15
低所得水準均衡のトラツプについて
児 玉 元 平
1
経済的未開発地域の最も特微的な事実として,これを所得水準に限定しても,それが生 存水準に近い低所得水準において長期間にわたって持続されて来たという点を指摘するこ とができよう。生活水準の上昇における国際的格差の増大という事実が今日のごとき後進 経済成長の問題にたいする世界的な関心を惹起せしめた根本的な理由の一つでもあったが,
多くの経済的後進地域が,長い期間にわたって安定的な低所得水準均衡の落穴にはまりこ んでいたという点から,この安定的な低所得水準均衡の性質を解明し,その落穴より離脱 して永続的な長期成長の軌道に乗りうる条件を明示することは,最も根本的な課題として 提起されるべきものである。およそ,一国の所得水準の動向はその国の有する幾多の自然 的社会的政治的諸条件に依存するのであるが,考察を経済的要因に限定してみると,労働 人口,資本畜積,技術進歩の趨勢が重要な要因たる地位を持つであろう。経済発展の指標 を何に求めるかという問題もあるが,いま写りに,これを一人当りの所得水準の上昇によに よって示すと,経済の生産力の上昇率が人口増加率を超過しないかぎり平均所得水準の上 昇はおこりえない。ところで今日われわれが経済的後進地域とよぶ多くの地域においては,
その経済発展を阻害する最も有力な要因として,過剰人口,或いは急速なる人口増加率の 存在が指摘せられている。もしそうであるならば・経済成長を助長する他の要因が・その 存在するぼう大な人口或はその急速なる増加によって相殺される傾向があるかぎり,人口 増加の動向と経済成長との関係についての徹底的考察が第一次的重要性を持つであろう。
しかし所謂近代成長理論と称せられる分野において,この問題への関心は今日までのとこ ろ比較的稀薄であった。といわぎるをえない。ハーベルモーはこの事実についてつぎのよ うに述べている。 「過去百年の間に一人あたりの所得が2倍或いは3倍になった国があっ たのにたいして,ほんのわずかに進歩した国,或は殆んど停滞していた国々があった。し かるに,今日なお短期均衡とか進歩した工業国の国民所得の10%減退というような変動を 分析する書物が多い割合に上述のような不可思議な現象について近代経済理論はそれほど 多くの頁をさいていないのである。一般的経済進歩というような広般な問題についての初 期経済理論家達の大胆且つ想像力に富んだ思索は,少なくとも最近にいたるまでは,近代 的分析上の洗練という形では,比較的結実するところがなかったのである。」ミユルダール (1)
もまた異なった視角からではあるがつぎのような批判をあたえている。「経済理論一般は,
大きなそしてますます大きくなりつつある経済的不平等や,低開発ならびに開発過程の現
実を理解するようには発展しなかった。経済理論は全く生産要因の相対的欠乏の極めて大 きな格差や,生活程度および全体の文化的構成の莫大な格差に対応する生産技術間の,ま た事実,生産力函数それ自体の間の大きな格差に関連する問題に焦点を合わせることはな かった。」もっともハーベルモーヤ, ミユルダールは低開発地域における人口過剰の阻害的
(2)
要因を特に強調したわけではないけれども,経済的後進国における成長の体系的な理論の 貧困を指摘している上において共通している。ハーベルモーのいう大胆且つ想像力に富ん だ初期経済学者とは,古典派的理論家をさすものであろう。たしかに,長期的な経済成長 と人口成長との関係を最も体系的に追求したのは,とくにリカードを中心とする古典派理 論であった。そしてその発展理論の申心をなしたものはマルサスの人口原理であった。今日 経済成長過程における過剰人口の障害的要因を重視する人々は,程度の差こそあれ,人口 原理に関するマルサス的テーゼを利用しようとする傾向がある。もっともこのことは人口 問題に関するマルサス的結論が経済発展にたいする唯一の有効な方法であると共通的に主 張されたからではない。ペンローズはいう。 「今日の低開発地域の成功的な経済発展のた めの第一の条件は,その地域が回るところの生産要素と設備を獲得せしめるところの世界 貿易のきわめて複雑なチャンスに一つの地位を見つけることである。そして,その目的に 外部からの援助を向けるべきである。その点でマルサス理論のあたえるものは殆んどない。
この条件がみたされないかぎり,たとえ最善の人口的分別でさえも,低開発をして経済的 沈滞から脱出せしめることはできない。」この言葉の意味は,マルサス的な思考を利用する (3)
人々ですら否定するわけにはいかないであろう。マルサスにおいて無視され或いは軽視さ れた発展要因が今日の後進経済成長にとって決定的重要性を持つにいたっているからであ
る。
われわれは以下において,上述のハーベルモーやミユルダーールの指摘した理論的ギヤッ フ。を,マルサス的な命題を部分的に復活せしめることによって,急速なる人口増加による 低所得水準が安定均衡の性質をもつという命題によって埋めようとする最近における二三 の分析を中心として,長期停滞のトラップに就いて論説しよう。』
われわれの作業はまずマルサス的均衡の性質を明らかにすることかち始まる。実質国民 所得(産出量)をY,人口をP,資本ストックをKで示そう。さらにここでは労働人口は 常に総人口に対して一定比率を維持すると仮定する。生産函数として,・
Y謙f(P,K) 1.
とおこう。さしあたりKをパラメーターとすると(1)のグラフをうる。曲線K1は資本スト ックをK、に一定して人口増加と所得増加との関係をあたえたものである。曲線が上に凸 形であるのは収穫逓減の作用により,国民所得の増加が人口増加に比例的でないことを意 味する。資本ストックの増大(K2>:K、)は,曲線の上昇的シフトによって示される。 y、
曲線の勾配は生存水準にひとしい平均所得水準をあたえ,コンスタントと仮定する。y,曲
線とK、曲線との交点E、は平均所得を生存水準にひとしくならしめる国民所得Y、と人
低所得水準均衡のトラップについて
亀
El
0噛
PPl
P2
(1)
駒y
ノ
e2
yo yo
el El E2
光
=
yo
Kl K2
0 PI
PP2
(2)
17
点とひとしく,人口と国民所得の絶対的水準及び,
うな性質の均衡をハーベルモーは準安定均衡
た,ライベンシュタインはこの準安定均衡を定義してつぎのように述べている。
均衡解は,その要素が体系の変数にたいする値である一つのベクトル(或は体系の状態)
を意味する。そして,均衡値の特性は,かかる均衡値のセットが存在するならば,体系が 外部的な諸力によって麗乱されないかぎり存続するということである。均衡解の要素の一 つとして平均所得の値を考える。準均準体系は,その煎豆解のセットがすべてのベクトル にとって同一であるような若干の対応要素と,すべてのベクトルにとって異なった要素と を含むベクトルからなる体系を意味する。特にここでは平均所得要素について同一である ような均衡ベクトルのセットを考えている。」
(5)
既述のごとく,マルサス的均衡体系では,人口増加率は,平均所得水準の増加函数であ
る。
dP l
−f(y)
dt P
口P、とをあたえる。資本ストックの増大 K2 は, Y,とP,とにおいて生存水準にひと しい平均所得をあたえる。そこで,(1)の生 産函数よりつぎの平均所得水準(Y/P=y)
の函数をうる。
y=Φ(P,K) (2)
y。で示された平均所得水準は生存水準を 示し,人口増加率は零である。y>y。であ るかぎり人口は増加し,y〈y。であるかぎ り,人口は減少し,y=y。で人口は一定で ある。資本ストックが:Kであれば,E、点 でマルサス的均衡即ち,人口はP、で均 衡水準且つ生存水準にひとしい低所得水準 y。をあたえる。 人口が平均所得の増大に 対応して増加し,収穫逓減の傾向が作用す る限り,この均衡は成立する。資本の増大 は,均衡点をE2点に移行せしめるが,こ の新しい均衡点では,平均所得水準はE・
資本ストックは増大している。このよ quasiβtable equilibrium となづけた。ま (4)
「体系の
(3)
とおいて,f (y)>0, f(y。)一〇と仮定する。技術進歩を捨象して,所得水準身体は人 口と資本ストックに依存し,収穫逓減の傾向を尊入すると
y=Φ(P,K) Φ <0 (2)1
そこで,
£昌一f{Φ(P。K)}一9(P濁
ここでは,9 一f Φ <0である。資本を一定と仮定して,均衡では,
9(P1) =f(y。) ・=0 さらにマルサス均衝の安定条件として 9 (P1)<之0
もし,人口の少ない範囲では収穫逓増の傾向が作用すると想定すれば,
(4)
(5)
(6)
平均所得水準は上 昇的であり,また肥る人口数を超えると収穫逓減傾向がはじまると考えれば,平均所得水 準は,収穫逓減傾向が作用する直前で極大水準となる。 この想定通常最適人口論でなされ るが,(2)のグラフでは,y。線との交点がe、点とE1点とニケ所で成立することになる。
ともに均衡点であるが,その性質は異なる。e、点で示された生存水準均衡は不安定的であ る。人口がこの水準以下に減少すると平均所得水準もy。以下に低下し, このことはさら に人口を減少せしめる。逆にe、点より.ヒへの離脱は,人口増加と平均所得水準の上昇ど は併行し,ますますe、点より離れてゆく。人口増加と平均所得水準上昇とが併行すると いう経路は経済成長の経路を意味する。 E、点は安定平衝を示すことは既述のごとくであ
る。ところで,生存水準を示すy。曲線がy。1曲線のごとく上にシフトしたと考えよう。
e2点のごとき均衡点が成立する。この点で成立する均衡の性質はe、とE、の均衡とも異 なる。e,点で示された人口より大なる人口では平均所得水準をして生存水準へ低下せしめ,
このことはさらに人口を減少せしめて結局は再びe。点で示された人口の大きさに復帰せ しめる。この意味で,馬点より右への離脱については均衡は安定的である。しかしe2点 で示された人口以下の離脱は平均所得水準の低下と人口減少とを併行せしめるから,左へ の離脱については均衡は不安定的である。このような性質をもつ均衡をサムエルソンは onas ded stab t蜘stab ty塗も?均衡とよん㌔そこで・均衡がもし安闘である ならば,均衡よりの斜なる離脱も結局は,マルサス的生存水準への復帰を誘発せしめ,持 続的な発展への軌道の上に乗り得ないことになる。 もし経済的後進地域がこの安定的な性 格をもつマルサス的な低所得水準均衡のトラップにはまりこんでいるとするならば,如何 なる方法で,このトラップより脱出するかという問題が根本的な問題として登場する。ヌ ノレクセのいう貧困の悪循環・ローゼンシユタィンーローダンのいうbig・push・ラィベンシ
ュタインのいうcritical minimum effort基準,或いはロストウのTakeoff命題,こ れらは,後進性の根本的な要因についての認識においては見解を異にするにしても,そし てまたそのニュアンスの相違があるにしても低位均衡の安定性を重視する点で共通的な性 格をもつものと考えられる。
(7)
低所得水準均衡のトラップについて 19
2
均衡分析の経済発展問題にたいする適用にたいして異論がないわけではない,例えば,
ミユルダールはその著「経済理論と低開発地域」において,経済発展分析の基本的支柱は,
累積的過程の「循環的因果関係」と 「逆流効果」に関する考え方であるとしてつぎのよう に述べている。「私の出発点はこういう主張である6つまり,安定均衡という観念は,多
くの場合,ある社会体制の変化を説明する理論を構成する場合にえらぶには,間違った類 推であるということである。社会的現実に適用した場合の安定均衡という仮定について間 違っていることは,社会過程というものは一たとえ循環的な仕方でその方向にむかって 動くとしても,一なんらかの意味において諸力の間の均衡の状態とよびうるような状況 に向う方向にしたがうものであるというその観念である。このような観念の背後にも,も
う一つの更に一層基本的な仮定がある。それは,ある一つの変化はいつもきまって,その 体系の中に大体において最:初の変化と反対の方向に動く変化の形態における反作用をひき おこすということである。私が本書において解明しようと思う観念は,それと反対に正常 の場合には,社会体系における自動的自己安定化に向うそのような傾向はないということ である。体系はそれ自体では,軸力間のなんらかの種類の均衡に向って動いているのでは なく,むしろ,常にそのような状態から乖離する動きをとっている。正常の場合において は,ある変化は,平衡的な変化をひきおこすのではなく,むしろ反対に,最初の変化と同 じような方向に,しかもさらにすすんで体系を動かずような促進的な変化をひきおこす。
そのような循環的な因果関係のために,ある社会過程は累積的となり,またしばしば加速 度的な度合で速度を早めるのである。」経済の成長がある場合には累積的であることは認め (8)
るとしても,問題はそのような累積的な成長の経路に乗入れる方法である。ラィベンシュ タインが問題としたのは,累積的な成長軌道に到達するためにはある限界以上の刺戟が必 要であり,それ以下では,成長は累積的とならず,結果は低位均衡に復帰するということ を証明することであった。ラィベンシュタインは,その場合サムエルソンやヒックスにお いて開拓された均衡の安定分析を積極的に援用し,低開発地域がその低所得水準のトラッ プより脱出することのいかに困難であるかを指摘している。ラィベンシュタインは,後進 (9)
地域の成長問題を取扱うにあたって,人口学と経済学とを体系的に接合せしめたという意
味で先駆的な地位にある人であるが,彼は,後進地域の基本的な特徴を低所得水準均衡の
安定性より規定しようとする。そして彼の成長モデルの特色は,今日の経済理論において
軽視され或いは外生的変数としてのみの地位を与えられたにすぎない人口変数を体系の内
生的変数として導入した点にある。そこにはマルサス的分析への部分復帰への傾向すら見
られる。人口増加と生活水準の低下とが,収穫逓減の傾向を媒介として結合する。ライベ
ンシュタインの成長モデルでは投資が一つの戦略的な重要性をもっているが,投資のもつ
平均所得水準上昇効果が,安定均衡への作用が働く範囲では,人口増加の平均所得水準低
減効果に圧倒されるが故に,低所得水準均衡よりの離脱は一時的であり,再び生存水準に 近い低水準に復帰する傾向が存在する。 「単純なるマルサス型のモデルでは一人当り所得 の増加は二つの効果を持っているように思われる。一方において,それは人口成長率を上 昇せしめるが,他方,より高い所得からはより高い貯蓄率と投資率が生ずる。マルサス的 モデルが作用するためには人口成長の所得低減効果が,必ずしも既時的ではないけれども 或る時点では,一人当り所得の増加のより結果する誘発投資の所得上昇効果より大となる ことが必要である。もし,人口成長の所得低減効果が微小なものとなり,誘発投資が常に 正であるならば,勿論gradualismが常に働くであろう。経済はいろいろな率で成長し,
持続的成長への特別なtakeoffは必要でない。」
ライベンシュタインの成長理論乃至そこにおいて誘導されたCritical minimum effort thesisはつぎの四つの仮説を基礎としている。
(1)後進的経済を一つの均衡体系一その均衡状態が一人あたり所得に関してはある程度 の準安定性をもつ。一として特徴づけることは有用であるが,先進的経済をかかる表 現で有効且つ正確に述べることはできない。
(2)もし,後進経済の均衡が擁乱されるならば,一人あたりの所得を高めようとする諸力 が,一人あたりの所得を引下げる効果をもつ諸力を直接的に,或いは間接的に活動せし める。
(3)不均衡状態では(後進経済において),均衡水準よりも上の低位所得では,所得を引 下げる力の効果の方が,所得を引上げる力の効果よりも大である。
(4)いかなる期間にも,所得を引下げる力の効果にはある絶対的極大点があるが,一人あ たりの所得を創造する力の効果の絶対的極大点は (もしそれがあるとすれば),前者よ りも大である。
(1①
以上の仮説にもとづいてつぎのCritical minilhum effort thesisが提唱される。「後 進的な状態から脱して,堅実な長期成長を期待しうるいっそう発展した状態に移行するこ とに成功するためには,必要条件として一必ずしも十分条件ではないが一ある点でま たある期間に・その経済は臨界的な最小規模よりも大きな成長への刺戟をうけねば塗ら
ぬ。」
112 ライベンシュタインの新マルサス的な後進経済の成長モデルは既に旧著において,定差 (1紛 方程式的手法を使用して展開されており,われわれも示別稿でこれを考察したからここで (1の
はグラフを使用して人口増加,一人あたり所得水準水準及び資本ストック増加の三者の相 関関係を示す成長モデルを設定しよう。(3)図で横軸に人口を,縦軸に一人あたり所得水準 を測る。Z線は人口増加率が零である平均所得水準, X線は投資零の平均所得水準を示し,
ここでは両者は完全に一致すると仮定する。まず資本ストックを:K。としよう。マルサス
的均衡は最初E。点であたえられる。このような低所得水準均衡では,体系的で内生的投
資のおこる可能性はないから,いま外生的な投資による均衡麗乱の刺戟があたられたと想
低所得水準均衡のトラップについて
シ
yo
KIK。
K2 Kn
Ml M2
M。
N。 Nl
0 E。 Hl H2
O P。Pl P2
(3)
P
=X
21
定・しよう。資本ストック K1 に増大する。一人あたりの所得 水準をP。M。の高さまで引上 げる。生存水準はコンスタント と仮定すれば,y−y。>0であ ると人口増加が生じる。OP、
からOP2に増加するとしよ う。一定のK、では一人あたり 所得水準は低下する。しかし,
y−y。>0であればまた純投資を誘発せしめる。資本ストックは増大する。このことは平均 所得水準を引上げる。そこでKはK2に増大することによって平均所得水準低下傾向が相 殺される。このように最初の外生的刺戟によりて生じたところの,生存水準y。をこえる 平均所得の上昇は,人口増加を生ぜしめるとともに,貯蓄投資を通じて資本ストックの増 大を誘発せしめ,これらの効果の相対的な関係によってM1点の位置が決まるであろう。
P、M、の所得水準では△P−P、P2だけの人口増加を生ぜしめ,資本ストックの増大に よるK:2はyをP2M2に上昇せしめるであろう。このようにして人口と一人あたり所得水 準の動的変動経路はMoMlM2…の軌跡であたえられる。
叢一謡i−9 (7)
y全図。一端一n, (8)
とおこう。9とnは比例係数とする。収穫逓減の程度は平均所得曲線の匂配,即ち,
MoNo
=d (9)
PoP■
で示される。つぎの関係が成立つ。
HIM1コHIN1十NIM1=EoMo−MoNo十NIM1
〃一E茜一隅¥爵謡+E茜躍1
〃 =EoMo(1一.dg十n)
∴蹴一(1−dg+の一{1−dg)} (1・)
yの成長率は(n−dg)であたえられる。投資,資本蓄積,人口増加,収穫逓減の作用を
示すこれらの係数の大きさがyの動的変動経路を決定する。資本蓄積係数が大であるほど
成長率は大であり,収穫逓減傾向を示す係数や人口増加係数が大であるほど成長率は小と
なる。これらの係数は経済成長の構造的係数であり,それ故に政策的パテメーターとして
の意義を持つものである。人口増加の抑制,技術改善による収穫逓減傾向の弱化,投資率
の増大が,持続的な成長経路を保証するであろう。持続的成長経路を保証するに不十分な 構造係数であるならば,終極的な到達点はE.点であろう。E.点では平均所得水準は毎 回以前と同じであるが,人口と資本ストックは増大している。これが準安定均衡と称され
るものである。
上のモデルでは,人口増加率が零である線と投資が零である線とは一致し且平均所得の 変化にかかはらず不変であると仮定されている。生存水準自体は,平均所得水準とともに 上昇することは現実的に考えられるし,さらに係数そのものも,人口や平均所得の変化と ともに発展過程において変化するであろう。d,g,nを硬直的に考える必要はない。人口増加 率や投資率が,人口の大きさや平均所得水準とともに変化するとすれば,低い所得水準で は,人口増加率が投資率を圧倒しても,高い所得水準では投資率が人口増加率を圧倒する かもしれない。そこにラィベンシュタイン的なcritical minimum effortの基準が成立す
る根拠があたえられる。初期条件として投資による平均所得水準の上昇が十分に大きく,
低位均衡よりの離脱が大きくなれば恒常的な発展を確保することができるかもしれない。
構造係数が発展に有利なものであっても初期における投資導入額が臨界的最小限の水準に 達しなければ経済発展の果実はみのらない。そこで,たとえ二つの体系が構造的係数におい て同じであっても,初期条件に重大な差異があるならば,経済発展の格差を生ずるのであ ろう。勿論ここで初期条件の差異とは各地域の相異なる自然的条件の差異と同じものをい うのではない。自然資源気候人種的性質等の差異は構造的パラメーターの差異に反映され る。初期条件は体系が動的な発展経路をはじめる以前に生じた発展的プロセスの結果であ る。外生的な投資導入によって生じた所得水準の初発的上昇を初期条件と考えるのである。
投資による平均所得水準上昇効果と人口増加による平均所得水準低減効果との強弱関係 が持続的な成長の可否を決定する要因であるということはライベンシュタインのあたえた
Y
KI二二二1=二二二二:=二1=.=
m n
e
45。
if Zt
盗.劉
ia
o X (4)
果が生ずる。この効果はfbの垂直的距離で測られる。
ら,平均所得水準の初期値がomであると,平均所得の変動経路はabcdとなりE点に収 敏する。反対に初期の平均所得水準がOKの高さ以上であると,上昇効果が低減効果を圧 倒するから,平均所得水準の変動経路は発散的となり持続的成長の軌道にのるであろう。
C
じ…ib
.__・・… п@ i z E i
X l
(4)図で明示される。横軸に平均所得水準と
所得水準の上昇を測り,縦軸に平均所得水
準とその低下を測る。X線は所得水準上昇
効果の強さを示し,Z曲線は所得水準低減
効果の強さを示す。最初の期間で平均所得
水準がomの高さであると,次の期間でX
線と450線までの水平的距離naで測られ
る所得水準上昇の効果が発生する。平均所
得水準はfとなる。しかし所得水準低減効
低減効果は上昇効果を圧倒するか
低所得水準均衡のトラップについて 23
そこで,経済発展への最初の刺戟がoe以上でOK以下の範囲内に平均所得を上昇せしめ るほどにすぎないならば,平均所得は終局的にE点をかえるであろう。OKの高さがヰ均 所得の持続的成長の可否を決定するcritical Valueである。
(1⑳ 3
ここで生産函数の型を明示して低位均衡のトラツフ。を考察しよう。今日の経済成長理論 で一般的に使用される生産函数は,労働と資本が完全に補完的と仮定し生産係数を技術的 に固定的とするレオンティーフ的生産函数と,二要素の代替性を仮定するコツブーダグラ ス型の生産函数である。また中間的な型態として部分的な補完性と代替性とを含むものを あげることができるが,ここではダグラス型の生産函数を使用しよう。
Y−A。・・KβL1一β (11)
yは実質国民所得, (産出量)Lは労働,:Kは資本を示し,aは技術進歩率,βは生産の 弾力性を示す常数である。亦生産規模にたいして収穫不変が仮定され,労働人口は総人口 の一定比率をもつと仮定する。
成長率の方程式はこの生産函数より,
薯二十一・+β要「』+(1一β)窪下士(12)
労働人ロー人当りの所得(y)の成長率は,総所得の成長率と労働人口の成長率との差で
あるから,
豊¥1一・+β讐壱+(1一品目告≒一÷一画面
〃一・+β隈÷一蕃一吾] (13)
カッコの中は資本労働比率K/:しの成長率を示す。そこで労働人ロー人あたりの所得の成 長率は資本労働比率の成長率の函数としてあたえられる。
9(y) = a十β9(k) (14)
われわれはここで人口成長率を附表的に導入しよう。そこで⑱を
9(y)一 a + β9(K)一 β9(五) (15)
とおいて9(:L)の動向について仮定をもうけよう。人口成長率の極大率をε,そして極大 率にいたるまでは,yの増加函敬として,
9(L)=・ry一δ (16)
rは出生率,はδ死亡率を示す常数とする。そこでいま人口成長率が極大率に達する以前
では,
9(y)= a+ β9(K)一 βry+ βδ (17)
経済が持続的に成長している場合は9(y)>0であるから⑰は
a+ β9(K)一 βry+βδ>o (18)
産出量の成長率が労働人口の成長率に相ひとしければg(y)一〇であるから,
a+ β9(K)一 βry+βδ=・o (−19)
⑲式より求めたyをy、で示すと
ぬ一a+β9簿)+βδ (2・)
マルサス的均衡のあたえる状態は,産出量の成長率も人口成長率もともに零の状態である が,ここではy一定は人口増加率が正の場合を含んでいる。y。を㈹に代入しホう。
9(L)一・[a+β1鋒K)+δ)]一δ
a+β9(K)
9(L)一
>o (21)
β
⑳を⑫に代入してみよう。
暑昌一・+β9(K)+(1一β){a+努(K)}
〃一a+努(KL>・ (22)
産出量の成長率は人口成長率にひとしい。つぎに人口成長率が極大率に達した場合を考え
よう。
dY l
− a + β9(]K)+ (1一β)ε (23)
dt Y、
薯}一・+β9(K)一βε (24)
労働人口の成長率が極大の場合のyをymとしよう
g(L)=・rym一δ=ε (25)
.・轟一一εまδ (26)
⑳式より
dy
= (a+β9(K)一βε)y (27)
dt この微分方程式の解は,
y=yoe(a+β9(K>一βε)t (28)
y,は初期値である。yが持続的に成長するための条件は,
a+β9(K)一βε>o (29)
これはまたつぎの表現におきかえうる
低所得水準均衡のトラップについて ・ 25 a+β9(ん)>o (30)
人口成長率が資本成長率より大である場合,そのギャップを技術進歩がうめる以上のスピ ードでならば経済は持続的に成長しうるが,長術進歩率がそのギャップにひとしい場合は
yは上昇せず,一定値を維持するであろう。
人口成長率が極大率に達しない局面でのyの経路を求めよう。
dy
= (a+ β9(K)+βδ)y一 βry笥 (31)
dt
この微分方程式の解は,つぎのごと求める。
y−y。一孟 1 (32)
とおいてtについて微分する。
d11
書一一喜 (3!)
(31)に代入して du
ノノコ
更
響)遡一÷}2
〃一+β9(努1+βδ)2一(a+β9響)+βδL魚{、
一a+β T)+βδ)+司
(a+β9(K)+βδ βr
〃== 一 U Uo
蕃一(・+β9(K)+βδ)u一β・
この式の解として,
一A・(脚1・∫δ)・+「評9&)T
Aは未定係数である。そこで
y(t)一y。一A。、癖,。詐δ、、 ,r 十
a十β9(K)十βδ
書1一{・+β9(K)+小二÷}一三
1・+融(K)+βδ I{響)+坐.藍}一
禽{
ぜ
(35)
(a+β9(K)+βδ)2
(βr)2
(36)
(37)
(38)
(39)
(46)
(34)
初期値をy。とすれば,
A旨 1 βr yo ya a十β9(K)十βδ
1
(41)
.
v(t)㌃ m恥≒一。+β9畠)+βδ]・騨)+βδlt+。+β9畿)+βδ (42)
ここでy、とymとの関係を吟味しよう。
(1)ya〈ymこの場合は・.
a+β9舞)+βδ<ε壽δ (43)
.●.a+ β9(K)一 βε<0 (44)
技術進歩と資本蓄積による効果が人口増加によるマイナスの効果に圧倒されている場合で ある。y。>ymであると, y(t)はマイナスの成長率でymに向って低落する。 ym以後 の経路は(42)式で示されy、に向って低落する。y。<y。≦二ymであるとy、に近づき, y。
〈y、であるとy、に向って上昇する。そこでy、で示される均衡は安定的である。y。=y、
であると経済は発展のない均衡状態の落穴にはまりこんでいる。
(2),ya>ymこの場合は
a+ β9(K) 一βε>o (45)
y。>ymであると長期成長経路をあたえ, y。<ym<y、であると, y(t)はy、に向って上 昇するであろう。
(3)y、誕ymこの場合は,
a+ β9(K)=βε (4・6)
y。<ymであると, y(t)は上昇的にym近づくが, y。=≧y、であるとYの水準は時間の経 過にかかはらずコンスタントである。
4
ここでわれわれはネルソンモデルに接近しよう。ネルソンのモデルは本質的にライベン (17)
シュタインのモデルと類似した性格を持っており,後進経済が落込んだ低所得水準均衡の トラップについてわれわれが前節で使用した生産規模にたいする収穫不変のダグラス型の 生産函数を使用して吟味している。ネルソンモデルはその後多くの人々から考察批判の対 象となっているがこの小論では集約した型で取り上げてみよう。
⑬ 生産函数をおく,
Y=A(t)KβL1「3 (47)
ネルソンのモデルでは資本ストック:Kには耕地が含まれているがここでは除外する。労働 人口は総人口の一定割合を維持するという仮定は同じである。次に貯蓄一投資を示す式と
して
低所得水準均衡のトラップについて
dt L=ε y)≧ym
εは極大人口成長率を示す。(47)より
暑薯寺一二一寿+β讐÷+(1一β)薯ナ y一芒一A(塾し)β
l l
k一一釜一一Aβ(y)β
1 β・一l Y
K=Aβ(y)β
y>y の範囲では,資本の成長率は1
暑昌一b(y翫Al(y)β覗
1 β }1
〃一Aβ(y)β→一b(y−y。)
yノ〈y<ymの範囲では
27
dK dt
−r一一b(y−y・) y>y (48)
y。は貯蓄零の低位所得水準を示す。bは限界投資性向を示す常数である。 y はこの水準 以下ではマイナスの投資率が極大となる低位所得水準を示し,(48)式はy>y の範囲内で のみ妥当する。そしてy≦(y の範囲内では
_壷⊆
dt
:L =・ 一C y≦::y (49)
Cは常数である。
dK dK:
dt dt :L
L
Y罐L Y冨1)(y−y・)Y y>y (50)
d:K
dt L
Y=一CY y≦三y @ (51)
つぎに人口成長率は示す式である。これが極大となる平均所得水準をym,またマルサス 的な生存水準である平均所得水準をy,で示そう。
計金一・(y−y,) y<ym (52)
d:L l
(53)
(54)
(55)
(56)
(57)
(58)
(59)
讐÷一議÷+β[ lAβ(y)β青 ÷b(朗]
+(1一β)r(y−y,)
y〈y の範囲では
dK l ⊥ β一1
可雇ζ一臨Aβ (y) β 寺[一。(妾)Y]
〃一C㌃A一が(y)β言1
(60)
(61)
(62)
そこで,
dA dY l
l し て「一『r 一〜f「』五一躍β
+ (1一β)r(y−y,)
[一CTA÷(y)β葦 ]
y)≧ymの範囲では
暮養一A÷(y)β云1妾b(y一%)
(63)
(64)
そこで,
豊旨一釜÷+β[A
1 β一1
下(y)β ?(y一%)]
+(1一β)ε
ところでいま技術水準を一定と仮定しよう。そしてyについて微分しよう。
dg ッLbβA÷(β識措一bβA÷(一1β)W一 汚β一・
β_1 ⊥ _1
βyβ=一β一y・y
一1一β
β
(65)
(66)
(67)
. yo
・・y呂 @1一β (68)
(68)式のyはYの成長率が極大となった場合の平均所得水準を示す。労働人ロー人あたり
の平均所得の成長率は,総所得の成長率と人口成長率との差である。生産函数が一次の同
次であるからyが上昇するためはK/しが上昇しなければならぬ。即ち資本の成長率は労
働人口の成長率より大であらねばならぬ。(技術は一定と仮定している。)いまy。峯y、と
が一致する,即ち労働人口の成長率と産出量の成長率とが零となるyの水準が一致すると
仮定しよう。このy水準はまさしくマルサス的均衡に相当する。この均衡点が安定的であ
るかどうかは,交叉する二つの成長率曲線の勾配に依存する。人口成長率曲線の勾配が産
出量成長率曲線の勾配よりも大であれば安定的均衡である。つぎのようなグラフをえがい
低所得水準均衡のトラップについて 29
てみよう。三つの交点でE、は安定均衡,E2は不安定均衡, E3は完定均衡が成立する。
9(L)
ε 9(Y)
E2
E
E3 9(L)
9(Y)
yoコys ym y2
(5)
y3 y
E2以下のy水準ではマル サス均衡E1に体系はかえ る。そこで体系は低位均衡 の落穴にはまりこんでいる ことを意味する。このトラ ップから脱出するためには,
y2を越えねばならぬ。も しこの水準を越えれば,持 続的な成長はy3の高位に いたるまで経験せられる。その意味でy2が持続的成長の可否を決定するcritical Value である。ライベンシュタインは人口成長の極大率は3%と4%との間にあるという。もし (1③
そうであれば産出量の成長率がこの数値をこえることが必要となる。
資本の成長率と労働人口の成長率との関係を考察しよう。 y。一y。が成立していると仮 定して,人口成長率をyについて微分して
d貸手)一・ (69)
また,資本の成長率
要長一b(y−yo)長
をyについて微分して
dg欝)一長b (7・)
(69)と(70)との比を求めて,
dg(:L)
d モK)一釜吉 (71)
dy
産出量の成長率が人口成長率より大であるということは,生産函数の性質からして,資本 の成長率が人口成長率より大であることを含意するものである。
そこで(71)の比によって均衡の安定性を判断することができる。(71)の比が1より小で あれば,均衡は不安定,1より大であれば均衡は安定的である。そこで(71)式の係数を適 当に操作することによって低所得均衡のトラップより脱出しうる可能性が見出される。ネ ルソンは後進経済がこのトラップを離脱しえない理由として次の理由をあげている。(1)平 均所得と人口増加との高い相関関係。これは(71)式ではrの値が高いことによって示され
る,②低い投資性向,ζれはbの値が低いζとで示される9(3)能率の悪い生産方法9ネル
ソンによればK/:Lは経済の技術的能率を示し,この比が小であるほど一定水準の労働生 産性を維持するに必要な一人あたり資本の量が小であることを意味する。そこでネルソン 的意味でK/しの値が大でいあることは生産方法が非能率的であることを示す。(4)使用可 能な未耕作地の稀少性。上述のモデルではこれを無視した。技術進歩を導入すればg(Y)
曲線全体が上昇するからトラツフ。より離脱しうる可能性は更に強まる。
5
ネルソンのモデルは,生産函数について一次の同次性を仮定している。マルサスではむ しろ土:地が比較的固定的であるが故に人口増加の圧力は収穫逓減の傾向を強く作用せしめ ることが強調される。そこでよりマルサス的モデルに近づくならば生産規模にたいする収 穫逓減を仮定した生産函数を想出することができる。生産函数として,
Y鶉AeatLαKβ (72)
生産規模にたいする収穫逓減の仮定では,α+β<1,いま,1一(α+β)犀dとおこう。
ここではdは正値である。
(72)式より
釜一y一(釜)βr (73)
をうる。これは
β一d
y=Aeat(k):L (73 ) とおいて
警1一・+β讐走一d昏三十 (74)
これをつぎの表現にかきあらためよう。
g(y)一a+ βg(k)一 dg(五) (74ノ)
平均所得の成長率は資本労働比率の成長率,労働人口の三二の函数として示される。
この関係をつぎのグラフで示そう。
⑫①
9(y>
T
45
O
13
L
I,
9(k)
1曲線の勾配はでβ示され,その位置は
(a−dg(玲)で示される。 dg(L)は人 縣『齢,
口増加による収穫逓減の圧力を示ず。そこ でつぎの三つの場合を考えよう。
(1)a−dε>o,εはg(L)の極大率である。
1。曲線で示される。長期均衡の成長の必 要条件を資本産出比率がコンスタントであ
るとすれば9(y)=9(k)である,そこ で13曲線が45。線と交わる点Tで長期均衡
(6)