• 検索結果がありません。

境界性人格障害についての実存的精神分析 太宰治を事例として 田中誉樹 1 問題と目的 周知のように 太宰治は 日本を代表する作家のひとりである 太宰の作品が読者の心を惹きつける要因が何であるかを説明するのは難しい しかし 敢えてその中の一つを挙げるとすれば それは 実体験を素材にした男女の愛憎の表現

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "境界性人格障害についての実存的精神分析 太宰治を事例として 田中誉樹 1 問題と目的 周知のように 太宰治は 日本を代表する作家のひとりである 太宰の作品が読者の心を惹きつける要因が何であるかを説明するのは難しい しかし 敢えてその中の一つを挙げるとすれば それは 実体験を素材にした男女の愛憎の表現"

Copied!
16
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

境界性人格障害についての実存的精神分析―太宰治 を事例として―

著者 田中 誉樹

雑誌名 言語文化研究

号 4

ページ 41‑55

発行年 2014‑03‑30

URL http://id.nii.ac.jp/1057/00000164/

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja

(2)

41

境 界 性 人 格 障 害 に つ い て の 実 存 的 精 神 分 析

― 太 宰 治 を 事 例 と し て ―

田 中 誉 樹

1 問題と目的

周 知 のように、太 宰 治 は、日 本 を代 表 する作 家 のひとりである。太 宰 の作 品 が読 者 の心 を 惹 きつける要 因 が何 であるかを説 明 するのは難 しい。しかし、敢 えてその中 の一 つを挙 げると すれば、それは、実 体 験 を素 材 にした男 女 の愛 憎 の表 現 の生 々しさにあるように思 われる。

太 宰 は、自 らの経 験 を素 材 にし、それに虚 構 を織 り交 ぜた、「私 小 説 」という形 式 で恋 愛 や 夫 婦 の物 語 を描 くのが得 意 であった。自 分 が実 際 に経 験 した出 来 事 や、引 き起 こした事 件

(家 族 、特 に母 性 体 験 の描 写 や、幼 少 年 期 、青 年 期 の恋 愛 経 験 、夫 婦 生 活 、不 倫 、心 中 未 遂 事 件 など)を素 材 にして、あたかもその作 品 で描 かれていることの全 てが実 際 にあった 出 来 事 であるかのように、リアルに創 作 する才 能 に長 けていた。そのため、作 品 に記 述 されて いる出 来 事 がすべて太 宰 の実 体 験 であるかのような誤 解 も起 こり、創 作 と現 実 の混 在 した記 述 を根 拠 にした「太 宰 治 研 究 」や「太 宰 治 論 」が多 く書 かれることになった。太 宰 の親 友 であ り、良 き理 解 者 であった山 岸 外 史 ですら、『人 間 太 宰 治 』において、こうした過 ちを犯 している

(山 岸 1962)。

太 宰 治 本 人 は も ち ろ ん、 近 親 者 や 知 人 友 人 の ほと ん ど が 生 存 し て い な い 現 在 と なっ て は、彼 の人 となりや、彼 をめぐる様 々な出 来 事 を、ありのままに再 現 ・検 証 することは困 難 であ る。

しかし幸 いなことに、長 篠 康 一 郎 、相 馬 正 一 、東 郷 克 己 など、実 証 性 を重 んじた良 心 的 な 研 究 者 の業 績 や、津 島 美 知 子 夫 人 、野 平 一 夫 など出 版 関 係 者 、愛 人 であった山 崎 富 栄 の 日 記 、主 治 医 の回 想 録 、太 宰 自 身 による書 簡 などが、太 宰 の人 物 像 についてのかなり精 確 な資 料 を提 供 してくれていることも事 実 である。

したがって太 宰 の人 物 や心 理 について研 究 しようとするならば、まずは、こうした信 頼 性 の 高 い資 料 に当 たって、太 宰 の実 像 を把 握 すること、そして、作 品 で描 かれている物 語 の創 作

(3)

42

部 分 とそこに織 り込 まれている現 実 の体 験 とを、可 能 な限 り注 意 深 く区 別 することによって、

本 当 に起 こったことは、何 であったのか、そして、その出 来 事 を素 材 として作 品 を創 作 するこ とで太 宰 が表 現 しようとしたことは何 であったのかということを明 らかにすることが必 要 となる。

筆 者 は、以 前 にも太 宰 治 を事 例 として、境 界 性 人 格 障 害 の実 存 構 造 について、解 釈 学 的 現 象 学 を用 いた分 析 を行 ったが(田 中 2013)、その過 程 で、太 宰 がこの病 を生 きる固 有 の 様 態 の特 徴 として、女 性 との関 係 、特 に母 性 的 役 割 を担 った女 性 との関 係 が、彼 の生 の中 で重 要 な意 味 を持 っていることがわかってきた。それを受 けて、本 稿 では、太 宰 と女 性 との関 係 に注 目 することで、境 界 性 人 格 障 害 という「病 」を通 して太 宰 が如 何 に生 きようとしたかを 明 らかにする必 要 があると考 えた。このことを分 析 することで、境 界 性 人 格 障 害 の一 般 的 特 徴 とされている「異 性 関 係 の放 埓 さ」「理 想 化 と脱 価 値 化 」「自 殺 のそぶり」(米 国 精 神 医 学 会 2003)などの行 動 が、それを病 む当 の個 人 にとっては、単 純 に一 般 化 できない、その人 固 有 の意 味 と経 験 に基 づいた表 現 形 態 をとったものであること、そして、一 般 的 な診 断 概 念 だ けでなく、この「病 の意 味 と経 験 の固 有 性 」ということを理 解 することなくして、有 効 な治 療 や 支 援 はできないということが明 らかになると思 われる。

太 宰 と彼 をめぐる女 性 たちとの関 係 については―まだ不 明 な部 分 も 多 く残 されているが

―、上 述 の研 究 者 による実 証 的 な研 究 によって、その実 情 がある程 度 、明 らかになってきて い る 。 本 稿 の 目 的 は 、 人 間 太 宰 治 の 生 き ざ ま の 底 流 と な っ て い た 根 源 的 欲 望 ( サ ル ト ル 1956)の様 相 を、特 に女 性 との関 係 に的 を絞 って、サルトルの実 存 的 精 神 分 析 を用 いて明 らかにすることである。後 述 するように、作 品 は一 部 の例 外 を除 いて、基 本 的 に資 料 として用 いていない。作 品 の資 料 的 価 値 の高 さは疑 うべくもないが、本 稿 では、主 に実 証 的 な資 料 を テクストとして用 いている。作 品 は、太 宰 の心 像 世 界 の象 徴 、メタファー、アナロジーとして解 釈 的 分 析 を行 うならば、太 宰 の実 存 構 造 を知 るための貴 重 な資 料 となるであろう。しかし、そ の作 業 は、別 の機 会 に行 う予 定 であるので、本 稿 では、『思 い出 』に出 てくる、「叔 母 の乳 房 の夢 」について触 れる程 度 に留 める。

2.方 法

本 稿 の目 的 は、太 宰 治 固 有 の実 存 的 構 造 を、女 性 との関 係 を中 心 に据 えて明 らかにする ことである。したがって、人 間 の実 存 構 造 (感 性 の先 験 的 構 造 、詳 細 は後 述 )を明 らかにする ためにサルトルが提 唱 した実 存 的 精 神 分 析 を方 法 として用 いる。以 下 、実 存 的 精 神 分 析 に

(4)

43 ついて、フロイトの精 神 分 析 と比 較 しながら説 明 する。

1)汎 性 欲 主 義 の否 定

実 存 的 精 神 分 析 は、主 著 、『存 在 と無 』の中 でサルトルが提 唱 した人 間 の実 存 様 態 を解 明 するための方 法 である(サルトル 1956)。サルトルは、フロイトの精 神 分 析 を現 象 学 的 な立 場 から批 判 し、「リビドー」という概 念 を退 けて、「神 のごとく完 全 でありたいという欲 望 」として の「根 源 的 欲 望 」こそが、人 間 の行 動 を動 機 付 ける「力 」であると主 張 した(サルトル 1956)。

根 源 的 欲 望 とは、人 間 が、基 本 的 に不 完 全 な存 在 であり、自 己 の充 実 した全 体 性 (神 のご とき完 全 性 )の実 現 を志 向 しながらも、それが叶 わないが故 に常 に抱 き続 けるア・プリオリな 欲 望 のことである。精 神 分 析 では、リビドー(性 のエネルギー)を、人 間 心 理 のあらゆる発 達 過 程 、欲 動 、葛 藤 を基 礎 づけるものであるとしているが、これは多 様 な心 理 的 現 象 (心 理 的 経 験 )を、「性 」のみに還 元 し、性 的 でないものにまで性 的 な性 質 を賦 与 することに他 ならな い。したがって、実 存 的 精 神 分 析 では、性 を人 間 の実 存 を構 成 する一 要 素 として取 り上 げは するが、それをすべての人 間 的 経 験 の基 礎 であるとは考 えない。

2)「無 意 識 」の否 定

また実 存 的 精 神 分 析 は、「無 意 識 」という概 念 も否 定 する。精 神 分 析 は、人 間 の内 面 に

「無 意 識 」という領 域 があると想 定 し、その中 に性 的 欲 動 (リビドー)や過 去 のトラウマが「入 っ ている」かのようなモデルを作 り上 げた。しかし、現 象 学 的 立 場 から考 えれば、「無 意 識 」とい う概 念 は、現 在 は意 識 されていない何 か、これから意 識 されるかも知 れない何 かに名 前 を付 与 し、名 詞 化 、実 体 化 したものに過 ぎない。そして、この「何 か」もそれ自 体 、「意 識 」という形 でしか顕 現 されえないような現 象 なのである。しかるに精 神 分 析 は、それに名 前 を付 け、実 体 化 してしまうことによって、意 識 経 験 全 体 の持 つ生 き生 きとした生 々しい動 的 な性 質 を削 ぎ落 としてしまったといえる。

人 間 の経 験 は、何 ものかを意 識 するところから始 まる。世 界 は、意 識 されることによって初 めて意 味 を持 った生 活 世 界 となる。したがって、意 識 と世 界 とは、切 っても切 れない関 係 にあ る。意 識 という現 象 は、必 ず「世 界 の中 の~についての意 識 」「世 界 の中 の~に向 かっての 意 識 」という様 態 において顕 現 する。すなわち、意 識 とは、世 界 内 の何 者 かに向 かっての超 越 という運 動 (志 向 性 )そのもののことである。何 かが「意 識 されていない」ということは、「意 識 が無 い(無 意 識 )」ということではなく、それに意 識 が向 かっていないこと、又 は、他 の何 かが

(5)

44

意 識 の注 意 を引 いているために、あるものが、その意 識 されている「何 か」の背 景 に退 いて、

はっきりと意 識 されていない状 態 にあるという状 態 を指 している。

「無 意 識 」という概 念 は、人 間 心 理 をわかりやすく理 解 するための説 明 概 念 としては便 利 であるが、あたかも人 間 の内 面 に「無 意 識 」という入 れ物 のような場 所 があって、その中 に欲 動 やトラウマという「心 的 内 容 物 」が入 っているかのような誤 解 を招 きやすい。実 際 には、人 間 の「心 」という現 象 は、意 識 という運 動 から成 っているのであり、「無 意 識 」とは、上 述 したよう に、「何 か」が意 識 から遠 いか、それに意 識 が向 いていない状 態 に付 けられた名 称 にすぎな い。この、意 識 から遠 いか近 いか、意 識 の前 景 にあるか後 景 にしりぞいているかということは、

ゲシュタルト心 理 学 の「図 」と「地 」の理 論 とも一 致 する実 証 性 を有 している。現 象 学 的 方 法 を 基 本 とする実 存 的 精 神 分 析 は、「何 かについての意 識 」という、確 たる経 験 的 現 象 から出 発 する。「無 意 識 」という概 念 を所 与 のものとして措 定 しない。

3)「過 去 」ではなく「未 来 」からの人 間 理 解

実 存 的 精 神 分 析 においては、行 動 、言 動 、作 品 における行 為 や表 現 の選 択 の意 味 を未 来 から現 在 への復 帰 として理 解 する(竹 内 1966)。精 神 分 析 では、過 去 の外 傷 体 験 が現 在 において反 復 ・再 現 されることによって、ヒステリー障 害 や転 移 などの現 象 が起 こるという決 定 論 的 な考 え方 をとるが、現 象 学 においては、「過 去 」は、個 人 がその中 に投 げ出 されてきた 被 投 的 事 実 の集 積 であり、これをどのように意 味 づけるかは、現 在 のその人 自 身 の自 由 と責 任 のもとに行 われる「根 源 的 選 択 」(サルトル 1956)によると考 える。また、過 去 の経 験 に対 する意 味 づけは、常 に未 来 の目 的 との関 連 で行 われる。これまで生 きてきた事 実 について、

どのような意 味 を選 択 するかは、その事 実 を生 きてきた当 人 が、未 来 において、どのようにな りたいか、どのように生 きようとしているかによって変 わってくると考 えられる。

4)不 安 は、過 去 にではなく「自 由 であること」に由 来 している。

実 存 的 精 神 分 析 は、「私 たちは自 由 の刑 に処 せられている」(サルトル 1956)という存 在 論 的 事 実 を重 視 する。実 存 的 精 神 分 析 では、人 間 は本 質 的 に自 由 であると考 える。人 間 は、精 神 分 析 がいうような過 去 の経 験 に縛 られて生 きている受 動 的 存 在 ではない。常 に自 分 の「存 在 の仕 方 」を選 びとる自 由 を有 している。ただし、自 由 は無 限 ではなく制 約 つきであ る。サルトルの言 う「自 由 」とは、「自 分 の欲 したものを獲 得 する自 由 」ではなく、「欲 すること、

選 ぶことを自 分 自 身 で決 定 する自 由 」である(サルトル 1956)。そして選 択 には必 ず成 功 と

(6)

45

失 敗 の二 つの可 能 性 が付 きまとう。そして、いずれの場 合 にもその結 果 は自 分 に帰 ってくる。

人 間 は選 択 の自 由 を有 しているが、その結 果 についての責 任 も有 している。これは、最 近 、 流 行 りの「自 己 責 任 論 」ではない。最 近 の「自 己 責 任 論 」は、社 会 的 構 造 の歪 みや政 府 の政 策 、企 業 の経 営 上 の失 敗 などを隠 蔽 し、責 任 の所 在 が個 々の国 民 や労 働 者 にあるかのよう に思 わせる、上 から押 し付 けられた「自 己 責 任 」であり、巧 妙 な情 報 操 作 によって正 当 化 され ている政 治 家 や官 僚 、経 営 者 による責 任 回 避 のための論 理 である。

サルトルの言 う自 己 責 任 とは、他 者 から押 し付 けられて生 じるものではなく、人 間 各 自 が、

どのように生 きるかの選 択 を行 う際 に、自 然 に発 生 する根 源 的 な責 任 である。

その責 任 は、理 不 尽 さを伴 う場 合 がある。選 択 に際 して助 言 してくれた他 者 や、そのような 状 況 に自 分 を投 げ入 れた加 害 的 な他 者 がいたとしても、その助 言 を取 り入 れるかどうか、被 害 によって受 けた損 害 をどのように処 理 するかは、最 終 的 にはその個 人 の責 任 において選 択 されなければならない問 題 となる。特 に、人 生 を左 右 するような重 大 な選 択 においては、選 択 の結 果 が不 本 意 なものであっても、それに伴 う責 任 を、他 者 や状 況 世 界 に押 し付 けて、そ の不 本 意 な状 況 から逃 れることはできない。自 分 に直 接 の責 任 がないにもかかわらず、もた らされた結 果 について、自 分 が後 始 末 を引 き受 け、どのような決 着 をつけるかという選 択 の責 任 を負 わなければならないことが、人 間 生 活 にはままある(例 えば、遺 伝 病 の受 容 、事 故 によ る身 体 損 傷 の受 容 、親 の借 金 、配 偶 者 の不 倫 、上 司 や同 僚 の失 敗 の責 任 を負 わされること など…)。このようにサルトルのいう責 任 には、理 不 尽 さ、不 条 理 が伴 っている。

さらに人 間 には、何 も選 択 しないという自 由 は与 えられていない。選 択 に伴 う責 任 を回 避 することもできない。何 も選 択 しないと言 うのは、何 も為 さず、どのような行 動 も選 ばないという ことであるが、現 実 にそのようなことは不 可 能 である。「選 択 しない」ということ自 体 が既 に一 つ の選 択 である。何 も選 ばなかったことによって招 来 される結 果 の責 任 を、その人 は負 わなけ ればならない。人 間 は常 に「根 源 的 選 択 」(サルトル 1956、竹 内 1966)の前 に立 たされて おり、ア・プリオリに自 己 の存 在 についての責 任 を負 っている。

人 間 存 在 の選 択 に関 する、以 上 のような事 実 -自 分 が招 いた行 為 ・状 況 はもちろん、そう ではないものであっても、その結 果 についての最 終 的 選 択 の責 任 を負 わなければならないと いう事 実 -をサルトルは「不 条 理 」(サルトル 1956)と呼 んだ。自 分 に原 因 がない出 来 事 の 責 任 を負 わなければならないこと、選 択 しないという選 択 肢 はないということは一 種 の不 条 理 である。人 間 は、自 由 であるが、その自 由 には責 任 と不 条 理 が付 きまとっている。人 間 は、根 源 的 に自 由 であるが、常 に選 択 の責 任 をも負 っている不 条 理 な存 在 である。それ故 に、人

(7)

46

間 は、「自 由 へと呪 われているのであり、自 由 のなかに投 げこまれている」(サルトル 1956)と 言 えるのである。

精 神 分 析 では、神 経 症 的 な不 安 の由 来 を、無 意 識 の中 に抑 圧 された過 去 の外 傷 的 な性 的 経 験 の記 憶 に求 めるが、実 存 的 精 神 分 析 では、不 安 は、人 間 が上 記 のように自 由 と責 任 を負 った存 在 であることに由 来 すると考 える。不 安 は、過 去 の想 起 からくるのではなく、未 来 に向 けての選 択 の自 由 に伴 う責 任 の重 さから、そして自 由 であるが故 の未 来 の不 鮮 明 さと 不 条 理 とからくるのである。

5)防 衛 機 制 と自 己 欺 瞞

精 神 分 析 でいうところの「自 我 の防 衛 機 制 」を、実 存 的 精 神 分 析 は、実 存 的 な「自 己 欺 瞞 」(サルトル 1956)と考 える。上 述 のような自 由 、責 任 、不 安 といった実 存 的 な事 実 を許 容 できず、自 分 を適 当 にごまかすことによって逃 避 するような状 態 である。精 神 分 析 では、防 衛 機 制 の中 核 に「無 意 識 への抑 圧 」という概 念 を措 定 するが、実 存 的 精 神 分 析 では、「無 意 識 」という概 念 を用 いるということは、人 間 存 在 に伴 う自 由 、責 任 、存 在 が、いずれも意 識 そ のものであるという事 実 を隠 蔽 し、「自 分 でもよくわからないうちに、そうなってしまっていた」と いう責 任 回 避 的 な態 度 へと逃 避 するための自 己 欺 瞞 的 な態 度 を選 択 することを意 味 してい ると考 える。

6) 根 源 的 投 企 と感 性 の先 験 的 構 造

「感 性 の先 験 的 構 造 」とは、根 源 的 欲 望 に根 差 した世 界 に対 する、その人 固 有 の関 係 の 持 ち方 、すなわち世 界 内 存 在 の様 式 のことである(サルトル 1983、清 2012)。実 存 的 精 神 分 析 は、この「感 性 の先 験 的 構 造 (世 界 内 存 在 )」の個 別 的 様 式 を明 らかにするための方 法 である。上 述 したように、人 間 は、常 に根 源 的 欲 望 (神 のごとく完 全 であろうとする欲 望 )を秘 めているが、根 源 的 欲 望 が充 たされることは決 してない。したがって人 間 は常 に何 らかの形 で「存 在 欠 如 」の状 態 にある(サルトル 1956、松 浪 1962)。常 に欲 望 している状 態 、それが 人 間 存 在 である。「感 性 の先 験 的 構 造 (世 界 内 存 在 )」とは、各 人 が、それぞれ独 自 の形 で

「根 源 的 欲 望 」の成 就 を企 て、各 自 固 有 の「存 在 欠 如 」状 態 (人 によって欠 如 しているものは 異 なる)の中 で、それを埋 めるために、各 自 固 有 のやり方 で世 界 を感 じとり、それと関 係 して いる、その感 じ取 り方 、関 わり方 の全 体 的 構 造 のことである。実 存 的 精 神 分 析 は、この各 自 固 有 の「感 性 の先 験 的 構 造 」を明 らかにするための方 法 でもある。

(8)

47 3.太 宰 治 の実 存 的 精 神 分 析

以 上 、実 存 的 精 神 分 析 の方 法 論 的 特 徴 、人 間 観 の特 徴 について、精 神 分 析 と比 較 しな がら、概 説 した。次 に、太 宰 の「感 性 の先 験 的 構 造 (世 界 内 存 在 )」を、実 存 的 精 神 分 析 の 観 点 から分 析 してみたい。特 に、太 宰 の人 生 においては女 性 の果 たした役 割 が非 常 に大 き い。本 稿 では、太 宰 にとって「女 性 」という存 在 が、どのような意 味 を持 っていたのか、それが 太 宰 自 身 の生 き方 の選 択 に、どのような影 響 を与 えたのかということを明 らかにしたい。

そのために、まず、太 宰 と深 く関 わりを持 った女 性 達 が、どのような人 達 であったか、そし て、太 宰 は彼 女 らとどのような関 係 を持 つことを選 択 したかということを、実 証 的 な文 献 資 料 を参 考 に概 観 したい。そのうえで、太 宰 の「感 性 の先 験 的 構 造 」がどのようなものであったか を実 存 的 精 神 分 析 を用 いて分 析 する。

1) 実 母 タ ネ と 乳 母

太 宰 治 (本 名 津 島 修 治 )の実 家 は、新 興 地 主 として財 をなし、金 貸 業 も営 んでいた。父 親 (津 島 源 右 衛 門 )は、政 治 家 でもあり、「金 木 の殿 様 」と呼 ばれていた(相 馬 1968)。太 宰 は、1909年 に、その家 に十 番 目 の子 (男 子 では六 男 )として生 まれた。太 宰 の「ア・プリオリな 性 格 」について相 馬 (1995)は、「父 親 ゆずり」の面 として、「権 威 に対 する生 理 的 な反 発 」「人 並 み外 れた道 化 」「金 の濫 費 癖 」「人 の意 表 をつくような発 想 」「虚 栄 心 の強 く、周 囲 からちや ほやされていなければ、機 嫌 が悪 くなる」といった性 質 を、「母 たねから受 け継 いだ」面 として、

「無 気 力 な自 信 のなさ」「含 羞 の優 しさ」といった性 質 をあげている。

また当 時 、東 北 地 方 では、三 男 坊 のことを「オズカス(オジカス=余 計 者 )」と呼 ぶことがあ り、このことも太 宰 の自 己 像 の形 成 に影 響 を与 えていると考 えられる。父 親 は厳 格 で、子 ども たちと接 することがなく、議 員 としての仕 事 の関 係 で、家 には不 在 のことが多 かったという。

太 宰 の母 親 であるタネは病 弱 でおっとりした、どちらかと言 えば軟 弱 と言 って良 い性 格 の持 ち 主 であった。そのため実 母 であるイシ(太 宰 の祖 母 )から「能 無 し」と呼 ばれていたため、上 述 のような「無 気 力 な自 信 の無 さ」が性 格 の基 調 をなしていた(相 馬 1995)。母 乳 の出 が悪 かっ たため、太 宰 は産 まれてすぐ乳 母 によって養 育 された。その後 、タネは、仕 事 柄 、東 京 に滞 在 することの多 かった父 親 について、東 京 に住 むようになった。太 宰 の私 小 説 的 な作 品 の中 で、実 母 に詳 しく言 及 したものはほとんどない。また、「乳 母 」についても太 宰 は、小 学 校 の作 文 に「僕 はをしいかな其 の乳 母 を物 心 地 がついてからは一 度 も見 た時 もないし便 りもない」と

(9)

48

書 いている(全 集 1957)。乳 母 は、太 宰 が二 歳 の時 に結 婚 のため津 島 家 を去 っている。

2) 叔 母 き え と 越 野 タ ケ

乳 母 が去 った後 、太 宰 の養 育 に当 たったのは、実 母 の妹 である叔 母 きえと、きえの奉 公 人 であった越 野 タケ(当 時 14歳 )であった。

叔 母 きえは、夫 運 に恵 まれず、最 初 の夫 とは、きえの母 親 (太 宰 の祖 母 )との折 り合 いが悪 かったため離 婚 となり、4人 の娘 を連 れて太 宰 の実 家 に帰 ってきた。「勝 ち気 ではっきりと物 を 言 う性 格 」(市 川 1999)であった。太 宰 が悪 戯 をすると、厳 しく叱 ったが、我 が子 と同 じように 可 愛 がり、寝 かしつけもしていた。太 宰 は、叔 母 の「出 ない乳 」をくわえつつ、叔 母 が語 ってく れる昔 話 をじっと聴 いていたという(全 集 1957)。太 宰 は、『思 い出 』(1933)の中 で、「叔 母 の 乳 房 の夢 」(『叔 母 が私 を捨 てて家 を出 ていく夢 』)を書 いている。

越 野 タケは、太 宰 に「道 徳 」「本 を読 むこと」を教 えた。近 所 の寺 にある地 獄 絵 図 を見 せて、

悪 さをしたらどうなるか、話 して聞 かせた。本 を与 え、太 宰 に本 を読 むことを教 えた(市 川 199 9)。タケは、結 婚 のため、叔 母 は結 婚 した長 女 の家 に同 居 するため、津 島 家 を出 た。タケは 太 宰 が別 れを嫌 がることがわかっていたので、彼 に何 も告 げずに出 て行 った。

3) 小 山 初 代 と 田 辺 あ つ み

1927 年 、太 宰 が 19 歳 の時 に芥 川 龍 之 介 が自 殺 をする。一 文 学 青 年 として、芥 川 に深 く 心 酔 していた太 宰 は、大 きなショックを受 け、勉 強 が手 に付 かなくなり、義 太 夫 を習 ったり、芸 者 遊 びをしたりと、デカダンな生 活 にのめり込 んでいった。そこで出 会 ったのが芸 妓 の小 山 初 代 (当 時 17 歳 )である。初 代 は、小 柄 で、気 立 ての良 い、人 懐 っこい性 格 であった。明 るく前 向 きで、小 さなことにこだわらないプラス思 考 の持 ち主 で、現 代 で言 う「癒 し系 」の性 格 であっ た(市 川 1999)。

1930 年 に太 宰 は、東 京 帝 国 大 学 に入 学 し、上 京 する。そして、後 を追 って出 奔 してきた 初 代 と実 家 の反 対 を押 しきって婚 約 した。津 島 家 は、その婚 約 を認 める代 わりに太 宰 を義 絶 勘 当 した。津 島 家 は太 宰 にとって大 きな精 神 的 ・経 済 的 依 存 対 象 であったため、これは強 い 衝 撃 となった(猪 瀬 2002)。生 活 苦 と孤 独 感 から太 宰 は、カフェーで女 給 をしていた田 辺 あ つみと出 会 う。田 辺 あつみは、当 時 流 行 っていた断 髪 姿 の、いわゆる「モダンガール」(市 川 1999)で、ロマン派 や印 象 派 の絵 画 を好 む、教 養 のある進 歩 的 な女 性 であった。夫 がいて役

(10)

49

者 を 目 指 し て い た が 、 生 活 は 苦 し く 、 夫 と の 関 係 は 冷 え 切 っ て い た ( 市 川 1999 、 猪 瀬 2002)。孤 独 感 とわびしさを共 有 できたためか、太 宰 とあつみは、親 密 になり鎌 倉 の海 で薬 物 を飲 み、心 中 を図 る。しかしそれは失 敗 に終 わり、太 宰 だけが生 き残 る。自 殺 幇 助 罪 に問 われるが、津 島 家 の計 らいによって無 罪 となった(猪 瀬 2002)。初 代 は、この事 件 を知 って太 宰 との結 婚 を躊 躇 するが、家 族 の後 押 しもあり結 婚 した。当 時 、太 宰 は、非 合 法 の共 産 党 活 動 に関 係 したり、大 学 を授 業 料 未 納 で除 籍 となったり、就 職 活 動 に失 敗 したり、念 願 の芥 川 賞 を取 り逃 したりと、様 々な面 で行 き詰 まりを感 じていた。そのためパビナールへの依 存 が強 ま り 、 初 代 や 友 人 知 人 た ち の 手 に よ っ て 精 神 病 院 に 半 ば 強 制 的 に 入 院 さ せ ら れ る ( 長 篠 1982)。さらに初 代 は、太 宰 の知 り合 いの画 学 生 と「あやまち」を犯 してしまう(猪 瀬 2002)。そ れを知 った太 宰 は、大 きなショックを受 け、お互 いの過 ちを清 算 するためといって、初 代 を伴 って水 上 温 泉 に向 かう。そこで薬 物 による心 中 未 遂 があったとされているが、近 年 の研 究 で は疑 問 視 されている(長 篠 1982)。その後 、 1937 年 に太 宰 は初 代 と離 婚 する。

4) 津 島 美 知 子

太 宰 の 2 度 目 の妻 となったのは、現 在 のお茶 の水 女 子 大 卒 の良 家 の子 女 であった石 原 美 知 子 である。高 学 歴 の家 庭 環 境 に育 った美 知 子 は、社 会 科 の教 師 でもあり、思 慮 深 く、

知 性 と教 養 を兼 ね備 えた女 性 であった。当 時 の太 宰 は、『晩 年 』を発 表 し芥 川 賞 候 補 にもな った有 名 作 家 であったが、美 知 子 は、太 宰 の作 品 をほとんど読 んだことがなかった。太 宰 に まつわる悪 い噂 については、ある程 度 聞 き知 っていたが、『虚 構 の彷 徨 』を読 んで、その才 能 に心 動 かされ、井 伏 鱒 二 を介 して持 ちかけられた太 宰 との見 合 い話 を受 けることにした。太 宰 が実 家 から勘 当 されており、財 産 もほとんどない状 態 であることを承 知 の上 で、結 婚 を決 意 した(市 川 1999)。美 知 子 は、太 宰 の作 品 の口 述 筆 記 を行 うなど、初 代 とはまた違 う意 味 で、太 宰 の良 き伴 侶 であった。 1941 年 12 月 〜 1945 年 8 月 までの太 平 洋 戦 争 中 (太 宰 は 胸 部 疾 患 の た め 徴 兵 免 除 ) も 、 戦 時 下 の 不 自 由 な 生 活 の 中 で 太 宰 を 支 え 続 け た ( 津 島 1997)。三 人 の子 を産 み、太 宰 を「父 親 」にした。

5) 太 田 静 子 と 山 崎 富 栄

太 田 静 子 は、開 業 医 の娘 で、東 京 の実 践 女 学 校 に学 び、短 歌 を学 ぶなど、文 学 の道 を 志 していた女 性 である。太 宰 の作 品 を読 んで感 銘 を受 け、 1941 年 に太 宰 を訪 ねてくる。静 子 は、気 品 のある、子 供 のようなあどけなさを持 った女 性 であった(市 川 1999)。離 婚 歴 があ

(11)

50

り、前 の夫 との間 に女 児 を設 けたが、生 後 1 ヶ月 足 らずで亡 くなった。静 子 は、結 婚 前 にある 男 性 と付 き合 っていたが、その男 性 に対 する思 いを断 ち切 れなかったことが、我 が子 を死 な せた一 因 になっているのではないかと言 う罪 悪 感 にさいなまれていた。彼 女 が感 銘 を受 けた 太 宰 の作 品 とは、『道 化 の華 』であった。『道 化 の華 』は、田 辺 あつみとの心 中 事 件 を素 材 に した作 品 であるが、静 子 は、その作 品 から、自 分 と同 じく愛 する者 を死 なせたことへの太 宰 の 罪 悪 感 を読 み取 り、心 動 かされ、太 宰 に師 事 しようと訪 れてきたのである(市 川 1999)。太 宰 は、静 子 に小 説 よりも日 記 を書 くことを勧 めた。 2 人 は美 知 子 に気 付 かれぬよう変 名 で文 通 を重 ねた。太 宰 は、静 子 の日 記 をもとにして『斜 陽 』を書 き上 げた。そして静 子 との間 に娘 を 設 けた。しかしこの時 、太 宰 は山 崎 富 栄 (28 歳 )とも交 際 を始 めていた。

山 崎 富 栄 は、父 親 譲 りの腕 のいい美 容 師 であった。アメリカから輸 入 された新 しい技 術 を 身 につけて、英 語 も堪 能 で意 志 の強 い、明 るい女 性 であった。戦 時 中 も、隣 近 所 から「贅 沢 は敵 だ 」 などと いっ た誹 りを 受 け なが らも ずっと 理 容 師 としての 仕 事 を 続 けた 。 空 襲 の 際 に は、避 難 する子 ども達 をてきぱきと先 導 し、戦 火 から守 ろうとしていたという(松 本 2010)。

戦 争 が始 まる前 に、富 栄 は結 婚 していたが、その男 性 がマニラへ転 勤 となり、そのまま開 戦 、行 方 不 明 となる(のちに戦 死 と判 明 )。太 宰 に出 会 ってからの富 栄 は、美 容 師 としての仕 事 も捨 て、家 族 の意 向 にも背 いて、ひたすら太 宰 に尽 くした。太 宰 は、美 知 子 と暮 らしていた 自 宅 を出 て、富 栄 のアパートで過 ごすことが多 くなる。活 発 でテキパキとよく動 く富 栄 を「スタ コラサッちゃん」と呼 んで可 愛 がった(猪 瀬 2002)。太 宰 が肺 の病 気 で吐 血 し苦 しんでいる時 も、ずっと側 にいて看 病 した。太 宰 の血 のついたチリ紙 や下 着 なども彼 女 が、大 家 に見 つか らないよう処 理 した。しかし、太 田 静 子 の子 どもを太 宰 が認 知 したこと、いつまでたっても愛 人 の立 場 に置 かれ、太 宰 には美 知 子 と言 う正 妻 がいることなどが彼 女 を苦 しめた。当 時 の太 宰 は、『人 間 失 格 』、『グッドバイ』の執 筆 、全 集 の刊 行 など、仕 事 の面 では充 実 していた。しか し肺 病 の苦 痛 はかなりのものであったという。1948 年 6 月 13 日 、太 宰 治 は、山 崎 富 栄 と玉 川 上 水 に入 水 した(猪 瀬 2002)。

4.考 察

1)母 性 的 養 育 者 と の 関 係 に お け る 、 太 宰 の 感 性 の 先 験 的 構 造

上 記 の生 活 史 的 事 実 から、太 宰 には、安 定 した母 性 体 験 が欠 如 していたことがわかる。

大 家 族 の六 男 に生 まれ、「オズカス=余 計 者 」という立 場 に、生 まれながらに置 かれたという

(12)

51

被 投 的 事 実 は、太 宰 が自 己 の存 在 価 値 について肯 定 的 な感 覚 を持 つことを困 難 にした。

それに加 えて、人 生 最 初 期 の母 性 体 験 は、心 身 ともに脆 弱 で弱 い母 親 と、記 憶 にも残 っ ていない乳 母 との関 係 からなっている。太 宰 の根 源 的 な母 性 体 験 についての「感 性 」は、希 薄 さ、非 充 足 感 、統 合 性 のなさ、持 続 性 のなさといった感 覚 によって特 徴 づけられる。この時 期 に、既 に太 宰 は、母 性 体 験 における根 源 的 存 在 欠 如 を経 験 している。

叔 母 きえについては、幼 少 期 の太 宰 が実 母 ではないかと勘 違 いし、成 人 してからタケに再 開 した時 も、何 度 も自 分 が実 は叔 母 の子 ではないのかとひつこく確 認 していたということがわ かっている(相 馬 1974)。また、『思 い出 』の中 に描 かれている「叔 母 の乳 房 の夢 」では、叔 母 の乳 房 が「玄 関 のくぐり戸 いっぱいにふさがって」、「もうお前 がいやになった」という意 味 の言 葉 を吐 き、それを聴 いた夢 の中 の太 宰 がパニックに陥 り、泣 き叫 んでいるという状 況 が描 かれ ている(『思 い出 』 1933)。これが、太 宰 が本 当 に見 た夢 なのか、創 作 されたものなのかは定 かでない。しかし、太 宰 が作 品 の中 で、叔 母 の像 をこのような形 で、絶 望 的 で悲 痛 な感 情 を 伴 った体 験 の対 象 として造 形 したことには、深 い意 味 があると思 われる。少 なくとも、叔 母 の 乳 房 は、乳 は出 なくても、強 い愛 着 の対 象 であったことが推 測 される。太 宰 にとって、このよう に「見 捨 てる者 」として造 形 された叔 母 の母 性 体 験 は、悪 夢 のような恐 怖 感 や絶 望 感 を伴 う 経 験 であり、太 宰 の母 性 や女 性 に対 する基 本 的 な「感 性 」の構 造 を形 成 する重 要 な要 因 と なったと思 われる。

他 にも、母 性 的 存 在 としての叔 母 の重 要 性 を示 唆 する事 実 として、太 宰 が、叔 母 の「乳 の でない乳 房 」を咥 えながら、叔 母 が語 ってくれる昔 話 を聞 いていたということが挙 げられる。叔 母 は、出 ない乳 の代 わりに「語 り」を太 宰 に与 えた。太 宰 にとって、「語 り」を聴 くことは、母 親 の母 乳 を吸 うことに近 い、根 源 的 な母 性 経 験 に通 じるものであったと言 える。

きえは、現 実 には太 宰 の実 母 ではなかったが、良 くも悪 くも太 宰 の実 存 的 な次 元 での重 要 な母 親 的 存 在 であった。

越 野 タケは、包 容 力 のある優 しい母 性 の側 面 を体 現 する役 割 を果 たしていた。叔 母 が「昔 話 」を「授 乳 」したとすれば、タケは太 宰 に本 を与 えるという形 で「授 乳 」した。このようにして太 宰 の生 においては、「語 りを聴 くこと」「読 むこと(語 ること)」が、「授 乳 」という、乳 児 が生 きるた めに不 可 欠 な母 性 の享 受 体 験 と結 びついている。しかし、叔 母 もタケも、本 当 の「母 乳 」を太 宰 に与 えたわけではなかった。やはり太 宰 には、母 親 の乳 房 から直 接 、母 乳 を与 えられ、精 神 的 ・身 体 的 に包 容 され、充 たされるという基 本 的 な母 性 体 験 が欠 落 している。太 宰 が作 家 を志 したことは、母 乳 の代 わりとしての意 味 を持 つ「言 葉 」や「語 り」を扱 う仕 事 を選 択 すること

(13)

52

で、このような存 在 欠 如 を埋 めようという根 源 的 な存 在 欲 望 の顕 れであったと考 えられる。

また、母 性 的 養 育 者 が入 れ替 わり立 ち代 わりしたことによって(こうした母 性 環 境 のもとに 生 まれたという被 投 的 事 実 によって)、太 宰 の母 性 体 験 は、一 貫 性 ・持 続 性 のない、不 安 定 なものとなった。さらに叔 母 を実 母 であると思 い込 むといったように、母 親 像 は錯 綜 したものに なっている。母 性 経 験 は、「愛 されること」と「見 捨 てられること」、「愛 すること」と「見 捨 てるこ と」、そして「誰 が母 親 かわからない」という両 義 性 、錯 綜 性 を帯 び、他 者 や世 界 に対 する依 存 的 態 度 と復 讐 的 態 度 という相 反 する投 企 の様 式 を形 成 することになった。この存 在 投 企 の様 式 が後 年 の他 者 、特 に女 性 に対 する関 わり方 の基 本 的 構 え(感 性 )の持 ち方 を、否 定 的 な方 へと方 向 付 けている。

2) 女 性 た ち と の 関 係 に お け る 、 太 宰 の 感 性 の 先 験 的 構 造

上 述 のような母 性 体 験 における存 在 欠 如 と存 在 欲 求 は、その後 の太 宰 の女 性 との関 係

(恋 愛 、結 婚 生 活 など)に大 きな影 響 を与 えた。上 述 の生 活 史 から、太 宰 と出 会 い、関 係 を 持 った女 性 たちは、いずれも、太 宰 の生 の二 つの側 面 、すなわち女 性 を愛 し、依 存 する「見 捨 てられた子 ども」という側 面 と、同 時 に「オズカス」として余 計 者 扱 いされ、複 数 の「母 」から 見 捨 てられてきた「冷 酷 な怒 れる子 ども」としての側 面 の間 で翻 弄 されていることがわかる。

実 生 活 における女 性 関 係 だけでなく、作 品 世 界 の中 での女 性 像 も『ヴィヨンの母 』の主 人 公 である大 谷 の妻 や、『斜 陽 』の主 人 公 かず子 などに見 られるような強 くたくましい母 性 的 女 性 像 と『道 化 の華 』をはじめとする心 中 未 遂 事 件 を題 材 にした作 品 における、弱 く、わびしさ を漂 わせながら死 にゆく母 性 的 女 性 像 として結 晶 している。

恋 愛 や夫 婦 の愛 情 は、それが男 女 相 互 の努 力 によって育 まれ、深 められる場 合 には、両 者 の生 を豊 かに、創 造 的 にするものであるが、太 宰 の場 合 は、母 性 的 愛 情 経 験 が生 の根 本 的 な次 元 で欠 如 しているが故 に、女 性 との関 係 は、生 の無 意 味 感 、空 虚 感 によって気 分 づ けられ、その行 き着 く先 は、関 係 の破 綻 か、死 という形 での破 滅 へと向 かっている。

3) 太 宰 治 に お け る 感 性 の 先 験 的 構 造

太 宰 治 には、その対 人 関 係 や行 動 様 式 において、境 界 性 人 格 障 害 の一 般 的 特 徴 が認 められることは確 かである。しかし、これまで述 べてきたように、対 人 関 係 や行 動 の内 実 を吟 味 すると、それは以 下 のような太 宰 固 有 の「感 性 の先 験 的 構 造 (世 界 内 存 在 )」を形 成 して いることがわかる。

(14)

53

(1) 太 宰 の 存 在 欠 如

存 在 欠 如 については、肯 定 的 ・継 続 的 、心 身 統 合 的 母 性 体 験 が欠 如 していたと言 える。

(2) 根 源 的 欲 望 と 存 在 投 企 ( 世 界 内 存 在 )

授 乳 経 験 と深 く結 びついていた「物 語 る=書 く」ことを生 涯 の職 とすることによって、自 己 の 存 在 価 値 を取 戻 したい(愛 して認 めてほしい)という存 在 欲 望 を抱 いていた。それは充 たされ ることがない欲 望 であるが故 に、太 宰 は、常 に空 虚 感 と無 意 味 感 からくる死 への憧 憬 を抱 か ざるをえなかった。

また、自 己 と他 者 (特 に女 性 )に対 しては、関 係 の破 壊 (裏 切 り、心 中 )という形 での破 滅 的 な形 での存 在 投 企 しか選 択 できなかった。それは、母 性 への強 い希 求 と愛 してくれない者 への怨 念 (存 在 欲 望 )と関 係 している。心 中 未 遂 で死 なせた女 性 を小 説 の題 材 にする冷 淡 さや不 倫 による妻 への裏 切 りといった「生 き方 の選 択 」の仕 方 に、それが強 く影 響 している。

5. 結 論

境 界 性 人 格 障 害 の一 般 的 特 徴 とされている「異 性 関 係 の放 埓 さ」「理 想 化 と脱 価 値 化 」

「自 殺 のそぶり」(米 国 精 神 医 学 会 2003)などは、統 計 的 研 究 から導 き出 されてきたものであ るが、その背 景 に、単 純 に一 般 化 できない、その人 固 有 の生 の感 じ方 (感 性 )と実 存 的 意 味 、 そして表 現 形 態 をもっていることを理 解 することが、治 療 者 の基 本 的 態 度 として重 要 である。

一 般 的 な診 断 概 念 へと個 人 の体 験 を還 元 し、実 存 する個 人 を一 般 的 疾 患 概 念 の匿 名 性 の 中 に埋 もれさせることは、クライエントに、治 療 者 への不 信 感 、「わかってもらえていない」とい う気 持 ちを抱 かせることにつながる。病 についての普 遍 的 な知 識 は必 要 であるが、同 じ境 界 性 人 格 障 であっても、太 宰 治 の生 きた「境 界 性 人 格 障 害 」は、その病 の経 験 の仕 方 、感 性 による受 け取 り方 などの存 在 論 的 構 造 において、他 の同 じ病 のクライエントのそれとは異 なる、

独 自 で一 回 的 な実 存 的 構 造 を持 っている。これは太 宰 一 人 に言 えることではなく、他 のクラ イエントの実 存 的 構 造 も同 様 であり、それぞれ一 回 的 で独 自 な感 覚 と構 造 を持 っている。境 界 性 人 格 障 害 という診 断 は同 じでも、その病 ゆえに如 何 に苦 しむか、何 を失 うか、生 きていく ために何 を必 要 としているかは、人 によって異 なる。この異 なりを念 頭 に置 いて、そのクライエ ントに合 った治 療 や援 助 の在 り方 を模 索 すること(もちろん、効 果 があるとわかっている、一 般 化 された治 療 法 を排 除 するわけではない)の重 要 性 を、心 理 臨 床 家 は、認 識 しておくべきで ある。

病 の概 念 は普 遍 的 でも、病 の病 み方 は、各 人 各 様 である。心 理 臨 床 家 は、一 般 的 、普 遍

(15)

54

的 な診 断 概 念 、疾 病 概 念 について、よく知 っておくと同 時 に、他 ならぬ「このクライエント」、

本 稿 の内 容 に即 して言 うなら、「太 宰 治 」という他 と取 り替 えのきかない独 自 な個 人 の実 存 様 態 を理 解 し、太 宰 が必 要 としているもの(母 性 的 関 係 における存 在 欠 如 を埋 めてくれるもの)

を把 握 し、それを治 療 関 係 の中 で如 何 にすれば埋 めていくことができるかを模 索 することが 必 要 とされるのである。

参 考 文 献

安 藤 宏 、神 谷 忠 孝 編 『太 宰 治 全 作 品 研 究 事 典 』 勉 誠 社 1995 市 川 渓 二 『太 宰 治 を支 えた女 性 たち』 北 の街 社 1999

猪 瀬 直 樹 『ピカレスク‐太 宰 治 伝 』 小 学 館 2002

清 眞 人 『サルトルの誕 生 -ニーチェの継 承 者 にして対 決 者 -』 藤 原 書 店 2012 サルトル,J,P. 『マラルメ論 』 渡 辺 守 章 、平 井 啓 之 訳 中 央 公 論 社 1983

サルトル,J,P. 『存 在 と無 』 松 浪 信 三 郎 訳 人 文 書 院 1956 志 村 有 弘 、渡 部 芳 紀 編 『太 宰 治 大 事 典 』 勉 誠 出 版 2005

島 崎 敏 樹 ・福 永 保 郎 「太 宰 治 」『国 文 学 解 釈 と鑑 賞 9 号 』至 文 堂 1958 所 収

相 馬 正 一 「子 守 をした頃 の修 ちゃ」(相 馬 正 一 による、越 野 タケへの 1974 のインタビュー)、齋 藤 愼 爾 編 『太 宰 治 ・坂 口 安 吾 ―反 逆 のエチカ』 柏 書 房 1998 所 収

相 馬 正 一 『若 き日 の太 宰 治 』 筑 摩 書 房 1968 相 馬 正 一 『評 伝 太 宰 治 』上 下 巻 、津 軽 書 房 1995 竹 内 芳 郎 『サルトル哲 学 序 説 』 盛 田 書 店 1966

田 中 誉 樹 「境 界 性 パーソナリティー障 害 の心 理 的 理 解 と支 援 についての質 的 研 究 -作 家 太 宰 治 を事 例 とした解 釈 学 的 現 象 学 の立 場 から-」 京 都 ノートルダム女 子 大 学 学 内 研 究 助 成 制 度 、研 究 プロジェクト報 告 会 2013

津 島 美 知 子 『回 想 の太 宰 治 』 人 文 書 院 1997 堤 重 久 『太 宰 治 との七 年 間 』 筑 摩 書 房 1969 東 郷 克 美 『太 宰 治 の手 紙 』 大 修 館 書 店 2009 東 郷 克 美 編 『太 宰 治 事 典 』 学 燈 社 1995

長 篠 康 一 郎 『人 間 太 宰 治 の研 究 』Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ 、虎 見 書 房 1966,1967,1970

(16)

55 長 篠 康 一 郎 『太 宰 治 七 里 ヶ浜 心 中 』 広 論 社 1980 長 篠 康 一 郎 『太 宰 治 水 上 心 中 』 広 論 社 1982 野 原 一 夫 『回 想 太 宰 治 』 新 潮 社 1980

米 国 精 神 医 学 会 高 橋 三 郎 他 訳 『DSM-IV-TR 精 神 疾 患 の分 類 と診 断 の手 引 』 2003 松 本 侑 子 『恋 の蛍 : 山 崎 富 栄 と太 宰 治 』 光 文 社 文 庫 2010

松 浪 信 三 郎 『実 存 主 義 』 岩 波 新 書 1962

山 崎 富 栄 『太 宰 治 との愛 と死 のノート』 学 陽 書 房 1995 山 内 祥 史 『太 宰 治 の年 譜 』 大 修 館 書 店 2012

山 岸 外 史 『人 間 太 宰 治 』 筑 摩 書 房 1962

『太 宰 治 全 集 12』 筑 摩 書 房 1957

『太 宰 治 全 集 12 書 簡 』 筑 摩 書 房 1999 太 宰 治 『ヴィヨンの妻 』 新 潮 文 庫 1950

太 宰 治 「思 い出 」1933 年 発 表 (本 稿 では、『晩 年 』 新 潮 文 庫 2005 所 収 の版 を使 用 ) 太 宰 治 『斜 陽 』 角 川 文 庫 2009

太 宰 治 『晩 年 』 新 潮 文 庫 2005

参照

関連したドキュメント

ロボットは「心」を持つことができるのか 、 という問いに対する柴 しば 田 た 先生の考え方を

うのも、それは現物を直接に示すことによってしか説明できないタイプの概念である上に、その現物というのが、

1.4.2 流れの条件を変えるもの

私たちの行動には 5W1H

つの表が報告されているが︑その表題を示すと次のとおりである︒ 森秀雄 ︵北海道大学 ・当時︶によって発表されている ︒そこでは ︑五

子どもが、例えば、あるものを作りたい、という願いを形成し実現しようとする。子どもは、そ

編﹁新しき命﹂の最後の一節である︒この作品は弥生子が次男︵茂吉

太宰治は誰でも楽しめることを保証すると同時に、自分の文学の追求を放棄していませ