《研究ノート》
中小企業における経営教育の諸問題−実地研修の体験から−
竹内毅
目 次
はじめに
1.経営教育の基本問題
(1)「経営」と「経営教育」
(2)経営教育の効果
(3)課題
2.中小企業経営教育の現状
(1)「民間研修」
(2)「中小企業政策」としての教育 3.中小企業経営教育の基本的視点
(1)中小企業経営の認識
(2)中小企業経営教育の方向 4.現行体制の問題点
(1)経営と経営教育との適合
① 教育ニーズの認知−教育者サイド
② 教育ニーズの喚起−中小企業者サイド
③ 経営教育の「現場」性
(2)「自助努力支援型」教育の問題
(3)「経営者教育」の問題
136
① 時間的受入態勢の問題
② パーソナルな受入態勢の問題 5.総 括
(1) 中小企業の裾野の拡大 (2) r中小企業の経営理論」
(3) r態度変容」教育
むすび
は じ め に
経 営 と 経 済
経営教育の対象は人間ないしその集団としての企業である。ところが,最 近経営教育の領域全般において人間的視点の希薄化を感ぜざるをえない。経 済社会や企業が管理化,官僚化の傾向を強めるにつれて,人間を生産手段と だけしかみない基本的な姿勢が教育の中心的位置を占めるようになってしま っfこ。
本来,人間や企業に創造的能力を見出し,これを育むべきはずの経営教育 が,いつしか人聞を画一視して,専ら効率志向を本位とする機械観の しも べ"になってしまってはいないだろうか。
中小企業がその新しい存立を強く求められているとき,経営教育の課題は,
柔軟な創意をもっ真の意味の「活力多数派」を育てることであり,管理化,
画一化を超えて人間を信頼し,能力の源泉を掘りあてることにある。
筆者は,コンサルタントとして民間研修の現場に立ち,また中小企業大学 校を中心とした国の施策としての中小企業者研修に携わってきた。その体験 をもとにして,中小企業の経営教育の諸問題研究の論点を整理するのが小稿 の目的である。
1 .経営教育の基本問題
(1) r経営」と「経営教育」
経営教育は,それが社内教育であろうと外部委託教育であろうと,経営に 対して独立に存在するものでないことはいうまでもない。ところが現実に実 施されている経営教育で,この点を疑問視せざるをえないような状況を垣間 見ることがある。実はこの辺に,本質的にも技術的にも注目すべき問題が潜 在しているのではないかと考える。
「図表ー 1Jは, r人材育成システム」の概念図であるが,この図を平面 的にみても,当然、のことが示されているに過ぎない。大切なのは,この概念 図の裏面に,企業経営の視点ないし経営環境認知の構図があるということで
「図表ー 1J 人材の育成と活用のサイクル
‑ p o
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一テ 一一 一注 口一
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一報 シ一 二
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一一応一一一自一
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‑人事関連制度 口教育訓練関連制度
(出所) 田中久夫・田島伸浩『企業内教育ガイドブック』
日本経営者団体連盟広報部 昭和59年
経 営 と 経 済 138
教育計画の構造
集 合 教 育
J T O
「図表ー2J
年 度 経 営 目 標
(出所)r図 表 ‑1 Jと同じ。
ある。その構図をもとに人材育成システムが形成され,その中に経営教育が 組み込まれている。「図表‑2 Jは, I図表ー 1Jの中の教育計画の部分にズー ム‑アップしたものである。
それをサポートする 経営教育は,経営に対して適切な人的資源を供給し,
機能をもっ。そこで課題になるのは,経営がどのような経営視点や環境認知 の構図をもっているかということであり,それが「教育ニーズ」を形成する。
それは教育ニーズ 経営教育は,一定の教育ニーズがあってはじめて成立し,
しかしながら,教育ニーズと経営教育との適合 は(社内教育の場合ですら),通念上考えられるほど単純なものではなく,
に適合しなければならない。
ここに問題がある。
経営教育と教育ニーズとの適合の困難性は二つの階層をもっている。一つ は,教育ニーズの形成過程の問題,つまり,企業の環境認知が妥当であるか どうかの問題であり,いま一つは教育実施者による教育ニーズの認知過程で,
的確なニーズ把握ができているかどうかの問題である。これらはいずれも,
すぐれて知覚的問題としての色彩が濃いといえる。前者における問題は,経 営教育の方向を過ち経営自体の欠陥につながる。後者の問題は,教育効果の 減退を招く。経営教育の現場に垣間見る経営と教育との希離状況,と言うよ り経営教育の現場で誰しもが経験する問題は,実は以上の諸関連から発生す るものばかりといっても言い過ぎではないだろう。
(2) 経営教育の効果
経営教育は古くは戦前にも存在したが,本格的な一歩は戦後のことである。
昭和24年,経営の民主化と合理化を目的に,当時のGHQの指導のもとにM TPやTWIといった定型訓練方式がまず導入された。その後高度経済成長 期から開放経済体制に入り,ハーバード流のケーススタディやビジネスゲー ムの技法, STやマネジリアル・グリッドなどによる管理者教育の時代を迎 えた。さらに円高調整期以降,経営環境は一段と複雑化の様相を呈するにお よんで,人的経営資源の強化が共通の課題として重要視されるようになり,
経営教育の重点はそれまでの「訓練」や「管理者」からしだいに「能力開発」
や「経営者」に移行し,現在に至っている。
この間における日本の企業と産業経済の発展が世界の耳目を奪うほどのも のであったことは周知のとおりである。旧来の日本的風土と,主として米国 から導入された経営教育の融合,すなわち導入教育の日本的消化が今日の日 本企業の強さを築く基礎となった。
しかしながら,反面において見逃してならないことがある。それは,今や 日本企業に体化し諸外国からの批判の的ともなっている諸問題が,従来の経
140 経 営 と 経 済
営教育の効果と無関係ではないということである。一時期において,それは 日本的経営として評価されもしたが,まさにその点に顕現された経営教育の 功罪をどのように判断し,評価すべきなのか。そこには,今後大きく軌道修 正すべき課題があるように思う。
言ってみれば米国から移植された経営教育が,このように定着し,わが国 固有の風土の中に解凍された背景は何だったのか。あるいは,それを解凍さ せ融合させた風土はどのような性格をもつものなのか。教育効果の功罪を判 断する前に,まずこの問題を考えてみる必要がある。なぜなら,そのことな しには今後の軌道修正はできないと思われるからである。軌道修正を必要と 考えるのは,もし大言を許されるならば,過去の経営教育の変遷における過 半の期間に,現場担当者としての一端を担って来た者の反省からでもある。
(3) 課 題
経営教育の功罪両面での効果には驚くべき一面があったように考えられる が,とくに,従来の経営教育が「単純功撃型教育」の性格を強く備えていた ことを省みる必要がある。ちなみに,わが国が先の大戦で敗北した原因の一 つに, r守り」を軽視したという考え方がある。日本連合艦隊の南太平洋に おける惨櫓たる壊滅が,敵の優れたレーダー網によるものであったことはよ く聞かされるところである。当時,わが国にもレーダー(電波探知機といわ れていた)関係の優れた研究者がいたにもかかわらず,いわゆる「撃ちてし やまぬJの攻撃精神の前には,守りに属するその種の研究は軍によって重く は取り上げられなかったという経緯があった。
高度経済成長期から,円高を克服して輸出傾斜を強めた一時期において,
日本企業のドライピング・フォースとなったものの中に,戦中と同じ攻撃優 先の傾向はなかっただろうか。明治以来の先進諸国へのキャッチ・アップ戦 略は,いつの間にかシェア至上主義に変身した。その根底にあったものは,
攻撃中心の経営教育ではなかったかと考える。もっとも,企業経営は常に「戦
いJの側面をもつから, I攻撃型」を否定するものではないが,経営教育の 場においても, I守ることによって勝つ」側面のあることを意識すべきでは ないかと考える。
2 .中小企業経営教育の現状
(1) r民間研修」
中小企業は大企業のような社内教育のための資源を持たない。したがって,
社員の教育は社外の機関に委託して実施されるのが通常である。社外機関と して民間の研究機関やコンサルティング企業などを選択する場合がこれであ る。
民間研修においては,研修受託機関の大抵が営利企業であることから,中 小企業にとっては人事コストの負担を抱えるという面と,自社の教育ニーズ に適合する研修を選択するについての充足度上の難点を避けることができな い,などの問題がある。
また,反面においては大企業のようにゆとりをもって教育を実施するほど の時間的余裕がなく,人繰りも困難である。さらに注目すべき点として,中 小企業の実態を深く認識して企画された教育がどれほどあるかという問題
(後述)がある。
(2) r中小企業政策」としての教育
国の中小企業政策として実施される経営教育の体系は「図表一3Jのとお りである。研修の体系は, I経営研修J,I技術研修jおよび「中小企業指導 担当者研修J,r中小企業者研修」の四つの領域で構成され,研修実施機関の
{注1)
中枢は中小企業事業団(中小企業大学校)である。
民間研修が直接的には中小企業を対象とはしていない(結果的に中小企業 対象が多いというに止まる)のに対して,中小企業大学校の実施する研修は
(研修実施機関) 都道府県市の診断指導担:I中小企業事業団1: 当者}ー「→4中小企業大学校ド (民間診断協力者含む。)II: I東京校い ! I中小企業大学校 関西校十(判儲研修) i IE小企勇大学震卜←(中小企業者研修) i IE小企荒大学芸│←(中小企業者研修) │中小企業大学校L広島校什一(中小企業者研修) │中小企業大学校L瀬戸校「十一(中小企業者研修) │中小企業大学校L仙台校「十一(中小企業者研修) i I中小企業大学校L;三条校行一(判企業者研修) 目,(管理者研修・長期) (経営指導員研修)一一→商工会等経営指導員ト一一叶都道府県市ト+‑t一(管理者研修・短期) 1ト(管理者研修・情報短期)
HM
蜘団体一(管理者研修刊売商業短期研修) 摘工会商工会議所)ド(各種ーの開催) l中小企業団体中央会等(22
主主導222)
斗盟府県市の技締導担ト‑‑‑‑HE小企芸大学芸μζj22
者rz;
,(技術者研修・長期) iト(技術者研修・中期) 1:ト(技術者研修・情報技術) : I都道府県市卜7‑11 :ト(技術者研修・短期) iト(地場産業振興高等研修) L(技術者研修・新技術)中小企業研修事業の現行体系図「図表‑3J
‑hpN
│中j企業者を対象とした研修│ (中小企業者研修) (高度化促進研修)
│中小企業指導担当者を対象とした研修│ (中小企業診断土養成) (中小企業指導担当者)て (事例研究短期研修)ー (国際研修)一 (中小企成診断土実施研修)一 (中小企業施策担当者)ー 中小企業関係団体職員ト
(経営指連事員研修)~ (中央会指導員研修)ー (設備貸与機関)ー (下請企業振興協会)て (信用保証協会)ー (情報担当指導員研修)一 (情報化指導担当者養成研修)ー
商時作関議
(各種講習会等の開催) (出所)中小企業庁編『中小企業施策のあらまし(平成4年度版>.n中小企業総合研究機構,平成4年。
わが国唯一の中小企業専門の研修であ£2)
中小企業大学校は,中小企業の人材養成を実施するために国が設立した機 関である。したがって,その研修事業は国の施策として行われ,全国展開を
(注3)
目指して現在8校が稼働している。
政策としての中小企業教育は,このほかにも都道府県と商工三団体(全 国商工会・商工会議所,中小企業団体中央会)の実施するものがあり,商 工三団体は主に実務講習,都道府県は一般管理者および一般技術者研修を 担当し,中小企業事業団は都道府県が実施困難な研修を行うことになってい
(注4.r図表‑3J)
る。
中小企業における人材養成の推進については,昭和55年の中小企業政策審 議会の意見具申 r1980年代の中小企業の在り方と中小企業政策について」に よれば, r国際化の進展,国民ニーズの多様化等変化する内外環境条件の的 確な把握,それに基づく新たな経営戦略の立案,それを支える新技術,新製 品の開発等が重要であるが,このためにはそれらを担う人材の育成,確保が 不可欠」であり,さらに「人材の育成は,基本的には,その必要性に応じた 企業の内部で行われるべきものであるが,組織的かつ体系的な研修が自社内 で可能である大企業に比べて,中小企業にとっては,人的資金的余裕がない ため,経営者自身はもとより従業員においても研修の必要性を痛感しながら
(注5)
も,時代の要請にあった人材要請が行われ得ていないのも事実である」とさ れている。また,中小企業大学校については「中小企業の中核部分をなす人
(注6)
材に対する高度で専門的かつ実践的な研修の充実に努める」とされている。
以上が国の中小企業政策としての経営教育の考え方の骨子であるが,中小 企業によるその利用状況についてはいま一つの感がある。
3.中小企業経営教育の基本的視点
民間研修にせよ政策研修にせよ,現在行われている中小企業の経営教育に
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は共通の欠陥があるように思われる。その一つは,経営教育の前提となる中 小企業を具体的にどう認識するのかという問題が必ずしも明確ではないとい うことである。いま一つは,教育や研修の姿勢ないし体制に, I管理志向的J あるいは「官僚主義的」経営観が定着しているように感じられることである。
(1) 中小企業経営の認識
周知のように,昭和55年の中小企業政策審議会答申では,従来の中小企業 の視点を転換し, I活力ある多数派としての積極的評価」を下し「多様性の 認識Jを示した点は高く評価されなければならない。とくに,中小企業群を
「企業家的発展を志向するグループ」と「生業として安定を第一とするグルー
(注 7)
プ」とに分けたことは注目される。
二つのグループのうち,経営教育の対象となるのは前者,つまり企業家的 発展を志向する中小企業であるが,ここで注意しなければならないのは, I企 業家的発展」ということである。つまり, I企業家的発展」を志向する中小 企業をすべて「企業」として認識してしまうのかという問題である。
現在実施されている経営教育は,中小企業を「ミニ大企業」として扱って いるといってもよい。その背景には,受講者である社員や管理者を企業の生 産要素とみて,一定の狭隆な理念に奉佐する管理能力や効率をのみを追求す るといった管理志向ないし官僚主義的経営観があるように見える。そこにあ るのは, I人間の顔をした中小企業」ではなく, I中小資本としての中小企業」
ではないのだろうか。中小企業を大企業とくらべた規模の差異だけの認識で 研修に携わる人はないかも知れないが,少なくとも具体的に両者の差異を識 別している人がはたしてどれほどいるだろうかと思う。
極端な言い方をすれば,中小企業は経済的合理性で一貫された管理的結合 体ではない。経済的非合理性が中小企業の合理性なのである。ところが,実 際の研修カリキュラムをみると前者の思考が基礎になっている場合がほとん
どといってよいのが現状である。
しかしながら,そこには「理解と実践」の問題が介在している。中小企業 の経営実態についての観念的な理解はあるものの,具体的にそれを教育の実 践に結び付けることはきわめて困難なのである。換言すれば, r企業家的発
展を志向する中小企業」とは必ずしも企業としての優等生であることを意味 するものではない。「非企業的性格」を残すものをもって単純に非近代的と か企業家的発展意欲に乏しいといった熔印を押すべきではなく,むしろ企業
としての後進性を残す中小企業に対する経営教育は重要である。なぜなら,
経営教育は,有望な企業や人材の発掘を志向するものであって, r出来上が った企業」だけを対象とするものではないからである。ちなみに,企業は「事 業」から出発し, r事業」は当初は「企業」ではない。
(2) 中小企業経営教育の方向
わが国の中小企業は,すでに従来の路線や問題性を引きずった形ではいけ ない状況の下にある。例年の「中小企業白書」で繰り返して 宣伝"されて 来たような「小回り性」や「持ち前の機動性」などは過去のものになってい
るのかも知れない。
それでは,たとえば新しい「小回り性」とはどのようなものでなければな らないのか,それは一向に明示されていないのではないだろうか。否,明示 するのが難しいのである。しかしながら,新たな視点の上に立たない限り,
中小企業の経営教育は時代の要請(分けても国際化の進展)に取り残される ことになりかねないだろう。
中小企業に対する 褒め言葉"は,従来からきわめて抽象的かっ便宜的に 使われてきた嫌いがないでもない。しかし今,こうした従来の中小企業視点 を見直し,そこに新たなバイタリティ要因を見出すことが非常に大切なこと のように思われる。しかしそれは,中小企業の「非企業」的側面を単純な管 理志向をもって画一的に評価してしまうような姿勢では実現できるものでは あるまい。
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4 .現行体制の問題点
以上のような観点から見た場合,現行の教育体制にはどのような問題があ るのか,主として教育技術的角度から考えてみたい。
(1) 経営と経営教育との適合
前にもふれたが,中小企業における経営教育の適合問題は二つの階層を含 んでいる。
① 教 育 ニ ー ズ の 認 知 一 教 育 者 サ イ ド
経営教育は経営の教育ニースと独立のものではありえない。しかるに,時 折垣間見る現象は経営教育の「一人歩き」である。中小企業の経営教育は,
中小企業がどのようなもので,どのようなニーズをもっているかを認識せず して出来るはずのないものであるが,それにもかかわらず一人歩きに陥る場 合は少なくない。中小企業サイドの欲求不満が何よりもそれを物語る。
「中小企業というものはおおよそこんなものだ」といった散漫な認識で研 修が行われるとしたらこれは問題であろう。しかし事前の予備診断などを 実施して研修に臨んでも,なお認識不足の事態を解消できないという経験は 少なくない。そのような状況が起きるのは,当事者が承知している(つもり の)中小企業一般と対象先の具体的中小企業との聞に介在する知覚のズレの ためである。中小企業が「非合理の合理的存在」であること,また完全な管 理結合体ではないことなどの事情がそうした事態を招くのである。
② 教 育 ニ ー ズ の 喚 起 一 中 小 企 業 者 サ イ ド
経営側の教育ニーズは,その企業がどのような経営視点や環境認知の構図 をもっているかによって形成される。大企業の場合と違って,中小企業の場 合はこの点でのレベルには大いに問題があるといわなければならない。経営 の視点や環境認知に欠陥があれば,間違った教育ニーズが生まれることにな る。
教育サイドでそれが探知される場合はよいが,一見尤もらしいニーズが提 示されると,ついに問題は発見されることなく埋没してしまい,評論的な教 育や空中楼閣的理念教育に終わってしまいかねない。正しいニーズが喚起さ れるかどうかは,すぐれて知覚的問題であるとするならば,経営教育は,そ の前段階であるニーズの正しい喚起から始めることが求められることにもな る。
①経営教育の「現場」性
経営教育の適合に関連して反省すべき問題に, I現場重視」の観点がある。
最近,いわゆる「ちょっとしたミス」による大事故のケースが増えていて(取 り付けボルトの脱落による新幹線事故,信号の見間違えによる電車の衝突事 故,航空機,原子力発電所での事故など),こうした状況に対して,基礎技 術低下への危機感が訴えられているケ
技術革新や情報化によって生産技術の基礎部分の多くが機械やコンビュー タに置き換えられた(設計部門でのCAD,CANなど)結果,技術者の「腕」
が弱くなってきているのではないかと思う。生産の効率化・高度化や精度の 向上といったプラスの効果がある反面,本来的な基礎が弱体化しつつある傾 向は憂慮すべきことと言うべきである。
「切るJ,I結ぶJ,I叩く」といった原始的基礎なくして製造業は成り立た ないが,そうした基礎的部分が空洞化し3K扱いされる傾向にある。しかし ながら中小企業は,本来基礎的な技術(¥.‑、うならば 匠")の上に立ってい るのであって,現場や基礎を踏まえない まやかし"のインテリジェントは,
中小企業本来のバイタリティを殺すものといわなければならない。過去にお いて,中小企業の「近代化」を押し進めるあまり, I管理Jが「技術」に優 先したとするならば,それは決して好ましいことではあるまL
、
同様のことは,経営教育についてもいえることであり,現場を踏みしめな い観念や理論の一人歩きの傾向なしとしない。匠としての中小企業の本質が,
今後どのように発展的に展開されるべきか,この原点を踏まえない経営教育
148 経 営 と 経 済
は経営適合的とは言えない。
(2) r自助努力支援型」教育の問題
国の中小企業政策の基本は,従来から自助努力をする中小企業を支援する という理念に立っている。たとえば,平成2年の中小企業政策審議会意見具 申でも,中小企業の自助努力の支援についてつぎのように述べている。「…
中小企業政策の基本は,中小企業がこれまでにもまして変化への適応を図り,
競争の担い手として十分に活躍できるよう,その自助努力を促進することで ある…。中小企業には,人材の確保力,資金力の脆弱性等中小企業ゆえの制 約があり,その制約を自ら克服する努力を支援する必要がある。その際,市 場経済原則に基づいて経済構造調整を進めるというわが国の立場の中で,政 策的支援は経済合理性の指し示す方向に、沿って行われるべきである」(ケ
この答申の内容を現場の感覚からみると,三つの留意すべき点がある。第 一は,中小企業を「競争の担い手」にしようとしている点である。中小企業 が競争の担い手になるには相当のパワーを要するが,その源泉は何かという
ことが正しく認知される必要がある。それは前述の「匠」つまり技術以外の 何物でもない。
第二は, r中小企業ゆえの制約を自ら克服する努力」を支援するという点 である。努力による克服の可能性探索,支援方法などが教育のポイントにな ろうが,中小企業ゆえの制約はミニ大企業化によっては克服できない。
第三は, r経済合理性の指し示す方向」という点である。中小企業が本来 的に持つ経済非合理性との兼ね合いはどうなのか。
以上の三点については,筆者の浅学によるものと思うが, r意見具申」自 体にも具体的明示がほしいところである。しかしそれはおくとしても,これ らの諸点は経営教育の実践上,皮相的な解釈や一面的な判断から方向を惑わ すおそれを含むものであり,具体化に向けての要検討課題といえよう。
中小企業の自助努力がいわれるようになってから久しいが,その間におい
て,いわゆる中堅企業やベンチャー・ビジネスの幾多の輩出があった。その こと自体に問題があるわけではないが,自助努力を「中堅企業やベンチャー
・ビジネスへの道」というように捉えてしまう偏向がないではない。自助努 力は広くかっ柔軟なものとして認識すべきであって, I中堅企業に発展しな い中小企業は問題にしない」かのような考え方は硬直的といわなければなる まい。
また,経済合理性は,必然的に企業を管理結合体として強化しようとする 方向に向かう可能性をもつが,だからといってそれだけが唯一の道であるか のような教育指導をすることは,中小企業の潜在的な芽をつむことになりは
しなし、かという問題がある。
中小企業大学校は,数少ない宿泊研修を実施しているが,研修生と寝食を 共にしていると,積極的な学習タイプとそうでないタイプの区別が見えて来
(注10)
る戸しかし,その判別については慎重を要するところで,現に何の基準をも ってそうした区別をするのかが問題にされなければならないだろう。
感覚的な所見ではあるが,自助努力型教育における自助努力の存否に関し ては,俗にいう 優等生"扱いという硬直化ないし偏向があるのではないだ ろうか。もしそうであるとするなら,今後新しい中小企業のあり方を模索し ていくに際しては,真の 優等生"の価値基準を明らかにしていく必要があ ろう。しかしながら現実は,これについて客観的で説得力のある判断基準が あるとは筆者には思えない。
(3) i経営者教育」の問題
経営環境の複雑化にともなって,企業経営におけるトップ・マネジメント の意思決定の資質が業績にますます大きな影響を及ぼす事態となっている。
しかも意思決定の内容も,プログラム化されない非定型的決定が一段と複雑 化の様相を深める傾向にあり,その面での経営者のスキルが問われようとし ている。
150 経 営 と 経 済
こうした状況から,経営教育は,すでに管理者教育から経営者教育へとそ のニーズを移行させ,高度化しているものと考えなければならないが,経営 者教育の強化,体制化には管理者の場合とは違った困難性をともなっている のが現状である。それは要するところ,経営者側の受入態勢の問題であるが,
その一つの側面は,時間的な受入態勢上の制約であり,いま一つは経営者の パーソナルな受入態勢上の問題である。
① 時間的受入態勢の問題
たとえば,中小企業大学校の場合においても,経営者を対象とした所定コー スへの出席率が必ずしも高くないといった傾向がみられる。その原因として は,経営者の意識に帰する面と,意識にかかわらず多忙のために出席できな いという不可抗力の理由の二面があるものと考えられるが,いずれも対処の 困難な問題といわなければらなし、。
そこで後者への一つの対応として,経営者の多忙に配慮、して研修コースの 期間を短期化したり回当たりの研修時間を短縮して毎月実施などの形で 頻度を増やすといったことも試みられている。いずれにせよ,経営者であれ ばこそ十分な時間をかけた教育が必要であるにもかかわらず,実際問題とし てはそれが物理的に困難という矛盾をどう解決したらよいのだろうか。時間 という経営資源に乏しい中小企業経営者に対する教育の強化を体制化するこ とには,多くの問題があるといわなければならない。
このような事態に対して,たとえ多忙であろうとも教育を重視するのが当 然、であり,そうでない経営者は「自助努力」が足りないといってしまえばそ れまでかも知れない。しかしながら,中小企業の現実はそれほど歯切れよく 処置できるものではない。
② パーソナルな受入態勢の問題
中小企業経営者はオーナー経営者であるのが一般的で, rワンマンJ,r一
匹狼」といった傾向が強い。したがって,教育サイドが本人の潜在的能力を 引き出そうとする場合,困難に直面するのが常である。時間的な制約とは関
係なく教育を受ける動機づけが不足しているのも,このような独特の状況に よるものとみられる。
(注11)
一般に,学習は先行学習の影響を受けるものとされるが,経営者教育の場 合,受講者側に経験や学習の蓄積が既存するために,当該学習の効果がそれ によって左右される傾向がある。したがって,その時点での学習者の全体知 覚をプラスに変容させようとしても,過去の学習(多くの場合,それが低い レベルであったり誤りであっても当人はそのことを認知していないことが多 い)が障害になって,新しいものを素直に受け入れることへの抵抗を生ずる ため,所期の教育効果を上げにくい場合がある。それだけ,経営者の体験や 既往学習は重みがあるわけでもある。そこで本人が何らかの外的刺激に触発 されて,自律的に全体的な知覚の体制を変容させたときはじめて学習効果が 見られるのである。
このことは,経営者教育が,学習者の認知や態度をプラスに変容させるよ うな強力なインセンティブをもつものでなければならないことを示唆するも のにほかならない。とりわけ,中小企業の場合は大企業に比べて組織メンバー の数が少なく,メンバーは社長の個人的な人生観や世界観の中に組入れられ,
その影響が直接的であること,また,企業も個人もともに,種々の姪措(し がらみ)の中にあって,特定の相手方との関係に拘束されている場合が多い ために,広範囲で自由な社会的訓練の機会に恵まれることの少ないのが一般 的といえる。このような状況から,中小企業者の経営的な視野は限定された ものとなることが多くなり,いわゆる一匹狼の生態もこうした背景をもつも のといえよう。
したがって,このような限界や欠陥を補填または矯正し,環境認知の上で の諸障者を除去することによって潜在的な芽を育むことが経営者教育の重要 な役割になる。
管理者などの経営者以外のメンバーに対していかに強力な学習効果を実現 しても,社長に正しい革新意識や時代感覚が不足していると,そのことが直
152 経 営 と 経 済
接に企業の進化の足をヲ│っ張ることになる。経営環境が経営者のリーダーシ ップ感覚の進化を求めているときに,固定観念や慣性的な行動に止まってい たり,間違った認識にもとづいて意思決定をする経営者のもとでは,どれほ
ど有能な管理者でもその真価を発揮することはできないのである。
5 . 総 括
以上,中小企業の経営教育をめぐる諸問題についてみてきたが,いずれも 個人的な体験にもとづく所見である。しかし,これらは結局どのような点に 収徴するのだろうか。
(1) 中小企業の裾野の拡大
まず最初の問題は,経済や技術の基調が変わりつつある今日,中小企業に 対して従来に変わらぬ経営教育を実施していたのでは,強力な中小企業群団 を醸成することは困難ではないかということである。
今日,わが国がめくるめく経済の発展を遂げたのには,活力ある多くの中 小企業が存在し,それが長く広い裾野を形成していたことが貢献したものと いわれている。そのような状況のなかで,多くの革新的な中小企業が育ち,
いわゆる中堅企業として先行して 巣立つて"いった。しかしながら,巣立 つことができないでいる中小企業が活力の源泉ではないといえるだろうか。
仮に譲ってそうだとした場合, 1"育ち巣立つ」中小企業だけで今後に向けて の裾野の形成は可能なのだろうか。むしろ,発展性を秘めながら巣立つに至 っていない中小企業の方が多いのである。
(注12)
ちなみに,最近,中小企業の開業率に低下傾向が見えてきた。この現象が,
市場の成熟化や新規参入に際しての技術水準の高度化に起因するものとする ならば,将来の経済発展を支える裾野は次第に小さくなっていくのではない かと憂慮される。
ベンチャー・ビジネスや中堅企業を高く評価するだけで,隠れた中小企業 への意識の薄い中小企業観には,このような配意があるとは見えない。優れ た潜在力を持ちながらそれを顕在化させ得ないでいる中小企業を,もし経営 教育が支援できなかったとするならば,将来の 苗床"は貧弱なものになっ
てしまうであろう。
技術や経営の支援を高度化することによって,潜存的なパワーを発揮でき る中小企業を育成する経営教育の方法が確立されなければならない。
(2) r中小企業の経営理論」
わが国が高度経済成長を遂げ,貿易摩擦の懸念も意識に上ることなく論出 に専念できていた頃の中小企業の活力と,度重なる円高,発展途上国の成長,
国際分業,そしてM E化以降急速に向上した技術水準,などの情勢のもとに ある中小企業の活力との差異はきわめて重要である。
前段の場合の経営教育では,大企業向けのカリキュラムの焼直しでも対応 できたし,むしろ大企業対象の一般的経営理論の「応用問題」が中小企業を 強くしたともいえる。しかし後段の時期においては,中小企業なるがゆえの 諸問題を解決する固有の理論を必要とするようになっている。中小企業なる がゆえの諸問題が前段の時期に存在しなかったわけではない。その時期にお いては,環境条件が企業の業績を押し上げるようにはたらいたために,そこ そこの管理レベルや資質水準であっても(大企業の 見ょう見まね"で)シ ェアや売上げを伸ばすことができた結果,本来的に抱えている問題が表面化 することがなかっただけのことである。
「中小企業の経営戦略」が語られる場合,その内容において,一般的な経 営戦略との聞の違いにどれほど言及されているだろうか。たとえば,一般的 な戦略論では,経営資源の調達上の困難や,運用上での流動性の問題につい て具体的に説明されているだろうか。
人的資源についてみれば,中小企業では大企業のように採用時における選
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択の自由はない。また,自由な選択によって得た人的資源に対して,自社の 方針に沿った教育を系統的に実施して,画一的に人材を養成するようなこと は中小企業では困難である。中途採用者や,親企業・監督官庁などから転入 してきた管理者などが混在していて,企業としてそれらを自由に活用する余 地はきわめて限定されている。第一,経営者自身にそうしたことへの対応能 力が乏しいという問題もある。経営上望ましいキャリア計画を立てようにも ままならないといった状況はいくらでも観察されるところである。取引先の 選別についてもしかり,金融に至ってはとくにそうした自由は大きく制限さ れているのが現実である。しかし,困難な状、況の中にあっても「何とかやっ ている」のが中小企業である。また,何とかやって成長するものもあれば,
失敗して倒産する企業もある。このような多く観察されるさまざまな現象を 規定している中小企業に固有の論理は何なのであろうか。
研究し教育すべきは,その「何とかやっている部分」なのであり,それは しばしば一般理論の論点以前の問題領域に属していることが多い。しかし,
そのようなドロドロした状態こそがバイタリティの源泉になっているのかも 知れない。その聞の事情に明確な指針を与えるような議論の進展が必要と思 われる。
(3) r態度変容」教育
教育は多かれ少なかれ,態度変容を目的とするものであるが,中小企業の 経営教育での特質として,経営者の「ブラインド」の問題が指摘されなけれ
(注13)
ばならないC自分では気づいていないところに大きな欠陥がある場合でも,
素直にアドバイスを受容しない経営者は多い。しかしこのことは反面にお いて,アドバイスする側に説得力が不足していることも十分考えなければな るまい。
自助努力との関係でみれば,自らの自信のゆえに,口もとまで運んだもの でもそれを食べようとはしない経営者をもって,自助努力をしないと断定で
きるものでもない。中小企業経営者に対する教育の難しさは,そのような経 営者に口を開けさせることの難しさにほかならない。まさにその点において,
「何とかやっている」ことの適否,レベルを明快に指摘できる経営上の理論 や教育上のキャリアが不可欠といわなければならない。
む す び
以上の所見の根底には,通念的な中小企業観を超えた新たな視点への希求 がある。しかし,実地体験上のことであるから, i総括」に掲げた問題を論 点とした今後の研究の進展が望まれるところである。
以 上
(注1) 中小企業事業団は, r中小企業事業団法」にもとづく法人である。中小企業大学 校は,昭和37年に設立された財団法人中小企業指導センターを改組して昭和55年 に設立された(昭和55年, r中小企業政策審議会意見具申」による措置)。
(注2) 民間研修や他の公的研修で,研修対象を中小企業と明示して実施しているもの は中小企業大学校以外にはない。
(注3) 昭和55年の「中小企業政策審議会Jで中小企業大学校の全国展開が意見具申さ れたのを受けて,その後逐次各校展開が進められ,現在,東京,関西,直方,旭 川,瀬戸,広島,仙台,三条の8校が稼働中。
(注4) r中小企業事業団法」第21条。
(注5) 中小企業庁編『中小企業の再発見』昭和55年, P.34
(注6) r高度で専門的かつ実践的な研修」の意味は必ずしも明確ではないが,一方的な 講義方式による時事的な情報・知識の提供だけでなく,そうした情報や知識を使 いこなして現実の企業活動に応用してし、く実践的能力を体得させることを意味す るものとして運営されている。
(注7) 中小企業庁編,前掲書, PP.I0‑11
(注8) たとえば,森清『贈る中小企業~, 1993年。牧野昇『製造業は永遠です~ 1990年 など。
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(注9) 中小企業庁編 W90年代の中小企業ビジョン~,平成 2 年。
(注10) 受講者の学習態度について,観察と個別の面接の結果から, r基礎的原理や能力 を学んだことを理由として研修を評価している者」と「具体的な技法を学んだと いう観点から評価している者」とのこつのタイプを分類し,前者を相対的に高く評 価する見解がある(加藤孝「中小企業経営者教育の課題J,第2回中小企業学会報告)。
(注11) 先行する学習が後続の学習に影響を与えることを学習の「転移」という。この うち,後続学習が促進されるものを正の転移,妨害されるものを負の転移という
(金城辰夫・斉賀久敬編『心理学2 学習・思考~,昭和53年)。
(注12) たとえば, W 中小企業白書~ (平成4年版),中小企業事業団『中小企業の開業の 実態と課題~ (中間報告),国民金融公庫『新規開業実態調査.!I (同公庫調査季報,
第13号, 1990年5月)など。
(注13) リーダーシップの診断技法として著名な「ジョハリの窓」の考え方で, r自分に は分からないが他人には分かっている自己の部分」を「盲目(ブラインド)Jの部 分 と い う ( 図 表 ‑4)。
「図表‑4J ジ ヨ ハ リ の 窓
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c C' D 努力⑧,⑦によって、「自分」についての未知の部分は小さくなり(口ABCD
→口A'B'C'D)は窓は大きく開くことになる(口EFAH→口EGA'1)。
(出所)P. Hersey, K. H. Blanchard, Management of Organizationa1 Behavior. 1977. 山本成ニ,水野基,成田攻訳『行動科学の展開~,日本生産性本部,昭和53年,
により作成。