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―― 中小企業の理論体系化の喪失と研究の流れ星化 ――

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(1)

中小企業の研究対象と研究方法ならびに 問題意識と問題視角について

―― 中小企業の理論体系化の喪失と研究の流れ星化 ――

出 家 健 治

目 次

0.はじめに ― 本稿の目的

1.中小企業研究の問題意識と問題視角について2つの「古くて新し い」問題提起

1 植田浩史の「古くて新しい」問題提起のもつ意味 2 佐藤芳雄の新しい「古くて新しい」問題提起のもつ意味 2.「パラダイム転換」にともなう問題意識や問題視角の変化と理論研

究の拡散化

1 問題意識と問題視角の「パラダイムの転換」の背景

2 「パラダイムの転換」による研究領域と「応用経済学」への理論 研究の拡散化

3.中小企業研究の検証からみえる「パラダイムの転換」と基礎理論の あり方の問題

1 中小企業研究の方法と理論の問題提起とその喪失過程の検証 2 戦前の日本の中小企業研究にみる日本資本主義論争の影響 3 戦後の中小企業研究の「講座派の亡霊」と理論体系の喪失過程 4.まとめ ― 部門経済理論としての中小企業論の喪失と中小企業研究

の流れ星化

(2)

0.はじめに ― 本稿の目的

中小企業研究にとって「中小企業とは何か?」という問題は古くから問わ れてきた問題である。いまもってその問題は漠然とした形でとらえられて,

「中小」規模という,それ以上でもそれ以下でもない,きわめてわかりきっ た大きな括りでとらえられている。その結果,「中小企業研究とは何か」と 問われると,現在でもそうであるが,厳密な意味での回答は難しく,「中 小」であればすべてを包含するという,中小であれば何でもありという現状 にある。

そして中小企業研究の領域の拡大・拡散化がみられる。たしかに研究領域 の拡大・拡散化の傾向は,一方,で中小企業研究の内容を豊かにするという ことを意味する。しかし,他方で,佐藤芳雄が注意を喚起した

1)

ごとく,研 究の「流れ星」化

2)

が起き,「中小企業とは何か」ということがますます曖昧 になってきている。だから,そのことがいつでまでも「古くて新しい問題」

としてこの問題が問われるようになっていると思う

3)

「中小企業とは何か」というかぎりは,何を対象とし,どのような方法で 何を問題にするかという研究の問題意識と視角,さらにその「理論体系」が

1)

佐藤芳雄(1996a)「プロローグいま,なぜ中小企業論を学ぶか」巽信晴・佐藤 芳雄編『新中小企業論を学ぶ』(新版)有斐閣,p.9。

2)

かつて日本商業学会全国大会において流通・マーケティング研究が重箱の隅を つつくようなものが多くなっている傾向を称して「研究の流れ星化」と田村正紀 (神戸大学名誉教授)はいった。

3)

滝澤菊太郎(1996)「中小企業とは何か」小林義雄・滝澤菊太郎編『中小企業と は何か』有斐閣,佐藤芳雄(1996b)「エピローグ『中小企業』への視差と研究課 題」巽信晴・佐藤芳雄編『新中小企業論を学ぶ』有斐閣,黒瀬直宏(2000)「複眼 的中小企業論の試み ― 中小企業は『発展性と問題性の統一物 」 豊橋創造大学紀 要』(豊橋創造大学),第4号,植田浩史(2004) シリーズ◎現代経済の課題 現 代日本の中小企業』岩波書店,渡辺俊三(2008)「中小企業論研究の成果と方法」

日本中小企業学会編『中小企業研究の今日的課題』(日本中小企業学会)同友館,

三井逸友(2013)「理論・本質的研究」㈶中小企業総合研究機構編『日本の中小企

業研究

2000−2009

1

巻 成果と課題』同友館など。

(3)

問われる。とくに対象,方法を軸にした「理論体系」

4)

,すなわち現状分析理 論ではない自由競争から独占段階にいたる「中小企業の基礎理論(一般理 論)」が問われるのである。

しかしこの点についてはあまり議論されていない

5)

。そこで本稿ではなぜ

「中小企業の基礎理論」について議論が活発に展開されなかったかという背 景について考察し,「中小企業とは何か」,またその問題意識や視角について

「古くて新しい問題」として問うている内容を考えてみることにする。そし て中小企業問題の研究の変遷を検証しながら,なぜ中小企業の理論体系が問 題にされなかったかという,その問題の所在について考察することにする。

4)

戸坂潤は方法と体系と理論についてつぎのようにいう。学問は,一方において

「方法」(いわば考え方としての方法)として,他方において「体系」(いわば成果 として,理論的組織的体系としての成果)として成立するという。理論体系には 対象領域の設定と方法が重要であり,また方法は学問の性格を示すという点で,

「方法なくして体系なし」ということから,「方法」が「体系」に対して優位性を もつというのである(戸坂潤(1966)「科学的方法論」 戸坂潤全集』勁草書房,

1

巻を参照のこと)。

5)

もちろん,全く行われていなかったというのは正しくない。後に本稿の本文で 論じるが,独占段階の独占理論,寡占体制理論を想定した中小企業理論の構築の 研究(代表的理論は佐藤芳雄(1976) 寡占体制と中小企業 ― 寡占と中小企業競 争の理論構造』有斐閣,対極に中村秀一郎(1961) 現代日本資本主義分析双書 日 本の中小企業問題』合同出版社)が定着し,最近も多くはないけれども行われて いる(渋井康弘(2010)「競争論を基礎とする中小企業論序説」植田浩史・ 野博 行・駒形哲哉編『日本の中小企業研究の到達点 ― 下請制,社会的分業構造,産業 集積,東アジア化 ― 』同友館,大前智文(2017)「中小企業の存立条件論におけ る今日的課題に関する一考察 ― 競争論を基礎として」 名城論叢』(名城大学)第

17

巻第

3

号,同(2018)「中小企業の存立条件に関する一考察 ― 残存部門の新 部門への転化』の検討から」日本中小企業学会編『新時代の中小企業経営 ―

Globalization

Localization

の も と で』(日 本 中 小 企 業 学 会)同 友 館,平 野 哲 也 (2018)「中小企業研究の方法的立場 ― 中小企業概念の系譜とデザインの方法」,

同上書など)。

(4)

1.中小企業研究の問題意識と問題視角について2つの「古くて新しい」

問題提起

1 植田浩史の「古くて新しい」問題提起のもつ意味

散見される範囲内でこれまでの「中小企業とは何か?」という議論を眺め てみると,最近の新しい主張は「異質多元」の特徴をもっている多様な企業 群を対象とすることをさし,大規模と区別される中小規模の企業が中小企業 であると論じられているだけである。「中小企業とは何か。・・・・。つまり最 初にして最後の難問なのである。それはきわめて多様な要素や質をもった各 種『中小規模』事業者の総称である。それは『同質的一体』ではなく, 異 質多元群』である」と。それはすべての中小企業に共通するただ一つの要素,

「大企業ではない」ということだけである

6)

これは,冒頭でのべたように,それ以上でなければそれ以下でもないとい う,いいかえれば何も説明していない定義だといえる。植田浩史が指摘して いるように,中小企業を研究する場合,なぜ大企業と区別して中小企業を認 識する必要があるのかというところに中小企業研究があるのであり,もしそ の認識がなく大企業と区別しないならば中小企業研究の意味はないであろう。

つまり,中小企業を企業一般,あるいは大企業と区別して考えなければなら ない理由自体が中小企業研究の根底にあり,中小企業研究の一つの究極の課 題であるといってよく,中小企業の研究視角は大企業と対比関係の視点から 中小企業問題を明らかにするところにある。これが中小企業研究の目的であ る。この問題意識と視角にたち,中小規模の企業,すなわちきわめて多様な 異質多元の中小企業が研究対象である

7)

この問題意識と視角は中小企業の研究者において古くからみられたもので

6)

佐藤芳雄(1996a),前掲論文,p.4。

7)

植田浩史(2004),前掲書,pp.1‑2。

(5)

あって,特別あたらしいものではない。しかし,この古くからみられたこの 問題意識と視角が「パラダイムの転換」といわれて中小企業のとらえ方の変 容により,ふたたび問われようとしている。

植田浩史はいう。「現在のように,さまざまな分野から中小企業に対して 関心が持たれ,研究が行われるという状況は,中小企業研究の発展と中小企 業にとって好ましいことであるが,一方で問題意識と視角が拡散し,中小企 業研究で何を問題にするのかという点での共通認識が失われているように思 われる」

8)

と問題提起をする。いわば構造的な問題志向型の視点が失われてい るところに今日の中小企業の研究対象と視角のあり方の問題があるというの である。そのような意味において,中小企業における一つの「古くて新しい 問題」という意味内容からの問題提起なのである。

その背後には問題志向だけでなく,どのような中小企業理論,中小企業の 基礎理論であるべきかという「理論の問題」であるというのが本稿の問題意 識と視角であるが,とりあえず,その論理展開をするうえでこの議論を展開 する関係から,わかりやすくするために,この視点を黒瀬直宏の表現を用い て「問題型中小企業」志向としておこう

9)

2 佐藤芳雄の新しい「古くて新しい」問題提起のもつ意味

もう一つは「パラダイムの転換」という変化を踏まえて,佐藤芳雄がいう, 同じ表現ではあるが新しい意味の「古くて新しい問題」をここで取り上げ る

10)

。ここでの主張は植田浩史が指摘した意味内容とは大きく異なる。それ は「中小企業の研究視座は大企業と対比関係の視点から中小企業問題を明ら かにする」というような明確なものではない。ここでの主張は「古い中小企

8)

植田浩史(2004),同上書,あとがき,p.212。

9)

黒瀬直宏(2009)「中小企業の理論的分析」専修大学社会知性開発センター・中 小企業研究センター『アジア諸国の産業発展と中小企業』モノグラフシリーズ第

1

巻,p.3。

(6)

業」から「新しい中小企業」へ中小企業自体の発展が前提にされ,「古い観 点による中小企業像」から「新しい観点による中小企業像」へ「パラダイム の転換」というもとで,これまでの問題型ではなく,積極型・社会貢献型の 視点が強調された内容の意味をもつ「古くて新しい問題」であった。

この問題提起の理解のカギとなる研究対象の「新しい中小企業」像は,従 来のような「産業社会の中心に大企業があり,中小企業はその支配下にあ る」という,いわば「大企業と中小企業との間に種々の『格差 」があり,

またその状態におかれ,中小企業は「社会的不公正,競争上の不公正,大企 業の支配と『収奪』に」おかれて,対大企業との関係を問題にするような,

いわば「古い中小企業像」ではないと佐藤芳雄はいう。そしてそのような中 小企業像ばかりを想定し,このような問題の本質に拘泥する研究視点に対し てはきわめて批判的である

11)

。そうではなく研究対象となる「新しい中小企 業」とは「 自ら,市場を創造し,技術と経営を革新し,グローバルな規模 で企業活動をめざしながら,通信情報革命に対応し,環境急変に適応できる

10)

佐藤芳雄(1996b),前掲論文,p.357。なお滝澤菊太郎もほぼこのような視点か ら詳しく指摘をしている。すなわち,「中小企業をどのように認識するか」といっ て,「中小企業とは何か」「中小企業問題とは何か」と問い,認識型本質論といっ て①問題型中小企業認識論(これは「問題のある中小企業」として位置づけ,淘 汰問題型中小企業論,残存型中小企業論,格差問題型中小企業認識論にわけられ, 重点は前者から後者の方に移っているという),②貢献型中小企業認識論(これは

「問題のない中小企業」として位置づけ,開発貢献型,需要貢献型,競争貢献型,

苗床貢献型などに区分している)にわけて双方の視点から統一的に問題視角をた てるべきであると論じている(滝澤菊太郎(1996),前掲論文を参照)。「問題のあ る」「問題のない」という分類についても批判があったが(伊東岱吉・加藤誠一・

北田芳治(1960)「中小企業の本質」楫西光速・岩尾裕純・小林義雄・伊東岱吉編

『講座中小企業第

1

巻 歴史と本質』有斐閣を参照),他方で,中小企業研究の問 題内容をよく整理しているといって評価された(渡辺幸男・福島久一・港徹雄・

黒瀬直宏(1993)「日本の中小企業研究−90年代の方向と課題(研究討論)」 企 業診断』(同友館)を参照)。しかし,このような説明はきわめて並列的総花的で あるといえなくもない。そしてこのような統合的視点は,本質を解明するという 以上,これらの視点に立つかぎりは中小企業問題から「共通な内容」を本質とし て引き出すことであるが,はたして可能であろうか。疑問を感じる方向だといえる。

11)

佐藤芳雄(1996a),前掲論文,pp.8‑9,同(1996b),同上論文,pp.351‑357。

(7)

努力をしている』中堅・中小企業群」

12)

像であるという。

もちろん,すべてがそのような形で成長するわけではないので,「発展の 側面とともに,さらなる発展を阻害している諸要因をとらえなければならな い」

13)

が,ともあれ,そのような「新しい中小企業像」を想定して,「きわめ てダイナミックな成長を遂げ,変化を見せた日本の経済・産業構造の中で,

一貫してダイナミックな成長発展を自ら遂げた日本と世界の中小企業とその 問題を,まさに変化の中でとらえ,何が変わり,何が変わらないのか,その 到達点を正当に評価し,今後の方向性を探るという視点」

14)

が中小企業研究 に「必要とされる視点」であるというのである。

こうして中小企業の「貢献的役割」「積極的な評価」が強調される方向に 動き出していったのである。「問題型志向」視角を軽視しはしないが,「貢献 型志向」視角も強調され,双方の視角を重視するといいながらも後者の視角 が大きな潮流として動きはじめることになる。これは中小企業の自立的な成 長発展という「新しい中小企業」の諸現象を前に,資本間の支配従属関係か ら変容した姿をみて,その変化にともなう研究視点の転換,すなわち資本間 の構造的な問題視角から活力のある中小企業の現実解明に力点をおいた産業 政策的な問題視角への転換の主張であり,それを「パラダイムの転換」と いって中小企業の研究視角の変更と,あわせて中小企業政策もこれらの成長 発展を促す「新しい中小企業政策」が必要であると指摘するところにその特 徴があった

15)

またそこにおいては社会的に役立ち,現実を具体的に説明する力をもつ中 小企業論でなければならないという「理論の効力」「理論の社会的貢献」が 台頭することになる

16)

。そこには従来型の構造重視による本質志向型の中小

12)

佐藤芳雄(1996a),同上論文,p.4。

13)

佐藤芳雄(1996a),同上論文,p.3。

14)

佐藤芳雄(1996a),同上論文,p.3。

(8)

企業論は現実を具体的に説明する効力をもたないというわけである

17)

。また 中小企業はいまや「異質多元的」であるところから,異質多元的な中小企業 を研究するうえで本質解明型(共通性)の中小企業論は中小企業の成長発展 するさまざまな異質多様型の現実の具体的な中小企業の現状を説明する力が なくなったともいうのである。

後に検討するが,その嚆矢であると思われる「中堅企業論」を主張した中 村秀一郎や清成忠男の叙述においてその主張がみられ

18)

,その後,議論は

15)

佐藤芳雄(1996a),同上論文,pp.1‑4。中小企業の政策論についてはここでは 論じないが,以下の主なものを参照のこと。有田辰男(1992)「政策的研究」中小 企業事業団中小企業研究所編『日本の中小企業研究

1980−1989

1

巻 成果と課 題』同友館,同(1996) 戦後日本の中小企業政策』日本評論社,同(1997) 中 小企業論 ― 歴史◎理論◎政策 ― 』新評論,川上義明(2011a)「日本の中小企業 政策に関する基礎的考察」 福岡大学商学論集』(福岡大学)第

56

巻第

1

号,同 (2011b)「日本の中小企業政策の過程(Ⅰ)― 戦後復興期〜バブル経済形成段階:

試論 ― 」 福岡大学商学論集』第

56

巻第

2

号,同(2011c)「日本の中小企業政策 の過程(Ⅱ)―『失われた

20

年段階』における中小企業政策:試論 ― 」 福岡大 学商学論集』第

56

巻第

3

号,加藤誠一(1977)「中小企業政策の体系と展開」加 藤誠一・永野武・小林義雄編『経済政策と中小企業』同友館,清成忠男(1996)

「中小企業問題と中小企業政策」清成忠男・田中利見・港徹雄『中小企業論 ― 市 場経済の活力と革新の担い手を考える ― 』有斐閣,同(2009) 日本中小企業政 策史』有斐閣,黒瀬直宏(2006) 中小企業政策』日本経 済 評 論 社,高 田 亮 爾

(2009)「中小企業政策の歴史と課題(1)」 流通科学大学論集(流通・経営編)』

(流通科学大学)第

22

巻第

1

号,同(2010)「中小企業政策の歴史と課題(2)」 流 通科学大学論集(流通・経営編)』(流通科学大学)第

22

巻第

2

号,滝澤菊太郎

(1964)「中小企業政策の役割と限界」山中篤太郎・豊崎稔監修『経済政策講座 現 代経済政策と構造問題』有斐閣,寺岡寛(1997) 日本の中小企業政策』有斐閣,

同(2003) 中小企業政策論 ― 政策・対象・制度 ― 』信山社,中山金治(1983)

『中小企業近代化の理論と政策』千倉書房,牟礼草苗(2005) 中小企業政策論』

森山書店,黒瀬直宏(2006) 中小企業政策』日本経済評論社,三井逸友(2003)

「政策的研究」㈶中小企業研究総合機構編『日本の中小企業研究

1990−1999

1

巻 成果と課題』同友館,渡辺俊三(1992) 中小企業政策の形成過程の研究』広 島修道大学総合研究所など。

16)

それについて川上義明はロゴスとパゴスの統合という視点から論じ,その統合 について中小企業経営の視点を提示する。同(2008)「中小企業研究における科学 性と実践性のディレンマの解消 ― パトス的領域とロゴス的領域:試論的アプロー チ」 福岡大学商学論叢』(福岡大学)第

52

巻,3・4号。

17)

佐藤芳雄(1996b),前掲論文,pp.353‑354。

(9)

あったものの

19)

,その論調は「パラダイムの転換」の主要な見解となってい き,中小企業の「暗いイメージ」から「明るいイメージ」への転換が主張さ れることになる。その結果,本質解明型の研究はしだいに衰退化して行った のである。

植田浩史が指摘しているように,「中小企業をめぐる経済環境の変化,中 小企業自身の構造的な変化の中で,中小企業を分析し,把握する理論枠組み についても」

20)

,「パラダイムの転換」というなかで中小企業の研究対象や研 究視角をあらためてどのようにとらえるかという問題を問うようになった。

そこで主張された転換は,黒瀬直宏の指摘した表現を借りれば,「問題型中 小企業問題」から「積極型中小企業問題」への

21)

,いいかえれば,本質解明 型(共通性解明)から現状説明力・現状問題解決型(異質多様性解明)への

18)

中 村 秀 一 郎(1964a) 中 堅 企 業 論』東 洋 経 済 新 報 社,同(1976) 中 堅 企 業

1960

年代と

70

年代 ―(増補第三版)』東洋経済新報社,同(1990) 新中堅企 業論』東洋経済新報社,清成忠男(1980) 中小企業読本』東洋経済新報社,同 (1990) 第

2

版 中小企業読本』東洋経済新報社などを参照のこと。

19)

「中堅企業論」に対する批判は,末岡俊二(1974) 中小企業の理論的分析 ― 中小企業成長論批判』文眞堂,中山金治(1983)「中小企業の近代化の思想と背 景」中山金治『中小企業近代化の理論と政策』千倉書房,山崎広明(1972)「中小 企業」佐伯尚美・柴垣和夫編『日本経済研究入門』東京大学出版会などがおこな われている。中囿桐代(1990)「中小企業問題ノート」 社会教育研究』(北海道大 学)第

10

号,植田浩史(2010a)「二重構造と中堅企業」石井寬治・原朗・武田晴 人編『日本経済史

5

高度成長期』東京大学出版会を参照のこと。

20)

植田浩史(2010b)「序章 問題意識,課題と構成」植田浩史・ 野博行・駒形 哲哉編著『日本中小企業研究の到達点 ― 下請制,社会的分業構造,産業集積,社 会集積,東アジア化』同友館,p.4。

21)

黒瀬直宏(2009),前掲論文,p.3。なお黒瀬直宏は問題性と発展性を統合した 複眼的な中小企業論であることを指摘し,またそれを踏まえて中小企業を整理し ている(同(2000)「複眼的中小企業論の試み ― 中小企業は『発展性と問題性の 統一物 」 豊橋創造大学紀要』(豊橋創造大学)第

4

号)。黒瀬直宏のいう複眼的 な視点による統合について福島久一は現時点で正解が描けないと論じている(同 (2008)「中小企業研究の今日的課題」日本中小企業学会編『中小企業研究の今日 的課題』(日本中小企業学会)同友館,p.41)。なお川上義明はこの複眼的な視点 を「中小企業経営」の視点から捉える試案を展開している(同(2005a)「日本に おける中小企業研究の新しい視点(Ⅲ):複合的視点の提示」 福岡大学商学論集』

49

巻第

3・4

号)。

(10)

転換

22)

である。そのような内容をふくんだものが佐藤芳雄の主張した「古く て新しい問題」の意味あいであり,これまでとはちがったそれであった

23)

2.「パラダイム転換」にともなう問題意識や問題視角の変化と理論研究 の拡散化

1 問題意識と問題視角の「パラダイムの転換」の背景

古くからあったこのような問題意識が変わっていったのはいつ頃からであ ろうか。大きな要因は,指摘されているように,日本資本主義の構造変化で あった。戦前から戦後にかけて「半封建的な要素(前期性)」の残存が強く 見られた日本資本主義の発展の不十分性が戦後においてもみられ,有沢広巳 によって「二重構造」と名づけられたが

24)

,1960年代後半ごろから日本資本 主義の全面展開がみられ,その構造が解消されて

25)

,高度成長期を経た中小 企業は自立的に成長発展を遂げたと指摘された

26)

22)

この転換の背景になった中村秀一郎たちの「中堅企業論」を参照のこと(中村 秀 一 郎(1964a),前 掲 書,同(1976),前 掲 書,同(1990),前 掲 書,清 成 忠 男 (1980),前掲書,同(1990),前掲書を参照のこと)。その後,批判されながらも 実態検証から「パラダイムの転換」の見解へとつながっていき,本質解明型の理 論研究は衰退化していったのである。

23)

川上義明は佐藤芳雄が当初は問題型の視点をもっていたけれども変わっていく 過程を検証し,その点を指摘している(同(2005b)「日本における中小企業研究 の新しい視点(Ⅱ)― 二分法のジレンマ:戦後期 ― 」 福岡大学商学論集』(福 岡大学),pp.323‑328)。また有田辰男はこのような中小企業研究において本質論 を問う研究問題視角についての変遷とその流れの問題を的確に指摘している。有 田辰男(2003)「本質論研究」㈶中小企業総合研究機構編『日本の中小企業研究

1990−1999

1

巻 成果と課題』同友館を参照のこと。

24)

有沢広巳(1937) 日本工業統制論』有斐閣。

25)

清成忠男(1980)前掲書,第

6

章,田村正紀(2011) 消費者の歴史 ― 江戸時 代から現代まで ― 』千倉書房,pp.207‑256を参照のこと。

26)

佐藤芳雄も中小企業の自立的成長発展について次のように指摘する。高度成長 期の「経済成長にともなう事業機会の拡大によって,中小企業の活動分野は拡大 し,・・・・,社会的分業の拡大深化による中小企業の成長発展がみられた」(佐藤芳 雄(1996a),前 掲 論 文,pp.7‑8)と。植 田 浩 史(2010a),前 掲 論 文,pp.309‑317 も参照のこと。

(11)

市場構造の変化,社会分業の進化という背景を踏まえて理論展開された中 村秀一郎の「中堅企業論」

27)

は,議論をともないながらも

28)

,中小企業の自立 的発展を「中堅企業」という概念で主張した点で大きな影響を与えた

29)

それは日本資本主義の全面展開のなかで,中村秀一郎がいみじくものべて いるように,実態を眺めているうちに従来の中小企業のイメージを超えた中 小企業の成長群の存在を認めることによって

30)

,その特徴を整理し,大企業 支配からも独立した中小企業の成長発展の存在を強調したのが「中堅企業 論」であった。そしてその存在を一時的なものではなく,1960年代,70年代, 80年代の中堅企業を時代ごとにその存在と特徴を指摘し,「時代を切り拓く 中堅企業」として自立的な中小企業の確固とした存在とその発展を論じた

31)

かくして,これまでは「中小企業」といいながらも,その大半は「小零細 企業」群によって構成され,大企業もしくは独占企業との「系列・下請」関 係が指摘された「中小企業弱者論」

32)

という視点からの「中小企業問題」で あったがゆえに,それとは逆の指摘であったから大きなインパクトを与えた のである

33)

27)

中村秀一郎(1990),前掲書,p.5。

28)

議論の内容の一端については,植田浩史(2010a),前掲論文,pp.309‑317,三 井逸友(2010)「 社会的分業』と中小企業の存立をめぐる研究序説」植田浩史・

野博行・駒形哲哉編著『日本中小企業研究の到達点 ― 下請制,社会的分業構造, 産業集積,東アジア化』同友館,pp.302‑305を参照のこと。

29)

中村秀一郎(1964a),前掲書を参照のこと。

30)

中村秀一郎(1964a),同上書,はしがき,ⅰ,同(1961b) 現代の経済 中小 企業』河出書房を参照のこと。

31)

中村秀一郎(1964a),同上書,同(1976),前掲書,同(1990),前掲書,さら に同(1985) 挑戦する中小企業』岩波新書,同(1992)

21

世紀型中小企業』岩 波新書,中村秀一郎・杉岡碩夫(1964) 日本の産業シリーズ〉23 日本の中堅 企業 ― ケーススタディ ― 』有斐閣,などを参照のこと。

32)

「低賃金・低付加価値生産性・過当競争」(中村秀一郎(1990),前掲書,p.5)

という内容で特徴づけられ,これが「古い中小企業問題」の理解であるとこの当 時いわれた。

33)

中村秀一郎(1961),前掲書,第

4

章「現段階における中小企業問題 ― 結論に かえて ― 」を参照のこと。有田辰男も早くからその点を指摘していた。有田辰男 (1971) 増補版 日本中小企業分析』日本評論社,同(1982) 中小企業問題の基 礎理論』日本評論社を参照のこと。

(12)

またあまり指摘されていないが,中村秀一郎は中小企業の理論的展開のな かで,資本の運動法則のなかで中小企業の存立するゾーン展開を踏まえた上 での主張であったことも押さえておく必要があろう。中村秀一郎はいう。

「 資本論』から出発して前向きに,中小企業分析のための基礎理論を展開し, ついで日本中小企業問題の特徴を現段階に焦点をあわせて,中小資本と中小 企業労働の両側面から明らかに」

34)

する,また「独占段階における資本主義 の基本矛盾の展開された形態として,独占資本主義の構造をとらえ,この構 造のなかで中小企業問題を位置づける」という中小企業の理論的な視角を もっていたことに注意をしておく必要がある

35)

。しかし,この理論的な視角 は,残念ながら,その後,頓挫する。

清成忠男はそのような理論的視角なしに中村秀一郎の中堅企業論の考えを 受け継いでいく

36)

。清成忠男はいう。「いま,われわれは,中小企業につい てのイメージをあらためなければならない。在来型の中小企業観をもってし ては理解できない現象が到る所に生じているのである」

37)

といって,続けて

「さすがにマルクス経済学の影響を受けた教条主義的な中小企業弱者論は後 退しつつある」

38)

といった。ここでいう「教条的な中小企業弱者論」はいわ ゆる「伝統的な中小企業論」をさし

39)

,そこには「伝統的な中小企業論」の

34)

中村秀一郎(1961).前掲書,はしがき,p.4。

35)

中村秀一郎(1961),同上書,はしがき,p.4。さ ら に 同 書 の 第

1

章 第

2

節 の

「小資本の残存と再生」を参照のこと。この議論を踏まえて有田辰男は中小企業の 理論化を試みた。有田辰男(1971),前掲書,pp.66‑67,同(1982),前掲書を参 照のこと。またこのような理論的な視角の提示についての指摘については植田浩 史(2010a),前掲論文を参照のこと。

36)

清成忠男(1990),前掲書,まえがき,ⅲ。ただ,方向性は中村秀一郎と少し異 なるように思われる。大きく地域主義的視点にたって多数派の中小企業を形成す べきであると方向性を示している(清成忠男(1976) 現代中小企業論 ― 経営の 再生を求めて』日本経済新聞社,p.35)。杉岡碩夫の地域主義の主張と重なる(同 (1976) 地域主義のすすめ ― 住民がつくる地域経済』東洋経済新報社)。

37)

清成忠男(1990),同上書,まえがき,ⅲ。

38)

清成忠男(1990),同上書,まえがき,ⅲ。

(13)

見解に対する批判的視点があった。

そのような批判視点もあって反批判もあったが,日本の資本主義の発展と もに事実上の中小企業の成長発展の存在が認められることによって,「新し い中小企業論」の考え方が生まれてくることになる。「パラダイムの転換」

という主張で論じられている流れは,中村秀一郎や清成忠男の見解と少し異 なるものの,そこが一つの分岐点になったことは否定できない。その点でそ れが中小企業のとらえ方の大きな転換点であったことをここで指摘しておく ことは重要である。ともあれ,これ以降,このような日本資本主義の高度な 成長発展によって,「市場経済の進展」「社会的分業の進化」が「パラダイム の転換」の説明において「自立的な中小企業の成長発展」の背景のキーワー ドとなった

40)

それだけではない。これまでの前期的な封建制(半封建制)と近代的な産 業資本という対比関係から主にみていた「支配従属関係」に関する下請・系 列化問題のとらえ方も,このような変化を背景にしてあらたに独占もしくは 寡占支配体制からみるようになり,理論レベルのとらえ直しの議論がされる ようになった。

伊東岱吉の指摘といわれているが

41)

,中小企業問題が独占段階で現れると

39)

「伝統的な中小企業論」の特徴について有田辰男はいう。「中小企業論が戦後を ふくめて長い間従属形態の研究にとじ込められてしまうというひとつの『伝統』

を残すことになった」(有田辰男(1982),前掲書,p.45)。そこには「中小規模で あることにより大資本との収取(奪(?) ― 引用者)関係が生じるという資本の運 動法則からする見方がない」(有田辰男(1982),同上書

p.45)と。さらに独立形

態の中小企業を研究対象から「それ自体としては問題にならず」として除外して 以来の日本の中小企業論の伝統となったという(有田辰男(1997),前掲書,

p.130)。さらに詳しくは有田辰男(1971),前掲書,第 1

章,第

3

p.61

を,同

(1982),同上書,第

2

章,同(1997)同上書,第Ⅱ部第

1

章を参照のこと。また 植田浩史(2010a),同上論文,p.316も参照のこと。

40)

そこから「社会的分業対支配従属」という視点でこの問題を三井逸友は整理し ている。そこで従来のような「支配形態論」からの脱却と社会的分業論の観点か ら中小企業の自立的発展の理論的模索を論展開している。三井逸友(2010),前掲 論文,pp.300‑312。

(14)

いうことから,独占段階を想定した中小企業を研究射程にすることになり,

独占理論が問題の俎上にあがるようになった。

そのなかで大きな影響を与えたのが佐藤芳雄の「寡占体制と中小企業」論 である

42)

。マルクス経済学の独占理論の内容展開の遅れ,その不十分な状況 下

43)

で,産業組織論を適用しながら,極論すれば,寡占体制と非寡占体制セ クターの二分関係を指摘し,寡占体制ながらも寡占企業に支配されない中小 企業セクターの存在とそれが社会分業の担い手として相対的に自立して存立 しうることを論じた

44)

他方,マルクス経済学の視点からも独占段階における独占理論を軸に中小 企業研究が行われてきた。中村秀一郎は「産業組織論」からの独占理論構築 に疑義をのべ

45)

,北原勇の独占理論を考慮しながら理論構築に努め,研究グ ループによって「日本産業と寡占体制」を仕上げ,世に問うた

46)

。そのベー スとなる独占理論研究の停滞・遅れからなかなか研究が進まなかったなかで, 北原勇の「独占理論」の登場によってこれまでの独占理論を乗り越えたとし て高く評価され

47)

,多くの中小企業研究者はこの北原勇の独占理論をベース に研究が進み,寡占体制における大企業と中小企業の関係が論じられ,そこ で相対的な自立性やその支配従属関係を論じたのである

48)

41)

伊東岱吉(1954)「中小工業問題の本質」藤田敬三・伊東岱吉編『中小工業の本 質』有斐閣,p.30。

42)

佐藤芳雄(1976),前掲書。

43)

当時のマルクス経済学の独占理論はレーニンの理論段階に止まり,不十分で,

独占段階の個別独占企業間の競争行動を説明することができるような内容ではと てもなかった。そこからそのような説明のできるベイン,J.Sの「産業組織論」

の考え方が取り入れられ,寡占論として理論構築され,中小企業論だけでなく マーケティング理論においてもその理論化が図られた。

44)

佐藤芳雄(1976),前掲書。理論部分は第

2

章,第

3

章を参照のこと。

45)

中村秀一郎(1966)「まえがき」中村秀一郎・杉岡碩夫・竹中一雄共著『日本産 業と寡占体制』新評論,pp.1‑2。

46)

中村秀一郎・杉岡碩夫・竹中一雄共著(1966),同上書。

47)

北原勇(1977) 独占資本主義論の理論』有斐閣。

(15)

これらの議論を踏まえてその後の議論は,社会学的な要素も取り入れられ た中村精の「準垂直統合論」や,港徹雄の「所有なきコントール論」そして 渡辺幸男の「山脈構造型社会的分業論」と多様に展開されていくことにな る

49)

。そこでは主に社会的分業構造のなかで「独自受発注関係」による専門 化した分厚い中小企業群の存在が強調され,全体構造においてではなく「準 垂直的な中小企業」「所有なきコントロール」といった中小企業の相対的自 立性のみとめられる従属関係が論じられるようになった。ここでは「支配従 属」の前近代的な「下請制」から相対的自立性のある近代的な「系列化」へ の転回を論じたところに特徴があった。

そこにおいては資本の運動法則からの論理展開ではなく,佐藤芳雄の指摘 した「産業組織論」「寡占・独占論」など,独占の成立を前提としてそのう えで資本の一般法則がどのように歪曲され,修正され,また否定されるかと いう論理にもとづいて,上述の諸見解は実証的なところから引き出された理 論

50)

であり,中村秀一郎のいう中小企業の基礎理論の視点はみられず,これ

48)

渋井康弘は北原勇の「独占理論」をベースに理論構築をしようとしている。同 (2010),前掲論文を参照のこと。

49)

中村精(1983) 中小企業と大企業 ― 日本の産業発展と準垂直的統合』東洋経 済新報社,港徹雄(1988)「下請取引における『信頼財』の形成過程」 商工金融』

(商工金融研究所)1988.2,同(1996)「中小企業と大企業」清成 忠 男・田 中 利 見・港徹雄『中小企業論』有斐閣,渡辺幸男(1997) 日本機械工業の社会的分業 構造 ― 階層構造・産業集積からの下請制把握』有斐閣を参照のこと。これらにつ いての整理は高田亮爾(2011a)「中小企業研究の歴史の歴史と課題」 流通科学大 学論集 ― 流通・経営編』(流通科学大学)第

23

巻第

2

号,同(2011b)「現代中小 企業研究と課題」 地域創造学研究』(奈良県立大学)第

21

巻第

3

号を参照のこと。

渡辺幸男見解については植田浩史が問題提起をしている。以下を参照のこと。植 田浩史(2010c)「日本おける下請制度の形成 ― 高度成長期を中心に」植田浩史・

野博行・駒形哲哉編著『日本中小企業研究の到達点 ― 下請制,社会的分業構造, 産業集積,東アジア化』同友館,pp.41‑68。

50)

有田辰男(1971),前掲書,p.271,とくに終章「中小企業論と独占理論」を参 照のこと。佐藤芳雄(1976),前掲書,はしがき

2,さらに植田浩史・

野博行・

駒形哲哉編(2010)前掲書の第

4

章,第

5

章,第

6

章は有田辰男が指摘するとこ ろを象徴している部分であるといえる。なお大前智文(同(2017),前掲論文,同 (2018),前掲論文)も佐藤芳雄の流れをくんだ研究である。

(16)

までのような大資本と中小資本の支配・従属論視点から離れていない。そこ ではさらに中間的な相対的従属の自立的な中小企業の存在が強調され,さら に系列からスピンアウトないし起業的な中小企業の実体的存在

51)

も検証され, これらの従属関係から無関係な自立的中小企業の存在が強調され,これらが また地域経済との関わりで地域の独立的存在として多くみられるところから 地域と中小企業という視点もさらに入り込んでくることになる

52)

。そしてそ こでは中小企業の積極的評価がおこなわれ,地域貢献を強調する「前向き」

の評価が研究において大きな流れとなって進展していったのである。

このように,戦後における日本資本主義の発展はこのような自立発展的な 中小企業の存在からこれまでとはちがった中小企業のとらえ方の大きな転換 を生じさせ,このような背景から中小企業の「パラダイムの転換」が唱えら

51)

とくに

1980

年代後半から円高の持続により,大手企業の生産部門の海外現地生 産による移転によって下請系列体制が再編され,下請系列からはじきだされた中 小企業は生き残りをかけて自立の途を探さなければならなかった。その結果,こ の時期からより一層,中小企業の自立・起業化などが盛んに論じられた(日本中 小企業学会編(1988) 産業構造調整と中小企業』(日本中小企業学会)同友館,

同編(1989) 中小企業の経営戦略』(日本中小企業学会)同友館,同編(1990)

『世界の中の日本中小企業』(日本中小企業学会)同友館,同(1992) 企業間関 係と中小企業:中小企業理論の再検討』(日本中小企業学会)同友館など参照のこ と)。

52)

三井逸友はいう。「抽象的な『中小企業』一般を語るのではなく,構造の理解は

『市場の社会的構築』という概念に表現され,言うなれば,企業の地域集積と分 業にもとづく企業連関構造・生産組織としての産業地域という主題が浮かび上が る」(三井逸友(1996)「グローバルに見た中小企業の新パラダイム ― 日本中小企 業と中小企業研究の『グローバリゼーション ― 」佐藤芳雄編『21世紀,中小企 業はどうなるか ― 中小企業研究の新しいパラダイム ― 』慶應義塾大学出版会,

p.41)といって,「社会的分業」からの市場視点による「社会的構築」論を,そし

て地域産業視点を論じている。池田潔も中小企業を「地域」の視点から再構築を するといって,「中小企業論から地域中小企業論へ」の転換を論じている(池田潔 (2002) 地域中小企業論 ― 中小企業研究の新基軸』ミネルヴァ書房,第

1

部第

1

章,第

2

章を参照のこと)。川上義明はこの二つの相矛盾する方向を,中小企業経 営という視点から統合されるのではないかという提案をし,中小企業経営論の構 築を模索した。以下の主な論文を参照のこと。同(2004)「日本における中小企業 研究の新しい視点(Ⅰ) ― 二分法のジレンマ:戦前期」 福岡大学商学論集』(福 岡大学),第

49

巻,第

2

号,同(2005a),前掲論文,同(2005b),前掲論文。

(17)

れるようになった。そこでの「パラダイムの転換」

53)

という意味は,このよ うな構造的変化をともなった背景から論じられた,「問題型中小企業論」か ら「積極的な中小企業論」への,いいかえれば「資本的関係」から「社会的 関係」

54)

への内容の変化であったのである

55)

2 「パラダイムの転換」による研究領域と「応用経済学」への理論研究 の拡散化

このように日本資本主義の全面展開によって近代的な中小企業の展開が顕 著になり,相対的に自立した中小企業が研究の視野に入っていった。それは また経済構造の全面展開から寡占企業対中小企業の関係も視野に入り,その 関係が論じられるようになった。さらに流通・サービス・金融などの第三次 産業にも資本主義化の進展が現れ,その展開からこれらの分野の中小企業が 成長し,これらの領域も研究対象に取り込まれ,その結果,中小企業の研究 対象が一挙に大きく拡張・拡大していった

56)

。かくして中小企業は製造業だ けではないということになったのである。

渡辺幸男は具体的な事例をあげて拡張・拡大された中小企業の具体的なイ メージをつぎのように説明している。「商店街の中小小売業,八百屋・電器 屋等々,あるいは飲食店,対個人サービス業の床屋・クリーニング店といっ

53)

佐藤芳雄編(1996)

21

世紀 中小企業はどうなるか ― 中小企業研究の新しい パラダイム ― 』慶応義塾大学出版会。

54)

三井逸友(1996),前掲論文,pp.41‑42。

55)

これは黒瀬直宏の指摘であり,渋井康弘もそのように指摘している(黒瀬直宏 (2009),前掲論文,p.3,渋井康弘(

2010),前掲論文,p.259

の注

5

を参照のこと)。

なお黒瀬直宏の指摘する「積極的な中小企業」は,戦後,大企業の領導下で「量 産型中小企業」「ソフト型中小企業」「開発志向型中小企業」へと発展したが,平 成の不況からこの構造基盤が崩れてきたので市場開拓志向の市場創造という「市 場創造志向型中小企業」への転換を指摘している(同(1996)「市場創造と中小企 業の新パラダイム」佐藤芳雄編『21世紀,中小企業はどうなるか ― 中小企業研 究の新しいパラダイム ― 』慶應義塾出版会,pp.193‑211)。

56)

佐藤芳雄(1996a),前掲論文,p.9。

(18)

た小零細な商業やサービス業経営か。あるいは,町工場と呼ばれる小零細規 模の工場,大企業の下請企業,陶磁器産地のメーカーのような地場産業の企 業,これらの製造業の中小企業群か。さらには,ベンチャー企業とかコン ピュータソフト開発企業といった,新たな形態の中小企業」

57)

であると。こ うして中小企業は多様なイメージをもつことになり,「多様性をもつ中小企 業」といわれるようになった

58)

その結果,中小企業問題の研究射程が流通・サービス・金融を含んだ全業 種に拡張・拡散され,さらに地域経済という社会的経済的領域まで拡大され, 経済学を超えた全方位的な学際的な研究へと拡張されて,何も説明しない中 小企業という研究対象規定になった。すなわち,中小企業の研究対象は「多 様な要素や質をもった各種『中小規模 」「 同質的一体』ではない『異質多 元群 」「共通する要素はただ一つ, 大企業ではない』ことだけ」

59)

であると。

渡辺幸男は中小企業が経済学的経営学的研究に広がることを指摘したが

60)

, 佐藤芳雄は対象の広がりによってもっと幅広く「応用経済学としての中小企 業論」であることを主張した

61)

。そしてこのような「パラダイムの転換」で その「守備範囲がきわめて広い」ゆえに「厄介」であるということ,そこか ら「マル経,近経という区分にとらわれる必要はない」

62)

といって,「経済史, 経営史,狭義の経済理論(マクロ・ミクロ),財政金融,労働問題,経営会 計,商業・流通,技術,経済地理・立地,国際経済,技術移転,等々の専門

57)

渡辺幸男(2013)「中小企業とは何か ― 多様ななかの共通性」渡辺幸男・小川 正博・黒瀬直宏・向山雅夫『21世紀中小企業論 ― 多様性と可能性を探る[第

3

版]』有斐閣,p.59

58)

渡辺幸男(2013),同上論文,p.59。

59)

巽信晴・佐藤芳雄編(1996) 新中小企業論を学ぶ』有斐閣,p.4。

60)

渡辺幸男(2013),前掲論文,pp.59‑60。

61)

佐藤芳雄(1996a),前掲論文,p.9。

62)

佐藤芳雄(1996a),同上論文,p.9。

(19)

知識が要求される」

63)

といい,幅の広い範囲の理論が必要で,経済学の理論 から問題を解明し,それではとうてい解明できない部分を,社会学,政治学, 人間科学,行動科学などの助けを借りて「学際的」に研究することが必要で あると主張した

64)

他方で,このような研究対象の拡散・拡大は当然ながら「総合的・系統的 志向」となり,佐藤芳雄が指摘しているような危惧,すなわち,経済学の理 論に立脚する必要があるとはいいながらも「ナマナマしい現実の存在」であ るために「きわめて特異な自説」の展開や「現象記述」でおわる危険性があ ると注意した方向に進んでいくことになった

65)

その結果,「経済学」を重視するというがゆえに,その基盤とする「経済 学」を軸に関連する学際的な研究成果との接合における問題で苦悩すること になる

66)

。そこに無理があり,困難がある。結果としてその多くの研究は学 際的な研究成果の「つまみ食い」による接合という形で個別事象を説明する という展開になった

67)

。こうして研究の「流れ星」化の途を開くことに なった。

そのような傾向に対して,反作用から,最近,数少ないけれども,方法論 63)

佐藤芳雄(1996a),同上論文,p.9。

64)

佐藤芳雄(1996a),同上論文,p.9。

65)

佐藤芳雄(1996a),同上論文,p.9。

66)

佐竹隆幸も「中小企業存立論の統合化」を主張する。同(2000)「中小企業存立 論の変遷と今後の展開」日本中小企業学会編『新中小企業像の構築』(日本中小企 業学会)同友館,pp.19‑25。

67)

システム論,ネットワーク論,イノベーション論,ベンチャー論,ビジネス・

インキュベーション論,ライフサイクル論,クラスター理論,マーケティング論, コミュニティ論,ケイパビリティ論,経営資源論,コア・コンピタンス論,ソー シャル・ビジネス論,ソーシャル・キャピタル論というように,産業組織論,諸 経営学理論,諸情報理論,諸社会学理論などの援用,さらに驚きは

2018

年度の日 本中小企業学会の全国大会の報告においてみられた「両利き経営」(「知の探索」

と「知の深化」について高い次元でバランスをとる経営)といった極端なイノ ベーション理論の経営学説と思われる学際的研究の取り込みであった。これらの 理論が中小企業理論の理論体系としてどのように接合されるのか現時点で私は理 解できない。

(20)

研究においてこれらの接合点を射程に入れた一つの共通な方法論,つまり学 際的ななかでの共通な方法論を模索するという動きも現れてきた

68)

。もちろ ん,そのような研究もはじまったばかりなので一概にいえなく,そのような 可能な場合がみいだされるかもしれないが,仮にそのような接合による共通 な方法論による理論ができたとしても「中小企業問題」の解明が可能であろ うかという素朴な疑問をもっている。また「経済学」から離れないというな かでどのように理論を接合するのかという問題も今後において研究されるで あろうが,あまり期待できないのではと思っている。

ともあれ,このような方法論の議論はこれからもさまざまな形で議論され るであろうが,ここでは中小企業の理論的な方法論を念頭において経済学の 視点からその理論的問題,とくに基礎理論的な問題についてこれまでの中小 企業問題の検証を通して考えてみたい。

3.中小企業研究の検証からみえる「パラダイムの転換」と基礎理論の あり方の問題

1 中小企業研究の方法と理論の問題提起とその喪失過程の検証

冒頭で論じたけれども,植田浩史が指摘しているように,中小企業を研究 する場合,なぜ大企業と区別して中小企業を認識する必要があるかというと ころに中小企業研究があるのであり,もしその認識がなく大企業と区別しな いならば中小企業研究の意味はないであろう

69)

。つまり,中小企業を企業一 般,あるいは大企業と区別して考えなければならない理由自体が中小企業研 究の根拠であり,中小企業研究の一つの究極の課題であるといってよく,中

68)

平野哲也(2018),前掲論文,p.218を参照のこと。

69)

植田浩史(2004),前掲書,pp.1‑2。有田辰男もそのように指摘している。有田 辰男(1971),前掲書,最終章を参照のこと。

(21)

小企業の研究視角は大企業と対比関係の視点から中小企業問題を明らかにす ることだったからである。これこそが中小企業研究の問題意識と視角である といえる。

そうでなければ,植田浩史のいうように,「中小企業は異質多元的であり, 層としての中小企業内部にも多様な性質の企業が含まれ」

70)

「それをすべて 一つの枠組みで描くことはもともと困難であり,かえって層としての中小企 業のダイナミズムを見えにくいものにしてしまうことになりかねない」

71)

と いえる。

そこで植田浩史や有田辰男も指摘しているように,またすでに本稿で指摘 したように,嚆矢であった中村秀一郎の「中堅企業論」は単に「規模の問 題」ではなく,中小企業の方法論そのもの問題提起であり,中小企業の基礎 理論の理論的な枠組みと具体的な方向性を提示したのであった

72)

それで,以下ではその方向がなぜ喪失したのかについて,中小企業の基礎 理論の研究を展開した有田辰男の主張を取り上げ,日本資本主義論争の視点 からあらためて検証してみることにしたい。

なぜそのような視点から取り上げるかというと,①多くの研究者が中小企 業の問題性について検証してきているが,それらの見解の基底に日本資本主 義論争の見解があるにもかかわらず,その視点からの検証は行われておらず, その視点から検証しているのは,唯一,有田辰男だけだからということ,

②それに日本資本主義論争から検証することによってこの問題の所在が浮き 彫りになるということ,③また日本資本主義論争を基底とした資本主義分析 の観点から支配・従属,自立形態を如何に捉えるかという中小企業のありか たの研究に振りまわされた結果,その亡霊によって中小企業の基礎理論の方 向が失なわれたということが理由だからである。

70)

植田浩史(2004),同上書,pp.1‑2。

71)

植田浩史(2010a),前掲論文,p.316。

72)

中村秀一郎(1961),前掲書,はしがき,p.4。植田浩史(2010a),同上論文,

p.316。

(22)

2 戦前の日本の中小企業研究にみる日本資本主義論争の影響

有田辰男はこれまでの中小企業問題を検証し,そこにどのような問題が あったかを日本資本主義論争を踏まえた上で検討した

73)

。最初に,戦前の有 沢広巳,小宮山琢二,藤田敬三の諸見解を取り上げたが

74)

,そこで明らかに なった議論は日本資本主義論争における労農派,講座派の問題点をそれぞれ 含んだ中小企業の内容規定であった。繰り返すようであるが,この視点から の検証は散見するかぎりほとんど顧みられていない。有田辰男のみである。

当時の日本資本主義のもとでは,中小企業といってもほとんどが小企業も しくは零細企業で,その多くが工業を担っていた

75)

。そこから,日本資本主 義においてなぜこのような小零細工業が広範な存続を可能にするのかという ところに解明の中心がおかれた。つまり,「中小企業の存立条件」が問題に されたのである。それは,いうまでもなく,日本資本主義の発展の典型的な 発展とはみられない「遅れ」「後進性」をどのようにとらえるかという視点 から,「中小企業」問題をどのようにみるかということであった。

有沢広巳

76)

の見解は「労農派」にみられた日本資本主義の発展の論理,い わゆる資本主義の「一般論」の視点から存立条件を求めようとしたところに 特徴があった。日本資本主義の不十分な発展のなかで,不十分ななかにおい

73)

有田辰男(1971),前掲書,同(1982),前掲書,同(1997),前掲書を参照のこと。

74)

有沢広巳(1937),前掲書,小宮山琢二(1941) 日本中小工業研究』中央公論 社,藤田敬三編(1943) 下請制工業』有斐閣。

75)

零細概念における小生産者と小商人,零細企業と零細小売業の質的違いについ て,出家健治は日本資本主義論争から検証し,定説になっている見解を批判して きた(同(2002) 零細小売業研究 ― 理論と構造』ミネルヴァ書房,同(2004)

「零細概念における小生産者と小商人の同一性批判:中小企業・中小商業研究者の 誤り」 熊本学園商学論集』(熊本学園大学)第

10

巻第

2・3

号,同(2006)「零細 概念における小生産者と小商人の同一視批判 ― 零細小売業の資本的性格につい て」日本中小企業学会編『新連携時代の中小企業』(日本中小企業学会)同友館,

同(2005)「小生産者と小商人の資本家意識について ― 貨幣機能と貨幣資本によ る貨幣蓄蔵欲の相違」 中小企業季報』(大阪経済大学中小企業経営研究所),2005.

No.3

などを参照のこと。

76)

有沢広巳(1937),前掲書。とくに第

1

章,pp.3‑66を参照のこと。

(23)

ても資本主義の一般論が貫徹するという視点から,資本主義的な一般性(共 通性)を,いわば近代的な要素を探し出して,それを論証しようとしたとこ ろに特徴があった。そこから,一つは不十分な発展構造のなかにおいても大 資本が中小資本を圧倒し駆逐するという「資本の論理」の視点を失わなかっ たことである。もう一つは小零細工業の存立の基本的条件を「低賃金労働」

にもとめたことである。当時の状況は劣悪な低賃金状態に多くの労働者がお かれていたことは多くの調査から指摘されてきたことであった。しかしこの 労働力の再編成諸形態においても日本資本主義の「特殊性」としてはとらえ られず,一般的な「労働力と資本の関係」において論じられたのであった。

さらに低賃金労働の発生を日本資本主義の発展の未発達・不十分性によると ころから社会の「過剰人口」に求めたのであるが,おそらくこれらは過渡期 でいずれ近代的な賃労働になると見通した理解であった。

このように有沢広巳の見解は中小企業の遅れや不十分さを「特殊性」であ るととらえながらも,資本主義発展の過渡期ととらえ,資本主義における資 本の一般的な典型的な発展,いわば「資本の論理」のなかでその特徴を探し て論理づけ,特殊性を切り捨てたところにその特徴があった。その視点はま さしく労農派の見解に通じるものであった

77)

その対極に位置していたのが小宮山琢三の見解

78)

で,「講座派」,とりわけ その代表であった山田盛太郎の「日本資本主義論」の見解

79)

による日本資本 主義の発展の不十分性を資本主義の発展の「特殊性」(異質性)とみなして, その視点から中小企業を「特殊なもの」(前期的なもの)の強調として「存 立形態」をとらえようとしたところに特徴があった。つまり,「新旧問屋制

77)

有 田 辰 男(1982),前 掲 書,p.39。日 本 資 本 主 義 論 争 に つ い て は 小 山 弘 健 (1953) 日本資本主義論争史』(上)(下)青木文庫を参照のこと。

78)

小宮山琢二(1941),前掲書。

79)

山田盛太郎(1977) 日本資本主義分析』岩波書店,出家健治(2002)前掲書,

8

章の

2

を参照のこと

(24)

工業」「家内工業」「家内工業」「下請工業」のこれらの形態を「資本家たら ざるもの」(前期性)と「資本家たるもの」(近代性)との相克の関係として とらえ,「問屋制工業」を前期性,「下請制」を近代性として双方の質的違い を指摘し

80)

,前者の圧倒的な多さを踏まえて,究極において,日本資本主義 の発展の「特殊性」の視点から非近代的な側面の強固な存在を強調すること で,中小企業の特殊性を強調したところに特徴があった。その視角は前期的 社会と近代社会,前期的資本と近代的資本の相克を探し求めるという「大塚 史学」にあまりにも近い視点であった

81)

しかし,中小企業問題は,本来,独占との関係で生じるものである。そこ で有田辰男はさらにその点からそれを指摘した藤田敬三の見解

82)

を取り上げ た。藤田敬三は「下請制」を取り上げたが,産業資本との対比関係から抜け 出せなかった小宮山琢三とちがって,日本資本主義の独占的な構造のなかで とらえようとしたところに特徴があった。講座派に立つこれまでの多くの研 究者が,中小企業の支配的形態が資本主義の未発達による「商業資本的支 配」と映る現象をどのように理解するかということに苦慮し,「産業資本」

の「商業資本的充用」による「特殊形態」とみなして「前期性」を色濃くも つ「特殊なもの」と特徴づけた。それに対して藤田敬三は,もちろん,「問

80)

有田辰男(1982),前掲書,p.42。

81)

大塚久雄(1956) 欧州経済史』弘文堂新社,同(1954) 増訂版近代資本主義 の系譜(上)』弘文堂新社を参照のこと。大塚久雄の資本主義観は「経済学に出て くる資本主義の本質についての説明をそのままうのみにして資本主義というもの は,何かいつも資本家が多数の労働者を働かせる工場制度の形をとっているもの でなければならないと思い込んでいる」(浅田光輝(1949)「正しい社会観」民主 評論社編『正しい世界観』民主評論社,p.154)という。なお,大塚史学批判は以 下を参照のこと。豊田四郎(

1948) 社会経済史学の根本問題 ― 史的唯物論と「 大

塚」史学』研進社,浅田光輝(1948a)「大塚史学の一批判」豊田四郎・井上清・

伊豆公夫・浅田光輝・服部之聡・中村秀一郎『大塚史学批判』大学新聞連盟出版 部,同(1948b)「うしろむきの歴史 ― 近代的人間類型』への批判」大学新聞連 盟編『大塚史学批判』大学新聞連盟出版部。

82)

藤田敬三編(1943),前掲書。

(25)

屋工業 ― 前期性」「下請工業 ― 近代性」と押さえたところは共通していた が,独占の成熟過程を押さえた上で,元方である問屋資本や産業資本を「独 占資本」としてとらえ,「独占資本 ― 元方資本 ― 下請工 ― 低賃金労働」と いう独占的な支配構造から独占対中小企業という支配と非支配の関係を押さ え,「問屋工業」から「下請工業」への転換のもつ質的な意味を説明した

83)

。 しかし,独占の支配という網の目のなかで,そこには中小企業の一般的な資 本主義的な発展,近代的な発展がみられないところから「特殊な発展」とし て「前期的性格を色濃くもつもの」として全体的には非資本主義的な「特殊 形態」と位置づけたところに特徴があった

84)

この見解は,やはり日本資本主義の発展の「前期性」を日本中小企業にお いてもっとも代表的に体現するもので,この「前期的」「半封建的」な中小 企業の発展が日本の工業の発展において「絶対的要件」であるという考えは, 封建制が資本制の発展の「絶対要件」とみなす講座派の山田理論の見解の影 響という点で,小宮山琢三以上に講座派的であった

85)

もちろん,こうした中小企業のとらえ方は「特殊性」を「特殊性」として とらえたところに労農派よりも講座派の方に正しさがあったといえるが,同 時にその講座派の「前期性」「特殊性」の固定化という誤り

86)

が戦後の中小 企業論研究に影響を与え,「伝統的な中小企業論」として受け継がれ,中小 企業の方法論や理論に影を落とすことになったのである。

83)

有田辰男(1982),前掲書,p.42。

84)

有田辰男(1982),同上書,p.44。

85)

有田辰男(1982),同上書,p.45。山田理論については,出家健治(2002),前 掲書,第

8

章の

2

を参照のこと。

86)

労農派が一国の複雑で具体的な資本主義においてみられる固有の「特殊性」を 見なかったのに対して,講座派は一国の資本主義の具体的で複雑な現実を特殊な 資本主義の問題として「特殊性」で塗りつぶしてしまい,「特殊性」の強調で終 わって,そこに貫く「一般性」を見なかったところに問題があった。講座派批判 はこの点にある。

参照

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