ・一・ ・一 一・11 2.3 「のだ」の教科書における扱い方について 一 一・13 3. 日本語教育的視点からみた先行研究の再整理 13
3.1 「のだ/のか」の使用条件及び非使用条件の再整理 13
3.2 初級における「〜んです」の導入内容 19
4.教科書における「〜んです」表現の実態分析 19
4.1 日本語教科書における「〜んです」表現の提示状況 19
4.2 教科書分析の結果まとめ 4.3 新たな導入順序の提示 21 23 5.具体的な指導方法の提案 25
5.1具体的な指導方法の提案 5.2 導入内容及び指導方法 25 28 6. おわりに 35
7. 参考文献
I]蝣II∴
1. はじめに
ある自己紹介の場面での冒頭の文として、次のような文は、何か違和感を感じる。
(1) *私は中国から来たんです,。
また、隣の友人Bさんが引越の作業をしている様子を見ての次のような発話も、何か違和感を感 じる.,
(2) A:*Bさん引越しますかLつ 3 :ええ。
(4) A:*そうですか。どこへ引越しますか。
(5) 蝣*学校の近くに引越します。
(1)(2)(4)(5)の文は、動詞の活用も助詞も間違っているわけではない。しかし、何も背景のない自 己紹介の場面では、 (1)よりは、 (6)のほうが自然である,つ
(6)私は中国から来ました。
また、明らかに引越しの作業をしている隣の友人には、 「Bさん引越しますか。」とは聞かず、次の ように言うであろう,つ
(7) A:さん引越すんですか,。
(8) :ええ,つ
(9) A:そうですか,つ どこへ引越すんですか。
(10) 学校の近くに引越す∠旦コ‡宜,つ
(1)では、 「〜んですか」を用いると不自然になり、 (2)(4)(5)では、用いたほうが自然になるコ こ の「〜んです」があるかないかで、会話としての自然さが左右されてしまうのであるo
日本語の文末表現の形式のひとつである「〜んです」は、多様な場面で頻繁に使われており、避け て通ることのできない重要な学習項目のひとつであるo Lかし、日本語学習者の使用率は、日本語の レベルを問わず非常に低く、 「〜んです」の使用を回避していると思われる状況が現実となっている,つ 使用される場合においても、誤用や不適切な使い方が多い。
もちろん、 「〜んです」を用いた表現自体の文法的な複雑さと、末だ十分説明できないという点が 学習者の習得に影響を与えているのだが、日本語教育の現場における教師の指導方法や、日本語教科 書の提示内容なども学習者の習得効果に大きく影響しているのではないかと考えるっ具体的に言うと、
日本語の教育現場においては、初級はおろか中級・上級にいたっても、 「〜んですか」のような文末表 現についての体系的な指導がなされていないのが現状である。また、日本語教科書においては、 「‑
んです」に関する解釈と提示内容に不完全なところや不適切なところがあるため、学習者が正しく理 解することができず、誤用や非用などを起こしてしまう。
また、現在まで「‑んです」の文法解明に関する研究は数多く行われてきたにもかかわらず、残念
9CC
ながら、それらの研究成果が日本語教育現場に十分生かされているとは言いがたい,つ 日本語研究の成 果を日本語教育の現場へもっと有効的に取り入れ、 「〜んです」を効果的に教授・学習できる応用的 な教授法の研究にも力を入れることにより、学習者の「〜んです」表現の習得効果は少なくとも現状 よりは高められるだろうと考えている,つ本稿は、このような考えに基づいて、現在広く使われている 日本語教科書の分析結果と、今までなされてきた理論的な研究成果を踏まえて、学習者に効果的に「〜
んです」表現を習得させる指導方法を考える,。
本稿は、まず、日本語文法としての「‑んです」表現についての先行研究を整理する,つ 次に、現在 広く使われている日本語教科書における「〜んです」表現の提示実態を分析することによって、 「〜
んです」がどのように導入され、説明されているのかを明らかにするとともに、教科書における学習 者の習得を妨げる問題点を探り出す,つ 以上の結果をもとに、日本語教育文法としての「〜んです」表 現の指導方法について考える,つそして最後に、学習者の運用能力を高めるための具体的な指導案を提 言するっ
なお、この日本語の文の文末や節末に用いられる「‑んです」は「のだ」の形のバリアントの一つ で、 「んだ」 「のです」 「のである」 「の」といった形もある。本稿においては話し言葉を中心にしてい るため、すべて「‑んです」という形で代表させる,。
2.先行研究
本稿は話し言葉を中心にしているため、全ての表記は「〜んです」で代表させるが、以下に「のだ」
についての先行研究をまとめる。
2.1 「のだ」に関する理論的な先行研究
日本語の文末に現れる「のだ」の意味・機能についてすでに多くの研究がある。その中でも特に多 くの例文に基づき総合的にまとめられていると思われるのが田野村(1990)と野田(1997)である,つ以下、
この二つの先行研究の概要を整理する,つ
2.1.1 「のだ」文の構文上の理解について
田野村(1990)は、 「雨が降ったのだ。」の「のだ」文は、 「名詞を述語とする主題一解説型の文
「〜は〜だ」の解説の位置(つまり、 「〜だ」の位置)に、述語を中心とする「雨が降った」とい
う表現が現れたものだ」と分析している,つ 即ち、 「地面か濡れているのは(‑主題)、雨が降ったのだ
(‑解説),つ」 「の」は、 「専ら構文上の理由によって機械的に挿入されるに過ぎず、意味的には何らの
積極的な機能も果たさないもの」である。
野田(1997)は、 「「の(だ)は、準体助詞の「の」に「だ」が後接し、それが一語化した助動詞」で あると述べている。
田野村、野田の「のだ」の構文分析はほぼ一致していると言える,つ
2.1.2 「のだ」の意味・機能について
田野村(1990)は「あることがらαを受けて、 αとはこういうことだ、 αの背後にある事情はこうい うことだ、といった気持ちでβを提出する」ことが「のだ」の本質としているL, 「のだ」が用いられ ていても、ある具体的なことがらの内実、その背後にある事情を表現しているとは言いがたい場合が ある。その場合は「すべての物には必ずしも容易には知り得ないにせよ、すでに定まっていると想定 される事情αが話し手の念頭に問題意識としてあり、それがβである(かどうか)ということが問題 とされている」と述べている,。即ち、田野村は「のだ」の基本的な意味・機能は「あることがらの管 後の事情」と「ある実情」を表すと述べている,。また、田野村は「のだ」が「承前性」、 「規定性」、 「披 歴性」と「特立性」という四つの意味特性を持っていると主張している。
野田(1997)は、 「の(だ)」の本質は名詞文に準じる文であると述べている,。野田は「規定性」につ いては、抽象性とムードの全てをカバーすることが出来ないなどの問題点を指摘しているO野田は「の (だ)」の基本的性質は文を名詞文に準じる形にすることによって、話し手の心的態度を表すことで あると述べているコ また、 「の(だ)」をスコープの「の(だ)」とムードの「の(だ)」という二つの 機能に分けている,つ
2.1.3 田野村(1990)による「のだ/のか」の使用・非使用条件
田野村(1990)に基づいて、 「のだ」、 「のか」の使用・非使用条件をまとめる,つ「のか」を扱う理由は、
「のだ」表現においては疑問文による提示が多く、その使用条件を個別にまとめる必要があるからであ
o
「のだIの使用条件 (田野村1990 Pp.17‑27) 1. βがαの原因・理由・根拠である場合
(ll)花が枯れてしまいました。り 水をやるのを忘れたんです。 β (12) (腕相撲で負けて) 〟 右は弱いんだ
(13)一緒に行ってくれませんか,つ a わたし一人では心細いんです (14) (つくしが生えているのを見て) ,I もう春なんだなあ,。
2. βがαを言い換えたり、別の角度から述べたり、要約したりする場合 (15)気持ちで感謝すれば形はどうでもよいというのは暴言です、は
養われた心から形が生まれてくるのですコ β
151
形が人の心を養うのです
3. αは眼前に展開している個別の事実であるのに対して、 βはαの背後にあってそれを実現させて いる一般真理のようなものの場合
(16) (眼前に発生した事に対して),.
(17) 人のかばんを手にとって
本当に花子ちゃんっておねだり 上手なのね、
重いんだなあ,。
4. βがきっかけや入手方法となっている場合
(18) (こどもがピアノを習っていることに対して) uこどもがピアノを習いたいと言ったんだコβ (19) (新しいバッグを手に)
5. βが結末を表現する場合 (20)カラスが騒いでいる
,l お父さんに買ってもらったんだn β
。何か不吉なことが起こるのだ1 β (21) (曇り空を見上げて) u これは雪が降るんだ。 β
6. βが実現すべきことがらである場合(命令)
(22) (遊んでいる子どもに対して) I. 早くこっちに来るんだ
(23) (部屋を探している友達に対して),.部屋を探すときはちゃんと相場を調べておくんですよ。 β
7.話し手の内心や体験、個人的な事情といった、聞き手には容易に知り得ない種類のことがらを告 白するような気持ちで表明する場合(αは特定Lがたい)
(24)大切なのは作品に接するときの気持ちだと思うんですD バ (25)実は、わたしにも同じような経験があるんです。 メ
「のだIの非使用条件 (田野村1990 Pp,28‑49)
1.突発的に生じた事態や事態の兆候を認識して、直ちにそのことを言語化する場合 (26)あれ、財布が(な巳/*ないんだ主
(27)しまった。傘を忘れて(来た/*来たんだ),つ
2.話し手の内面において生じたばかりのことがらを表現する場合 (初めて生じた感情や思考内容)
(28)ああ、 (疲れた/*疲れたんだ)なあ,。
(29)お話を伺っているうちに希望がわいて(きました/*きたんです)。
3.その場で意志決定をする場合、直接に推量・評価する場合
(30)では、私も(行き呈±/*行くんです)O
(31) (夕焼けがきれいだ.これだと)明日はきっと晴れるよ。
(32)皆がこれだけ心配しているのに、気楽な(人だ/*人なんだ)よ。
4,問題のことがらが未定である場合
(33)太郎は勝てると思うD ‑いや、たぶん太郎は(負ける/*負けるんだ)。
(34)申し込みが三千件を(超える/*超えるんだ)とは予想もしていなかったD
5.相手に対して一方的に報告したり、通告したり,宣言するような形で表現する場合 (例えば:ニュースの報道)
(35)署長、真犯人だと名乗る男が夕べ自首して(来呈̲した/*来たんです)。
(36)動くな。少しでも動くと(撃2/*撃つんだ)ぞ。
6.聞き手も容易に知ることのできることがらを述べる場合
(37)今日は何曜日ですか?一今日は(水曜日です/*水曜日なんです)。
「のかJの使用条件 (田野村1990 Pp.54‑68)
1.あることからαを受けて、それはβということかと尋ねる場合 (38)わたし、お先に失礼します,つ,一
(39)なかなか行こうとしない人に
一何か用事でもあるんですか。
也̲̲Q 行かないんですか
2.複数の選択肢を提示して尋ねる疑問文
(40)家について) ,L 家を売りたいんですか、冥引、たいんですか。 β (41)家について) 。 の、もらえるのo
3.あることがらαを前提として、その理由や目的βを尋ねる場合
(42) (会場を選んだことに対して) u 駅から近いからこの会場を選んだんですか。 β
(43)彼らは留学したがることに対して) ,.何を学ぶために彼らは(*留学したがりますか/鰭
/i.T''