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中小企業におけるビッグデータ活用の 普及に係る分析研究

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Ⅰ. はじめに

 ビッグデータ(Big Da ta )は、IT活用の新たな仕組み・手法として、

2011年頃から盛んに用いられる様になった。当初は、自然環境、宇宙、バ イオ・ゲノムなどの分野において、未知で複雑な謎を解くツールとして用い られていたが、次第に、人口問題、疫病、テロ対策など社会的課題の解決に 用いられるようになり、その後、ビジネスの世界で有用される様になって行 った。今では、主に大企業が自社の競争力を高めるために、市場動向、顧客 嗜好、適正価格の模索と理解を目的として、ビッグデータによる解析・分析 を行っている。学術的な調査では、ビッグデータを活用している大企業は していない大企業に比べ、高い生産性と株式の上昇を得ているとの結果もあ る。(Brown、B.、et.al. 2011:2)しかしながら、このようなブームの中 でも、経営資源に劣る中小企業では、ビッグデータの活用は今ひとつ進んで いないと見受けられる。

 そこで、桜美林大学産業研究所「中小企業のビッグデータ活用に関する研 究」プロジェクトチームでは、2年前より3年間の計画で、中小企業におけ るビッグデータ活用を活性化させる仕組みについて研究を開始した。本年度

中小企業におけるビッグデータ活用の 普及に係る分析研究

目   次

有賀 清一・藤田 晃・坂田 淳一

Ⅰ. はじめに

Ⅱ.  ビッグデータブームの背景と中小企業での活用について

Ⅲ. 中小企業でのデータ活用に関する調査研究

Ⅳ. 中小企業のビッグデータ活用に関する課題

Ⅴ. むすび 

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はその2年度にあたる。初年度は、文献調査、国内外におけるヒアリング実 態調査を実施した。その中で、確かに中小企業のビッグデータ活用は進んで いないものの少数ではあるが、積極的に用いてビジネスに活かしている企業 が日本国内に存在することや、アメリカの複数の中小企業では、競合他社と の差別化、顧客を誘引・引き留めのために、ビッグデータを活用したサービ スに取り組んでいる事例情報を得ることができた。また、アメリカ、日本の 両国において、中小企業のビッグデータ活用を有償で支援するサービス企業 がいくつも生まれていることについても同様に明らかにすることができた。

この結果、中小企業では、公的機関が提供する大量のデータを活用するより も先に、自社が保有する多量な事業・業務データを使いこなし、自社の経営 分析を行うことが、後の効果的なビッグデータ活用に繋がって行くとの考え を導くことができたのである。

 そして調査活動2年度を迎え、まずは本プロジェクトチームによって、

実際的に近隣地域中小企業をビッグデータ活用により、支援してみる試みを 実施した。その結果、大変有効な成果を得ることができている。

Ⅱ. ビッグデータブームの背景と中小企業での活用について

 前掲のように、ビジネスにおけるビッグデータ活用の主な目的として、市 場動向、顧客嗜好、適正価格などの把握が挙げられる。これらについては、

これまで大企業では、自社において収集したデータを分析することにより、

限定的な事実として知り得て来た項目である。ここで限定的とするのは、あ くまで自社の顧客が残したデータ分析から推察できる結果に留まる事実と言 う意味であり、市場全体や顧客全員を把握できる分析結果ではなかった。し かし、Webやデータベースに代表されるIT技術の急進展により、これらの 技術を用いて多種多様な情報を収集し、分析する仕組みを持つ企業が現れ始 めた。例えば、グーグル、アマゾン、価格コムなどがこれらに当たり、収集 した膨大な情報の分析によって、これまで知り得なかった他社の製品を購入 した顧客、結局何も購入しなかった顧客の動向を明らかにして提供を行う サービスを開始したのである。(鈴木2012:660)これらと同様のサービス が一般企業や消費者の間に浸透することにより、企業の戦略は転換を迫られ ることになった。B to C 型企業では、それまで神話的に継続されて来た顧 客満足を提供するサービスから、新規の顧客を獲得するための価値提供へ転

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換が起こりはじめた。顧客は様々な手法で購買対象の製品を吟味し、購入す ることが明らかになり、限られた顧客を維持することに重点を置いた手法 は消極的に映り始めたのである。特に、人口減少で市場が縮小していく環境 下では、新規顧客を積極的に獲得することが勝ち残りに繋がるなどの考え が、この現象をさらに加速させて行った。また、B to B企業では、慣例化し ていた国内資本系列・グループ企業、昔からお付き合いが長い企業等から の部材の調達から、社内外、国内外を問わない最適調達へと変化して行っ た。(Hsinchun Che n、 Ro ge r H. L. Chia ng、Ve da  C. Sto re y 2 0 1 2 : 1180)ビッグデータの活用によって、調達先の発する情報はリアルタイム に世界規模で比較・収集できる様になり、グローバルな調達環境が整備され たのである。これに伴い、物流サービスの機能や仕組みも大きく変わること になった。ビッグデータの活用はビジネスの手法や仕組みに変化を与え、そ の活用は今や、大企業では当たり前となったのである。そして、ここ数年の 間に、ブームと呼ばれる現象から、ビジネス基盤に変化を与える定常的な存 在にまでなったのである。

 一方、多数の顧客を対象にせず、限定した商圏内の顧客への深い浸透を目 指す地域小規模企業や、大企業や中堅企業からの発注を主たる業務とする受 託型中小製造企業では、市場や顧客の動向探査、国際的な最適調達の探査と は縁が薄く、ビッグデータの活用のニーズが少ない傾向が強い。また、ニー ズの欠如と伴に、ビッグデータを活用する情報リテラシーを有した人材の欠 如が、これらの中小企業において活用を加速させない原因になっている。

 そもそも、中小企業には、公共機関が提供する「パブリック  ビッグデー タ」と伴に活用できる、「プライベート  ビッグデータ」を自社で収集でき る仕組みや資金がないため、ビッグデータを経営に有用するための、基本的 な情報インフラを構築することから始めなければならない。この体勢整備で 躓く中小企業は少なくない。それでも多くの中小企業においては、ビッグデ ータと呼べる量には届かないものの、数テラバイトの経営情報は、レジデー タや受発注データなどが存在しており、それらに時系列的な分析を加えれ ば、それなりに貴重な事実や示唆に繋がる結果が得られている。特に、B to  C 企業では、レジはその宝庫であり、その企業特有の重要なデータが眠って いる。これらのデータの分析は、顧客の購買特性や時系列での購買変化、所 在や所属などの属性による差異を明確化してくれる。この分析結果を、グー グルマップや地域人口分布などのパブリックビッグデータと組み合わせ可視

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化すれば、これまで見ることができず隠れていた事実を目にすることが可能 になる。更にこれらに、自社の会計データ等を重なり合わせれば、項目別の 売上や利益の傾向差異も明示することが可能になり、中小企業において、大 量データの活用による経営戦略策定を可能にする素材を得られることにな る。勿論これら一連の作業を可能にする基本的な情報リテラシーを、教育研 修等で身につける必要があるが、中小企業が、ビッグデータ活用に縁が薄い と言う事実を、少なからず拭い去れる手法である。大企業では既に一定の普 及感があるビッグデータ活用であるが、この様な地道なデータ活用を組織内 で定期に実施する環境や習慣を醸成することで、中小企業においても、ビッ グデータ活用は根付いて行くものと思われる。

 中小企業におけるビッグデータ活用の普及には、どの様なデータをどうや って収集するかと言うツール及び手法の問題と、いかに分析するかというツ ールと手法に技能を加えた人の問題と、それを自社の戦略にどの様に活かす かと言う、組織の知恵の問題が存在する

 それぞれ、解決は容易ではないが、ビジネスの手法や仕組みは確実に変化 を起こしており、大企業とはビジネスドメインが異なる中小企業でも、早 晩回避が難しい環境になるであろう。慌てた粗雑な対応で事業に影響が出な いようにするためにも、早期にビッグデータ活用に着手することが求められ ている。

Ⅲ. 中小企業でのデータ活用に関する調査研究

 2014年度から、産業研究所のプロジェクトとして、「中小企業のビッグ データ活用」を実施している。本章では、2015年度に町田市の企業と実施 した共同研究の内容について報告する。

 2015年度8月より町田市内のクリーニング業、株式会社ニックを対象とし たデータ活用に関するコンサルティングを行っている。これを通し、中小企 業におけるデータ活用の実際の観察調査を行った。

1. 1 研究の目的

 近年のコンピュータ処理能力の向上、ネットワークの高速化、統計アルゴ リズムの進歩などにより、大量のデータを統計的に取り扱い、そこから有用 な情報を抽出する、データマイニングの利用が増えている。

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 中小企業においては、研究開発、IT等の分野の人材が不足しているとさ れている。(中小企業庁  2015:227)実際、今回対象とした企業での打ち 合わせにおいて、データは保管しているが、これを効果的に使った分析が行 えていないという内容の相談があった。そこで、大学の知識を地域の中小企 業に還元するためのコンサルティングを行うことで、地域の中小企業の活性 化に役立つことが可能ではないかと考え、この研究を実施した。この研究の 目的は、既存のデータをもとに、大学で実施可能な分析を企業に提供し、活 用可能にすること。企業でも分析が実施可能になるマニュアル等を作成し、

分析のための環境を整備すること。これらをとおして、大学が中小企業に貢 献可能なデータ分析手法が存在することを示すことである。

2. 研究対象企業・研究体制

 今回の調査において、研究の対象はクリーニング業、株式会社ニックとし た。株式会社ニック社長の西川氏が町田商工会議所の講習会に参加し、ビッ グデータ等の活用に興味を持っており、今回の研究として既存のデータを再 分析するデータマイニングを実施するために西川氏の協力を得た。

 桜美林大学側の研究体制は、筆者のゼミ(専攻演習)における2年生、4 年生の学生と筆者である。1か月に1回程度の打ち合わせを株式会社ニッ ク、筆者間で実施し、既存のデータの提供を受け、分析方法についての意見 交換を行った。

3. 提案概要

 今回、株式会社ニックにデータ分析手法を提案するにあたって、提案の仕 様を以下のように定めた。

・中小企業において入手可能なソフトウェアを活用すること

・マニュアルを作成することで、中小企業の従業員が今後分析を実施できる  ようになること

・GIS情報を使い、店舗周辺の顧客の位置(住所)とRFM分析などの優良顧  客情報をむすびつけること

(1)提案

 前述の仕様に基づき、作成した提案について以下に説明する。

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表1 提案に使用したソフトウェア

 表1に提案に使用したソフトウェアをまとめる。すでに対象の企業では Microsoft Excel 2013を使用していた。Microsoft Power Map for Excelは導 入されていなかったが、作成したマニュアルにより容易に導入が可能であ る。IBM  SPSS  Statistics  22は比較的高価なソフトウェアであるが、大学に 導入されているものを使用し、提案の図表作成に用いた。これらのソフトウ ェアは、現在販売されているノート型PCであれば十分に実行可能なもので ある。

 図1〜3がデータ分析結果報告書の概要である。株式会社ニックの経営情 報の分析そのものについては、本稿の目的外であるため、抜粋のみにとどめ る。図4はこの分析を今後株式会社ニック内で実施するために必要になる Microsoft  Power  Map  for  Excelを導入する目的で作成したマニュアルであ る。データ分析においては、最初に提供を受けたデータをもとにRFM分析 を実施した。これにより、優良顧客の分布を示し顧客のクラスター化を行 い、3次元での可視化を行った。次にRFM分析で得られた顧客ごとの分析結 果を地図上にプロットした。これにより、新規会員の増加および顧客の来店 頻度には、季節性と地域性があることが示された。

図1 データ分析報告書

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図2 RFM分析の3次元可視化

図3 Power Mapによる顧客分布可視化

図4 Power Map導入マニュアル

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4. 中小企業におけるデータ活用状況

 今回、町田市の中小企業、株式会社ニックに対するコンサルティング活動 を通し、中小企業におけるデータ活用に関する観察調査を行った。本調査よ り判明した事実を以下に述べる。

(1)事前のデータ利用状況

 レジから出力されるCSV形式のポイントカード情報が存在し、2002年か らのものが保存されていた。ここには、会員番号、住所、登録日付、前回期 累計売上、今回期累計売上、前回機来店数、今回期来店回数、前回期累計点 数、今回期累計点数、前回期ABC分析、今回期ABC分析、最終来店日付の データが会員ごとに保存されている。同時に保存されている電話番号につい ては、個人情報にあたるため、店舗側で消去したあとでデータの提供を受け た。また、店舗では衣類の種類ごとにクリーニング依頼点数なども保存して いるが、会員番号の記録がないため、顧客の分類には活用できなかった。

 これらのデータは定期的にABC分析にかけ、経営幹部間で情報共有は行 われていたが、それ以上の分析は、業務が忙しいため実施されていなかっ た。しかしながら経営幹部間では、データの中に重要な情報があるとは予想 されていた。

  

(2)提案したデータ活用方法の評価

 前述のように、株式会社ニックにおいては、データはすでにあるもののそ れを分析することにまで手が回っていなかった。今回の取り組みによって、

筆者らの協力によりデータの可視化が行えること、地図情報との組み合わせ により、経営に活用可能な情報が得られることが、経営幹部によって確認さ れた。また、このデータ分析による可視化を今後は社内でも実施すること、

筆者らとのデータ分析の取り組みを継続することが決められた。以上によ り、本稿の目的である、既存のデータをもとに、大学における分析結果を提 供すること、中小企業内でデータ分析の実施が可能になる環境を提案するこ と、大学の地域貢献により中小企業が活用できる情報を提供可能であると示 すことが達成されたものと考える。

5. まとめ

 今回調査対象とした株式会社ニックは、これまでExcelを用いたデータの

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分析を行っていた。しかしながら、社長自身にデータ活用が十分ではないと いう思いがあり、桜美林大学産業研究所にコンサルティングが依頼されるこ ととなった。既述したとおり、データ活用についての実作業は店舗店長が定 期的に実施し、顧客の分布や季節ごとの売り上げ変化などは把握され、幹部 で共有されていた。しかしながら、数年間にまたがる統計的分析やGIS情報 を活用した分析までは実施されていない状況であったとのことである。日々 の繁忙さのなかでは、データ分析にまでは手が回らない、というのが現実で あったと思われる。今回実施したコンサルティングのなかで、SPSSを用い た分析やGIS情報を利用した分析を示すことで、経営幹部への新たな情報提 供となったことから、このことが示されたと考える。今後もこのコンサルテ ィング活動は継続し、さらに中小企業にとって有用な分析方法についての知 見を蓄積する予定である。

Ⅳ. 中小企業のビッグデータ活用に関する課題

 中小企業のビッグデータの活用が求められている。その際の課題について 大阪商工会議所がアンケート調査を実施した。調査概要は以下の通りである

(大阪商工会議所2014)。

 (1)調査期間:2014年9月24日から10月8日  (2)調査対象:7,171社 

 (3)有効回答数:785社(回答率10.9%)

 (4)回答企業の資本金:5千万円以下 74.8%、5千万円超〜 25.2%

 (5)回答企業の業種:製造業 35.7%、非製造業 64.3%

 (6)情報(データ)活用に関しての課題:

   ・ 「情報(データ)の活用の仕方がわからない」34.0%

   ・ 「情報(データ)を分析する人材がいない」56.9%

   ・ 「情報(データ)活用の費用対効果がわかりにくい」64.9%

   ・ 「情報(データ)を重視しない社内風土」10.0%

   ・ 「情報(データ)収集の社会的ルールが未整備」30.0%

   ・ 「情報(データ)活用の社会的ルールが未整備」27.6%

1. 費用対効果についての課題

 ビッグデータの活用に関して「費用対効果」がよくわからないという課題

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がある。費用については、ビッグデータを解析するのだからスーパーコンピ ューターを使うのかなどと考えると、どれくらいコストがかかるのかと危惧 してしまう。しかしパソコンのエクセルソフトを用いることにより表2のよ うに「ビッグデータ」の解析が可能になった。中小企業でデータ解析に費用 をかけられないと思っている企業にこの実態を伝えてゆく必要がある。

表2 各種エクセルのビッグデータ解析機能の比較

2. 人材不足についての課題

 日本のデータサイエンティストは多く見積もって3千人程度といわれてい る。アメリカでは20万人のデータサイエンティストが活躍していて、人口 比でみると日本でも10万人のデータサイエンティストが必要であろう。デ ータサイエンティスト人材の圧倒的な不足である。

(1)大学におけるデータサイエンティストの育成

 日本では下記のようにビッグデータの解析をおこなうデータサイエンティ ストの育成をおこなう学科、学部が新設されようとしている。

a.東京理科大学経営学部ビジネスエコノミックス学科

 東京理科大学は経営学部にビジネスエコノミックス学科を2016年4月より 新設する。膨大なデータからビジネスの動向を予測し、アイデアを発見する データの科学と、経済学の手法により市場構造やリスクを数理的に解析し、

経営判断に合理的裏付けを与える意思決定の科学を扱う。これらの科学的手 法を駆使してビッグデータとグローバル経営時代に活躍する高度な専門性を 持った人材を育成する。定員は160名である。

出所)前野好太郎『はじめようExcelでビッグデータ分析』2014年、3頁

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b.滋賀大学のデータサイエンス学部の創設

 滋賀大学は2017年4月よりデータサイエンス学部を設置する予定であ る。インターネット上などに蓄積された膨大な情報である「ビッグデー タ」の解析法などを研究、教育する。定員は100名の予定である。

(2)もうひとつのデータサイエンティスト育成のアプローチ

a.ソーシャルファームによるデータサイエンティストの育成

 先述した大阪商工会議所の調査でも、ビッグデータを扱う人材が日本では 不足していることが示された。各中小企業自体がデータサイエンティストを 育成する必要があり、本学が地域貢献活動としてその支援にあたることが求 められていると思われる。そのようなアプローチとともに、もうひとつのこ の問題に対する取り組み方を提案したい。

 それは「データ解析を業務とするソーシャルファーム」の活用である。ソ ーシャルファームは社会的事業所といわれていて、障害などで一般企業に入 社しにくい人と、そうではない人が一緒に協力して、社会に通用する製品や サービスを提供する組織である。1990年代からヨーロッパで普及している。

 「データ解析を業務とするソーシャルファーム」は、対人関係は苦手だが データや数字には興味のある自閉症スペクトラム1  などの一般就労が困難な 人と、データ解析の経験者(健常者)などが協力してすすめる。

 従来、一般就労が困難な人たちには、主として掃除、食堂、農業、単純作 業などの職業訓練が行われているが、それらに関心がなかったり、プライド の面から従事できない人もいるようである。「青い鳥症候群」2「一流大学 症候群」と言われるひきこもりの人たちなどである。

 「データ解析を業務とするソーシャルファーム」では対人関係が苦手な人 のために、インターネットを利用して在宅で教育、就労に参加できるように したい。具体的には「ひきこもりの人」などに、放送大学の「社会統計学入 門」などを視聴してもらい、メールで質問を受ける。オフィスまで来られる 人には面会して質問を受ける。時々講義内容の理解度をさぐる問題をメール で送り講義のポイントを示唆する。また、独自の教材を開発して配信し、質 問を受けることも考えられる。

 教育によりデータ解析の基本を習得できた人に、データをインターネット で送り、解析ができたら、インターネットで送り返してもらう。当分の間は

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オープンデータを解析対象としたい。オープンデータの解析なら、日程を気 にしないで自分(障害をかかえている人)のペースで解析できるからであ る。またそのオープンデータは「ひきこもり」や「発達障害」に関するデー タが望ましい。解析結果を解釈する際、当事者視点を発揮できるものと思わ れるからである。良い解析結果と解釈が行われたら資料にして販売して収益 をあげていく。

 ある程度安定して解析が進められようになったら、比較的納期の厳しくな い大学や非営利組識などから仕事(データ)を出してもらう。

 一般就労が困難ではないスタッフについては、データ解析ができる学生の ボランティアや、一般人向けの「ビッグデータ解析」の講習会参加者のなか で、ソーシャルファームの活動に賛同して頂ける方から募りたい。

b.発達障害者がデータサイエンティストになったケース

 発達障害からうつ病になった人がデータサイエンティストになり優秀な成 果をあげたケースを紹介したい(岩本2015)。大手外資系メーカーに勤務 するデータアナリストの岩本友規さん(36歳)は、社会人10年目で大人の 発達障害と診断された。この岩本氏がデータサイエンティストになるまでの 過程を、ライターの高嶋ちほ子氏が以下のように紹介している(高嶋2015)。

 発達障害には、ADHD(注意欠陥多動性障害)、アスペルガー症候群、

自閉症、LD(学習障害)、自閉症などがあるが、岩本さんの場合は、 

ADHDとアスペルガー症候群を併発していた。発達障害の人は、一般の人 が簡単にできる業務がうまくできず、自信をなくして心身症やうつ病になっ てしまうケースが多い。岩本さんの場合もそうだ。前職では向いていない仕 事に苦しみ続け、うつ病で一年間休職した。

 岩本さんは発達障害やキャリア形成に関する本を読みあさり、自分の適職 は何なのか、じっと考えた。決め手となったのは、チクセントミハイという 心理学者が提唱した フロー という考え方だった。フローとは 時間の感 覚をなくしてやってしまうこと である。それが一番、幸せを感じる瞬間と いえる。そこで、これまでの業務を考えて、 時間の感覚をなくしてやって しまうこと は何か考えてみた。それが 分析 であった。商品の顧客分析 をやっていたときは、とにかく楽しくていつも時間を忘れていたことに気付 いた。

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 障害者認定を受けていた岩本さんは転職活動を開始する。データ分析がで きる仕事を探した。そして1年後、現在の大手外資系メーカーに障害者採用 で入社した。世界中に支社を持つ大手企業だ。成果が出たのはその1年後、

担当分野の予測精度で社内のランキングで世界1位の実績を上げ、所属部署 の日本・オセアニア地区2014年第3四半期の優秀賞を受賞した。

(3)データ解析を学ぶ際の留意点

 中小企業に所属していて、忙しい業務をぬってデータ解析を学びたいと考 えている人がおられると思われる。「データ解析」や「統計学」の授業を担 当して、これらを学ぶ上での留意点を以下に述べたい。

a.テキストの選び方

 ・ 単に手順の解説ではなく、なぜそのような手続きをするのかという理    由が書いてある本がよい。

 ・ 分布の横軸に注意して、母集団分布、標本分布および標準正規分布を    きちんと示している本がよい。

b.計算の仕方ではなく論理を理解すること

 ・ 確率統計学というと順列・組み合わせなどの計算を類推する人がい    る。しかし、例えば統計的仮説検定論を理解するには「背理法」とい    う論理を理解するところから始めた方がよい。

 ・ 確率変数を理解する場合には、確率変数のとりうる値と確率変数の実    現値を明確に区別して把握することが重要である。これが統計的仮説    検定論の骨格を理解する助けになる。

c.質問し理解できたら、人に教えること

 ・ テキストなどで学んでいて、わからないところが出てきたら、少し勇    気を出して、わかっていそうな人に聞くことが大切である。

 ・ 自分で理解できたと思ったら他の人に教えてあげたい。人に教えるこ    とにより自分の理解度を確認することが出来るからである。

3. 個人情報保護の課題

 2015年9月3日、第189回通常国会において、個人情報の保護に関する法律

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の改正に関する法案(個人情報の保護に関する法律及び行政手続における特 定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律の一部を改正する法律 案)が承認・成立した。

 これはパーソナルビッグデータの活用を促進するための改正である。本人 の了解を得なくとも個人が特定できなければパーソナルビッグデータの活用 の道が開かれた。

 朝日新聞の藤田知也は、この法案により一度集められたデータが他の目的 のために転用できる道が残されているという問題点を指摘している(藤田 2015)。

Ⅴ. むすび

 本研究プロジェクトグループの2年間の活動により、ようやく中小企業に おいてビッグデータ活用を普及される糸口が見えて来たように思われる。こ こでは、次年度3年目の活動を見据え普及を支援する大学の役割に触れてみ たい。

 中小企業においても、身近で自然に収集できる自社データとパブリックビ ッグデータを活用して、経営戦略に活かす試みは大いに受け入れられるもの と考えられる。しかしながら一方で、これらに着手できる人材の欠如は、活 用の普及を妨げる致命的な課題である。そもそも家族や少数で事業を営なむ 小規模事業者にとって、定常的にマンパワーが不足している中で、ビッグデ ータ活用を実際に行う人材の確保は現実的に厳しい。(喜連川2012:14)

実際に3章で紹介した、クリーニングサービス企業の株式会社ニックにおい ても、日々の業務に人手を取られ、収集したデータ分析して戦略的に活用す る人材の確保は事実上不可能状況であった。大学は有償サービス提供機関で はないため、今回の様なデータ分析を企業に代わって行うことは研究の一貫 でなければ実施することはできない。そのため今後は、4章で紹介した様な 企業内に密かに蓄積されている経営データを探り出し、その収集や分析の仕 方に必要な技術と知識の明示をすること及び、そのデータを実ビジネスにい かに活用するかについて、政策を策定できる人材を作り出すための専門学部 や学科等を設け、これらの修得を可能にする講義や実習の実施による人材 育成によって間接的な支援を行う手法が、当面大学が講じられる支援策で ある。データ分析に強い学生を育成し、企業に採用をしてもらうことも重

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要な間接支援となる。(Hsinchun Chen、 Roger H. L. Chiang、Veda C. 

Storey 2012:1182)

 そこで3年目の次年度では、更に多くの地域中小企業における経営データ 活用の実態を明らかにして、彼らが示す課題から前掲のような企業に眠る経 営データの発掘手法と、それらを処理する情報技術を目的別に示し講義や研 修を実施するプロセスをインプリケーションとして明示してみたい。これら 整理した示唆を広く普及することで、大学としての中小企業におけるビッグ データの活用普及の促進支援を間接的ではあるが、可能となると考えてい る。

 今日地域の中小企業は、顧客獲得、売れ筋商品の把握。新製品開発、物流 の効率化と低価格化、そして承継問題、財務問題など、数多くの課題に直面 し、事業活動の継続が容易ではない環境下にある。そのため事業所数は個々 数年減少する傾向にあるが、ビッグデータを活用することによって、完全で はないが幾つか課題を解決することが可能になると考えられる。地域新興の 視点からも、中小企業におけるビッグデータ活用を思念して普及を加速させ て行きたい。       

以上

自閉症スペクトラム(旧、アスペルガー症候群)は興味のある対象に、きわめ て強い、偏執的ともいえるほど集中することがある。例えば、鉄道、数学、天 文学、地理、法律などに特によく興味を持つ。(宮西2001:82)

「青い鳥症候群」:超一流大学卒業後、銀行に入社し、数か月後簡単な窓口で の応対業務にプライドを傷つけられ、優秀な自分にそんな仕事を与える会社は 理解できないと憤りひきこもりへ。(宮西2001:33−34)

「一流大学症候群」:子供のころから受験一本やりで育ち、希望の一流大学受 験に失敗し、不本意な大学(うらやましがられる大学)に入学。受験失敗にこ だわり続け、ひきこもりへ。(宮西2001:35−36)

(注釈)

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参考文献

Brad Brown、 Michael Chui、 and James Manyika Are you ready for the era of big data ? Mckinsey Quarterly、 2011、 pp1−pp12  

Hsinchun Chen、 Roger H.L.Chiang、Veda C. Storey(2012)BUSINESS     INTELLIGENCE AND ANALYTICS FROM BIG DATA TO BIG IMPACT. MIS   Quarterly Vol. 36 No. 4、 pp. 1165−1188/December

岩本友規(2015)『発達障害の自分の育て方』主婦の友社

大阪商工会議所(2014)「「ビッグデータ活用に関する調査結果」について」

 http://www.osaka.cci.or.jp/Chousa̲Kenkyuu̲Iken/press/261112bigdata.pdf 喜連川優(2012)第4のメディアが作り出すビッグデータの時代、  PROVISION、  2012  年No72 Winter pp10−pp15

鈴木良介(2012)ビッグデータビジネスの概要、  オペレーションズ・リサーチ、  2012  年12月号 pp659−pp665

高島ちほ子「急増する「大人の発達障害」】電話番ができなかった会社員が 世界一  のデータアナリスト になれた理由   

 http://next.rikunabi.com/journal/entry/20151104 中小企業庁(2015)『2015年度版中小企業白書』

藤田知也(2015)「個人情報の「同意なし転用」、拡大へ  改正案衆議院通過」朝日  新聞(2015.5.22)

前野好太郎(2014)『はじめようExcelでビッグデータ分析』(株)リックテレコム 宮西照夫(2011)『ひきこもりと大学生』学苑社

参照

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