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国際家族法研究会報告(第54 回) 性同一性障害者の父子関係に関する 最高裁決定池谷和子一はしがき昨年の一二月十日 最高裁第三小法廷は原決定を破棄し 原々審判を取り消して 元女性である血の繋がらない原告に対して 法的な父親としての地位を認めた 原々審判と原決定を覆した最高裁の決定であったが その決定

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国際家族法研究会報告(第54回)性同一性障害者の父

子関係に関する最高裁決定

著者

池谷 和子

雑誌名

東洋法学

58

1

ページ

195-203

発行年

2014-07

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00006721/

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《 国際家族法研究会報告(第 54回)》

性同一性障害者の父子関係に関する

最高裁決定

池谷   和子 一   はしがき   昨年の一二月十日、最高裁第三小法廷は原決定を破棄し、 原々審判を取り消して、元女性である血の繋がらない原告に 対して、法的な父親としての地位を認めた。原々審判と原決 定を覆した最高裁の決定であったが、その決定においても三 ―二という非常に僅差となる微妙な判断となった。本件にお いては、最近になって広く一般にも知られるようになった性 同一性障害者について父親の法的な父子関係に関する初の最 高裁の判断がなされており、法的に「親子関係」や「家族」 を ど の よ う に 考 え る の か、 「子 供 の 利 益」 を ど う 考 慮 す る の かという点につき、非常に興味深い判例である。   男 女 と い う 生 物 学 的 性 別 と、 自 ら の 性 別 に 対 す る 認 知 (ジ ェ ン ダ ー・ ア イ デ ン テ ィ テ ィ) が 一 致 し な い 場 合 を 性 同 一 性 障 害 と い う(厚 生 労 働 省 ホ ー ム ペ ー ジ   http://www. mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_gender.html ) が、 諸 外 国 の推計から男性三万人に一人、女性十万人に一人の割合で存 在 す る と 言 わ れ て お り (参 議 院 本 会 議、 平 成 一 五 年 七 月 二 日、 性 同 一 性 障 害 者 の 性 別 の 特 例 に 関 す る 法 律 の 提 案 理 由) 、 日 本 国 内でも、平成二三年度に行われた厚生労働省の医療機関への 調査では、国内での患者数を少なくとも四千人以上と推計し た(日 本 経 済 新 聞   電 子 版   二 〇 一 三 年 四 月 二 十 一 日) 。 さ らに、平成一五年から平成二四年に札幌医科大学病院で性同 一性障害と診断された八二名を基本値として、二千八百人に 一 人 の 割 合 で 発 生 す る と し た 研 究 (池 田 官 司 他「札 幌 市 に お け る出生数あたり性同一性障害者数の推計」 GID (性同一性障害) 学会第一五回研究大会二〇一三年三月)もある。   本件の原告である父親もまた、性同一性障害であった。精 神的には自らを男性と認識しているが、体は男性としての生 殖的な機能を有していない。すなわち、女性との間に自らの 血の繋がった子供をもうけることは不可能であるにも関わら ず、明らかに血の繋がらない子供に対して、民法七七二条に おける嫡出の推定を認めてよいのであろうか、というのが今 回の主たる法的論点である。そして、夫婦が婚姻関係にあっ ても、明らかに客観的かつ外形的に血縁的な親子関係が生じ ないような事情がある場合、すなわち性的関係を持ちえない など遺伝的な子をもうけることがあり得ないような事情があ る場合には、子が実質的には民法七七二条の父子関係の推定 を受けないというのがこれまでの最高裁の判例であったにも 関わらず、今回の最高裁の判断は矛盾するのではないのかの 問題も生じてくる。

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  本稿においては、まずは本決定に非常に関連してくる性同 一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律について概観 し、本事例内容、原々審判、原決定、最高裁決定について紹 介をした上で、性同一性障害者の嫡出推定による父子関係に ついて検討する。 二   性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律   本法律は、平成一五年七月一六日に成立し、一年後に施行 さ れ た も の で あ る(以 下、 特 例 法 と 略 称) 。 わ ず か 五 か 条 に よ る 法 律 で あ り、 第 二 条 に お い て ①「性 同 一 性 障 害 者」 と は、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理 的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信をもち、② 自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意 思を有するものであって、③そのことについてその診断を的 確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師 の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致 しているものをいう、として性同一性障害者を定義した。そ して、第三条において、家庭裁判所は、性同一性障害者のう ち記載されている五つの条件に当てはまる者が請求をするこ とで、性別の取扱いの変更の審判をできるとし、第四条にお いて、性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、民法その他 の法令の規定の適用においては、法律に別段の定めがある場 合を除き、他の性別に変わったものとみなすとしている。   第三条における条件には、①二十歳以上であること、②現 に婚姻をしていないこと、③現に子がいないこと、④生殖が ないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態であること、 ⑤身体に他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外 観を備えていることの五点が挙げられている。このうち③に ついては、平成二〇年の改正において、性同一性障害者から の希望を入れるかたちで「子」から「未成年の子」へと変更 された。   このような立法がなされた背景には、性同一性障害につい て日本精神神経学会がまとめたガイドラインに基づいて診察 と治療が行われており、性別適合手術も医学的かつ法的に適 正な治療として実施されるようになっていることから、名の 変更のみならず戸籍の訂正手続きによる戸籍の続柄の記載の 変更を始めとして、社会的な不利益を解消することを目的と し て い た (参 議 院 本 会 議、 平 成 一 五 年 七 月 二 日、 性 同 一 性 障 害 者 の 性 別 の 特 例 に 関 す る 法 律 の 提 案 理 由) 。 さ ら に 第 三 条 に お い て条件を付ける事で、本人以外の人々に混乱を来たさないよ うな配慮もなされていた。例えば、④生殖がないこと又は生 殖腺の機能を永続的に欠く状態であること、⑤身体に他の性 別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えている こと、の二点からは、性別適合手術を受けることで、他人が 見ても他の性別に近い外観があり、元の生殖機能を失わせる 必要があるとした。また、③現に子がいないこと、②現に婚 姻をしていないこと、という条件がなければ、子どもにとっ

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ては親の性別が変更することで心理的に多大な混乱を受ける し、配偶者にとっても個人的な影響があると同時に、法的に も同性婚を認めていない日本において事実上の同性婚状態と なってしまうのであり、このような点に配慮された法律であ ると言える。   しかし反面、この法律は議員立法であり、法制審議会にか けられて学者が審議することもなかったし、立法過程におい ても身体の性で婚姻したり子をもうけた性同一性障害者の性 変 更 が も た ら す 問 題 に つ い て も、 議 論 は 深 め ら れ な か っ た (水 野 紀 子「性 同 一 性 障 害 者 の 婚 姻 に よ る 嫡 出 推 定」 松 浦 好 治・ 松 川 正 毅・ 千 葉 恵 美 子 編『市 民 法 の 新 た な 挑 戦』 (信 山 社、 二 〇 一 三 年) 六 〇 二 頁) 。 そ し て 平 成 二 十 年 の 改 正 で 成 年 の 子 がいても性別変更が出来るようになった時にも、性同一性障 害者の希望を容れるべきであるとの主張がなされ、親子関係 についての議論は行われないままであった。しかも、条文に は「現に」という文言が入っているがゆえに、その後に婚姻 することも、子どもを持つことも可能となってしまった。   その結果、いくら性別変更の審判の請求時点では第三条に おいて様々な混乱を回避するために条件を設けていても、審 判 に よ っ て 他 の 性 別 に 変 わ っ た も の と み な す と し て し ま え ば、 そ の 後 に 様 々 な 問 題 が 生 じ て く る こ と と な っ た。 例 え ば、性別変更の審判の請求時点では婚姻していなくても、後 に婚姻をしたり、自然には生殖は不可能であっても生殖補助 医療を用いて他人の精子・卵子を使って子どもをつくってし まうことが可能となってしまう。そのことが、本事例におい ても、問題の根底に存在しているのである。 三   事例の概要と原々審判、原決定   本 件 の 原 告 で あ る A は、 平 成 一 六 年 に 性 別 適 合 手 術 を 受 け、平成二〇年に性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関 す る 法 律 に 基 づ い て 性 別 の 取 扱 い を 男 性 に 変 更 し た。 そ の 後、AはBと結婚し、平成二一年一一月に第三者からの精子 提 供 (非 配 偶 者 間 人 工 授 精) に よ り 男 子 C を も う け た。 平 成 二四年四月にCの出生の届出をしたところ、D区長はCの戸 籍について父の欄を空欄とした為、AとBは戸籍法一一三条 に基づいて、父の欄を空欄からAに訂正することを求める申 し立てを行った。   この申し立てに対し、原々審判である東京家裁の平成二四 年一〇月三一日の審判においては、申し立てを却下した。そ の理由としては、Aには生殖能力がないことは戸籍上客観的 に 明 ら か で あ り、 C が A と B の 嫡 出 子 と は 推 定 で き な い の で、D区長がCについて非嫡出子として記載したことが戸籍 法に違反するものではないし、特別養子縁組をすることで子 供の法的保護に欠けることはないとの判断であった。この判 断に対し、AとBらは、Cについて非嫡出子として記載する ことは憲法一三条、一四条に違反すると主張して、即時抗告 を申立てた。

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  そして、原決定である東京高裁の平成二四年一二月二六日 の第九民事部決定においても、本件抗告をいずれも棄却する と 判 断 し、 以 下 の よ う な 理 由 を 述 べ て い る。 「嫡 出 親 子 関 係 は、生理的な血縁を基礎としつつ、婚姻を基盤として判定さ れ る も の で あ っ て、 父 子 関 係 の 嫡 出 性 の 推 定 に 関 し、 民 法 七七二条は、妻が婚姻中に懐胎した子を夫の子と推定し、婚 姻中の懐胎を子の出生時期によって推定することにより、家 庭の平和を維持し、夫婦関係の秘事を公にすることを防ぐと ともに、父子関係の早期安定を図ったものであることからす ると、戸籍の記載上、生理的な血縁が存しないことが明らか な場合においては、同条適用の前提を欠くものというべきで あり、このような場合において、家庭の平和を維持し、夫婦 関係の秘事を公にすることを防ぐ必要があるということはで き な い。 … (中 略) … 戸 籍 上 の 処 理 は、 あ く ま で も C が 客 観 的外観的に抗告人らの嫡出子として推定されず、嫡出でない 子 で あ る と い う 客 観 的 事 実 の 認 定 を 記 載 し た も の で あ る か ら、抗告人らの主張を考慮しても、本件戸籍記載が憲法一四 条 又 は 一 三 条 に 反 す る も の と い う こ と は で き な い。 」 (判 例 タ イムズ No.1388 (二〇一三年七月)二八四―二八六頁)   AとBは、Cが民法七七二条による嫡出の推定を受けるか ら本件戸籍記載は法律上許されないものであるとして、最高 裁判所に許可抗告を申し立てた。それにより、今回の最高裁 の判断が下されることとなったのである。 四   最高裁決定   平成二五年一二月一〇日、第三小法廷は、主文で「原決定 を 破 棄 し、 原 々 審 判 を 取 り 消 す。 「父」 の 欄 に「A」 と 記 載 し、 「届出日   平成二四年一月▲日」 「届出人   父」と記載す る 旨 の 戸 籍 の 訂 正 を す る こ と を 許 可 す る。 」 と の 決 定 を 下 し た(平成二五年  許 第五号   戸籍訂正許可申立て却下審判に対 す る 抗 告 棄 却 決 定 に 対 す る 許 可 抗 告 事 件) 。 三 ― 二 と い う 僅 差での決定で、二つの補足意見と二つの反対意見が述べられ ており、いかに性同一性障害者の親子関係の問題が法的に複 雑な問題であるかを推察することができる。   まず、多数意見においてはAを法的な父としたが、理由に つ い て 以 下 の よ う に 述 べ る。 「特 例 法 三 条 一 項 の 規 定 に 基 づ き男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者は、以後、 法令の規定の適用について男性とみなされるため、民法の規 定に基づき夫として婚姻することができるのみならず、婚姻 中にその妻が子を懐胎したときは、同法七七二条の規定によ り、 当 該 子 は 当 該 夫 の 子 と 推 定 さ れ る と い う べ き で あ る。 もっとも、民法七七二条二項所定の期間内に妻が出産した子 について、妻がその子を懐胎すべき時期に、既に夫婦が事実 上 の 離 婚 を し て 夫 婦 の 実 態 が 失 わ れ、 又 は 遠 隔 地 に 居 住 し て、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかで あるなどの事情が存在する場合には、その子は実質的には同 条の推定を受けないことは、当審の判例とするところではあ

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るが、性別の取扱いの変更の審判を受けた者については、妻 との性的関係によって子をもうけることはおよそ想定できな い も の の、 一 方 で そ の よ う な 者 に 婚 姻 す る こ と を 認 め な が ら、他方で、その主要な効果である同条による嫡出の推定に ついての規定の適用を、妻との性的関係の結果もうけた子で はあり得ないことを理由に認めないとすることは相当でない と い う べ き で あ る。 」 と し た。 こ の よ う に 多 数 意 見 で は、 特 例 法 第 三 条 一 項 を 文 字 通 り 捉 え、 男 性 と み な さ れ る よ う に なった以上は、当然に七七二条の嫡出推定も認められるべき こと、またこれまでの最高裁の判断である「夫婦間での性的 関係を持つ機会がなかったことが明らかである等の事情があ る場合には、実質的な嫡子推定受けない」とは矛盾するもの の、婚姻を認めながら婚姻の主たる効果である嫡出推定を認 めないことは相当ではないと判断した。   こ の 多 数 意 見 へ の 補 足 意 見 と し て、 寺 田 逸 郎 裁 判 官 は、 「現在の民法では、 「夫婦」を成り立たせる婚姻は、単なる男 女カップルの公認に止まらず、夫婦間に生まれた子をその嫡 出子とする仕組みと強く結び付いているのであって、その存 在を通じて次の世代への承継を予定した家族関係を作ろうと す る 趣 旨 を 中 心 に 据 え た 制 度 で あ る と 解 さ れ る。 … (中 略) … つ ま り、 「血 縁 関 係 に よ る 子 を も う け 得 な い 一 定 の 範 疇 の 男女に特例を設けてまで婚姻を認めた以上は、血縁関係がな いことを理由に嫡出子を持つ可能性を排除するようなことは し な い」 と 解 す る こ と が 相 当 で あ る。 」 と し、 婚 姻 は 嫡 出 子 の仕組みと強く結び付いている以上、血縁関係よりも嫡出推 定を優先すべきと補足した。   さ ら に、 裁 判 官 木 内 道 祥 裁 判 官 は、 「民 法 七 七 二 条 に よ る 推定の趣旨は、嫡出否認の訴えによる以外は夫婦の間の家庭 内の事情、第三者からはうかがうことができない事情を取り 上げて父子関係が否定されることがないようにすることにあ るのであるから、血縁関係の不存在が明らかであると第三者 にとって明らかである必要があるが、夫が特例法の審判を受 けたという事実は第三者にとって明らかなものではなく、嫡 出 推 定 を 排 除 す る 理 由 に は 該 当 し な い。 … (中 略) … 子 の 立 場からみると、民法七七二条による嫡出推定は父を確保する も の で あ り、 子 の 利 益 に か な う も の で あ る。 」 と し て、 嫡 出 推定は第三者から見ても血縁の不存在が明らかな場合にのみ 否定されるが、夫が特例法の審判を受けたことは第三者には 明らかではない、として本事例においては嫡出推定が排除さ れず、また子の立場からしても嫡出推定によって法的に父親 が確保されるので子の利益として補足意見を述べている。   このように、補足意見も含めると、実際に血が繋がってい る可能性があるのかではなく、第三者から見て血縁の不存在 が明らかな場合かどうかを判断基準とし、またわざわざ特別 法において婚姻を認めている以上は嫡出子を認めたも同然で あると考えているのである。

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  以上の様な多数意見に対し、反対意見としては次のように 述 べ ら れ て い る。 ま ず、 岡 部 喜 代 子 裁 判 官 は、 「A は、 特 例 法三条一項による審判を受けた者として同法四条一項により 男性とみなされ、その結果法令の適用について男性として取 り扱われる。したがって、Aは民法の規定に従って婚姻する ことができ、また父となることができる。しかし、現実に親 子関係を結ぶことができるかどうかは親子関係成立に関する 要件を満たすか否かによって決定されるべき事柄である。特 例法は親子関係の成否に関して何ら触れるところがないので あって、これは親子関係の成否についてはそれに関する法令 の定めるところによるとの趣旨であると解するほかはない。 本件において妻の産んだ子の父が妻の夫であるか否かは嫡出 親子関係の成立要件を充足するか否かによるのであって、子 を儲ける可能性のない婚姻を認めたことによって当然に嫡出 親子関係が成立するというものではない。   嫡出子とは、本来夫婦間の婚姻において性交渉が存在し、 妻が夫によって懐胎した結果生まれた子であるところ、当該 子が夫によって懐胎されたか否かが明確ではないので、民法 は七七二条一項、二項の二重の推定によって夫の子であるこ とを強力に推定しているのである。ところが、特例法三条一 項の規定に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受け た 者 は、 従 来 の 女 性 と し て の 生 殖 腺 は 永 続 的 に 欠 い て い る が、生物学上は女性であることが明らかである者であり、性 別の変更が認められても、変更後の男性としての生殖機能を 現在の医学では勝ち得ない以上、夫として妻を自然生殖で懐 胎 さ せ る こ と は あ り 得 な い の で あ る。 … (中 略) … 嫡 出 推 定 の及ばない場合として当審が従来より認めているのは、多数 意見の述べるとおり、事実上の離婚、遠隔地居住など夫婦間 に性的関係を持つ機会のなかったことが明らかであるなどの 事情のある場合であるところ、本件もまた夫婦間に性的関係 を持つ機会のなかったことが明らかな事情のある場合であっ て、上記判例の示すところに反するものではない。 … (中略) …以上の解釈は、原則として血縁のあるところに実親子関係 を認めようとする民法の原則に従うものであり、かつ、上述 した特例法の趣旨にも沿うものである。   以 上 の と お り、 実 体 法 上 抗 告 人 A は C の 父 で は な い と こ ろ、同抗告人が特例法三条一項の規定に基づき男性への性別 の取扱いの変更の審判を受けた者であることが戸籍に記載さ れている本件においては、形式的審査権の下においても戸籍 事 務 管 掌 者 の し た 本 件 戸 籍 記 載 は 違 法 と は い え な い。 」 と 述 べ、特例法は親子関係の成否に関して何ら触れるところがな い以上、現実に親子関係を結ぶことができるかどうかは親子 関係成立に関する要件を満たすか否かによって決定されるべ きとして、原則として血縁のあるところに実親子関係を認め ようとする民法の原則に従うべきとした。すなわち、本件も また夫婦間に性的関係を持つ機会のなかったことが明らかな

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事情のある場合であって、親子関係は成立しないと解釈した ものである。   さらに、大谷剛彦裁判長もまた岡部裁判官の反対意見に賛 同 し つ つ、 次 の よ う に 述 べ て い る。 「特 例 法 四 条 一 項 は、 性 別の取扱いの変更を受けた者は、民法その他の法令の規定の 適用については、法律に別段の定めがない限り他の性別に変 わったものとみなす旨規定しているが、その民法の規定につ いて解釈上の問題があるとすれば、その点については、特例 法 の 制 度 目 的 や 制 度 設 計 の 理 解 の 上 に 立 っ た 民 法 の 解 釈 に 従って適用が図られる趣旨と解される。   そして、特例法二条の性同一性障害者の定義規定や特例法 三条一項四号の性別取扱いの変更について生殖腺を欠くこと 等の要件の規定、及び現在の生殖医療技術を踏まえれば、特 例法の制度設計においては、性別取扱いの変更を受けた者が 遺伝的な子をもうけることが想定されていないことは、否定 で き な い と こ ろ と 考 え ら れ る。 … (中 略) … 以 上 の よ う な 特 例法の制度設計を前提として現在の民法を解釈すると、本件 の抗告人らの子の地位は、父子関係の推定が及ばない、いわ ゆる「推定の及ばない嫡出子」の範疇にあると考えざるを得 ないので、私は、岡部裁判官の反対意見に賛同し、その理由 については同意見に述べられているとおりと考えるものであ る。 」 と し て、 岡 部 裁 判 官 の 反 対 理 由 に 加 え て、 い く ら 他 の 性 別 に 変 わ っ た も の と み な す と し て い て も、 民 法 解 釈 に 当 たっては特例法の制度目的・制度設計の理解の上に立つと、 血縁の繋がらない者同士を実親子関係と認めるような民法の 規定は適用するはずがないと考えるものである。 五   検討   多数意見では、嫡出推定は婚姻の主たる効果であり、特例 法によって性の変更により婚姻が認められるのであれば、嫡 出推定も認めざるを得ないと述べる。また、補足意見によれ ば、七七二条の嫡出推定が否定されるのは第三者から見ても 血縁の不存在が明らかな場合だけであり、家庭内の事情、第 三者からはうかがうことができない事情を取り上げて父子関 係を否定すべきではないという。   しかし、婚姻そのものは性の変更によって可能であったと しても、自然に子どもが懐胎することは不可能である。寺田 裁判官の補足意見にあるように、 「現在の民法では、 「夫婦」 を成り立たせる婚姻は、単なる男女カップルの公認に止まら ず、夫婦間に生まれた子をその嫡出子とする仕組みと強く結 び付いているのであって、その存在を通じて次の世代への承 継を予定した家族関係を作ろうとする趣旨を中心に据えた制 度であると解される。 」ことは確かである。けれども、 「夫婦 間に生まれた子ども」とは、単に法的に夫婦にある者の間に 生まれた子どもということではない。その夫婦間に性的行為 があり、その結果として自然に両親の血をついで生まれた子 のことを指すというのが、今の日本社会の一般的な考え方で

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は な い だ ろ う か。 日 本 社 会 に お い て は、 「家 族」 や「親 子 関 係」は原則として血縁があることを前提としている。他人の 精子をもとに人為的に作り出した子どもを実子とすることは 常識的に考えても認めがたい見解である。もし、血縁を全く 関 係 な く し て「実 親 子 関 係」 を 法 的 に 自 由 に 認 め る と な れ ば、それは性同一性障害者特有の問題を超えて、社会全体と して「家族」や「親子関係」をどのように法的に考えるかと いう問題へと直結し、家族法の原則をひっくり返すような大 きな変更となってしまう。また特例法自体も、親の性転換に 子どもを巻き込むべきではないとして親子関係に配慮するこ とで極力性の変更への条件を厳しくしており、何より子ども が 生 ま れ た 場 合 の 親 子 関 係 に つ い て は 何 ら 規 定 を し て い な い。それゆえ、反対意見にもあるように、制度目的や制度設 計 に 従 っ た 民 法 解 釈 が な さ れ る べ き で あ り、 特 例 法 四 条 に よって「他の性別に変わったものとみなす」と規定されてい ても、七七二条の嫡出性の推定には及ぶべきではないと考え られるのである。   さらに、木内補足意見においては、子にとっては早急に親 子関係を確定させることが子の利益と述べる。しかし、昨今 生 殖 補 助 医 療 の 領 域 に お い て 問 題 と な っ て い る の は、 「子 ど もの出自を知る権利」である。血の繋がった親を知ること、 子どもの側が望めばその親と関わることが出来ることは、子 ど も の 精 神 的 な 成 熟 に 非 常 に か か わ っ て く る こ と で あ る (拙 稿「生 殖 補 助 医 療 と 親 子 法」 現 代 社 会 研 究 第 九 号 九 八 頁) 。 血 縁 の存在は関係なく、早急に法的な父親を確定すれば、子ども 自身が自らのルーツを知る機会を永久に葬ってしまうことに もなるのではなかろうか(非配偶者間人工授精で生まれた人 の自助グループ、長沖暁子著『AIDで生まれるということ 精子提供で生まれた子どもたちの声』 (萬書房、二〇一四年) からは、子ども達の生の声を知ることが出来る。 )。   そ れ を 元 に 今 回 の 父 子 関 係 に つ い て 考 え る な ら ば、 「子 は 成長して、父を父と信じられないため苦悩を抱えることにな る。人工授精で子どもをもうけ、法律上も父親となることは 子 の 苦 悩 を 考 え な い 親 の エ ゴ で あ り、 権 利 と は 認 め ら れ な い。 」 (産 経 新 聞 二 〇 一 三 年 十 二 月 十 二 日) と い う 水 野 教 授 の 見 解は、非常に納得のできるものである。   このように今回の決定においては、最高裁の多数意見より も、下級審や最高裁の反対意見の方が、現実に即した常識的 な判断がなされているように思われるのである。 六   むすび   医療技術の進歩は、自然では決して起こりえない事柄を可 能としてきた。また、法においても、個人の自己決定や自由 の拡大や多様性について、より広く個人の望みを叶えられる ようになった。ただし、医療技術において現実に可能となっ たとしても、倫理的な問題等において制限しなければならな い 問 題 が 生 じ て き て い る。   ま た、 法 は、 す べ て の 人 に 平 等

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に適用される一般的・抽象的な規範である。それゆえ、ある 特定の人々を対象につくられた法律であったとしても、法律 が成立した途端にその制度が当たり前の制度となり、それが 標準となってしまう。その場合には、何らかの歯止めが必要 となってはこないであろうか。今回のケースで言えば、同性 同士が両方の血をひいた子どもをつくることが不可能である にもかかわらず、自然に反してまで片方のDNAしか受け継 いでいない子どもを人為的に作り出しておいて、何故法的に まで実子としたいのか。せっかく特例法において子どもの存 在がない場合にのみ性別を変更できるように配慮されていた にも関わらず、性同一性障害者からの要望に従って未成年者 以外の子どもがいる者にも性別変更出来るように改正した時 に、何故親子関係についての問題点について慎重に議論され なかったのか。また、性転換した後に結婚したり子どもをも うけた時に、家族や親子関係についてはどのように法的に定 義することになるのか。日本の社会においては、家族や親子 間に血の繋がりがあることが自然と捉えられているにも関わ らず、人為的に血の繋がらない子どもを作り出した上で、法 的 に 実 子 と す る こ と は 親 の 権 利 濫 用 と は な ら な い の だ ろ う か。生まれた子どもにとっては、血の繋がった親を一生探し 出せないことになるからである。   今回は特例法をどのように解釈するかという問題ではあっ たが、特例法自体、特に親子関係については大きな問題が存 在 す る。 性 同 一 性 障 害 者 の み の 問 題 で は な く、 「親 子 関 係」 「家族」とはどのように法的に定義すべきなのか、 「子どもの 利 益」 を ど の よ う な 考 え る の か と い う 社 会 全 体 の 問 題 と し て、今後は様々な観点から検討・修正すべきなのではないか ということを考えさせられる最高裁決定であったと言えるだ ろう。  (いけや   かずこ・長崎大学教育学部准教授)

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