峠を越えたフッサール・データベース : インター ネット時代のマルチリンガル・テキストのために
著者 浜渦 辰二
雑誌名 人文論集
巻 48
号 1
ページ A1‑A29
発行年 1997‑07‑31
出版者 静岡大学人文学部
URL http://doi.org/10.14945/00006871
峠 を越 えたフッサール・ データベース
一―インターネット時代のマルチリンガル・ テキストのために一―
は じ
̀blこ
インターネ ッ トに何時間 も費や して、ゴ ミの山か らいったい何が見つけられ る?一― これは、 ク リフォー ド0ス トールが『インターネ ッ トはか らっぽの洞 窟』①において提起 した問いである。彼 は、もともと木星の研究や宇宙望遠鏡の 設計 に携わる天文学者だが、インターネ ッ トで暗躍 していたハイテクスパイ団 (いわゆる「ハ ッカー」一― この語 は誤 って用いられてきたが)をコンピュー タネ ッ トワーク上で追 い詰 め捕 まえた事件 について自ら記 した『カッコウはコ ンピュータに卵 を産む』②は世界的なベス トセラーになった。そういう経歴をも つ彼が、イ ンターネ ッ トの裏 も表 も知 り尽 くした者 として、いま世界中に広が るイ ンターネ ッ トの熱狂的な流行 に冷水 を浴びせたのが、前述の彼の新著であ る。 このなかでス トールは、インターネ ッ トとコンピュータに寄せ られた過大 な期待 にさ まざ まな点 か ら異議 を申 し立 ててい る。例 えば、曰 く一―「コン ピュータだか ら正 しい」というのは、恐 るべ き誤解で しかない。/「パ ソコンで 何で もで きる」のではな く、「パ ソコンでで きることしかで きない」。/ネッ ト世 界 は、自己主張するばか りで他人 の意見 に耳 を貸 さない輩の巣窟である。/オイ ライ ン図書館 は読書の愉 しみ を奪 うばか りか、文化 の基盤 を も破壊す る。/
等々。一一 しか し、冒頭の引用 も含 め、いずれの異議 も私 には、言わず もがな の ことか、 あるいは、何か よ く分か らないけど何かすばらしいことがあ りそう だ とい う未知の ものに寄せ られた過剰 な期待 に対する挑発的な反応 に過 ぎない ように思われ る。
どんな ことにもプラス面 もあればマイナス面 もある。プラス面ばか りを見て、
幻想 をふ りまくのは困 りものだが、マイナス面ばか りことさらあら捜 しして も 実 りは少ない。誇大広告が世間に喧伝 されているなかでは、確かにこうした冷
辰 浜 渦
‑1‑
水 を浴びせ ることも、「ち ょつ と待 つて」と人々を立ち止 まらせ、インターネ ッ トとはわれわれに とって何 なんだ ろうか、 と冷静 に考 えさせ る効果 はあるだろ う。しか し、それによって、「産湯 とともに赤子 を流す」ということになっては、
新 しい芽 を摘む ことにしかな らないだろう。マイナス面 ばか り強調 して、伸び ようとしているものをつぶす ことよりも、マイナス面 を絶 えず見据 えつつ も、
プラス面 をどう生か し、活用 して、伸 ばしてい くことがで きるか、そち らにこ そエネルギーを使 うべ きで はなかろうか。なるほ どス トー ンは、「インターネ ッ トをたんに批判 しているのではな く、真の意味での社会基盤 (イ ンフラス トラ クチャ)と して存続 して もらいたい と心底願 つている」(同書訳者 あ とが き)ら しい ことは、同書か らも窺 える。同書終章で彼 は、 コンピュータネ ッ トワーク が「何かに近づ く自由」 を提供 して くれ るとして も、「何かか ら遠 ざか る自由」
があって もいいのではないか と主張す る一方で、だか らと言つて、「 その自由が あった として も、 コンピュータを処分 した り、キーボー ドに背中を向けた りす る人 はたい していないだろう。ネッ トワークは便利だ し、モデム経 由で利用で きる資源 は山ほ どあるか ら」(同書393頁)と、 自らインターネ ッ トを棄てるつ もりはない し、その価値 を認 めているのである。
しか し、そうであるな ら、私 には、やや期待 をln る部分 を差 し引いた うえで なお、インターネ ッ トの可能性 を紹介 して見せた立花隆の『インターネッ ト探 検』。)が言 う「インターネ ッ トはどこで もドア」とい うキヤツチ フレーズの方が、
ほほえまし くもあ り、私たちを前向 きにさせて くれ るように思われ るのである。
『宇宙か らの帰還』『田中角栄研究』『日本共産党の研究』『脳死論』『サル学の 現在』な どで、 自ら足 を使 い人 をも使 つて集 めた膨大 な情報 に基づいて執筆 し た経験のある立花隆だか らこそ、イ ンターネ ッ トが もた らした「情報革命」 を 過不足 な く評価 しつつ、述べている。「人類社会がかつて経験 した ことがないほ ど大量の情報が人々の間でや りとりされるようになった。それは同時 に、それ だ け大量の情報がそれだけ沢山の人の間で共有 され ることになった とい うこと で もある。 それが これか らの人類社会 にどんなインパ ク トをもた らすのか。 こ こが興味深い。」(同書167頁以下)と。 ここで、イ ンターネッ トは、情報 の公 開 を促進 し、情報 についての民主主義 をもた らす もの として評価 されているの であるr)
い ま必要な ことは、インターネ ッ トに過大な期待 を寄せ ることで も、その意 義 を過少 に見積 もることで もな く、実際 にイ ンターネ ッ トによつて何がで きる のかを具体的に示 し、積極的な可能性 を示 してい くことであろう。「パ ソコンで
‑2‑
何で もで きる」のではな く、「パ ソコンでで きることしかできない」の とまった く同様 に、「 インターネ ッ トで何で もで きる」のではな く、「インターネ ッ トで で きることしかで きない」 とい うことは、言 うまで もない。パ ソコンに過大な 期待 をしてはな らないように、インターネッ トにも過大な期待 をしてはならな いが、パ ソコンやインターネ ッ トで可能になることについては冷静に評価 し、
それを積極的に伸 ばしてい く、 しか も、それを具体的なかたちで示 してい く、
これがいま必要なことであろう。いま、私が従事 している哲学の分野において も、 さまざまな仕方でインターネ ッ トが活用 され、膨大な情報が蓄積 されイン ターネ ッ トを通 じて利用可能 になって きているξ)そうい う状況のなかで、私た ちが取 り組 み始 めて三年 にな り、昨年度の作業の完成 をもって目標の半分 を達 成 し、いわば山越 えの峠 を越 えた感のあるフッサール・ データベース (http:〃
… 。ipCS・Shizuoka.ac.jp/〜 jsshama/HuA―hOmeohtml)は、ィンターネ ッ トを 哲学研究のために活用 してい く試みの一つ と見なされていい、 と私 は考えてい る。
1.峠を越 えた フ ッサ ール・ デー タベ ース
フッサール・ データベースの内容、 これ までの経過などについて詳 しくは、
旧稿(0を参照 していただ きたいが、そ こで既 に述べてきた ょうに、 このデータ ベースは、版権の問題があるためテキス トそのものを公開することはできず、
その代わ りに、私たち共同研究者が厳選 した466語 (句)の出現箇所 を『フッ
サール全集』の頁数 と行数で表示するという、検索結果のデータベースでぁる。
それは、初 めやむを得ない二次的な逃 げ道 として案出した ものであったが、そ
れがインターネットを通じて公開されるということによって、「情報についての 民主主義」ヒいう積極的な意味を持つようになったのではないか、といまは考
えている。 もちろん、或 る語旬の出現箇所が一 目瞭然で分かるということは、
それだけで何か哲学的な意義 を持つ ものではな く、それは、単なるデータ (情 報)に過 ぎない。 それ を単なるバ ラバ ラの無意味な所与ではな く、意味のある 情報 (infOrmatiOn)と してかたちを与 える (in―form)こ とができるのは、私 たちがそれ をどう読むのか とい う読みである。 しか し、少な くとも、そのため の材料(material)を誰 もが共有で きるとい うことを可能 にしたのは、インター ネ ッ トによる公開であった。
私たちが この作業 を始 めたのは、3年前の1994年の ことであったが、1994年
‑3‑
度に5巻分(11、 13〜15、 16巻)を完成 し1995年4月インターネットで公開し たのを皮切 りに 1996年 4月 には6巻分(21〜23、 25、 27、 29巻)のデータを追 加 し、そして更に、今回 1997年 4月 にも6巻分(1〜5、 10巻)のデータを追 加することになった。今回追加 した6巻の底本は以下の通 りである。
Bd.I Gα滋賀う″ηおθ′ルM2義滋″ο%ιπ%πグ』物ガsι7 7a〃切 らhrSg.von S.Strasser,1963(2.
Au■age)。 『デカル ト的省察 とパ リ講演』〕〔
Bd.II Dι ZιιルγP姥′πο%″Zθ′ag,aJレ グ И,rt酬ぃ 、hrgo von W.Biemel,1973(2.
Aunage).〔『現象学の理念』〕
Bd.H1/1■a観 ι %″ 協 π%物 %θ%ι%ο:ぼι%%″ 夕勿ποπク2οι昭お磁″z′乃′Jasψλル.
欧 燃 』物θれhrg.VOn Ko Schttmarln,1976(neu hrg。 ).〔『イデーン第 1巻 』〕
Bd.IV ttJι z% %″ %πι%」ワ〃πο%″zοJaノι%%″ 夕″%οπ″Zο:摯CLι%Pん′わscψλル.
動 劾膝 助 屹 hrgo von M.Biemel,1952.〔『イデーン第H巻』〕
Bd.V」悶ι%Z%απι″%勿ι%Лttπθ%%OJぼa%%グ タ″′ηο%ιπθ′昭お磁ι%′み′′οsψカル・ 助 滋s aι∂ヶhrg.VOn M.Biemel,1952.〔 『イデーン第Ⅲ巻』〕
Bd.X ttγ Л物′%θ%ι%0′aノια賀 勿πι″ηz Zグルのυttβたι′夕雰 α瞼3‑191つ hrgo von R.
Boehm,1966。 『内的時間意識の現象学』〕〔
これ らは、『フッサール全集』で も、初 めの方の巻 を占めるものであ り、また、
わが国で も邦訳が早い時期 になされた巻で もあ り、それゆえフツサールの代表 的著作 と見 なされてきた ものである。 それだけに、 これ らの巻が今回フッサー ル・ データベースに加わった ことは大 きな意味 を持 ってお り、利用者の期待 に も答 えるものである。 と同時 に、 これ ら今回の6つの巻のデータの完成 によつ て、私たちのフッサール・データベース も合計で『フッサール全集』の17巻を カバーすることにな り、それは、現在30巻まで刊行 されている同『全集』の半 分以上 を覆 うことになった。 その意味で、同『全集』 はまだ まだ これか らの刊 行が予定 されているものがある とはいえ、 とりあえず、「峠は越 した」と言 うこ
とがで きようg)
ここで、今回作業の完成 した巻 について、詳 しくはインターネ ッ トを通 じて フッサール・ データベースにアクセスしていただ くとして も、入力 されたテキ ス トのサ ンプル と、検索結果のサ ンプルをわずかな りとも呈示 してお こう。
① まず、検索作業のもとになるテキストは次のようなものである。サンプル
‑4‑
として、『フッサール全集』第 1巻すなわち『デヵルト的省察とパリ講演』の最 初のページを挙げておこう。テキストのなかに見られる ̲P", ̲T",t!", 」"
は、検索ソフトのための制御記号で、それぞれ、ページ数、タイトル行、イタ リックお よびゲシュペル トによる強調、ギ リシア語 (ここにはないが)を表示 するための ものである。また、ドイツ語 に特有な記号(ウムラウ トやェスツェッ ト)はそれぞれ a〜", 0〜", u〜", s〜"によって、 また、 フランス語 に特有 な記号、例 えばここに登場す る ё"は e/"によって置 き換 えられている。
Pl
T― ― ―A― ― ―
TDIE PARISER VORTRA〜 GE
P3
An dieser eh― 〜rdigsten Sta―tte franzO― sischer Wissenschaft
u´しber die neue Pha― nomeno10gie sprechen zu du― Ifen, erfu‑1lt rnich aus besonderen Gru〜nden lnit Freudigkeit.Denn kein Phi10sOph
der Vergangenheit hat auf den Sinn der Pha― nomeno10gie so entscheidend gewirkt wie Frankreichs grO〜 s〜ter Denker,Rene/
Descartes. Ihn mus〜 sie als ihren eigentlichen Erzvater verehren.
Garlz direkt, ausdru〜 cklich sei es gesagt,hat das Studium der Cartesianischen MeditatiOnen in die Neugestaltung der werden―
den Pha〜nomenologie eingegnffen und ihr dieienige sinnesfO品 gegeben,die sie jetzt hat und die es fast gestattet,sie einen neuen Carteslanlslnus zu nennen, elnen Cartesianlsmus vom 20。
Jahrhmdert.
Bei dieser Sachlage darf ich wOhl im vOraus lhres Anteils sicher sein, wenn ich an dieienigen MOtive der !Meditationes de
」prima philosophil̲!anknu〜 pfe,denen,wie ich glaube,eine Ewig―
keitsbedeutung zukOnllnt, und wenn ich daran anschlies― end die Umbildung und Neubildung kerlnzeichne,in welcher das Eigen―
tu―mliche der pha― nomen010glschen MethOde und Problematik entspHngt.
Jeder Anfa〜 nger der PhilosOphie kennt den merkwu〜 rdigen
‑5‑
Gedankenzug der Meditationen.Ihr Ziel ist,wle wlr uns enmem, eine vo〜 nige Refom der Philosophie,darin beschlossen die aller Wissenschaften.Derln sie sind nur unselbsta〜 ndige Glieder der einen miversalen Wissenschaft,der Phi10sOphieo Nur in ihrer systematischen Einheit ko― nnen sie zu echter Rationalita― t ge―
bracht werden ――― die ihnen, so wie sie bisher eⅣachsen sind, fehit.Es bёdarf eines radikalen Neubaues, der der ldee der Philo―
sophie als !un市ersaler Einheit der Wissen―
!schaften! in der Einheit einer !absolut rationalen
!Beru〜 ndung genugtut!.Diese Fordemng des Neubaues wirkt sich bei Descartes in einer subiektiV gewendeten Philo―
sophie aus.Diese subiektiVe Wendung vollzieht sich in zwei Stufen.
② 次に、前述の 466語 (句)について同じ巻の1巻分の出現回数のみを表 し た検索結果のリス トから、その一部を示 しておこう。編者序論および脚注につ いても検索できるよう、本文 と脚注 と編者序論 とを別々のデータベースとして 作成 している(例えば、HUA 01Tは第1巻の本文、HUA 01Aはその脚注、
HUA 01Eは同巻の編者序論をそれぞれ表す)が、ここでは、サンプル として、
本文の a"で始 まる検索語のみを示す。以下のリス トのうち、#"の あとの数字 はナンバ リングされた集合番号、次の数字はその検索語のこの巻における出現 回数、検索語の前の̀T'は大文字・小文字を区別せずに拾う機能、検索語の後
の *"は 前方一致で拾 う機能(例えば、 abbild*"は 、Abbild", Abbildung", abbildet",etc。 をすべて拾 う)をそれぞれ表 している。
a〜hnlichkeit中
≪HUA 01T.IDX≫
#1: 18: ap五ori
#2: 1: abbild・
#3: 0: abschattung・
#4: 90: absolut・
#5: 12: abstraktion・
#6: 14: abwandlung・
#7: 10: ada〜quat・
#8:
#9:
#10:
#11
#12
#13
#14
#15
4 80 27 17 2 19 46 7
aktt aktiv'
I aktuell*
I als-ob
I alter ego
I an sich
I analogon*
‑6‑
#16:
#17:
32
29
5
0
0
︲6
analyse*
andereri _anonym*
anorrnal+
anormalita - t*
anschauung*
anthropolog*
antizipation*
anzeichen anzeige*
_apodiktisch*
_apodiktizita - t*
_apparenz*
_apperzeption*
_apperzeptiv*
_apperzipier*
_appra - sentation*
_appra - sentativ*
#34
#35
#36
#37
#38:
#39:
#40:
#41:
#42:
#43:
#44
#45
#46
#47
#48:
#49:
#50:
28
0
37
0
3
0
26
・1
4
_appra - sentier*
_apprehension*
_apriori arithmetik _aspekt*
_assertorischt assoziation*
assoziativ*
auffassung*
aufmerksamkeit*
_usdehnung*
ausdruck*
aussage*
ausschalt*
ausschaltung*
_aus - enhorizont
axiologie
#18
#19
#20
#21
#22
#23
#24
#25
#26
#27
#28
#29
#30:
#31:
#32:
#33:
3:
4:
0:
3:
73:
13 1 24 3 12 19:
9:
(以下略)
③ 続 いて、今回作業 を行 った6つの巻 について、サ ンプル語(̀t horiZOnt*") の各巻 (ただ し本文のみ)における出現箇所 を頁数 と行数 とで表 した検索結果 を示 してお こう6 #"のあ との数字 は、検索語 につ けられたナ ンバ リングの数 字、次の items"の 前の数字が この巻 における出現回数、その下 に並ぶ5桁の 数字の うち、前3桁は頁数 を、後2桁は行数 をそれぞれ表す。ただし、出現回 数が1以上10未満の場合 は、タイ トルな しの表示方式、出現回数が10以上の 場合 は、 タイ トルつきの表示方式 をとっている。
≪HUA 01T≫
#174:S: 71 iterns
― ― ―A― ― ―
horizont*
‑7‑
DIE PARISER VORTRA〜 GE
・01838 01901 01912 01927 01935 02035 02106 02107 02132
02223 02339 02410 03325 03630 03639 03727
‑――B―――
CARTESIANISCHE MEDITATIONEN EINLEITUNG
I.MEDITATION 05308 06216 06216 06223 06229
11. MEDITATION 06729 06909 08115 08205 08206 08214 08225 08231 08233 08239 08301 08309 08313 08319 08526 08604 08714 08812 08836 09104 09105
1Ho MEDITATION 09535 09629 09838 09902
1V. MEDITATION 09922 10003 10226 10502 10717 10720 11814 Vo MEDITATION 13205 13215 13313 14106 14403 15838 15839 16034
16036 16727 17520 17605 17721 SCHLUSS 17919 17927 18017
‑――C―――
INHALTSU〜 BERSICHT
19036 19110
≪HUA 02T≫
#174: 0 : horizont
≪HUA 03T≫
#174:S: 30 items hO五 Zont*
EINLEITUNG ERSTES BUCH ERSTER ABSCHNITT
ERSTES KAPITEL ZWEITES KAPITEL MEITER ABSCHNITT
00510 00513 00536
ERSTES KAPITEL 05722 05735 05801 05929 06005 ZWEITES KAPITEL 09120 09211
‑8‑
DRITTES KAPITEL 10130 1013I IO2I2 VIERTES KAPITEL
DRITTER ABSCHNITT
ERSTES KAPITEL L3605 14721
ZWEITES KAPITEL 18402 18405 t84r2 18413 18434 18438 18503 18504 18530 18531 18535 18537
DRITTES KAPITEL
VIERTES KAPITEL 27301
VIERTER ABSCHNITT ERSTES KAPITEL
ZSTEITES KAPITEL 32634 3273L
DRITTES KAPITEL
<HUA-O4T>
#174:5: 27 items horizont*
Z\4TEITES BUCH ERSTER ABSCHNITT
ERSTES KAPITEL 01012 02106
ZRTEITRS KAPITEL 03934
DRITTES KAPITEL 06801
ZWEITER ABSCHNITT EINLEITUNG
ERSTES KAPITEL 10720 10723 ZWEITES KAPITEL
DRITTES KAPITEL VIERTES KAPITEL DRITTER ABSCHNITT
ERSTES KAPITEL 19505 1962L TggOT
Z,R{EITES KAPITEL 21836 25730 25737 27092 2752s
DRITTES KAPITEL 30014 30022 BEILAGEN
BEILAGE I
-9-
BEILAGE II BEILAGE IH BEILAGE IV BEILAGE V BEILAGE VI BEILAGE VH BEILAGE VHI BEILAGE IX BEILAGE X BEILAGE XI BEILAGE XH BEILAGE XHI BEILAGE XIV
≪HUA 05T≫
#174:S: l items 05603
35002 37136 37217 37219 37503
37941 38002 38012 38034 38311 38523
horizont*
≪HUA 10T≫
#174:S: 8 items hOHZOntt
04318 05314 05315 05315 05317 08420 10814 11423
ここで もちろん、 この語「地平 (Horizont)」 (および、その関連語)の出現 箇所が、第1巻は71箇所、第2巻は0箇所、第3巻は30箇所、第4巻は27箇 所、第5巻は1箇所、第10巻は8箇所、 とい うこの結果 は、「地平の現象学」
の成立事情を考えるにあたつて興味深いことであるが、ここではこのテーマそ のものに立ち入ることはできない,)
2.新しい事態
さて、ここまでは、1昨年度の作業 と同 じ作業 を新 しい6うの巻 に対 して行 つ た とい うだ けの ことであつた。 ところが、昨年度の作業 には、それ以前 にはな かった新 しい作業が加わつた。 それは、あ くまで事のついでに副産物 として行
―‑10‑
われた ものであるが、それが これか ら持 って くる意味 は大 きい と思われるので、
ここで特 に取 り上 げて紹介 したい。
それは、私たちが検索のために作成 しているテキス ト(TEXASフ ァィル と 呼んでお く)。)と並 んで、インターネ ッ トの 呻 (World Wide Web)で すっ か り有名 になったHTML(Hypertext Markup Language)を 使 ったテキス ト
(HTMLファィル と呼んでお く)を作成 していった ことである。すなわち、私 たちが検索のために作成 しているTEXASフ ァィル は、先 にそのサ ンプル を示
しておいたように、 」", 二T",̀■!", 」"といつた制御記号によって、それぞ れページ数、タイ トル行、イタリックおよびゲシュペル トによる強調 (正確に 言えば、イタリックとゲシュペル トの違いを私たちは無視 した)、 ギ リシア語を 表 し、また、̀̀a〜'', 0〜'', u〜'',̀̀s〜 ''さ らに e/'',̀̀e¥'', e∧", c〜''などに よつて、それぞれ ドイツ語やフランス語に特有な記号を表 している。実際、私 たちが検索に使っているソフ トの上では、 この表記を使えば独仏文字 も正 しく 表示させることができる。 しかし、 これ らの制御記号・ 特殊記号はこのソフト のためのものであり、汎用性のあるものではない,0
ところが、インターネットの
― で使われているHTMLのタグ(表示の ための制御記号)を付けられたテキス トは、
― ブラウザ(例えば、Netscape やIntemet Explorer)で 読めば、独仏文字およびその他の特殊記号を簡単に表 示させることができる。 しか も、 このHTMLで書かれたテキス トは、MS一 DOSの標準テキス ト(ASCⅡ ファイル)であり、従って、今では98、Mac、DOS/
V(IBM一PC)、 UNIXと いう機種 (あるいは、OS)の違いに依存することの ない汎用性 を持っている。このHTMLファイルが どのようなものであるか、見 ていただこう。 ここでも、サンプル として、先にも使ったのと同じ『フッサー ル全集』第1巻すなわち『デカル ト的省察 とパ リ講演』の同じページを使 うこ
とにしよう。
① まず、 この頁 をHTMLのテキス トで示す と次 の よ うにな る (ただ し、
̲Pl"と いった頁数の表記 は、TEXASのための ものである。 また、原文でゲ シュペル ト(隔字体)に なっている箇所 は、HTMLにはゲシュペル トの概念が ないし、検率の際に厄介なので、ボール ドで表示することにした。〈 〉で挟ま れたタグの意味については、書店に氾濫しているHTMLの解説書(1つを参照さ れたい)。
―‑11‑―
(BR) _Pl(BR)
(HDDIE PARISER VORTR&AumI;GE(/H1)(BR)
<BR>
-P3<BR>
An dieser ehrwürdigsten Stätte französischer Wissenschaft (BR)
über die neue Phänomenologie sprechen zu dürfen, erfüllt mich (BR) aus besonderen Gründen mit Freudigkeit. Denn kein Philosoph (BR) der Vergangenheit hat auf den Sinn der Phänomenologie so (BR) entscheidend gewirkt wie Frankreichs größter Denker, Rene (BR) Descartes. Ihn muß sie als ihren eigentlichen Ernrater verehren. (BR) Ganz direkt, ausdrücklich sei es gesagt, hat das Studium der (BR) Cartesianischen Meditationen in die Neugestaltung der werden-(BR) den Phänomenologie eingegriffen und ihr diejenige Sinnesform (BR) gegeben, die sie jetzt hat und die es fast gestattet, sie einen (BR) neuen Cartesianismus zu nennen, einen Cartesianismus vom 20. <BR>
Jahrhundert.(BR)
Bei dieser Sachlage darf ich wohl im voraus Ihres Anteils (BR) sicher sein, wenn ich an diejenigen Motive der {)Meditationes de (BR) prima philosophia(/D anknüpfe, denen, wie ich glaube, eine Ewig-(BR) keitsbedeutung zukommt, und wenn ich daran anschließend die (BR) Umbildung und Neubildung kennzeichne, in welcher das Eigen-(BR)
tümliche der phänomenologischen Methode und Problematik (BR>
entspringt.(BR)
Jeder Anfänger der Philosophie kennt den merkwürdigen (BR) Gedankenzug der Meditationen. Ihr Ziel ist, wie wir uns erinnern, (BR) eine völlige Reform der Philosophie, darin beschlossen die aller (BR) Wissenschaften. Denn sie sind nur unselbständige Glieder der (BR) einen universalen Wissenschaft, der Philosophie. Nur in ihrer (BR)
systematischen Einheit können sie zu echter Rationalität ge-(BR) bracht werden --- die ihnen, so wie sie bisher erwachsen sind, (BR) fehlt. Es bedarf eines radikalen Neubaues, der der Idee der Philo-(BR) sophie als (B)universaler Einheit der'Wissen-GR>
‑12‑
schaftenく /B〉 in der Einheit einer〈 B〉absolut rationalenくBR〉
Begr&uulnl;ndung genugtut〈 /B〉.Diese Forde― g des Neubaues〈 BR〉
wirkt sich bei Descartes in einer subiektiv gewendeten Phi10‑くBR〉
sophie aus.Diese subiektive wendung voHzieht sich in zwei〈 BR〉
Stufen.〈BR〉
② このHTMLフ ァィ ル をWWWブ ラ ウザ で読 む と、 つ ぎめ ょ ぅ に原 文 が 再 現 され る。
A DIE
PARISERVORTRAGE
_P3
An dieser ehrwiiLrdigsten Stdtte franzOsischer Wissenschaft iiber die neue Phitnomenologie sprechen zu dtirfen, erftillt mich aus besonderen Grtiurden Llt Freudigkeit. Denn kein philosoph der Verg_angenheit hat auf den Sinn der Phanomenologie so entscheidend gewirkt wie Frankreichs groGter Denker, Ren6 Descartes. Ihn mu8 sie als ihren eigentlichen Erzvater verehren.
Ganz direkt, ausdrticklich sei es gesagt, hat das Studium der Cartesianischen Meditationen in die Neugestaltung der werden- den Phdnomenologie eingegriffen und ihl dieieni[e Sinnesform gegebery die sie ietzt hat und die es fast gestattet, sii einen neuen cartesianismus zu nennen, einen c-artesianismus vom 20.
Jahrhundert.
Bei dieser Sachlage darf ich wohl im voraus Ihres Anteils sicher sein, wenn ich an dieienigen Motive der Meditationes de
yri.ry philosophia ankntipfe,dinen, wie ich glaube, eine Ewig- keitsbedeutung zukommt, und wenn ich darair anschlieBend die urnlil$ung und Neubildytrg kennzeichne, in welcher das Eigen- tomliche der phiinomenologischen Methode und probrematil entspringt.
Ijd-"r Anfiinger_der Philosophie kennt den merkwtirdigen Gedankenzug der Meditationen. lhr zielist, wie wir uis erinnern, eine viillige Reform der Philosophie darin beschlossen die aller Wissenschaften. Denn sie sind nur unselbstandige Glieder der einen universalen wissenschaft, der philosophie. Nur in ihrer systematischen Einheit kOnnen sie zu echterhadonalit&t ge.
bracht werden -- die ihneru so wie sie bisher erwachsen strd, fehlt. Es bedarf eines radikalen Neubaues, der der ldee der philo- sophie als universaler Einheit der Wissen-
schaften in der Einheit einer absolut rationalen
B:qtfi"+lg genugtut. Diese Forderung des Neubaues wirkt sich bei Descartes in einer subiektiv gewendeten philo- ryphie aus. Diese subiektive Wendung vofzieht sich in zwei Stufen.
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これだけ普及 してきたインターネットの状況を考えると、今後、電子テキス トは、このHTMLが標準になってい くと思われる(少な くとも英語以外の言語 のテキス トには、それが有効である)。幼。また、先に示したTEXASファイル とこのHTMLファイル とを比べていただければ分かるように、前者のテキス トから後者のテキス トヘは (イ タリックとゲシュペル トについては別にして)
或る程度容易に機械的な一括変換が可能である。 これ らが、私たちが昨年度、
副産物 としてこのHTMLテキス トを作成 してみた理由である。
現在、インターネット上には、このようなHTMLを使って書かれた電子テキ ス トが、哲学の分野においてもすでに多数公開されている
'つ
ただし、著作権・
版権の問題があり、 どのようなテキス トでも公開できるという状況にあるわけ ではない。私たちが作成 しているフッサールのテキス トの底本である『フッサー ル全集』も、オラングの出版社 (今は、Kluwer Academic Publishers)が 版権 をもってお り、私たちのテキス トが どのようなかたちで公開できるかについて、
現在 も同社 と交渉を重ねているところである。
3.98、 Mac、 DOS/V共存環境のなかでのマルチ リンガル・ テキス ト さて、以上のように、私たちの検索を中心 としたフッサール・ データベース 作成の副産物 として、さしあた り今回作業を行った『フッサール全集』の第1
〜5、 および 10巻 について、このようなHTMLテキス トを作成 してきたわけ だが、その作業をする際に、これまたもう一つの副産物 として、98、Mac、DOS/
Vという二つの異なる機種環境の間でのコンバー トについて、い くつか学ぶ こ とができたので、 これについてもここで併せて報告 し、後進の研究者たちの参 考にしていただきたい,0
異機種環境の間でのコンバー トとは言 って も、MS一DOS標準テキス トファ イルについては、 フロッピーの違い(2DDか2HDか、2HDでも1.25 MBか 1.44 MBか とい う違い)こ そあれ、ス リーモー ドのフロッピーディスク ドライ ブな どによってそれをク リアすれば何の問題 もない。現在では、ほ とん どのワー プロ専用機でさえ、MS一DOS標準 テキ不 トフアイルを扱 うことがで きるよう になっているので、パ ソコンの異機種間のみな らず、 ワープロ専用機 とパ ソコ ンの間での互換です ら難 な く可能 となっている。 ところが問題 は、私たちのテ キス トには不可欠の独仏文字およびその他ギ リシア語な どの特殊記号である。
これ らはMS一DOS標準 テキス トとして使 える記号 には属 していない。 した
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がつて、或る機種ではうまく表示された独仏文字 も、別の機種のワープロ・パ ソコンで読 もうとすると文字化けしてしまう。 これらの特殊文字は異機種間で 互換性がないのである。なぜだろうか。それを説明するには、まず、文字コー ドのことから話を始めなければならないが、その原因が分か りさえすれば異機 種間で互換性 を確保することも可能になるのである。
さて、コンピュータの内部では、文字はすべてoと 1の 2進法の数字に置 き 換えて処理されていることはご存知だろう。 したがって、ァルファベ ットおよ びその他の記号には、それぞれに対応する数値が定められていて、これが文字 コー ドと呼ばれるものである。「 もともと英語圏で発達を遂げたコンピュータの 文字処理に必要だったのは、アルファベット26文字 とい くつかの記号だけで あつた。それを機械で処理するには、1桁の2進数を基準 として計算するコン ピユータに7ビツト、つまり2の 7乗で 128の コー ドを設けて、そこに文字を 割 りふるだけでも十分にことが足 りた。そこで各メーカー間で互換性が保てる よう│こASC)II(American Standard COde of lnfomation lnterchange) コー ドと呼ばれ るコー ドが制定 され、その後1ビッ ト拡張 されて8ビッ トとな り、
256文字が定義 された。 この文字 コー ドは拡張ASCIIコー ドと呼ばれて、今 日 ほぼ世界的にあ らゆるコンピュータの文字 コー ドの基礎 となっている」gり初 め のASCIIコー ドで、ァル ファベ ッ トの大文字、小文字、数字、制御記号など、
基本的な記号が0から 127ま でに割 り振 られ、 これはすべての機種で共有 され ていた。ところが、後か ら追加 された128から 256ま では、未定義部分 として、
各国語でそれぞれ必要な文字が割 り当て られたが、 ここで国によってばか りで な く、機種 によって異なる文字 を割 り当てることになって しまった。 これが間 題の始 まりである。
ここで、サ ンプル として4種類 の異なる文字 コー ド表 を見ていただ こう (次 頁以下),6)表1は、 もともとIBM一PCで標準 となってお り、DOS/vの英語 モー ドの標準 ともなっているコー ド・ ページ 437と 呼ばれるものである。表2 は、日本語JISのいわゆる「 シフ トJISコー ド表」とも呼ばれるもので、DOS/
Vではデ ド・ ページ 932と 呼ばれている。0〜127のコー ドはASCIIとほぼ 同様 だが、128〜256のコー ドは、半角カタカナに当て られた部分 と、2バイ ト コー ドの前半 とな り、続 く1バイ トコー ドと組 み合わせていわゅる全角文字(漢 字、 ひ らがな、カタカナ、全角の特殊記号)を表すための部分 とがある。表3 は、Windowsで採用 された ANSI(American National Standards lnstitute) character setsで、そして最後 に、表4は、Macintoshで採用 されているStan…
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表2:PC― DOS用コー ド・ ページ932 表1:PC―DOS用コー ド・ ページ437
‑16‑
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表3:Windows用 コー ド・ ページ ANSi Character sets
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表4:Macintosh用コー ド・ ページ Macintosh Character Sets:Roman
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dard Roman character setsで ある。表10表 30表4を比べれば、同 じヨー ロッパ系の文字 を使いなが らも、128〜256の箇所 の割 り振 り方がそれぞれ微妙 に異なることがお分か りであろう。 これが異機種間の文字化 けの原因なのであ る。そして また、 これが原因だ とい うことが分かれば、 これ らの文字 コー ドの 間で変換 の方式 を作 つてさえやれば、独仏文字 その他の特殊文字 について も互 換性 を確保することがで きるとい うことになる。
ここで、異機種間の文字 コー ドの変換 に入 る前 に、 より基本的なMS―DOS
テキス トフアイルにおける変換 (コ ンバー ト)一般 について述べてお こう。具 体的に、私たちが今回行 つたTEXASファイルか らHTMLファイルヘの変換 を考 えてみよう。つ まり、TEXASファイルで は、私たちのテキス トで問題 に なる ドイツ語特有の文字 は、
a:a〜,ё:o〜,ti:u〜,3:s〜
そして、 フランス語特有の文字 は、
6:e/;ё,a,こ:e¥,a¥,u¥;O,a,0,a:e∧,a∧ ,0∧ ,u∧;ё,1,u:e〜,i〜, u〜;c:c〜
が それ ぞ れ 当 て られ て い るが 、HTMLフ ァイ ル で は、
&aunll;,&oulnl;,ü,そ ß
é, è, à, ù, ê, â, ô, &
ucirc;, 8riurnl;, ç
な どとなる。 これを、 ワープロあるいはエデイタで一つずつ一括置換 して もで きない ことではないが、それで は手間がかかつて しようがない。 そこで、 これ を一挙 に置換 して くれ る、言わばコンバータ代わ りの作業 をして くれ るソフ ト がある。 それは、 もともとUNIXで開発 された ものがDOSにも移植 されてい るSEDとい う、テキス トの加工 を目的 としたツールである。SEDの基本的な機 能 は、文字列 を検索 して、 それを置 き換 えることにあ り、 それ は、テキス トを 確認 しなが らではな く、 フアイル全体 に対 してコマ ン ドによつて一挙 に操作す
るため、非対話型のエデイタ と呼ばれ る,つこれを使 つて、例 えば、
sed―e's/a〜/¥&aurnl;/g'inputfile〉 outputfile
("&"とい う特殊記号 の前 にはエスケープのための"¥"をつ けてや る必要が ある。)と してや る と、TEXASファイル (inputfile)のなかの "a〜"をすべ て"&aumt''に変換 した ファイル (outputfile)を作 つて くれ る。
そ こで、
s/a〜/¥&allml;/g
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