Investigation on Estimation Accuracy of a Thermal Environment Adjustment Action Model Ryoga Shirakawa 住宅の温熱環境調節行為モデルの推定精度の検証
高知工科大学 システム工学群 建築・都市デザイン専攻 建築環境工学研究室 学籍番号: 1190083 氏名:白川凌雅
住宅 SET* 実測調査 温熱環境調節行為 指導教員:田島昌樹
1. はじめに
近年、わが国では東日本大震災を契機としたエネルギ ー問題に直面しており、平成 28 年に建築物省エネ法が施 行されるなど、建築分野でも制度上の対策が進んでいる。
住宅では断熱性能や日射遮蔽性能による外皮基準ととも に一般的な使い方を想定した暖房、冷房、換気、給湯、
照明等を対象とした一次エネルギー消費量基準が設定さ れている。これらの設備の中で、暖房と冷房は個人の温 冷感に左右されることから、暖房設備や冷房設備の発停 のみならず、通風や扇風機の利用など温熱環境調節行為 (以下、調節行為)は複雑で多岐にわたる。そのため暖冷 房のエネルギー消費の正確な推定には調節行為の起因と なる条件の把握とそのモデル化が重要な課題となってい る。
澤地ら
[1]は居住者の生活習慣や温熱感覚が調節行為を決 定しているとの研究結果を示しているほか、羽原ら
[2]は自 然通風も考慮に入れ快適性や暖冷房にかかるエネルギー 消費量の定量的な把握を試みている。本研究では、これ らのうち羽原らが提案したシミュレーションモデルのた めの SET*による調節行為モデルに着目し、モデルの推定 精度の検証を目的として、実測データに基づいた調節行 為との比較を行った。
2. 研究概要
羽原らが提案した室内温熱環境調節行為モデルである 室内温熱環境レベルの判断フロー(以降、判断フロー)
を図 1 に示す。判断フローは、自然通風を行う住宅の温熱 環境と空調エネルギー消費を予測する際に用いられてい るシミュレーションモデルで、居住者が自身の温熱感覚 により現時刻の室内温熱環境を判断し、次の調節行為を 決定するという条件下で構築されている。このフローの
判断基準には SET*(環境側 4 要素(空気温度、相対湿度、
放射温度、気流)と人体側 2 要素(着衣量、代謝量)を考慮 した温熱環境の快適性を表す指標)が用いられている。
このフローでは、居住者が室内温熱環境を不快と感じず 許容できる範囲を SET*で示し、非暖冷房空間の熱的許容 域(以降、熱的許容域)と呼ぶ。判断フローは対象時刻 の SET*を計算し、無風でも寒いと感じる環境、自然通風 程度の風速が必要な環境、扇風機使用程度の風速が必要 な環境に分類する。次に自然通風や扇風機使用により熱 的許容域に入るか否かを判断することで温熱環境を 5 段階 にレベル分けし、居住者が次に選択する調節行為を決定 する。
本研究では夏期および冬期にエアコンを利用している 住宅を対象に、室内温熱環境とエアコンの作動時間の実 測調査を行った。測定結果からエアコン作動開始前の SET
*の計算を行い、判断フローにより得られた温熱環境レベ ルと実測データにより判断された温熱環境レベルが合致 しているかの分析を行った。
3. 室内温熱環境実測 3.1. 測定概要
表 1 に対象住宅の概要、表 2 に測定項目を示す。夏期お よび冬期の調節行為としてエアコンを利用している住宅 の主居室(リビング,ダイニング)を対象として測定を行い、
空気温度と相対湿度の測定結果についてまとめた。外気 の測定を行っていない住宅は気象庁の Web サイト
[3]より当 該地域に最も近い観測点の外気温度の気象データを取得 し、当該住宅の外気温度として扱った。測定は直射日光 が当たらない場所でかつ高さを床上 75cm~150cm の範囲に 生活上不便にならないことを優先した位置で行った。
図 1 室内温熱環境レベルの判断フロー
開始 室内SET*の計算
27.0℃<SET*
SET*<19.0℃
気流0.1m/s(静穏)時のSET*計算 19.0℃≦SET*≦27.0℃
Level3 自然通風 Level2
行為なし Level1
暖房
気流1.0m/s時のSET*計算
19.0℃≦SET*≦27.0℃
Level5 冷房 Level4
扇風機 Yes
Yes
Yes
No No
No Yes No
非暖冷房空間の熱的許容域 19.0≦SET*≦27.0
許容域:不適 許容域:適合 許容域:適合 許容域:適合 許容域:不適
表 1 対象住宅の概要
※H:平成、S:昭和名称 測定年度 外気測定 地域区分 建設年 構造 階数 延べ床面積 世帯人数 主居室床面積 主居室主開口の向き
A H29 夏 冬 6 S45 以前 木造 1 階 2 人
B H30 冬 7 S54 混構造 3 階 79m² 2 人 22m² 東
C H27 6 S55 以前 木造 1 階 83m² 2 人
D H27 6 S55 以前 木造 1 階 138m² 5 人
E H20 冬 6 H6 木造 2 階 106m² 2 人 20m² 北東
F H30 夏 7 H12 混構造 2 階 150m² 4 人 30m² 南
G H27 6 H17 木造 2 階 120m² 3 人
H H28 7 H24 木造 2 階 110m² 4 人 南
I
29H29
7 H25 木造 1 階 55m² 2 人 26m² 南東
I
30H30 夏
J H29 冬 7 H25 木造 2 階 117m² 6 人 39m² 西
K H29 冬 7 H25 木造 2 階 92m² 4 人
L H29 冬 7 H25 木造 2 階 88m² 3 人 19m² 西
M H30 夏 7 H30 木造 1 階 40m² 2 人 10m² 南
N H30 6 H25 以降 木造 2 階 120m² 32m² 南
3.2. 夏期実測結果
図 2 と図 3 に夏期のリビングにおける空気温度と相対湿 度の測定結果を示す。建築物衛生法の衛生管理基準値
[4]を 図中のグレーの範囲で示し、住宅名の下の数値はその適 合割合を示す。また図 2 の箱ひげ図上部に測定期間中の外 気温度の平均値を示す。N 邸はエアコンの消費電力の測定 より、冷房を習慣的に長時間利用する傾向がみられたた め、空気温度と相対湿度ともに適合割合がその他の住宅 より比較的大きくなったと考えられる。
3.3. 冬期実測結果
図 4 と図 5 に冬期の測定結果を示す。冬期は省エネ基準 が改正され、現行の外皮性能である H11 以降建設の住宅が H10 以前建設の住宅より空気温度の適合割合が大きくなっ た。また H10 以前建設の住宅は相対湿度のデータ範囲が広 くなり、断熱性能の違いによる影響があると考えられる。
4. エアコン作動 10 分前の温熱環境レベルの判断 4.1. 温熱環境レベル判断の概要
実際の住宅におけるエアコン作動開始数分前の温熱環 境レベルと判断フローにより判断された温熱環境レベル が合致しているか分析する。調節行為はこの判断フロー により、Level1 は暖房使用、Level2 は調節行為なし、Lev el3 は自然通風利用、Level4 は扇風機使用、Level5 は冷 房使用の 5 段階となっている。本研究では冷房を使用する Level5 と暖房を使用する Level1 の温熱環境に着目し、実 際の調節行為と合致しているかを分析した。
図 2 空気温度 夏期
表 2 測定項目
測定項目 使用機器 測定間隔
空気温度 RTR-503,TR-72wf
10 分 相対湿度 RTR-53A,HI-2000SD
二酸化炭素濃度 KNS-CO2S 10 分
エアコン消費電力 KNS-WP-WN 10 分
図 3 相対湿度 夏期
図 4 空気温度 冬期
図 5 相対湿度 冬期
0 10 20 30 40
A C F G I29 I30 J K L M N
15% 66% 55% 79% 29% 45% 66% 45% 20% 33% 83%
空気温度[℃]
29.2
26.2 28.6 26.0 26.1
25.9 26.0 28.2
27.1 28.6
25.2
H10以前建設 H11以降建設
×平均外気温 衛生管理基準値:17~28℃
0 20 40 60 80 100
A C F G I29 I30 J K L M N
77% 81% 77% 43% 36% 35% 97% 85% 52% 28% 100%
相対湿度[%]
H10以前建設 H11以降建設
衛生管理基準値:40~70%
0 10 20 30 40
A B D E H J K L
48% 16% 11% 42% 67% 74% 56% 2%
空気温度[℃]
9.3 7.7 7.2
9.1 6.3
7.8
5.8 6.9
H10以前建設 H11以降建設
×平均外気温
× 2017 2016
2015 衛生管理基準値:17~28℃
0 20 40 60 80 100
A B D E H J K L
52% 96% 82% 94% 50% 76% 31% 100%
相対湿度[%]
H10以前建設 H11以降建設
衛生管理基準値:40~70%
4.2. 温熱環境レベル判断の手順
室内温熱環境レベルを判断するにあたって、エアコン の作動時間の把握を行った。作動時間はエアコンの消費 電力から判断し、消費電力を測定していない住宅におい ては室内の空気温度、相対湿度、CO
2濃度と外気温度、エ アコンの吹き出し口の空気温度の関係性から判断した。
測定結果を用いて SET*を算出した。判断フローにおけ る SET*の計算条件を表 3 に示す。空気温度と相対湿度は 実測値、夏期の気流として 0.2m/s
[5]を用いて SET*を計算 した。
次に居住者がエアコン作動 10 分前に判断した温熱環境 レベルと判断フローによる温熱環境レベルを比較し合致 しているかを分析した。居住者が調節行為を選択する際 にはエアコンを作動させる数分前の温熱環境から影響を 受けると考えられ、測定期間が 10 分間隔であるため、エ アコン作動開始 10 分前の温熱環境を対象とした。
4.3. 夏期の分類結果
図 6~8 に夏期の冷房開始 10 分前の温熱環境レベルを建 設年、主居室の床面積、冷房開始 2 時間前から冷房開始ま での平均外気温度について場合分けして分類した結果を 示す。冷房開始する 10 分前の温熱環境レベルが Level5 と なるときの割合を Level5 の適合割合とする。Level5 の適 合割合が 100%の場合の範囲をグレーのハッチング、その 割合を住宅名の下に示し、適合割合が大きいほど居住者 は判断フローと同様の温熱環境で冷房を開始したといえ る。I 邸においては H29 と H30 のデータを合わせて分析し た。夏期は Level5 の適合割合が全体で 10%と低く、Level 3,4 で冷房開始している住宅が多いという結果となった。
図 9~11 に Level4,5 の適合割合を建設年、床面積、平 均外気温度の 3 項目でそれぞれ 2 組に分類し、統計的に比 較したものを示す。z 検定により 3 項目全てに有意差がみ られた(p<0.01)。建設年による分類では H11 以降建設の住 宅の適合割合が H10 以前建設の住宅より小さいという結果 を得た。主居室の床面積の分類では床面積が大きいと適 合割合が小さくなった。外気温度については冷房開始 12 時間前から冷房開始までの間における平均外気温度の分 類の中で統計分析に最も有意差がみられた 2 時間前から開 始までの平均外気温度の結果を示した。2 時間前から開始 までの外気温度が高いほど適合割合は大きくなった。
図 6 冷房 10 分前の温熱環境レベル 建設年
表 3 室内温熱環境レベルの判断フローの SET*計算条件
測定時期 夏期 冬期
計算条件
放射温度 空気温度と等しいと仮定
気流 0.1m/s
着衣量 0.3clo 0.7clo
代謝量 1.0met
図 7 冷房 10 分前の温熱環境レベル 床面積
図 8 冷房 10 分前の温熱環境レベル 過去 2 時間の外気温度
図 9 Level4,5 の適合割合 建設年 夏期
図 10 Level4,5 の適合割合 主居室の床面積 夏期
図 11 Level4,5 の適合割合 平均外気温度 夏期
温熱環境レベル
夏期 冷房選択時
A C F G I J K L M N 全体
(16) (0) (0) (0) (0) (0) (0) (0) (50) (0) (10) 5(冷房)
4(扇風機)
3(通風)
2(なし)
1(暖房)
住宅名 level5の適合割合(%)
H10以前建設 H11以降建設 凡例
100%
80%
60%
40%
20%
10%
5%
温熱環境レベル
夏期 冷房選択時
M L I F N J
(16) (0) (0) (0) (0)5(冷房)
4(扇風機)
3(通風)
2(なし)
1(暖房)
住宅名
level5の適合割合(%)
(0)主居室の床面積(m
2)
(10)(19) (26) (30) (32)(39)温熱環境レベル
夏期 冷房選択時
A C G J L F I
※2M K N
(50) (0) (0) (0) (0) (0) (0) (16) (0) (0)
5(冷房)
4(扇風機)
3(通風)
2(なし)
1(暖房)
住宅名 level5の適合割合(%)
(23.7)(27.8)(28.0)(29.1)(30.1)(30.2)(30.7)(30.8)(31.7)(31.8)
平均外気温(℃)
※1※1.エアコン開始2時間前の外気温度を用いた※2.H29とH30の結果をまとめたデータ
81.3%
61.1%
18.8%
38.9%
0%
20%
40%
60%
80%
100%
H10以前 H11以降
不適合 適合
*
*p<0.01 (Z検定による)
n
※=112 n
※=95 ※n値は作動回数 不適合 適合
90.0%
48.9%
10.0%
51.1%
0%
20%
40%
60%
80%
100%
30m²未満 30m²以上
*p<0.01 (Z検定による)
*
n
※=30 n
※=177 ※n値は作動回数 不適合 適合
29.6%
86.9%
70.4%
13.1%
0%
20%
40%
60%
80%
100%
30℃未満 30℃以上
*p<0.01 (Z検定による)
*
n
※=54 n
※=153 ※n値は作動回数
不適合
適合
4.4. 冬期の分類結果
図 12~14 に冬期の暖房開始 10 分前の温熱環境レベルの 分類結果を示す。暖房使用とされる Level1 で暖房開始し ている住宅が多く、全体で 87%を占めた。図 15~17 に統 計分析した結果を示す。z 検定により建設年の分類には有 意差はなく、主居室の床面積と暖房開始 2 時間前から暖房 開始までの平均外気温度による分類結果に有意差がみら れた(p<0.01)。主居室の床面積は面積が大きいほど適合 割合が小さくなり、外気温度は寒いほど適合割合が大き くなった。
4.5. 考察
夏期の冷房開始となる Level5 の適合割合は全データの 10%であるのに対し、冬期の暖房使用開始となる Level1 の 適合割合は 87%と高くなっており、よりエネルギー消費 量が多い暖房時に比較的正確な予測ができる結果となっ ている。建設年に着目すると、夏期は H10 以前建設の住宅 の適合割合が統計上有意な差をもって高く、断熱性能が 低く冷房用エネルギーが大きくなりやすい住宅ほど正確 に予測できる結果である。また外気温度については、夏 期は高いほど、冬期は低いほどモデルの適合割合は統計 的に有意な差をもって高い結果となり、やはり暖冷房の エネルギー消費量が大きい条件ほど正確な予測ができる 結果となっている。
図 12 暖房 10 分前の温熱環境レベル 建設年 冬期
図 13 暖房 10 分前の温熱環境レベル 床面積 冬期
図 14 暖房 10 分前の温熱環境レベル 過去 2 時間の外気温度
図 15 Level1 の適合割合 建設年 冬期
図 16 Level1 の適合割合 主居室の床面積 冬期
図 17 Level1 の適合割合 平均外気温度 冬期 5. おわりに
SET*による温熱環境調節行為モデルの推定精度検証を 目的として、実測データに基づいた温熱環境調節行為と の比較を行った結果、以下の知見を得た。
羽原らが提案した温熱環境調節行為モデルは暖冷房の エネルギー消費量が大きくなる条件ほど、実測データに 基づいた温熱環境調節行為との適合割合が有意差をもっ て高くなった。よって温熱環境調節行為モデルは暖冷房 のエネルギー計算上、比較的正確に温熱環境を判断する ことができるといえる。
参考文献
[1]澤地孝男・松尾陽・羽田野健・福島弘幸,暖冷房行為生起の決定要因と許容室温範囲に関 する検討 住宅の室内気候形成に寄与する居住者の行動に関する研究 その 1,一般社団法 人日本建築学会,日本建築学会計画系論文報告集,第 382 号,pp.48-59,昭和 62 年 12 月[2]羽 原宏美・鳴海大典・小林誠治・下田吉之・水野稔,自然通風を行う住宅の室内温熱環境およ び空調エネルギー消費予測手法の開発,一般社団法人日本建築学会,日本建築学会環境系論文 集,第 582 号,pp.107-114,2004 年 8 月[3]国土交通省,気象庁 各種データ・資料,過去の気象 データ・ダウンロード,https://www.data.jma.go.jp/gmd/risk/obsdl/index.php[4]厚生労 働省,建築物環境衛生管理基準について,https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/seikatsu-e isei10/[5]中川克也,事務用途室を対象とした室内空気環境の評価手法に関する研究,高知工 科大学 修士論文,2018.2
温熱環境レベル
冬期 暖房選択時
E
A B D H J K L 全体
(73) (97) (100) (97) (96) (36) (97) (100) (87)
5(冷房)
4(扇風機)
3(通風)
2(なし)
1(暖房)
住宅名 level1の適合割合(%)
H10以前建設 H11以降建設
温熱環境レベル
冬期 冷房選択時 L E B J (100) (97) (97) (36) 5(冷房)
4(扇風機)
3(通風)
2(なし)
1(暖房)
住宅名 level1の適合割合(%)
主居室の床面積(m2) (19)(20) (22) (39)
温熱環境レベル
夏期 冷房選択時 A C G J L F I※2 M K N
(50) (0) (0) (0) (0) (0) (0) (16) (0) (0)
5(冷房)
4(扇風機)
3(通風)
2(なし)
1(暖房)
住宅名 level5の適合割合(%)
(23.7)(27.8)(28.0)(29.1)(30.1)(30.2)(30.7)(30.8)(31.7)(31.8)
平均外気温(℃)※1
※1.エアコン開始2時間前の外気温度を用いた※2.H29とH30の結果をまとめたデータ