印度學佛敎學硏究第六十七巻第二号 平成三十一年三月 二七二
シャンカラ派における聖典の言葉と修行階梯
澤
井
義
次
はじめに
イ ン ド 最 大 の 哲 学 者 と 言 わ れ る シ ャ ン カ ラ ︵ Śaṅkara 約 七 〇 〇 ︱ 七 五 〇︶ は、 イ ン ド 各 地 を 遊 行 し て 僧 院 を 建 立 し た と 伝承されている。それらの僧院の中で、南インドにあるシュ リンゲーリ僧院がその総本山である。シャンカラ派の宗教伝 統 で は、 シ ャ ン カ ラ 派 僧 院 の 法 主 で あ る 世 師 ︵ Jag adguru ︶ 、 す な わ ち シ ャ ン カ ラ ー チ ャ ー リ ヤ ︵ Śaṅkarācāry a︶ の 指 導 の も と で、 出 家 遊 行 者 ︵サ ン ニ ヤ ー シ ン saṃnyāsin ︶ は 弟 子 と し て 世 俗 を離れて、解脱を求めて厳しい修行を行なってきた。シャン カラ派伝統では、世師は生きながらに解脱に到達した﹁生身 解 脱 者﹂ ︵ jīvanm ukta ︶ と し て 信 じ ら れ て お り、 シ ャ ン カ ラ に 伝統的に帰せられる哲学文献などに精通している。シャンカ ラ派の伝統には、ヨーガの実践と結びついた﹁聴聞・思惟・ 瞑 想﹂ ︵ śrava ṇ a-manana-nididhyāsana ︶ と い う 修 行 階 梯 が 継 承 さ れ て き た。 そ の 伝 統 的 な 修 行 法 は 世 師 の 弟 子 が 心 の 深 み を 開 き、ブラフマンの知識を獲得して解脱に到達することを目的 とする。シュリンゲーリ僧院では、僧院の開祖として信じら れているシャンカラの不二一元論哲学が教義としての意義を もってきた。それは、シャンカラの哲学がヴェーダ聖典、特 にウパニシャッド聖典の真理を明らかにしていると信じられ てきたからである。本稿では、シャンカラ派伝統において継 承されてきた﹁聴聞・思惟・瞑想﹂という修行階梯が、ウパ ニシャッド聖典の言葉の意味理解とどのように連関している のかを考察したい。一
シャンカラ派の修行階梯は、出家レベルの﹁師と弟子の関 係﹂を前提としている。シャンカラ派には、出家と在家の両 レベルで ﹁師と弟子の関係﹂ ︵ guruśiṣy a-sambandha ︶ が存在する。 カルナータカ州の山奥にあるシュリンゲーリ僧院は、シャン カラが僧院を創設した当初、世俗を離れて、自ら解脱に到達 することを目指す、ごく少数の出家遊行者の修行の場であっ たという。今日、世師のもとで修行をおこなう少数の出家遊二七三 シャンカラ派における聖典の言葉と修行階梯︵澤 井︶ 行者は、世師の ﹁弟子﹂ ︵ śiṣy a︶ として師の指導を受けながら、 解脱へ向けて厳しい修行に専心している。ところが、シュリ ンゲーリ僧院は十四世紀になって、僧院の構造を大きく変化 させた。在家信者たちが僧院組織の中へ組み込まれたからで ある。僧院は巡礼地の一つになり、在家信者たちも自分たち を世師の﹁弟子﹂と呼ぶようになった。こうしてシャンカラ 派 の 伝 統 で は、 出 家 と 在 家 の 両 レ ベ ル で﹁師 と 弟 子 の 関 係﹂ の二重性が成立し た 1 。 前述の修行階梯の典拠は、伝統的に﹃ブリハッド・アーラ ニ ヤ カ・ ウ パ ニ シ ャ ッ ド﹄ ︵ Bṛhadār a ṇ yakopaniṣad ︶ に お け る 次 の文章に見いだされる。 あ あ、 実 に ア ー ト マ ン こ そ、 見 ら れ る べ き も の、 聞 か れ る べ き も の、 思 惟 さ れ る べ き も の、 瞑 想 さ れ る べ き も の で あ る。 マ イ ト レ ー イ ︱ よ。 あ あ、 ま こ と に、 ア ー ト マ ン が 見 ら れ、 聞 か れ、 思 惟 さ れ、瞑想されたとき、 この世界のすべてが知られるのであ る 2 。 ātmā vā are draṣṭavy a ḥ śr otavy o mantavy o nididhyāsitavy o maitreyy
ātmani khalv are dṛṣṭe śrute mate vijñāta idaṃ sarvaṃ viditam/
この文章は後代のヴェーダーンタ学派の哲学者たちによっ て、 ﹁アートマンこそ、見られるべきものである。すなわち、 聞かれるべきもの、思惟されるべきもの、瞑想されるべきも の で あ る。 ﹂ と 読 解 さ れ た。 こ う し た ウ パ ニ シ ャ ッ ド 解 釈 に も と づ い て、 ﹁聴 聞・ 思 惟・ 瞑 想﹂ と い う 修 行 階 梯 が 確 立 さ れ た。 シ ャ ン カ ラ は﹃ブ リ ハ ッ ド・ ア ー ラ ニ ヤ カ・ ウ パ ニ シャッド注解﹄ で、次のように言う。 そ れ は、 ヴ ェ ー ダ ー ン タ 文 献 の 聴 聞・ 思 惟・ 瞑 想 が そ の 対 象 と し て、 直 接 に 知 ら れ る べ き も の︹ブ ラ フ マ ン︺ を 持 っ て い る か ら で あ る 3 。 vedāntaśrava ṇ amanananididhyāsanānāṃ ca sākṣājjñey aviṣay atvāt/ 聴 聞・ 思 惟・ 瞑 想 と い う 手 段 を 達 成 す る こ と に よ っ て、 そ れ︹ブ ラ フマン︺ が直観され る 4 。
asau dṛṣṭo bhavati śrava
ṇ amanananididhyāsanasādhanair nirvartitai ḥ / 聴聞とは、弟子が師から聖典および師の言葉を聞くことで あり、思惟は師から聴聞した内容について、理論的に自らの 思索を深めることである。さらに瞑想とは、聴聞し思惟した 聖典の意味に集中することを意味する。パウル・ハッカーお よ び 前 田 專 學 に よ れ ば、 シ ャ ン カ ラ の 独 立 作 品﹃ウ パ デ ー シ ャ・ サ ー ハ ス リ ー﹄ ︵ U padeśasāhasrī ︶ に お け る 散 文 ︵三 章︶ はそれぞれ、第一章が聴聞の段階、第二章が思惟の段階、第 三章が瞑想の段階に対応しているとい う 5 。宗教学者のウィリ アム・センクナー ︵ W illiam Cenkner ︶ がシャンカラ派の世師へ のインタビューなどを踏まえて指摘しているように、この三 段階から成る修行は﹁一つの統合的なプロセス﹂を成してい る。 た だ、 そ れ ら 三 段 階 の 中 で も、 ﹁聴 聞 と 思 惟 は、 修 行 と
二七四 シャンカラ派における聖典の言葉と修行階梯︵澤 井︶ 識別に年限が必要である。したがって、三段階の方法を一つ の統合的なプロセスと呼ぶことができるのは、ただその成熟 した ︹瞑想の︺段階においてのみである﹂ とい う 6 。 ﹁聴 聞・ 思 惟・ 瞑 想﹂ の 修 行 階 梯 は、 ウ パ ニ シ ャ ッ ド 時 代 にすでに確立されていたわけではない。すでに挙げた﹃ブリ ハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド﹄の文章が、シャン カラ派の伝統における修行階梯の典拠とされるが、このテク スト自体が必ずしもヴェーダーンタ的修行方法を示している わけではない。ヴェーダーンタ哲学者たちがこの文章に﹁聴 聞・思惟・瞑想﹂という修行階梯を読み込んで解釈したので あ る。 不 二 一 元 論 ヴ ェ ー ダ ー ン タ 哲 学 の 伝 統 に お い て、 ﹁聴 聞・思惟・瞑想﹂の修行階梯が現れたのは、島岩も指摘する よ う に、 シ ャ ン カ ラ よ り も 少 し 早 い マ ン ダ ナ ミ シ ュ ラ ︵ Ma ṇ ḍanamiśra 六 七 五 ︱ 七 二 〇 頃︶ に お い て で あ っ た。 マ ン ダ ナ ミ シ ュ ラ は﹃ブ リ ハ ッ ド・ ア ー ラ ニ ヤ カ・ ウ パ ニ シ ャ ッ ド﹄ ︵ II. 4.5 お よ び IV .5 .6︶ に も と づ き、 ﹁瞑 想﹂ ︵ abhyāsa; dhyānābhyāsa ︶ は﹁聴 聞、 思 惟 を 前 提 と す る﹂ と 論 じ て い る 7 。﹁聴 聞・ 思 惟・瞑想﹂のうち、どのモチーフを重視するかは学派内でも 立場の違いがある。不二一元論学派において、長年のあいだ 主 流 を 成 し た ヴ ィ ヴ ァ ラ ナ 派 は ス レ ー シ ュ ヴ ァ ラ や パ ド マ パ ー ダ の 流 れ を 受 け た も の で、 ﹁聖 典 か ら 生 ず る 知 識 は 直 接 的 な も の で あ る と す る 立 場﹂ ︵ śabdāpar okṣaprasthāna ︶ を 採 っ た。 聴聞を最も重要な修行階梯とみなし、他の二つには二次的な 意 義 し か 認 め な い。 一 方、 ﹃バ ー マ テ ィ ー﹄ の 流 れ を む バーマティー派は﹁聖典から生ずる知識は間接的なものであ る と す る 立 場﹂ ︵ śabdapar okṣaprasthāna ︶ を 採 っ た。 そ こ で﹁聴 聞・思惟・瞑想﹂の修行階梯を順序よく経ることを説 く 8 。さ ら に サ ダ ー ナ ン ダ ︵一 五 〇 〇 年 頃︶ の ヴ ェ ー ダ ー ン タ 哲 学 の 綱 要 書﹃ヴ ェ ー ダ ー ン タ・ サ ー ラ﹄ ︵ Vedāntasār a︶ で は、 修 行 階 梯 は﹁聴 聞・ 思 惟・ 瞑 想﹂ の 三 階 梯 の う え に、 ﹁三 昧﹂ ︵ samādhi ︶ の階梯が付け加えられて四階梯になってい る 9 。
二
シャンカラ派では、弟子の資格がある、と世師が認めた者 だけに出家遊行が許され、弟子として入門が許可される。師 に弟子入りするための前提条件として、シャンカラは次の四 つ の 条 件 を 挙 げ て い る 10 。 ま ず、 ﹁永 遠 な る も の と 無 常 な る も の を 識 別 す る こ と﹂ ︵ nityānity avastuviveka ︶ 。 第 二 の 条 件 は﹁現 世と来世において、利益を享受したいという欲求を棄てるこ と﹂ ︵ ihām utrārthabh og avirāg a︶ 。 第 三 に﹁静 穏 や 自 己 抑 制 な ど の 手 段 を 得 て い る こ と﹂ ︵ śamadamādisādhanasaṃpat ︶ 。 シ ャ ン カ ラ 派 で は、 ﹁静 穏﹂ ︵ śama ︶ と﹁自 己 抑 制﹂ ︵ dama ︶ の ほ か、 ﹁世 俗的行為の停止﹂ ︵ uparati ︶ 、﹁忍耐﹂ ︵ titikṣā ︶ 、﹁専心﹂ ︵ samādhāna ︶ 、 ﹁信﹂ ︵ śraddhā ︶ の 六 つ の﹁徳﹂ ︵ gu ṇ a︶ を 具 備 し て い る こ と が二七五 シャンカラ派における聖典の言葉と修行階梯︵澤 井︶ 不可欠であるという。最後に、第四の前提条件は﹁解脱を希 求していること﹂ ︵ m um ukṣutva ︶ である。 今 日、 シ ャ ン カ ラ 派 総 本 山 の シ ュ リ ン ゲ ー リ 僧 院 で は、 ﹃ヴ ィ ヴ ェ ー カ・ チ ュ ー ダ ー マ ニ﹄ が 尊 重 さ れ て い る。 そ れ は文献学的にシャンカラの真作ではないが、伝統的にシャン カ ラ に 帰 せ ら れ て い る。 僧 院 の 第 三 四 代 世 師、 チ ャ ン ド ラ シ ェ ー カ ラ・ バ ー ラ テ ィ ー ︵ Candraśekharabhāratī ︶ は、 そ の 文 献に依りながら、解脱の達成へ向けて﹁信﹂の重要性、すな わち師の言葉とウパニシャッド聖典を無条件に受容すること の 大 切 さ を 強 調 し て い る 11 。 シ ャ ン カ ラ も﹃ウ パ デ ー シ ャ・ サーハスリー﹄の中で述べているように、 ﹁︹師による︺以外 の 方 法 で は︹ブ ラ フ マ ン の︺ 知 識 は 得 ら れ な い か ら で あ る﹂ ︵ any athā ca jñānaprāpty abhāvā t︶12 。シュリンゲーリ僧院で尊重され て き た マ ー ダ ヴ ァ ︵ Mādhava ︶ 作 と 言 わ れ る シ ャ ン カ ラ の 伝 説 的 伝 記﹃シ ャ ン カ ラ の 世 界 征 服﹄ ︵ Śaṅkar adigvijay a︶ も、 出 家 遊 行 の 伝 統 に お け る 師 の 重 要 性 に つ い て、 ﹁こ こ で、 聖 な る 師の慈悲がなければ、聖典から何を︹得ることができるだろ うか︺ ﹂ ︵ ... śāstrāt kim iha na śrīgurukṛpā ︶ と記してい る 13 。師の指導 が な け れ ば、 ﹁ブ ラ フ マ ン の 知 識﹂ を 体 得 す る こ と は で き な い。師はすでに聖典の言葉がもつ深秘的意味を理解し、根源 的実在ブラフマンを体得した存在、すなわち、 ﹁生身解脱者﹂ であるという。修行階梯では、師に対する﹁信﹂すなわち師 へ の 絶 対 的 な 信 頼 は 極 め て 重 要 で あ る 14 。 ち な み に、 ﹃シ ャ ン カ ラ の 世 界 征 服﹄ も、 シ ャ ン カ ラ 自 ら は 師 ゴ ー ヴ ィ ン ダ ︵ Govinda ︶ に 弟 子 入 り す る ま え に、 す で に 存 在 の 本 質 ブ ラ フ マンを体認していたが、それでも伝統的慣習に則って、師か ら聖典ウパニシャッドの言葉を聴聞したと伝承してい る 15 。
三
弟子は師から聖典の言葉を聴聞する中で、心を次第に存在 の 深 み へ と 深 化 さ せ て い く。 ﹁聴 聞﹂ の 段 階 は﹁ブ ラ フ マ ン の知識﹂の獲得へ向けて、心の深化の第一歩である。 ﹁聴聞﹂ の 段 階 で は、 シ ャ ン カ ラ も﹃ウ パ デ ー シ ャ・ サ ー ハ ス リ ー﹄ で 記 し て い る よ う に、 ま ず、 師 は 専 ら﹁ア ー ト マ ン の 唯 一 性﹂ ︵ ātmaikatva ︶ を 説 く ウ パ ニ シ ャ ッ ド の 聖 句 を 弟 子 に 教 え る 16 。 弟 子 は ブ ラ フ マ ン ︵す な わ ち ア ー ト マ ン︶ の 唯 一 性 の 教 説 を 心 に 憶 え る。 と こ ろ が、 個 我 的 意 識 す な わ ち 無 明 ︵ avidyā ︶ の視点からみれば、ブラフマンは﹁一﹂ではなく﹁多﹂であ るかのように見える。個我という主体性の根拠それ自体が幻 妄 ︵マ ー ヤ ー︶ 的 特 徴 を 具 え て い る か ら で あ る。 シ ャ ン カ ラ によれば、個我的意識はちょうど幻視あるいは錯覚の状態に あ る が、 無 明 に 根 ざ す 誤 認 を シ ャ ン カ ラ は﹁付 託﹂ ︵ adhyāsa ︶ と 呼 ぶ。 ﹁付 託﹂ と は 何 か の 実 在 の う え に、 何 か 別 の 実 在 を かぶせることである。二七六 シャンカラ派における聖典の言葉と修行階梯︵澤 井︶ 次に﹁聴聞﹂段階を踏まえて、弟子は聖典の言葉および師 の 注 解 を 論 理 的 思 考 ︵ tarka ︶ で 熟 考 す る 段 階、 ﹁思 惟﹂ の 段 階 へ進む。心に憶えた聖典の言葉の意味について試行錯誤しな がらも、師からの適切な指導を得て、聖典が説くブラフマン の実在性について十分な知識を得る。しかし、その知識がす ぐにブラフマンの本質直観を惹き起こすわけではない。シャ ンカラ派の知識人の一人で、世界的に有名な哲学者のマハー デ ー ヴ ァ ン ︵ T.M .P. Mahadevan ︶ も 述 べ て い る よ う に、 こ の 段 階では、ウパニシャッドの教えに関する疑念が取り除かれる という。マハーデーヴァンは次のように言う。 ﹁思惟﹂ ︵ manana ︶ は省察である。ウパニシャッドの教えを学んだ後、 そ れ に つ い て 省 察 し、 ど う し て ウ パ ニ シ ャ ッ ド の 教 え だ け が 正 し く て、 そ の 他 の 教 え が 正 し く な い の か を 理 解 し よ う と す る。 数 え 切 れ な い 疑 念 が 生 起 す る が、 こ れ ら の 全 て は 認 知 の 過 程 で 追 い 払 わ れ て し ま う。 ﹁思 惟﹂ は 新 た な 真 理 を 開 示 す る わ け で は な い。 そ れ は た だ﹁聴 聞﹂ を と お し て、 す で に 受 け 取 っ た 最 終 的 な 真 理 に 関 し て、 疑念を除去するのに役立つだけであ る 17 。 弟子は﹁聴聞﹂の段階において、ブラフマンの実在性を知 的に認識できたとしても、言葉の常識的な意味理解が、日常 的 意 識 の 中 に 根 強 く 残 存 し て い る。 そ の た め に、 ウ パ ニ シャッドの教えに関する疑念が次々と生起してくる。それら の疑念は﹁思惟﹂をとおして取り除かれる。このことはシャ ンカラの意識論によれば、 ﹁覚醒﹂ ︵ jāgrat ︶ から ﹁夢眠﹂ ︵ svapna ︶ の 意 識 状 態 へ の 深 化 を 示 唆 し て い る。 ﹁夢 眠﹂ の 意 識 状 態 で は、存在の本質が見え隠れするものの、依然として聖典の意 味内容を明確には理解できていない。 さ らに ﹁ 瞑 想 ﹂ の 段 階 に な っ て 、長 年 の あ いだ 蓄 積 して き た 概 念 的 あ る い は 理 性 的 な 知 の 障 壁 が 突 破 さ れ る 。 ウ パ ニ シ ャ ッ ド 聖 典 の言 葉 あ る い は 師の教 示の要 約 を 中 断 す る こと な く 瞑 想 す る 。 そ れ は 、 シ ャ ンカラ が ﹃ ウ パ デ ー シ ャ ・ サ ー ハ ス リ ー ﹄ の 散 文 第 三 章 で 記 し て い る よ う に 、 ウ パ ニ シ ャ ッ ド 聖 典 の 要 点 を 繰 返 す 省 察 、 す な わ ち ﹁ パ リ サ ン キ ヤ ー ナ 念 想 ﹂ ︵ par isaṃkh yān a︶ で あ る 18 。 解 脱 を 求 め る 出 家 遊 行 者の 弟 子 は 静 寂 な 場 に 坐 っ て 、外 界の 対 象 に 向 い て い る 心 の 動 き を 抑 え 、 ウ パ ニ シ ャ ッ ド の ﹁ 大 文 章 ﹂ ︵ m ah āv āky a︶ あ る い は 聖 句 の 要 約 を 反 復 し な が ら 、 心 を 根 源 的 実 在 ブ ラ フ マ ン ︵ す な わ ち ア ー ト マ ン ︶ だ け に 集 中 さ せ る 。 こ う し て 日 常 言 語 の 意 味の 枠 組 みか ら 少 し ず つ 抜 け 出 し て い く 。瞑 想 はブ ラ フ マ ン の ﹁ 本 質 直 観 ﹂ ︵ an ubha va ︶ が 生 起 す る ま で 続 け ら れ る 。 マ ハ ー デ ー ヴ ァ ン は ﹁ 瞑 想 ﹂ 段 階 に つ い て 、 次 の よ う に 言 う 。 こ れ ら︹旧 い 思 考 習 慣︺ を 乗 り 越 え る た め に は、 ﹁瞑 想﹂ ︵ nididhyāsana ︶ す な わ ち 深 い 沈 思 が 必 要 で あ る。 こ う し た 階 梯 プ ロ セ ス を と お し て、 は じ め は 自 己 に 関 す る た だ 単 な る 理 論 的 な 知 識 ︵﹁知覚できないもの﹂ par okṣa ︶ であったものが、絶対的なものの直
二七七 シャンカラ派における聖典の言葉と修行階梯︵澤 井︶ 接 的 な 認 識、 す な わ ち 直 観 的 な 体 験︵ ﹁現 前 し た も の﹂ apar okṣa ︶ に な る。 こ の 智 慧 の 生 起 と と も に、 ひ と は 生 身 解 脱 者 に な る。 こ の 身 体の中にありながらも、 ひとは解脱しているのであ る 19 。 シ ャ ン カ ラ 派 僧 院 で 尊 重 さ れ て い る﹃ヴ ィ ヴ ェ ー カ・ チューダーマニ﹄ では、 解 脱[に 到 達 す る た め] の 手 段 の 中 で は、 バ ク テ ィ が 最 も 重 要 な も のである。自らの本質の探究がバクティであると言われる。 mokṣakāra ṇ asāmagryā ṃ bhaktir eva g arīy asī/ svasvarūpān usandhāna
ṃ bhaktir ity abhidhīy
ate/ / 20 と 記 さ れ て い る。 こ の 頌 を 注 解 し て、 僧 院 の 第 三 四 代 世 師 チャンドラシェーカラ・バーラティーは、シャンカラがバク テ ィ ︵ bhakti ︶ を﹁我 ︵ア ー ト マ ン︶ の 悟 得 に 到 る 直 接 的 な ︵内 的な︶ 手段﹂ とみなしていると説明し、 そのうえで、 自 ら の 本 質 の 探 究︵ svasvarūpān usandhāna ︶ と は、 深 遠 な 反 復 的 瞑 想、 す な わ ち 瞑 想︵ nididhyāsana ︶ の こ と で あ る。 そ れ だ け が 直 接 的な悟得への直接の手段として役立つのであ る 21 。 と述べている。このように世師チャンドラシェーカラ・バー ラ テ ィ ー は、 ﹁自 ら の 本 質 の 探 究﹂ と し て の バ ク テ ィ を 瞑 想 ︵ nididhyāsana ︶ と 同 定 し て い る。 弟 子 の 心 が 自 己 の 本 質 す な わ ち 最 高 我 と の 一 体 化 へ 変 化 し て い く に つ れ て、 個 我 ︵ jīvātman ︶ の 意 識 は 次 第 に 消 滅 し て い く。 そ れ は 不 二 一 元 論 の意識論でいえば、いわゆる﹁第四位﹂ ︵ turīy a, tury a, caturtha ︶ の 状 態、 す な わ ち ブ ラ フ マ ン の 本 質 直 観 へ の 心 の 深 化 で あ る 22 。 弟 子 は ウ パ ニ シ ャ ッ ド の 大 文 章 ︵ mahāvāky a︶ 、 す な わ ち ﹁我 は ブ ラ フ マ ン な り﹂ ︵ ahaṃ brahmāsmi ︶ や﹁汝 は そ れ な り﹂ ︵ tat tvam asi ︶ の 意 味 を 自 ら の 形 而 上 的 体 験 を と お し て 体 認 す ることになる。
おわりに
存 在 世 界 の 本 質 は こ う し た 修 行 階 梯 を と お し て、 ウ パ ニ シャッド聖典の言葉の本質直観によって理解される。そうし た 意 味 で は、 ウ パ ニ シ ャ ッ ド 聖 典 の 知 は﹁体 験 知﹂ で あ る。 シャンカラ派の修行階梯を経て、ウパニシャッド聖典の内的 意味すなわち﹁ブラフマンとアートマンの一体性﹂が直観的 に 理 解 さ れ る。 ﹁聴 聞・ 思 惟・ 瞑 想﹂ と い う 修 行 階 梯 は、 実 際には聴聞↓思惟↓瞑想という一方向的なモデルで示される ような単線的なものではない。それは三つのモチーフが弟子 の心の中で複雑に重なり合っている。シャンカラ派の修行階 梯において、シャンカラの哲学は単なる聖典注釈でも哲学的 思索の所産でもない。聖典解釈それ自体が、修行にもとづく 本質直観によって裏打ちされて展開された独自の哲学的思惟 であると認識されている。そのことはシャンカラ派の思想を二七八 シャンカラ派における聖典の言葉と修行階梯︵澤 井︶ 理解するうえで注目すべき点であろう。 1 ﹁師 と 弟 子 の 関 係﹂ に 関 す る 詳 し い 議 論 に つ い て は、 拙 論 [二〇一七] の一一︱一九頁を参照。 2 Bṛhadār a ṇ yakopaniṣad ︵略号 BU ︶、 IV . 5 . 6 , p . 941 . Cf . B U , II. 4. 5, p. 760 . 3 Bṛhadār a ṇ yakopaniṣadbhāṣy a︵略号 B UBh ︶、 I.4 .2, p. 649 . 4 B UBh , II. 4. 5, p. 760 . なお、 ﹃ブリハッド・アーラニヤカ・ウパ ニ シ ャ ッ ド﹄ に 関 す る シ ャ ン カ ラ の 解 釈 法 に つ い て は、 Hirst [ 1996 ] , pp . 58–75 . を参照。 5 H ac ker [ 1949 ]、 S. 9. 前田[一九八八]二八六 頁 。 前 田 專 學 に よ れ ば、 ﹃ウ パ デ ー シ ャ・ サ ー ハ ス リ ー﹄ の﹁散 文 は、 シ ャ ン カ ラ の 実 際 の 経 験 を も と に し て 書 か れ た も の と 思 わ れ る﹂ 。 さ ら に﹁散 文 は 教 師 に 対 す る 教 授 上 の 指 導 要 領 で あ り、 他 方、 韻 文 は、 い わ ば、 学 生 に 対 す る 教 科 書 で あ る﹂ と い う。 詳しくは、前田[一九八〇]八八頁を参照。 6 Cenkner [ 1983 ]、 pp . 172–173 . 7 島[二 〇 一 二] 、 三 三 頁 を 参 照。 Cf . Br ahmasiddhi , pp . xxvii– xxxi ; xxxii–xxxvi ; 12; 35; 134 . 8 島[二〇一二] 、四三︱四四頁を参照。 9 Sadānanda, Vedānta-sār a, pp . 12–13 . ま た 中 村[一 九 九 六] 、 二七八︱二八一頁、三三七︱三四九頁を参照。 10 BSBh , I. 1.1 , pp . 36–37 . 11 Viv ekacūḍāma ṇ i︵略号 VC ︶ 48 , p . 63 . 12 U padeśasāhasrī ︵略 号 U pad ︶、 II. 1.3 , p. 191 .﹃ウ パ デ ー シ ャ・ サーハスリー﹄一九八頁。 13 Mādhava. Śaṅkar adigvijay a ︵略号 ŚDV ︶、 VI. 43a, p . 232. 14 シ ャ ン カ ラ 派 に お け る﹁信﹂ ︵ śraddhā ︶ の 意 義 に 関 す る 詳 細 な議論については、拙論[二〇一六] を参照。 15 ŚD V, V .100–104, pp . 181–184 . 16 U pad, II. 1.6 , p. 192. ﹃ウパデーシャ・サーハスリー﹄ 、二〇〇 頁。 17 Mahadevan 1954, p . 96. 18 U pad, II. 3.112, p. 216. ﹃ウパデーシャ・サーハスリー﹄ 、二五七 頁。 19 T.M .P. Mahadevan [ 1954 ]、 p. 96. 20 V C , 32, p . 46. 21 V C , 32, pp . 46–47 . 22 詳しくは、拙稿[一九八七] を参照。 ︿参考文献﹀ ︵一次文献︶ Br ahmasiddhi by Ᾱ cāry a Ma ṇ ḍanamiśr a with the Commentary by Śaṅkhapā ṇ i. Edited by S. Kuppus w ami Śāstrī. Madras Government Oriental Man uscripts Series IV . Madras : Government Press , 1935 . Bṛhadār a ṇ yakopaniṣad . In Ten Principal U panishads with Śāṅkar abhāṣy a. Edited by Śrī Govinda Śāstrī T ippa ṇ i. Works of Śaṅkarācāry a in Original S anskrit, vol . 1 . Delhi : M otilal Banarsidass , 1978. Mādhava. Śaṅkar adigvijay a. Edited by M . C . Apte . Poona: Ānandāśrama Press , 1891 .
二七九 シャンカラ派における聖典の言葉と修行階梯︵澤 井︶ Sadānanda. Vedānta-sār a. Edited by M . Hiriy anna with Intr oduction, T ranslation and Explanatory Notes . Poona Oriental Series no. 14 .
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