c オペレーションズ・リサーチ
建物の強震観測
鹿嶋 俊英
強い地震時の建物や地盤の揺れを計測しようとするのが,強震観測である.日本における強震観測の歴史は 60年を超えた.この間,繰り返し発生した被害地震では,多くの貴重な強震記録が得られ,地震工学や耐震工学 の発展に重要な役割を果たしてきた.本稿では,国立研究開発法人建築研究所の強震観測の歴史を振り返り,そ の観測網の強震記録から得られた知見を概観する.
キーワード:強震観測,強震計,振動特性,耐震安全性
1.
はじめに強い地震時の建物や地盤の揺れを計測しようとする のが,強震観測である.実際の地震時に建物を支える 地盤がどのように揺れ,その上に建つ建物がどのよう に応答するかを知ることは,建物の耐震安全性を考え るうえで欠かせない.
建築研究所が強震観測網の整備を始めたのが1957年 であり,建築研究所の強震観測の歴史は60年を数え た.建築研究所の強震観測の歴史は日本の強震観測の 歴史とも重なる.本稿では,建築研究所の強震観測の 歴史を振り返り,1990年代以降に強震観測で得られた 成果と,強震記録の分析から得られた知見を紹介する.
2.
強震観測の歴史2.1 強震計の開発と建築研究所の役割
1948年福井地震を契機に,大地震時の地盤や建物の 揺れを測定することの必要性が痛感され,1951年に東 京大学地震研究所,東京大学建築学教室,建築研究所,
明石製作所の研究者と技術者によって標準強震計試作 試験研究委員会が組織された[1].この委員会は,いか なる大地震にも耐えうる実用的な強震計の開発を目指 し,強震計の設計,試作,試験を行った.1951年9月に は試作機の公開実験が,当時新宿区百人町にあった建築 研究所で行われている[2].1953年3月には標準型強 震計の1号機が完成し,委員会の名称(Strong Motion Accelerometer Committee)からSMAC型強震計と 名づけられた[1].SMAC型強震計を図1に示す.
SMAC型強震計は,水平2成分,鉛直1成分の計
かしま としひで
国立研究開発法人建築研究所 国際地震工学センター
〒305–0802 茨城県つくば市立原1 [email protected]
図1 SMAC型強震計
3成分の振り子式の加速度センサーを有している.振 り子式の加速度センサーは重さ6 kgの錘に板バネと空 気減衰器をもたせたもので,錘の動きを梃子で拡大し,
ロール紙上のペンを動かす.地震を感知するとロール 紙が自走するので,加速度の変化は波形としてロール 紙上に描かれる仕組みとなっている.
2.2 日本で最初の強震観測網の構築
強震計の開発が成功し,その関係者の熱心な働きか けから強震観測の重要性が認められ,総理府資源調査 会は1955年に「強震測定計画に関する勧告」を行う.
この勧告は気象官署,建築土木構造物を対象に116カ 所413台の強震計の設置を求めている[3].これを受 けて1956 年から1957 年に建設省で予算措置がなさ れて25台の強震計が設置され,その強震計の移管を
図2 1964年新潟地震・川岸町アパート地下階の強震記 録[4]
受けて建築研究所が建物を対象とした全国的な観測網 を展開して行くこととなった.以来,現在まで途絶え ることなく,建築研究所は強震観測網の維持管理と充 実を図ってきた.
2.3 1964年新潟地震の強震記録
強震観測が,最初にその威力を知らしめたのは,
1964 年の新潟地震である.新潟市川岸町にあった県 営アパートは,地盤の液状化によって,転倒や傾斜す る被害を受けた.傾斜したアパートの一つに建築研究 所の強震計が設置してあり,見事に強震記録を採取す ることができた.この記録については,その後も再数 値化され,長周期地震動の検討に用いられたりしてい る[4].アパート地下階で得られた1964年新潟地震の 再数値化された強震記録を図2に示す.この強震記録 によって,強震観測の有用性が実証され,その後の各機 関の強震観測網の構築や増強を推進することとなった.
2.4 現在に至る強震計の改良・開発
最初に開発されたSMAC型強震計は,頑強で信頼性 の高い機器であった.一方で,幅84 cm,奥行き74 cm, 高さ56 cm,重さ300 kgと大きく重く,また高価で あった.本格的な強震計の普及のために,引き続き改良 が加えられ,多くの後継モデルを生み出した.その過程 で強震計の小型化,軽量化が図られてきたが,1960年 代までは,基本的にはSMACのシステムを踏襲する 振り子式のセンサーを用いた機械式の強震計が主流で あった.
1970年代に入ると,強震計も「電化」が図られる.
1973 年ごろから導入が始まったSMAC-M型強震計 は,サーボ型の加速度センサーを有し,加速度記録は 終始電気的に処理され,フィリップス型のコンパクト カセットテープに収録される.サーボ型の加速度セン サーは,従来の機械式のセンサーに比べ,極めて小型 軽量であるにもかかわらず,観測記録の大幅な質の向 上を実現した.また,機械的な機構の排除とカセット テープの採用は,強震計本体の小型化を実現し,強震
図3 SMAC-M型強震計
計や観測記録の取り扱いを容易にした(図3).
1980年代には,強震計にもデジタル化の波がくる.
加速度センサーの信号を早い段階でデジタル化して,
以降の処理はデジタル信号として扱う.収録もデジタ ル記録としてメモリカードなどに書き込む.デジタル 化のメリットは数多いが,従来のロール紙の上に描か れた記録やカセットテープ上の電磁記録はデジタル化 処理をしなくてはコンピュータ上で扱えなかったが,
この手間がなくなったことが最も大きい.またデジタ ル記録であれば遠隔であっても,何らかの通信手段を 使って容易に記録の転送が可能となる.つまり,デジ タル化によって多大な省力化が実現され,データ処理 の迅速化が図られた.図4は,SMAC-MD型と呼ば れる初期のデジタル強震計である.16ビットのAD変 換器を採用し,自動校正可能な時計,メモリカード記 録,遅延記録,通信機能,任意の条件での起動停止設 定など,現代の強震計が有する標準的な機能はすべて 備えていた.また,複数の測定点を測りたいときは外 部加速度計を増設できるなど,拡張性にも優れている.
その後も,分解能の向上やインターネットなど新し い通信技術への対応など,強震計は進化を続けている.
現在,建築研究所では,複数の種類のデジタル強震計 を使い分けている.
3.
建築研究所の強震観測網1957 年に始まった建築研究所の強震観測網の構築 は,全国の主要な都市に建つ,国や地方自治体の庁舎 などに設置する形で構築されてきた.いつ,どこで発 生するかわからない地震に備えるため,広く網を張る 考え方であり,現在でもベースとなっている.
一方で,建築研究所は1983年より仙台高密度強震観 測を開始する.これは,特に表層地盤が地震動に与え る影響を解明するために,地中と地表に加速度計を有
図4 SMAC-MD型強震計
する強震観測装置を,仙台市とその周辺に高密度に配 置したものである.当初,建築研究所単独のプロジェ クトであったが,1987年からは官民共同研究として観 測地点の整備が進められ,1989年に計11観測地点の 観測網が完成した.各観測地点の強震観測装置は3台 の加速度センサーを有しており,それぞれ地表,工学 的基盤上,およびその中間深度に埋設された.官民共 同研究としての観測は1999年まで続き,得られた強 震記録は地盤増幅の定量的な評価手法の開発に利用さ れた.
また,1995年兵庫県南部地震を受け,大都市圏の地 震防災対策に資することを目的に,首都圏地震動観測 網を構築した.これは東京を中心とした首都圏に20カ 所の観測地点を新たに設けたものである.観測の対象 は建物であり,可能であれば建物と敷地地盤の同時観 測を行っている.
さらに2013年には,2010年から2012年にかけて 実施された国土交通省の建築基準整備促進事業で整備 された六つの観測地点を買い取り,建築研究所の強震 観測網に加えた.これらの観測地点は,長周期地震動 に対する鉄筋コンクリート造建築物,鉄骨造建築物,お よび免震建築物の安全性検証方法に関する検討のため に設けられたもので,東京,名古屋および大阪に建つ 超高層鉄筋コンクリート造2棟,超高層鉄骨造2棟,
免震構造2棟となっている.
このような経緯があり,また従来からの観測網も随
図5 建築研究所の強震観測地点
時見直しと改廃を行っており,現在の建築研究所の観 測地点は計87カ所となっている.図5に建築研究所 の観測地点の位置を示す.仙台市とその周辺には,仙 台高密度強震観測で整備した観測地点が一部残ってい る.また,東京を中心とした関東地域には,首都圏地 震動観測網として整備した観測地点があり,一段と観 測密度が高くなっている.ほとんどの強震計は,電話 回線やインターネットを通じて建築研究所と結ばれて おり,観測パラメータの変更や記録の回収は遠隔で行 える.
各観測地点の観測対象による分類を図6に示す.分 類を「地盤」としたのは純粋に地盤上や地中にセンサー が配置されている観測地点である.分類が「建物基部 のみ」の観測地点では,低層建物の地下階や1階に1台 のセンサーを有している.あわせて19地点では分類 が「地盤」あるいは「建物基部のみ」となっており,そ の地域の地震動の特性を知るための観測となる.分類 を「建物」としたのは,少なくとも建物の頂部(屋上階 や最上階)と基部(最下階や1階)に加速度センサー を有し,建物によってはさらにセンサーが追加されて いる観測地点である.半数近くの観測地点ではこのよ うな観測体制となっており,その強震記録からは地震 時の対象建物の動的な挙動が検討できる.分類を「建 物と地表」としたのは,建物内の複数のセンサーに加 え,地盤上にもセンサーを有する観測地点である.地 盤と建物の相互作用によって,地表で観測される地震 動と建物に作用する地震動は異なるので,そのような 現象を解明するための観測体制となっている.さらに,
分類が「建物と地盤」となっている観測地点では,「建
図6 建築研究所の強震観測地点の観測対象による分類
物と地表」に加えて,地中にもセンサーを配している.
地盤増幅,地盤と建物の相互作用,および建物の地震 応答を総合的に捉えることができる.
4.
主な地震の観測記録とその影響前述のように,1990年前後からデジタル強震計の導 入が始まり,センサーと計測技術の進歩は強震記録の 質の向上をもたらした.また,小地震の強震記録も分 析が可能となったため収録する強震記録の量も大幅に 増加した.本節では,デジタル強震計導入以降の主な 地震によって得られた強震記録と,強震観測に与えた 影響を振り返る.
4.1 1993年釧路地震
1993年1月15日に発生した釧路沖地震(M7.5,深 さ101 km)は,デジタル強震計の威力を見せつける最 初の地震となった.建築研究所が釧路地方気象台の地盤 上に設置していた強震計は,1990年にSMAC-M型か らデジタル式のSMAC-MD型に置き換えられていた.
この強震計は,最大加速度が711 gal(ガル,cm/s2) に達する大加速度の強震記録を採取した(図7).
気象台の周辺の建物には目立った被害がなかったこ とから,大加速度地震動の生成要因と,地震動特性と 周辺被害との関係に大きな関心が集まり,産学官が連 携した大がかりな調査が行われた(たとえば文献[5]). またこの地震を契機に,補正予算を得て,建築研究所 の強震観測網の強震計のデジタル化が進んだ.
4.2 1995年兵庫県南部地震
1995年1月17日に発生した兵庫県南部地震は,日 本の強震観測にとってエポックメーキングな地震であっ た.建築研究所の強震観測網では,大阪や松阪,舞鶴な
図7 1993年釧路沖地震・釧路地方気象台地表の強震
ど周辺の観測地点で良好な強震記録が得られたが,神 戸市内などの被災地には建築研究所の強震観測地点は なかった.また,神戸市内でも,場所によって被害の 様相が大きく異なり,都市域の地盤状況に応じた密な 観測の必要性が再認識された.この経験が前述の首都 圏地震動観測網の構築に繋がった.また,情報収集の 確度と速度の改善も課題として浮上し,ほぼすべての 観測地点を電話回線で結ぶテレメータ化を実現した.
日本の強震観測の世界では,防災科学技術研究所の K-NETやKiK-net,各都道府県の震度情報ネットワー クが新たに構築され,気象庁の震度観測網も大幅に増 強された.これらの観測網は,基本的には地表の地震 動を観測するものであり,総計で5,000を超える観測 地点が日本全国を覆うこととなった.ちなみに,気象 庁震度は,それまでの体感によるものから,強震計で 得られた加速度記録を処理して算出する方式に改めら れた.
4.3 2011年東北地方太平洋沖地震
2011年東北地方太平洋沖地震の強烈な地震動とその 未曽有の地震と津波の被害は,未だ生々しい記憶であ る.3月11日14時46分に牡鹿半島の東南東沖,約 130 kmで発生したM9.0の巨大地震は,北は北海道 から,南は九州のいくつかの地点に至るまで,日本列 島のほとんどの地域を揺らした.
建築研究所の強震観測網では,当時稼働中であった 79の観測地点のうち61の観測地点で強震記録が得ら れた[6].図8に,強震記録が得られた観測地点の位 置を示す.観測地点の位置を示す○の色は,計測震度 によって色分けされており,濃い色の地点は大きな震 度を記録した地点である.建築研究所の強震観測地点 では,震度6弱が1地点,震度5強が17地点,震度 5弱が18地点であった.多くの観測地点では,観測開 始以来最強の地震動を経験したことになり,これらの 強震記録の分析によりさまざまな新たな知見が得られ た.その一部については,次節で紹介したい.
図8 2011年東北地方太平洋沖地震で強震記録が得られた 観測地点
5.
強震記録が明らかにした建物の地震応答2011年東北地方太平洋沖地震やその余震では,多く の建物の強震記録が得られ,その分析が進んだ.ここ では,以降に明らかにされた特徴的な建物の地震応答 を整理する.
5.1 長周期長時間地震動と長周期構造物
2003 年十勝沖地震で注目を浴びた長周期地震動だ が,2011年東北地方太平洋沖地震では,東京や大阪の 長周期構造物(超高層建物や免震構造など固有周期が 長い構造物)が長周期地震動を実際に体験することに なる.建築研究所の強震観測記録の分析からは,仙台 市に建つ超高層建物は3分以上,首都圏の超高層建物 は5分以上大きな揺れが継続したことがわかる[6].
特筆すべきは,震央から770 kmも離れた大阪湾岸 に建つ55階建ての超高層建物の地震応答である.こ の建物の1階,18階,38階,および52階の変位波形
(強震記録を積分したもの)を図9に示す.建物の上層 部ほど,揺れが大きく増幅しているのがわかる.1階 の最大加速度は30 gal強,最大変位は11 cm程度で あったが,52階の最大加速度は130 galを超え,変位 は130 cm以上に達し,また大きな揺れが10分以上 続いた.建物の固有周期と地震動の卓越周期が一致し た共振現象と,建物自体の減衰が小さかったことが大 きな揺れの原因だが,長周期地震動対策の重要性を再 認識させるものであった.この建物はその後,制振耐 震改修が行われている.
図9 2011年東北地方太平洋沖地震・大阪湾岸に建つ超高 層建物の地震応答変位
図10 東北大学人間環境系研究棟の被災状況
5.2 建物被害と建物の応答
建築研究所の強震観測網の中には,2011年東北地方 太平洋沖地震によって,構造的な被害を受けた建物が 複数存在した.このような建物で得られた強震記録は,
被災の過程を検証するうえで貴重なものである.建築 研究所が強震観測を行っている建物の中で,最も甚大 な被害を受けたのは,東北大学の青葉山キャンパスに あったSRC造9階建ての建物である.図10に示す ように,セットバックしている3階で妻壁が破壊した.
この建物の1 階と 9 階で得られた加速度記録を 図 11の上段二つの図に,9 階の変位から1 階の変 位を引いて求めた建物の相対変位を図11の中段二つ の図に示す.加速度波形の濃い太線は1階の,薄い細 線は9 階の波形である.さらに,図11の下段には,
10 秒ごとの建物の固有周期を強震記録から求めてプ ロットしている.これらの図からは,地震動には30秒 過ぎと80秒過ぎに到来する二つの振幅の大きな波群 があったこと,最初の波群で建物はいくらか損傷し固 有周期が若干伸びたこと,二番目の波群でさらに損傷
図11 2011年東北地方太平洋沖地震・東北大学人間環境系 研究棟の強震記録,建物変位,および固有周期の変化
が進行し,建物の変形は30 cmを超えていることがわ かる.1階から9階床までの高さは29.6 mなので平 均的な層間変形角は1/100を超えている.この建物は 大破と判定され,2012 年に取り壊された.
この建物では,1978年宮城県沖地震で,当時設置さ れていたSMAC-M型強震計が9階で1G (980 gal) を超える記録を採取したのをはじめ,長きにわたって 強震観測を行ってきた.この間に幾度も大きな地震動 を経験し,耐震補強もされている[7].長期間にわたる 観測が,容易には得がたい知見を与えてくれた代表例 と言えるであろう.
5.3 変化する建物の動特性
2011 年東北地方太平洋沖地震とその余震,誘発地 震では,膨大な数の強震記録を蓄積することができた.
さまざまな建物のさまざまな振幅の強震記録が利用可 能となった.また,これまでに強震記録が蓄積されて きた建物も,大振幅の強震記録が加わることによって,
分析の幅が広がった.この結果,建物の地震時応答に 関する研究が盛んとなった.
建築研究所の防災研究センター棟(新館と称する)
を例に,振動特性が,経年や振幅によって変化する様 子を見てみる.この建物では1998 年の竣工時から現 在まで,建物内や周辺地盤上に高密度にセンサーを配 置した観測を行っている.図12は,新館の1次固有 周期と減衰定数の経年変化を示している.上段が固有 周期,下段が減衰定数を表し,●と△はそれぞれ南北 方向と東西方向に対応する.竣工直後には0.5秒強で あった固有周期は,その後徐々に延びていき,2006年 には0.7秒ほどになっている.その後しばらくは固有 周期の延びは収まったように見えるが,2011年東北地
図12 建築研究所新館の基本固有周期と減衰定数の経年 変化
図13 建築研究所新館の最大変形角と固有周期及び減衰定 数の関係
方太平洋沖地震(灰色の破線のとき)を受けて固有周 期が1秒前後に延びてそのまま現在に至っている.減 衰定数に関しては,ばらつきが大きく,経年による傾 向は見いだしにくい.
次に,振動特性の振幅依存性を見てみる.応答振幅 を表す値として,最大変形角(建物の最大水平変形を 1階から測定点までの高さで割った値)を採用する.最 大変形角と,固有周期及び減衰定数の関係を図13に 示す.上段が固有周期,下段が減衰定数で,それぞれ 左が南北方向,右が東西方向を表す.また,記号は東 北地方太平洋沖地震前の地震記録から得られた値を●
で,以降の地震記録から得られた値を○で示している.
固有周期を見ると,最大変形角が大きくなると固有周 期が長くなる傾向が明瞭に認められる.東北地方太平 洋沖地震の前後いずれでも同様の傾向となっているが,
東北地方太平洋沖地震の前の値の方がばらつく.これ は,図12に表れた経年変化の影響であろう.
近年,同様の研究はさまざまな規模や構造の建物に
ついて行われており,竣工後10年程度の間の固有周 期の延びや,振幅が増大すると固有周期が延びる振幅 依存性は共通の認識となっていると言える.今後この ような知見をどのように耐震安全性の評価に繋げてい くかが課題となっている.
6.
おわりにここで見てきたように,強震観測は地震工学や耐震 工学の発展に少なからぬ貢献をしてきた.いったん大 地震が発生すれば,何が起きたかを教えてくれるのは 強震記録である.地震防災分野での強震観測の重要性 は揺るぎない.
一方で,社会的認知度は高いとは言えず,安定した 強震観測網の維持とさらなる発展には課題も少なくな い.この課題の解決のため,たとえば,近年脚光を浴 びている構造ヘルスモニタリング技術との融合や,新 しい計測技術や通信技術の応用に取り組んでいる.ま た強震記録のオープン化や関連情報の発信も積極的に 行っている[8].
参考文献
[1] 高橋龍太郎,SMAC型強震計,地震 第2輯,6, pp. 117–
121, 1953.
[2] 中川恭次, 強震計の試作について, 建築技術,7, pp. 12–
13, 1951.
[3] 田中貞二, 日本における強震計の開発と初期の強震観測,
ORI研究報告94-02,大崎総合研究所,1994.
[4] K. Kudo, T. Uetake and T. Kanno, “Re-evaluation of nonlinear site response during the 1964 Niigata earth- quake using the strong motion records at Kawagishi- cho, Niigata city,” In Proceedings of the 12th World Conference on Earthquake Engineering (12WCEE), Paper No. 0969, 2000.
[5] 坂上実, 釧路市における共同強震動観測, 東京大学地震 研究所技術報告集,1, pp. 30–49, 1996.
[6] 鹿嶋俊英,小山信,大川出, 平成23年(2011年)東北 地方太平洋沖地震における建物の強震観測記録, 建築研究 報告135号,独立行政法人建築研究所,2012.
[7] M. Motosaka, T. Tsamba, K. Yoshida and K. Mit- suji, “Long-term monitoring of amplitude dependent dynamic characteristics of a damaged building during the 2011 Tohoku earthquake,”Journal of Japan Asso- ciation for Earthquake Engineering,15(3), pp. 1–16, 2015.
[8] BRI Strong Motion Observation, http://smo.kenken.
go.jp/(2018年6月29日閲覧)