ラ
ダ
ッ
ク
地
方
に
お
け
る
リ
ン
チ
ェ
ン
サ
ン
ボ
の
遺
跡
の
調
査
報
告
松
長
有
慶
リ ン チ ェ ン サ ン ボ(Rin chen bzan po)
は、 後 伝 期 (phyi 創 鴛) の チ ベ ッ ト 仏 教 を 再 興 し た 中 心 人 物 で あ る。 か れ は 大 乗 仏 教 の 経 典 ・ 論 書 数 十 部 の み な ら ず、 諭 伽 部 な ら び に 無 上 諭 伽 部 を 中 心 に、 百 部 近 く の 密 教 の 経 典 ・ 論 書 を 翻 訳 し て い る。 そ の た め チ ベ ッ ト に お い て、 か れ は 翻 訳 官
(lo tash ba)
の 尊 称 を も っ て 呼 ば れ る 栄 誉 を 得 た。 翻 訳 史 の 上 か ら は、 リ ( 1) ン チ ェ ン サ ン ボ の 翻 訳 以 後 を、 新 訳 (gsal ma) と 呼 び、 そ れ 以 前 の 翻 訳 と は 区 別 さ れ る。 九 世 紀 の 中 葉、 ラ ン ダ ル マ 王 の 時 代 の 破 仏 に よ っ て、 西 チ ベ ッ ト の ガ ー リ ー (mNa ris) 地 方 に 亡 命 し、 地 方 政 権 を 樹 立 し た エ ー シ ェ ー ウ ー (Ye ses hod) 王 は、 十 世 紀 の 後 半 に、 仏 教 の 復 興 を 志 し、 す ぐ れ た 若 い 僧 二 十 一 人 を 選 ん で、 イ ン ド ・ ネ パ ー ル に 留 学 さ せ た。 そ の う ち 生 き 残 っ て、 無 事 に 西 チ ベ ッ ト に 帰 り つ い た の は、 リ ソ チ ェ ン サ ン ボ と レ ク ペ-シ ェ ー ラ プ (Leg pahi) の 二 人 だ け で あ っ た と い う。 リ ン チ ェ ン サ ン ボ は 当 時、 仏 教 学 の 盛 ん で あ っ た カ シ ミ ー ル と、 中 イ ン ド の ナ ー ラ ン ダ ー に お い て 研 鐙 を 積 み、 戒 律 ・ 大 乗 教 学 と と も に、 密 教 を 学 ん で 帰 っ た。 リ ン チ ェ ン サ ン ボ は こ の よ う に チ ベ ッ ト 仏 教 史 に お い て、 偉 大 な 足 跡 を 残 し た 人 物 で あ る が、 そ の 活 動 範 囲 は 西 チ ベ ッ ト、 す な わ ち 現 在 の グ ゲ (Cuge) ス ピ テ ィ (Spiti)、 ラ フ ー ル (Lahul)、 ラ ダ ッ ク (Ladkh) 地 方 に か ぎ ら れ て い る。 ( 2) リ ン チ ェ ン サ ソ ポ の 業 績 に つ い て は、 す で に ト ユ ッ チ に よ っ て す ぐ れ た 研 究 書 が 公 に さ れ て い る。 ま た か れ の 活 躍 し た 地 域 の 一 つ で あ る ス ピ テ ィ 地 方 の ナ コ (Nalk o) 寺、 あ る い は タ ボ ( 3) (Tabo) 寺 に つ い て は、 今 世 紀 初 頭 に 行 わ れ た フ ラ ン ケ の 調 ラ ダ ッ ク 地 方 に お け る リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 遺 跡 の 調 査 報 告
-7-密 教 文 化 ( 4) 査 の 報 告 も あ り、 ス ネ ル グ ロ ー ヴ の リ ン チ ェ ン サ ソ ポ の 記 述 の 中 に も、 こ れ ら の 寺 に つ い て 紹 介 さ れ て い る。 し か し ラ ダ ッ ク 地 方 に お け る リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 遺 跡 に つ い て は、 さ き の フ ラ ン ケ の 報 告 は 簡 に す ぎ、 ま た ラ ダ ッ ク 地 方 の 調 査 書 と ( 5) し て す ぐ れ た ス ネ ル グ ロ ー ヴ の 研 究 も、 リ ン チ ェ ソ サ ン ボ の 寺 全 体 を 網 羅 し た も の で は な い。 高 野 山 大 学 か ら 昭 和 五 十 四 年 夏 に ラ ダ ッ ク 地 方 に 派 遣 さ れ た 第 三 回 の チ ベ ッ ト 仏 教 調 査 団 は、 そ の 調 査 活 動 の 一 環 と し て、 こ の 地 方 に 残 さ れ た リ ン チ ェ ソ サ ン ボ の 遺 跡 を、 で き う る か ぎ り 探 索 し て 調 査 し た。 そ の 成 果 に つ い て、 つ ぎ に 報 告 し よ う。 リ ソ チ ェ ン サ ソ ポ は、 そ の 生 涯 に 百 八 の 寺 を 建 て た と い わ れ る。 た だ そ の 中 に は、 伝 説 的 な 要 素 が 多 分 に 含 ま れ て お ( 6) り、 そ の う ち、 確 実 視 さ れ る も の は、 そ れ ほ ど 多 く な い。 ﹃ リ ン チ ェ ソ サ ン ボ 伝 ﹄ に よ れ ぽ、 ラ ダ ッ ク 地 方 に お い て 建 立 し た と 記 載 さ れ て い る の は、 ニ ャ ル マ (Nyarrma) 寺 の み で あ る。 た だ し そ れ は 現 在 廃 嘘 と な っ て、 そ の 詳 細 は 不 明 で あ る。 リ ソ チ ェ ン サ ン ボ の 建 立 と 伝 え ら れ る 寺 の 中 で、 現 在 そ の
形 を と ど め て い る の は、 ラ ダ ッ ク 地 方 に お い て は、 ア ル チ の チ ョ ス コ ル (Alchi Choskor) の 諸 堂、 チ ャ チ ャ プ リ (Tsha tsha puri) 寺、 マ ン ギ ュ (Mangyu) 寺、 小 ス ム ダ (Sumda chum) 寺、 ラ マ ユ ル (Lamayuru) 寺 の 獅 子 巌 堂 (Sen ge sgan)、 ワ ン ラ (Wanla) 寺 お よ び ザ ン ス ヵ ー ル (Zanskar) 地 区 の カ ル シ ャ (Karsha) に あ る 十 一 面 堂
(bGu gcig shal)
で あ る。 一 方、 諸 堂 が も と の 形 を と ど め ず、 廃 嘘 と な っ て い る の は、 ニ ャ ル マ 寺 を は じ め、 レ ー (Leh) の チ ョ ス コ ル、 バ ス ゴ ー (Bagso) の 東 に あ る 堂、 バ ス ゴ ー の 村 の 中 に あ る 二 つ の 堂、 チ ク タ ン (Chigtan) の 堂、 ア ル チ 村 に あ る 堂、 小 ス ム ダ と 大 ス ム ダ (Sumda chem) の 諸 堂、 ラ マ ユ ル の 堂、 イ ン ダ ス 川 を は さ ん で、 ス ビ ト ク (Spitubuk) 寺 の 対 岸 に あ る 二 つ の 洞 窟 の 堂、 ス ト ッ ク (Stok) の チ ョ ス コ ル、 お よ び ス ト ッ ク の 諸 堂 な ど で あ る。 こ れ ら 現 存 あ る い は 廃 嘘 に な っ て い る 諸 堂 が、 こ と ご と く リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 建 立 に な る と は 考 え ら れ な い。 な か に は 時 代 の 下 る い く つ か の 要 素 を 含 む も の も あ る が、 そ れ ら を 通 じ て リ ン チ ェ ン サ ン ボ 様 式 と も い う べ き い く つ か の 特 色 を も っ て い る こ と が、 今 回 の 調 査 に よ っ て 判 明 し た。 以 下、 ザ ン ス ヵ ー ル 地 区 を 含 む ラ ダ ッ ク 地 方 に お い て、 リ ン チ ェ ン サ ン ボ が 建 立 し た と 伝 え ら れ る 諸 堂 と 廃 嘘 の 調 査 成 果 を 順 次 紹 介 し、 そ れ ら に 共 通 す る リ ン チ ェ ン サ ソ ポ 様 式 の 寺 の 特 色 に つ い て も 考 え て み た い。 ニ ヤ ル ガ、 (Nyarma) 寺 テ ィ ク セ (Tikseey) 寺 の 南 東 四 キ ロ、 東 側 の 山 際 に 沿 っ た ほ ぼ 一 五 〇 メ ー ト ル 四 方 の 境 内 に、 廃 嘘 と な っ た 八 つ の 堂 が 残 さ れ て い る。 東 側 は 山、 北 側 は 大 き な 池、 西 側 は 田 と 数 軒 の 農 家、 南 側 と 西 側 に 数 個 の チ ョ ル テ ソ (mchod tren) が あ る。 八 つ の 堂 は 北 西 の 隅 に 四 つ の 堂 が 続 き、 他 の 四 つ の 堂 は 南 側 寄 り に、 一 堂 は 接 続 す る 四 堂 に 近 く、 三 堂 は そ れ よ り さ ら に 南 に、 そ れ ぞ れ 離 れ て 建 て ら れ て い た。 説 明 の 都 合 上、 北 西 の 隅 の 堂 よ り、 第 一 堂、 第 二 堂 と 呼 び、 南 端 の 第 八 堂 に 及 ぶ。 第 一 堂 の 廃 嘘 の 上 に は、 新 堂 が 建 て ら れ、 新 し く 作 ら れ た 念 怒 尊 像 三 体 と、 グ ル リ ン ポ チ ェ
(Guru Rin po che)
の 像 を 正 面 に ま つ り、 左 右 の 壁 お よ び 入 口 側 の 壁 画 も 新 し い。 ゲ ル ッ ク 派 の 僧 二 名、 テ ィ ク セ 寺 よ り 派 遣 さ れ て い る。 新 堂 が 上 に 建 て ら れ て い る た め、 原 型 を 正 確 に 復 原 す る こ と は む ず か し い が、 ほ ぼ 一 〇 メ ー ト ル 四 方 で、 南 北 の 両 壁 の 中 央 部 に ラ ダ ッ ク 地 方 に お け る リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 遺 跡 の 調 査 報 告
-9-密 教 文 化 壁 全 体 の 三 分 の 一 ほ ど の 長 さ、 幅 一 メ ー ト ル 足 ら ず の 窪 み が 作 ら れ て お り、 北 壁 の 窪 み に は、 か ま ど の 跡 が 認 め ら れ る。 第 一 堂 の 中 央 は 約 五 メ ー ト ル 八 ○ セ ン チ 四 方 の 壁 に よ っ て、 さ ら に 仕 切 ら れ て い る。 第 二 堂 は 第 一 堂 の 東 に 続 く が、 そ の 間 の 壁 は ほ と ん ど 崩 壊 し て い る。 内 側 が 約 = ニ メ ー ト ル 四 方 の 堂 で、 中 央 部 西 寄 り に、 三 メ ー ト ル 半 四 方 の 石 積 み の 基 壇 が こ わ れ て あ る。 そ の 東 北 の 隅 に、 彩 色 の 跡 の み え る 土 製 の 獅 子 の 頭 の 部 分 だ け が 残 っ て い る。 ニ ャ ル マ 寺 の 八 堂 を 通 じ て、 像 が 残 る の は こ れ の み で あ る。 お そ ら く こ の 基 壇 は チ ョ ル テ ン の 跡 と 思 わ れ る。 第 一 堂 と の 問 に わ ず か に 残 さ れ た 壁 と、 第 二 堂 の 東 壁 の 中 央 部 の 入 口 ら し き 崩 壊 部 分 の 両 側 の 壁 に、 円 形 に 盛 り 上 っ た 壁 が 認 め ら れ る が、 お そ ら く こ れ ら は、 仏 像 の 背 後 の 飾 り の 円 形 で は な か ろ う か。 第 一 堂 と 第 二 堂 の 南 側 に は、 ニ メ ー Nyarma 2000/1 Nyarma 580/1
ト ル 余 の 幅 で 回 廓 の よ う に も う 一 重 の 壁 が め ぐ ら さ れ、 第 二 堂 の 南 側 は さ ら に 四 メ ー ト ル 半 幅 で 八 メ ー ト ル ほ ど 突 出 し て、 そ れ は 新 し い 壁 で 二 分 さ れ て い る。 北 側 に も 同 じ よ う な も う 一 重 の 壁 が わ ず か に 残 り、 他 は 崩 壊 し て 現 在 で は 池 に つ な が り、 西 側 は 新 堂 の 基 礎 の 新 壁 に な っ て い る が、 残 存 の 壁 か ら み て、 つ ら な る 第 一 堂 と 第 二 堂 の 北 側 と 西 側 に も、 南 側 と 同 じ よ う な 回 廓 が あ っ た と み て よ い で あ ろ う。 第 三 堂 は 第 二 堂 の 東 に つ な が り、 東 西 約 二 ニ メ ー ト ル、 南 北 約 二 〇 メ ー ト ル の 長 方 形 の 大 き な 堂 で、 南 側 に 長 方 形 の 小 室 が 付 属 し て い る。 東 側 の 壁 は 中 央 部 が 半 分 近 く 崩 壊 し て い る が、 こ こ に 入 口 が あ っ た か も し れ な い。 第 四 堂 は 第 三 堂 の 北 側 に つ な が り、 東 西 約 八 メ ー ト ル、 南 北 約 八 メ ー ト ル 半 の 長 方 形 で あ る が、 南 西 の 隅 は ニ メ ー ト ル 幅 で、 三 メ ー ト ル 余 り 西 に 突 出 し て い る。 東 壁 の 南 側 と、 北 ニ ャルマ 寺 第二 堂壁 と基壇 の獅 子 頭 N Nyarma 570/1 ラ ダ ッ ク 地 方 に お け る リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 遺 跡 の 調 査 報 告
-11-密 教 文 化 東 の 隅 の 壁 が 崩 壊 し て い る が、 四 メ ー ト ル 三 〇 セ ソ チ 残 存 す る 東 壁 の 幅 が ニ メ ー ト ル ニ ○ セ ン チ と、 異 常 に 厚 い。 そ の 他、 第 二 堂 の 南 壁 と 第 六 堂 の 北 壁 が 一 メ ー ト ル 七 〇 セ ン チ あ る ほ か は、 大 部 分 の 壁 は 一 メ ー ト ル 前 後 か ら 厚 く て 一 メ ー ト ル 三 〇 セ ン チ の 幅 を も つ の が 一 般 的 で あ る。 第 五 堂 は 第 三 堂 の 南 一 〇 メ ー ト ル 余 に あ る 凸 形 の 堂 で、 東 西 約 一 三 メ ー ト ル、 南 北 約 一 一 メ ー ト ル の 長 方 形 の 南 側 に、 約 九 メ ー ト ル 四 方 の 部 分 が 突 出 し て い る。 そ の 奥 に 仏 像 を ま つ っ た 跡 の 穴 が 並 ん で い る。 北 側 が 入 口 で、 東 西 壁 が さ ら に 約 三 メ ー ト ル 入 口 の 外 側 に 出 て い る。 第 六 堂 は 第 五 堂 の さ ら に 南 東 約 三 〇 メ ー ト ル ほ ど の と こ ろ に 位 置 す る 約 八 メ ー ト ル 四 方 の 堂 で、 そ の 東 南 の 隅 に 入 口 の な い 外 側 約 三 メ ー ト ル 四 方 の 小 さ い 室 が 付 い て い る。 第 六 堂 は 南 側 に 入 口 が あ る が、 北 側 が 約 三 〇 度 西 に 振 っ た 位 置 に あ る。 第 七 堂 は 第 六 堂 の 東 南 に 約 八 メ ー ト ル ほ ど の と こ ろ に、 第 六 堂 と 入 口 を 向 い 合 わ せ て 建 つ 約 六 メ ー ト ル 四 方 の 小 堂 で、 東 南 西 の 三 方 に 窪 み を も つ。 第 八 堂 は 第 七 堂 の 西 南 約 三 〇 メ ー ト ル の と こ ろ に 位 置 し、 東 向 ぎ、 東 西 約 八 メ ー ト ル 半、 南 北 約 一 一 メ ー ト ル 半 の 長 方 形 に、 西 側 に 東 西 約 六 メ ー ト ル、 南 北 約 八 メ 1 ト ル の 突 出 し た 部 分 を も つ 凸 形 の 堂 で、 東 の 入 口 の 外 側 に も う 一 重 の 壁 が 廻 ら さ れ て い る。 西 側 の 突 出 し た 部 分 の 中 央 に、 約 三 メ ー ト ル 半 か ら 四 メ ー ト ル 四 方 の 石 積 み の 跡 が あ る。 お そ ら く こ れ も 第 二 堂 の そ れ と 同 様 に、 チ ョ ル テ ン の 跡 と 思 わ れ る。 第 一 堂 の 南 側 に、 く ず れ か け た 三 メ ー ト ル 四 方 の チ ョ ル テ ン が あ り、 東 側 の 下 に つ い て い る 小 さ な 入 口 か ら 入 る こ と が 出 来 る。 中 央 は 天 井 が 吹 抜 け に な っ て お り、 四 方 に 壁 画 が 残 さ れ て い る が、 い ず れ も 不 明 瞭 で あ る。 他 の チ ョ ル テ ン に は 入 る こ と が で ぎ な い。 ニ ャ ル マ 寺 は、 ラ ダ ッ ク 地 方 に 存 在 す る リ ン チ ェ ソ サ ン ボ の 建 立 と い わ れ る 寺 の う ち、 ﹃ リ ン チ ェ ン サ ソ ポ 伝 ﹄ に 記 載 さ れ て い る 唯 一 の 寺 で あ る が、 こ の 地 方 の リ ン チ ェ ン サ ソ ポ 建 立 と い わ れ る 諸 寺 お よ び 諸 遺 跡 に 比 し て、 い く つ か の 特 色 を も っ て い る。 す な わ ち 1、 一 五 〇 メ ー ト ル 四 方 ほ ど の 広 大 な 地 域 に、 規 模 の 大 き い 八 つ の 堂 の 跡 が 残 さ れ て い る。 2、 壁 の 厚 さ が 一 メ ー ト ル 前 後 か ら、 一 メ ー ト ル 七 〇 セ ン
チ に 及 び、 ま た 一 部 で あ る が ニ メ ー ト ル 以 上 の も の も あ る。 こ れ は そ の 他 の 寺 堂 お よ び 廃 塘 の 壁 が、 ほ と ん ど 七 〇 な い し 九 〇 セ ン チ メ ー ト ル で あ る の に 比 し て、 か な り 厚 い。 壁 の 高 さ も ほ と ん ど 四 メ ー ト ル か ら 六 メ ー ト ル 以 上 に 達 し て い る。 壁 の 構 造 か ら み て も、 壮 大 な 寺 堂 で あ っ た こ と が 想 像 さ れ る。 3、 堂 の 形 式 か ら み て も、 正 方 形、 長 方 形、 凸 形、 三 方 に 窪 み を も つ 形、 入 口 の 方 向 を さ ら に も う 一 度 壁 で 囲 う 形、 内 部 に も う 一 重 の 壁 を め ぐ ら す 形、 小 さ な 副 堂 を も つ 形、 内 部 に チ ョ ル テ ン を も つ 形、 回 廓 を め ぐ ら す 形、 等 々、 各 種 の 形 式 を す べ て 具 え て い る。 た だ 他 の リ ン チ ェ ソ サ ン ボ 様 式 の 寺 や 廃 嘘 に み ら れ る 四 メ ー ト ル 四 方 ほ ど の 小 さ な 堂 は み い だ せ な い。 以 上 の よ う な 特 色 か ら み て、 ニ ャ ル マ 寺 は 小 人 数 の 僧 の 住 む 寺 で は な く、 か な り の 大 人 数 の 僧 が 起 居 し 勉 学 に は げ む 学 問 寺 と し て 建 立 さ れ た も の と 思 わ れ る。 ス ピ テ ィ 地 方 の タ ボ 寺 と ほ ぼ 同 じ 広 大 な 境 内 で あ る。 ラ ダ ッ ク 地 方 に お け る リ ソ チ ェ ソ サ ソ ポ 建 立 の 諸 寺 の う ち、 最 も 古 く、 規 模 の 大 き い 専 と み な さ れ る べ き で あ ろ う。 ﹃ 伝 記 ﹄ に も 記 載 さ れ た グ ゲ 地 方 の ト リ ソ (Thoe loim) 寺 あ る い は パ タ ン 地 方 の カ チ ャ ル (Khwachra) 寺 な ど と 並 ぶ 三 大 寺 の 一 つ で あ る か ら、 リ ソ チ ェ ン サ ン ボ 建 立 説 は 承 靭 恥 さ れ て よ い で あ ろ う。 そ の 建 立 年 代 を、 ス ネ ル グ ロ ー ヴ は 一 〇 〇 〇 年 こ ( 7) う と 述 べ て い る。 妥 当 な 説 と 思 わ れ る。 ア ル チ (Alchi) 寺 ア ル チ は ラ ダ ッ ク の 中 心 地 レ ー よ り 西 に 七 〇 キ ロ ほ ど イ ソ ダ ス 川 を 下 り、 橋 を 渡 っ て 南 に ニ キ ロ ほ ど の と こ ろ に あ る 村 で あ る。 こ の ア ル チ 村 の 南 端 に、 寺 域 す な わ ち チ ョ ス コ ル と い う 特 別 の 地 域 が あ っ て、 そ こ に 五 つ の 堂 と 経 蔵、 数 個 の チ ア ル チ寺 域 の チ ョル テ ン内 の リン チ ェ ンサ ン ボ壁 画 ラ ダ ッ ク 地 方 に お け る リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 遺 跡 の 調 査 報 告
密 教 文 化 ヨ ル テ ン が 建 っ て い る。 五 つ の 堂 は い ず れ も 南 面 し、 西 よ り 新 堂
(Lha khan so ma)、
三 層 堂 (gSum brtsegs)、 大 日 堂
(rNam snan khan)、
翻
訳
官
堂
(Lo tskha ba lha khan)、
文
殊
堂
(hJam dpal khan)
と 呼 ば れ て い る。 五 つ の 堂 の い ず れ も が リ ン チ ェ ン サ ン ポ の 建 立 と 伝 え ら れ て い る が、 大 日 堂 が 最 も 古 く、 三 層 堂 が こ れ に つ ぎ、 入 口 の チ ョ ル テ ソ と と も に、 十 一 世 紀、 お そ く と も 十 二 世 紀 の 建 立 と 認 め ら れ る。 た だ ア ル チ で 最 も 古 い 大 日 堂 も、 ニ ャ ル マ 寺 ほ ど 古 く な い。 翻 訳 官 堂 と 文 殊 堂 は 十 二 世 紀、 新 堂 は 最 も 新 し い が、 そ の 壁 画 は 十 三 世 紀 を 下 ら な い と、 ス ネ ル グ ロ ー ヴ ( 8) に よ っ て 考 証 さ れ て い る。 ア ル チ チ ョ ス コ ル の 諸 堂 の 配 置 図、 お よ び 諸 堂 の 平 面 図、 断 面 図、 諸 堂 の 曼 茶 羅 の 大 き さ に つ い て は す で に 発 表 せ ら れ ( 9) て い る の で、 こ こ で は 平 面 図 を 省 略 す る。 ま た こ れ ら 諸 堂 の 仏、 菩 薩 像、 な ら び に 諸 曼 茶 羅 に つ い て も、 最 近 少 な か ら ぬ ( 10) 研 究 な ら び に 解 説 が 出 版 さ れ て い る。 し た が っ て こ こ で は 全 般 に わ た る 一 々 の 説 明 を 省 略 し、 最 も 古 い 大 日 堂 と 三 層 堂 の 彫 刻、 曼 茶 羅 の 主 要 な も の の み に 言 及 す る に と ど め た い。 大 日 堂 は 凸 形 で、 左 右 の 東 西 両 壁 八 メ ー ト ル 余、 前 の 南 壁 九 メ ー ト ル 余 で、 北 側 に 奥 行 き 三 メ ー ト ル 足 ら ず、 五 メ ー ト ル 余 の 長 さ の 窪 み を も つ。 前 室 と 前 庭 お よ び 両 側 に 大 小 二 つ ず つ の 副 室 を 付 し て い る か な り 大 き な 堂 で あ る。 正 面 の 窪 み の 中 央 に 定 印 で 四 面 の 大 日 如 来 の 坐 像、 そ の 上 下 左 右 に ガ ル ダ (garuda)、 横 に 舞 人、 楽 人、 馬 ・ 獅 子 ・ 象 な ど の 動 物 の 彫 像 を も っ て 飾 る。 窪 み 内 の 西 側 に は、 上 下 に 宝 生 と 阿 閾、 東 側 の 上 下 に は、 無 量 光 と 不 空 成 就 の 四 仏 の 彫 像 を ま つ る。 ( 11) 四 仏 の 印、 色 は 規 定 通 り で あ る。 北 壁 の 左 右 は 千 仏 の 壁 画 を も っ て う ず め る。 東、 西 の 両 壁 に は、 そ れ ぞ れ 左 右 に 約 三 メ ー ト ル 七 〇 セ ン チ の 直 径 を も つ 大 き な 曼 茶 羅 が え が か れ、 南 壁 の 左 右 に は、 直 径 三 メ ー ト ル 足 ら ず の 少 し 小 さ い 曼 茶 羅 と、 南 壁 中 央 の 門 の 上 に、 さ ら に 小 さ い 一 つ の 曼 茶 羅 が え が か れ て い る。 こ れ ( 12) ら の 曼 茶 羅 に つ い て、 す で に 二、 三 の 研 究 が な さ れ て い る。 筆 者 も こ れ ら の 曼 茶 羅 に つ い て 若 干 の 意 見 を も っ て い る が、 そ れ だ け で 一 篇 の 論 文 を 構 成 す る の で、 こ こ で は そ の 概 要 を 述 べ る に と ど め る。 東 壁 の 両 曼 茶 羅 は い ず れ も 悪 趣 清 浄 曼 茶 羅 で あ る が、 左 は 普 明 の 毘 盧 遮 那
を、 右 は 釈 迦 牟 尼 を 中 尊 と す る。 典 拠 と な る 経 軌 が 異 る た め、 形 態 も い ち じ る し く 相 違 し て い る。 左 側 の は 第 一 重 の 円 内 に 白 色、 一 面 二 膏、 定 印 を し た 普 明 の 毘 盧 遮 那 を 中 尊 と し て、 四 方 四 隅 に 計 九 尊 が 枠 内 に 配 置 さ れ る。 第 二 重 は 円 で 十 六 大 菩 薩、 第 三 重 の 方 形 枠 は 四 隅 に 内 四 供 養 の 四 尊、 第 四 重 は 方 形 枠 内 の 四 隅 に 外 の 四 供 養 の 四 尊 と、 東 南 西 北 の 四 方 に そ れ ぞ れ 金 剛、 宝、 蓮 花、 掲 磨 を も つ 八 尊 ず つ 計 三 十 六 尊、 第 五 重 は、 四 隅 を 含 め て 四 方 に 八 尊 ず つ 計 三 十 六 尊 が 方 形 で か こ ま れ、 第 三 重 と 第 五 重 そ れ ぞ れ の 四 門 に 各 四 門 護 の 四 摂 菩 薩 を 付 す。 中 央 部 と 下 方 に 後 世 の 修 復 の 跡 が み ら れ、 全 体 に あ ま り よ い 保 存 状 態 で は な い。 東 壁 右 の 曼 茶 羅 は、 第 一 重 に 釈 迦 牟 尼 を 中 心 に 八 方 に 蓮 弁 が ひ ろ が り、 そ の 下 方 の 弁 の み に、 仏 母 を え が く。 第 二 重 の 円 形 の 内 の 蓮 弁 に 入 尊、 第 三 重 の 方 形 の 枠 の 四 隅 に 内 の 四 供 養、 第 四 重 の 方 形 の 枠 の 四 隅 に 外 の 四 供 養 と 四 方 に 四 尊 ず つ 計 十 六 の 賢 劫 の 十 六 尊、 第 三 重 と 第 四 重 そ れ ぞ れ に 四 門 護 を 配 し て い る。 こ の 曼 茶 羅 も 右 下 方 に 修 復 の 跡 が 認 め ら れ る。 西 壁 左 は、 方 形 の 三 重 の 枠 よ り な る。 こ の 曼 茶 羅 は す べ て の 尊 が 左 足 を 展 ば し 右 足 を 屈 し て 立 つ、 い わ ゆ る 展 左 の 姿 勢 を と る と こ ろ に 特 長 が あ る。 第 一 重 は 縦 横 三 ず っ 九 個 の 枠 の 中 に 九 輪 を 配 し、 そ れ ぞ れ の 輪 内 に 中 央 と 四 囲 に 合 計 五 輪 を 並 べ た 配 置 で あ る。 中 央 は 四 面、 白 色、 智 拳 印 を し て 獅 子 座 に 坐 す 毘 盧 遮 那 と、 東 方 の 青 色 で 四 面 八 壁 [の 阿 閾 の み 例 外 で、 他 の 諸 尊 は 一 面 二 辟 目 で あ る。 南 ・ 西 ・ 北 の 三 方 の 尊 は、 黄 ・ 赤 ・ 緑 の 色 を し た 宝 生、 無 量 光、 不 空 成 就 の 三 仏 で、 い ず れ も 印 を 結 ん で い な い。 第 二 重 は 四 隅 を 除 い て 四 方 に 各 八 尊 ず つ、 第 三 重 は 四 隅 を 除 い て、 東 方 が 十 二 尊、 他 の 三 方 は 十 尊 ず つ、 第 一 重 と 第 三 重 に そ れ ぞ れ 四 門 護 を 配 し て い る。 ( 13) 金 剛 界 曼 茶 羅 の う ち、 降 三 世 曼 茶 羅 に 相 当 す る。 西 壁 右 は 四 面 八 曹 で 獅 子 に 坐 す 文 殊 師 利 を 中 尊 と し て、 第 一 重 は 八 方 に 蓮 弁 が 出 て、 一 面 二 曹 白 色 の 八 尊 が 置 か れ る。 第 二 重 は 方 形 の 枠 内 に、 第 一 重 の 円 の 外 側 に 縦 横 そ れ ぞ れ 二 本 ず つ の 直 線 を も っ て、 四 方 と 四 隅 を 分 つ。 四 方 は 四 仏 を 中 心 に 四 尊 ず つ が 周 囲 を か こ み、 四 隅 に 四 金 剛 女 を 配 す。 第 三 重 は 方 形 の 枠 で 四 隅 の 四 金 剛 女 を 除 い て 六 尊 ず つ か ら な り、 第 二 重 と 第 三 重 に そ れ ぞ れ 四 門 護 が え が か れ て い る。 文 殊 を 中 尊 と す る 法 界 語 自 在 (Dharmadhatuvagiisvara) の 曼 茶 羅 ( 14) の 基 本 的 な 部 分 と 一 致 す る。 ラ ダ ッ ク 地 方 に お け る リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 遺 跡 の 調 査 報 告
-15-密 教 文 化 常 の 入 口 側 の 壁 に 向 っ て 左 側 の 曼 茶 羅 は、 一 面 六 管 の 般 若 波 羅 蜜 女 (prajnapaieita) を 中 尊 と す る 曼 茶 羅 で、 第 一 重 の 円 形 の 枠 内 に 八 尊、 方 形 の 第 二 重 の 四 隅 に 内 の 四 供 養、 方 形 の 第 三 重 の 四 隅 に 外 の 四 供 養 と 四 方 に 三 尊 ず つ、 方 形 の 第 四 重 は 四 隅 を 除 い て、 東 西 の 西 側 に 三 尊 ず つ、 南 北 の 両 側 に 五 尊 ず つ 配 せ ら れ て い る。 こ の 曼 茶 羅 は 左 半 分 が 新 し く 書 き 変 え ら れ て い る。 右 側 の 曼 茶 羅 は、 四 面 二 管、 白 色、 智 拳 印、 獅 子 に 乗 る 毘 盧 遮 那 を 円 輪 を も っ て 囲 み、 第 二 重 の 円 の 四 方 に 色 ・ 印 と も 経 軌 通 り の 四 仏、 四 隅 に 四 金 剛 女 を 配 す。 第 三 重 の 円 形 の 内 に 十 六 大 菩 薩 を、 第 四 重 の 方 形 に は 四 隅 に 内 の 四 供 養 の み、 第 五 重 の 方 形 の 四 隅 に は 外 の 四 供 養 と、 四 方 に 四 尊 ず つ の 賢 劫 の 十 六 尊、 第 四 重 と 第 五 重 の 四 門 に は、 そ れ ぞ れ 四 門 護 が い る。 五 仏 の 他 は 右 手 に 劒 を も つ 姿 を と る と こ ろ に 特 長 が あ る が、 こ の 曼 茶 羅 の 五 十 三 尊 は 金 剛 界 曼 茶 羅 の 三 十 七 尊 と 賢 劫 の 十 六 尊 に か ぎ ら れ る。 門 の 内 側 の 上 壁 に は、 大 金 剛 母
(rdo rie chen mo)
が え が か れ、 そ の 上 に、 小 さ な 方 形 二 重 の 曼 茶 羅 が あ る。 第 一 重 は 三 三 の 九 枠 で、 中 尊 は 青 色 で 降 三 世 の 印 を 結 び、 左 右 の 手 に 金 剛 鈴 と 金 剛 杵 を も つ 降 三 世 (trailkyaciya) で あ る。 東 方 の 尊 は 青 色 の 阿 悶 と 思 わ れ る。 南 方 は 黄 の 宝 生、 西 方 は 赤 の 無 量 光、 北 方 は 緑 の 不 空 成 就、 四 隅 は 内 の 四 供 養、 第 二 重 の 四 隅 は 外 の 四 供 養、 四 門 に 四 摂 菩 薩 の 四 門 護、 い ず れ も 展 左 の 姿 勢 を と っ て い る。 中 央 が 毘 盧 遮 那 で は な く、 東 方 の 阿 閾 と 同 色 の 降 三 世 を 配 し て い る の は 興 味 深 い。 規 模 も 小 さ く、 諸 尊 の 構 成 も 簡 単 で、 展 左 の 姿 勢 を と り、 印 を 結 ん で い な い と こ ろ か ら、 厳 密 な 意 味 に お い て、 そ れ が 玲 伽 部 密 教 の 曼 茶 羅 と し て、 ど の よ う な 経 軌 に 基 く も の か 不 明 で あ る が、 こ れ は ラ ダ ヅ ク 地 方 に た だ 一 つ 認 め ら れ る 四 仏 に 囲 ま れ た 降 三 世 を 中 尊 と す る 曼 茶 羅 と い え る で あ ろ う。 三 層 堂 の 一 階 は、 北、 東、 西 に 窪 み を も ち、 そ れ ぞ れ に 二 階 ま で 達 す る 弥 勒、 文 殊、 観 音 の 立 像 を ま つ る。 壁 は 観 音、 多 羅、 般 若 波 羅 蜜 母、 文 殊 と か、 宮 廷 の 図 な ど が え が か れ て い る。 二 階 に は、 北、 東、 西 の 壁 に 二 つ ず つ、 南 壁 の 左 右 の 壁 に は 上 下 二 つ ず つ、 全 部 で 十 種 の 金 剛 界 曼 茶 羅 が え が か れ て い る。 三 層 堂 二 階 の 曼 茶 羅 の 構 成 に つ い て は、 別 に 発 表 の ( 1 5) 機 会 を も っ た の で、 こ こ で は 再 説 し な い。 三 層 堂 三 階 に は、 北、 東、 西 の 三 方 の 壁 に 曼 茶 羅 が え が か
れ て い る。 北 壁 の は、 大 日 堂 の 南 壁 右 と 等 し い。 た だ 第 四 重 の 四 門 護 が な い。 東 壁 は 同 じ く 大 日 堂 の 南 壁 左 の と 構 成 を 同 じ く す る が、 方 形 の 第 二 重 の 四 隅 の 四 供 養 女 を 欠 く。 西 壁 は 白 色、 獅 子 座 に 坐 し、 智 拳 印 を 結 ぶ 釈 迦 牟 尼 を 中 尊 と す る 悪 趣 清 浄 曼 茶 羅 で、 大 日 堂 東 壁 右 の も の と 構 成 は 似 て い る。 翻 訳 官 堂 と 文 殊 堂 は、 大 日 堂、 三 層 堂 よ り 新 七 い 建 立 で ち る。 壁 画 も、 大 日 堂 な ど の 曼 茶 羅 の 変 形 が 占 め、 と く に こ こ で 論 ず る ほ ど の も の は み あ た ら な い。 新 堂 の 建 立 は こ れ ら 五 堂 の 中 で は 最 も 新 し い。 し か し そ の 壁 画 の 中 に は、 か な り 特 異 な も の が 存 在 す る。 西 壁 の 上 部 に 三 種 の 曼 茶 羅 が え が か れ て い る。 右 端 は 普 明 を 中 尊 と す る 悪 趣 清 浄 曼 茶 羅、 中 央 は 釈 迦 牟 尼 を 中 尊 と す る 悪 趣 清 浄 曼 茶 羅 で あ る。 こ れ ら は 大 日 堂 に も 類 形 が 存 在 し た が、 普 明 の 曼 茶 羅 は 大 日 堂 の も の よ り、 経 軌 に よ り 忠 実 で あ る こ と が 確 か め ( 16) ら れ て い る。 左 端 の 曼 茶 羅 は、 無 量 寿 を 中 尊 と し、 毘 盧 遮 那、 阿 悶、 宝 生、 不 空 成 就 の 四 仏 を 円 形 の 第 一 重 に、 方 形 の 第 二 重 の 四 隅 に 四 尊、 方 形 の 第 三 重 の 四 隅 と 四 門 に そ れ ぞ れ 四 尊 ず つ の 全 部 で 十 七 尊 よ り な る。 無 量 寿 を 中 尊 と す る 悪 趣 ( 17) 清 浄 曼 茶 羅 の 一 種 と み な さ れ よ う。 南 壁 に 仏 頂 尊 勝 ( ¢ 誓 材 早 vijay)、 四 管 の マ ハ ー カ ー ラ (mahaikala)、 金 剛 手 (vajraapanienipnie) を え が く の も、 他 の 諸 堂 に み あ た ら な い。 の み な ら ず 南 壁 に 秘 密 集 会 (guhysamieniwajinei)、 カ ー ラ チ ャ ク ラ (kalacakkeraclr)、 へ ー ア ジ ラ (hecaara)、 サ ン バ ラ (samvariniincanra)、 マ ハ ー マ ー ヤー (mahamyainieya) な ど 無 上 愉 伽 系 の ヤ ブ ユ ム (yab yum) 像 を え が い て い る の ( 18) も 面 白 い。 新 堂 で は、 諸 尊 と か 曼 茶 羅 の 周 囲 を、 小 さ な 図 案 化 さ れ た 諸 尊 像 を 並 べ て 区 切 る 点 も 特 異 で あ る。 ま た 大 日 堂、 三 層 堂 の 曼 茶 羅 の 外 側 を 囲 む 輪 が、 内 側 か ら 金 剛 杵 と 火 焔 の 模 様 の 二 重 で あ る に 対 し て、 新 堂 の そ れ は 内 側 に さ ら に 波 形 の 模 様 を 加 え て 三 重 に な っ て い る こ と も 目 を ひ く。 新 堂 の 壁 画 は こ れ ら の 点 に お い ラ ダ ッ ク 地 方 に お け る リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 遺 跡 の 調 査 報 告 Alchi chachapuri Alchi tshatshapuri 410/1 Alchi丘
-17-密 教 文 化 て、 他 の 諸 堂 の そ れ と は、 あ き ら か に 基 調 を 異 に し て い る と い う こ と が で き る。 ア ル チ 村 の 北、 小 高 い 丘 の 上 に、 リ ン チ ェ ン サ ソ ポ 様 式 の 廃 嘘 が 存 在 す る が、 ほ と ん ど 崩 れ て お り、 壁 画 も 判 別 が つ か な い。 チ ャ チ ャ プ リ
(Tsha tsha purri)
寺 ア ル チ チ ョ ス コ ル よ り 西 に 一 キ ロ ば か り、 川 を 越 え た 小 高 い 丘 に、 俗 称 ア ル チ リ ゾ ン 寺、 村 人 が チ ャ チ ャ ブ リ、 あ る い は テ タ プ リ (Te Ta puri) と 呼 ぶ 寺 が あ り、 リ ン チ ェ ソ サ ソ ポ 建 立 の 寺 と い わ れ る。 南 側 か ら 階 段 を 上 り、 入 口 か ら 庭 に 入 る と、 東 側 に 三 層、 北 側 に 一 層、 西 側 に 二 層 の 堂 が あ る。 東 側 の 堂 の 二 階 と 三 階、 お よ び 一 階 東 壁 は き わ め て 新 し い 壁 画 で あ る が、 一 階 の 左 右 と 入 口 の 壁 に は、 破 損 さ れ た ま ま に な っ て い る 大 小 さ ま ざ ま な 古 び た 曼 茶 羅 が え が か れ て お り、 か な り の 剥 脱 を み せ て い る。 北 側 の 堂 も、 東 側 の 堂 と よ く 似 た 構 成 を も つ 壁 画 が あ る。 ア ル チ チ ョ ス コ ル の 大 日 堂 に あ る 法 界 語 自 在 曼 茶 羅、 悪 趣 清 浄 曼 茶 羅 を は じ め、 新 堂 の よ う に 小 さ な 諸 尊 を も っ て 区 切 り に 使 用 す る な ど、 全 体 が ア ル チ 寺 に よ く 似 た 構 成 を と っ て い る が、 秘 密 集 会 タ ン ト ラ の 聖 者 流 の 三 十 二 尊 曼 茶 羅、 さ ら に は 普 賢 金 剛 薩 唾 と 金 剛 界 五 仏 を 中 心 に し た 六 輪 (satcakra) の 曼 茶 羅 な ど 無 上 愉 伽 系 の 曼 茶 羅、 お よ び 諸 尊 も あ り、 製 作 年 代 は、 か な り 下 る も の と 思 わ れ る。 西 側 の 堂 は 二 層 で、 現 在 一 階 は 倉 庫、 二 階 は 民 家 と し て 使 用 さ れ て い る。 二 階 は 東 西 三 メ ー ト ル 余、 南 北 五 メ ー ト ル 余 で、 一 メ ー ト ル 半 幅 で 三 メ ー ト ル 弱 の 長 さ の 窪 み の 部 分 を 西 側 に も つ 凸 形 の 堂 で あ る。 全 体 に 壁 画 は 薄 く な り、 識 別 が ほ と ん ど 不 可 能 な 状 態 で あ る が、 窪 み の 部 分 に は、 カ ー ラ チ ャ ク ラ 曼 茶 羅、 へ ー ヴ ァ ジ ラ 曼 茶 羅 な ど 無 上 諭 伽 系 の 曼 茶 羅 が み い だ さ れ、 ま た 東 側 あ る い は 窪 み の 北 側 の 壁 に は ヤ ブ ユ ム 像 の 壁 画 が 存 在 す る。 ま た こ れ ら の 画 の 格 は ア ル チ 寺 の も の よ り は る か に お ち る。 リ ソ チ ェ ン サ ソ ポ の 時 代 の 壁 画 で は な い こ と は 明 白 で あ る。 マ ン ギ ュ (Manyu) 寺 サ ス ポー ル の 対 岸 よ り イ ソ ダ ス 川 に 沿 っ て 九 キ ロ 下 り、 ゲ ラ 村 よ り 渓 流 を 五 キ ロ ほ ど 登 っ た と こ ろ に マ ン ギ ュ の 小 さ な 村 が あ る。 そ こ に リ ン チ ェ ン サ ソ ポ 建 立 と 伝 え ら れ る 寺 と 数 個 の チ ョ ル テ ン が 残 さ れ て い る。
南 東 向 き に 二 つ の 堂 が 壁 を 接 し て 並 び、 そ の 左 右 に 弥 勒 を ま つ っ た 二 つ の 小 堂 と、 前 庭 の 向 っ て 右 側 に 新 し く 建 築 さ れ た 僧 坊 が つ き 出 し て い る。 向 っ て 左 側 に あ る 正 面 六 メ ー ト ル、 奥 行 き 五 メ ー ト ル 半 ほ ど の 方 形 の 観 音 堂 と、 そ の 右 側 に つ ら な る 正 面 五 メ ー ト ル 半、 奥 行 き 四 メ ー ト ル 弱 で、 幅 三 メ ー ト ル と 奥 行 き ニ メ ー ト ル 弱 の 窪 み を も つ 凸 形 の 大 日 堂 が 主 な 堂 で あ る。 両 堂 の 前 に は そ れ ぞ れ ニ メ ー ト ル 半 幅 の 縁 が 出 て、 階 段 が 両 方 の 中 央 に つ け ら れ て い る。 大 日 堂 の 正 面、 窪 み の 奥 に は、 四 面、 定 印 の 毘 盧 遮 那 の 坐 像、 そ の 周 囲 の 諸 像、 左 右 の 四 仏 な ど の 配 置 は、 ア ル チ 寺 の 大 日 堂 の そ れ と 同 様 で あ る。 奥 の 両 側 の 壁 の う ち、 向 っ て 右 側 の 壁 は ほ と ん ど 剥 脱 し て い る。 左 側 の 壁 の 前 に 八 大 菩 薩、 釈 迦、 馬 頭 な ど の 新 し い 像 を 並 べ た ケ ー ス が 置 か れ て い て、 そ の 奥 の 壁 画 も 不 明 で あ る。 左 側 の 壁 画 は 新 し い も の で あ る が、 三 三 に 分 れ た 九 会 の 枠 組 み で、 そ の 最 下 の 三 枠 だ け、 か ろ う じ て 諸 尊 の 配 置 が わ か る 程 度 に 残 っ て い る。 三 段 の 最 下 段 の 中 央 部 は、 四 面、 白 色、 転 法 輪 印 の 毘 盧 遮 那 を 中 心 に 八 尊 を 周 囲 に 配 し、 第 二 重 に 十 六 尊 が 円 く 並 ぶ。 左 部 は 妃 を 中 心 に 四 尊 が 配 せ ら れ、 右 部 は 妃 を 中 心 に 八 葉 が 出 て、 そ の 四 隅 の 蓮 葉 の 先 端 に、 そ れ ぞ れ 妃 が 置 か れ て い る。 い ず れ も 不 明 瞭 で、 は っ き り し た 名 称 を 比 定 す る こ と が で き な い が、 い ず れ も ア ル チ 寺 に は み ら れ な い 構 成 を も っ て い る。 原 画 が 消 え た あ と に、 新 し く 書 き 加 え ら れ た も の で あ ろ う。 右 壁 も 同 じ く 九 枠 の 最 下 段 の み 残 っ て い る。 そ の 最 下 段 の 中 央 は、 青 色 展 左 で、 金 剛 噂 迦 羅 の 印 を 結 ぶ 持 金 剛、 そ の 周 囲 に 展 左 の 四 尊、 左 枠 は 青 色 尊 の 周 囲 に 四 尊、 右 枠 は 緑 色 尊. の 周 囲 に 四 尊 ・が 配 置 さ れ て い る。 ア ル チ 大 日 堂 の 西 壁 左 の 曼 茶 羅 と 同 じ か、 類 似 し た も の と 思 わ れ る。 入 口 の 壁 で は、 入 口 の 上 に 大 金 剛 母 が え が か れ て い る よ う ラ ダ ッ ク 地 方 に お け る リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 遺 跡 の 調 査 報 告 380/1 Mangyu
-19-密 教 文 化 で あ る が、 ほ と ん ど 消 え て い る。 左 壁 上 に は、 青 色 定 印 の 釈 迦、 そ の 下 に、 馬 頭、 文 殊、 緑 多 羅、 文 殊、 般 若 母、 そ の 下 に マ ハ ー カ ー リ ー (mahakaikli)、 マ ハ ー カ ー ラ (mahakaala)、 カ ー ラ ル ー パ (kalarrupa) な ど の 諸 尊 が え が か れ る。 右 壁 上 は、 円 形 の 第 一 重 に は 青 色、 転 法 輪 印、 獅 子 座 に 坐 す 中 尊 の 周 囲 に、 東 に 白 色、 触 地 印、 南 に 黄 色、 与 願 印、 西 に 赤 色、 定 印、 北 に 緑 色、 施 無 畏 印 の 五 仏、 方 形 の 第 二 重 の 四 隅 に 四 尊、 方 形 の 第 三 重 四 隅 と 四 門 護 を 除 き、 四 方 に 四 尊 ず つ 配 置 す る 曼 茶 羅 が え が か れ て い る。 ア ル チ 大 日 堂 の 曼 茶 羅 と 形 式 は 似 て い る が、 か な り 簡 略 化 さ れ た も の で あ る。 中 尊 と 東 方 尊 と の 身 色 が 入 れ 代 っ て い る が、 印 は そ の ま ま 動 か な い。 下 方 は 五 仏 が 三 段 に 分 け て え が か れ て い る が、 印 と 色 は 定 っ て い な い。 大 日 堂 の 左 隣 り の 観 音 堂 の 本 尊 と な っ て い る 十 一 面 観 音 の 立 像 は 新 し い。 最 近 ま で、 こ の 堂 は 壁 画 の み で、 何 も ま つ ら れ な か っ た、 と 寺 僧 は い う。 正 面 左 壁 の 画 は 仏 陀 と 二 大 弟 子 と 祖 師 像 で、 す べ て 新 し く か か れ た も の で あ る。 正 面 右 壁 は 比 較 的 古 く、 定 印 を 結 ぶ 赤 色 の 阿 弥 陀 を 中 尊 と し、 そ の 周 囲 を 八 尊 の 阿 弥 陀 が と り か こ み、 第 一 重 を な し て い る。 第 二 重 は 方 形 で 四 門 を も ち、 四 隅 の 尊 と 四 門 護 の ほ か、 四 方 に 四 尊 ず つ を 配 し て い る が、 そ の 尊 様 は 判 然 と し な い。 向 っ て 左 壁 の 曼 茶 羅 の 第 一 重 は 円 を 九 会 に 分 つ。 下 段 の 巾 央 部 が 触 地 印 の 尊 で あ る が、 他 の 尊 様 は 消 え て い る。 わ ず か に 第 二 重 の 円 形 の 中 の 下 部 の 数 尊、 第 三 重 は 方 形、 第 四 重 は 方 形 で 下 部 の 数 尊 の 存 在 が 識 別 出 来 る 程 度 で あ る。 第 五 重 が あ っ た か も 知 れ な い と 思 わ れ る 痕 も あ る。 ア ル チ 大 日 堂 の 東 壁 左 の 曼 茶 羅 の 構 成 と 似 て い る。 そ の 左 右 の 壁 画 は 三 段 ず つ 上 中 下 に 分 れ、 左 側 の 中 段 に 四 膏 の 文 殊、 下 段 に 四 面 六 膏 の 獅 子 座 に 坐 し た 毘 盧 遮 那、 そ の 他 の 段 の 尊 様 は 不 明 で あ る。 右 壁 は 第 一 重 の 方 形 九 枠 の 中 央 と 上 部 の み 残 る。 中 尊 は 四 面、 白 色、 智 拳 印 の 毘 盧 遮 那 で、 南 に 黄 色、 与 願 印 の 宝 生、 西 に 赤 色、 定 印 の 阿 弥 陀、 北 に 緑 色、 施 無 畏 印 の 不 空 成 就 が え が か れ て い る。 四 隅 に は、 ア ル チ 三 層 堂 二 階 の 金 剛 界 曼 茶 羅 の 四 隅 の よ う な 二 重 に な っ た 装 飾 輪 の み 認 め ら れ る。 第 一 重 九 枠 に 門 が あ り、 第 二 重 の 上 方 に 数 尊 の 跡 が 残 さ れ て い る。 入 口 の 壁 は 入 口 の 上 に、 大 金 剛 母、 入 口 左 に カ ー ラ ル ー パ が え が か れ て い た と 思 わ れ る。 総 体 に 壁 画 は 不 明 瞭 で、 明 瞭 な 個 所 は 新 し く か か れ た も の で あ る。
左 側 の 弥 勒 堂 の 正 面 に、 弥 勒 像 あ り、 そ の 左 横 に、 縦 に 四 尊、 右 横 に、 縦 に 五 尊 あ り、 左 上 は 青 色 の 尊、 つ ぎ は 白 色、 智 拳 印 の 毘 盧 遮 那、 三 番 目 に、 四 面 六 膏 で 獅 子 に 坐 す 毘 盧 遮 那、 最 下 は 十 一 面 観 音 が 認 め ら れ る。 右 横 は 上 か ら 四 番 目 に 白 色、 五 面 入 麿 の 毘 盧 遮 那 が 獅 子 に 坐 し て い る も の の み 識 別 で き る。 左 壁 に は、 第 一 重 の 円 に 四 面 八 膏 の 毘 盧 遮 那 を か こ ん で 八 尊、 第 二 重 の 円 に 十 六 尊、 第 三 重 の 四 隅 に 四 尊、 第 四 重 は 下 部 の み 数 尊 が 残 っ て い る。 構 成 と し て は ア ル チ 新 堂 の 西 壁 の 普 明 の 悪 趣 清 浄 曼 茶 羅 と 似 て い る。 左 側 の 弥 勒 堂 の 左 に チ ョ ル テ ン が あ り、 中 に 入 る こ と が で き る。 中 央 部 に も う 一 つ チ ョ ル テ ン が あ り、 そ の 四 方 の 壁 に 仏 陀、 リ ン チ ェ ン サ ン ボ、 リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 師 二 人 が そ れ ぞ れ え が か れ て い る。 右 側 の 弥 勒 堂 の 上 方 に チ ョ ル テ ン が あ る。 同 じ く 中 央 部 に 四 方 の 壁 が あ り、 奥 に ツ ォ ン カ バ 像 が ま つ ら れ て い る が、 も と は リ ソ チ ェ ン サ ン ボ も し く は 仏 陀 の 像 が あ っ た と 思 わ れ る。 奥 の 左 右 面 に 観 音 と 般 若 母 が え が か れ て い る。 左 側 は 中 央 に 金 剛 手 像、 左 に 宝 生 と 阿 閾、 右 に マ ハ ー カ ー ラ と 剥 脱 し て 不 明 の 尊、 入 口 側 は、 中 央 に 観 音、 右 に 五 面 八 腎 の 観 音、 左 は 不 明 瞭、 右 側 は 中 央 に 文 殊 師 利 像、 左 に マ ハ ー カ ー ラ と 阿 弥 陀、 右 に 四 面 智 拳 印 の 毘 盧 遮 那 と、 三 面 六 膏、 緑 タ ー ラ が え が か れ て い る。 ウ、 ン ギ ュ 寺 の 大 日 堂、 観 音 堂 の 建 築、 チ ョ ル テ ン の 構 格 な ど は、 リ ン チ ェ ン サ ン ボ 様 式 と い う べ き 特 長 を も っ て い る。 壁 画 も ア ル チ の 大 日 堂、 三 層 堂 な ど の 曼 茶 羅 と 構 成 は 似 て い る が、 い ず れ も 簡 単 な も の で、 中 に は 観 音 堂 の 阿 弥 陀 曼 茶 羅 の よ う に 特 異 な も の も あ る。 毘 盧 遮 那 に 多 管 像 が 多 い の も マ ン ギ ュ 寺 の 特 長 で あ る。 大 日 堂 の 五 仏 は ア ル チ 大 日 堂 の 五 仏 と そ れ ほ ど 年 代 的 に 差 が な い と 思 わ れ る が、 壁 画 は や は り ア ル チ 寺 の 大 日 堂、 三 層 堂 の も の に 比 べ て、 リ ン チ ェ ン サ ン ボ 様 式 を そ な え て は い る が、 新 し い 特 色 を も っ て い る と も い え る で あ ろ う。 ス ム ダ (Sumda) 寺 ア ル チ 村 か ら 南 に 約 十 五 キ ロ、 四 八 ○ ○ メ ー ト ル の ス タ ク ス ピ 峠 (stakspi la) を 越 え た 山 挾 に、 戸 数 が 数 軒 の 小 さ な 村 が あ る。 地 域 と し て は ザ ン ス カ ー ル 地 方 に 入 る。 こ こ か ら 西 に 十 ニ キ ロ ほ ど の と こ ろ に 同 じ 名 の ス ム ダ と い う 小 さ な 村 も あ る。 区 別 す る た め に 前 者 は 小 ス ム ダ (Sumda chun)、 後 ラ ダ ッ ク 地 方 に お け る リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 遺 跡 の 調 査 報 告
-21-密 教 文 化 者 は 大 ス ム ダ (Sumda chen) と 一 般 に 呼 ぽ れ て い る。 い ず れ も リ ン チ ェ ン サ ン ボ が 建 立 し た 寺 が あ っ た と こ ろ で あ る。 小 ス ム ダ に は、 六 メ ー ト ル 半 四 方 に、 ニ メ ー ト ル 弱 と 四 メ ー ト ル 余 の 幅 の 窪 み を も っ た 凸 形 の 堂 が あ る。 少 し 東 に 振 っ た 南 面 で あ る。 窪 み の 奥 に は、 鬼、 天 女、 ガ ル ダ 鳥、 象、 獅 子 に 囲 ま れ、 諸 尊 が 囲 続 し、 竜 王 が 下 か ら 瓶 を 捧 げ る み ご と な 装 飾 の 彫 刻 の 中 に、 四 面 の 毘 盧 遮 那 像 が ま つ ら れ て い る。 カ タ ( 白 布) と 衣 に 覆 わ れ た 手 は、 智 拳 印 と 転 法 輪 印 の 中 間 の 型 を し て い る。 そ の 両 側 の 壁 に、 諸 尊 に 囲 ま れ た 四 仏、 す な わ ち 上 か ら 左 は 宝 生 と 阿 閾、 右 は 無 量 光 と 不 空 成 就 の 身 色 と 印 は い ず れ も 経 軌 の 通 り で あ る。 正 面 の 左 右 の 壁 は、 阿 閾 の 千 仏 左 右 の 両 側 の 壁 の 奥 寄 り は 三 列 に 上 か ら 下 ま で 五 仏 の 色 と 印 を し た 諸 仏 が び っ し り え が か れ て い る。 西 壁 の 曼 茶 羅 の 構 成 は、 ア ル チ 大 日 堂 の 西 壁 左 の そ れ と ほ ぼ 等 し い。 た だ ア ル チ の 場 合、 毘 慮 遮 那 と 阿 閤 の み 四 面 八 腎 で あ っ た の に 対 し、 ス ム ダ の は、 第 一 重 の 九 枠 内 の 尊、 す な わ ち 五 仏 と 四 金 剛 女 す べ て 四 面 八 膏 で あ る こ と、 南 東 隅 の 金 剛 女 が 白 色 で あ る こ と、 中 尊 が 左 側 は 右 向 き、 右 側 は 左 向 き の 姿 勢 を と る こ と な ど が ア ル チ 大 日 堂 の 曼 茶 羅 と は 異 っ て い る。 こ の 曼 茶 羅 は 小 ス ム ダ の こ の 堂 の 中 で は 最 も 古 い も の の 一 つ で あ る が、 以 上 の 諸 尊 の 之 が き か た
大Sumda
小Sumda1/410
小 ス ム ダ の廃 嘘か ら み て、 ア ル チ 大 日 堂 の 曼 茶 羅 ほ ど 古 い も の で は な く、 リ ン チ ェ ン サ ン ボ 時 代 の も の と は 思 え な い。 右 壁 の 中 央 に は、 阿 閾 を 中 尊 と す る 八 尊 と 四 門 を 付 し た 曼 茶 羅 と、 左 に 諸 祖 師 の 壁 画、 右 の 特 別 の 厨 子 に マ ハ ー カ ー リ ー が 秘 仏 と し て お さ め ら れ て い る。 壁 画 は そ れ ほ ど 古 い も の で は な い。 入 ロ 上 に は 釈 迦 と 二 大 弟 子、 そ の 周 辺 に 五 仏 が え が か れ て い る が、 印 と 色 は 経 軌 通 り で は な い。 と こ ろ が そ の 左 に 祖 師 画 を は さ ん で 右 に 三 列 に え が か れ た 五 仏 の つ ら な り は、 新 し い 壁 画 で あ る が、 色 と 印 が 経 軌 と 一 致 し て い る。 入 口 右 壁 の 五 仏 の み 四 門 に 入 れ た 曼 茶 羅 は、 中 尊 が 持 金 剛 で、 明 妃 を い だ い て い る。 そ れ ほ ど 古 い も の で は な い。 ス ム ダ 寺 の 周 辺 に は、 八 つ の 堂 が あ っ た と い わ れ、 そ の 中、 わ ず か に 現 形 を と ど め る 小 堂 の 廃 嘘 に は、 リ ン チ ェ ン サ ソ ポ の 寺 に よ く み る 曼 茶 羅 ら し き 形 が 残 さ れ た も の も み い だ さ れ る。 近 く の チ ョ ル テ ン の く ず れ か け た 天 井 に は、 白 色、 智 拳 印 の 毘 盧 遮 那 を 中 尊 と す る 曼 茶 羅 と か、 阿 閾 の 千 仏 の 壁 画 が わ ず か に 残 さ れ て い る。 大 ス ム ダ に 建 て ら れ て い る 堂 は 二 〇 〇 年 ほ ど 前 に 建 立 さ れ た 新 し い も の。 古 い 堂 の 完 全 に く ず れ た 跡 に、 弥 勒 の 大 き な 立 像、 毘 盧 遮 那 の 坐 像、 お よ び 観 音 を は 大 スムダの弥勒菩薩立像 大 ス ム ダの 毘 盧遮 那 如 来 坐 像 ラ ダ ッ ク 地 方 に お け る リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 遺 跡 の 調 査 報 告
密 教 文 化 じ め と す る 数 体 の 像 が 野 ざ ら し に な っ て い る。 こ の 毘 盧 遮 那 繰 は 五 仏 の 一 と し て 造 像 さ れ た も の か も し れ な い。 そ の 付 近 に も、 リ ン チ ェ ン サ ン ボ 様 式 の 廃 嘘 が い く つ か 存 在 し て い る。 そ の 中 の 一 つ は、 四 メ ー ト ル ほ ど の 四 方 の 堂 で、 入 口 と 右 側 の 壁 半 分 が く ず れ て い る が、 入 口 の 左 側 の 壁 は 一 メ ー ト ル ほ ど 外 に 突 き 出 て い る。 正 面 に は 曼 茶 羅 ら し い 外 枠 が 残 さ れ、 左 壁 に は、 阿 閤 と 思 わ れ る 千 体 仏 の え が か れ て い た 形 跡 を 認 め る こ と が で き る。 ラ マ ユ ル (Lanmayuru) 寺 正 式 に は ユ ン ド ゥ ソ (gyun druum) 寺 と い わ れ る。 勤 行 堂 の 左 手 に は、 ナ ー ロ ー パ (Nalopa) の 修 行 窟 が あ り、 寺 の 起 源 は 古 い。 こ の 勤 行 堂 よ り 下 っ た と こ ろ に、 獅 子 巌 堂 (sen ge 大 ス ム ダの 廃嘘 ラ マ ユ ル寺 の 普 明曼 茶 羅 ラ マユ ル寺 の リン チ ェ ンサ ン ボ遺 跡
sgan) と 呼 ば れ る 約 四 メ ー ト ル 半 四 方 の 小 堂 が あ り、 そ の 右 に、 葱 怒 尊 を ま つ る 護 法 堂 (mgon kha) が 連 っ て い る。 獅 子 巌 堂 は、 か つ て こ の 地 方 が 湖 で あ っ た と き、 岩 の 頂 に 二 匹 の 獅 子 が 来 た 場 所 に 建 て ら れ た 堂 と い う 由 来 を も っ て い る。 リ ソ チ ェ ン サ ソ ポ の 建 立 と 伝 え ら れ る。 正 面 に は 転 法 輪 印 の 毘 盧 遮 那 像、 左 に 無 量 光、 阿 閤、 右 に 不 空 成 就、 宝 生 の 四 仏 の 像 が 上 下 に 正 面 を 向 い て ま つ ら れ て い る。 四 仏 の 配 列 の 順 序 は、 ア ル チ 大 日 堂、 マ ン ギ. 一 寺、 ス ム ダ 寺 の そ れ と は 異 っ て い る。 フ ラ ソ ケ の 報 告 に ょ れ ば、 ナ コ 寺 の 大 き い 諸 尊 堂 (Lha
khan chen po)
の 五 仏 も こ の 堂 と ( 19) 同 様 な 配 列 で あ る と い う。 両 側 の 壁 画 は ほ と ん ど 剥 脱 し て い る が、 左 壁 に は、 四 面、 定 印 の 普 明 を 中 尊 と す る 五 仏 が え が か れ た 形 跡 が、 認 め ら れ る。 ラ サ、 ユ ル の 寺 の 下 方 に、 リ ン チ ェ ン サ ン ポ 様 式 の 廃 ∼嘘 が 残 っ て い る。 そ の 正 面 壁 の 一 部 に は、 阿 閾 の 千 仏、 左 壁 に は、 阿 閤 の 千 仏 の 中 央 に、 円 形 の 曼 茶 羅 の 跡 ら し い も の が 認 め ら れ る。 ワ ン ラ (Wanla) 寺 ラ マ ユ ル か ら 東 に、 海 抜 四 〇 〇 〇 メ ー ト ル 余 の プ リ ン キ テ ィ 峠 (Prinkiti la) を 越 え て 南、 ラ マ ユ ル か ら 八 キ ロ ほ ど の と こ ろ、 大 ス ム ダ か ら 道 に 沿 う 川 と、 リ ン シ ョ ッ ト (Linsheot) か ら の 道 に 沿 う 川 と の 合 流 点 に ワ ン ラ の 村 が あ る。 丘 の 上 に 小 さ な 二 層 で、 三 方 に 窪 み を も つ 堂 が 東 北 東 向 き に 建 っ て お り、 こ れ も リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 建 立 と い わ れ て い る。 ア ル チ 三 層 堂 の 二 層 の 形 式 に 似 て い る。 左 右 の 窪 み、 お よ び 全 体 の 大 き さ は ア ル チ 三 層 堂 に は 及 ば な い。 正 面 の 窪 み に は 十 一 面 観 音、 左 の 窪 み に は 観 音、 右 の 窪 み に は 釈 迦 の 三 体 の 像 が 二 階 に 達 す る 大 き さ で 立 っ て い る。 正 面 の 窪 み の 両 側 は 祖 師 像 が、 左 の ・窪 み の 両 側 に は 観 音 と タ ー ラ の 画 が、 右 の 窪 み の 両 側 に は、 文 殊 と マ ハ ー カ ー ラ が え が か れ て い る。 壁 画 は 全 般 に わ た っ て 不 明 瞭 で あ る。 正 面 の 窪 428/1
Sen ge sgan Lamayur
Wanla ラ ダ ッ ク 地 方 に お け る リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 遺 跡 の 調 査 報 告
-25-密 教 文 化 み 以 外 の 両 壁 の 前 に は、 経 棚 が 置 か れ て い て、 そ の 背 後 に え が か れ て い る 壁 画 の 調 査 を 一 層 困 難 な も の と し て い る。 正 面 左 壁 に は、 中 央 に 青 色、 触 地 印 の 阿 閤 が、 下 部 ( 東 方) に、 白 色、 智 拳 印 の 毘 盧 遮 那 が え が か れ て い る。 そ の 他 の 尊 に つ い て は 不 確 か で あ る。 左 壁 左 の 上 に、 普 明 の 曼 茶 羅 が、 下 に 恋 怒 尊 ら し ぎ も の が 認 め ら れ る。 入 口 壁 の 向 っ て 右 側 に は、 四 面 転 法 輪 印 の 毘 盧 遮 那 を 中 尊 と す る 五 仏 の 曼 茶 羅 ら し い も の が 残 っ て い る。 二 階 に は 外 か ら 梯 子 を か け て 登 ら ね ぽ な ら な い。 壁 画 は 一 階 の み で、 二 階 の 奥 の 左 側 に は、 リ ン チ ェ ン サ ソ ポ、 グ ル リ ン ポ チ ェ、 観 音 な ど の 像 が 置 か れ て あ る。 正 面 の 窪 み に は、 も と は 五 仏 の 像 を ま つ っ て い た か も 知 れ な い が、 現 在 で は わ か ら な い。 壁 画 か ら み て、 リ ソ チ ェ ソ サ ン ボ に 近 い 時 代 に 寺 が 建 立 さ れ、 壁 画 が え が か れ た も の と 思 わ れ る。 十 一 面
(bCu gcig shal)
堂 ザ ン ス カ ー ル 地 方 に お い て、 リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 建 立 が 伝 ( 20) え ら れ る 寺 が 二 つ あ る。 い ず れ も カ ル シ ャ (Karsha) 村 に あ り、 一 つ は か っ て 五 仏 の 壁 画 を も つ 大 き な 堂 が あ っ た が、 現 在 で は そ の 敷 地 跡 を と ど め る に す ぎ な い。 他 の 一 つ が 十 一 面 堂 で あ る。 そ れ は 高 野 山 大 学 の 第 二 回 調 査 団 に よ っ て 調 査、 ( 21) 報 告 さ れ て い る。 そ れ に よ れ ば、 東 向 き 五 メ ー ト ル 余 四 方 の 凸 型 の 堂 で、 正 面 に 十 一 面 観 音 が 二 階 ま で 突 き 出 て 立 っ て い る。 右 壁 に は、 無 上 玲 伽 系 の ヤ ブ ユ ム の 曼 茶 羅 が え が か れ て い る。 ま た 左 壁 の 奥 に は、 一 面 二 醤 の 普 明 を 中 尊 と す る 悪 趣 清 浄 曼 茶 羅 が あ り、 そ の 写 真 も 報 告 書 に 掲 げ ら れ て い る。 そ れ は ア ル チ 大 日 堂 の 東 壁 左 の 曼 茶 羅 と 同 類 と み な す こ と が で き る。 た だ 西 方 阿 弥 陀 は 定 印、 赤 色 で は な く、 ﹁ 最 上 本 初 曼 茶 羅 儀 軌 ﹂ に 基 く 転 法 輪 印、 黄 色 の 阿 弥 陀 で あ る こ と が、 第 三 回 の 調 査 団 に よ っ て 認 め ら れ て い る。 こ の 付 近 の チ ョ ル テ ン に は、 阿 閤 一 尊 あ る い は 阿 閤 を 中 尊 と す る 五 仏 の 曼 茶 羅 も 残 さ れ て い る よ う で あ る。 以 上 の よ う に、 ラ ダ ッ ク 地 方 に お い て、 リ ン チ ェ ソ サ ン ボ の 建 立 と さ れ る 寺 の う ち、 現 存 す る の は、 ア ル チ 寺、 チ ャ チ ャ プ リ 寺、 マ ン ギ ュ 寺、 小 ス ム ダ 寺、 ラ マ ユ ル 寺 の 獅 子 巌 堂 ワ ン ラ 寺、 カ ル シ ャ の 十 一 面 堂 で あ る。 そ の う ち 壁 画 あ る い は 彫 刻 が、 完 全 に 近 い 形 で 残 さ れ て い る の は、 ア ル チ 寺 の 五 堂 の み で あ る。 ま た 壁 画 の 内 容 を 経 軌 と 照 合 し た 場 合、 ア ル チ 寺 の 大 日 堂、 三 層 堂、 新 堂 の そ れ ら は 資 料 価 値 が 高 い。 な
か で も 大 日 堂、 三 層 堂 の 壁 画 は 古 く、 お そ ら く リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 時 代 に 最 も 近 い の で は な い か と 思 わ れ る。 ラ マ ユ ル の 獅 子 巌 堂、 マ ン ギ ュ、 小 ス ム ダ、 ワ ン ラ の 諸 寺 の も の が そ れ に つ ぎ、 ア ル チ の チ ャ チ ャ プ リ 寺 の も の は か な り 新 し い。 カ ル シ ャ の 十 一 面 堂 の 壁 画 は 後 世 か き な お さ れ た 可 能 性 が 大 ぎ い。 も と の も の は マ ン ギ ュ、 小 ス ム ダ、 ワ ン ラ の 諸 寺 の も の と ほ ぼ 同 時 代 の 壁 画 で は な い か と 思 わ れ る が、 筆 者 自 身 が 現 地 調 査 を し て い な い の で 断 定 は し か ね る。 バ ス ゴ ー (Basgo) 東 の 廃 嘘 ラ ダ ッ ク 地 方 に お い て、 リ ン チ ェ ン サ ン ポ の 建 立 に な る と い わ れ る 寺 と し て、 最 も 大 き い 規 模 を も つ の は、 ニ ャ ル マ 寺 で あ る が、 そ れ は い ま 廃 嘘 と な っ て い る。 リ ソ チ ェ ン サ ン ボ 建 立 と い わ れ る 寺 の 廃 嘘 の 中 で、 つ い で 注 目 さ れ る べ き も の は、 バ ス ゴ ー 村 の 東 端、 ニ ン ム の 村 か ら 西 に 五 キ ロ ほ ど の 道 の 北 側 に あ る も の で あ る。 そ れ を バ ス ゴ ー 東 の 廃 嘘 と 呼 ぶ こ と に す る。 バ ス ゴ ー 東 の 廃 嘘 は 一 堂 の み で あ る が、 壁 の 厚 さ が 一 メ ー ト ル 余 あ り、 ニ ャ ル マ の 廃 嘘 の そ れ と ほ ぼ 等 し い。 他 の リ ン チ ェ ン サ ン ボ 建 立 の 堂 の 壁 が、 七 〇 セ ン チ か ら 九 〇 セ ソ チ で あ る に 比 し て、 か な り 厚 い。 高 層 の 堂 で あ っ た 可 能 性 も あ る。 堂 は 東 向 き で、 幅 九 メ ー ト ル、 奥 行 き 一 〇 メ ー ト ル ほ ど、 入 口 の 前 の 両 側 に さ ら に 三 メ ー ト ル 足 ら ず の 壁 が 突 き 出 し、 そ の 突 き 出 た 壁 の 外 側 に 両 側 と も、 ニ メ ー ト ル 余 の 幅 で、 五 メ ー ト ル ほ ど の 奥 行 き の 副 室 が 付 け 加 え ら れ て い る。 こ の 堂 の 特 色 は、 正 面 の 壁 お よ び 左 右 の 壁 の 奥 に 近 い 部 分 に 大 小 三 十 二 の 輪 が 並 ん で い る と こ ろ に あ る。 そ の 輪 は 直 径 一 五 セ ン チ な い し 一 二 〇 セ ン チ の 大 輪、 一 〇 ニ セ ン チ な い し 一 〇 五 セ ン チ の 中 輪、 八 五 セ ン チ の 小 輪 の 三 種 に 分 れ る。 正 面 の 西 壁 の 中 央 に は 上 下 に 二 列、 四 つ の 小 輪、 そ の 左 右 に 上 下 二 つ の 中 輪 が 一 列 ず つ、 そ の 左 右 に 大 輪 一 つ ず つ、 そ の 左 右 に 中 輪 が 上 下 に 一 列 ず つ 並 ぶ。 つ ま り 正 面 の 壁 に は 左 右 相 Basgo East 410/1 ラ ダ ッ ク 地 方 に お け る リ ン チ ェ ン サ ン ポ の 遺 跡 の 調 査 報 告
-27-密 教 文 化 対 で、 十 四 の 輪 の 跡 か あ る。 南 北 両 壁 に は、 そ れ ぞ れ 中 央 に 大 輪、 そ の 両 側 に 上 下 二 列 ず つ 四 つ の 中 輪 が 並 ぶ。 つ ま り 九 つ の 輪 が 左 右 相 対 で、 両 側 の 壁 の 奥 の 方 に 同 じ 型 で 並 ん で い る。 輪 の 数 の 総 計 は 三 十 二 と な る。 こ れ ら の 輪 に は い く つ か の 穴 が あ け ら れ て い る。 お そ ら く ア ル チ の 大 日 堂、 マ γ ギ ュ の 大 日 堂、 ス ム ダ 寺 の よ う に、 こ れ ら の 輪 に は、 仏 ・ 菩 薩 像 が 支 木 に よ っ て 後 の 壁 に 固 定 さ れ て い た も の と 思 わ れ る。 こ れ ら の 輪 に 支 木 で 固 定 さ れ て い た 仏 ・ 菩 薩 と は 一 体 な に で あ っ た か。 フ ラ ン ケ は こ れ ら 三 十 二 の 輪 を 見 て、 ス ピ テ ィ 地 方 の ( 22) タ ボ 寺 の そ れ を 思 い 出 し て い る。 フ ラ ソ ケ は タ ボ 寺 の 大 目 堂 に あ る 三 十 二 尊 を、 三 十 ( 23) 三 の ヒ ソ ド ゥ ー 神 と 考 え て い る が、 そ れ は 誤 り で あ る。 ス ネ ル グ ロ ー ヴ は タ ボ 寺 の こ の 堂 に、 内 外 の 八 供 養 女、 四 摂 菩 薩 を み い だ し て い る が、 そ の 他 に つ い て は 言 及。 が な ( 24) ( 25) い。 フ ラ ン ケ の 写 真 の 数 葉 の み に よ っ て そ れ ら が な に で あ る か、 明 確 に は 決 定 し え な い が、 金 剛 界 三 十 七 尊 の う ち 五 仏 を 除 く 三 十 二 尊 で あ っ た 可 能 性 も 考 え ら れ な い わ け で は な い。 バ ス ゴ ー 東 の 廃 嘘 に 残 さ れ た 三 十 二 の 輪 が タ ボ 寺 の そ れ と 同 一 の も の か ど う か、 そ れ も 不 確 定 で あ っ て、 そ れ ら の 輪 に い か な る 仏 ・ 菩 薩 の 像 が 付 せ ら れ て い た か を 推 定 す る 材 料 を も た な い。 現 在、 ア ル チ 大 日 堂、 ラ 叩、 ユ ル の 獅 子 巌 堂 等 々 に バ ス ゴ ー東 の 廃 嘘 バ ス ゴ ー東 の 廃 嘘 の壁 穴
五 仏 の 彫 像 の み ま つ ら れ、 金 剛 界 三 十 七 尊 の 全 体 は、 ア ル チ 三 層 堂 の 二 階 の 壁 画 に 残 る に す ぎ な い。 も し こ れ が 金 剛 界 三 十 二 尊 の 跡 で、 そ の 他 五 仏 の 像 が 中 央 に ま つ ら れ て い た と す れ ば、 か つ て こ こ に 金 剛 界 の 三 十 七 尊 の 彫 像 の 曼 茶 羅 が 存 在 し た の か も 知 れ な い。 タ ボ 寺 と か ナ コ 寺 の 実 地 調 査 に よ っ て、 こ れ ら が 確 か め ら れ ね ぽ な ら な い で あ ろ う。 レ ー チ ョ ス コ ル の 廃 櫨 レ ー の 街 の 北 方 の 丘 陵 地 帯 に、 レ ー チ ョ ス コ ル と い う 地 域 が あ る。 そ こ に は リ ン チ ェ ン サ ソ ポ 様 式 の 寺 の 廃 嘘 と、 数 個 の チ ョ ル テ ン が 残 っ て い る。 南 南 東 向 き の 廃 嘘 は 奥 行 き 七 メ ー ト ル、 幅 八 メ ー ト ル に、 一 八 ○ セ ン チ 奥 行 き で 四 メ ー ト ル 余 の 幅 の 窪 み を も つ 凸 形 の 堂 で、 入 口 よ り さ ら に 両 側 二 六、 ∪ セ ソ チ の 壁 が 外 に 突 き 出 し て い る。 こ の 堂 の 窪 み の 部 分 三 方 と、 そ の 窪 み を は さ む 正 面 の 両 壁 と、 左 右 壁 の 奥 寄 り に 穴 が あ い て い る。 仏 菩 薩 像 の 跡 と 思 わ れ る。 そ の 周 辺 に も 同 じ よ う な 堂 の 跡 が 残 っ て い る が、 壁 も 崩 壊 し て、 石 積 み だ け が 残 る に す ぎ な い。 バ ス ゴ ー の 廃 嘘 バ ス ゴ ー の 町 の 北 西、 道 路 よ り 少 し 東 の 方 に 入 っ た と こ ろ に、 少 し 離 れ て 二 っ の 堂 の 廃 嘘 と 大 き な チ ョ ル テ ン が あ る。 バ ス ゴ ー の 弥 勒 堂 へ の 坂 道 の 上 り 口 に チ ョ ル テ ン、 そ れ よ り 少 し 北 に 南 面 で 凸 形 の 堂 の 廃 嘘 が あ り、 五 メ ー ト ル 半 四 方 に 三 メ ー ト ル 幅 で 奥 行 き 一 メ ー ト ル 半 の 窪 み を も つ。 入 口 の 西 壁 は 新 し く 補 修 さ れ て い る。 西 側 の 壁 に は、 曼 茶 羅 ら し き も の が 認 め ら れ る が、 判 然 と し な い。 東 壁 の 中 央 部 に 直 径 三 メ ー ト ル 一 五 セ ン チ、 第 一 重 は 円 形 で 九 会、 第 二 重 は 円 形 で 十 1/ 410 Leh choskor レ ー チ ョ ス コ ル の 廃 嘘 ラ ダ ッ ク 地 方 に お け る リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 遺 跡 の 調 査 報 告
密 教 文 化 六 尊、 第 三 重 は 方 形 で 四 隅 に 四 尊、 第 四 重 は 方 形、 四 隅 四 尊 四 門 護、 四 方 に 四 尊 ず つ の 二 十 四 尊 か ら 構 成 さ れ る 曼 茶 羅 が か す か に 認 め ら れ る。 ア ル チ 大 日 堂 東 壁 左、 新 堂 西 壁 右 端 の 普 明 を 中 尊 と す る 悪 趣 清 浄 曼 茶 羅 で あ る と 推 測 さ れ る。 そ の 西 に 少 し 離 れ て、 五 メ ー ト ル 半 と 三 メ ー ト ル の 長 方 形 の 堂 の 廃 嘘 が あ る。 北 と 束 の 壁 は 半 分 ほ ど 崩 壊 し て 残 っ て い な い。 西 壁 は 全 休 が 新 し い 石 垣 に 変 え ら れ て い る。 南 西 の 隅 に 小 さ な 門 が あ る が、 そ れ が も と か ら の も の か ど う か は 判 明 し な い。 新 し い 石 垣 の 南 端 よ り 西 に ま だ 壁 が 六 〇 セ ン チ ば か り つ づ き、 あ と 崩 壊 し て い る と こ ろ を み る と、 も と 東 西 の 幅 は も う 少 し あ っ た よ う に も 思 わ れ る。 南 壁 の 下 は 千 仏、 上 に 上 下 二 列 に 三 尊 ず つ、 六 尊 並 び、 右 上 に、 赤 色 定 印 ら し い 仏、 そ の 左 隣 り に 青 色 の 仏 が あ っ た よ う に み え る が、 詳 細 は わ か ら な い。 南 側 半 分 だ け 残 る 東 壁 に は、 左 に 孔 雀 座 の 無 量 光、 右 に ガ ル ダ 座 の 不 空 成 就 が 認 め ら れ、 無 量 光 の 左 上 方 に、 獅 子 頭 の 横 木 が 残 っ て い る。 こ の 東 壁 に は、 お そ ら く 五 仏 あ る い は 四 仏 が え が か れ て い た も の と 思 わ れ る。 チ ク タ ン (Chigtan) の 廃 嘘 カ ル ギ ル か ら 東 三 〇 キ ロ ほ ど の と こ ろ に、 ル ム ベ ク と い う 村 が あ り、 岩 に 彫 ん だ 大 き な 弥 勒 菩 薩 像 が あ る の で 有 名 で あ る。 こ の ム ル ベ ク の 村 よ り 北 に、 チ ク タ ン の 廃 嘘 が あ り、 ほ Basgo 410/1 N バ ス ゴ ー 下 の 廃 嘘
と ん ど 原 型 を と ど め な い ほ ど 崩 れ て い る。 南 南 東 向 き の 長 方 形 で、 門 よ り 外 に 突 き 出 し が あ っ た 堂 の よ う で あ る。 八 メ ー ト ル 余 の ほ ぼ 正 方 形 の 堂 に 三 メ ー ト ル 余 の 突 出 し を も つ。 わ ず か に 残 る 西 側 の 壁 に、 一 一 つ の 曼 茶 羅 が え が か れ て い た 形 跡。 が み え る。 フ ラ ン ケ に よ れ ば、 こ の 党 に 三 十 九 の 穴 が あ い て い る と い う。 タ ボ 寺 と か、 バ ス ゴ ー 東 の 廃 嘘 に あ け ら れ た 三 十 二 の 穴 と 一 致 し な い 七 つ の 余 分 な 穴 は、 他 の グ ル ( 26) プ の 像 だ と か れ は 想 像 し て い る。 こ の 廃 嘘 を 筆 者 は 実 地 調 査 し て い な い。 そ の 資 料 は リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 研 究 家 で あ る ト ゥ プ テ ン ・ バ ル ダ ン 師 が、 筆 ・者 の 依 頼 に よ っ て、 現 地 調 査 し た も の で あ る。 1/410Chigtan N バ スゴ ー 下 の廃 嘘 の 壁画 と獅 子 頭 N Stok 1 Stok 2 Stok 3 Stok 4 1/ 470 ラ ダ ッ ク 地 方 に お け る リ ン チ ェ ン サ ン ボ の 遺 跡 の 調 査 報 告
-31-密 教 文 化 ス ト ッ ク (Stok) の 廃 嘘 レ ー よ り イ ン ダ ス 川 の 対 岸 に も、 リ ソ チ ェ ン サ ン ボ に 関 係 を も つ 堂 が 少 な く な い。 ザ ン ス カ ー ル 川 よ り 東 に は、 ス ト ッ ク の 廃 嘘、 お よ び そ れ よ り 西 に 洞 窟 の 堂 が あ る。 レ ー よ り 東 に 一 〇 キ ロ ぽ か り、 チ ョ ク ラ ム サ 村 に か け ら れ た 橋 を 渡 っ て 五 キ ロ ほ ど 南 に、 ス ト ッ ク の 村 が あ る。 山 の 中 腹 に 王 宮 の 建 物 が あ っ て 目 を ひ く。 そ の 王 宮 の 下 の 方 の 平 地 に、 回 廓 を め ぐ ら し た 形 の 堂 と、 方 形 の 堂 。 が つ な が っ た 廃 嘘 が あ る。 東 面 し て 二 つ の 堂 が 縦 に 並 ん で い る が、 西 の 堂 は 三 メ ー ト ル 余 と 四 メ ー ト ル 余 の 方 形 の 堂 を、 八 メ ー ト ル 晶前 後 の 外 壁 [ が と り か こ む 回 廓 型 の 堂 で あ る。 東 の 堂 は 七 メ ー ト ル 余 の ほ ぼ 正 方 形 の 堂 で、 壁 は 比 較 的 曲縛 く 六 〇 セ ソ チ ほ ど、 壁 の 色 も リ ソ チ ェ ン サ ン ボ 建 立 の 他 の 堂 に 比 し て、 や や 白 っ ぽ い。 壁 画 は ま っ た く 認 め ら れ な い。 形 式 か ら み れ ば、 ニ ャ ル マ の 第 一 賞、 第 二 堂 と 似 て い る が、 規 模 は は る か に 小 さ い。 こ の 堂 よ り 東 に ニ キ ロ ほ ど 離 れ て、 ば ら ば ら に 三 つ の 堂 の 廃 嘘 が あ る が、 い ず れ も 壁 だ け が 残 る の み で、 そ の 全 貌 を 知 る こ と は む ず か し い。 ま た ス ト ッ ク チ ョ ス コ ル と い う 堂 の 壁 だ け が 残 る 個 所 が あ る が、 そ の 残 っ た 壁 を 利 用 し て、 民 家 の 壁 に し て お り、 調 査 が 不 可 能 で あ る。 ス トックの廃 壇 ス ト ッ ク の 廃 嘘