平成 26 年度の 主な研究成果
農業生物資源研究所(生物研)では主な研究成果を次の4つに分類 しています。
知的貢献:
新しい法則・原理の発見、独創的な理論の構築、未知の現象の 予測・発見など、論文発表による知の創造への貢献
技術開発:
生産性の向上や消費ニーズに対応した品質の向上を図る上で キーとなる革新的な技術開発研究への貢献
農業生産:
農林水産業における生産活動を通した社会への貢献
生物産業:
成果の活用により社会に直接の利便をもたらすことができる 産業技術開発への貢献
目次
植物(微生物を含む)生命科学研究
コムギのゲノム配列の概要配列 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4
CRISPR/Cas9システムによるイネの高効率ゲノム編集に成功 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6
標的遺伝子をピンポイントに改変する普遍的な技術をイネで確立 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 トマトとウイルスの生き残り戦略の攻防をタンパク質の立体構造から解明 ・・・・・・ 10 植物保護能力をもつ国内産バイオコントロール細菌の同定とゲノム解析 ・・・・・・・・ 12 最適な遺伝子発現制御により収量を向上させた複合病害抵抗性イネの作製 ・・・・・・・・・・ 14
昆虫・動物生命科学研究
アリの触角で情報伝達物質を輸送する新型タンパク質を発見 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16 シュウ酸カルシウム針状結晶とプロテアーゼの相乗的耐虫効果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18 トビイロウンカの吸汁を阻害する栽培イネの遺伝子(BPH26)を特定 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 20 遺伝子組換えカイコの第一種使用等としての隔離試験飼育の開始 ・・・・・・・・・・・・・・ 22 カイコの組換え体選抜技術の改良とノックイン技術の開発 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24 クモ糸を紡ぐカイコの実用品種化に成功 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26 極限乾燥耐性生物ネムリユスリカのゲノム概要配列の解読 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28
知的貢献
[主な研究成果名]コムギのゲノム配列の概要解読
[要 約]生物研などが参加した国際コンソーシアムは、イネゲノムの40倍もあるコムギゲ ノムの塩基配列の概要を明らかにし、コムギの様々な特徴を決定する遺伝子を約12 万個見出した。これにより、農業上有用な特性に関わる遺伝子の単離等を通じ、新 品種作出を加速することが可能となる。
[キ ー ワ ー ド]コムギ、ゲノム概要解読、遺伝子情報、染色体位置情報
[担 当]生物研 農業生物先端ゲノム研究センター
作物ゲノム研究ユニット、ゲノムインフォマティックスユニット、
先端ゲノム解析室
[連 絡 先]029-838-8374
[背景・ねらい]
コムギは世界第2位の生産量をもつ重要な穀物で、イネ、トウモロコシとともに人類の食糧基盤を 支えている。しかし、地球規模の環境変動や人口増加によって世界のコムギ需給は逼迫しつつあり、
高収量かつ悪環境でも栽培可能な画期的な新品種の開発が急務となっている。ゲノム配列情報が明ら かになれば、遺伝子機能推定や効率的なマーカー作成が可能となり、品種開発の加速化が期待される。
本研究では、生物研は国際コムギゲノム解読コンソーシアム(IWGSC)の一員としてコムギ6B染色体 を担当し、IWGSCによる染色体ごとのコムギゲノム配列の概要解読に貢献した。
[成果の内容・特徴]
1.コムギゲノム解読のため、2005年にIWGSCが結成され、フランス、オーストラリア、アメリカ、
イギリス等のコムギ研究の先進国が参加したほか、我が国からは、生物研、京都大学、横浜市立大学、
日清製粉等が研究チームを組織して参加した。我が国はコムギの21対の染色体のうち、イネの全 ゲノムの2.5倍に相当する6B染色体の塩基配列の解読を担当した(図1)。
2.コムギ遺伝学における標準品種「チャイニーズ スプリング」を材料として、染色体ソーティングに
よってコムギの21対の染色体を1対ずつ分離し、染色体毎にDNAを抽出した後、次世代型シーケ ンサーにより塩基配列を解読した(図2)。
3.解読した配列を整列化させたところ、コムギの推定ゲノムサイズ17 Gb(17億塩基対)の61%に相
当する10.2 Gb(10.2億塩基対)の概要配列を、染色体ごとに解読することに成功した。
4.この概要配列と既知の転写産物の配列情報との比較から、124,201個の高信頼度の遺伝子セットを
推定した(図3)。
5.6B染色体については、生物研はIWGSC論文に先行して推定サイズ914 Mb(9.14億塩基対)の 56%に相当する508 Mb(5.08億塩基対)の概要配列を解読した。その中に4,798の遺伝子を推定し、
イネ、ソルガム、ブラキポディウム等のイネ科植物の遺伝子との相同性比較を行った(図4)。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
1.コムギゲノムの概要配列とそこから得られる遺伝子情報は、コムギが持つ遺伝子の単離や機能解明 に役立つ。特に、コムギは異なる3種類の祖先種からなる異質6倍体(AABBDD)であることから
(図5)、塩基配列が類似した同祖遺伝子が存在するため遺伝子の座乗位置の特定等が困難であった が、今回、例えば6A、6B、6Dなど染色体ごとの概要配列が明らかになったことで、農業上有用な 遺伝子単離やその機能解析、および品種改良のためのDNAマーカーの開発等を迅速かつ効率的に 行うことが可能となった。
2.本研究で得られた概要配列情報を利用して、コムギにおけるゲノム情報を利用した育種が可能とな る。その結果、病害抵抗性や多収性等を目指した品種の作出が加速することにより、国内外のコム ギ増産に役立つ。6B染色体の配列情報については、小麦粉の品質や赤かび病抵抗性の向上に利用で きる。
3.IWGSCと共同して、最終目標である高精度なゲノム参照配列(21対すべての染色体について85%
以上をカバーし整列化された配列)の決定に向け、引き続き解読を推進することが重要である。
[具体的データ]
図1 IWGSCによるコムギ国際共同研究の分担と進捗
(上段)物理地図作成、(中段)概要配列解読、(下段)
参照配列解読。緑色は進捗度合いを表す。
図3 推定された高信頼度遺伝子の染色体腕ごとの分布
Aゲノム(緑)、Bゲノム(紫)、Dゲノム(オレンジ)に合
計124,201個の遺伝子がマップされた。上段が短腕、下
段が長腕を表す(3B染色体のみ短腕・長腕の区別なし)。
図4 6B染色体概要配列で推定された遺伝子セットの イネ、ブラキポディウム、ソルガムとの相同性比較
図2 染色体ソーティングによる6B染色
体の単離
図5 コムギゲノムの特徴と他のイネ科作
物との比較
[その他]
研究課題名: 6B染色体をカバーするBAC物理地図の作成・6B染色体ゲノム塩基配列解読、
コムギ6B染色体ゲノム配列の高精度化とゲノム情報基盤の整備 中期計画課題コード:1-21、1-22 研究期間:2011~2014年度 研究担当者:半田裕一、小林史典、呉健忠、伊藤剛、田中剛、坂井寛章、松本隆 発表論文等:
1) International Wheat Genome Sequencing Consortium (2014) A chromosome-based draft sequence of the hexaploid bread wheat genome Science 345:1251788
2) Tanaka T, Kobayashi F, Joshi G.P, Onuki R, Sakai H, Kanamori H, Wu J, Šimková H, Nasuda S, Endo T.R, Hayakawa K, Doležel J, Ogihara Y, Itoh T, Matsumoto T, Handa H (2014) Next-generation survey sequencing and the molecular organization of wheat chromosome 6B DNA Research 21(2):103-114
知的貢献
[主な研究成果名]CRISPR/Cas9システムによるイネの高効率ゲノム編集に成功
[要 約]イネにおいて、CRISPR/Cas9システムを用いて効率的に標的遺伝子を改変できる系 を確立した。多重遺伝子破壊に成功すると共に、カルスにおける培養期間の延長に より変異効率が向上することを明らかにした。
[キ ー ワ ー ド]イネ、CRISPR/Cas9、ゲノム編集
[担 当]生物研 農業生物先端ゲノム研究センター ゲノム機能改変研究ユニット
[連 絡 先]029-838-8450
[背景・ねらい]
CRISPR/Cas9(クリスパー/キャスナイン)システムは、ヌクレアーゼであるCas9と、切断部位を
認識するsingle guide RNA (sgRNA)から構成される人工制限酵素であり、様々な生物種において
CRISPR/Cas9システムによる標的変異導入の成功例が報告されている。イネにおいても多数報告があ
るが、標的配列や、Cas9, sgRNA発現コンストラクト、変異効率の評価法が報告によって異なることか ら、相互の結果を比較することはできなかった。そこで本研究では、Cas9またはsgRNA発現コンスト ラクト以外の条件を統一したうえで変異導入効率を比較し、イネにおいて変異導入効率が高い「Cas9,
sgRNA発現コンストラクト」の選定を行った。また、1種類のsgRNAによる相同性の高い遺伝子の多
重破壊を試みると共に、形質転換カルスの培養期間が変異率に及ぼす影響について解析し、CRISPR/
Cas9システムによる植物ゲノム編集技術の確立に役立つ基礎的知見の取得を目指した。
[成果の内容・特徴]
1.6種類のCas9、及び2種類のsgRNA発現コンストラクトを順次イネのカルスに形質転換する方法
により、変異導入効率の高いCas9及びsgRNA発現コンストラクトをそれぞれ決定した(図1A)。
さらに両者を組み合わせた一体型発現ベクターを用いた場合でも高効率に変異を導入できることを 確認した(図1B)。
2.CRISPR/Cas9システムは、他の人工制限酵素であるZFNsやTALENsと比較して、標的配列の認識
に関わる塩基数が少ないため、標的配列(オン・ターゲット)以外の配列が切断されるオフ・ターゲッ ト切断が生じやすいと言われている。この特性を利用することにより、1種類のsgRNAによって複 数の類似遺伝子を同時に破壊することができると考え、4種類の類似な遺伝子間で共通性の高い配 列をターゲットとする標的変異実験を行った。その結果、sgRNA中で標的配列の認識に関わる
20 bpのうち、1 bpのみが異なるオフ・ターゲットにおける変異導入効率はオン・ターゲットとほ
ぼ同程度であること、ミスマッチが増加するにつれて、変異導入効率が低下することが明らかとなっ た(図2)。
3.変異導入効率は標的配列に依存する部分も大きいが、変異効率が低い標的配列であっても、Cas9,
sgRNA発現カルスの培養期間を延長することによって変異効率を向上できることを明らかにした
(図3)。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
1.CRISPR/Cas9システムはZFNsやTALENs と比較して発現コンストラクトの作製が容易であり、今
後人工制限酵素の主流となる可能性は高い。この技術を植物に適用する場合、植物では動物等に比 べRNAやタンパク質の直接導入が困難なことから、適切なCas9, sgRNA発現コンストラクトを用 いることが効率的に目的とする変異体を得る上で重要となる。本研究で選定されたCas9コンスト ラクトを用いたイネ遺伝子への高効率変異導入は多数の研究室で再現されており、イネゲノム改変 のツールとして幅広く利用されることが期待される。
2.倍数体植物や、二倍体植物であっても遺伝子ファミリーを形成する遺伝子を標的とする場合、期待 する表現型を得るには、複数の類似遺伝子を同時に破壊する必要がある。オフ・ターゲット切断は、
CRISPR/Cas9システムのデメリットとされることが多いが、植物の育種を目的とする場合はメリッ
トとなりうるという概念、およびオフ・ターゲット切断を利用した類似遺伝子の多重破壊の実例を 示すことができた。
3.培養期間の延長はCas9, sgRNA発現コンストラクトを培養細胞に形質転換する植物種に共通して有
A B
[具体的データ]
図1 Cas9コンストラクトの選定
(A) 6種類のCas9発現コンストラクトと、2種類のsgRNA発現コンストラクトを順次イネカルスに形質転 換し、変異導入効率が高い組み合わせを決定した。(B)Aで同定したCas9, sgRNA発現コンストラクトを用 いて、Drooping Leaf遺伝子の破壊を試みた結果、高効率で葉がしだれたノックアウトホモ個体を獲得できた。
図2 オフ・ターゲット切断を利用した類似遺伝子の多重破壊
4遺伝子間で相同性のある領域をターゲットに選定し、イネの
CDKB2遺伝子に存在する20 bpをオン・ターゲットとした標
的変異導入実験を行った。Cas9が結合するPAM配列(NGG、
青字)から18 bp離れた位置に1 bpのミスマッチが存在する
OsCDKA2遺伝子では、オン・ターゲットとほぼ同等の効率で
変異が導入された。ミスマッチが増加し、またその位置が PAM配列に近くなるにつれて変異効率は低下することが示さ れた。
図3 カルス培養期間の延長による変異効率の向上
Cas9, sgRNA発現コンストラクトを形質転換したカルスから、
培養1ヶ月目および2ヶ月目の時点でDNAを抽出し、変異導 入効率を比較した。その結果、1ヶ月目の時点では変異がほと んど検出されなかった系統においても、2ヶ月目の段階では変 異が確認でき、カルスにおける培養期間を延長することで変 異細胞の割合が上昇することが示された。
[その他]
研究課題名:ジーンターゲッティングによる有用形質導入システムの開発 中期計画課題コード:1-21 研究期間:2012~2014年度 研究担当者:遠藤真咲、土岐精一
発表論文等:
1) Endo M, Mikami M, Toki S (2015) Multigene knockout utilizing off-target mutations of the CRISPR/Cas9 system in rice Plant and Cell Physiology 56(1):41-47
[主な研究成果名]標的遺伝子をピンポイントに改変する普遍的な技術をイネで確立
[要 約]標的遺伝子のピンポイント改変を普遍的に行える技術を、高等植物で初めて確立し た。ポジティブ・ネガティブ選抜法を利用したジーンターゲッティングの後に、動 く遺伝子(piggyBacトランスポゾン)を利用した足跡を残さないマーカー除去を行 うことで可能になった。
[キ ー ワ ー ド]イネ、ジーンターゲッティング、piggyBacトランスポゾン
[担 当]生物研 農業生物先端ゲノム研究センター ゲノム機能改変研究ユニット
[連 絡 先]029-838-8450
[背景・ねらい]
イネの遺伝子を改変した遺伝子に置き換える手法としては、ジーンターゲッティング法が確立して いる。しかしこれまでは、改変された遺伝子を持つイネから選抜に用いたマーカー遺伝子を完全に除 去する方法がなかった。今回、足跡を残さない昆虫由来の動く遺伝子である「piggyBac(ピギーバック)」
を利用することで、マーカー遺伝子の完全な除去が可能になった。
[成果の内容・特徴]
1.ポジティブ・ネガティブ選抜を利用したジーンターゲッティングにより、アセト乳酸合成酵素(ALS)
遺伝子に除草剤(ビスピリバックナトリウム塩)耐性となるアミノ酸変異(2点変異)と選抜マーカー を導入し(図1A:ステップ1)、次に、piggyBacの転移によりマーカー遺伝子を除去してALS遺伝 子上に2点変異のみを残すことを試みた(図1A:ステップ2)。
2.イネ(品種:日本晴)のカルスに上記1のステップ1の処理を行い、ALS遺伝子に目的の点変異と
選抜マーカー遺伝子が導入されたカルスを選抜した。これらのカルスに対してステップ2の処理を 行い、得られた5系統100個体の再分化植物において完全にマーカーが除去されたかについて検証 した。その結果、100個体中99個体でpiggyBacの転移によりマーカーが除去されていることが明 らかとなった(図1B)。マーカー除去後のALS遺伝子の配列を解析したところ、piggyBacは足跡を 残さずに転移し、ジーンターゲッティングにより導入した2点変異のみが残されていることが確認 された。
3.上記2の再分化個体から得られた次世代の植物について、ALS遺伝子の転写レベルと除草剤耐性能 を評価した。ALS遺伝子の転写レベルを、制限酵素処理により野生型ALSと2点変異を持つ改変型 ALS遺伝子を区別して解析したところ(図2A)、改変型ALS遺伝子座からの転写産物も確認された。
(図2B)。一方、改変型ALS遺伝子を持つ個体は、野生型ALS遺伝子を持つ個体に比べて明らかな
除草剤耐性能を有することが示された(図2C)。
4.ジーンターゲッティングとpiggyBacによるマーカー除去により、ALS遺伝子以外の複数の遺伝子の
ピンポイント改変に成功している。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
1.ALSに2点変異を持つ再分化個体から得られた次世代では、piggyBacの転移酵素を発現させるベク
ターを持たない、完全なマーカーフリー個体を得ることができた。この植物は、アミノ酸置換を付 与するための変異以外には余計な配列を含まないことから、突然変異育種で得られた植物と同等と 見なすことができると考えられる。
2.piggyBacは、イネだけでなく様々な植物種で機能すると考えられる。そこで、様々な植物種において、
高効率なポジティブ・ネガティブ選抜を利用したジーンターゲッティング系を確立することで、植 物種を問わず標的遺伝子のピンポイント改変が可能となる。
技術開発
[具体的データ]
図1 ジーンターゲッティングとpiggyBacによる、マーカー除去を利用したALS遺伝子への点変異の導入
(A)実験のストラテジー。ステップ1:ポジティブ・ネガティブ選抜を利用したジーンターゲッティングに より、ALS遺伝子に除草剤耐性を付与する点変異(星印)とポジティブ選抜マーカー(水色の矢印)を導入。
ステップ2:ジーンターゲッティングが起こったカルスにpiggyBac転移酵素の発現カセットを導入し、
piggyBacの転移によりマーカーを除去。(B) 再分化個体におけるマーカー除去効率。
図2 次世代の解析
(A) ALS遺伝子の模式図。PCR産物 (プ ライマー;矢印)をMfeI処理すること で、野生型と改変型ALS遺伝子の転写 産物を区別した。 (B)野生型および改 変型ALS遺伝子をヘテロあるいはホモ で持つ次世代における転写レベルの解 析。(C) 除草剤耐性能の評価。
[その他]
研究課題名:ジーンターゲッティングによる有用形質導入システムの開発 中期計画課題コード:1-21 研究期間:2012~2014年度 研究担当者:横井彩子、遠藤真咲、大槻並枝、雑賀啓明、土岐精一 発表論文等:
1) Nishizawa-Yokoi A, Endo M, Ohtsuki N, Saika H, Toki S (2015) Precision genome editing in plants via gene targeting and piggyBac-mediated marker excision The Plant Journal 81(1):160-168
知的貢献
[主な研究成果名]トマトとウイルスの生き残り戦略の攻防をタンパク質の立体構造から解明
[要 約]トマトのウイルス抵抗性タンパク質(Tm-1)がウイルスのタンパク質(ToMV-Hel)
と結合してウイルス増殖を抑える仕組みを、X線結晶構造解析から解明した。トマ トとウイルスが、互いのタンパク質のアミノ酸を変化させて生き残りを図って変化 してきたこと(共進化)を、進化の段階における、それぞれのタンパク質構造解析 から明らかにした。
[キ ー ワ ー ド]トマトモザイクウイルス、ヘリカーゼ、抵抗性遺伝子、結晶構造、共進化
[担 当]生物研 農業生物先端ゲノム研究センター 生体分子研究ユニット 植物科学研究領域 植物・微生物間相互作用研究ユニット
[連 絡 先]029-838-7910、7009
[背景・ねらい]
トマトモザイクウイルス(ToMV)は、多くのナス科の作物に感染してモザイク病を引き起こし(図1)、
収穫物の量と質の低下をもたらす。現時点で、植物のウイルス病には治療方法が無く、感染個体の排 除と抵抗性品種の育成により防除が行われてきた。ToMV抵抗性トマト品種の育種には、野生種トマト がもつTm-1遺伝子やTm-22遺伝子等が用いられてきた(図1)。しかし、抵抗性遺伝子をもつトマトに も感染できるToMV変異株が現れ、有効な防除法の開発が望まれている。我々はこれまでに、Tm-1が ToMVの増殖に必要な「複製タンパク質」と結合してToMVの増殖を阻止すること、ToMVは複製タ ンパク質がTm-1と結合しないように進化することにより抵抗性トマトに感染することを明らかにし た。今回の研究では、Tm-1とToMVタンパク質の複合体の立体構造を決定することなどにより、Tm-1 によるToMV認識機構ならびにToMVによる抵抗性打破の機構の解明を目指した。
[成果の内容・特徴]
1.ToMVの複製タンパク質は3つの部分から構成されると予想されるが、その中の「ヘリカーゼドメ
イン(ToMV-Hel)」について、単体の結晶構造を決定した。ToMV-Helは、ウイルスがコードするスー パーファミリー1(SF1)で立体構造が明らかにされた世界初の例であり、またSF1ヘリカーゼと しても新規な構造を持っていた。
2.Tm-1はToMV-Helに結合することを明らかにし、両者の複合体について結晶構造を決定した。相互
作用面にはATPが存在し、複合体の形成に重要な役割を果たしていた(図2)。
3.Tm-1が結合できない変異型ToMVタンパク質は、ToMV-Helに2か所のアミノ酸変異をもつ(変異
株では、979番目のグルタミンがグルタミン酸に、984番目のヒスチジンがチロシンに変化している)。
これらはTm-1が結合する界面に位置し、ToMVはTm-1との結合部位が変異することにより、Tm-1 遺伝子による抵抗性を打破していることが明らかとなった。
4.野生種トマトの中には、変異したToMVの増殖も阻止する強力なTm-1遺伝子をもつ個体が存在す
る。この変異型Tm-1では91番目のイソロイシン残基がスレオニンに変化している(I91T)。この
変異型のTm-1(I91T)とToMV-Helとの複合体の構造を決定したところ、91番目のスレオニン残
基が水素結合ネットワークを形成して複合体を安定化するため、Tm-1(I91T)タンパク質はTm-1 よりも強くヘリカーゼドメインと結合することを明らかにした。
5.今回得られた結晶構造を基にTm-1とToMV-Helとの結合領域について詳細な解析を行った結果、
ToMVがどのようにTm-1との結合を回避しているかが明らかになった。これにより、認識と回避 からなる植物とウイルスの攻防を分子レベルで示すことができた(図3)。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
1.ToMV-Hel、Tm-1およびこれら複合体の結晶構造が明らかとなった。
2.ToMV-Helが変化してTm-1による認識を回避する仕組みが明らかになった。
3.ToMV-Hel単体や複合体の構造を基盤情報として、同種のウイルスの増殖を阻止する新しい抗ウイ
ルス薬剤の開発に取り組む予定である。この開発により、ウイルス病を回避し安定した収量の確保 が期待される。
ToMVの ヘリカーゼドメイン
Tm-1 ToMVの
ヘリカーゼドメイン
Tm-1
ATP ATP
I91
E979
F88 D1097
E979
T91
F88 D1097
ToMVの
ヘリカーゼドメイン Tm-1
Q979
I91
F88 D1097
ToMV
Tm-1
ToMV(Q979E)
Tm-1 Tm-1(I91T) ToMV(Q979E)
[具体的データ]
図3 ToMVの複製タンパク質とTm-1
(左)Tm-1の共進化 はToMVヘリカーゼに結合し てウイルスの増殖を阻害する。このとき Tm-1の91番目のアミノ酸であるイソロ イシン(I91)が、ToMVヘリカーゼの 979番目のグルタミン(Q979)および 1097番目のアスパラギン酸(D1097)と 相互作用している。
(中)ToMVは、Q979を変化させてグル タミン酸(E979)とすることで、Tm-1 との結合を回避し感染する。
( 右 )Tm-1はI91を ス レ オ ニ ン(T91)
に変化させることにより、E979をもつ ウイルスの増殖を阻害する。
図1 ToMVを感染させた普通の
トマト(左)とTm-1遺伝子を導入 した組換えトマト(右)
図2 ToMV-HelとTm-1の複合体構造
Tm-1タンパク質(水色および青色)は二量体を形成し、それぞ
れがToMV-Hel(ピンク色および紫色)と1分子ずつ結合して
いる。両者の接触面にはATPが存在している。
[その他]
研究課題名:ウイルス増殖阻害薬剤開発に向けた基礎研究
中期計画課題コード:1-25、2-21 研究期間:2012~2014年度
研究担当者: 石橋和大、錦織雅樹、相宏宇、杉山成(大阪大)、新山真由美(大阪大)、加藤昌彦、
毛塚雄一郎(岩手医科大)、小林千歩子、井上豪(大阪大)、野中孝昌(岩手医科大)、
松村浩由(大阪大)、石川雅之、加藤悦子 発表論文等:
1) Ishibashi K, Kezuka Y, Kobayashi C, Kato M, Inoue T, Nonaka T, Ishikawa M, Matsumura H, Katoh E
(2014) Structural basis for the recognition-evasion arms race between Tomato mosaic virus and the resistance gene Tm-1 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 111(33):
E3486-E3495
2) Kato M, Kezuka Y, Kobayashi C, Ishibashi K, Nonaka T, Ishikawa M, Katoh E (2013) Crystallization and preliminary X-ray crystallographic analysis of the inhibitory domain of the tomato mosaic virus resistance protein Tm-1 Acta Crystallographica Section F 69(12):1411-1414
3) Nishikiori M, Sugiyama S, Xiang H, Niiyama M, Ishibashi K, Inoue T, Ishikawa M, Matsumura H, Katoh E
(2012) Crystal structure of the superfamily 1 helicase from Tomato mosaic virus Journal of Virology 86
(14):7565-7576
[主な研究成果名]植物保護能力をもつ国内産バイオコントロール細菌の同定とゲノム解析
[要 約]新たな微生物農薬を開発するために、植物を病害から保護する効果をもつ「バイオ コントロール細菌」を国内産の細菌から3系統同定した。さらに、全ゲノム解析に より各系統の特徴づけを行い、比較解析により植物保護能力に寄与する因子を明ら かにした。
[キ ー ワ ー ド]バイオコントロール細菌、抗菌性、土壌病害、植物保護、環境保全型農業
[担 当]生物研 植物科学研究領域 植物・微生物間相互作用研究ユニット
[連 絡 先]029-838-7005
[背景・ねらい]
植物を病害から保護する効果をもつ細菌は「バイオコントロール細菌」とよばれ、すでに一部の系 統が微生物農薬として有効利用されている。微生物農薬による病害防除技術は、環境への負荷が低い ことなど多くの利点を有する。一方で、化学農薬と比較して効果が持続しないなど、生物ならではの 問題点も多く、用いる微生物の生態や表現型について理解を深め、改良を加えることが望まれる。我々 はこれまでに、バイオコントロール細菌のひとつであるシュードモナス属細菌Pseudomonas protegens
CHA0 株をモデルとして、植物保護能力に関与する因子を明らかにしてきた。しかし、CHA0 株を含め、
既知のP. protegensは全て外国産であるため、国内での使用には制限があった。そこで本研究では国内
での利用を目指して、優れたバイオコントロール能を有する国内産P. protegens の単離を試みた。さらに、
それらの全ゲノム解析を行い植物保護能力に寄与する因子を同定した。
[成果の内容・特徴]
1.様々な植物の根圏から国内産のシュードモナス属細菌2,800株を分離したのち、抗菌性物質生産株
をスクリーニングし、その植物保護能力を調べた結果、既知のバイオコントロール細菌である CHA0株と同等の植物保護能力を有する「P. protegens Cab57株」が得られた。本菌株は6.8 Mbpの 環状DNAをゲノムとしてもち、抗菌性物質の生産に関わる遺伝子やその制御に関わるGac/Rsmシ グナル伝達系の遺伝子など、本種に特徴的な遺伝子を有していた(表1)。
2.P. protegens の近縁種である「Pseudomonas sp. Os17株」、「Pseudomonas sp. St29株」についても植物 保護能力を調べたところ、Os17株は顕著な効果を示したのに対し、St29株ではその効果が劣って いた。両者の全ゲノム解析により、それぞれ6.9 Mbp、6.8 Mbp の環状DNAをゲノムとしてもつこ とが明らかになった(表1)。
3.Cab57株は植物病原性卵菌であるピシウム菌(Pythium ultimum)に対する抗菌性を有していた。こ
れまでの研究から、CHA0株ではGac/Rsmシグナル伝達系を負に制御するRetSの欠損変異により 抗菌性が亢進することが知られていたが、Cab57株においても、RetSの欠損変異により抗菌性が亢 進することが確認された(図1A)。また、CHA0株および別の既知のバイオコントロール細菌であ るPf-5株と、Cab57株のゲノムを比較した結果、3つの株の間で二次代謝産物の生産や環境適応へ の関与が予測される遺伝子クラスターに多様性が見出された。Os17株、St29株のゲノムを比較し た結果、Os17株のみがリゾキシン類縁体合成酵素遺伝子群を有することが明らかになった。さらに Os17株は少なくとも5種類のリゾキシン類縁体を産生することが明らかになった。リゾキシン類縁 体の合成酵素遺伝子のひとつである「rzxB遺伝子」について、これを欠損するOs17株変異株を作 出したところ、変異株では5種類のリゾキシン類縁体が全て検出されず、またピシウム菌および植 物病原性糸状菌に対する抗菌性が低下することが明らかになった(図1B)。これらの結果から、リ ゾキシン類縁体が本菌株の高度な植物保護能力の発揮に必要であることが示唆された。以上の研究 の一部を先端ゲノム解析支援により行った。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
1.国内産の新たな微生物農薬の素材となりうる菌株としてCab57株およびOs17株を見いだした。
2.上記2種の菌株は、新たな抗菌性二次代謝産物の生産菌としても有用である。
3.今後、見いだした菌株の植物保護能力の安定性を高めることを検討し、実用化を目指す。
知的貢献
CHA0* Cab57 Os17 St29 ゲノムサイズ(bp) 6,867,980 6,827,892 6,885,464 6,833,117 コード領域数 6,115 6,186 6,195 6,217 GC含量比(%) 63.4 63.3 63.5 63.3
Gac/Rsm構成遺伝子 保存 保存 保存 保存
植物保護能力 ++ ++ ++ +
[具体的データ]
図1 Cab57株およびOs17株の抗菌性検定
(A) Cab57株におけるRetSの欠損による抗菌性の亢進。
(B) Os17株におけるRzxBの欠損による抗菌性の低下。
ピシウム菌を寒天培地の中央に接種し、シュードモナス属細菌の各菌株と対峙培養した。Cab57株において は、RetS欠損変異株(∆retS)で野生株に比べピシウム菌に対する抗菌性が亢進していた。Os17株においては、
リゾキシン類縁体合成酵素欠損変異株(∆rzxB)で野生株に比べ抗菌性が低下していた。
表1 シュードモナス属細菌CHA0株、Cab57株、Os17株、St29株のゲノム解析結果および植物保護能力の
比較
*Jousset et al., Genome Announcement 2014 2(2): e00322-14 より引用
[その他]
研究課題名:バイオコントロール因子の発現制御機構の解明 中期計画課題コード:2-21 研究期間:2012~2014年度
研究担当者: 竹内香純、野田なほみ、片寄裕一、向井喜之、沼寿隆、山田小須弥(筑波大)、
染谷信孝(北農研、現・農研機構本部)
発表論文等:
1) Takeuchi K, Noda N, Someya N (2014) Complete genome sequence of the biocontrol strain Pseudomonas protegens Cab57 discovered in Japan reveals strain-specific diversity of this species PLoS ONE 9(4):e93683 2) Takeuchi K, Noda N, Katayose Y, Mukai Y, Numa H, Yamada K, Someya N (2015) Rhizoxin analogs
contribute to the biocontrol activity of newly isolated Pseudomonas strain Molecular Plant-Microbe Interactions 28(3):333-342
3) 山田(竹内)香純、野田なほみ、片寄裕一、向井喜之、沼寿隆、染谷信孝「植物保護能力を有する 微生物」特願2015-118395
[主な研究成果名]最適な遺伝子発現制御により収量を向上させた複合病害抵抗性イネの作製
[要 約]イネの転写因子「WRKY45」を遺伝子組換えによって強く働かせると、イネが複数 の病害に対して抵抗性になったが、同時に収量が低下した。今回、WRKY45を適 切な強さで働かせることにより、複数の病害に抵抗性を持ち、収量も良好なイネの 作製に成功した。
[キ ー ワ ー ド]イネ、いもち病、抵抗性誘導剤、WRKY45、OsUbi7プロモーター
[担 当]生物研 遺伝子組換え研究センター 耐病性作物研究開発ユニット
[連 絡 先]029-838-8383
[背景・ねらい]
イネの収量は、糸状菌が原因であるいもち病や細菌が原因である白葉枯病など、様々な感染病の被 害によって低下する。WRKY45は、プロベナゾールやベンゾチアジアゾールなどの抵抗性誘導剤の作 用に必須の役割を担う転写因子で、その遺伝子をイネにおいて過剰発現すると、いもち病および白葉 枯病を含む様々な病気に対して非常に強い抵抗性が付与され(複合抵抗性)、抵抗性誘導剤の散布が大 幅に軽減できる。しかしながら、通常用いられる強いプロモーター(PZmUbi)でWRKY45遺伝子を働か せると、イネの収量が低下することがわかっていた。本研究では、WRKY45の実用利用に向け、様々 な強さのプロモーターを用いてWRKY45遺伝子を発現させて最適化し、強い複合抵抗性と良好な収量 を両立させることを目指した。
[成果の内容・特徴]
1.発現レベルが異なる16種のイネ遺伝子の上流配列(2 kb)をそれぞれWRKY45 cDNAの上流につな
ぎ、イネに再導入して多数の形質転換体(T0世代)を得た。これらのうち、いもち病抵抗性および 白葉枯病抵抗性の両者を示す系統を選んでホモ化した。
2.ホモ化した系統について、隔離温室内で生育および収量を調査した結果、PZmUbiの約10分の1程度
の強さの「POsUbi7(OsUbi7遺伝子由来のプロモーター)」を用いたWRKY45発現系統の一部において、
複合病害抵抗性と収量のバランスが最良であった。
3.国内および国外(韓国、コロンビア)の野外隔離ほ場で収量評価を行い、POsUbi7によるWRKY45発
現イネは、生育や収量の低下がほとんどないことを確認した(図1)。また、畑晩播法によって野外 でいもち病検定を行った場合も、強いいもち病抵抗性が確認された。
4.POsUbi7によるWRKY45発現イネは、4種のいもち病菌レースおよび海外由来の系統を含む6種の白
葉枯病菌系統に対して顕著な耐病性効果を示したことから、系統非特異的に有効であることがわ かった(図2)。
5.PZmUbiによるWRKY45過剰発現イネと対照の日本晴イネとを、低温(8℃、7日)にさらした後、通
常の温室条件に戻すと、日本晴イネはほとんどが正常な状態に回復したのに対して、WRKY45過剰 発現イネのほとんどが枯死した(図3)。また、高塩濃度(250 mM、3日)処理でも同様の結果になっ た。ストレス条件において、PZmUbiによるWRKY45過剰発現イネでは防御遺伝子(PR1等)が転写 誘導されており、上記の現象との関連が推測された。一方、POsUbi7によるWRKY45発現イネは、ス トレス処理後、日本晴と同程度の回復を示した。このことから、POsUbi7の使用により環境因子高感 受性の問題も解決できることがわかった。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
1.WRKY45イネの飼料用途での実用化を目指し、飼料用イネ品種に本研究で得られた最適な改良型
WRKY45遺伝子を導入して優良系統の選抜を行っている。
2.今後、病原体の感染に応答するプロモーターを用い、WRKY45イネの開発研究を進めることにより、
抵抗性誘導剤を使用する必要のない複合抵抗性イネの作製も期待できる。
3.海外の企業および団体から本技術への関心が寄せられている。
技術開発
ZmUbi OsUbi7
B A
[具体的データ]
図3 WRKY45導入イネの低温感受性 対照の日本晴及びWRKY45過剰発現イネ
(PZmUbi)、OsUbi7 プ ロ モ ー タ ー に よ る
WRKY45発現イネ(POsUbi7)を8℃で低温処 理し、温室に戻した。PZmUbiイネの多くは枯 死したが、POsUbi7イネは、日本晴と同様ほと んどすべて回復した。
図2 WRKY45導入イネの病害抵抗性
対 照 の 日 本 晴(NB) お よ びWRKY45過 剰 発 現 イ ネ
(PZmUbi)、OsUbi7プロモーター(POsUbi7)によるWRKY45
発現イネを抵抗性検定に供試した。(A)いもち病抵抗 性。4系統のいもち病菌について調べ、そのうち2系統 の結果を示す。
(B)白葉枯病抵抗性。6系統の白葉枯病菌について調べ、
そのうち3系統の結果を示す。
図1 コロンビアほ場での生育試験
WRKY45を過剰発現するイネ(PZmUbi、写真右側 の3株)は生育や収量が悪くなり、実用化には 問 題 が あ っ た が、 適 切 な 量 に 発 現 さ せ る と
(POsUbi7、写真左側の3株)、生育や収量はもと
のイネと同様だったため、実用化に向けた問題 点が解決された。
[その他]
研究課題名:WRKY45の過剰発現による細菌病・糸状菌病に対する複合抵抗性飼料イネの開発 中期計画課題コード:2-22 研究期間:2008~2014年度
研究担当者: 高辻博志、後藤新悟、下田(笹倉)芙裕子、末次舞、Michael Gomez Selvaraj、林長生、
石谷学、霜野真幸、菅野正治、松下茜、七夕高也 発表論文等:
1) Goto S, Sasakura-Shimoda F, Suetsugu M, Selvaraj M.G, Hayashi N, Yamazaki M, Ishitani M, Shimono M, Sugano S, Matsushita A, Tanabata T, Takatsuji H (2014) Development of disease-resistant rice by optimized expression of WRKY45 Plant Biotechnology Journal DOI: 10.1111/pbi.12303
2) 高辻博志、後藤新悟「農業形質を最適化した複合病害抵抗性単子葉植物」WO2012/121093
A B
知的貢献
[主な研究成果名]アリの触角で情報伝達物質を輸送する新型タンパク質を発見
[要 約]働きアリの触角から、情報伝達物質に特異的に結合して輸送する新規タンパク質(ア
リNPC2)を発見した。このタンパク質を標的とすることで、害虫のアリ以外には
作用しない、安全で環境に優しい農薬の開発につながると期待される。
[キ ー ワ ー ド]アリ、情報伝達物質、輸送タンパク質、交信かく乱剤、構造ベース創農薬
[担 当]生物研 農業生物先端ゲノム研究センター 生体分子研究ユニット 遺伝子組換え研究センター 昆虫機能研究開発ユニット
[連 絡 先]029-838-7900
[背景・ねらい]
アリは世界中に広く分布する昆虫である。人家の近くにも棲む身近な生き物だが、主に不快害虫と して、また種によっては農業害虫として、防除の対象にもなっている。
アリは集団(コロニー)で生活する真社会性昆虫で、少なくとも500種類近くの情報伝達物質を識 別して利用していると推定される。アリは情報伝達物質を触角で検出する。触角で受け取られた情報 伝達物質は、輸送タンパク質によって目的の細胞に存在する化学感覚受容体タンパク質まで配達され、
情報を伝える(図2)。情報伝達物質の多くは難水溶性で、単独では感覚子リンパ液中を通過すること ができない。そこで、情報伝達物質輸送タンパク質の機能を阻害できれば、交信をかく乱してアリを 防除できると考え、本研究に取り組んだ。
これまでにアリの情報伝達物質輸送タンパク質としては、匂い物質結合タンパク質(OBP)や化学 感覚子タンパク質(CSP)が報告されている。ただし、個々のOBPやCSPは数種類の情報伝達物質し か運ばず、また合計で30種類程度しかない。そのため、OBPとCSPだけでは全ての情報伝達物質の 輸送をカバーすることはできず、未知の輸送タンパク質が多数あると推測された。そこでまず、アリ の新たな輸送タンパク質の探索を行い、続いて、その分子機構を解析した。
[成果の内容・特徴]
1.クロオオアリの働きアリの触角から、アリの情報伝達物質を輸送する新規タンパク質を発見した。
このタンパク質はヒトの体内でコレステロールを輸送するヒトNPC2(ニーマン・ピックC2型タン パク質)とよく似ており、「アリNPC2」と名付けた。アリNPC2は触角中の感覚子リンパ液中にの み局在し、情報伝達機能を持つと推定された。
2.アリNPC2は、長鎖脂肪酸やアルコール、酢酸など、アリが活用する多数の情報伝達物質と幅広く 結合することが明らかになった。ヒトNPC2と異なり、アリNPC2はコレステロールには結合せず、
一方、ヒトNPC2は長鎖脂肪酸には結合しない(図3)。このように、アリNPC2とヒトNPC2では 結合する物質が明確に区別されていた。
3.オレイン酸が結合したアリNPC2の結晶構造を解析した(図4A)。アリNPC2はβ構造タンパク質で、
2つのβシート間のリガンド結合ポケットに情報伝達分子を取り込んで輸送する。このポケットは柔 軟性に富んでいて、多様な情報伝達物質の大きさに応じてポケットサイズを変化させることが示唆 された。アリNPC2の構造と分子認識様式は、αヘリックス構造タンパク質でリガンド結合ポケッ トの大きさが限定されたOBP(図4B)やCSP(図4C)とは全く異なるものであった。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
1.アリNPC2は、他の生物にはない分子認識様式を持つため、害虫アリの防除薬の理想的な標的タン パク質の一つと言える。
2.アリNPC2-オレイン酸複合体の立体構造を利用して、構造ベースの交信かく乱剤の創出を展開する
ことにより、害虫アリには効果を示すがヒトや他の生物には悪影響を及ぼさない、環境に優しい薬 剤の開発が進むものと期待される。
[具体的データ]
図3 アリNPC2とヒトNPC2が輸送する物 質の選択性
アリNPC2は、長鎖脂肪酸やアルコール、酢 酸など、アリが活用する多数の情報伝達物質 と幅広く結合する。ヒトNPC2と異なりアリ NPC2はコレステロールには結合せず、一方 ヒトNPC2は長鎖脂肪酸には結合しない。
図1 働きアリが巣を掃除する
様子(上)と集団で獲物をと る様子(下)
図2 アリが触角で受け取った情報伝達物質を輸送して情報を伝
える仕組み
図4 昆虫の情報伝達物質輸送タンパク質の構造
(A)クロオオアリNPC2、(B)匂い物質結合タンパク 質(OBP)、(C)化学感覚子タンパク質(CSP)。空間 充填モデルは結合したリガンド分子を示す。
[その他]
研究課題名:害虫防除剤の開発に向けた構造生物学研究
中期計画課題コード:1-25、3-05 研究期間:2012~2014年度
研究担当者: 山崎俊正、土屋渉、藤本瑞、宮澤光博、石橋純、石田裕幸(富山県立大)、藤井毅(東京大)、
石川幸男(東京大)、松山茂(筑波大)
発表論文等:
1) Ishida Y, Tsuchiya W, Fujii T, Fujimoto Z, Miyazawa M, Ishibashi J, Matsuyama S, Ishikawa Y, Yamazaki T
(2014) Niemann–Pick type C2 protein mediating chemical communication in the worker ant Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 111(10):3847-3852
2) 石田裕幸、山崎俊正 (2015)アリの情報伝達物質を運搬する新型タンパク質の発見 化学と生物 53:
66-68
知的貢献
[主な研究成果名]シュウ酸カルシウム針状結晶とプロテアーゼの相乗的耐虫効果
[要 約]キウイフルーツ、パイナップルなどの多くの植物に含まれるシュウ酸カルシウムの 微細な針状結晶が、共存するプロテアーゼの働きを相乗的に強めることで顕著な耐 虫活性(成長阻害・殺虫活性)を示し、植物の防御機構として機能していることを 明らかにした。
[キ ー ワ ー ド]シュウ酸カルシウム針状結晶、プロテアーゼ、耐虫性、昆虫-植物間相互作用
[担 当]生物研 昆虫科学研究領域 加害・耐虫機構研究ユニット
[連 絡 先]029-838-6087
[背景・ねらい]
キウイフルーツ、パイナップル、サトイモ、ヤマノイモ、ブドウなどの多くの植物が、その組織中 にシュウ酸カルシウムからなる微細な針状結晶を大量に含んでいる。針状結晶の役割に関しては、植 食性昆虫に対する植物の防御機構であるという仮説が有力であったが、その作用機構を実験的に検証 した例は無かった。一方、針状結晶は植物組織中でしばしば他の耐虫性物質(キウイフルーツやパイ ナップルではシステインプロテアーゼ)と共存することから、針状結晶が昆虫の組織や細胞に穴をあけ、
プロテアーゼが体内の標的に到達するのを容易にしてその耐虫効果を強めているという仮説(注射針 仮説)を提唱した。そこで今回、キウイフルーツから精製した針状結晶とシステインプロテアーゼ(ブ ロメライン)をそれぞれ単独、あるいは同時に葉に塗布し昆虫に食べさせて仮説を検証した。
[成果の内容・特徴]
1.キウイフルーツの果実を塩化セシウム重液(比重1.8)中ですりつぶし遠心分離することで、比重
の重い(2以上)シュウ酸カルシウム針状結晶を精製・回収することに成功した。この針状結晶は
長さが約0.1 mmの極めて尖った形状をもっていた(図1)。
2.シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアーゼが共存した場合、それぞれ単独で存在する 時に比べ顕著な耐虫効果が認められた(図2、表1)。すなわち、エリサン孵化幼虫に針状結晶を
41.7 μg/cm2の濃度で単独塗布したヒマの葉を1日間食べさせた場合(図2B)や、システインプロ
テアーゼを0.22 mg/cm2の濃度で単独塗布したものを食べさせた場合(図2C)は死亡率は非常に低 く(0%)、無塗布葉を食べさせた場合(図2A)と比較しても幼虫は遜色なく成長した。上記の濃度 の2倍量の針状結晶あるいはシステインプロテアーゼをそれぞれ単独塗布した場合でも耐虫性効果 は弱かった。一方、上記の濃度の針状結晶(41.7 μg/cm2)とシステインプロテアーゼ(0.22 mg/cm2) の両方を塗布した葉を食べさせた場合、死亡率は69%と高くなった。また幼虫の体重もほとんど増 加せず(図2D)、極めて強い耐虫性が観察された。幼虫の多くは2時間以内に異常行動を示した後 に黒変・柔軟化し死亡した(図2D)。この結果は、針状結晶とシステインプロテアーゼが相乗的に 強め合う耐虫効果を持つことを示している。またシュウ酸カルシウム針状結晶が微量共存すること で、システインプロテアーゼの毒性が16-32倍増強されることも判明した(表1)。
3.システインプロテアーゼが相乗効果を示すには針状の形態が必須であり、針状でないシュウ酸カル シウム無定形結晶とシステインプロテアーゼの組み合わせでは相乗的耐虫効果は全く見られず、幼 虫は対照区と同様に成長した。
4.システインプロテアーゼ以外にも、キチナーゼ等の酵素の耐虫性がシュウ酸カルシウムによって増 強されることが明かとなり、シュウ酸カルシウム針状結晶が他の耐虫性物質の共存増強剤として働 く可能性が示唆された。
[成果の活用上の留意点、波及効果、今後の展望等]
1.本成果は、キウイフルーツ、パイナップル、サトイモ、ヤマノイモ、ブドウなどのシュウ酸カルシ ウム針状結晶を含む多くの栽培植物の耐虫性機構を理解する上で重要な知見となった。
2.今後、本知見をもとに、害虫に対して強力な耐虫性を付加するような作物育種や、農薬等の増強剤 としてのシュウ酸カルシウム針状結晶の利用が期待される。
0 5.2 10.4 41.7 83.3
0 0.0 0.0 0.0 0.0 0.0
0.014 0.0 0.0 0.0 0.0 ―
0.028 0.0 0.0 0.0 0.0 ―
0.056 0.0 31.3 23.5 23.1 ―
0.11 0.0 31.3 87.5 37.5 ―
0.22 0.0 81.3 87.5 68.8 ―
0.44 23.1 ― ― ― ―
0.89 0.0 ― ― ― ―
シュウ酸カルシウム針状結晶 (μg/cm2) システイン
プロテアーゼ (mg/cm2)
[具体的データ]
図1 シュウ酸カルシウム針状結晶
シュウ酸カルシウム針状結晶は長さ約0.1mm
の極めて尖った形状を持つ。 図2 シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプ ロテアーゼの相乗的な耐虫効果
エリサン幼虫にシステインプロテアーゼ単独、シュ ウ酸カルシウム針状結晶単独及び、両方同時に塗布 した葉を食べさせ、耐虫効果を比較した。
(A)何も塗布しない、(B)シュウ酸カルシウム針状 結晶を塗布、(C)システインプロテアーゼを塗布、
(D)シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロ テアーゼを両方塗布。Dの両方塗布した場合のみ、
顕著な耐虫効果(成長阻害・殺虫活性)が見られた。
表1 シュウ酸カルシウム針状結晶とシステインプロテアーゼの相乗的耐虫効果の数量的関係
試験開始1日後のエリサンの死亡率(%)を示す。(n=16-17、―;検証せず)
[その他]
研究課題名:植物の耐虫性と害虫の加害性の分子機構の解明 中期計画課題コード:2-24 研究期間:2011~2014年度 研究担当者:今野浩太郎、井上尚、中村匡利
発表論文等:
1) Konno K, Inoue T.A, Nakamura M (2014) Synergistic defensive function of raphides and protease through the needle effect PLoS ONE 9(3):e91341
2) 今野浩太郎 (2014) キウイのエグミが劇的殺虫効果を出すしくみ 現代農業 93(8):124-125